BIOHAZARDnew theory
FATE OF EDGE

第十四章「襲来! 混沌の魔人達!」(後編)


 緊急警報の甲高いサイレンが、STARS本部に響き渡る。
 その響きに乗せるようにして、無数の銃声や爆音がそこかしこから響いていた。

『特一級非常体勢が発令されました。非戦闘員は規定通り、防護シェルターに退避。全戦闘員は手近の隊長の指示に従い、防衛線を構築、随時敵戦力の殲滅に尽力してください。繰り返します……』
「一人で戦うな! 手近の奴と組め! 弾の無い奴は一度退避するんだ! 無理に突っ走るな!」

 館内放送のスピーカーから指示の電子音声が響く中、屋外でヘラクレスを駆りながら、スミスが大型レールガン《タスラム》を連射しつつ自分のやってる事と逆を叫ぶ。

「くそ、本気でやばいなこれは……STARS最大の危機ってのはこれかよ」

 舌打ちしながら、スミスはヘラクレスを旋回させ、開きかかっていたポッドを中身ごと撃ち抜き、吹き飛ばす。
 ECMの影響をモロに受け、ノイズ混じりのデータに舌打ちしながらECCM(妨害電場防御装置)の設定をマックスまで上げた時だった。

『上空から大型反応、全長約40m』
「40mだとう!?」

 ヘラクレスのシステムAIの警告音声に、スミスは上空を見た。
 そしてそこに、真上から落下してくる何か巨大な円状の物体を見つけて仰天する。

『危険、回避を』
「言われなくても!」

 脚部ホバーを吹かし、ついでに近くで戦闘をしていた隊員達を何人か引っつかんでスミスは大慌てでその場を離れる。
 直後、大音響と大地震のような地鳴りと共に、それはSTARS本部の敷地へと墜落した。

「なんだこりゃ!」
「おわぶっ!?」
「ちいぃっ!」

 波打つように揺れる大地にバランスを取られ、横殴りに叩きつける土砂から顔をかばいながら周辺のSTARS隊員達が何が落下してきたのかを見極めようとする。
 振動が止み、もうもうたる土煙が上がる中、転倒していた隊員の一人がクレーターと化した落下地点へと歩み寄ろうとする。

『落下物に生体反応、未確認の大型生物の可能性あり』
「生物!? 40mだぞ、クジラでも落っこちてきたのか! ヤバそうだから全員近寄るな!」

 引っつかんでいた隊員達をやや乱暴に投げ捨て、近寄ろうとしていた隊員も襟首を掴んで強引に後ろへと放ると、スミスはヘラクレスをクレーターへと近寄らせる。
 土煙をフィルターで緩和しつつ、センサー類をフルに活用して落下してきた物が何かを調べる。
 スキャンで映し出された映像は、まるで小山のような丸く盛り上がった物体だった。

「こいつは一体………」

 土煙が晴れていく中、スミスの目の前に上空から落下してきた〈小山〉がその姿を露にしていく。
 それは、光沢の無い硬質の緩やかな半球状をしており、表面には巨大な亀甲模様が刻まれている。

「とりあえず、撃つ!」
「無駄よ」

 スミスの声に少女の声が重なる。
 同時に、ヘラクレスのセンサーが高温体の接近を甲高い警報で知らせた。
 思わず機体を高速バックさせた所に、上空から降り注いだ火炎がヘラクレスの装甲を照らし出す。

「炎、って事は………」
「初めましてというべきかしら、STARSの皆さん」

 小山の頂点に、長い金髪と白い肌、そして白いベストに同じく白いタイトミニ姿の少女が立っている。
 望遠ズームで彼女の顔を確認したスミスの唇が吊り上がる。

「《嵐》のラン、だったか?」
「その通りよ、おじさん」
「崑崙島じゃ息子と娘が世話になったからな」
「それはこっちもよ。だからお礼に来たの」
「お礼はお礼でもお礼参りか。だが、お前の炎も電撃も、このヘラクレスに効くと思うか?」
「大丈夫よ、おじさん。あなたの相手はこの子がしてくれるから」
「なに?」
「《アクーパーラ》!」

 ランの声と共に、突如として小山が動き出す。
 小山の端の四箇所から、マイクロバスでも軽く潰せそうな巨大な肉の柱が突き出され、その体がゆっくりと持ち上がる。
 そして肉の柱、正確にはそうとしか言い様のない巨大な〈足〉が蠢き、その体がクレーターから持ち上がる。

「おい、何の冗談だ………」

 スミスの目前、小山にあった洞窟のような空洞から、巨大な双眸がスミスを睨んでいる。
 そして、その空洞から尖った鼻先を持つ、巨大な首が伸び、反対側から長くしなった尻尾が突き出される。
 それは、とてつもなく巨大なゾウガメだった。

「行きなさい、《アクーパーラ》!」

 ランの声に応じた《アクーパーラ》、インド神話で世界を支える亀の王の名を持つ巨大ゾウガメが、パワードスーツごとスミスを簡単に丸呑み出来る巨大な口を開いて襲い掛かる。

「怪獣映画じゃねえぞ!」

 機体を横へとスライドさせながら、スミスがヘラクレスのありったけの火器をアクーパーラに叩き込む。
 数多の弾丸や砲弾が叩きこまれ、盛大な爆発が起きる。
 分厚い表皮や甲羅の一部、肉片などが飛び散るが、相手の異常なまでの巨体の前には、たいしたダメージにもならなかった。

「終わりかしら?」
「まだ始まったばかりだ、馬鹿言うなよ……」
「じゃあ、こちらのターンね!」

 ランが細い腕を上へと突き出し、指を鳴らす。
 途端に、アクーパーラの甲羅の各所がゲートのように開いていった。
 そこから、降下してきたポッドから現れたのと同じ新型BOW達が、ポッドの数とは比較にならない程大量に次々と飛び出し、こちらへと襲ってくる。

「あんなにいるのか!?」
「応戦しろ! 建物に一匹も入れるな!」
「ダメだ! 数が多過ぎる!」
「火力を集中させろ! 数を減らす事を第一にするんだ!」

 スミスの指示に、我に返った隊員達がフォーメーションを組んで銃火を収束させる。
 ランとの睨み合いを続けるスミスは、溢れ出す新型BOWに舌打ちした。

「巨大怪獣じゃなく、生体キャリアーだぁ? どこのSF映画だ!」
「そうね。ここを壊滅させたら、ハリウッドにでも売り込みに行こうかしら」
「無理だな。お前も、こいつも、倒してやる!」
「前と同じと思わない事ね、私も今日は本気よ」

 ランが指を二度鳴らすと、彼女が立っている甲羅の周辺のゲートが開き、そこから全長30cm程のクリスタルのように透き通った鉱物のような胴体に、昆虫のような羽根を持った奇怪な生物が宙へと舞い上がってランの周囲を取り囲む。

「この子達は《紅朧(くろう)》、《黄輝(おうき)》。私の可愛い子供達よ」
「その歳で子持ちたぁ、早熟じゃねえか?」
「それは、どうかしら!」

 ランの右手に炎が、左手に雷光が生まれる。

(直撃さえ避ければ!)

 スミスがランの両手の動きに気をつけようとした時、周囲を漂っていた《紅朧》の体内で紅の煌きが、《黄輝》の体内で淡黄(たんこう)の煌きが生まれる。
 ランの両手が振るわれ、炎と雷光が飛び散る。それに応じて、紅煙の体内から紅の雫が、雲黄の体内から淡黄の光が漏れ出す。
 ランの放った炎と雷光はそれらを受け、その威力をみるみる増加させて業火と轟雷となって周辺に降り注いだ。

「SHIT!」

 無数の警告アラートが響く中、スミスは長年実戦で培われた直感を頼りにしてヘラクレスの機体を激しくスライド、スピンを連続して行い、からくも直撃だけは避ける。

「ぐああぁっ!」
「フォック…ぎゃっ!」
「ああああぁぁ!」

 予想以上に広がった業火と轟雷に、新型BOWとの戦闘に気を取られて避けきれなかったSTARS隊員達の悲鳴と絶叫が周囲に響き渡る。

「退け! 屋内で防衛線を構築するんだ! ここはオレがなんとかする!」
「しかし…」
「ローストされたくなかったら逃げろ!」

 叫んだスミスの頭上から、業火が降り注ぐ。

「ちぃっ!」

 異常高温に対し、機体が自動的に冷却装置を起動。噴き出した白煙がヘラクレスの機体を覆う中、上空からアクーパーラの巨大な口が最大に開いて降ってきた。

「野郎!」

 赤黒い死へのトンネルへの直行を避けるべく、スミスはまだ冷却途中の機体を強引に横へとスライド。
 からくも飲み込まれるのを避けたヘラクレスに、アクーパーラの頭部が地面に直撃した衝撃と吹き飛ばされた土砂、そして冷却中の急な起動に対してのシステムAIからのアラートが同時に襲ってくる。

「マジで怪獣映画だな、こりゃあよ………」

 その大きさゆえにただ動いただけで甚大な被害をもたらす巨体と、4エレメンツの一人、そしてその力を増加させる僕(しもべ)達。さらにそれらの援護を受けて次々と送り出されるBOW達。こちらをはるかに上回る戦力に、スミスは勝機を見出せぬまま、タスラムの銃口を強大すぎる〈敵〉へと向けた。



「今どうなってるんだ!?」
「何かドでかいのが落ちてきやがった!」
「もう少し、もう少しでバックアップが終わる!」

 STARS本部の科学研究室の中で、白衣を着た科学班のスタッフ達が、手に不慣れな銃を持ったまま、刻一刻と変わりゆく状況を確認しようとしながら、データのバックアップを行っていた。

「早く! すぐそこまで化け物達が来てる!」
「分かってる! このデータだけは………」

 本来の規定なら、非常時には即座に避難するはずのスタッフ達は、今回のバイオテロ事件のデータの消失を是が非でも防ぐべく、銃弾と咆哮の飛び交う中で必死のバックアップ作業を行っていた。
 近くから響いた爆音に背筋を凍らせそうになりながらも、キーボードを叩いてる智弘の手は止まらない。
 だがそこに、白衣を着た人影が室内へと飛び込んでくる。

「何をしてるの! 早く避難を!」
「は、班長! しかしこのデータは今回の…」

 飛び込んできた人物、白衣を着たシェリーの姿に、スタッフ達が僅かな安堵を見せる。

「ここも危険よ! データを破棄してすぐに非難を!」
「ダメだシェリー! このデータは必ず必要になる! それに、今すぐに必要になる可能性だってあるんだ!」
「そんな物どうでもいいわ! 早くここから離れて!」
「しかし!」

 シェリーの言葉に、智弘は微かな違和感を感じていた。
 今保存しているデータがどれ程大事な物か、それを一番理解しているのはまぎれもないシェリーのはず。
 その違和感は次の瞬間、まったく予想もしていなかった展開へと変わった。

「まだ残ってるの!?」

 ドアから、普段の出動時と同じ両手足に武器兼任のプロテクターを着けた、もう一人のシェリーが飛び込んできた。

「え?」
「ええ!?」
「?」
「シェリーが、二入いる!!」

 格好以外、まったく区別のつかない二人のシェリーに、智弘が今までの人生で一番の混乱を感じていた。
 お互い向き合ったシェリー達の顔に、困惑が生まれる。

「誰よあんた!」
「それはこっちの台詞ね」

 二人のシェリーの口から、まったく同じ声の問いが発せられる。

「ど、どっちかが偽者だよな………」
「どっちだよ!」
「……え、と」

 顔も髪型も体型も声もまったく同じ二人に、夫の智弘ですら見分けがつけられず、両者を交互に見た。

「こうすれば、分かるわね!」

 白衣姿のシェリーが、高速で間合いを詰めて戦闘スタイルのシェリーに拳を繰り出す。

「それくらい!」

 戦闘スタイルのシェリーが片手で拳を受け流すが、流された拳が壁へと激突し、小さなクレーターを壁へと穿った。

「これなら!」

 戦闘スタイルのシェリーが、壁から拳を引き抜こうとする白衣姿のシェリーへと横殴りの拳を繰り出す。

「ふっ……」

 白衣姿のシェリーが微笑しながら、めり込んでないの方の腕で拳を上へと弾き上げる。
 弾かれた拳は弧を描いて壁へと激突し、そこに先程の物と大差ないクレーターを作り上げた。

「ばかな! 班長以外にあんな事ができる訳が!」

 スタッフ達がざわめく中、智弘が何かに気付いたのか驚愕の表情を浮かべる。

「……まさか!」
「そうみたいね」

 戦闘スタイルのシェリーが、バックステップで距離を開け、白衣姿のシェリーと対峙した。

「薄々予想はしていたわ。もし4エレメンツが、STARSとBOWの戦闘データと、その戦闘者当人の生体データから作られたのだとしたら。レンタイプ、アレクシアタイプと来たら、次に誰が来るのか。一番可能性が高いとしたら、G変異体である私かもしれないって………」
「あれ、バレてたの?」

 白衣姿のシェリーの口から、先程と違う女性の声が漏れる。
 白衣姿のシェリーが白衣を脱ぎ捨て、その下から露出過多の水着のようなボディスーツが現れる。
 それだけならたいした驚愕ではなかったが、同時にその顔がまるでCGのように別の物へと変わっていき、髪も金髪から鏡のような銀髪へと変わっていく。
 ほんの数秒で、そこにはシェリーとはまったくの別の容姿の、肉感的な銀髪の女性が立っていた。

「私の名はアザトース・4エレメンツ《鏡》のミラ。お察しの通り、シェリー・バーキン、あなたのデータを元に造られた存在よ」
「……正直、同じ顔のままだったらどうしようかと思ってたの。変わってくれてありがたいわ。狙いやすいから」

 シェリーの言葉が終わると同時に、通路に控えていた隊員達がなだれ込んできて一斉に銃口を向ける。

「攻撃!」

 シェリーの命令で、銃口は同時に火を噴いた。
 おびただしい数の銃弾がミラを狙い、銃火とガンスモークが周囲を覆い尽くす。

「停止」

 数秒間続いた銃撃が止まり、床に空薬莢が落ちる音だけが響く。
 そして、標的の状態を確認した者達全員が、予想外の事態に驚愕した。

「そう来るわけ………」

 そこに有るのは、いつの間にか全身を銀色と朱色の入り混じった、奇妙な肉とも鉱物とも取れない物で全身を覆い、銃弾を防いでいたミラの姿だった。
 無数に食い込んでいた銃弾が、その肉らしき装甲から抜け落ち、床へと済んだ音を立てて転がっていく。
 すると、その装甲は瞬時に縮まり、ミラの体を覆う、銀色の光沢を持った有機的装甲に血管のような朱色の筋が走る、完全なプロテクターと化した。

「パラサイトアーマー…………」
「ベルセルクタイプの事? あんな旧型と一緒にして欲しくないわね」

 シェリーの言葉に、ミラが侮蔑を浮かべる。
 その顔の下に、何かが蠢いているのを見たシェリーが顔色を変えた。

「外部寄生じゃなく、完全に同化してる訳ね。私に化けてたのも、それのお陰かしら?」
「そうよここまで疑われずに簡単に入ってこれたわ。でも完全擬態はこれの能力の一つでしかない、このシンビオシス(共生)アーマー《マクスウェル》のね!」

 最後の一言と同時に、ミラの体が加速する。
 とっさにシェリーが両手でガードするが、繰り出された拳は、ガードごとシェリーの体を吹き飛ばした。

「ぐっ!」
「班長!」「隊長!」「シェリー!」

 吹き飛ばされた勢いで壁へと叩きつけられたシェリーが、床へと崩れ落ちる。
 こと格闘戦に置いてはSTARS内でも並ぶ者がいないシェリーが、同体格の相手に弾き飛ばされた事にその場にいた全員の間に動揺が走る。

「なるほど、組織変異生命体との共生による外部防御機能と内部強化機能。その両特性による近接戦闘特化型な訳ね………」
「その通り、崑崙島じゃランがお世話になったみたいだからね。そのお礼をさせてもらうわ」

 ミラが両手を左右に広げると、拳の表面の皮膚から盛り上がるようにマクスウェルの装甲が滲み出し、ナックルを形成していく。
 そのナックルを突き合わせて構えるミラに、シェリーは唇の端を吊り上げながら立ち上がった。

「切り札は、こういう時に使う物ね」

 シェリーは懐から小さなリモコンを取り出すと、そこにパスワードを打ち込む。
 パスワードを受理したリモコンから、一瞬だけECMを貫通する強力な解除信号が放たれ、研究室の壁が開くと、そこから一つの調整用カプセルが現れた。
 その中に、何かのオブジェとも鎧とも見える、奇怪な物が浮かんでいる。
 続けてシェリーは自分の手足のプロテクターを外していき、最後には着ていたタクティカルスーツまでも脱ぎ捨てた。

「こんな所でストリップかしら?」
「大丈夫、これから着るから」

 構えを解いて興味深げに見るミラの前で、シェリーはカプセルへと歩み寄るとそれを拳の一撃で粉砕した。

「シェリー、それは!」

 粉砕されたカプセルから、中にあった物が噴き出したかと思うと、それが形を変えながらシェリーの全身へとまとわり付いていく。

「なるほど、そちらにもあったのね」
「そうよ、これは私が造り上げたパラサイトアーマー《ベルセルク2》。お互いこれでハンデ無しね」
「じゃあ、始めましょうか」
「ええ」

 二人が同時に駆け出す。
 お互いの右腕が持ち上げられ、勢いを乗せて衝突した。
 拳がぶつかったとは思えない鈍い衝撃音が、室内に響き渡る。
 突き出された拳が、きしみあって硬直状態になっていく。

「パワーは互角みたいね」
「そのようね」
「こうでなくちゃ、面白くないわ」
「勝手に言ってなさい。こっちはこれが仕事なのよ」
「じゃあ、十分にお仕事させてあげる!」

 拳が同時に上へと弾かれ、ミラの右足が跳ね上がる。
 それを受け止めようとしたシェリーが、跳ね上がるミラの右足から滲み出した肉塊がスパイクを形勢していくのに気付くと、とっさに腕を反転させてガントレット状になっている部分でスパイクを受け止める。
 なんとか勢いを殺した所で、シェリーの手が再度ひるがえってミラの足を掴むと、力任せにぶん投げる。
 受身を取る間もなく、ミラの体がデスクに叩きつけられ、デスク上のPCや実験器具が降り注ぐ。
 ミラはすかさず跳ね起きるが、そこにシェリーが右ストレートを繰り出す。
 更に右手のガントレット状のベルセルク2からクローが飛び出すが、ミラが左手を上げると左手のプロテクター状のマクスウェルが盛り上がってシールドを形勢、クローが多少突き刺さっただけでそれを受け止めた。

「やるわね」
「そちらもね」

 双方笑みを浮かべた所でミラが右手を振り上げる。
 右手のマクスウェルから無数の触手が伸びてシェリーを捕縛しようとするが、クローを引き戻しながらシェリーはスピンをしながら後ろに跳ぶ。
 触手を回転で弾きつつ、シェリーは一度距離を取った。

「現時点で指揮権をフィオに一任! 科学班を警護しつつ、避難誘導! 私はこいつの相手をするわ!」
「しかし!」

 反論は、ミラの空中回転からの浴びせ蹴りによって返答を得られない。
 頭上で腕を交差させて上からの一撃をシェリーは受け止めるが、衝撃は下まで抜け、足元の床が粉砕される。

「これは私の敵よ! 他の相手は任せるわ!」
「隊長!」
「巻き込まれるわよ!」

 頭上にある足を掴もうとしたシェリーに、ミラのもう片方の足が顔面へと向かって突き出される。
 とっさに受け止めた足を上へと弾き上げ、相手の体勢を崩す事で攻撃をかわしたシェリーは、前に力強く一歩を踏み出し、強烈なアッパーカットをミラの背中に叩き込む。
 まともに喰らったミラの体が天井へと叩きつけられ、衝撃で天井が砕けて周囲に散乱する。
 だがその破片にまぎれて伸びてきた無数の触手がシェリーの体を弾き飛ばした。

「くぉの!」
「おわっ!」
「がふっ!?」

 偶然弾き飛ばされた先にいた隊員達がクッションとなってシェリーの体を受け止めるが、予想以上の衝撃に直撃した隊員は悶絶しそうになる。

「なんて戦いだ………」
「確かにオレ達じゃ手出しできねえ……」
「分かったら、ここは私に任せなさい」

 跳ね起きるシェリーと、天井から落下して平然と立つミラが同時に構える。
 それを見た隊員達は、目配せすると一斉にドアへと向かう。

「シェリー、無事で……」
「ええ、分かってるわヒロ」

 最後に智弘が心配げな声をかけ、隊員達に護衛されながら防護シェルターへと向かう。

「ウォーミングアップはそろそろいいかしら、おばさん」
「そちらもね、小娘」
「フッ!」
「ハッ!」

 同時に繰り出されたハイキックが、両者の中央で鈍い激突音を響かせた………



「早く回せ! モビィディックアンカーは準備できてるか!」
「隊長! シフォンの奴が足止め食って来てません!」
「誰でもいい! すぐに騎乗しろ! スミス一人だけじゃもたねえぞ!」

 通常格納庫の中、すでにウェアウルフに騎乗しているロットが部下達に指示を飛ばしていた。

「敵はどれくらいだ!」
「通信、レーダー共に途絶したままです! 確認不能!」
「イルマとケイオスは司令室に回れ! ティーガはワルフとベスを連れて外のデカブツ格納庫へのルートを確保! 他の連中は…」

 ロットの指示の途中で、突如として格納庫の天井を突き破り、幾つかの大型のポッドが天井の残骸を伴って床へと突き刺さっていく。

「おわあぁっ!」
「ちっ! ここもか!」

 降り注ぐ破片にメカニックスタッフが逃げ惑う中、ロットはポッドへと機体を回す。

「命令変更、この中身をとっとと潰すぞ」
『了解!』

 ウェアウルフの左手のスパイラル・タスクが旋回を始め、ケルベロス・STARSカスタムが一斉に銃口を向ける中、ポッドが開いていく。
 開くと同時に攻撃を開始しようとした者達は、その中身を見ると同時に驚愕で凍りついた。

「な、あれは……」
「タイラントタイプ!?」

 人間をベースとして作られた、禿頭の顔に筋肉質な体を持つもっとも完成度の高いBOWの姿が、そこにはあった。

「撃て!」

 思わず攻撃を寸前で止めてしまった隊員達に、ロットの号令が響く。
 我に返った隊員達が、一斉にトリガーを引いた。
 放たれた無数の弾丸がそのタイラントタイプに突き刺さるが、全身を覆うプロテクターのような装甲が弾丸を弾いていく。

「ライフルでもダメか!」
「AP(徹甲)弾頭使用!」

 ロットの命令で、何体かのケルベロス・STARSカスタムが腰からポット状の対装甲用粘着式炸裂弾頭を銃口にセットしていく。
 だが、その弾頭が発射されるよりも、タイラントタイプが動く方が早かった。
 データにあるタイラントとは比べ物にならない高速で、数体のタインラントタイプが炸裂弾頭を発射しようとした隊員達に接近し、右手にガントレットのように装着された、杭のような物が突き出た奇妙なデバイスを押し付ける。
 危険を感じた隊員達が身をひるがえそうとした瞬間、鈍い射出音のような物が響いた。

「がはっ!」
「ぐっ!」
「イルマ! ベス!」

 避けきれなかった隊員二人が、その場に崩れる。
 周囲には砕けた装甲の破片と漏れ出したオイル、そして流れ出した鮮血が広がっていった。

「APパイルバンカーだと!」

 軽装甲とはいえ、ライフル弾程度なら弾けるケルベロスの装甲をあっさりと貫いた物の正体を悟ったロットが歯噛みする。
 ウェアウルフの内部ディスプレイに隊員達の状況を示すリンクデータの内二つが、ECMによるノイズを受けながらもレッドアラートに変わっていく。
〈Serious Injury, an Important Point Urgent Operation(重傷、要・緊急手術)〉の表示を見たロットは、こちらへと向かってくるタイラントタイプを鬼のような形相で睨みつける。

「ガアアアァァ!」

 我知らず咆哮を上げながら、ロットはウェアウルフの左腕にセットされている近接戦闘用ドリル《スパイラル・タスク》を旋回させながら突きつける。
 タイラントタイプの全身を覆う装甲と突きつけられたスパイラル・タスクの間ですさまじい火花がスパークとなって巻き散らかされる。
 その火花が、タイラントタイプの胸に刻まれたタイプ名を浮かび上がらせたのにロットは気付いた。

(《Nero No2》、ネロと言うのか、こいつは!)

 かつて古代ローマに実在した史上最悪の暴君の名を関したBOWは、右手のAPパイルバンカーをウェアウルフに突きつけ、射出。
 しかし、近接戦闘用に異常なまでの重装甲に包まれたウェアウルフの装甲はパイルによって僅かな傷とへこみだけを残して弾き返す。

「そんなので人狼の毛皮は貫けねえ!」

 ロットはスパイラル・タスクをさらに突きつけようとするが、ネロ No2は左手に装着されたハサミのようなデバイスを繰り出す。
 ハサミはちょうどウェアウルフの首を挟むと、そのエッジが青白い光りを帯び始める。

「レーザー・シザーか!」

 レーザーを帯びたエッジが、装甲を削っていく。
 ロットはスパイラル・タスクを引くとネロ No2の左手に突き刺して強引にレーザー・シザーを外すと、後ろへと下がる。
 それに応じるように、ポッドから出てきた計五体、No 1からNo 5までのネロがフォーメーションのようにウェアウルフに向かって並んだ。

「対パワードスーツ用のBOWかよ……」

 重装甲に、対装甲用武装を装備しているネロにロットが歯噛みした時、ある事に気付いた。
 格納庫内に突き刺さっているポッドが、六つあるという事に。
 ネロ五体の向こう側、まだ開いてないポッドがゆっくりと開いていく。
 負傷した隊員を搬送しようとしていた隊員達と物陰に隠れていたメカニックスタッフ達、そしてウェアウルフを戦闘用高機動状態にしているロットが見る中、ポッドは完全に開かれた。

「……人間?」

 ポッドの中から、一つの人影が外へと踏み出す。
 それは、全身を黒いボディスーツに包んだ一人の成人男性だった。
 ネロと似たような漆黒のプロテクターを全身の各所に付け、腰には巨大なハンドガンが収められたホルスターが、両手は指先だけが出るようなタイプの金属製の漆黒のガントレットを装備している。
 一番の特徴は、引き締められた口だけを露にし、頭の上半分をゴーグルと一体化したヘルムが完全に覆っている事だった。
 視線も表情も窺わせない男が、平然と歩を進め、ネロ達の背後に立つ。

「貴様、4エレメンツとやらの一人か?」
「行け」

 ロットの問いに答えず、謎の男は命令だけを口から発した。
 途端に、ネロ五体が同時に動き出した。

「こいつらはオレがなんとかする! イルマとベスを医務室へ運んで、後はティーガが指揮を取れ! 急げ!」

 ネロ五体の同時攻撃を高速機動と重装甲で防ぎながら、ロットが叫ぶ。
 隊員達が何かを叫んだが、鋼と鋼のぶつかり合う音がそれを打ち消した。
 だが、ウェアウルフの脇を何かが高速で通り過ぎるのにロットは気付く。
 謎の男が、その場にいる全てを無視して、その場から逃走、否、別の場所へと進撃しようとしているのにロットは声の限りに叫んだ。

「あいつを止めろ!!」

 すぐさま後を追う隊員と、負傷者を搬送する隊員、逃げ出すメカニックスタッフ達がその場から立ち去り、鋼をまとった獰猛な者達だけがその場に残る。

「来い! STARS第七小隊隊長、ロット・クラインが相手になってやる!!」

 間近のネロ No3に向けて、ロットが音響破壊型格闘ツール《ハウリング・ロッド》を振り下ろした…………



同時刻 STARS指揮管制室

「第三通路、敵侵入! 非戦闘員がまだ残ってます!」
「一次防壁を降ろせ! 誰か向かってる奴は!」
「今到着しました! 交戦状態に入ります!」
「中央広場、大型BOWに苦戦してます!」
「シェリー隊長、4エレメンツの一人と思われる相手と交戦しながら第四通路へ!」
「第一駐車場にて、ブラックサムライ、ジンと交戦中!」
「特設テント内、新型BOWが押し寄せてきます!《ギガス》への搭乗はほぼ不可能!」
「敵が薄い所の連中を結集させろ! ギガスへの突入路を開くんだ!」

 ECMの影響でレーダー、通信の類が使用不能となっている中、有線カメラや有線放送を頼りに、オペレーター達が状況を報告。
 司令官席の右に立っているアークが、それぞれに矢継ぎ早に指示を出していた。

「よりにもよって、ここを襲撃とはね〜。随分と大胆な連中だこと」

 司令官席の左に、平然と朝食(メニューはバターロール、クラムチャウダー、海藻サラダ、モンブラン)とパイプイスを持ち込んで朝食を取っているキャサリンに、アークは冷めた視線を送る。

「よくこの状況で飯が食えるな」
「こういう状況だからよ。食事抜きで仕事できる程、頑丈じゃないしね」

 カップの中のクラムチャウダーをすすり、モンブランを口の中に押し込んだキャサリンが改めて無数のモニターに映し出される状況を確認する。

「通常隊員には雑魚を、エースクラスには専用の相手を用意してくるとはね。うらやましい配分ね〜」
「お陰で指揮系統がめちゃくちゃだ。みんながんばってはいるが………」
「指揮といえば、おたくのボスは? たとえ核兵器が落ちてきても逃げ出すなんて事はないと思うけど」
「準備をするとか言ってましたが………」

 オペレーターの一人が困惑気味に呟くが、そこで指揮管制室の扉が荒々しく開かれる。

「状況はどうなってやがる!」

 全身から硝煙の匂いを漂わせ、先程までの行動を示すかのように余熱で陽炎の立つ銃を手にしたカルロスが中へと飛び込んできた。

「敵の総数は! どこまで潜り込まれた! 被害者は!」
「総数不明、戦況は一進一退、被害者は増える一方ね」

 キャサリンが淡々と答えると、カルロスは無数のモニターに映し出される光景を凝視する。

「くそ、Jrもシェリーもスミスもロットも手が放せねえときてやがる………」
「ギガスも発進不可能ね。ドッグはほとんど占拠されたわ」
「どこからこれだけのBOWを持ってきた? とんでもない大規模な製造工場が無ければ製造は不可能のはず。だが、それだけの規模なら情報網にひっかからないはずは……」

 アークの思考は、外から響いてきた咆哮で中断した。

「ここも安全じゃねえか!」

 マガジンを交換しながら、カルロスが室外へと飛び出す。
 すぐに銃声と咆哮が飛び交う音が、扉越しに響いてきた。

「自分の身は、自分で守るしかなさそうね」
「その通りだ」

 キャサリンが懐からコルト・ガバメントを取り出して初弾をチェンバーに送り込み、アークがグロック17のセーフティを外す。
 そこに、先程出て行ったはずのカルロスが向かってくる敵に銃を乱射しながら室内に飛び込んできた。

「弾が無え! そっちのをよこせ!」

 オペレーターの一人が慌てて壁の緊急用ボックスから銃を取り出そうとするが、血まみれのスロウターがカルロスの頭上を飛び越えようとする方が早い。
 アークとキャサリンが同時に銃口を向けるが、それより早く轟音が響き、頭部を半ば吹き飛ばされたスロウターが床へと転がり、ケイレンしながら絶命した。

「助かったわ、射撃は得意じゃなくてね」
「よくそれで警官ができる」
「長官!?」

 司令官室へと直結している横手のドアから出てきたレオンの姿に、オペレーター達が絶句する。
 そこにいたのは、普段のサングラススタイルに、全身を黒地のタクティカルスーツで包んだ完全臨戦体勢のレオンの姿だった。
 硝煙が漂うデザートイーグルを下げながら、レオンは悠然と司令官席に座る。

「状況は?」
「良くないわね」
「突然の奇襲の上にECMで指揮系統が混乱してる。各自でなんとか迎撃戦を展開しているが……」
「有線は使えるな? こちらに回してくれ」
「はい」

 眼前にあるマイクを掴むと、レオンはそれのスイッチを入れる。
 そしておもむろに口を開いた。

「こちらSTARS長官、レオン・S・ケネディだ」


『現在、このSTARS本部が正体不明の敵に襲撃されている』
「その通りだね」
「少しは分かっているぞ、お前がオレの父親から造られたらしいって事くらいは」

 スピーカーから響いてくるレオンの声に、お互いの刃が拮抗し、周辺に圧力すら感じさせる気迫の中で鍔迫合しているジンとレンが呟く。


『相手は、ノースマン、崑崙島のバイオテロ事件を起こした犯人と極めて近い関係にある組織と推察される』
「いい推理ね」
「どう見てもてめえらが犯人だろうが!」

 アクーパーラの頭に乗って業火と轟雷を撒き散らしまくるランに、スミスがヘラクレスを疾駆させながらタスラムを乱射しつつ叫ぶ。


『STARSの全戦闘員に命ずる。襲撃してきた敵勢力を、殲滅せよ』
「言ってくれるわね」
「ああいう事しか言わないのよ」

 腕部のマクスウェルを拳全体を覆うナックル状にして繰り出すミラに、シェリーは腕部のベルセルク2を楯状にして防ぐ。
 肉と肉がぶつかり合う音が響く。しかし両者の顔には笑みが浮かんでいた。


『大規模直接攻撃というハイリスクかつ短絡的な手段を講じてきたのならば、敵にはなんらかの目的がある可能性が高い。それを断固阻止せよ、以上だ』
「………」

 ヘルムの男が、混乱している通路を無言で疾走する。
 その異常な速さに、追いつける者はいない。〈目的〉を果たすため、男は更に速度を上げた。


「さすがね、FBIの腰掛け連中とは言う事が違うわ」
「必要事項を伝えたのみだ」

 放送を終えたレオンはキャサリンの賛辞(らしき物)に眉一つ動かさずに、マイクを置いた。

「カナダ政府とのホットラインは?」
「それが、繋がりません………有線接続のためECMの影響ではないと思われますが、接続自体になんらかの問題が発生したのではないかと………」
「ラインの確保を急げ! 他のラインは!?」
「ICPOはすでに緊急事態宣言を発令、各国政府に支援を要請して…」
「無駄ね」
「ああ」

 アークの指示を裏切るようなキャサリンとレオンの言葉に、オペレーターは思わずそちらへと振り返る。

「……切捨てに入ってるわけか?」
「多分ね」
「我々が敵を殲滅できねば、ここを基点としてT―ウイルス・バイオハザードの発生が予想される。その前にまとめて〈消毒〉するつもりなのだろう」
「それって、ラクーンシティに行われたっていう!」
「大型気化爆弾の投下、もしくは気化弾頭ミサイルの多重爆撃。この島ごと吹き飛ぶ可能性が高い」
「その前に潰しちまえばいいだけの話だろうが」

 緊急用ボックスからありったけの銃火器と弾薬を取り出したカルロスが、マガジンをポケットやホルダーに次々ぶち込み、M―8コンパーチプルライフルを背負う。

「ちょっくら表の連中潰してくる。ここは頼むぜ」
「外部から武器保管庫に敵がなだれ込もうとしている。そっちに回って指揮を取ってくれ」
「了解、ちゃんと戸締りしとけよ」
「そうするわ」
「待て」

 アークの指示で格納庫へと続く通路に向かうおうとしたカルロスをレオンが呼び止め、一枚のカードキーを投げた。

「D装備の使用権限を一任する」
「D装備だぁ!?」

 カードキーを受け取ったカルロスが思わず仰天した声を上げる。

「本気かレオン! D装備は大量破壊兵器になりかねないから封印したはず!」
「あれはこういう状況のために取っておいた物だ」
「あの馬鹿双子を破壊神にするつもりか? ま、今更もうちょっとここが壊れたくらいじゃ問題ないだろうがよ…………」

 アークが苦言を放つ中、カードキーを手の平でもて遊んでいたカルロスが、それを胸のポケットへとしまい込む。

「で、二人はどこにいる?」
「武器格納庫付近で奮戦してます」
「そいつは好都合だ。じゃあ行って来る」
「使用時における全責任はこちらにあるとも言っておけ」
「知るか。始末書とオレの減俸で済ませとけ」

〈切り札〉を開放しにカルロスが管制室を出ると、キャサリンは指揮管制室のトビラを完全にロックした。
 そのままレオンの隣に座ると、モニターに映し出される現状をつぶさに観察していく。

「さて、始めましょうか。史上最大最悪の陣取りゲームをね」



「くそっ、また来やがった!」
「弾は足りてるか!」
「弾は足りてるが、人手が足りねぇ!」
「無駄弾は撃つなよルーキー!」
「は、はい!」
「え〜と、セレクターってどこだっけ?」
「あんたは黙って伏せてろ!」

 有事の際の防衛戦用に、通路の下半分にだけ下ろされた防壁を緊急の塹壕とした中で、リンルゥは叩き込まれた射撃技術を思い出したながらP90アサルトマシンガンを構える。
 ダットサイトを覗き込んで狙いを定めようとするが、サイト内のレーザーポインターが小刻みに震えて思うように狙いが定まらない。
 震えているのが自分自身だと気付いた時、敵は目前まで迫っていた。

「ゴアアァァ!」

 周辺の空気まで揺るがすような咆哮と、鈍い殴打音が響く。
 見た目はゴリラに似ているが、本来のゴリラよりも手足が異様に長く、手は甲殻質のグローブのように、長い尾には無数のトゲが生え、先端は鋭利な刃物になっているそれは、威嚇のように甲殻が鎧のようになっている胸を拳で叩く。
 兵器である事を示すようにその短く太い首にはネームタグの付いた首輪が嵌められ、タグには《Hanuman No23》と刻まれていた。

「くそ、ライフル弾じゃ効かねえ!」
「どうにか動きを止めろ!」

 本来急所になるはずの胸や顔が甲殻に覆われた異形のゴリラ型BOW《ハヌマン》―インド神話の巨大な猿神の名を持つBOWは、また咆哮を上げるとこちらへと向かってきた。

「グレネード!」

 指揮をとっていた第六小隊副隊長フィオの命令で、グレネードランチャーを持っていた隊員達が一斉にトリガーを引いた。
 向かってくるグレネード弾に、ハヌマンは異様なまでの身軽さで上へと跳ぶ。
 天井近くまで跳んだハヌマンは、その長い手で自らの足、そこから生えている皮膜を掴むと、それを一気に広げた。
 広げた皮膜を翼として、まるでモモンガかムササビのような動きでこちらの頭上を飛び越え、塹壕の中へと飛び込んできた。

「しまった!」
「ひええぇぇ!」

 山のように押し寄せる敵の前に、逃げる事も出来ないで塹壕内で伏せていた科学班のメンバー達が至近距離に現れたハヌマンに腰を抜かす。
 咆哮を上げながら、下でうずくまっている白衣姿に拳を振り下ろそうとする敵を目にしたリンルゥの頭の中で、何かが音を立てて切れた。

「うわあああぁぁ!」

 意味不明の声を上げながら、体全体を振り回すような旋風脚がハヌマンの側頭部に叩きつける。
 だが、体重とパワーに差が有りすぎるためにまったくダメージにならず、ハヌマンは攻撃の手を止めてリンルゥへと振り返る。
 その口へとリンルゥは手にしたP90の銃口を突っ込み、トリガーを引いた。
 ゼロ距離どころか内部に直接5.7mm弾がフルオートで叩き込まれ、ハヌマンは後頭部から脳髄と肉と頭蓋骨の破片を盛大に噴き出し、巻き散らかした。
 力を失ったハヌマンが音を立てて倒れる。
 後には、弾丸の尽きたP90を突き出しトリガーを引いた体勢のまま、荒い呼吸をしているリンルゥの姿があった。

「はあっ……はあっ………」
「やるじゃねえか、新入り」
「すげえ、さすがブラックサムライに一発かましただけの事はある」

 予想外のリンルゥの行動に、他の隊員達は唖然としながらも、賞賛を送る。

「誰かメス!」
「ここに!」
「また動いたりしないだろうな?」
「いや、死後硬直のケイレンが始まってる」
「これは、コントロールユニットか?」
「違う、並列ユニットが付随していない。多分量産用に簡略化したサポートユニットだと思う。あの動きは明らかに戦闘を考慮した物だと思うから、回避時のみにだけ作動するのかも」

 倒れたハヌマンを調べていく科学班の声を聞いていて、ようやく我に返ったリンルゥが防壁の影に隠れて空のマガジンの交換を始める。

「能書きはいい! 弱点は!?」
「甲殻は完全に自前だし、あの動きとパワーだ。弱点はリンルゥちゃんがやったみたいに、口の中くらいしか……」
「狙えるか!」
「狙うしかないみたいだぞ………」

 通路の前後から、新たなハヌマンが一匹、また一匹と姿を現していく。
 銃を握り締める者達は、粘る唾を飲み込みながら狙いを定める。

「頭部に収束、飛んできたらグレネードで迎撃を」
「この距離だと、こちらまで!」
「構わん!」

 迫ってくるハヌマンに無数の銃弾が放たれる。甲殻に覆われてない腹部や手足に高速の弾丸が突き刺さり、鮮血が飛び散るが相手はまったくひるむ様子が無い。

「このっ!」

 回避しようの無い至近距離からグレネード弾が放たれるが、ハヌマンは長い尾を一閃させてグレネード弾を叩き落とす。

「馬鹿な!?」
「まずい!」

 何人かがとっさにナイフに手を伸ばすか、銃剣術の構えを取ろうとした時、ハヌマンが背後から何かに貫かれる。

「STARSを舐めるなクソザル!」

 怒声と共にハヌマンを貫いたワイヤー付きの大型モリ、対巨体目標用武装《モビィディックアンカー》が駄目押しに高圧電流を放ち、ハヌマンを絶命させる。

「ぶちかませ!」

 モビィディックアンカーやパワードスーツ用の重火器を手にした第七小隊のケルベロス・STARSカスタムが次々となだれ込み、その圧倒的な攻撃力でハヌマンを駆逐していく。

「ありがたい、助かった!」
「白衣連中を早く連れてけ! 他にも見たこと無い連中がうじゃうじゃ来てやがる!」
「そういやロット隊長は?」
「格納庫に残った、対オレ達用の改造タイラントと一人で戦ってる」
「対スーツ用だって!? そんなのまでいるのか!?」
「だが、もっとやばいのが……」
「あれ?」

 リンルゥが、スーツの背後に立つ黒いボディスーツにヘルムの男に気付く。

「来やがった! あいつだ!」
「隔壁の中に閉じ込めたはずだぞ!」
「気をつけろ! 4エレメンツだ!」
「何ぃ!?」

 4エレメンツと聞いた隊員達が、一斉にヘルムの男に各々の得物を向ける。

「4エレメンツ級は、相手にするなってシェリー隊長言ってたよな………」
「サムライも言ってたぜ。今どっちも手が開いてないけどよ………」

 逃げ場の無い程の銃口の前に、ヘルムの男は一切のためらいも見せずいきなり突撃を開始した。

「撃ちまくれ! 弾幕を…」

 一斉に解き放たれ銃火に対し、ヘルムの男はとんでもない行動を取った。
 その場で踏み込んだ勢いで床が破砕し、足跡がめり込む程の力で大きく跳ねたかと思うと、反転しながらなんとその勢いで天井へと張り付くように着地する。
 着地の衝撃で天井が粉砕する中、ヘルムの男は今度は壁へと跳ぶ。

「何だこいつ!?」
「撃て! 撃つんだ!」

 床、天井、壁をクレーターを穿ちながら跳びまくるという、忍者顔負けの動きに、隊員達に動揺が走る。
 高速のショートジャンプを隊員達の視線すら追いつかない速度で繰り返し、さらに接近したヘルムの男は、ガントレットに覆われた拳を握り締め、一番手前にいたケルベロス・STARSカスタムにボディブローを放つ。

「がふっ!?」

 何気ないボディブローが、着用者の体重を含めて400kgには達しようかというケルベロス・STARSカスタムを一撃で弾き飛ばす。

「馬鹿な!?」
「こいつ、戦闘用サイボーグか!」
「それともバイオチューン!?」

 その場に衝撃が走る中、ヘルムの男は別のケルベロス・STARSカスタムの首を掴むと、それを平然と片手で持ち上げる。

「この化け物!」

 首根っこを掴まれた隊員が、ヘルムの男に銃口を向けようとするが、男はそのまま無造作に相手を床へと叩きつける。

「ぐあ………」
「だ、だめだ! オレ達の手に負えない!」
「ひるむな! この先には長官がいるんだぞ! ここで食い止めないと」

 再度放たれる銃撃に、ヘルムの男は別のケルベロス・STARSカスタムの影に隠れて射線をかわすと、そのケルベロス・STARSカスタムを力任せに蹴飛ばした。

「なっ…」
「伏せろ!」

 こちらに飛んでくる影に、塹壕内の人間が慌てて伏せる。
 そこにヘルムの男は、初めて腰のハンドガンを抜く。
 ハンドガンとしてはあまりにも巨大過ぎる史上最強のリボルバー、S&W M500が轟音を放つ。
 デザートイーグルの50AE弾の三倍の破壊力を持つM500弾が、一撃でケルベロス・STARSカスタムの動力パイプを撃ち抜き、塹壕内に高温のスチームとスパークを撒き散らす。

「うわあああぁぁ!」
「きゃあぁ!」

 悲鳴が飛び交う中、智弘はスチームを浴びながらもヘルムの男を凝視した。

(あのパワーとウェイト、機械改造なのは間違いない。だがあの反応速度はなんだ!? まるで野生動物だ。今の技術じゃ、あの速度で反応できるサイボーグなんて………!)

 智弘の脳裏に一つの可能性が思い浮かぶ中、ヘルムの男は混乱する隊員達を無視して塹壕を飛び越えていく。

「待て………」

 モロにスチームを浴びたフィオが、銃口を向けようとするがトリガーを引く前に崩れ落ちる。

「副隊長!」
「誰か、あいつを………」

 リンルゥの心中に、壮絶な戦闘力を見せつけた相手がもたらした恐怖と、STARSとしての使命感、何も出来なかった無力感が渦を巻いていく。

(ボクは……母さんを見つけるために、戦おうと……でも……)

 悔し涙がにじみ出る中、ふとある光景が脳裏に思い出される。
 己の両手を朱に染めながらも、己の使命を果たそうとしていた男の姿が。

「待て、《鋼》!」

 自分でも分からない内に、その言葉がリンルゥの口から飛び出す。
 その一言で、ヘルムの男は動きを止めた。

「なぜ知っている」

 口を開いた男―《鋼》の口から、抑揚の無い質問が飛ぶ。
 リンルゥはそれに答えず、P90を構えた。

「ダメだリンルゥちゃん! あいつはサイボーグじゃない! マシーナリー・ニューマン(機械化新人)だ!」

 智弘が慌てて止めようと口走った言葉に、《鋼》はかすかに頬を動かした。

「STARS科学班・神経電子工学者、八谷 智弘。最注意人物に認定。消去の必要性あり」

 機械のように告げた《鋼》が、M500を構える。

「ひっ!?」
「逃げて!」
「ヤアアアァァァ!」

《鋼》がトリガーを引く瞬間、甲高い声と共に跳んできた小柄な影が、横からM500を握った手を蹴り飛ばした。

「パパは私が守る!」
「トモエ!?」「トモエちゃん!?」

 跳んできた小柄な影、格闘試合用のプロテクターを身に着けたトモエが両手を持ち上げて構える。

「なんでここに!? シェルターに行ったんじゃなかったのか!」
「私も戦う!」

 悠然と構えるトモエに、《鋼》は無造作にバックブローを繰り出す。
 だが、トモエは小さな体を活かした機敏な動きでそれをかわし、カウンターにローキックを《鋼》の足に食らわす。
 その攻撃に相手は微動だにせず、M500を向けようとする。

「危ない!」

 思わず叫んだリンルゥの方に銃口は跳ね上がる。
 無我夢中の動きで、リンルゥは横へと動く。その頭部のすぐそばを、M500弾が通り過ぎていった。

(かわせた?)

 かすかな疑問を確かめる間もなく、第二射が放たれる。直感のまま、リンルゥは前へと倒れる。
 その背中を弾丸はかすめて飛んでいった。

(また?)

《鋼》はトモエを無視すると、リンルゥへと接近する。
 伸ばされた手をリンルゥは直感のまま横へとかわし、繰り出されたローキックを小さくジャンプしてかわす。

(なぜ? ボク、こいつの動きが分かる………)

 どれも紙一重どころか紙半重に近い状態ながらも、攻撃をかわしていくリンルゥだったが、逆に反撃の機会がまったく見出せない。

「ヤアアァ!」

 そこへトモエのジャンピングローリングソバットが相手の肩口に叩き込まれ、僅かに動きが鈍る。

(今!)

 リンルゥはP90のトリガーを引こうとしたが、相手は一気に斜め後ろに跳んで壁を経由して離れた場所に下りる。

「大丈夫!?」
「それはこっちの台詞。なんであいつの動きが分かるの?」
「分かんない……でも、分かるんだ」
「分かるだけじゃね………でも、私の攻撃じゃ歯が立たない……」
「ど、どうしたらいいかな?」
「……一人でダメなら、二人でやるしかないじゃない………」
「え?」
「私、あなたの事大嫌いだけどね」
「…………」

 トモエが子供らしく頬を膨らませながら、構える。

「FBI特異事件捜査課科学捜査班、トモエ・バーキン・八谷! 流派はバーキン流アンチBOWアーツ!」
「す、STARS第六小隊隊員、リンルゥ、インティアン!」
「………アザトース・4エレメンツ《鋼》のF」

 トモエの名乗りに吊られてリンルゥも名乗りを上げると、それに答えるようにヘルムの男―《鋼》のFも名乗る。

「トモエ!」
「ルーキー!」

 他の者達が心配そうな声を上げる中、二人のルーキーは銃と拳を構える。

「あなたの相手は、私達よ!」
「消去する」

 二人の少女と、一つの闇が、同時に動いた………



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