BIOHAZARDnew theory
FATE OF EDGE

第十六章「到着! 舞い上がる翼、舞い降りる刃」


北太平洋上空 高度24000m

 宇宙との境、蒼い空気の層の中を、超高速で斬り裂く物体が有った。
 航空機が飛行する限界高度を、音速の6倍近い速度で飛行するその物体は、ただ目的地へと向かってひたすらにエンジンを吹かしていた。

「急げ」
「全速力だ! 潰れるなよ!」

 その超々高速飛行実験機XC―G1《ホルス》のコックピット内で、二人の搭乗者が目的地となる戦場への道を急いでいた。
 新型の慣性緩和装置の限界をとうの昔に突破し、常人なら失神どころかショック死してもおかしくないGがかかる中、二人の搭乗者はそんな重圧なぞ感じていないかのように会話している。

「くそ、間に合え。間に合ってくれ………」
「だいぶ酷い状況のようだが、水沢がいるなら一時間くらい持たせるだろう」
「普通の奴相手ならな。向こうにはブラック・サムライと同レベルの相手が複数いるという情報もある」
「なら、私が到着すれば互角だ」

 操縦桿を握る男の僅かな焦りに、後部座席に座る女性の凛とした声には焦りも苦痛も感じられない。

「到着まであとどれくらいだ?」
「15分もかからん。準備しておけ」
「分かった」

 エンジンが焼け付きそうな出力を保たせたまま、二人を乗せたホルスは目的地へと向かう。
 狂乱の地獄と化した、STARS本部へと。


同時刻 STARS本部棟 武器格納庫前通路

 半ばから砕けたウィンチェスターM73が、破片を撒き散らしながら床へと落ちる。

「アニー!」
「大丈夫………」

 銃と引き換えにダメージを防いだアニーは右手のワイルダネス・ハウルをスロウターに向けて連射。
 再度爪を繰り出そうとしたスロウターの顔面に弾痕が穿たれ、攪拌された脳髄が後頭部から噴き出す。

「はあっ………はあっ………」

 荒い呼吸音と共に、空になったシリンダーを最後のシリンダーと交換。
 他の武器は全て破損し、最早手の中のワイルダネス・ハウル一丁だけが最後の武器となっていた。

「ちいっ!」
「ムサシ!」

 鈍い音と共に、ムサシの手にした刀が半ばからへし折れる。
 残った刀の方も先端はへし曲がり、刀としての体裁を整えてなかった。

「まだだっ!」

 飛び掛ってくるハヌマンに、ムサシはへし曲がった切っ先をハヌマンの腹に突き刺すと、その峰をへし折れた刀の鍔元で突き押し、強引にハヌマンを斬り裂いていく。
「光背双刃流《双 陽 刻Double Inscribe》…………」

 血しぶきと共に倒れるハヌマンを前に、疲労困憊状態のムサシの手から折れた刀が滑り落ちていく。

「……次はどいつだ!」
「……片っ端から来なさい!」

 互いに一つだけになった得物を手にしたケンド兄妹が、背中合わせになりながら押し寄せるBOWの軍勢に己の得物を突きつける。

「二人とももういい! 逃げるんだ!」
「出来るか!」
「ここが占拠されたら、もう終わりよ!」

 二人が必死に守っている武器格納庫の前には、重傷を負った隊員達が、最後の手として自爆の準備を進めている。
 しかし、ここにある装備を失う事態は、この状況では絶対あってはならない事だった。

「畜生! 解除キーがあれば!」
「副隊長クラス以上のIDがあれば開くんだが、もう誰がどこにいるんだか………」

 押し寄せるBOW達が、好機と見たのかケンド兄妹に一斉に押し寄せようとした時だった。
 横手からの銃撃が、BOW達を怯ませる。
 ついでに放り込まれた手榴弾が、怯んだBOW達を吹き飛ばした。

「生きてるか!」
『隊長!!』
「カルロス隊長!」

 残っているBOW達を掻い潜り、ようやくここまで到着したカルロスが自分のIDカードを引き千切ると、武器格納庫前の隊員へと投げ渡す。

「反撃開始だ! こいつらにSTARSの根性を見せてやれ!」
『了解!』
「ムサシ、アニー! 使え!」

 カルロスは別のカードキーをケンド兄妹へと投げ渡す。
 それを受け取った二人の顔が、驚きに変わった。

「D装備の使用許可が下りた。責任は全部オレが取る! ぶちかませ!」
『了解!!』

 隊員達が開いたカルロスのIDで開いた武器格納庫の中へと飛び込んでいく。
 それを見ながら、カルロスは手にしたM―8コンパーチプルライフルのマガジンを交換する。

「来るなら来い、手前らなんかとうの昔に見飽きてるぜ!」

 フルオートで銃弾をばら撒き、押し寄せるBOWの新手にカルロスは必死の抵抗をする。
 トリガーを引き続けながら、最後の手榴弾を手に取って、口でピンを引き抜いた時だった。
 カルロスの頭上から影が差す。

「やばい…」

 手榴弾を放るよりも、上空から迫ってきた影が襲い掛かってくる方が早かった。
 とっさにカルロスは手にしたM―8を上へとかざし、直撃を防ぐ。
 かざされたM―8は上空からの攻撃を食らい、ポリマー製のフレームは砕け散ってカルロスの頭へと降り注ぐ。

「化け物に続いて悪魔か!」

 上空から襲い掛かってきた影、ハンタータイプを異様に細くしたような体躯に、鋭利な爪の生えた異様なまでに長い手足と、体躯よりも大きいコウモリのような羽根を持った異様なBOWが、その羽根を羽ばたかせて再度カルロスへ襲い掛かる。
 その首に嵌められた首輪には、《Gargoyle No37》と刻まれていた。

「このコウモリ風情がっ!」

 そのBOW《ガーゴイル》―キリスト教の普及によって有翼の悪魔へと落とされた精霊の名を持つ飛行型BOWの長い手足が、しなやかなムチのように襲い掛かり、先端の爪が凶器となって襲い掛かる。
 その一撃を食らい、カルロスの手からピンの抜かれた手榴弾がこぼれ落ちる。

「ちいっ!」

 M―8を振り回しながら、カルロスは手榴弾を蹴飛ばそうとするが、ガーゴイルの四肢から繰り出される連続攻撃がそれをなかなか実行させない。

「飽きたっつってんだろ!」

 カルロスは、防弾性のタクティカルジャケットを捲り上げ、無造作に腕を突き出し、そこにガーゴイルの爪を突き立たせる。

「馬鹿が!」

 攻撃を食らう事で相手を固定したカルロスは、M―8の銃口をガーゴイルの翼の根元に突きつけ、フルオートで残弾を全て叩き込む。
 絶叫を上げるガーゴイルの浮遊力が弱まったのを感じる間もなく、カルロスは全身の力でガーゴイルを引っ張り、手榴弾の上へと叩き落す。
 直後、手榴弾は爆発し、ガーゴイルの体を四散させながら爆風が荒れ狂う。

「ぐぁ……」

 ガーゴイルの体を盾代わりにしたとはいえ、至近で爆発した手榴弾の爆風と破片がカルロスへと襲い掛かり、その体が壁へと叩きつけらる。

(まずい………)

 衝撃で意識と視界がおぼろげになっていく中、全身に感じる痛みでカルロスは現状を確かめる。

(手足は付いてる………耳はちとやばい………目は一応見えて…!)

 腹に走った激痛が、カルロスの意識を覚醒させる。
 そこを見ると、脇腹にガーゴイルの物と思われる骨が一本、突き刺さっていた。

「オレとした事が……」

 灼熱を伴った激痛と共に、徐々に傷口から血が流れ出してくる。
 その血を手に取り、カルロスは舌打ちした。
 そこへ、血の匂いを嗅ぎつけたのかBOW達が続々と寄ってくる。

(出血は少ない、内臓まではいかなかったか? だが………)
「来いよ………」

 吹き飛ばされた衝撃でどこかに行ったM―8の代わりに、マチェットをカルロスは抜いた。

「てめえら程度に、このオレが殺せるか!」

 気勢を上げるカルロスに、BOW達が一斉に襲いかかろうとした時だった。

「伏せろ隊長! 抜く!」

 ムサシの声に、カルロスは倒れるように伏せた。
 その頭上を、暴風が駆け抜けた。
 大質量の音速超過を示す水蒸気の帯を引いたその暴風は、その軌道上にあるBOW達を軒並み斬り裂き、更にその衝撃波で吹き飛ばしていく。
 両断され、千切れたBOWの屍を撒き散らかし、その暴風が通り過ぎた後には、まるで爆撃でもあったかのような空白が生じ、その中に伏せたカルロスだけが残っていた。

「……物騒なこった」

 カルロスは転がってあお向けになると、ムサシの方を見る。
 そして、そこにある物を見て苦笑した。
 ムサシは全身にまるで日本甲冑のようなライト・パワードスーツをまとっていた。
 そしてその手には、彼の身長よりも更に巨大な日本刀が握られていた。
 通常の日本刀を、そのまま巨人用にでもしたかのような、刀身長は2m、身幅は15cmを越える異形の巨大刀を、ムサシは片手で肩に担ぐ。

「こいつがオレの切り札、斬城刀《国斬丸くにきりまる》だ!」

 D装備、そのあまりの破壊力故に封印された兵器となりうる武器の片方を、ムサシは振りかざす。
 よく見れば、その刀身は切れ味を増すために施されたイオン・コーティングの淡い光を帯び、峰には噴射口のような物が設置され、鎬のように刀身に彫られた妙なラインが鍔元から切っ先まで走っている。
 異常な破壊力に、一時鈍ったBOW達が、血の匂いに誘われてか再度こちらへと向かってくる。

「参る!」

 ムサシはその国斬丸を両手で持つと、刀身同様巨大な鞘へと収める。
 その鞘も異常で、無数の固定用金具と移動用タイヤが付いた、まるで何かの機械の部品のような外見に、刀身と同じようなラインが走っている。
 鞘へと国斬丸を収めたムサシは、柄のスイッチを押す。
 すると、柄が鞘へと完全にロックされ、鞘の固定用アンカーが突き出し、床に鞘を完全に固定。
 同時に、通電が始まり鞘の内部に施されたリニアレールがその電圧を増していく。
 電圧が高まっていくと鞘のラインが次々発光していき、全てが発光すると準備が完了した事を示す電子音が鳴り響いた。
 その時、敵はすでにムサシの目前まで迫っていた。
 柄を両手で握り締めると、ムサシは再度スイッチを押し込む。
 鞘の内部まで限界まで高められた電圧が、リニアレールを発動、それを受けた刀身が、文字通り撃ち出された。
 2mを越える刀身が、リニアレールの力を持って超高速で吐き出される。
 常人ならば、腕ごと吹き飛ばされそうな威力を、ムサシは両腕の膂力で押さえ込み、それを〈居合〉として振り抜いた。
 音速を超えた刀身が、水蒸気の帯を引いてその軌道上の敵を全て斬り裂く。
 のみならず、大質量の音速超過によって生じた衝撃波がその軌道の周囲にいる巻き込み、吹き飛ばす。
〈斬撃〉と〈衝撃〉、その二つを持って〈攻撃〉とする、刀剣の常識を根底から覆すような刀を手に、ムサシは呟く。

「光背一刀流、《閃光斬》」

 元来は幕末期に陰陽五大宗家の一家、真兼家の頭首が国家改変の安泰を祈願する為に打ち鍛えた代物を、最近ある人物が最新型の退魔法具として改造した国斬丸だが、そのあまりの威力に御神渡の前頭首もレンも使いこなせない代物を、ムサシは父親から受け継いだ欧米人の体格と、鍛え上げた膂力を持って振り抜く。
 まとったスーツが無ければ、その衝撃波で己自身をも傷つける轟刀を、ムサシは正眼に構える。
 その背後から、別のBOW達が押し寄せてくる。

「そっちは頼む!」
「OK!」

 ムサシの背に、こちらは西洋甲冑にも似たライト・パワードスーツをまとったアニーが背を合わせるように立ち、構える。
 その手には、ペッパーボックス・ピストル(銃身を束ねた、パーカッション式の連射銃)のような異様な大型拳銃が握られていた。
 アニーはその異様な大型拳銃のセーフティーを外す。
 バレル・シリンダーには国斬丸のと同じようなラインが走っており、フレームの下部には大きなスタビライザーがセットされていた。
 押し寄せるBOWを前に、アニーはそのもっとも密集した場所に狙いを定め、ハンマーを起すとトリガーを引いた。
 ハンマーが落ち、バレル・シリンダーの尻を打つ。
 次の瞬間、解き放たれた烈風が、BOWを次々と貫き、吹き飛ばす。
 まるで透明で巨大な槍でも突き抜けていったかのように、BOW達の体を直径20cmは有ろうかという一直線のトンネルが開通し、その衝撃に耐えられなかったBOWの体は千切れて吹き飛ぶ。

「これがあたしの切り札、HRG(ハンドレールガン)《カオス・メーカー》よ!」

 再度ハンマーを起こして白煙が上がるバレル・シリンダーを回すと、アニーはトリガーを引いた。
 ハンマーが落ち、バレル・シリンダー型のリニアレールが起動。
 内部の弾丸を短い距離で音速の三十倍近く、通常の弾丸とは比べ物にならない速度まで加速させ、弾丸が吐き出される。
 自らの出力で一回で焼け落ちたリニアレールから撃ち出された弾丸は、本来の弾頭の破壊力でなく、大気を撃ち抜く際の衝撃波によってその軌道上の全てを貫き、吹き飛ばす。
 出力と持続性の問題から、理論上不可能とされていたレールガンのハンドガン化を、特殊高圧バッテリーと併用した高出力レール、更にそれを一回きりの使い捨てにしてしまうというコストパフォーマンスを完全無視した異常なコンセプトの元に完成した、重野砲に匹敵する破壊力を持ったもう一つのD装備《カオス・メーカー》をアニーは構える。

「SHOOT!!」

 トリガーを引いたまま、アニーはもう片方の手でハンマーを連続で叩く。
〈ファニング〉と呼ばれる西部劇の代名詞とも言える速射術によって、超々音速の弾丸は連続で撃ち出される。
 竜巻を水平方向に倒したかのように、弾丸の過ぎ去った後にすさまじいまでの衝撃波が吹き荒れ、周辺の壁や天井、床までをもまとめて粉砕しつつ、こちらへと押し寄せてきていたBOW達が貫かれ、吹き飛ばされて一斉射でほとんど駆逐される。
 イジェクトボタンを押して、白煙を上げる高温のバレル・シリンダーを外したアニーはそれを腰の予備のバレル・シリンダーと交換した。

「すげえな、こいつは………」
「封印される訳だぜ………」

 武器格納庫から出てきた隊員達が、すでに周辺に敵の千切れて肉片と化した屍しか転がっていない状態に唖然とする。

「反撃に移るぞ、野郎ども」
「隊長! その腹……」
「トゲが刺さってるだけだ、そうすぐには死には死ねえ………」

 マチェットで腹に刺さった部分を残し、骨を叩っ切ったカルロスは、その上から止血パッドを当てる。

「総員、ありったけの得物を持て。これから外のデカブツを取り戻すぞ」
「しかし…」
「びびった奴は居残りだ!」
「り、了解!」

 隊員達がその場で返礼するのを見たカルロスは、新たな銃を手に先導する。
 腹の傷から新たに血が溢れる感触を感じながら、カルロスは割れた窓から外で暴れるアクーパーラを見た。

(あいつを潰す間だけでいい、持ってくれよ………)


STARS本部 第一駐車場内

「五行相生(ごぎょうそうじょう)!」

 呪文と同時に、レンの手にした備前景光に己の血で刻まれた梵字が五行を占める青、赤、黄、白、黒に光り始める。

「へえ、そういう技もあるんだ」

 対するジンは、手にしたレイ・ガンを五色に光る刀へと向ける。

「はああああぁぁっ!」
「フウゥゥゥ…………」

 上段から振り下ろされる刃に、今までとは比較にならない閃光が放たれる。
 二つの光は拮抗し、激しく明滅を繰り返す。
 しかし、いきなり五色の光はその輝きを失い、閃光に絶たれた刃が宙へと舞った。

「くっ…………こちらを真似て力を乗せたか」

 限界に達していた景光の最後の手段として使った術も敗れ、手の中に最早残骸と化して残っている愛刀にレンは歯噛みする。

「次はどうする? 兄さん」

 レイ・ガンから使い果たしたバッテリーをイジェクトしながら、ジンが問う。

「こうすればいい」

 景光だった物を投げ捨てながら、レンは己の背中に手を伸ばす。その襟元から、背に仕込んでおいた予備の刀を抜き放つ。

「さすが、油断はないね」
「まあな」

 刀をそのままに、レンはサムライソウル2を懐から抜くとジンへと向けて全弾を速射。
 ジンは機敏に動いて弾丸をかわしていき、四発目でサムライソウル2のスライドが後退して停止、スライドレバーを押してスライドを戻し、まだ熱いスライド後部を口に咥える。
 見るとジンもまったく同じ動作をしており、両者は互いのグリップにマガジンとバッテリーを叩き込むと、レンは口でスライドを引いて初弾を装填、ジンはセーフティーを戻して回路を接続、再度互いに向けられた銃口から弾丸と閃光が解き放たれる。
 放たれた45ACP弾がかすめた髪を千切り、収束された高出力メーザーが首筋を浅く焦がす。
 互いにトリガーを引きながら、両者は接近。刃の間合いに入ると同時に、レンの刃が袈裟懸けに振り下ろされ、ジンは半身を引いて斬撃をかわすと即座に横薙ぎに刃を振るう。
 刃を振り下ろしたまま柄を引き起こしてレンはその斬撃を受けるが、稀代の大業物はその軌道を変じながらも柄の下部を斬り飛ばす。
 ひるまずレンは足をジンの足へとかけると、一気に刈る。
 さらにバランスを崩したジンのあご目掛けて柄を突き出すが、ジンはあごを引いてからくもかわした。
 ジンの左手が跳ね上がり、至近距離でレイ・ガンのトリガーが引かれる。
 土壇場でサムライソウル2のグリップがレイ・ガンを叩き、閃光はレンの脇をかすめて向こう側のジープを直撃、運悪く燃料タンクに直撃したのか、ジープは一瞬で炎上した。

「今のはカルロス隊長の車だ。損害賠償はどこに回せばいい?」
「災害扱いにしといてよ」
「じゃあ要因を排除しておかないとな!」

 双方の白刃が、袈裟斬りに振り下ろされ、激突して止まる。
 甲高い金属音が響き、そして僅かな静寂が訪れる。
 ぶつかり合った刃は、力の駆け引きとなって静止状態での攻防が繰り広げられる。
 しかし、片方の刃が、ごく僅かに相手の刃へと沈んでいく。
 レンは拮抗状態を強引に振り払い、後ろへと下がって正眼に構える。
 ジンも同じ構えを取り、そして小さく笑みを浮かべた。

「さっきの音、前の刀よりも鈍かったね」
「備前物の業物なんてそうそう手には入らんからな」

 レンは構えながらも、刃に目を落とす。
 先程鍔迫合を行った個所に小さな刃こぼれが生じていた。
 対し、ジンの妙法村正には刃こぼれ一つ生じていない。

(まずい、物と加工の差がここまで大きいとは…………こちらもコーティングでも施しておくべきだったか?)

 たった一度刃を合わせただけですでに差が出る状態に、レンは内心で焦りを覚えた時だった
 振動と共に、バイク用の駐車場を弾き飛ばして巨体が姿を現す。

「おや、アクーパーラがこっちまで来ちゃったようだね」
「こっちは取り込み中だ! 他所でやってくれ!」

 各所で攻撃らしい爆発が生じながらも、巨大なゾウガメが車を弾き飛ばしながらも駐車場の端を横切っていく。

「なんてデカさだ………」
「かっこいいでしょ?」
「火でも吐いて平和のために戦えばな!」

 背から鞘を抜いて腰に指したレンは、刃を収めて半身を引いて構える。
 ジンも同じように刀を収めると、半身を引いて同じ居合の構えを取る。
 柄に手を当てたまま、二人の距離がミリ単位で狭まっていく。
 すり足が路面を踏みしめ、バランスを一切崩さないまま、少しずつ、間合いが詰まっていく。
 お互いの攻撃範囲が触れ合う寸前、その間を何かが割って入った。

「くうっ………」
「シェリーさん!?」

 後ろ向きに吹き飛ばされてきたのが、ベルセルク2をまとったシェリーだというのに気付いたレンが居合の構えを解いた。
 そこへ、無数の触手が飛来してレンとシェリーは素早いステップでそれをかわした。

「こいつは!?」
「やあミラ」
「やってるわねジン」

 シェリーを追うようにして、背に巨大な翼を生やしたミラが舞い降りながらも、右手から伸ばした触手を己の中のマクスウェルへと戻す。

「空まで飛べるなんて、反則もいいとこね」
「たった一発で外壁ぶち抜いた人に言われる筋合いはないわね」

 互いに構えるシェリーとミラの隣に、レンとジンも並んで白刃を抜いた。

「そうだ兄さん、タッグマッチなんて面白いかもね」
「どうだかな」
「そうね、おばさんの相手だけするのも飽きそうだし」
「小娘相手じゃ物足りないからね」

 四人の顔にそれぞれの笑みが浮かぶと同時に、全員が動いた。
 シェリーが一気に飛び出すと、拳をジンへ向けて突き出す。
 ジンは白刃をかざして拳を止めようとするが、刃の目前で拳は止まり、勢いそのままにベルセルク2から飛び出した触手がジンを打つ。
 その脇からミラがミドルキックでシェリーを狙うが、レンが横へと出ながら刃でスパイクの飛び出ている脛を受け止める。
 レンはサムライソウル2を抜いてミラを狙うが、ミラの脛のスパイクが更に飛び出てきてレンはとっさに後ろに跳んでそれをかわす。
 後ろに跳びながらもトリガーは引かれ、撃ち出された銃弾がミラの両肩を撃ち抜いた。

「ああっ!」

 爆炎が吹き抜け、ミラの両肩の弾痕から血が噴き出す。
 しかし、その弾痕を周辺から盛り上がった肉が瞬く間に塞いでいき、更に肩の周りを有機装甲が覆っていった。

「なんてね」
「どういう体してやがる………」
「攻撃、防御、回復、全てを自立支援し、なおかつ任意行動も可能。やっかいな代物ね。誰が作ったのかしら?」
「プロフェッサーの事? 多分会った事がある人がここにいると思うけど? 死んでなければね」
『!!』

 ミラの言葉に、レンとシェリーが視線だけを合わせて頷く。

(やはり、こいつらの製造者はアンブレラの関係者だった人間!)
(しかも、かなり高度な技術と知識を併せ持っている……そんな人物に生き残りがいたの?)

 疑問は、繰り出された白刃とクローの生えた拳で中断される。

「まだ死合中だよ、兄さん!」
「これ以上は、勝てたら教えてあげるわ!」
「それじゃあ」
「勝たせてもらうわよ!」

 白刃と拳がぶつかり合い、済んだ音と鈍い音を同時に響かせた。


STARS本部 大グラウンド前

 噴煙を上げて飛来するミサイルが、アクーパーラの首を掻い潜り、その根元へと直撃して爆発する。
 大音響と共に爆風が吹き荒れるが、直後にそれは向こうの反撃の衝撃に変わる。

「LOSAPZ(ロサップズ=高速徹甲誘導弾)だぞ! なぜ効かない!?」

 虎の子の最新鋭対装甲目標用ミサイルが、僅かな足止めにしかならない事実に、バーバリアンを駆る兵士が叫ぶ。

「高速機動隊7番機がやられた! 通信不能!」
「外部スピーカーを使え! LOSAPZはあと何発だ!」
「もう二番機の一発しか残ってません!」
「無駄弾を撃たせるな! 切り札として取っておけ!」

 怒鳴りながら、スミスがタスラムを握り締める。
 ヘラクレスの内部ディスプレイには、〈NO BULLED(弾切れ)〉の表示が写し出されていた。

「道を開いてくれ! あいつの首筋にしがみついてこいつを自爆させる!」
「馬鹿な! 特攻する気か!?」
「まだある程度のオートコントロールは効く! 他に手が…」
「させないわよ」

 上空から、無数の雷撃が降り注ぐ。
 直撃を受けたバーバリアン一機が回路をショートさせ、動きが止まった所をアクーパーラの頭がそれを跳ね飛ばす。

「シグーノ! 畜生!」
「あの魔女めが!」
「食い止めろ! この後ろには……!」

 スミスが後ろにすでに見えている物、ギガスの格納テントを内部ディスプレイで拡大する。

「この状況を打開するには、アレしかない!」
「じゃあ早く動かしてくれ! もう限界だ!」

 残った重火器を全て使用して、必死にアクーパーラの進撃を止めようとする中、ヘラクレスの光学センサーが何かを捕らえた。

「……戦闘機?」

 それが、高速戦闘機の噴煙だと気付いた時、その機体が大きな孤を描いてる事に同時に気付いた。

「あの動き………《シザーズロール》!?」

 孤を描いた高速戦闘機が、孤の頂点で動きを止めた事が何を示すかを知っていたスミスが大慌てで外部スピーカーの音量を最大にした。

『総員退避! 馬鹿が突っ込んでくるぞ!』
「馬鹿?」

 ランが何気なく頭上を見た。
 空の青の中に、何か黒い点が見える。そして、その点は急激的に大きくなっていった。

「アクーパー…」

 こちらも退避しようとした時、アクーパーラの背に、キリモミで突っ込んできた《ホルス》が激突した。
 大爆音が周辺に轟く。
 轟炎と爆風が吹き抜け、きのこ雲が上がる。

「まさか、クリスか? いや……」

 スミスが周辺の映像をチェックした時、二つのパラシュートが空中で開く。
 その映像を拡大して、それが誰かを確認したスミスの目が見開かれる。

「……そういう事かよ」


STARS本部棟屋上

「何が起きた!?」
「戦闘機が突っ込みやがった!」
「カミカゼか!?」

 屋上に陣取って必死の援護をしていたSTARSのスナイパー達が、現状を確認しようとするが、爆炎を背にガーゴイル達が無数に現れたのを見ると、各々のスナイパーライフルを構える。

「このコウモリ風情が!」

 狙い済ました狙撃が、ガーゴイルの頭や胸を撃ち抜く。
 しかし、その隙に外壁をよじ登ってきたハヌマン達が襲い掛かってくる。

「ホオオオォォォ!」

 気勢と共に、ケルベロスをまとったCHが腰のマウントに吊るしておいた先祖伝来のトマホークを抜いた。
 スーツ着用のパワーを乗せた一撃がハヌマンの胴を穿ち、ひるんだ所に口腔に巨大なIWSアンチマテリアルライフルの銃口が突きこまれ、トリガーが引かれる。

「これで弾切れ………」

 最後の一発を使ったIWSを床に置くと、CHはトマホークを構える。

「ダメだ! もう持たない!」
「退くんだ! こちらの弾ももう少ない!」
「ここで退けば、下で戦っている人達の援護が無くなります。隊長やムサシやアニーや、レンも戦っている。仲間が戦う中、己だけ退く事は先祖の誇りにかけて出来ない!」

 そんなCHの前に、次々と新手のBOW達が押し寄せてくる。

「我が名にして我が祖たる大酋長《クレイジーホース》の名にかけて、ここは退かぬ!」
「CH!」

 誰かが叫ぶ中、CHが突撃をかける。
 その頭上で、いきなり一つのパラシュートが開いた。

「誰だ!?」

 突如として現れた参入者に、人間、BOW問わず全ての視線がそこに注がれる。
 パラシュートを切り放ち、それは屋上へと降り立つ。
 それは一体のライト・パワードスーツだった。
 全身を夕焼けのような茜色に染め上げた、洗練された甲冑のような美しさを持ったスーツがBOWと対峙する。
 バイザーメットで完全に隠れた頭部からはその者の表情も性別も分からないが、すでにその手には、一振りの日本刀がすでに抜き放たれている。

「今の言、見事だ。私もまた先祖の名を冠する者。義によって、助太刀する」
「女!?」

 STARS隊員の一人が思わず叫ぶ。
 バイザーメットの中から響いたのは、凛とした女性の声だった。
 スーツの女は、両足を開きやや腰を落として、両手で持った刀を腰元へと引いて中段に構える。

「柳生家十九代頭首、柳生(やぎゅう)十兵衛 宗千華(むねちか)。推して参る!」

 茜色のスーツをまとった女性、宗千華の姿が霞むような高速で動く。
 その動いた先に襲い掛かろうとしていたBOW達がいたが、その動きに白刃の煌きが走ったかと思うと、首や胴を両断されたBOW達が襲い掛かろうとした姿のまま床へと倒れ伏した。

「少し借りるぞ」
「え?」

 CHに声をかけながら、宗千華はケルベロスの背を身軽に駆け上がり、肩を踏んで空中へと踊りだす。
 そこへガーゴイル達が一斉に襲い掛かろうとする中、手にした刀が上段へと持ち上がる。
 瞬間、高速で連続して振り下ろされた刃が、陽光を受けて鮮やかな銀孤を描く。
 その銀孤の軌道にガーゴイルの正中線が重なり、宗千華が地上へと降り立つとそれに続くように中央で二つとなったガーゴイルの屍が次々と落ちてきた。

「柳生新陰流、《孤月》」

 気付くと、屋上に押し寄せてきたBOWは全て斬り捨てられ、倒れていた。
 その圧倒的な強さに、見ていた全員が二の句が告げられなかった。

「つ、強い……ブラックサムライ並だ………」
「こんな奴がまだいたのか………」
「水沢はどこにいる?」

 トマホークを握り締めたままだったCHが、宗千華の問いに我に帰る。

「あちらの方向、第一駐車場で戦ってます。しかし、増援は望んでいないと……」
「いや、頼まれた物を届けるだけだ」

 茜色のスーツの背にセットされている日本刀を宗千華は指差す。

「それにあれに死なれると色々困るのでな。ついでにここを襲っている連中も片付けよう」
「ついでって…」

 平然ととんでもない事を言い放つ女剣士は、そのまま屋上の縁へと走り、そこから飛び降りる。

「おい!?」

 慌ててSTARS隊員達が縁へと言って下を見るが、そこにはすでに彼女の姿は無く、地面の上を走る彼女の後ろに斬り捨てられたBOW達の死体が増えていく所だった。

「なんなんだ、あの女サムライ………」
「さあな。だが、強い………」
「任せよう。こちらはこちらの仕事がある!」

 残った弾丸を分配してスナイパー達はそれぞれ狙撃ポジションを取っていく。

「頼みます。ジュウベエ」

 CHはそう呟くと、こちらに向かってくるガーゴイルに向けてトマホークを構えた。



「斬ッッ!!」

 気合と共に、ムサシは国斬丸を両手で振り抜く。
 同時に峰にセットされたイオン・ブースターが発動し、その軌跡に煌きの残滓を振りまきながら、巨大な白刃を加速させる。
 加速された白刃は、その軌道上にいたBOW達をまとめて斬り裂き、両断された屍が臓物と共にぶち撒けられる。

「SHOOT!!」

 アニーはバックショットタイプのバレル・シリンダーをセットしたカオス・メーカーを構え、トリガーを引いた。
 瞬時に超高速で撃ち出された複合弾が、銃口から飛び出す直前だけ反転された電磁力を受けて分裂。
 扇状に分散した超高速弾が、その軌道上のBOW達を貫き、薙ぎ払う。
 いかな装甲をも無効化させる圧倒的な破壊力を振るう二人の前に、不可能と思われていたギガス格納特設テントまでの道が徐々に開けていく。

「急げ! あのデカブツがすぐそこまで迫ってきてやがる!」

 怒声を上げるカルロスは、負傷と出血のために徐々に力が抜けていく足を強引に動かしながら、周囲の隊員達に号令を飛ばす。

(まずい………この状態でギガスを操縦できるのか? しかしあの怪獣野郎を倒すには、他の手は……!)

 迫り来るアクーパーラに目を向けた時、突然何かがアクーパーラに激突して大爆発を起こした。

「何が起きた!?」
「爆撃?」
「違う、戦闘機が突っ込みやがったんだ! 誰だ、そんな事やらかした奴は!」
「悪かったな」

 上から響いた声に、隊員達が上を向いた。
 そこには、パラシュートでこちらに降下してくる、肩のホルスターに大型のコンバットナイフを差している筋肉質の体に鋭い目つきをした青年の姿を発見した。

「お前っ!?」
「フレック!?」

 それは、かつてのSTARS指揮官、クリス・レッドフィールドの息子で、バウンティ・ハンターのはずのフレクスター・レッドフィールドだった。
 パラシュートを切り離し、地上へと降り立ったフレックは、腰の左右のホルスターからサブマシンガンのような形状の、妙にマズルの小さい銃を抜き放つ。
 スライドに《Mystletainnミステルテイン》、北欧神話にて不死の神を殺したやどり木の剣の名が刻まれた奇妙な銃を抜いたフレックは、目前のBOWへと向けてトリガーを引いた。
 炭酸飲料を開けた時のようなガス放出音と共に、二丁のミステルテインから全長3cm程の鋭利なニードルが連続で射出された。
 ニードルはBOW達の体に深く突き刺さり、同時にBOWの体液が浸透。
 内部に封入されていた化学薬品がBOWの体液に含まれていた水分と反応し、突き刺さったニードル全てが小型爆弾となって破裂した。
防御不可能な内部からの爆発に、肉片を巻き散らかしてBOW達が次々と倒れていく。

「何してる! 早くギガスまでの道を開け!」
「フレック! お前なんで…」
「今からここが、オレの職場だ!」

 叫びながら、フレックがボム・ニードルを周囲へとばら撒く。

「職場って……」
「お前入隊試験受けてねえだろ!」
「3年前に受けた!」
「3年前?」

 それが、フレックが防衛大を中退した時期と重なる事にケンド兄妹が顔を見合わせるが、今自分達がすべき事を思い出すと己の得物を構え直す。

「もうすぐそこだ! 突破口を開く事だけ考えろ!」

 カルロスがすでに刃こぼれと血油でボロボロなマチェットを振るいながら、なんとか目前の搭乗口へと辿り着こうとする。
 その時、自分の周囲が陰った事に気付いたカルロスは横へと跳んだ。
 先程までカルロスがいた場所に、小象くらいはありそうな巨体のBOWが落ちてくる。
 地響きと共に、額のプレートに《Behemothベヒモス No 4》、聖書に出てくる巨獣の名が刻まれた六本足の奇妙な獣型のBOWが、カバに似た顔、そこにある四つの目でカルロスを見た。

「ここまで来て新型か!」

 カルロスがマチェットを構えるが、ベヒモス No4は異様に柔軟な関節で動物本来の動きを無視した異様な動きでカルロスの方へと突撃してくる。

「隊長!」

 ムサシがそちらへと向かおうとした時、振り向いたフレックが手にしたミステルテイン二丁を横に並べ、セレクターを〈AUTO〉から〈SHOT〉に切り替える。
 すると、ミステルテインは合わされたフレーム部分が開いて組み合わさり、銃口はその口径を変形させて一気に広がる。
 サブマシンガンから大型拳銃へと姿を変えたミステルテインのトリガーをフレックが引くと、銃口から先程よりも大きなガス噴出音が響き、一度に無数のボム・ニードルがベヒモスへと射出された。
 射出されたボム・ニードルがベヒモスの体に大量に突き刺さり、体液と反応して一度に爆発を起こす。

「おわっ!?」

 体の半面がごっそりとえぐれたベヒモス No4が地面へと倒れる。

「サブマシンガンとショットガン、両方の機能を併せ持ったニードルガン……」
「だけじゃない」

 フレックがミステルテインのセレクターを〈SHOT〉から〈SNIPE〉へと変更。
 一体化していたミステルテインがまた二丁になると、フレックはそれを縦に並べる。
 すると前方のミステルテインのフレーム後部が開き、バレルが完全に一体化、更には一体となったスライドの側部と後部にサイトがせり上がってくる。
 それを構えたフレックは銃口を特設テント内のギガス搭乗口にいるBOW達の頭部に狙いを定め、トリガーを引いた。
 銃声と共に、ユニットマガジンにセットされていたライフル弾が発射され、BOW達を的確に貫く。

「ライフルにもなるのかよ………随分と贅沢な銃だな」
「作った奴は頭イカれてるだろうけどな」

 フレックはフレーム上部のユニットマガジンをイジェクトして新しいマガジンを叩き込む。

「一気に行く!」
「おう!」
「分かったわ!」

 フレックの手にしたミステルテインがボム・ニードルをばら撒き、ムサシの国斬丸が薙ぎ払い、アニーのカオス・メーカーが貫く。

「邪魔だ、どけ!」

 カルロスがハヌマンの脳天にマチェットを叩き込み、それを食い込ませたまま離すと搭乗用タラップを駆け上がる。

「総員、ギガス起動までここを死守しろ! あのデカブツを倒すにはこいつしかない!」
『了解!』

 タラップを死守するべく、隊員達が円陣を組む中、カルロスがギガス搭乗口のコンソールにパスコードを打ち込む。
 しかし、響いたのはエラーを示す電子音だった。

『エマージェンシーによるコールドモードです。非常用パスコードを入力してください。エマージェンシーによる…』
「こんなん聞いてねえぞ! くそっ!」
「どけっ!」

 カルロスの背後からタラップを上がってきたフレックが、別のパスコードを打ち込む。
 すると、認証の電子音と共に搭乗口が開いた。

「お前、なんで知ってる?」
「日本で叩き込まれてきた。こいつの全てを」
「まさか、正規パイロットってのは…」
「だが、こいつの全機能を発揮させるには艦長か副長の認識コードが必要だ!」
「馬鹿いうな! この状況でレオンをどうやって呼んで…」

 怒鳴りながら二人が艦内に飛び込もうとした時、頭上で何かがぶち当たるような鈍い音が響く。

「上か!」
「あれは…」

 音のした場所を見ると、そこにはBOWではなく、何か球体のポッドのような物がギガスの装甲に当たった状態で止まっていた。

「指揮管制室の脱出ポッドじゃねえか!」
「まさかそこまで敵の手に!?」

 衝撃吸収用の材質の影響で微妙な状態で吸着していたポッドが、傾いたかと思うと一気に転げ落ちてくる。

「退避!」
「え?」

 ポッドはそのままタラップの上に落ち、一気にそこを転がり落ちていく。
 下にいた隊員達が慌てて逃げ出す中、球形のポッドは転がった勢いでハヌマンの一体にぶち当たって止まる。
 ポッドに敷かれる状態で唸りをあげるハヌマンの上で、ポッドが開いた。

「うん、ちょうどね」

 開いたポッドの中からキャサリンがギガスの方を見上げるが、そこで下から響く唸り声に気付いた。

「あら?」

 再度ポッドを閉めたキャサリンは、転がってハヌマンの上を逃れるが、激怒したハヌマンが拳を叩きつけようとする。

「させるか!」

 間一髪でムサシが国斬丸でハヌマンを唐竹に斬り裂く。
 転がったポッドはタラップの前まで来ると、再度開いてそこからキャサリンがのそのそと出てきた。

「どうやら、間に合ったみたいね」
「なんであんたが! 管制室は!? レオンの奴は!」
「レオン長官なら、管制室の破棄を決定して自分から出撃したわ。アーク課長はオペレーターの皆さんとサブの管制室。で、私はこっちに」
「! レオンが出ただと! あいつは…」
「後だ! 認識コードは!?」
「コード認識! ID375643、副長キャサリン・レイルズ! 起動コード『Was urine finished? 小便は済ませたか?Was the prayer carried out to God?神様にお祈りは? Is preparation of the heart which trembles in A corner of the room and carries out a life request O.k.?部屋の隅でガタガタ震えて命乞いをする心の準備はOK?』」
『No! Come! 来いIt fights!戦ってやる

 コードが認識されたギガスに電源が入り、自動的にエンジンが起動していく。

「ブリッジへ!」
「どういうコードだ……それ以前にあんたがいつ副長になった?」
「急げ!」

 タラップを駆け上がってきたキャサリンと一緒に、三人はギガスの艦内へと駆け込む。
 ブリッジへと急ぐ中、カルロスの足がもつれて倒れそうになった。

「ちょっと!?」

 後ろにいたキャサリンがぶつかりそうになり、慌てて足を止める。

「悪ぃ……」

 カルロスの顔色は青く変わり始め、腹部はすでに真っ赤に染まっている。

「! 怪我を…」
「大丈夫、まだ生きてる……」

 青い顔で答えたカルロスは、そのままブリッジへと飛び込む。
 そこで、先に入ったフレックがすでに操縦席に着いているのに気付いた。

「コード認識、ID11010118、情報課所属特務諜報員、コードネーム『サンダーバード』、フレクスター・レッドフィールド! 現時点を持ってギガス正規パイロットに着任した!」
『登録されました』
「そうか、お前がサンダーバードだったのか………」

 情報課一番の腕利き、アークの片腕と言われながらも、STARS内でもそのコードネームしか知られていない人物が彼である事を知ったカルロスが顔を皮肉気に歪ませる。

「だよな。あの二人の息子が、つまらねえグレ方する訳ねえんだからな………」
『カルロスリーダー、生体パターンがイエロー。大丈夫?』
「腹に少し穴が開いてるだけだ。詰めてるから問題ねえ」

サポートAI『TINA』からの忠告を無視しながら、カルロスが副操縦席に座った。
 キャサリンが副長席に着き、三人は次々と準備を進めていく。

「動力系、推進系、異常無し」
「制御系、外部装甲、問題無し。どういう装甲してやがる……」
「オペレートはセミオートで! 使用可能武装は?」
『容認できる犠牲者数は何人まで?』
「0だ!」
『了解、全火器をシールド。GRAPPLEモードにての戦闘を推奨します♪』
「……格闘? ドッグファイトか?」
「ギガス全システム、オールグリーン!」
「空中戦艦ギガス、発進!」

 甲高いエンジン音と共に、ギガスの巨体が整備用テントを持ち上げ、引き千切りながらゆっくりと飛び立った。



「なるほど、あれがそうか………」

 一刀の元にBOWを斬り捨てた宗千華が、飛び上がるギガスを見た。

「こちらも負けていられないな」

 一度刃を振るって血油を落とすと、宗千華は手にした愛刀 日向(ひゅうが)正宗を中段に構える。

「柳生の姓と十兵衛の名にかけて、ここは通させてもらうぞ」

 こちらに押し寄せてくるBOWの大群に、宗千華は一寸も退こうとはしなかった。



「……おせえぞ」

 手持ちの火器を使い果たし、周辺の兵士達から半ば巻き上げた重火器を乱射していたスミスがぼやく。
 彼の駆るヘラクレスの装甲はアクーパーラとランの度重なる攻撃にすでに原色が分からない程汚れ、破損していたがスミスの闘志は一片も失われていない。

「援護してやる。貸しだぜ!」

 不適な笑みを浮かべながら、スミスは最後のロケットランチャーを構えた。



「おや、飛んじゃったね」
「だから、もっと手を割けばよかったのに」

 飛び上がったギガスの姿に、ジンとミラが顔をしかめる。

「形勢逆転だな」
「そうね」

 対して、レンとシェリーの顔に笑みが浮かぶ。

「どうかな? あれの武装じゃ、周辺の人達も吹っ飛んじゃうよ?」
「別にこちらは構わないけどね」
「一つ教えてやる。あれを設計した奴は、頭の配線の設計を根底から間違えてる」
「そう? 結構優秀な子だったけど?」
「見てのお楽しみって訳か」
「見れたらね」

 ギガスの排気音を聞きながら、双方が構え、激突した。



「何? この音!」
「ギガスか! 発進したんだ!」

 外から響いてくる爆音が、ギガスの物だと悟った智弘が、そばをかすめた跳弾に首をすくませる。
 外からの爆音に負けないような大口径弾の射撃音が、絶え間なく響いていた。
 Fが廃莢した空薬莢が床に散らばり、レオンのイジェクトした空マガジンが床で跳ね上がる。
 互いの銃口は見えないワイヤーで固定されたかのように互いから狙いを逸らさず、当たれば致命傷確実の大口径弾を吐き出し続けていた。



『現状確認、敵大多数。3時方向に大型怪獣一体を確認。当該目標はあの大型怪獣でOK?』
「もちろんよ、行ける?」
『イエス、マム』
「なんで怪獣っつー呼称が最初から入っているかは、あとで聞くぞ」

 ギガスの巨体が、ゆっくりとその艦首をアクーパーラへと向ける。

「行くぞ、ドン亀!」

 フレックが、力強くコントロールレバーを押し込んだ………



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