BIOHAZARDnew theory
FATE OF EDGE

第十九章「激動! 明かされし光と影!」


「出血、止まりません!」
「バイタル低下!」
「心音微弱……いや停止!」
「電気ショック! 急げ!」
「全身スキャンの準備! 間違いなく臓器が損傷してる!」

 STARS本部内、重症患者用の緊急処置室に、この組織の長である人物が担ぎこまれ、召集された生き残りの医療スタッフが懸命の蘇生処置を行っていた。

「どいてくれ! こっちも重態だ!」
「誰か手の空いてる医者はいない!?」

 ストレッチャーの上で、現場最古参の人物が死人のような顔色をしているのに気付いた周囲の隊員達の顔色が変わる。

「そんな! レオン長官だけでなく、カルロス隊長まで!?」
「動ける奴はこっちに来てくれ! 負傷者は山程いるぞ!」
「無事な席管の指示に従って第一種検疫体制! T―ウイルスを外に漏らすな!」
「誰かマスコミ連中を追い払え! 感染されたらたまらん!」

 無傷の人間が皆無と言える状態の中、動けるSTARS隊員達が中心となって、懸命の事後処理が続いている。
 そんな中、緊急処置室の前でただ一人、茫然自失でうつむいている者がいた。

「おい新入り! 大丈夫か?」

 イスに座ったまま動かないリンルゥの姿を見かけた隊員が声を掛けるが、リンルゥは身じろぎ一つしない。
 その指先がずっと小刻みに震えているのを見た隊員は何も言わずにその場を離れる。

「大丈夫?」

 聞き覚えのある声にリンルゥが顔を上げると、そこには手術着姿で手袋を嵌めている途中のミリィの姿があった。

「……長官、助かるでしょうか?」
「さてね。でもここには甲斐性なしの守護天使がいるみたいだから」
「え?」

 それが何かを聞く前に、緊急処置室のトビラが荒々しく開かれる。

「輸血用血液はまだあるか!? 長官の出血量が多過ぎる!」
「在庫はあちこちに配布した後だし、あとは誰か提供者を………」

 慌てた様子の医療スタッフに、ミリィが少しうつむいて考え込む。
 そこで、ミリィの目がリンルゥへと向いた。

「ちょっと立って」
「はい?」

 有無を言わさずリンルゥを立たせたミリィは、リンルゥの目や口を覗き込み、ついでに体の各所を触っていく。

「あ、あの」
「念のため聞くけど、どこか派手に怪我したとか痛いのやせ我慢してる所ある?」
「いえ、ボクはたいした事は……」
「そう、ならちょうどいいわ。はい輸血用血液」

 ミリィがリンルゥの襟首を掴み、医療スタッフへと突き出す。

「待ってよ! ボクの血液型は…」
「今朝確認したわ。レオンと全く同じ血液型。若いから多少多めに取っても大丈夫」
「え……」
「ありがたい! すぐに採血を!」

 どこか腑に落ちない表情で引っ張られていくリンルゥを見たミリィは小さく呟く。

「彼女が必要、ね。もうちょっと分かりやすく教えなさいよ、レン………」



「重傷者は屋内演習場のキャンプに運べ! 感染率のチェックを忘れんなよ!」
「焼却班! 第三棟がまだだ! 融解してても残さず燃やせ!」
「CH! 上飛んでるうるさいマスコミ連中落とせ!」
「さすがにそれはマズイだろ………」

 戦闘のダメージが残る中、スミスとバリーが中心となって残務処理の指示を次々と出していく。

「マスコミ近付かせるな! 感染したらどうする!」
「消毒急げ! 報道規制はどうした!?」
「今やってるわよ。現場はどんな状況でも動くのに、他は駄目ね〜」

 残務処理の様子を見ながら、キャサリンが携帯電話で次々と色んな場所に連絡を入れる。

「そう、そちらのスタッフ下げてくれればいいだけ。昨年急に退社扱いになった人達みたいに。なに? どこで知ったかなんてこの際いいでしょう? じゃあお願い」「すぐにこちらに回して。検疫装備は別口で用意してるから」「特殊防疫部隊? 何言ってるんです中将、今更必要ありません。人の頭の上に爆弾降らせる指示出してた人が……」「もしもし大統領? すいませんけどこちらに向かってる部隊下げてください。911の消失データが何故かFBI本部の地下から出てきまして」
「……怖い人ですね」
「聞かなかった事にしておけ。精神衛生上よくない」

 負傷者の搬送を手伝っていたCHと被害状況の確認をしていたレンが、何か聞いてはいけない事を電話越しに話しているキャサリンに戦慄を覚えつつその場を離れようとした時だった。

「う、うわあぁぁ!」

 誰かの絶叫で全員の視線がそちらに向いた。
 そこには、オーストラリア軍兵士が腰を抜かしており、その前にカメラを持った無断侵入したらしいジャーナリストだった物が立ち上がって襲い掛かろうとしていた。

「ゾンビ化だ!」
「まずい!」

 STARS関係者達が己の銃を抜こうとした時、そのゾンビの背後に立った者がいた。
 かすかに鞘鳴りの音が響き、ゾンビ化したジャーナリストの首が転げて地面へと落ちた。

「ひっ!」
「なるほど、これがT―ウイルス感染の末期症状か………」

 右目を鍔眼帯で覆った女性、宗千華がボディスーツ姿で手にした愛刀 日向正宗を鞘へと収める。

「ゾンビ化したとはいえ、人間の首斬り落としておいて無反応か………恐ろしい女だな」
「あいつにそんな感傷はない。オレよりも純粋なサムライだからな」

 体勢を立て直したギガスから医療物資を下ろしていたフレックが、思わず手を止めて呟いた所で、レンが宗千華へと歩み寄る。

「それで、何をしに来た? 宗千華」
「助太刀に来てやったのだ。文句を言われる筋はないはずだが?」
「確かに助太刀してもらった件には礼を言おう。だが、お前がその程度で動く訳がないだろう。内閣情報調査室 室長、柳生十兵衛 宗千華」
「内調だと!? こいつ日本政府の人間か!」
「何っ!?」

 フレックが医療物資を放り投げて腰のミステルテインを抜くが、それが宗千華の方へと向くと、フレックの喉に日向正宗の切っ先が突きつけられる。

「ちっ………」
「いい動きだ。さすが元STARSリーダー、クリス・レッドフィールドの息子というだけある」
「二人とも止めておけ。これ以上死体を増やすな」

 二人の緊張状態に、いつの間にかレンが割って入っていた。
 左手に握られたサムライソウル2は宗千華の額を、右手に握られた大通連・改はフレックの心臓を狙っていた。

「化け物連中が………」
「超々音速機で特攻した人間に言われるのは心外だな」
「忙しいんだ、後にしろ」

 フレックと宗千華の自分の得物を仕舞ったのを確認した所で、レンも自分の得物を仕舞い込む。

「変わらないな水沢。言が通じなければ即実力行使、そして瞬時鎮圧。恐ろしい程に、使える」
「お前もな、宗千華。無言のまま抜く癖は変わらないか」
「どういう関係だお前ら…………」
「気をつけろ、こいつは日本の暗部を司る伊賀、甲賀、柳生の三派の総元締めだ。日本で一番恐ろしい女だよ」
「久しぶりに会った許婚に随分な事を言うな」

 宗千華の一言に、周辺にいる全員の動きが止まった。

「……レン、今何か不穏な単語が混じらなかったか?」
「まだ言ってるのか、いい加減諦めろ」
「生憎と諦める要因が見当たらない」

 フレックの突っ込みに答えず、レンは冷めた視線を宗千華に送るが、宗千華はそれを平然と受け止める。

「なんかどこかで聞いた事あるような話だが……」
「彼女、というか柳生家が勝手に決めてな。オレの才を見込んで、婿に来て欲しいと」
『え、ええええぇぇ!?』

 二人の爆弾発言に、むしろ周囲のSTARSメンバー達が驚愕する。

「じゃああの女サムライ、ブラック・サムライのフィアンセ!?」
「そんな話聞いた事ねえぞ!」
「いや、ある意味お似合いと言うか、恐ろしすぎるカップリングというか………」
「だから、向こうが勝手に言っているだけだ」
「ミリア殿からちゃんと許可は貰っているぞ」
「ミリィは、『墜とせたら好きにしていい』って言ったらしいが………」

 唯一その事を聞いていたスミス(無論本気にはしてなかった)が、どう見ても本気の目をしている宗千華に胡乱な視線を向ける。

「無論、代替案も用意してあるが」
「あんな話、誰が飲むか…………」
「ちなみにどういう案だ?」
「認知する必要はないから、私にお前の子を授けろと。当人が手に入れられぬなら、才だけでも手に入れるもっとも簡単な手段だ」

 さらりととんでもない事を言い放つ宗千華に、その場に微妙な沈黙が流れていく。

(やばいぞ、こいつ………)
(そ、そこまでする?)
(マジだぜ、ありゃ………)

 愕然としているSTARS隊員達は、無言で目配せすると、あえて宗千華を無視してその場を離れて作業を再開する。

「ともあれ、今は仕事を優先させよう。とりあえず妙法村正が相手側に有ると分かった以上、奪還しなくてはならない」
「国宝の奪還に国宝を持ってくる馬鹿がいるか? 日向正宗の国外持ち出しなんて今までした事はなかったはずだ。つまり、今日本政府はそこまで慌てている。違うか?」

 レンの問いに、宗千華は小さく笑みを浮かべると、口を開く。

「ノースマンの一件以来、内調、陸幕、その他動員出来る全ての人員を動かした。だが、入手出来た情報はただ一つ。今回のバイオテロの犯人は水沢、お前に執着している、と」
「それを上に報告したのか」
「総理は、もしそうなら彼の生まれ故郷であるこの国で次が起きる可能性はあるかと聞いてきた。だからその可能性は高いと言っておいた。次の日には議事堂から議員が全員消えたがな」
「……頼もしい話だな」
「全員都会を危険視して、田舎に篭るか、別荘地に逃げるか……総理はかろうじて残っている。議事堂地下の緊急指示室シェルターから一歩も出ようとしないが」
「国宝使い潰してもいいから、今回のバイオテロを早急に処理しろという訳か。保身には糸目を付けない連中だな」
「票数稼ぎしか能の無い連中など知った事か。私はただ私の仕事をするだけだ………」

 それだけ言うと、宗千華は他に末期発症者がいないかを探しにその場を離れる。

「思い出したぜ、あれが噂に聞いた内調の《ソード・ウルフィーナ》。日本政府もとんでもない奴を飼ってやがる………」
「狸(たぬき)に、狼は飼えん」

 遠ざかる宗千華にフレックが苦い顔をするのをレンが訂正する。

「あれは先祖代々守護してきた〈縄張り〉を〈眷族〉を率いて護っているだけにしか過ぎない。間違っても政府の犬だと思うな」
「やっぱお似合いだぜ、お前ら………」
「あれと生涯を共にするような勇気はオレにはない」
「だろうな…………」



 夜の帳が下りた頃、ようやくSTARS本部は状況の沈静化を見ていた。
 だが、緊急処置室の扉はまだ開かない。
 その扉の前に、疲労の浮かんだ顔で隊長達を中心とした主だった面々が続々と集まってきていた。

「まだなのか?」

 最後に訪れたスミスが、集まっている面々に声を掛ける。

「分からない。すでに五時間は経過しているが………」

 アークが不安げな顔で扉を見る。
 誰もが、同じような表情で無言だった。

「現場の方はどんな感じだ」
「大体の焼却処分は終わっている。バリーが後を引き受けて指示を請け負ってくれた。元STARSだけあって、皆大人しく従ってるしな」

 スミスの答えに一応の安堵をしたのか、アークが深いため息をつき、視線を扉へと戻す。

「あの二人が死ぬ訳ねえだろ、特にレオンの馬鹿は」
「オレもそう思っている。あんなタフな奴はこの世のどこにも存在しない」
「ボクが悪いんだ……ボクが飛び出さなきゃ…………」

 リンルゥが沈痛な声で呟く。
 ちょうどそこで、手術中のランプが消えて扉が開く。
 全員の視線が集まる中、手袋を外しながら二人の医師が出てきた。

「どうなんだ!?」

 誰かが発した問いに答える前に、二つのストレッチャーが外へと運び出される。
 それに何人かが駆け寄ろうとするのを、ミリィが手で制した。

「カルロスの方は大丈夫。出血は酷かったけど、臓器の損傷も少なかったから、命に別状は無いわ……」
「だろうな、あいつがそうそう死ぬタマか」

 スミスがどこか安堵の篭った声で、運び出されるカルロスを見る。

「……長官は?」

 誰もが一番聞きたかった事を、リンルゥが口にする。
 執刀していた医療スタッフが、うつむいたまま静かに口を開いた。

「出来る限りの手は尽くした。だが、臓器の損傷が激し過ぎる。特に肝臓は完全に破裂していて使い物にならない。応急処置として一部人工臓器をインプラントしたが、あとは長官の生命力に賭けるしかない」
「……生存の可能性は?」
「これからエンブリオ・システムで細胞再生を試みるが、今の状態だと、三割あるかどうか………」
「そんな………」

 レオンの低い生存確率に、誰もが呆然として黙り込む。

「……死ぬ訳ないだろ、レオンの奴はここにいる誰よりも地獄潜ってきた男だ。天使も悪魔も死神も怖がって近付きゃしねえよ………」
「……そうだな、そうだったよな………」

 スミスの声に、アークが弱々しく賛同する。

「問題は、これからね」

 キャサリンの声に、全員の顔からそれまでの沈痛さが消える。

「レオンが倒れた以上、誰が指揮を取る?」
「階級から言えば、アーク課長では?」
「悪いが、オレは情報収集と管理の方で手一杯だ。いや、むしろこれから更に忙しくなる」
「クリス部長は?」
「ICPO本部で世界中の警察トップが集まって会議の最中。総員から助言求めて泣き付かれて来るに来れないらしい」
「となると………」
「実戦キャリアが次に長い奴は今運び出されてった」
「じゃあ、他の隊長の誰かが?」
「あの〜………」

 そこで、智弘がおずおずと右手を上げながら、左手で懐をまさぐって一つの封筒を取り出す。

「この間、長官から預かってたのがあるんだ。多分こういう時のための物じゃないかと」
「本当か!?」

 アークがその封筒を受け取ると、それを開いて中身を取り出す。
 それは一枚の書類だった。

「なんて書いてある?」
「……今回のバイオテロ事件の完全解決を前に、STARS長官 レオン・S・ケネディが死亡、重態などで指揮不能となった場合、本事件の解決までSTARSの全指揮権を、FBI特異事件捜査課 課長、キャサリン・レイルズに委任する物とする………!?」
「私?」

 STARSの隊長達が全員でその書類を覗き込み、そしてキャサリンの方を見た。

「………おい、これ本物か?」
「間違いなく………長官当人から渡された物だし」
「なんでヒロに?」
「いや、ボクがここで一番臆病だから、何があっても安全な所にいるだろうからって………」
「これにオレ達の生殺与奪預けるのか?」
「これってどういう意味かしら?」
「落ち着いてください、課長」

 ジト目で嫌な顔をしている隊長達を睨む課長を押さえ、レンもその書類を覗き込む。

「確かに本物か……レオン長官らしいといえばらしいが」
「オレは賛成だ。これからの指揮を取るには、知識と冷静さと大胆さを併せ持つ人間にしかできない。彼女なら最適だ」
「アーク、そう言ってもな………」
「なら、他に誰がいる?」

 それまで端の方で事態の推移を見ていた宗千華が、一言呟く。
 反論できる者は、誰もいなかった。

「仕方ねえ、すげえイヤだが指揮下に入るとするか」
「黙っておとなしく命令に従いなさい。アレの代役くらいなら何とかしてみるから」
「課長、あまり煽らないで下さい…………」
「ともあれ、今は休息が必要ね。残ったメンバーで二小隊分の人間を残して交替で就寝。当直のメンバーは変異体発生の有無を重点的にパトロール。今後の方針は明日決めましょう」
『了解』
「じゃあまずオレが当直を」
『てめえは寝ろ!』

 率先して当直に当たろうとしたレンの両手首と首をスミス、フレック、ミリィの三人が掴んで止める。

「聞いてるわよ、あのジンとかいう奴と派手な死闘繰り広げたそうね」
「それほど重傷は負って………」

 振り向こうとしたレンに、ミリィがカルテを叩き付ける。

「全身に刃傷、打撲、亀裂骨折3箇所、一週間は出動停止ね」
「それほどたいした事は………」

 反論しようとしたレンに、ミリィが前に付けたのと同じ首輪を叩きつけるようにセットした。

「破壊力は前の倍ある奴だから」
「……ミリィ、息子殺す気か?」
「当直の指揮は私が取ろう。恐らく私が一番疲労が少ないからな」
「お願い宗千華。私はこの馬鹿息子を牢に放り込んでくるから」
「悪いが、牢は臨時の宿直室になってるぞ………」
「じゃあモルグのロッカーね。相部屋になるかもしれないけど」
「迷惑だろ、先客に………」

 あえて誰も止めようとしない中、ミリィがレンの襟首を引きずっていこうとして、ふとうつむいているリンルゥの前で足を止める。

「あんたも休みなさい。当直はスタミナ有り余ってる連中がやるから」
「………聞きたい事があるんです」

 解散しようとしていた者達が、何事かと足を止める。

「母さんに、ボクの血液型は少し変わっているから、誰かに輸血はするなって言われてたんです。でも、ミリィ先生は長官と同じ血液型だって……」
「そんな事言ったわね」
「実際、輸血する前の検査でも大丈夫だって言われました。同じ、T変異型血液だって………」
「おい、ちょっと待て」

 そこでスミスが口を挟む。

「T変異ってのは、ワクチン接種後のT―ウイルス重度感染者と、その間に生まれた子供にしかないはずじゃなかったのか? 家の子供達ですらT変異じゃないぞ?」
「そうだ、完全な変異型血液を持ってるのは絶対免疫を持つオレとレンだけ。非変異の常人からの輸血を受ける事は可能だが、逆は不可能のはず………」
「ああ、それは私も不思議だった。まるで………」

 フレックの指摘に、レオンを執刀していた医療スタッフが、そこである可能性に気付いた。

「まるで? まさか…………」

 そこでフレックもその可能性に気付き、リンルゥを見た。

「おい、まさか……」
「ひょっとして………」
「どういう事だ?」

 他の者達も、それに気付いていく。
 唯一思い当たらないスミスだけが首を傾げていた。
 アークが苦い顔をしてリンルゥの方を見るのに気付いたミリィが、鼻を一つ鳴らしてその可能性を口にした。

「………輸血にもっとも最適なのは、健康時の当人の物。次が、極めて近い血縁関係にある人間の物よ」
「極めて近い、血縁?………まさか!!」

 リンルゥの脳内にも、ようやくその可能性が浮かび上がる。
 そして見引かれた目でアークの方を見ると、黙ってアークは視線を逸らした。

「アークおじさん! 教えて! まさかボクの父さんは!」

 すがるリンルゥに、アークはしばらく黙り込む。
 だが、リンルゥの両目に溢れ出してきた涙を見ると、観念したのかSTARSの最大機密を語る事にした。

「……ずっと教える気は無かった。もし、それが知られれば、あいつを狙う悪意が君に向かう可能性もある。あいつは、それを恐れて君が間近にいても決してそれを表に出すような事はしなかった…………」
「じゃあ、じゃあ長官は…………」
「STARS長官 レオン・S・ケネディは、リンルゥ、君の実の父親だ」
「なっ!?」
「マジかよ……」
「聞いた事ないぞ…………」

 衝撃の事実に、それを知っていた極僅かな者を除いて全員が絶句する。
 そしてしばらく愕然としていたリンルゥの目から涙が溢れ出し、彼女のその場に泣き崩れた。

「そんな………長官が、ボクの…………」

 そんなリンルゥに掛ける言葉が思い当たらないアークが、手を伸ばそうとした時、その胸倉をいきなりスミスが掴み上げる。

「どういう事だアーク! そんな大事な事、なんでオレ達にまで黙ってやがった!!」
「落ち着けスミス!」
「冷静になれ!」

 他の隊長達が必死になって押さえようとするが、スミスはそれを異にも解さず、アークを壁に押し付ける。

「母親がいなくなって、こいつがどんだけ悲しんでたか見てたんじゃねえのか! 父親がすぐそこにいるって、なぜ教えてやらねえんだ! しかも知ったのは父親が瀕死になってからだと! 達の悪いトレンディ・ドラマじゃねえんだぞ!」
「落ち着きなさいスミス!」

 ミリィがソードオフ・ショットガンの銃身を握ってグリップをスミスの脳天に叩き付ける。
 強烈な一撃を食らって、スミスはようやく手を離すが、その目はアークを睨みつけたままだった。

「馬鹿野郎………自分の肉親が目の前から消えてくかもしれねえ奴の気持ちが、お前に分かるのかよ………」

 いつからか、スミスの目からも涙が溢れていた。
 それに伴い、他の者達からも嗚咽が漏れ始める。
 誰もが口を開かぬ中、一人、また一人とその場を離れていき、やがて僅かな者達だけが残った。

「……Jr。お前も知っていたのか」
「つい最近。偶然知りました」
「そうかよ……お前も」
「言うな、オレが口止めしてた。さっきまで知ってたのは、オレとシェリーと、ヒロとJrと……」
「私が知ったのは今朝よ。たまたま彼女の詳細データを見てね」
「のけ者はオレだけかよ。くそっ………」

 悪態をつきながら、スミスもその場を去る。
 ミリィもレンを伴って去り、アークも黙ってそこから離れた。
 後には、イスに座ってまだ静かに嗚咽しているリンルゥの姿が有った。
 どれ程そうしていたのか、嗚咽も小さくなり、赤くなったまぶたをリンルゥが拭った時、彼女の隣に誰かが立った。

「使うといい」

 そこには、片手に刀を持った宗千華が、どこからか用意してきたらしいタオルを差し出していた。
 無言でそれを受け取ったリンルゥが涙を拭う。
 泣きすぎで顔が腫れているリンルゥの隣に宗千華は腰かける。

「私は父が遅くに作った子でな」

 前置きもなく宗千華は話し出す。
リンルゥが黙ったままでも構わず、宗千華は話を続ける。

「他に父に子はなく、私を跡取にするためにそれは厳しく育てられた。私もそれに応えるべく、いつも修行の毎日だった。家と国を護るため、それは当然の事だと思っていた」

 そこで宗千華は一息つくと、少しだけリンルゥを見た。

「上には上がいる物だな。娘と平和を守るため、あえて何も語らぬとは。そのために全ての危険性を自分一人で背負っていたんだ」
「………そう、なのかも」

 リンルゥが小さく呟くのを聞いた宗千華は、視線を合わせず、続ける。

「だが、それでも最終的には娘を守る事を選んだ。他の何でもない、最愛の者を守る事を」
「最愛の、者………」
「心配は無用だろう。STARSの《イーグル・ハート》と言えば、大国の首脳陣ですら恐れる不死身の断罪者だ。この程度で死ぬとは思えん」
「でも………」
「信じる事だ。それが、自分を守ってくれた父への唯一の返礼だ」
「うん………」
「もう休むといい。父の分まで、頑張らなくてはいけないからな」
「……ありがとう」

 少しだけ笑みを浮かべ、リンルゥは席を立つと自室へと向かっていく。
 その背が通路の向こうに消えると、宗千華は通路の灯りが映す自らの影を見た。

「あんな物でよかったか、水沢」

 宗千華の影から、小さな影の魚が離れると、そのまま遠ざかっていった。



「入るよ」

 ノックをしても返事がないため、リンルゥは相部屋となってる自室の扉をそっと開ける。
 一歩踏み込んだ足が、転がっていた何かを踏みつける。
 そこには空になったカロリーメイトの箱が転がっており、それだけに限らず部屋中にチョコバーの包み紙やコーラの空きボトルが転がっていた。

「グ〜………」

 それらに囲まれて、同室のアニーはすでにベッドの中でいびきをかいている。
 周囲には脱ぎ捨てた武装がそのままで、枕元には殴り書きで『Don‘t touch!!(触るな!!)』と書かれた紙が張られたカオス・メーカーが転がっていた。

「うわ………」

 朝とはまるで違う部屋の惨状に呆然としていたリンルゥが、ふと自分のベッドの上にある物に気付いた。
 そこには手付かずのカロリーメイトとチョコバー、コーラのボトルがあり、それにメモが一枚付けられていた。

《明日からまた忙しくなるから、栄養取ってよく寝る事。ダイエットはまた今度 アニー》

「そうだね。明日から頑張ろう」

 リンルゥはアニーの寝顔にそう呟くと、チョコバーに手を伸ばした。



翌日

「おい聞いたか?」
「新入りの件だろ?」
「本当かよ………」

 先程からこちらの姿を見たSTARS隊員達全員が何かを囁いているのを、リンルゥは居心地悪そうに聞いていた。

「もうSTARS内全員知ってるみたいね」
「外に漏れるのも時間の問題ですね………」
「やっぱ長官いないとこういう時ダメだな……」

 庁舎の破損個所修復用の資材を運びながら、アニー、CH、ムサシが一緒に運んでるリンルゥを見た。

「でも、どこから?」
「昨夜親父が大声で叫んでんの、こっちまで響いてたぜ」
「すいません、隊長は激情家な所がありまして」
「もう朝食の前には全員知ってたしね」
「はあ………」

 自分の素性を知り、態度が微妙になっている隊員もいる中、ムサシとアニーだけは態度を変えていない事にリンルゥは僅かに安堵していた。

「私達も入隊した頃はレン兄ちゃんの関係者って事で余計な期待されてたからねー」
「………隊長が入隊半月でデンジャラス・ツインズのありがたくない名前付いたって愚痴ってましたよ」
「その頃にはD型装備の封印が決定してたからな。せっかくレン兄ちゃんが融通してくれたのに、昨日まで日の目見なかったし」
「そ、そうなんだ」

 そんな会話でなんとなく気が軽くなったリンルゥは、自分の置かれた状態をふと顧みる。

「まだ信じられないよ。ボクがレオン長官の娘だって」
「オレはリンルゥが長官の娘だって聞いて納得した口だけどな」
「私も。でなきゃ、レン兄ちゃんから一本取るなんて出来る訳ないし……」
「いや、あれはマグレって感じが…………」
「オレもアニーもレン兄ちゃんと模擬戦やって、引き分けに持ち込んだ事すら一回もないんだぜ?」
「二人がかりでなら一度だけ有ったけどね〜」
「あの後、三人そろって病院送りになったじゃないか………ユメさんに散々怒られてたし」
「腕一本折れたくらいで、お袋もあんな怒る事ないだろうに……」
「レン兄ちゃんはヒビで済んでたけどね」

 自分はまだまだだな……と思いつつ、リンルゥは修復真っ最中のSTARS本部を見回す。
 そこで、生体部分が融解しながらも今だその巨体を鎮座させているアクーパーラ(残骸)が目に入る。

「そういえばアレ、どうするんだろ?」
「動かし様がないから、あのまま置いといて構造とか調べるらしいな」
「調べがいがありそうね………」
「隊長が空から降ってきたって言ってましたが、どうやってこんな巨大な物………」
「手足引っ込んでジェット噴射でもできるんじゃねえかな?」
「だったら、逃げればいいじゃない。廃棄していったって事は、飛べないって事じゃ………」
「だとしたら、どこから?」

 CHの疑問に、答えは出なかった。



「細胞代謝率は安定してます」
「OK、あとは一週間もあれば元通りね」

 今だ激戦の後が残ったままの科学研究室の中央、残った実験用カプセルの中、昏倒状態のままのトモエがそこに浮かんでいた。

「まったく、急活性成長因子なんて使うとは………肉体に先に限界来たのはむしろ良かったわね」
「脳に影響が出てませんでしたからね。それにしてもトモエちゃん、将来美人になりますね」
「あくまで急成長させた物だからね。実際はどうなる事やら。とりあえずは、治療終わり次第に説教ね」

 娘の治療の調整を終えたシェリーが、カプセルのシステムをオートに切り替えると、自らのデスクに向き直る。

「さて、どこから手をつければいい事やら………」
「システムの大体の復旧は終わってます。次は得られた新型の解析でしょうかね?」
「とりあえず、こいつらね」

 シェリーが起動させていたPCを操作すると、そこに四つの顔写真が浮かび上がる。

「4エレメンツと名乗るだけあるわね。どいつもこいつも強敵ぞろいだわ」
「この《鋼》のFでしたっけ? 第七小隊を一人で半壊させたそうですが………」
「半壊ですんでよかったわ。その気になれば、こいつらは一人で一小隊全滅させるなんて訳ないでしょうし」

 残っている戦闘記録をチェックしていたシェリーが、ふとある所で手を止める。

「これは…………」
「トモエの様子は?」

 そこに、大量の資料を抱えた智弘が室内へと入ってきた。

「そっちはもう大丈夫。一週間もあれば元に戻るわ」
「……せめて覆ったらどうかな?」

 さすがに娘が全裸のままなのを苦慮した智弘がシステムを操作してカプセルを不透明にする。

「ヒロちょっと」
「ん?」

 シェリーが手招きして、智弘にPCの画面を見せる。
 そこには、Fとの死闘を繰り広げているリンルゥとトモエの姿が有った。

「気付いてる?」
「ああ、リンルゥちゃんの事だろ?」

 智弘が脇からマウスを操作し、動きをスローにしていく。

「こことそこ、あとここかな?」
「間違いないわね。完全に動きを読んでる」

 リンルゥがFの超高速攻撃をかわすシーンをピックアップし、それを画面上に並べていく。

「当人はなんでか相手の動きが分かるって言ってたけど………」
「どういう事かしら?」
「ふむ面白い話だな」

 いきなり背後から聞こえた声に、八谷夫婦が同時に振り返る。
 そこには、先程まで誰もいなかったはずなのに宗千華が立って画面を覗き込んでいた。

「あんたいつの間に!?」

 室内にいた科学班の誰一人として彼女がいつ入ってきたのか気付かなかった事に慌てふためく。

「ここは関係者以外立ち入り禁止だ!」
「そうか、後学のためと思ったのだが」
「……見え透いた嘘はやめなさい。好きなだけ見てくといいわ」
「班長!」
「いやいいんだ。レン君がね、彼女の全面協力と引き換えに、彼女の行動に干渉するなって………」

 智弘もさすがに部外者に見せるのは抵抗があるのか、頬をかきながら渋々自分の席を宗千華へと譲る。

「最高機密ですよ、問題になるんじゃ………」
「彼女の戦闘力、聞いてるだろ? レン君が治療中じゃ、止められる人いないらしくて」
「それに、これから必要になってくるでしょうからね」
「それは頼りにされていると取っていいのか?」
「違うわ。4エレメンツと生身で互角に戦える人間は私とレオン、そしてレンの三人だけ。レオンが戦えない以上、個体戦闘力の高い人間を確保しておきたいだけ」
「補欠という訳か。それで構わん」

 シェリーの手からマウスを奪うと、宗千華がリンルゥの動きを再生させる。

「……なるほど、そういう事か」
「何が?」
「彼女の動きとこいつの動き、同速度にして重ねてみるといい」
「同速度?」

 智弘が動作解析用のソフトを起こし、宗千華に言われたようにリンルゥとFの動きをフレーム化していく。

「あ!?」

 速度比を変えていき、それを同期すると二人の初動動作は、完全に重なった。

「動き方のクセがまったく同じなんだ、この二人は」
「……なるほどね。私もミラと戦った時、似てると思ってたけど、ここまでじゃなかったわ」
「でも、速度比30倍越えてるけど………」
「競歩でチーターと競争するような物ね」
「反応は出来ても反撃は不可能だな。恐らく向こうもこの事に気付いただろう」
「……Fの次の狙いは、彼女って事?」
「自分に唯一対抗できる可能性を持つ者。放って置くべき理由はない」
「問題が一個増えたね………」

 智弘の言葉に、室内に重い空気が立ち込めていった。



「脚部第一第二、腰部上部下部、腕部第一第二、あとは………」
「主任、もう残ってないっす…………」

 天井に大穴が開き、激戦の結果使用不能と化した格納庫からかろうじて使えそうな機材を持ち出し、パワードスーツのチェックをしていたメカニックスタッフがスクラップ同然のウェアウルフを見て頭を抱え込む。

「基板の結線からナット一つに至るまで、くまなく歪んでやがる…………」
「無事なとこは皆無、もう使い物になりませんな…………」
「ロット隊長はなんとかしてくれって言ってたが………」
「ケルベロスも半分は使い物にならないし、スミスさんのヘラクレスも半壊に近い。もうどうすりゃいいんだよ〜………」

 かろうじて残った機体を半ば継ぎ接ぎのように修理している他のメカニックスタッフ達も、被害のあまりの大きさに沈痛な表情を浮かべる。

「今から代替機を注文するか?」
「届くのいつですか………」
「一台二台ならともかく、五台、いや六台か? とても予算下りないでしょうね…………」
「動かせる奴はいつでも出動できるようにしておけ。次がいつ来るかも分からん」
「こっちはどうします?」

 メカニックスタッフの一人が、宗千華が装着していた紅のパワードスーツを指差す。

「見た事ないタイプだな」
「ヒシダあたりの新型じゃ? 26型《シュラ》に似てるように見えますし………」
「29型《朧(おぼろ)》、これは私専用のカスタム機《茜(あかね)》だ」

 いつの間に現れたのか、宗千華が自らのパワードスーツのかたわらにたたずみ、それに手をかける。

「ヒシダの29型、特殊部隊用に開発が進んでるって噂は聞いてたけど………」
「メインフレームはすでに完成している。後は用途と使用者に応じて外装を装備させて調整を行う必要がある」
「これはサムライ対応型という訳か」
「基本は26型のバージョンアップだ。整備を頼めるか?」
「余計な下心がない限り、あんたに協力して損はないと聞いている。誰かヒシダの機体いじった事がある奴は?」
「26型だったらここに来る前にちょっと」
「あ、オレも……」
「では頼む」

 用件だけ告げると、宗千華はその場を離れる。
 とりあえず《茜》の状態を点検しようとしたメカニックスタッフが、バイザーメットを外して配線を見る。

「あれ?」
「どうした?」
「これ、外部センサーが全くついてない…………」
「素通し、いや透過装甲? どういう事だ?」

 バイザーメットの内側が、HMD(ヘッドマウントディスプレイ)ではなく、ただの電位偏光式透過装甲である事に気付いたメカニックスタッフは、首を傾げながらすでに姿の見えなくなった装着者の方を見つめた。



「いいのか、あれ」
「好きにさせておけ」

 検死室に直結しているSTARS本部棟の死体安置室の中、死体保存用のロッカーに背を預けながら、フレックがその中にいるレンへと話し掛けていた。

「確かにすげえ技量してやがる。昨夜発症したゾンビが三体いたらしいが、全部彼女が一撃で仕留めてる」
「四体だ。昨夜隣が騒がしかったからな」

 声がする13番ロッカーの隣、12番ロッカーに何か細い物が突き通ったような穴が開いてるのに気付いたフレックが顔をしかめる。

「スチールのフタ越しに一撃か。お前並の化け物だな」
「あいつ、声もかけねえでやりやがった。間違えたらどうする気だ」
「……どうするつもりだと思う?」
「あいつはオレの技量と才以外に、命も狙ってる節があるからな」
「どういう関係だ…………」
「宗千華が求めているのは、自らに匹敵する強さを持ったレン・水沢。そうでなくなったらオレを生かしておく必要も感じていない」
「弱くなったら即処分か、ひでえ話だ………」
「幸か不幸か、まだそうなってはいない。それで、何か分かった事は?」

 レンの問いに、フレックは髪をかきあげながら重い吐息を漏らす。

「まだ何も。現状処理で手一杯だからな。ここぞとばかりにあちこちのスパイがこちらを嗅ぎ回ってやがる。うっとおしくてかなわねえ」
「つまり、まだどこも何も掴んでいないという事か。僅かな情報でも得ようと必死になってるようではな」

 そこでふと、フレックは浮かんだ疑問を口にした。

「……レン、お前はいつからオレがSTARSのエージェントだと疑っていた?」
「最初からだ。誰より両親を尊敬しているお前が、両親を裏切るような真似する訳ないからな」
「……そうだな。もっとも親父にゃ昨夜電話口で散々絞られたが」
「どこも似たような物だな」
「オレのお袋は生きてる息子モルグに入れたりしねえよ」
「オレの父さんもやられたらしいが」
「………随分とセメントな家族だな」
「ともあれ、オレはしばらく出られん。それまでの間、頼む」
「出遅れた分位は働くさ。戦場だろうと、地獄だろうとな」
「…………」

 死臭の立ち込めるロッカーの中、レンは無言で考える。

(向こうもすぐには動けない。だがジンと決着をつけるには、完成させなければならない………《星光斬》を)



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