BIOHAZARDnew theory
FATE OF EDGE

第二十章「判明! 天空のアジト!」


『謎の生物兵器の大群によるSTARS本部強襲事件から今日で10日が経過しました。
STARS本部は表向きは平穏を取り戻しましたが、多数の死傷者を出した爪あとは今だ生々しく、またあの大型生体キャリアの残骸はそのままとなっております。
重傷を負ったレオン・S・ケネディ長官は意識不明の状態が続いており、今後の活動に大きな支障が出るのは間違いないでしょう。一連のバイオテロ事件に対し、ICPOは…』

 相変わらず同じニュースの連続に飽きたカルロスは、手元のリモコンでテレビを消した。
 医務室や治療室のベッドが満杯のため、様態が安定すると隊長用の私室に叩き込まれ、外からカギが掛けられた状態で伏せっていたカルロスは、すでに見飽きる程読んだ雑誌に手を伸ばした時だった。

「開けるわよ」
「おう」

 ノックの音と共にミリィの声が響き、カルロスが返答すると複数のカギを開ける音がしてドアが開いた。

「具合はどう?」
「具合はいいな。気分はわりぃが」
「そいつはよかった」

 白衣姿のミリィに続いて、スミスも部屋へと入ってくる。
 ミリィが診察をする中、スミスは手近のイスをベッドのそばへと寄せるとそこに座った。

「やっと部隊の再編が終わったぜ。まともに動ける奴は半分くらいだが」
「あんだけの攻撃食らって、それなら上出来だろ」
「問題は隊長格が足りねえ。お前とクルーガがそろってダウンだからな。第五と第四、そろって隊長不在だ」
「他の隊から回せないか?」
「半分つったろ? 第一なんか隊長副隊長そろってダウンでオリファーが指揮取る事になったぞ」
「妥当なとこだろうな………という事は……」

 カルロスがじっとスミスを見る。
 それの意味する事を悟ったスミスが顔をしかめて頭をかいた。

「片方はオレが指揮するしかねえな………一応隊長が生きてんだから、お前の許可を取りたいんだが」
「あと一人か……ちょうどいい人間なら一人いるはずだが」
「レンはまだダメよ」

 診察を終えたミリィが素早く釘を刺す。
 男二人の口から同時に舌打ちがもれた。

「人がいねえんだ……あとどれくらい待てばいい?」
「そうね、一応明後日くらいには出してあげようかと」
「たまに近所がうるさくなるって言ってたぞ………」

 相変わらずモルグのロッカーに息子を叩き込んでいるミリィにそこはかとなく恐怖を覚えながら、スミスは席を立った。

「で、他に何か分かったか?」
「科学班の連中が必死にあれこれやってるが、設備が一部壊されてやがるし、調べる事が多過ぎるらしい。シェリーもヒロもここんとこロクに寝てないんじゃねえか?」
「おいおい、これでシェリーまで倒れたらまた隊長足りなくなるじゃねえか」
「トモエがようやく戻ったからな。親子三人で手分けしてるらしいが………」
「それなら大丈夫、さっき渡したコーヒーに一服盛っておいたから」
「………ミリィ、やっぱSTARSに再就職する気ないか?」
「ないわ」

 治療と体調管理のためには手段を選ばないミリィに、恐ろしい物を感じながらカルロスとスミスは顔を見合わせる。

「そう言えば、フレックと宗千華はどうするの?」
「フレックはアレのパイロットだからな。所属云々依然に操縦専属だろう」
「問題はジュウベエか………正直レオンがぶっ倒れてる状態じゃ、あいつの相手できるのはJrくらいのもんだぞ?」
「彼女もこの一連の事件の解決のために来てるみたいだからね。レンと同じ遊撃要員でいいんじゃない?」
「それしかないだろうな………そもそもレン以外に組めそうな奴いるのか?」
「ウチの息子と娘ならなんとか」
「破壊神ユニット組ませてどうするよ…………」



その頃 STARS 屋外訓練場

「フッ! ハッ!」

 訓練場のあちこちからトレーニングの掛け声や射撃練習の銃声が響く中、ムサシは手にした国斬丸の素振りを繰り返していた。

「ハア、ハッ!」

 己の身長よりも長く、巨大な鉄の塊を、ムサシは型の通りに振るい、止める。

「フウウウゥゥゥ…………」

 長い呼吸で動きを止めたかと思うと、今度は違う型で素振りを再開。
 どれ程の時間をやっているのか、全身から噴き出した汗が滴り、地面に染みを作っている。

「SHOOT!」

 その向こうでは、アニーがカオス・メーカーをホルスターに収め、抜き撃ちの練習をしている。

「LOCK!」

 素早く左右に動きながら、各所にセットしておいたターゲットに照準、練習用の赤外線レーザー内臓のシリンダーバレルがトリガーが引かれるとレーザーを照射、ターゲットに命中を示すサインが出ると素早く次に。
 持ち手を左右入れ替えたり、両手持ちから片手持ちに変えたりと様々なシューテイングスタイルを取りながら、狙いは一切外していない。
 そもそもハンドガンに分類する事すら非常識とも言える巨大拳銃を何度も抜きながら、構える度にアニーの全身から汗が飛び散る。
 本来、生身で扱う事すら想定されてない二つの非常識武器を生身で扱う練習をしている兄妹を、他の隊員達が自分達の訓練をしながら遠めに眺める

「頑張る物だな」
「誰もがあんたやレンみたいに非常識に強いんじゃないんでな」

 借り物のトレーニングウェアを着込んで、どこから見つけたのか竹刀を手にした宗千華がケンド兄妹の方を見ながら呟く。
 練習用の刃引きされたナイフを手にしたフレックが、汗一滴もかかず彼女が沈めた隊員達の山を見てぼやいた。

「さすがはSTARSといった所だな。少しは使えそうだ」
「全員自信喪失しそうだがな。アタッカー10人をあっさり倒しやがって………」
「水沢がまだ修理中だからな。適度に汗でも流そうかと思ったのだが」
「お前に汗を流させるには、今動ける奴総員でかかる必要があるだろうな」
「お前はどうだ、フレクスター・レッドフィールド」
「さてね」

 そう言いながらも、フレックは刃引きされたナイフを逆手で構え、姿勢を低くして臨戦体勢を取る。
 対して宗千華は両手で構えた竹刀の柄を腰元に落とし、半身を引いて中段の構えを取る。

「行くぞ」
「来い」

 宣言と同時に、フレックが一気に間合いを詰める。
 フレックが竹刀の有効範囲に入ると同時に、宗千華の竹刀が閃く。
 斜めに斬り上げるようにフレックの胴を狙った竹刀が、その前にかざされたナイフで受け止められる。

「ほう」

 自分の攻撃を受け止めたフレックに感嘆の声を上げる宗千華の顔面に向かって、ナイフを握っていないフレックの左拳が迫る。
 わずかに顔を捻りながら、柄から離した右手で宗千華が、フレックの手首を掴み、そのまま引いて体勢を崩そうとするが、何かに気付いた宗千華がその手を離してその場から飛び退く。

「ちっ」
「なるほど、多少は出来るか」

 宗千華の左のつま先、殴ると見せかけてフレックが踏みつけようとした部分が土で汚れている。
 靴の先端部分がやや削れている事から、もし気付かなければ足ごと踏み潰されていそうな力が込められていた事が見て取れた。

「やっぱレンにも通じねえ手じゃ無理か」
「ルールもセオリーも無視、徹底した実戦戦闘術だな」
「あんたらほどじゃないが、オレもガキの頃から鍛えられてる口でね」
「なるほどな」

 再度竹刀を構える宗千華に、フレックも構えようとした時、その顔面目掛けて竹刀が飛んできた。

「!」

 フレックがナイフでその竹刀を弾いた時、瞬時に間合いを詰めた宗千華の片手が、フレックの襟を絡め取る。

(ジュードー!?)

 そのまま反転しながら懐に宗千華の体が潜り込み、もう片方の手がナイフを持ったフレックの手首を掴む。
 投げを警戒したフレックが先に跳ぼうとした時、向こう脛に激痛が走る。

(ジュージュツか!)

 宗千華がかかとで自分のむこう脛を蹴りながら跳ね上げた事を悟った時は、フレックの体が宙を待っていた。
 何とか受身を取ったフレックの首筋に、宗千華の手刀が突きつけられる。

「やっぱダメか」
「そうでもない。お前は間違いなくここで五指に入る実力者だろう。練習で裏柳生の技を出す事になるとは思わなかった」
「レンが前に言ってた、対サムライ暗殺用格闘術か」
「〈柳生最強〉の名を誇示し続けなればいけなかった時代の話だ。今は最強なぞ誰でも名乗っている」
「あんたは名乗らないのか?」
「その気は無い。まだ決着のついてない奴もいるからな」
「次ボクっ!」

 宗千華が手刀を退けた所で、その背後でリンルゥが手を上げる。
 ここ数日、誰から命じられた訳でもなく、ハードトレーニングをする隊員達に混じってリンルゥもトレーニングをしていたので、あちこち擦り傷だらけだがそれでも元気だけはよく宣言するリンルゥに、宗千華は竹刀を拾い上げて構えた。

「では見せてもらおうか」
「行くよ!」

 リンルゥは姿勢を低くしていきなり突撃。
 間合いを一気に詰めながら、脛のスティックホルスターからガムテープであちこち補修されている木太刀を掴むと、突撃の勢いを乗せて体を旋回させてから抜いた。
 抜かれた木太刀は、宗千華に届く大分前にその軌道上にかざした竹刀で止められていた。
 だがそれも予想済みだったのか、リンルゥは足を踏みしめ、旋回を反転させて逆軌道で木太刀を振るう。
 対し、宗千華はその軌道にややずれるように竹刀をかざし、木太刀はその竹刀の上を滑り抜ける。

「あれ?」

 何が起きたか理解できないリンルゥの胴に情け容赦ない横胴が叩き込まれ、その体が横へと吹っ飛ぶ。

「おい」
「私はあの年には真剣で稽古していた物だ」

 半身だけ起こしてその様子を見ていたフレックが何か言おうとするのを、宗千華は一言で斬り捨てる。
 しかし、宗千華は持っていた竹刀をリンルゥの飛んでいった方向へと構える。
 そこには、額を少し擦り剥きながらも、なんとか立ち上がって体勢を整えるリンルゥの姿が有った。

「跳んで威を少し殺された。少しは見込みがありそうだ」
「もう一度!」

 リンルゥは再度突撃、今度は全身ではなく、上半身の捻りだけで木太刀を振るうが、振るった直後に竹刀で上から押さえ込まれて空振り、直後に跳ね上がった竹刀があごを捕らえた。

「くふ……」

 真上を向いたままバランスを崩したリンルゥだったが、なんとか堪えて正面を向いた。
 そこに容赦の無い刺突が額を突き、今度はまともに食らったリンルゥの体が後ろへと倒れていった。

「相手の攻撃が届く範囲で堪えるな。次を督促するような物だ」
「……聞いてないって」

 大の字になって完全に目を回しているリンルゥを、周囲で復帰したらしい隊員達が介抱してやる。

「打ち所悪かったりしないだろうな?」
「狙い所は心得ている。殺すつもりなら3cm上、不随にするなら2cm下だ」
「…………」

 実体験だろうか? という危険な問いをあえて誰も口にしないまま、失神していたリンルゥがなんとか目を覚ました。

「いたたた………」
「実戦なら頭、特に上部への攻撃はなんとしても避ける事だな。寝ている間に死ぬ」
「もう一度!」

 ふらつく頭をふるいながら、再度リンルゥが立ち上がる。

「やめとけって。どうやってもあいつには…」

 他の隊員の制止も聞かず、リンルゥが突撃する。
 再度地面に倒れるのに二秒とかからなかった。

「……生きてるか?」
「もう一度!」

 三度跳ね起きるリンルゥだったが、四秒後にはまた地面へと倒れていた。

「もう……いち…」
『あっ!』

 起き上がろうとしたリンルゥの耳に、ケンド兄妹の声が響く。
 思わずそちらを見たリンルゥの目に、滑った手からすっぽ抜けてこちらへと飛んでくる国斬丸とカオス・メーカーの姿が飛び込んできた。

「危ねぇ!」

 誰かが叫び、皆が慌てて避ける。
 直前まで迫った所で、リンルゥもなんとか避けようとし、その鼻先をかすってカオス・メーカーが地面に突き刺さる。

「!」

 そんな事よりも、横目に飛び込んできた光景にリンルゥは目を見開いた。
 宗千華は自分へと直撃するコースを取って飛んできた国斬丸に、避けようともせず竹刀を構えると、間合いに入ると同時に竹刀を振るった。
 竹刀は国斬丸に触れると同時に、まるでそれを絡めとるような動きをして国斬丸の運動方向を捻じ曲げ、国斬丸を地面へと振り落とし、突き立たせた。

「すげえ………」
「何をした?」

 同じようにその光景を見た隊員達が絶句する。

「力の強弱はささいな事でしかない。弱い力でも掛ける場所さえ間違えなければこういう芸当ができる」
「アイキドーの高位技術か。レンの親父さんが似たような事をやったって話は聞いた事あったが」

 地面に突き立った国斬丸の重量を考えながら、フレックがそれを引き抜く。

「悪ぃ悪ぃ」
「ゴメ〜ン」
「注意しろよ、こんなん直撃したら惨殺死体ができるぞ」

 頭を下げながら来るケンド兄妹に国斬丸を手渡そうとした所で、その柄が赤く濡れている事にフレックは気付いた。

「マメ潰れてるぞ………」
「あ」
「ホントだ」

 兄妹そろって手がすごい事になっているのにようやく気付いたのか、汗拭き用のタオルで手を拭った。
 それがみるみる赤く染まっていくのに隊員達が顔色を変えた。

「オーバーワークで本番に使い物にならなくなるぞ………」
「でも、レン兄ちゃんがまだ戦えない状態じゃ」
「あたし達が頑張るしかないと思って」
「その手じゃ無理だろ。一休みしてテーピングでも巻いとけよ」

 フレックが注意しながら、ムサシからタオルを奪って国斬丸の柄を拭いて返そうとした所で、宗千華が国斬丸を奪い取る。

「ふむ、これは………」

 しばらくそれを観察した所で、宗千華は国斬丸を両手で持ち、それを構えると上段から振り下ろしてみる。
 常人どころか、鍛えた人間でも振り回されそうな大刀を、乱れなく振り抜いた宗千華だったが、それを無造作にムサシへと返す。

「水沢ですら扱いきれないと聞いてはいたが、私でも扱いこなせる自信はないな。これでは余計な物まで斬ってしまう」

宗千華の言葉にムサシが皮肉気に笑いながら、国斬丸を受け取り同じ様に振り下ろしてみる。

「だからデンジャラスのDでD装備なんだよ」
「D装備をこいつら以外に扱える奴がいてたまるか」
「お、重い………」

 リンルゥも地面に突き刺さっているカオス・メーカーを引き抜いたが、それがハンドガンの範疇を逸脱した重量である事に呆然とする。

「守門博士は何を考えてこんな物を……」
「ニホンでもっとロクでもない奴を色々見せられたぜ。こいつもそうだが」

 いぶかしむ宗千華に、フレックは用心してそばに置いてある弾丸ボックスからミステルテインを取り出す。

「そっちの二つは失敗作らしいが、こいつは一応成功らしい。アタッカー、サポート、スナイパーの全技能がないと使いこなせないらしいが」
「充分失敗作だろう」
「結構使えるぜ。ああいう連中にはな」

 フレックがアゴでアクーパーラの残骸を示す。
 宗千華はしばし無言でそちらを見ていたが、そちらを見たまま口を開いた。

「守門博士は何を知っている」
「さあな、レンにでも聞いてくれ。オレは最近知り合ったばかりだからな」
「あのケンド兄妹の物はともかく、お前の物やあの巨大戦艦は明らかにこういう事態を予期しての物だ。彼もこの事件に関わっているのか?」
「当人にでも問い質しにいけよ。もっともレオン長官に匹敵する難物に思えたが」
「今まで部下が三人ほど返り討ちにあった。内一人は12時間耐久禅問答に持ち込まれて仏門に入ってしまった」
「………そういや周囲にいるのも妙な連中ばかりだったな。一番マトモに見えた奴は二重人格だったし」
「日本で何やってきたんだ………」

 テーピングをぎちぎちに巻いているムサシがいぶかしげにフレックを見る。

「ただ、協力はしてくれてるが、関与はしてないだろう。何か理由があるのかもな」
「何か知っているのなら、ぜひとも教えてほしい物だ。そう思ってる連中でいっぱいだからな」
「そうだな、また増えてやがる」
「……何が?」

 リンルゥが周囲を見回し、遠くに見えるマスコミや野次馬を発見する。

「あのテレビクルーはアメリカCIA、そっちのジョギングしている男はイギリスMI6の00ナンバー、あちらで人民軍のふりして現場検証しているのは中国公安諜報部、今そこを通り過ぎたのはドイツBNDのスパイ犬とオーストラリアASIOのスパイ鳩、上を飛んでるヘリはカナダCSISとフランスDRM、あとは…」
「え?」

 リンルゥを始めとした隊員達が、宗千華の指摘に思わず周囲を見回す。

「それっぽい連中が混じってたのは気付いてたが………」
「そんなにいるのかよ」
「そういえばここ数日やけに可愛げの無い野良動物がいると思ってたけど」
「え? え?」
「なんだ新入り、気付いてなかったのか?」
「今ここは世界中の諜報機関が殺到している。どの国でもあんなのに攻め込まれたくないからな」

 改めてリンルゥは周囲を見回す。
 なぜか目に映る物全てが怪しく見えたので、あえて見ない事にして視線を戻す。

「確かに見覚えある連中ばっかだな。つうか自分の所だけしっかり抜くな。あそこで物好き観光客のふりして写真撮りまくってる内調連中下がらせろ」
「ここにこれだけのスパイが集まっているとなると、まだどこも何の情報も得ていない証拠だな。八谷博士が何か掴めばいいのだが」

 フレックの文句を完全無視する宗千華に、その場にいる全員がうろんな視線を向けた。



「正式の帰還命令?」
「ああ、そうだ」
「こちらも同様の命令が来ている」

 本来の主が来れなくなった長官室の中、〈臨時代行〉と書かれたプレートをデスクに置いているキャサリンの前に、クァン元司令とオーストラリア軍の元将校、ヤクザの小菅組長の三人が困惑の表情で立っていた。

「本来なら叱責の対象になるはずなのだが、そんな様子もない」
「こちらもだ。ともかくすぐに本国に戻れの一点張りだ」
「奇遇たぁこの事か? ウチの組には公安から帰国命令が来てやがる」
「実は、STARS隊員にもそれぞれの母国からの帰国依頼か命令が届いている」

 キャサリンの隣にいたアークが、日を追って増えていくその手の書類をデスクへと置いた。

「なりふり構わずってのはこの事ね。レンあてになんて何箇所から来てる事やら………」
「日本からだけでも公的、私的まぜて6箇所、アメリカからはFBI、CIA、大統領府に大統領の直接命令まで。さすがにこれ全部握りつぶすのはマズい…」

 最後まで言わせず、キャサリンはレンあての帰還命令書を全部デスク脇の機密処分用のシュレッダーに叩き込んだ。

「それで、あなた達はどうするの?」
「それが問題なのだ」
「動揺する者達も出始めている。ただでさえ、国際法を無視して、テロリスト相手に武力行使を行ったのだ。国際軍法会議にかけられてもおかしくはない」
「そんな事をしてる暇はないだろう。まだ終わっていないのだからな」

 アークの核心を突いた一言に、全員に緊張が走る。

「ま、ウチの極潰し連中は好きなように使ってくだせえ。使い潰されたって、文句は言いやせんぜ」
「どういう名目を付けるかが問題か………」
「司法取引とでもしときましょ、無理強いさせたって使い物にならないし、帰りたい人は帰らせて」
「……私の家は、あの日に消えたがな」

 元将校の言葉は、協力してくれた者達のその理由をもっとも如実に語っていた。

「部隊編成だけはしておいて欲しい。また手を借りるかもしれない」
『了解した』

 軍人二人が敬礼してその場を去ろうとする。
 組長もそれにならって去ろうとした時、ふと部屋の隅にここで使われていたであろうイスに布が被せられて置いてあるのに気付いた。

「あれ、使わないんですかい?」
「持ち主の留守に勝手に使う気はないわね」

 そう言うキャサリンが座っているのが、会議室から持ってきたらしいパイプ椅子なのを見た組長は、しばし考えてから口を開く。

「長官、早く治りゃいいですね」
「そうね、代理も大変だし」
「治るさ、きっと………」

 それ以上何も言わず、組長はその場を去った。



二日後

「やっと出してもらえたか」
「ええ、ご迷惑おかけしました」

 ようやくロッカーから出してもらえたレンに、ベッドで半身を起こしているカルロスがにこやかに話し掛ける。
 だが、その目はレンの首にはめられたままの〈出撃禁止〉の首輪と両手にはまっている手錠、更に両足それぞれに繋げられている巨大な鉄球に向けられていた。

「……何の罰ゲームだ?」
「母さんが」
「中世の囚人かよ………で、頼みたい件だが」
「オレがカルロス隊長の代理に、という話ですか………」
「正味、あのデンジャラス・ツインズの面倒を見れる奴が他にいなくてな」
「シェリーさんの第六に一時編入とか」
「……マトモに動ける隊長はシェリーとロットしか残ってなくてな。オレもこんなありさまだし。とにかく、これにサインを」

 カルロスが出してきた用紙を、レンが見る。
 用紙の殆どが折りたたまれてカルロスの手に握られ、サインを書く所だけが見える。あからさまに怪しかった。

「………」

 無言でレンはカルロスの手から用紙を抜き取り、それを広げる。
 そこには何も書かれていなかったが、レンは懐をまさぐり、そこから捜査用の紫外線ペンライトを取り出してそれで用紙を照らす。
 すると、そこに変色インクで描かれた文章が浮かび上がってきた。

最下記の者、STARS第五小隊隊長としてその全権を移譲する物とする。
        カルロス・オリヴェイラ

「……カルロス隊長?」
「ちっ、バレたか」
「勝手に人を後継者にしないでくれませんか?」
「勝手じゃねえぞ、ほら」

 カルロスがレンの手から隊長権限移譲書を取ると、それをひっくり返す。
 そこには現・隊長権限者全員の認可サイン、挙句にアークの認可サインまで書かれていた。
 これでレオンのサインが入れば、どこに出しても立派に通用する代物だった。

「……課長が怒って何しでかすか分かりませんよ」
「そん時は全面戦争だな」
「それで済まないかもな………」

 あえてその事態を考えないようにしながらレンがその隊長権限委譲書を再度奪うと、それを人型へと折っていく。
 折りあがったそれを片手で握り締めると、もう片方の手で念を込めながら刀印(人差指と中指だけ突き出して結ぶ手印)で握り締めた手を叩き、それをゴミ箱の上へと持っていく。
 手を開くと、そこからはこれ以上ないくらいに細分化された紙片がこぼれていった。

「なあ、本気で考えてくれねぇか? 今回の件でオレもそぞろ限界だって事が分かっちまったしよ〜」
「相手が悪かっただけですよ。経験者が指示してなければ、今頃ここは荒野になってたでしょう。ともあれ、有事は隊長代理くらいはやってみます」
「何事も経験だ。あの暴走兄妹もお前の言う事なら聞くだろ」
「かえって暴走しそうな気もしますが……」

 いかな再現技術を持ってしても再現不可能な程に細分化した書類を手から払うと、レンは無言でカルロスのベッドの中へと手を突っ込むと、そこからHDレコーダーを取り出す。

「ちっ、そっちまで気付いてたか」
「編集音声程度じゃ、課長だませませんよ………」

 録音ボタンが押しっ放しになっているレコーダーのデータ消去操作をすると、レンはそれを返した。
 詐欺師のような手管にレンは呆れていたが、ため息一つを吐き出すと、顔つきが真剣な物へと変わる。

「……次は、どう来ると思います?」
「さあな。だが、この規模でやった以上、また来る事はないだろうな。……向こうがオレの経験を上回る規模でなければ」
「一体どこで、あれだけのBOWを………」
「工場なんて物じゃないな。まるで、一都市を丸々使ったみてえな数だった」
「都市、か…………」



同時刻 STARS本部正面ゲート前

「その後長官の容態に変化は!?」
「何か新たに判明した事は?」
「おいどけよ、見えねえだろ!」

 ゲート前に押し寄せるマスコミ、野次馬の数は、日を追って減るどころか増加の傾向を辿っており、包帯を巻いたまま守衛に立っている隊員達を辟易させていた。

(いい加減にしてくれ………)
(聞きたいのはこっちの方よ………)

 傷が癒えていくのと引き換えに溜まっていくストレスの発散を思案していた所に、どこかから声が上がった。

「おい、あれ……」
「何だ?」

 守衛の隊員達がそれに気付いた時には、〈何か〉がゲート前の人達を頭上を飛び越え、ゲートの目前にまで迫っていた。

「何だこいつ!?」

 それは、一匹の猛獣だった。
 見た目は大型犬のようにも見えるが、その頭頂部から背中を灰色の毛が覆い、手足や胴は白い。
 首筋の毛は鬣のように豊かで、鋭い牙の生えた口には、アタッシュケースのような物を咥えている。

「まさか動物テロか!?」

 アタッシュケースの中が危険物の可能性を考慮して守衛の隊員が銃口を向けようとした瞬間、その獣の姿が消える。

「消えた!?」
「上!」

 誰かの声で隊員が上を見ると、そこには驚異的な跳躍力で頭上を飛び越える獣の姿が有った。

「速い!」
「警報を…」
「待て!」

 ゲートを平然と飛び越えて本部敷地内に潜入した獣の前に、ミステルテインを構えたフレックが立ちはだかる。
 相手の運動能力を考え、距離を保ったままフレックは銃口を獣から外そうとしない。
 それに対し、獣は唸りも上げないまま姿勢を低くして前足を踏ん張り、フレックを鋭い眼差しで睨みながら攻撃態勢を取る。

(軍用犬か!? だがどこの………)

 獣の体が動こうとするのと、フレックがトリガーを引こうとする寸前だった。

太刀狛たちこま!」

 どこかから声が響き、獣は瞬時に戦闘体勢を解いて声の方へと向かった。

「………オイ」

 置いてけぼりを食らったフレックが声のした方を見ると、そこにはボディスーツの上からSTARS隊員用のジャケットを羽織り、腰に愛刀を指している宗千華と、その前でちょこんと座って咥えていたアタッシュケースを彼女の前に置く獣の姿が有った。

「すまない、騒がせたようだな。これは私の愛犬だ。名は太刀狛という」
「……愛、犬?」

 目つきは鋭いまま、宗千華の前で大人しくしている太刀狛をフレックはしげしげと観察する。
 犬にしては体格は大きく、牙も鋭く、爪も長い。
 それ以前に鬣(たてがみ)のある犬はいただろうか、という所まで考えた所で、太刀狛の目の鋭さが愛玩用とも軍事用とも違う事に気付いた。
 それは、野生の狩猟者の物だった。

「それ、どこで拾った?」
「場所は言えん。森の中とだけ言っておこう」
「それ、ひょっとして犬じゃなくて………」
「ハイイロオオカミだ」

 宗千華の背後に、いつの間にか立っていたレンが、フレックの指摘しようとしていた事を断言する。
 それを聞いた者達の顔色が一斉に変わった。

「オオカミ!?」
「誰か麻酔銃を!」
「警報! 警報!」
「大丈夫だ、ちゃんとしつけてある。なあ太刀狛」

 飼い主の声に反応して、太刀狛が小さく吼える。
 彼女のそばを離れようとしないその姿は、微妙に種目が違う事を除けば、確かに飼い主と愛犬には見えた。

「連れてくるなよ、ここは愛玩用ペットは禁止だ」
「そうか、ではアシスタントという事にしよう」
「随分と物騒なアシスタントだな………」

 ミステルテインをホルスターに収めながら、フレックが太刀狛へと近寄って手を伸ばそうとする。
 途端、狩猟者の瞳で睨まれた。
 思わず手を引っ込めた所で、太刀狛はそっぽを向く。

「気をつけろ、飼い主の命令には絶対忠実だが、他の人間の言う事は絶対効かん」
「どうやって飼い慣らしたんだよ………」
「ちゃんと小さい時から世話したからな」
「……オオカミのヒエラルキーは何で決まる?」
「……なるほど」

 太刀狛の頭を撫でてやる宗千華と、目を細めて気持ちよさそうにしている太刀狛を見ながらレンが小声でフレックの耳に呟く。

「で、あれの戦闘力は?」
「……下手な軍用犬一個小隊では刃が立たん。あいつの〈愛犬〉だぞ」
「全然ペットじゃねえ………」
「当人はペットのつもりだぞ」
「水沢、少し遅れたが手土産だ」

 レンとフレックの会話を無視して、宗千華が太刀狛の持ってきたアタッシュケースを手渡す。
 レンがそれを開けてみると、中には一丁の拳銃が収められていた。
 黒い光沢を放つ不可思議な金属で作られたそれは、レンの使っているハンドメイドベレッタ、サムライソウル2によく似ていたが、より洗練された風格を持っている。
 さらには、そのフレームには《SAMURAI SOUL3》のロゴが、グリップにはレンのイニシャルが刻まれている。

「こいつは………」
「《サムライソウル3》、私が特注で作らせた物だ。詳しくは説明書を読め」
「どれ」

 フレックがケース内にあった説明書を広げ、レンと一緒に覗き込む。
 だが、ある程度まで読んだ所でフレックの顔色が変わっていった。

「なんだこの弾速は! ホットロードなんて物じゃない! 何を炸薬に使っている!」
「書いてあるだろ。ケースレス型成型指向炸薬薬莢、弾頭は複合型HM(重金属)AP弾にヒドラ・エクスプローション(炸裂散弾)弾。フレームは新型NG(無重力下)加工合金、主使用用途は戦術・戦略兵器を除く全兵器への対抗及び破壊。正気の沙汰とは思えん代物だな………」

 レンはケースの中のサムライソウル3を手にとって見る。
 するとそれはまるで自分の体のように手に馴染んだ。

「……NG加工合金はまだ実験段階のはずだ。どこで作らせた?」
「ああ、複数の企業体が合同でプロジェクトを立ち上げる時、国家支援の口利きをしてやると言ったら、喜んで作ってくれたぞ」
「………で、一丁で幾らだこいつは」
「私の給料10年分でもちと足りないか」
「……オレの給料何年分だよ」

 そのやり取りを聞きながら、フレックは視線だけ動かして太刀狛の方を見る。
(こんな貴重品をこういう手段で運ばせたのは、出元の特定を不明にさせる為か)
 その視線に気付いたのか、太刀狛が再度狩猟者の目で睨むのでフレックは慌てて視線を戻した。
 レンは手にしたサムライソウル3を、スライドをイジェクトさせたり、マガジンを装填しなおしてみたりする。
 自分のクセを知り抜いた人間が作らせただけあって、グリップ、トリガープル、イジェクト、スライド等が全て自分用に合わせて作られている事にレンが感心と呆れ、そして密やかな恐怖を感じる。

「女が男に送る代物じゃねえな………」
「そうか? 水沢がくれた代物はどれも戦闘用だったが」
「あれは氷室さんに騙されたんだよ………」
「これ以外はな」

 宗千華がそう言いながら自分の右目を覆う鍔眼帯に触れる。

「もっともあれだけ手荒なプレゼントは初めてだったがな」
「まともにやっても絶対受け取らないだろうからな。空が危うく斬られる所だったと言ってたぞ」
「………もうちょっと静かに人生生きられないのかお前ら」
「フレック、お前がそれ出来ると思うか?」
「……無理だな」

 何を聞いても物騒な話しか出てこない二人に、フレックは自分も似たような物だった事を思い出す。

「試射は明日だな。母さんに今日中のありとあらゆる訓練行為を禁止されてるし」
「その状態で出来る訳ないだろうが」
「なんなら外そうか?」
「いや、母さんに怒られるから」

 鯉口を斬る宗千華を押し留めると、レンはサムライソウル3をケースに収めてケースを閉じる。

「礼は言っておく。多分近い内に使う事になりそうだからな」
「礼は不要だ、だがあとでレポートを出してくれ。それが条件でな」
「態のいい実験じゃねえか………」
「こんなもんフルで使う事なんて普通はないだろう。ヘビーサイボーグでも吹っ飛ぶ代物のようだからな。市販しても買う馬鹿はいない」
「ブラック・サムライモデルと言えば売れるだろう」
「………そんな事したら暴利なパテント請求するぞ」
「好きにするといい」
「本当にお前らどういう関係だ?」



その夜

「なるほど。よく出来てる」

 かろうじて被害を免れていた自室で、レンはサムライソウル3を分解・整備しながらその仕組みを調べていた。
 ちなみに、手錠や鉄球は外されたが、窓には対爆プレートで厳重な封印が施され、ドアには外から複数のカギを掛けられた挙句、かんぬきが三つ(鉄製、鉛製、チタン製)も付けられていた。
 ついでに両隣の部屋は臨時の爆発物置き場にされて〈危険〉を理由にこのフロアに他に入ってる者はおらず、窓の外は破壊された武装や使い物にならなくなった備品が山と置かれて完全なバリケードと化していた。

「NG加工合金の複合使用がここまでの可能性を秘めていたとはな。詳しくは明日試射してみてからか………」

 部屋に完全に監禁された状態に不平を言う事すら諦め、レンはサムライソウル3を組み直す。
 ふとそこで、外に気配を感じたレンは思わずそばに置いてあった大通連・改に手を伸ばす。
 だがその気配に敵意が無く、覚えのある気配だったためにレンは伸ばした手を戻そうとした。
 ところが、そこにまた別の気配が近付いてきたかと思うと、ドアの向こうから少しずつ殺気が漂い始める。

「……何が起きている?」


「で、なんの用だ」
「それはこっちの台詞!」
「いや、ようやく出れたって聞いたから、ちょっとトレーニングを………」

 レンの部屋の前、ボディスーツ姿に日向正宗持参の宗千華、元の12歳の姿でパジャマルックに枕持参のトモエ、ジャージ姿で玲姫持参のリンルゥが鉢合わせしていた。
 相変わらず不敵な態度の宗千華に、トモエはあからさまな敵意を放ち、間に挟まれたリンルゥはどうしたらいいか分からずたじろいでいた。

「そっちこそ、何しに来たの? そんな格好で……」
「うむ、夜這いだ」
「……ヨバイ?」

 聞いた事のない日本語にリンルゥが首を傾げ、トモエがポケットから小型多機能デバイスを取り出して素早く検索をかける。
 出てきた言葉の意味を知ってトモエの顔色が見る見る赤くなっていく。
 横からそれを見たリンルゥは耳まで赤くしてその場に硬直した。

「へ、変態! 何考えてるの!」
「いい機会だからな。無論強制する訳ではない。拒否権があるのは女性だけだが」
「それを強制と言うんじゃ………」

 平然ととんでもない事を言い放つ宗千華に、トモエは今にも噛み付かんばかりの形相で睨むが、それに反応したのか宗千華の足元にいた太刀狛が前へと出て警戒態勢を取る。

「急ぎの用でないなら、明日にでもしてくれ。場合によっては少しかかるかもしれんからな」
(……それに刀がいるのかな?)

 愛刀 日向正宗の鯉口を切る宗千華に、何か自分の想像を越えた物をリンルゥは感じたが、そこでトモエが枕を抱えたままファイティングポーズを取ってレンの部屋の前に立ち塞がる。

「そうはさせないわ………前からあんたは気に入らなかったし」
「一度FBIで会ったきりだったと思ったが」
「その一度が気に入らなかったの!」

 ジェラシーというよりは子供のわがままのような態度で歯を剥くトモエに、宗千華は静かに愛刀の柄に手をかける。

「あたしこっち相手するから、あんたそっちね」
「そっち?」

 いきなり振られたリンルゥが、自分の前にいる太刀狛の方を見る。
 自分の身長くらいはありそうな巨大な体躯を持った犬科最大の猛獣に、どう相手したらいいか分からずリンルゥはしばし迷うが、まず目線を合わせてゆっくりとしゃがむ。
 唸り声すら上げずにこちらを鋭く見つめる太刀狛に、気圧されてリンルゥは唾を飲み込むが、意を決して行動を起こした。

「お手」

 差し出された手に、太刀狛が無造作に噛み付く。

「!!」
「ああ、私の命令か私に危険が及んだ時以外は攻撃しないようにしつけてある。何もしなければそのままだ」

 一瞬噛み付かれたと思ってリンルゥは身を固くしたが、よく見れば牙は立てておらず、ただ異常に鋭く見える牙で咥えているだけだった。
 だが、一たび力が込められれば手首から先が一撃で食い千切られそうな状況に、リンルゥは完全に硬直して動けなくなってしまった。

「あの………」
「事が終わったら放す」
「そうはさせないわ!」

 涙目での懇願を無視する宗千華に、トモエは殴りかかるがあっさりとかわされ、鞘から僅かに抜かれた刃が首筋に突きつけられる。

「筋はいい。だがまだ足りん」
「そう?」

 トモエの足元で何か小さな音がしたかと思うと、靴に仕込まれていた小型スプレーが何かを噴出する。

「これは?」

 口と鼻を塞ぎつつ宗千華が離れた所で、刀の異変に気付いた。
 噴出したガスが当たった部分が、何かでコーティングされて固まり、鞘から抜く事が出来なくなっている。

「無機物反応硬化スプレー、私が作った非殺傷兵器の試作品♪」
「なるほどな。確かに効果的だ」

 古今無双の名刀があっさり封印された事に、宗千華はさして気にした風でもなく、柄を握ったまま鞘を手にとって、コーティングされた部分を観察する。

「解除方法は?」
「教えると思う?」
「そうか」

 宗千華は鞘と柄を両方握り、その場で息を吸うと、目を見開く。

「はああぁっ!」

 気合の声と共に刀に剣気が込められ、コーティング部分が一瞬にして吹き飛んだ。

「……ウソ」

 予想外の展開に今度はトモエの方が硬直する。
 ちなみに剣気を感じた太刀狛のアゴに少し力が入り、リンルゥの手に少し牙が食い込む。

「ちょっと…………」
「後にして」

 滂沱の涙を流すリンルゥを無視して、トモエが持ってきた枕の端に付いていたタブを引っこ抜くと、それを宗千華へと投げつける。

「今度は何だ?」

 宗千華は念のため用心しながら枕をよけつつ、鞘に入ったままの刀でそれを掃おうとする。
 だが掃い終わる前に枕が破裂し、中身を一斉に飛散させる。
 飛散した内容物は空気に触れると更に細かくなって飛散し、宗千華の周囲を白く覆っていく。

「静電気吸着チャフ、どうやってもそれからは逃げられないんだから」
「……その枕で寝てるの?」

 涙を流し続けながら、リンルゥが素朴な疑問をするが、そこでいきなりチャフの中から抜き身の刀が突き出される。

「え?」

 そのまま白刃がその場で回転しながら一閃し、剣圧でチャフは一斉に吹き飛ばされる。

「うわっ!」

 吹き飛ばされたチャフを浴び、今度は自分が白くなったトモエ(及びリンルゥと太刀狛)
を尻目に、宗千華はレンの部屋の扉(のかんぬき)に手を伸ばす。

「それなら!」

 トモエがポケットから自分の携帯電話を取り出すと、そこにパスを打ち込む。
 すると、レンの部屋の扉にいきなり上部からシャッターが降りてきて完全に閉鎖、ついでに真上のスプリンクラーが動作して宗千華に盛大に消化剤入りの水をぶっ掛けた。

「本部設備制御用のパスか、なぜ持っている?」
「パパのPCをハッキングして」
「ぜひとも教えてもらいたい物だな」

 ずぶ濡れとなった宗千華と、半面が白いトモエが睨み合う。
 なお、リンルゥはまだ太刀狛に手を噛まれたままだった。

「誰か助けて………」
『こっちが終わったら』


「どうだ?」
「あのサムライレディが押してるな。トモエはなんとか頑張ってる」
「オッズは1対9対20。あ、トモエが8になった」

 双眼鏡片手にレンの部屋の前の熾烈な争いを傍観していたスミスとカルロスが、手元のPDAに表示される数をチェックする。

「親父よりモてるな、Jrは」
「いくらモてても、オレだったらアレには巻き込まれたくないがよ」
「違いねえ」

 空になった缶ビールを新しいのに変えながら、二人が笑いあう。

「あ、やべえミリィに見つかった」
「ちっ、せっかく盛り上がってきた所なのに」

 遠くから響いてくるスタン・グレネード弾の破裂音と怒声を聞きながら、カルロスが舌打ちしつつPDAの電源を落とす。

「速い所一人に決めちまえばああいう事起こらんだろに」
「恋人作ってる暇もないって前言ってたぞ。そうは見えんけどよ〜」

 缶ビールをらっぱで煽りながら、スミスが苦笑。

「……今度は女泣かせなきゃいいんだがよ」
「泣きそうなのが三人もいるんだ、絶対させやしねえよ」

 互いの顔を見ないまま、真剣な口調で二人はビールを空にする。

「次は逃がさねえ、このオレの手できっちり引導渡してやる…………」
「オレ達だ」

 うめくように言うカルロスの足元、スミスが部品分けして密かに持ってきていた物を組み立てたばかりの銃が置いてあった。

「道連れにしてでもあいつらを地獄に叩き込んでやるぜ、必ずな」
「ああ。そうだな…………」

 二人の男の殺気の中、缶ビールを新たに開ける音が響いた。



「なんかにぎやかだね?」
「レンを奪い合ってトモエも混ざった三つ巴の争いだって。若いわね〜」

 すました顔でデータ解析を続けるシェリーを無言で見ながら、智弘の手が硬直する。

「止めなくていいかな?」
「あら、止める自信あるの?」
「…………無理だな」

 恐らくは自分の想像を上回るであろう女どうしの争いを想像し、智弘は寒気を覚える。

「まったく、ミリィもあんな強烈な薬盛らなくても………」
「シェリーのは致死量寸前だったって聞いたけど、大丈夫?」
「それくらいじゃないと私に効かないって知ってるのよ。おかげで二日も寝ちゃったし」
「心配してくれてるんだろうね。確かに疲れは取れたし」
「ヒロはいいわよ、私とトモエなんてワイヤーで簀巻きにされてたわよ」
「……解くのに半日かかったね」

 やはり旧STARSの人間は自分とは違うレベル(色々な意味で)の存在だと思いつつ、智弘はスキャナーの中にセットされている物の解析を進める。

「そっち、何か分かりそう?」
「今組成が出てきた所、これから何か……!」

 その解析していた物、レンの手によって破壊されたジンのレイ・ガンの構成物質の組成を見た智弘の目が見開かれる。

「これは…………そうか………そういう事だったのか!」

 智弘が歯を食いしばり、拳を握り締める。
 夫のただならぬ様子に、シェリーも解析画面を見るが、さすがに専門外の事で理解出来ない。

「ボクは馬鹿だ! もっと早くこの事に気付いていれば!!」

 握り締めた拳で、智弘は何度も机を殴打する。
 その拳から血が滲み出し、シェリーが慌てて止めに入る。

「どうしたの!? 何が分かったの!?」
「この発光素子の組成、これは重力下じゃ比重の関係で生成できないんだ………つまり、このレイ・ガンが作れるのは、ただ一箇所しかない!!」
「重力下じゃないって、もしかして!」
「そうだ、奴らの、アザトースの本拠地は、宇宙だ!!」



同時刻 地球高度36000km 国際多目的開発宇宙ステーション オリンポス内

「そろそろ、バレてるかな?」
「そうかも」
「ランの修理がまだ途中だ」
「それを言うなら全員だよ。Fはいいの? 
その顔」
「戦闘に支障はない」
「そ、じゃあそろそろ始めようよ。最終ステージをね」

 ジンの言葉がステーション内に響く。
 その背後、巨大な影が蠢き始めていた………



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