第二十一章「出撃! 星の戦士達!」
「まさか、こことはね………」 幾つものコンテナが行き来するコンテナ置き場の中、その影はコンテナ群の影に隠れ、目標の足取りをようやく掴んでいた。 「確かにここなら、バレる訳はないわね。だとしたら関与してるのは……」 そこで影はフォークリフトがこちらに近付いてくるのに気付いて身を隠す。 (忍び込むしかない、か…………なんとしても確証を掴まないと) サーモ・コートを施したボディスーツにマスクまで被り、コンテナの中に潜り込む。 (ここ数日、物資の搬入が激しい。またどこかで起こすのかもしれない………それまでに、どうにか………) 影は、コンテナの隙間からこれから侵入すべき場所を見た。 遥か天空にまでそびえ立つ、白い塔を………… 「宇宙だぁ?」 「間違いないと思う」 緊急会議の席でいきなり出された話に、その場に並ぶ隊長及び隊長権限者が互いの顔を見合わせる。 「それじゃ詳しい根拠を」 「これを」 会議室の大型ディスプレイに、大きさの違う球同士が繋がっている図、原子配列の解析図が表示された。 「これは4エレメンツの一人、ジンが使ってたレイ・ガンの構成素材だけど、この大きいのはチタン、こっちは炭素単結晶、こっちは無機物らしいけど、まだ詳細は分かってない。素材工学から見ても質量も何もバラバラの素材同士が極めて均一に複合されてる。しかも部位によってその配列も使用用途に応じて変化してるんだ。通常、正確には重力下では単一、もしくは近似素材でない限り、こんな原子配列は…」 そこで何か大きな音が響く。 全員の視線がそちらを見ると、ロットがデスクに突っ伏していびきをかいていた。 その隣のスミスも、腕を組んだままうつむいて完全熟睡している。 「……そう言えば、二人とも化学講義聴くと眠くなるんだっけ」 「よくそれで隊長できるわね」 脳が智弘の解説を完全拒否してるらしい二人に、シェリーとキャサリンはため息をもらす。 「アレはほっといて、続けて」 「あ、ああ。これは今国際宇宙ステーションで開発中のマテリアル・デザインの完成版だと思う。素材ではなく、原子レベルで使用目的にあった物を構成、構築する。ボクも少し前に研究論文読んだだけでこれ以上はなんとも………」 「それなら、これもその一つでは?」 レンが懐からサムライソウル3を取り出す。 だが智弘は首を左右に振った。 「それも調べさせてもらったけど、あくまでそれは複合素材合金を使用しているだけなんだ。こちらとは要求される工作レベルが違う。どれだけの技術があったら、これだけの物が作れるのか、検討もつかないよ…………」 「だが、恐らく製造元は同じだ」 「《オリンポス》か」 宗千華の問いに、レンが応じる。 さすがにその場にいる者達に動揺が走った。 「だけど、そう考えれば全てのつじつまが一致するわね。まったく脈絡のない襲撃、掴めない痕跡、過大過ぎる戦力………全てそこからだとしたら」 「でも待て、あそこには今でも一都市クラスの人間がいるんだ。そいつらに気付かれないようにあれだけの物を作るなんて………」 「気付いていて、なおかつ喋らなかったとしたら?」 「! グルか!」 フレックが辿り着いた結論に、更なる動揺が走る。 「《オリンポス》内での研究はどれ一つをとっても重要機密だ。しかも出入りはシャトルか軌道エレベーターの二つしかない。機密保持には持ってこいだろう」 「全部、とは言わないが、大部分が関与してる可能性は充分に高い。地脈の全く無い所じゃ託宣の類も分からん訳だ」 「クソ! オレが必死になって探し回ってる間、あいつらは雲の上でのうのうとしてたって訳かよ………」 フレックが拳をデスクへと叩きつける。 誰もが、同じ思いだった。 「それで、どうすんだ?」 先程まで寝息を立てていたはずのスミスが、顔を下に向けたまま呟いた。 「決まってんだろ」 その隣、爆睡してたはずのロットも体を起こしながら呟く。 「敵はそこにいる、じゃあぶっ潰すだけだ」 「待ってくれ! オリンポスは国連の管轄だ!」 「それがどうかしたのかしら?」 智弘の意見をあっさり否定したキャサリンに、他の隊長権限者も一時唖然としたが、すぐに全員の顔に不敵な笑みが浮かぶ。 「STARS総員に通達! 我々はこれより軌道エレベーター《ヘブン・ステアー》より上空宇宙ステーション《オリンポス》へと突入、そこにいると思われるアザトース関係者の逮捕、もしくは殲滅を決行する!」 『了解!』 「敵の本拠地だ! 全戦力の使用を許可する! 出発は明朝07:00! なお、連中に気付かれないように出撃先は外部には一切洩らすな!」 キャサリンの号令に、アークの指示も入る。 それを聞いた隊長権限者は返礼して即座に会議室から飛び出していった。 「なかなか様になってるな」 「レオン長官はいつもこんな事やってるのね………感心するわ」 「さて、強行突入の裏を整えておかないと」 「まずどこからかしらね………」 キャサリンは苦笑しつつ、自分の携帯電話を取り出した。 「宇宙だぁ!?」 「おい、オレ行った事ないぞ…………」 「オレだってないよ」 「あ、私一昨年コカ・コーラの懸賞に当たって行った」 「ありゃ大気圏ギリギリをちょっと飛ぶだけだろうが………」 「グダグダ抜かしてる暇有ったら装備整えろ! どうせエレベーター乗ればすぐだ!」 「ありがたみないな~………」 「じゃあ走って登れ!」 「シェリー隊長じゃないんですから…………」 出撃先を告げられた隊員達に多少の動揺はあった物の、準備が着々と進められていく。 「ヘリでもジェットでもいい! 足を確保しろ!」 「車で飛ばせば何時間だ!?」 「無茶言うな!」 「縄用意せえ! ヘリにしがみ付いてでもお供するんじゃあ!」 「おうい、誰かウチのヘリの余剰調べておいてくれ………」 残っていたオーストラリア・中国双方及びヤクザの協力者やそれに付いて行こうと自分達の編成もし始める。 蜂の巣を突付いたかのような慌しさに、外のマスコミも一斉に騒ぎ立て始めた。 「ご覧下さい! STARS本部でにわかに活発な動きが見られます! これは次のバイオテロ発生の情報が入ったのでしょうか!?」 「今だ正式発表は何も出されておりません! 今後、動きが在り次第速報でお知らせします!」 「ハウス・キーパーでもピザの出前でもいい! 出てきた奴がいたらふん捕まえて情報を聞き出せ!」 「おわあ! あのオオカミが出てきたぞ!」 「誰かバウリンガル持ってないか!」 「聞けるか!」 いきなり外に出てきた太刀狛にマスコミが慌てて逃げ出す。 太刀狛はそのまましばらく周囲をうろうろしてたが、マスコミか野次馬が落っことしたらしいホットドッグを見つけ、すこし匂いを嗅ぐとそれを咥えて中へと戻っていった。 「散歩行ってないのか?」 「それ以前にエサちゃんとやってるんだか………」 背後の声を無視して、太刀狛はまっすぐ飼い主の元へと向かう。 「あったか」 人影の無い所で待っていた主に加えていたホットドッグを渡し、頭を撫でられるとそのばで大人しく座る。 「ご苦労」 宗千華はそのホットドッグ、のソーセージに偽装された機密データ用カプセルを開き、その中にある暗号文に目を通す。 「何か分かったのか?」 いつの間にか、そのそばにいるレンとフレックに、宗千華は見ていた暗号文を無造作に投げ渡した。 「……分かるか?」 「かろうじて。忍び仮名(※忍者が使ってた暗号)だな………」 意味不明の漢字が並ぶ暗号文をなんとか読み進めたレンがそれを握り潰す。 「サムライソウル3の開発関連企業に、今回の情報無し、か……」 「主設計は日本で行ったが、あとは全てオリンポスの研究ブースに委託だったからな。何かのついで作業にされたとしても分からなかったろう」 「それにしても随分と速い調査だな」 「会議の後にすぐに部下を聴取に向かわせた」 「拷問の間違いじゃないのか?」 「跡は残していない」 愛犬を連れて去る宗千華に、レンとフレックは無言で互いの顔を見合わせた。 「何でもいい! 使える機体はないのか!?」 「代替機の納入には速くても一月は……」 格納庫内に響くロットの怒声に、周囲にいる者達全員がそちらを向く。 メカニックスタッフの襟を掴んで声を荒げるロットだったが、すぐにそれが無駄と知って手を放す。 「間に合うか! こうなりゃカナダ軍からでも徴収を……」 「ちょっと待ってろ、今どっかから回せないかと聞いてんだが」 ロットが声を荒げる中、スミスが各所に電話して代替のパワードスーツを探すが、どこからも芳しい返事は帰ってこない。 「くそ、メーカーでも売り切れ状態らしい………」 「今巷で大人気って訳か。どんだけ裏に流れてやがる………」 「次がどこか分からないからな。都会に住んでる金持ち連中が糸目つけずに買ってるって噂あったな」 「じゃあどうすんだ! 前回の補充もまだ済んでねえんだぞ!」 「オレに言うな!」 「こうなりゃ、今から全身改造でも…」 その時、上空から二機の大型輸送ヘリが降下してくる。 「何だ!?」 「敵襲、じゃなさそうだな……」 何事かと外に出てきた隊員達の前で、そのヘリから作業服姿の男と女がそれぞれ降りてきた。 「すいませ~ん、黒鷺宅急便ですがロット・クラインさんは?」 「緋車宅急便で~す、こちらの荷物STARS格納庫までとなってますが、ここでいいんですか~?」 それぞれのヘリからやたら大型のコンテナ一つと、中型のコンテナ複数が降ろされる。 「待て、中身はなんだ? それにどこからだ?」 「こちらは杉本財団製《ウェアウルフMk2》一機、送り主は守門 陸とありますけど」 「こっちはヒシダ重工製26型《シュラ》十機、送り主はレティーシャ・小岩とあります」 「どっちも聞いた事ないが?」 「オレの知り合いです」 降ろされている荷物を見に来たレンが、ぞろぞろと降ろされていくパワードスーツのコンテナを見て嘆息する。 「こっちはスペア機としても、そっちのは?」 「この間日本で恩売った奴からの礼でしょう。コネでどうにかできないかとは言ったが、まさか新品送ってくるとは………」 「随分と金持ちの知り合いだな。確かこれ値段はケルベロスの倍はするぞ」 「……後が怖いな」 受け取りにサインするロットの後ろで、送られてきたコンテナが開封される。 中には新品どころか、装備一式全てがそろったパワードスーツの姿が有った。 「……26型フルセット幾らだった?」 「一小隊分でSTARSの年間予算潰れたはず………」 「あ、代金はちゃんと振り込まれてますから」 「………タダほど高い物はないとも言うな」 「それと、送り主から『また何かあったら助力を頼むかもしれない』とメッセージが」 「……その時は断れそうにないな」 「もう次の仕事の予定か? 忙しいこった」 「機体の無い奴にそいつは回せ! 余ったのは他にスーツの免許持ってる奴に乗せろ!」 開封されていくコンテナに群がっているメカニックスタッフや隊員達に指示を出しながら、ロットはコンテナの中にあるウェアウルフMk2の前に立つ。 「武装を一部変更したか」 「コンパーチプルみてえだな。火器が無いのは相変わらずだが」 「今から初期設定か? めんどいな………」 「おい、機動してるぞこれ………」 ハッチの開放スイッチを押すと自動的にウェアウルフMk2の装甲が開き、ロットはその中に入り込む。 「システムアクセス、ブースター角度設定…ちょっと待て、前の設定がそのまま入ってるぞ!?」 「いつの間にバックアップ取ってたんだ?」 「聞かない方が身の為でしょう」 今すぐにでも戦闘体勢に移れるウェアウルフMk2を前に、スミスとレンも呆れる。 「こっちは少しかかります!」 「急げ! 慣らしも少し必要だ!」 『了解!』 新品のスーツの機動準備が進められる中、レンはウェアウルフMk2と一緒に送られてきた小型のコンテナに気付いた。 その上には、一つのメッセージカードが付けれていた。 レンはそれを手に取り広げてみる。 「毎度ご愛顧ありがとうございます。感謝の意を込め、当財団の最新装備を付録としてお付けします………」 「デパートか?」 スミスもそのメッセージカードを見て首を傾げる。 レンは無言でコンテナの開封スイッチを入れると、コンテナがゆっくりと開き、その中に入っていた物が露になった。 「こいつは………」 「……どうやら、次はこれが必要になるようだ」 「追加の弾届いたぞ! 分配しておけ!」 「ヘリの燃料が足りないぞ!」 「アーマーの予備全部出せ!」 準備が着々と進む中、リンルゥも装備の補充や確認に忙しく走り回っていた。 「おい新入り、ケンド兄妹見なかったか?」 「え? あっちの方で見たよ」 「すまないが、これあいつらに持っていってくれ」 今届いたばかりらしい細長い包みと、大き目のガンケースを手渡されたリンルゥはそれの重さにちょっとよろめく。 「これ………」 「予備の武器だとよ。ここでサムライブレードだのシングルアクションリボルバーだの使うのはあいつらしかいないしな」 「あの化け物武器、宇宙ステーションなんぞで使ったら、ステーションが落ちちまう」 「違いねえ」 「う~ん…………」 なにかリアリティのあるジョークに眉根を寄せながら、リンルゥは手にした荷物をケンド兄妹のいた所へと持っていく。 「ムサシ、アニー、予備の武器届いたって」 「お、間に合ったか」 「シリンダー込めとかないと。リンルゥちょっと手伝って」 D装備用のスーツの調整を行いながら何かを一身に読んでいた二人が、その読んでいた何かを置いて届いた荷物の開封に取り掛かる。 ふとそこでリンルゥは二人が読んでいた物に目がいった。 『よいこのかがく うちゅうへん (小学生用)』『スペースカウボーイ 銀河決闘編』 子供向けの科学雑誌とスペースSF小説をなんで二人が真剣に読んでいたかをあえてリンルゥは考えないようにした。 「無重力下戦闘の講習やるぞ! 手の空いてる奴は第三会議室に集合!」 手になぜか大量のSFアニメのDVDを持っている隊員の号令に、リンルゥは行くべきかどうかを真剣に悩んだ。 「さすがに宇宙にまで出張した事はないな」 「オレはこれで二回目だ」 「こっちは三回目」 自分のスーツの調整を終え、講習へと向かう宗千華に、フレックとレンも続く。 「……コーラの懸賞?」 「……14年前にNASAでやった子供向けの宇宙研修ツアーに、親父が勝手にオレとレンの予約入れててな」 「それなら知っているぞ。密航したテロリストにシャトルが占拠されて、教官に当たっていた宇宙飛行士達が子供達を守って撃退した話だろ?」 「真相は逆だ」 「レンがテロリスト返り討ちにしてる間にオレがコクピットに潜り込んでシャトル地球に向けたんだよ………着陸の時はさすがに焦ったな~」 「……何歳の時の話?」 「確か、オレが11歳、フレックが10歳の時か?」 「飛行機の操縦桿なら7つの時から親父に握らされてた。親父はオレにシャトルの操縦叩き込もうと申し込んでたらしいがな」 「二回目は去年の輸送シャトル《ミルフィー》ジャック事件だな? 特殊部隊が突入して事態を鎮圧したはずだが」 「なんでかオレがそのメンバーに組み込まれてて、しかも単独先行させられたな。最悪シャトル爆破するつもりだったようだが」 「……経験豊富だね」 「教えてやるから早く来い」 「多分経験者はオレらだけだろうし」 「ふむ、帰ったら部下にも教えておくべきか」 緊張感のまるで無い三人の後に続いて、リンルゥも第三会議室に向かう。 (この人達と一緒なら、なんとかなる、かな?) 「一覧回せ!」 「周辺マップできたか?」 「内部資料他にないか!?」 科学研究室の室内で、科学班の班員達が解析した新型BOWのデータをデータベース化し、軌道エレベーターと宇宙ステーションの概要を並べていく。 『軌道エレベーター《ヘブン・ステアー》、ヒューストンから215kmのメキシコ湾沖合い大型海上プラットホームに五年の建造年月をかけて2018年に完成、全高35000m、基部最大直径は2km、外殻はバイオニックCBM(有機複合素材)、中央シャフトはカーボンナノチューブ。衛星軌道までの所要時間約90分。カーゴの最大積載量は97t。公開されてるスペックはこんな物で~す♪』 サポートAI『TINA』の能天気な声と共に、《ヘブン・ステアー》の解析図と外見がPCのディスプレイに表示されていく。 まるでクリスタルのような煌きを持つ外殻部は、それ自体がある種の生体素材とも言える代物で、海底にまで構成された基部から海水をくみ上げ、それに処理を施した物を循環させる事で自己保存を行う最先端技術の結晶の産物だった。 「これなら、全員乗れるかしらね?」 「一度に乗るのは危険じゃないかな? シャフトを破壊でもされたら………あ、でも確かシャフトはオリンポスに直結してるから、破壊しようもないか」 「だといいけどね…………」 不安げに語るシェリーの前のPCには、データベースの中から出したアクーパーラの現在分かっている解析データが表示されていた。 「向こうも正直に上げてくれるとは思えないしね」 「またこのサイズのが来る可能性が?」 『ギガスの戦闘力なら問題ありません♪』 「ギガスは純粋に人員輸送にも使いたいからね………それにギガスの対抗措置を何も用意してないとは思えないわ」 「けど、他にこのサイズと戦えるような物は………」 しばし考えこんだ八谷夫妻だったが、やがてシェリーはデスク上の電話へと手を伸ばし、ある番号へとコールした。 程なくして出た相手に、シェリーは重い口調で話し掛けた。 「お久しぶりね。ええそう、《アトラス》の起動は可能? 大丈夫、ベース細胞は予定してたのに多少のアレンジでどうにかなるはずよ」 「それしかないか……調整には二人で行くしかないだろうね。でも必要になるかな?」 「あのサイズは早々は出てこないとは思いたいけど……え? 何? もう準備できてるの? すぐって……」 相手からの応答にシェリーが驚いてる間に、降下してくるV―TOL機の音が響いてくる。 「……随分と手回しがいいのね。確かに今迎えが到着したみたい」 「いや、よ過ぎだろ。まるで全て分かってたみたいに………」 智弘も唖然としつつ、〈ある物〉の準備のために手早く荷物をまとめていく。 「ええ、今ヒロと行くわ。その前に、なんで分かったのかしら?…………そう、聞かなかった事にするわ」 電話を切ったシェリーが、そのまましばし黙り込む。 「ママ何かあったの?」 資料を持ってきたトモエが覗き込むのを感じたシェリーは、黙考を中断。 「急ぎの用が出来たわ。指揮はフィオに任せるって伝えておいて」 「急ぎって………班長、出動ですよ?」 「最後の〈切り札〉を出さなきゃならないみたい」 「最後って……《アトラス》を!?」 驚愕したトモエの手から資料が零れ落ちる。 「《アトラス》はまだ試動もできてないって……」 「それ以前にフレームが完成したばっかり」 「まだドライブマッスルも乗せてない……っていうかこれから培養するんだよね………」 「……それって急いでも一週間はかかるような」 「準備はもう全部済んでるんだって。あとはドライブマッスルの詳細データ入力して微調整するだけ」 「……なんで?」 「さあ? まるでこうなる事が分かってたみたいだよね?」 「それがね、分かってた事は分かってたらしいんだけど………」 「まさか今回の事件に関係してるんじゃ!」 「……予知能力と占いでだってさ」 ものすごく信憑性の薄い根拠に、八谷一家は無言で顔を見合わせる。 「……その人、頭大丈夫?」 「もう根底から完全に手遅れだから大丈夫よ」 トモエが落とした資料をまとめてバッグに入れたシェリーが、それを背中に背負った。 「ところで、起動まで持っていけたとして、パイロットは誰を?」 「一人、ちょうどいいのはいるんだけど………」 「誰?」 「今ここにいる人間で一番そういうのに乗せたら悪乗りしそうな人」 科学犯の班員も混ぜた人間がしばし考え込み、同時に手を叩く。 「その占いとやらが外れる事を祈ってるわ」 「そうだね、当たるも八卦、当たらぬも八卦」 迎えの機に向かおうとした智弘の履いていた靴が、いきなり緩む。 「あれ?」 見ると、新品のはずの紐がまるで鋭利な刃物も使ったかのように切れていた。 「……急ごう」 「ええ」 あえて何も言わず、夫婦はV―TOL機に向かった。 夜も更け、大方の準備が整う中、レンは一人でアクーパーラの残骸の前へと立っていた。 その無残なスクラップに手を伸ばし、それに触れた所で、背後に気配が生じる。 「怪我はもういいのか?」 「戦えない事はない」 振り向きもせず、レンはいつの間にか背後に来ていた宗千華に答える。 「準備はもういいのか?」 「まだ一つ残っている」 「なら早く済ませるといい」 「そうだな、決着をつけなければいけない奴が待っている」 それを聞いた宗千華の気配が、少し変わった事にレンは気付くが、あえて振り向かない。 「話は聞いている。だが、こちらが先約のはずだ」 「ああ、そうだな………」 「あ、いたいた~」 そこで、二人を見つけて近寄ってきたリンルゥが、二人の間に漂う奇妙な空気に足を止める。 「ちょうど立会人も来たようだ」 「ああ……」 「え? あの立会人って………」 リンルゥが状況を理解出来ないまま、レンは宗千華へと振り向く。 「太刀狛、下がっていろ」 宗千華の足元にいた太刀狛が、主の命令でリンルゥのそばまで下がると、そこに腰を降ろした 「では、始めようか」 「いいだろう」 宗千華が腰から日向正宗を抜き、レンも腰から大通連・改を抜いた。 「柳生新陰流、柳生 宗千華」 「光背一刀流・改、レン・水沢」 名乗りながら、宗千華は両手で構えた刀を腰だめに構えて足をやや引き、レンは片手で構えた刀の背に右手を添える。 「推して」 「いざ」 『参る』 宣言と同時に、二人の姿が霞んだ。 直後、澄んだ高い音が両者がいたはずの場所の中央で鳴り響く。 そこには、互いの刃を衝突させた二人の姿が有った。 互いの力は拮抗し、僅かな距離を前後する中、それの倍の回数の力の駆け引きが行われていく。 「さすがだな。とても手負いとは思えぬ」 「そちらもな。管理職のくせに、更に腕を上げたな」 僅かに押し、僅かに引き、そして拮抗させる。 その場の空気その物が軋みを上げそうな拮抗の中、両者の顔には笑みが浮かぶ。 どちらの足か、地面を僅かにする音を合図に、二人は瞬時に離れる。 「え、なんで………」 いきなり始まった死闘に、リンルゥがどうしたらいいか分からずにいる中、レンは刃を下段に構え、大きく歩を踏み込みながらそれを振り上げた。 同じような動作でこちらは横薙ぎに刃を振るおうとしていた宗千華を、レンの白刃は先に捕らえるが、そこで霞のように宗千華の姿が消えた。 「え………」 リンルゥが声を上げる中、レンの右に突然気配が生じる。 それを感じたレンは、刃をそれとは逆の左にかざし、そこに出現した刃を食い止めた。 「気付いたか」 「〈歩法〉も〈残気〉もさらに鋭くなったか」 人が本来持つ動きのタイミングをわざとずらす事によって錯覚をもたらす〈歩法〉に、動く素振りをわざと感じせて誤認を起こさせる〈残気〉、どちらも日本武道の奥義とされる技を同時に使う柳生新陰流《 「そちらも、アメリカでジャンキーばかり相手にしてたかと思ってたがな」 「それがテロリストを兼ねてる事もあってな。毎日が刺激的な忙しさだ」 「日本にいた時よりもか?」 「さあな」 苦笑と共に、刃を弾いて双方が離れる。 下がると同時に、レンは切っ先を宗千華へと向けたまま、刀を後ろへと引いた。 「今度はこちらから行くぞ」 声と同時に、刃は高速の刺突となって宗千華へと繰り出される。 見切った宗千華がそれをかわすと、刃はすぐさま引かれ、再度繰り出される。 それを己の刃で宗千華が弾くと、再度刃は引かれ、突き出される。 連続。 リンルゥの目には僅かな煌きにしか見えない高速の連続刺突、光背一刀流《烈光突》を宗千華はすべてかわし、弾いていく。 それでも捌ききれない刺突が宗千華の頬や手に傷を作るが、宗千華は気にも止めない。 そして刺突の繰り出される一瞬の隙を突き、刃が肩口を斬り裂くのをためらいもせず、カウンターの刺突を繰り出す。 レンはわずかに身をよじってからくもカウンターをかわすが、繰り出された刃は首筋を浅く斬り裂いた。 「《烈光突》程度では逆に負けるか」 「そうでもない。狙いが少しずれた」 「お前はオレの体と才能と命、どれを狙っている?」 「あえて言うなら、全部だ」 「……全部?」 リンルゥが何か大きな疑問を抱く中、どれも浅手とはいえ、傷口から流れ出していく血を拭いもせずに両者は離れ、再度構える。 どちらの足か、地面を蹴る音と同時に両者の距離が迫る。 宗千華の横薙ぎがレンの胴を狙うと、レンは逆手に構えた刀でそれを受け止める。 レンは左手で自分の刀ごと宗千華の刃を弾き上げ、その途中で持ち手を柄から離し反転、片手袈裟斬りを放つが、宗千華はわずかに身を引き、それをかわす。 体勢の崩れたレンを狙って宗千華が逆袈裟斬りを放つが、レンは逆に前へと進んで振り下ろした刀をそのまま引き上げ、宗千華の刀の鍔元近くに柄尻を叩きつけて強引に攻撃を止める。 拮抗状態の愛刀を間に、二人の顔に微笑が浮かぶ。 「それだけ質実な剣を持ちながら、必要とあればその技をためらいなく捨てる。相変わらず非常識な戦い方をする」 「剛健な剣を変幻に使う、そちらこそ非常識だな」 得物を弾いた二人が、その場から動かず剣を振るう。 レンの下段からの斬り上げを宗千華が半身を引いてかわし、宗千華の刺突をレンが強引に後ろへと身を逸らしてかわす。 のけぞるような姿勢のまま、レンの刃が反転、伸びきった宗千華の小手を狙うが、宗千華は体ごとレンへとぶつかり、互いに体勢を崩して斬撃を封じる。 もつれる間もなく、宗千華は片手で地面を叩いて横転しながら復帰し、レンは刀から手を放して地面を側転して立ち上がると落ちきる前に刀を手に取った。 「おい、これは………」 「なんであの二人が!?」 騒ぎを聞きつけた者達がその場に集まってくるが、二人は気にせず、鍛え上げられた剣技をぶつけ合う。 「こいつはすごい事になってるな」 「アークおじさん! 二人を止めて!」 隣にまできたアークにリンルゥが懇願するが、その肩をスミスが掴んだ。 「よく見ろよ。二人の顔」 「顔?」 スミスに言われ、リンルゥはレンと宗千華の顔を見た。 アクーパーラの残骸観察用に設置されたライトがたまにそれぞれの顔を照らすが、その顔には普段ある真剣さは無く、どこか楽しげな微笑が浮かんでいた。 「自分が全力で戦える相手がいる。何かのためでなく、己のためだけに戦える。それが楽しくてたまらないんだろ。ほっとけ」 「でも!」 「それに、そろそろ終わる」 スミスの言った通り、壮絶な激闘を繰り広げていた二人が、距離を取って対峙していた。 互いの呼吸は荒く、全身に走る傷から血が滴り落ちる。 だが、その傷のどれもが浅い軽傷ばかりだった。 「そろそろ………決着をつけるとするか」 そう言った宗千華が、足を大きく開いて腰をやや落とし、右手で持った刀を腰だめの中段に構える。 「ああ……そうだな」 そう言ったレンが、刀を鞘へと納め半身を引き、左手を鞘に、右手を柄に添えて姿勢を低くする。 柳生新陰流《水月》と光背一刀流《閃光斬》、互いにもっとも得意とする技の体勢のまま、彫像のように静止。 しかし両者の間には研ぎ澄まされた剣気が静かに満ちていった。 それが最高潮にまで達した瞬間、二人の手が霞んだ。 その場に、大気を断ち切る澄んだ音が響く。 相手の攻撃を避ける事も考えない、全力の攻撃を二人がまったく同時に放った。 思わず目をつぶってしまったリンルゥが、恐る恐る目を開く。 二つの刃はまったく同じ状態、相手の首の皮を一枚切った状態で止められていた。 もし止まってなければ間違いなく互いの首をはねている状態に、その場にいた全員が唾を飲み込む。 「相変わらず、勝負がつかないな」 「まったくだ」 互いに苦笑しながら刃を引くと、それを鞘へと収める。 「決着はまた今度か」 「いつになるかは約束できないがな」 「それと……」 宗千華が無造作にレンへと歩み寄ると、レンの顔をこちらへと向けさせ、己の唇をレンの唇へと重ねる。 「!!!」 『お~』 いきなりの展開に、リンルゥは硬直し、他の者達は歓声を上げる。 濃厚なキスの後、宗千華はゆっくりと唇を放す。 「間違っても死ぬなよ。お前に死なれると私が困る」 「もう少し他に言う事ないのか?」 あくまで自分中心の宗千華に、レンは冷め切った目で見返す。 表現すべき言葉が見つからないような二人の関係に、集まっていた者達も苦笑しながらその場を離れていく。 「さて、仮眠でも取っておくか」 「少し待ってくれ。やっておかなければならない事がある」 去ろうとする宗千華を呼び止め、レンは袖をまくるとそこにあるインナーアームドスーツのスイッチを入れる。 「まとってたのにさっきは使わなかったのか」 「お前も〈眼〉を使わなかっただろう。お互い様だ」 そう言いながら、レンはアクーパーラの残骸へと近寄っていく。 「前から考察してた技を完成させる。多少周囲に影響が出るかもしれないから、注意しててほしい」 「ほう、それは興味深いな」 レンの後ろに立った宗千華が、腕組みをしてレンを見る。 レンはその場で居合の体勢を取ると、右手でインナーアームドスーツの袖部分にあるセンサーにパスコードを打ち込む。 「充分に離れていてくれ。シュミレーションでもロクな結果は出ないからな」 「使った事がないのか?」 「この間の模擬戦で一度使った。30%以下の力でだったがな。木太刀で放ったせいで腕を痛めた」 「今度は本気で使う?」 「いや、50%だ。この大通連・改ならそれでも威力はあるはず」 「?」 同じように見ているリンルゥも首を傾げる中、宗千華がリンルゥのそばまで下がってくる。 「では、行くぞ」 レンの右手が、柄へとかかった。 「む~む~!」 「だからダメだって! 危ないから」 「落ち着けトモエ!」 レンと宗千華の決闘が行われていた場所から少し離れた場所で、カオス・メーカーを持ち出して宗千華を狙おうとしていたトモエを、ケンド兄妹が二人掛りで押さえ込んでいた。 「放して! あの女は今の内に仕留めておかないと!」 「どう見たってレン兄ちゃんアレは好みじゃないから!」 「つうか、あんなの好みなのは真性Mの奴だけだって!」 もがくトモエを必死になだめるケンド兄妹だったが、その時何かが吹き抜ける。 『!?』 それに三人が気付いた瞬間、管楽器の最高音程を増幅させたかのような超高音が衝撃と共に周囲に響き渡る。 「なんだ!?」 「あ、あれ!」 アニーがレンのいる方向、正確にはそこから天へと一直線に伸びていく〈光〉が有った。 「……流星?」 先程まで暴れていた事も忘れ、トモエが小さく呟いた。 「………なるほどな」 刀を振り上げた状態のレンが今完成した《技》の威力をその眼で確認する。 その背後では、宗千華とリンルゥが呆然とレンと、レンの前にあるアクーパーラの残骸を見ていた。 「すごい…………」 それ以外の言葉が思いつかないリンルゥに、宗千華も無言で絶句する。 「これが、お前の切り札か」 「ああ。光背一刀流・改、最終奥義《星光斬》だ」 「なんだ今のは!?」 「敵襲か!?」 突如として起きた謎の現象に、手に武器を持った者達がこちらへと向かってくる。 「すいません、ちょっと驚かせました。今のはオレの新技です」 「新技って、これが………」 先頭に立って来たスミスが、レンとその前にある物を交互に見る。 「こいつは、一体…………」 スミスがそれを見て絶句する。 レンの前、動かす事も出来ず鎮座していたアクーパーラの残骸を、斜めに横断する巨大な斬撃の跡を。 「今回の事件に終止符を打つための技。今完成しました」 「……お前が無事ならそれでいい」 その技がどんな物かも聞かず、スミスが踵を返す。 ふと、そこで何かの音が響いている事に気付いた。 「何?」 「これは………」 何かが震えるような小さな音が、どこかから響く。 程なくそれは何か分かった。 それは、レンの手にした刀自身が震える音だった。 「え? 何それ……マナー着信?」 「どうやら、そのようだな」 震え続け、何かを知らせる大通連・改を手に、レンはその刃に劣らぬ鋭い視線をそれに向けていた。 「……なんて事」 目の前に広がる光景に、彼女は絶句していた。 そこには無数のBOW培養槽が設置され、新型のBOWの製造実験が行われている。 その規模は、かつてのどの研究所よりも大規模な物だった。 「すぐに知らせて…」 「どこに?」 いきなり聞こえた声に、彼女は振り向きながら銃を抜こうとした。 だが抜いたはずの銃は、手の中で縦に両断され、スクラップとなって床へと落ちて鈍い音を立てる。 「!」 「まずはおめでとう。ここまで辿り着いたのはあなたが初めてだよ。《ファントム・レディ》」 かつてのコードネームを呼ばれながら、首筋に突きつけられた妖刀の刃に、彼女―今はインファ・インティアンと名乗っている女性の動きが完全に止まる。 「《刃》のジン………」 「おっと、せっかく来てくれたんだ。これから始まるパーティーのオープニングを見せてあげるよ」 にこやかな顔で刀を突きつけるジンが、懐から何かのリモコンのような物を取り出すと、それを操作する。 「実は兄さん達の出迎えの用意がついさっき終わってね。あなたは飛び入りだけど、参加客第一号として丁重に扱ってあげるよ」 「何を……」 そう言ったインファの目が、外へと向けられる。 そこに広がるのは、漆黒の宇宙空間とその下にわずかに見える青い惑星。 だが、視界の端で何か巨大なコンテナがこの宇宙ステーションから切り離され、地球へと降下していく所だった。 「さあ兄さん、始めようか………」 あくまで穏やかな顔のまま、ジンは楽しげに呟いた。 「おう、おはよう」 「おはようさんです~」 寝ぼけ眼をこすりながら、軌道エレベーター周辺の荷物搬送をしている者達が始業前のミーティングを始めようと整列を始める。 「さて、今日は…」 「おい、あれ!」 搬送部の主任が口を開いた所で、皆が口々に叫びながら、軌道エレベーターの方を指差す。 その指差す方向を見た主任は、何か巨大な物が天から落ちてくるを見た。 「! 伏せろ!」 そのあまりの巨大さに、衝撃を予想した主任が叫び、それを悟った全員がその場で転ぶように伏せる。 しかし、その巨大なコンテナは着地寸前でバーニアを吹かし、着地の衝撃を和らげる。 それでも周囲には地震のような振動が駆け抜け、伏せていた者達の体が弾む。 「うわぁぁ!!」 「ステーションが落ちてきたのか!?」 状況を理解出来ないまま、振動が止んだ所で主任がゆっくりと立ち上がって落ちてきた物を見た。 「……こんなのの搬入予定はないぞ」 的外れな事をボヤいた所で、その落ちてきた小さなビルくらいはあるコンテナの前面が開いていく。 「なんだありゃ………」 開いていくコンテナの中に見え始めた物を、見ている者達が理解するのはしばしかかった。 それは、とてつもなく巨大な、人に似た形の影だった………… |
Copyright(c) 2004 all rights reserved.