第二十二章「決戦! 星への階段!」 アメリカ バージニア州アーリントン ペンタゴン 作戦指揮室 「全長20mの大型機動兵器だと!?」 将官の軍服を来た男が怒鳴るように叫ぶ。 そのあまりの大声に資料を手にしたオペレーターが思わず身をすくませるが、気を取り直して資料を再度読み始める。 「現地時刻 7:32、上空から大型コンテナが突如として《ヘブンステアー》基板部分に着陸、直後に内部から形式不明の大型機動兵器が出現、現在直通リニアのレール及びハイウェイ、港湾に対して破壊活動を行い、ヘブンステアー及び周辺施設を完全に占拠した模様」 「ホワイトハウスには!?」 「リアルタイムで情報が送られてます。緊急作戦室にもう直繋がります」 作戦指揮室の大型ディスプレイに、この部屋と同規模の施設が設置された別の部屋の映像が映し出され、そこには現大統領及び閣僚達が困惑した顔でテーブルについていた。 『現状は聞いている。対処は』 「は! すでにラーフリン空軍基地から迎撃部隊が出動目前です!」 『すぐに出動せよ。現状処理のために動員可能な全戦力の使用を許可する』 「了解しました大統領!」 「偵察機からの映像来ました!」 オペレーターの一人が、LIVE映像を転送する。 そこには、とてもこの世の物とは思えない光景が映っていた。 まるでアニメの中にしか出てきそうにない、巨大なロボットともパワードスーツとも見える物が、天空へと伸びる軌道エレベーターの基部に陣取り、両手にセットされた巨大なチェーンガンを連射し、コンテナや大型トラックがまるでおもちゃのように吹き飛んでいる。 『なんのジョークだこれは!? 子供向けのアニメーションじゃないんだぞ!』 『有り得ん、こんな巨大なロボットなぞ………』 「いえ、上空衛星からのデータによれば、生体反応が感知されてます! 半有機兵器です!」 閣僚達の狼狽に、オペレーターが追加情報を述べるが、それは更に困惑を深めるだけだった。 『……手近の機動部隊を総員出撃準備』 「大統領!?」 『なんとしてもこの怪物を破壊しろ。我が国の威信がかかっている』 「い、イエス・サー!」 そこに、別の警告音が室内に響いた。 「何事だ!」 「じ、上空に同サイズの動体反応! 高エネルギー反応も感知! 大型飛行兵器だと推察されます!」 「なに………」 『こちらデルタ1、あと60秒で射程範囲に入る』 『デルタ1から5、射程範囲に入ったら即時攻撃、性急に目標を破壊せよ』 『デルタ1、了解』 『デルタ2、了解』 『デルタ3、了解』 『デルタ4、了解』 『デルタ5、了解……目標を視認。なんだあれは………』 スクランブルで目的地へと向かっている最新鋭戦闘機F―40《ユニコーン》の編隊が、天空にそびえ立つ軌道エレベーターの下に陣取る大型機動兵器を確認した。 『なんてこった、本気で20mはあるぞ………』 『オペレートに報告。目標肩部にタイプ名と思われるロゴを発見。《GYGANT2》?』 『名前なぞ後回しだ。全機攻撃準備!』 隊長機の命令で、パイロット全員がミサイルの発射スイッチに指をかけた時だった。 レーダーが甲高い警告音を鳴らし、直後に上空から伸びてきた閃光が編隊の一機を撃墜した。 『なんだ今のは!?』 『デルタ3がやれらた! 上空に大型反応!』 『全機散か…』 指示の途中で、隊長機のデルタ1が再度飛来した閃光に撃墜される。 『隊長! くそっ!』 『オペレート! 先に上空のアンノウンと交戦する!』 『待て! とんでもないエネルギー反応が…』 警告も届かず、デルタ4が閃光の前に散った。 『何だ! オレ達は何と戦っている!?』 『見えたぞ…』 敵を確認できた時、デルタ2も閃光の直撃を食らう。 『ちくしょう! 食らいやが…』 ミサイルを発射しようとしたデルタ5のパイロットが、その確認した敵の姿に思わず指が止まった。 『ど、ドラゴン!?』 その声を最後に、デルタ5も閃光の前に爆散した。 虚空に漂う煙と爆発の残滓を抜け、その謎の敵が姿を現す。 鱗に覆われた巨大な胴体に、鋭い爪の生えた四肢、そして長い尾と首を持つ空想上の神獣、その姿は紛れもなく、ドラゴンだった。 「げ、迎撃部隊、全滅しました………」 「増援は!」 「今、海上第6機動部隊及び陸上第8機動部隊が向かってます!」 「全兵装を許可する! なんとしてもあの化け物達を駆逐しろ!」 画面に映る信じられない《敵》の姿に、オペレーター達は呆然としつつ、現状を報告していく。 指揮を取る提督も半ば呆然としつつ、己の職務を果たそうと矢継ぎ早に指示を出した。 『提督』 「は、なんでありましょうか大統領!」 『M・SOCOMは動かせるか?』 「! 彼らを使うのですか!?」 『あれの目的は軌道エレベーターの占拠だ。内部から把握しておく必要がある。地下搬送用トンネルはまだ無事だな?』 「は、はい! そちらはまだ……」 『そこから突入させたまえ。至急だ』 「イエス・サー!」 提督が敬礼する背後で、海上部隊から発射されたと思われる巡航ミサイルがギガント2によって撃ち落され、盛大な爆炎が上がった……… 同時刻 カナダ BC州・バンクーバー島 STARS本部 作戦会議室 「バイオニック・アームドモジュール。現在の技術だと、重量、強度の面から金属を中心とした機動スーツやモジュールの類は一定以上の大きさで作れない。それを解消させるために、メインフレームを複合合金で製造し、柔軟な有機人工筋肉を搭載する事で重量と強度をクリアする。2012年に猪狩 由井博士によって提唱された理論なの」 胸に〈代理〉と手書きしたプレートを付けた白衣姿のトモエが、画面に映し出されている《ギガント2》の現在分かっているデータを並べていく。 「金属反応と生体反応、双方の分布から見て、これがその完成体なのは間違いないみたい」 「で、このデカいのがBOWの一形態だって証拠は?」 アークの問いに、トモエが別のデータを表示させる。 「これがあのサイズのBAモジュールに必要な有機人工筋肉の組成シュミレート、隣が現在地球上で最大のアフリカ象の筋肉組成。現在の技術だと、ここまでの強化が出来てなかったはずなんだけど…………」 「あ~、つまり筋肉だけのBOWって事か?」 猛烈な睡魔に襲われながら、スミスがなんとか口を開くと、トモエが頷いた。 「パパとママが中心となって今建造中の試作機でも、本来あと五年以上はかかる予定だったんだけどね…………」 「先に完成させた連中がいたか。しかも戦闘用を」 フレックが拳を打ち合わせ、舌打ちする。 「ゲストの到着前に勝手にパーティ始めるとは、随分とマナーがない連中だな」 「主賓が来るまで待てねえんだろ」 スミスとロットのぼやきに、お前らが言うか、という無言の視線が集中する。 キャサリンが手元の画面に次々と表示される情報を読みながら、組んだ手に頭を乗せる格好で思案を始める。 「私達の到着を待たずして戦闘を開始した意図がわからないわね」 「少なくとも、我々を迎撃するためなら先に米軍との戦端を開いた分だけ、向こうの損失のはずだ」 アークが周辺の被害状況を一瞥しながら、キャサリンの意見を補足する。 「手の内をばらしても構わないって事だろう。いけ好かない連中だぜ、つくづく」 カルロスが腹立ちを隠さない口調でどなる。 「それで、どうする? 米軍が頑張っているが、旗色は悪いようだ」 宗千華の言葉通り、現場からのLIVE映像では米軍の戦闘機や戦闘艦が一機、また一機と破壊されていた。 「あのドラゴンもBOWなのか?」 「そちらはこれだけの情報じゃなんとも………」 「まるで怪獣映画だぜ………」 「違うのは、それがオレらの敵って事だ」 カルロスが憎々しげに呟き、ロットもそれに賛同する。 「課長どうします? 部隊を再編します?」 トモエの問いに、キャサリンは無言で思案していた。 「あの謎のドラゴンはギガスで相手するとしても、あの巨大ロボはどうするか………」 「今、BAモジュールの試作機をパパとママが急ピッチで建造してるけど、今日中に完成するかどうかも………」 「能書き言っても始まらねえ、行こうぜ」 スミスの言葉に、アークが首を横に振る。 「待ってくれ。今アメリカ政府に出動の件を申し出てるが、頑として許可が下りない」 「知るか、そんなん無視しろってんだ」 「アレの中に行く気? こっちが巻き添え食って落ちるわよ?」 「ちっ…………」 「問題は、軌道エレベーター自体の使用は可能か、不可能か………」 戦闘の様子を凝視していたレンが口を開く。 「そういや、あっちもそっちも、エレベーター避けてやがるな」 「なら、戦闘を避けて突入も可能では?」 「向こうが、それを見逃してるとは思えないけどね…………」 「だとしたら…………」 軌道エレベーター《ヘブンステアー》 地下物資搬入用トンネル 海面下に位置する場所に、異様な一団が進軍していた。 地上での戦闘の影響で、照明はあちこち消灯と点灯を不規則に繰り返し、不気味な静けさと相まって異様な雰囲気をかもし出している。 一団はその中を誰一人として口を開く事無く、迷い無く進む。 全身を黒尽くめのタクティカルスーツで覆い、目には多機能ゴーグル、手にはそれぞれ重火器を装備し、無言で一団は歩を進める。 その足音は異常なまでに重くトンネル内に響いていた。 一見すれば軍の特殊部隊のように見えるが、部隊章も階級章も彼らは身に着けていない。 アメリカ軍非公式特務部隊《 目的地まで間近に迫っていた彼らのセンサーに、一つの反応が入る。 一斉に進軍が停止し、素早くフォーメーションを展開、反応の周囲を取り囲んだ。 「いらっしゃい」 周囲のサイボーグ兵士達に取り囲まれながら、その中心にいた金髪と抜けるように白い肌をした、白いベストにタイトミニ姿の素足の少女が微笑む。 『撃て』 隊長の指示が直接脳内の通信機へと送信、全員が一斉にトリガーを引いた瞬間、全ての銃が暴発した。 『!?』 「なんだこのイオン濃度は!?」 「まるで雷雲………」 さすがに予想外の事態に全員が驚く中、その少女、《嵐》のランが両手をゆっくりと広げる。 その広げた両手には、無数の電光と踊る火炎が周囲へと広がっていた。 それに招かれるように、彼女の周囲に先程まで姿を見せてなかった紅朧と黄輝、ランの嵐を更に激しくさせるBOW達が続々と姿を現す。 「馬鹿な、先程までなんの反応も……」 「! 各自突破を…」 「悪いけどお呼びじゃないの、だからさよなら」 そう言うと、ランは全身から一気に電撃と業火を解き放つ。 同時に紅朧から紅の煌きが、黄輝から淡黄の煌きがこぼれ、更に威力を増した電撃と業火がその場を眩く染め上げ、ほどなくして晴れる。 その後には、そこには微笑む少女とその下僕、そして完全に炭化したサイボーグ兵士達の屍が転がっているだけだった。 「……つまんない」 あどけない少女の口調で、ランは呟いた。 アメリカ ワシントンDC ホワイトハウス 緊急作戦指揮室 『M・SOCOM、全員信号途絶! 恐らく、全滅かと………』 「馬鹿な………一人50万ドルを費やした部隊だぞ………」 「増援だ! 編成中の部隊を…」 慌てふためく閣僚や将校が対処を検討していた時、突然回線が何者かに割り込まれる。 「これは、ハッキング!?」 「直通回線だぞ!」 『おはようございます。皆さん』 突如として割り込まれた映像が指揮用の画面に映し出される。 それは、STARS長官用のデスクについているキャサリン・レイルズの姿だった。 「貴様はFBIの!」 『今は、STARSの長官代理です。大統領、今回の騒動は一連のバイオテロ事件と関係しています。ですからSTARSにこの〈事件〉への介入許可を』 「馬鹿を言うな! これは…」 『まだ実用化していないはずの戦闘用BAモジュール、謎のドラゴン型機動兵器、そして虎の子のM・SOCOMを一人で壊滅させた炎の魔女、どれもあなた方が相手できる存在ではないかと?』 「貴様どこでそれを!」 「国家軍事機密漏洩だ! 即刻処分を…」 「待ちたまえ」 狼狽し、憤慨する者達を大統領が止める。 「……解決の方法はあるのかね?」 『STARSが保有する万能指揮旗艦《GYGAS》、八谷夫婦が現在建造中の大型BAモジュール試作機、そして我等が誇る優秀な隊員。これらは全て、あのような存在に対処するために存在します』 「…………」 キャサリンの自信に満ち溢れた言葉に、大統領はしばし沈黙。 「……今日一日、君らの介入を許可しよう」 「大統領!」 「だが、日付が変わると同時に、我が国が保有する全戦力をあの場に投入する。無論、その場にいる者の安全は保障されない」 『感謝致します、大統領』 そこで割り込み通信は途絶する。 「大統領! よろしいのですか!?」 「こちらの体勢が整うまでの間、対処が必要だ。陸海空、動かせる軍を全て動員させたまえ。もし、彼らが処理に失敗するようならば……」 「了解しました、大統領」 将校が敬礼をして、部隊編成のためにその場を出て行く。 その姿が見えなくなると、大統領は沈痛な顔で頭を抱え込んだ。 「なぜ、このような事に…………」 重苦しい苦悶を、彼は吐き出していた……… 「堂々と偉い人と交渉するのは疲れるわね~」 「いつもやってるんじゃないのか?」 通信が切れるとデスクに突っ伏したキャサリンに、アークは長官代理になってからの彼女の所業を思い浮かべる。 「私の本分は後ろから耳に囁く事よ。こんな真正面からは流儀じゃないわ。レオン長官はよくいつもやれるわ~」 「あいつはあいつの流儀があるからな。オレは影からそれを支えてるだけだ」 「さて、それじゃあアレとっとと倒して宇宙に出張しましょ」 「……全員分出張手当が必要かもな」 「大型用の武装を総動員しろ! 幾ら有っても困らん!」 「試作のプラズマランチャーが有っただろ! 引っ張り出せ!」 「フレーム仮組みしただけですよ!? 暴発したら………」 「構わねえ! 実戦データ取ってきてやる!」 「この間のプラズマ弾頭残ってるか!?」 「神風だったらお任せくだせえ!」 武器庫を引っかき回すようにして、ありったけの重火器や爆薬が準備されていく。 だが、その山を見ながらも何人かは渋い顔をしていた。 「……これが効くのか? アレに………」 「分からない。だが、空のドラゴン、地上の巨人、地下の魔女を全て倒さねば、オレ達は決着を付けられない」 フレックとレンが、装備のチェックを手伝いながら、自分達の準備を並行して進めていた。 「動く要塞だな。戦略兵器使用以外に勝つ手があるとは思えん」 宗千華は現状分かっている敵のデータをチェックしながら呟く。 「核兵器か戦術プラズマ兵器か………どちらにしろ、被害がどこまで広がるか予想もできん」 「多分アメリカ政府は使う気だぜ。STARSの介入を許可したのも使用のための口実だ」 「こちらが全滅すれば、使用の否定要素が無視できるからな」 「最悪、戦っている最中に降ってくるかもしれんな」 宗千華のやばすぎる発言に、周囲で準備をしていた者達の動きが一斉に止まる。 「下手に攻撃したらT―ウイルスをばら撒くかもしれんからな。焼き尽くした方が手間がかからないか」 「レベッカさんが防疫準備を始めてるらしいが………間に合うのか?」 「ようは勝てばいい。違うか?」 「その通りだ」 力強い笑みを浮かべる宗千華に、レンも笑みで答える。 「一つは私が受け持とう。あと一つは水沢が、もう一つに総力を結集させればいい」 「オレ一人であのデカブツと戦えと?」 「今作戦のシュミレーション中だ。もうちょいで出撃だから、詳しい作戦はその後だ」 「さて、ではどれにするか…………」 「全治まで一月オーバーは全員出動禁止、縛り上げといて」 「何もそこまで…………」 「できれば息子も縛り上げたい所なんだけどね」 前回の戦いで骨折などいまだ重傷状態の隊員達をベッドに縛り付けつつ、ミリィがてきぱきと準備を進めていく。 「あの、カルロス隊長が部屋に見当たらないんですが………」 「多分あの戦艦の武器庫にでも潜り込んでんでしょ。誰か手の空いてる人に狩らせておいて」 「あの人相手じゃ、一個分隊は必要かもな………」 自分の準備を終えたミリィが、今一番の重傷者の元へと足を運ぶ。 《強制治療室》とプレートが張られたドアを潜ると、ミリィがその中の治療用のエンブリオ・システムのカプセルに浮かんでいる人間を見た。 「状態は?」 「現状安定………と言うべきか。まだ峠の最中だ」 ずっと治療にあたっていた老医師が、表示されるカプセル内の人間、レオンのバイタルグラフを見て呟く。 「ま、そう簡単に死ぬようなら苦労しないわね」 「ああ……そうだな………」 生返事の老医師を残し、ミリィが部屋を出ようとした時だった。 何かを小突くような小さな音に、ミリィは気付いた。 何気なく振り返り、その音を探り当てたミリィは仰天した。 それは、昏睡状態のはずのレオンが目を僅かに開き、カプセルを中から小突いていた。 「レオン!?」 「長官!? 意識が戻られたのか!?」 レオンがカプセルの中で、小さく頷く。 老医師が慌ててバイタルグラフをチェックし直し、その数値がまだ危険値なのを知って絶句する。 「信じられん…………」 レオンが指を動かし、その先が言葉を描く。 「現状? これから皆で敵の本拠地がある宇宙まで出撃よ。あんたは留守番。声? 確か内臓マイクが………」 ミリィが機械を操作して、酸素用マスクの内臓マイクのスイッチを入れる。 「音声を……本部内に」 「1分だけよ。死に損ないか死ぬかのまだ境なんだから」 ぶつくさと言いながらも、ミリィはマイクの出力を部屋のコンソールへと繋いだ。 『マイクテス、マイクテス。これからレオン長官の出撃宣誓を放送するわ』 「長官の!?」 「意識が戻られたのか!?」 いきなり響いた放送に、出撃目前の隊員達の顔に驚きと喜びが溢れる。 『STARS総員に……告げる』 「間違いない! 長官だ!」 「長官が生還されたんだ!」 「しっ、静かに!」 聞こえてくるレオンの声に、一時歓声が起こるが、言葉が続いている事に気付いて慌てて全員が口を紡ぐ。 『我々は……STARSは………かつて、地獄と化した街から……生まれた………その時、誰もが誓った……二度と……こんな事は起させないと』 「ああ、そうだな」 スミスが己の義腕を見て呟いた。 『だが……悪夢は終わっていなかった……ならば……やる事は一つ』 「その通りだ」 ギガスの武器庫でマガジンに弾を込めていたカルロスが手を休めずに答える。 『敵が、いかなる所にいようと………いかに強大であろうと………決して諦めず……追い詰め………殲滅せよ。それが……それだけが、我々の存在意義だ。いいか……決して諦めるな。それこそが………私からの命令だ』 その言葉に、STARSの隊員達が一斉に姿勢を正し、己の右手を額へとあてて敬礼する。 『了解!』 全員の返礼が、本部内に響く。 それを聞いたのか、放送はそれで途切れた。 先程にも増して抗戦意欲を燃やした隊員達が、己の準備を整えていく。 その中、一人だけ違う行動を取った人物がいた。 「ちょっとオーバーしたわよ。あとは絶対安静ね」 コンソールからコードを抜きながら、ミリィがレオンを睨みつける。 レオンは頷きながら、再度目を閉じる。 老医師が一瞬驚いてバイタルグラフを見たが、むしろそれが安定している事に安堵した。 「それじゃ、行って来るわ。後をよろしく」 「ああ、気をつけて」 ミリィが部屋を出て、ギガスへと向かおうとした所で、こちらへと向かってくる人影に気付いた。 「あ、あの………」 それは、出撃体勢のまま急いで来たらしいリンルゥだった。 余程慌てて来たのか、彼女の息は切れ、視線もどこか落ち着かない。 「悪いけど、面会謝絶よ……」 「そう……だよね………」 「家族以外はね」 ミリィはそう言うと、リンルゥへと道を譲る。 「なんなら使う?」 「いえ、結構です………」 懐からソウドオフ・ショットガンを差し出すミリィに断りながら、リンルゥがドアへと向かう。 「ちゃんと養育費請求するのよ。弁護士必要なら紹介してあげるから」 「………」 無言でリンルゥが室内へと入ると、ミリィは室内の老医師を手招きして室外へと呼び出した。 二人きりとなったリンルゥは、しばらく押し黙っていたが、やがて意を決して口を開いた。 「お、お父さん………」 その言葉に、レオンは薄く目を開き、リンルゥの方を見た。 「誰から、聞いた?」 「その、手術の時、ボクの血液型が同じだってミリィ先生から聞いて、アークおじさんを問い詰めたら………」 「………」 うつむき、慎重にリンルゥは言葉を選ぶ。だが、それ以上の言葉が出てこず、その場をしばし沈黙が漂う。 「オレは……」 レオンが口を開いた事に、リンルゥの体が思わず硬直する。 続く言葉を、半ば祈るように待った。 「オレは……ずっとこの生き方をしてきた…………他の生き方なぞ……今更出来ない………オレは、父親になる資格なんて、ない男だ………」 レオンの独白に、リンルゥの目から涙が溢れ出す。 涙は止まらず、やがて嗚咽となりながらも、リンルゥはレオンの入っているカプセルへと歩み寄っていった。 「お、お父さん………お父さん! お父さん!」 激しく泣きじゃくりながら、リンルゥはレオンの間近に立った。 レオンは手をリンルゥの方へと伸ばし、リンルゥもレオンへと手を伸ばす。 カプセル越しに、親子の手は重なった。 「リンルゥいる!?」 そこに、いきなりアニーが室内へと飛び込んでくる。 泣き顔のまま振り向いたリンルゥに、アニーはしまった、という顔をしながら手にした資料を見せた。 「オリンポスから暗号通信が入ったわ! 内部の機密情報の一部! 送り主はファントムレディ、リンルゥのお母さんから! 今そこにいるらしいの!」 「母さんが!?」 リンルゥはアニーの持ってきた資料を奪うように取るとそれに目を通していく。 「母さんが、宇宙に………」 「それが、幽閉されてるらしいってアーク課長が………」 「……お父さん、ボク行ってきます。お父さんの代わりに、母さんを助けに」 「……誰かの代わりには、戦うな………自分の信じる物のためだけに………戦え」 「了解。長官」 その場で敬礼すると、リンルゥは最早振り返らず部屋を出て行き、アニーも敬礼すると慌ててその後を追った。 「ほっておいても、子供はちゃんと育つものね」 ミリィが首だけ覗かせながら、レオンを皮肉る。 「とりあえず、今回はウチの馬鹿息子がどうにかするでしょ。心配しないで大人しく寝てなさい」 「ああ………娘を、頼む」 「やっと認めたわね。とっとと治して養育費一括払いの用意しておきなさい」 おっ払うようなしぐさで手を振りつつ、ミリィも二人の後を追った。 「オレには、オレの仕事がある………」 「第一、第二、第五から第七小隊はギガスに搭乗! 第三と第四はカーゴジェットに混生部隊と同乗! 急げ!」 『ギガス発進まで、残る5分。お乗りのお客様は、武器、防具、医療品などのお忘れ物にお気をつけて順番にお乗りくださ~い』 「メインジェネレーター、臨界到達!」 「総員点呼! 今いない奴は留守番だ!」 慌しく重武装をした者達が、それぞれの乗り物へと分乗していく。 全員が乗り込み、満員と化したカーゴジェットのハッチが閉じられ、ギガスの搭乗用ラダーが収納される。 『総員搭乗、出撃準備完了です、マム』 『TINA』からの報告を副長席で受けたキャサリンが、ブリッジのメインコンソールを見る。 そこには、刻一刻と変化しているヘブンステアー近辺の映像が映し出されていた。 「守備部隊の全滅は時間の問題ね………間に合う?」 『可能性は10%未満。あちらの努力と根性に期待する所です』 「そう、それじゃあ行きましょうか」 キャサリンが手元のコンソールを操作して他のカーゴヘリとの通信を繋ぐ。 そこで一呼吸を置いてから、彼女は口を開いた。 「STARS総員、出撃!」 『『了解!』』 号令と共にギガスの巨体が宙を舞い、カーゴジェットがローターを回す。 飛び上がった全ての機体が、全て同じ方向へと機首を向けた。 決戦の場、宇宙へと続く塔に向かって。 同時刻 アメリカ・フィラデルフィア 杉本財団 テスラ・ライヒ研究所 かつて実在した偉大な二人のマッドサイエンティストの名を冠した研究所に、次々と大型トラックが資材を運びこんでいく。 時たまその合間を縫うように乗用車やジェット機がその研究所に飛び込み、そこから白衣姿の科学者達が慌てて飛び込んでいく。 もし、第三者がそれらの資材や科学者達の行き着く先にあった物を見たら、己の正気を疑うであろう光景が広がっていた。 「右腕部、細胞増殖率90%突破しました!」 「神経接続に入る! 左腕部の反応確認を!」 「動力系伝達のチェックは!?」 「50%ほど……」 「増殖はもういいから、人手をそっちに回して!」 「制御系OSの反応は!?」 何人もの科学者達が悲鳴のような声を上げながら、忙しく作業をしていく。 その中心となっている二人の科学者は、手と口と目が一切止まる事無く作業をし、命令し、チェックしていた。 「下半身は完全安定したわ! 外装を!」 「制御確認しながら!」 シェリーが指示を出しながらドライブマッスルの増殖調整を行い、智弘が神経系の接続作業を行いつつ、他の作業を指示する。 「STARSの出撃を確認しました! 到着は約四時間後!」 「四時間か……今日中に動かせるかどうかも問題ね………」 「でも動かさなきゃ勝てませんよ」 トータルバランスを調整していた中年の女性科学者、BAモジュール理論の構築者でシェリーと共にこの〈プロジェクト〉の総責任者を務める猪狩 由井博士ですら、この強行スケジュールに難色を示すが、シェリーはそれを頑として拒む。 「でもこれじゃ動かせても30分と持たないわ」 「30分も動けば充分でしょう。最悪あのデカブツを倒せれば、その場で融解瓦解を起こしても問題ありません」 「……後で問題になるだろうけどね」 急ごしらえの度を遥かに超えた急造で、〈それ〉は完成へと近付いていく。 全長20mを超える〈それ〉に取り付ける装甲板には、STARSのエンブレムと《ATLUS》というロゴが刻まれていた。 破壊された車や戦闘機が各所に散らばり、炎と黒煙を上げる。 視界内に動く物が無くなった事を確かめるため、ギガント2は周囲をサーチする。 「攻撃目標、殲滅を確認」 ギガント2の胸部内にあるコクピットで、己の神経系をギガント2の制御系に直結し、文字通り己の手足としてこれだけの破壊活動を行った《鋼》のFはそう呟くと機体を一時休止状態に移行させる。 ダメージチェックを走らせた結果は、多少のダメージは見受けられたが、行動に支障となるレベルの物は無い。 今となっては、遠くからこちらを観察してると思われる軍やマスコミのヘリや船舶が僅かに存在してるだけだった。 「………」 圧倒的な戦闘力を見せつけた拠点制圧用大型生体機動装甲ユニット・タイプBMV―2025《ギガント2》のシステムAIが作戦の第一段階の終了を知らせる中、Fは己の中に空虚感がある事に気付いた。 (……なんだ?) 〈兵器〉として造られた自分の中にある感情に、僅かな戸惑いを覚えたFの脳裏に、唐突にこの間の作戦の映像が浮かび上がる。 あの自分とは比べ物にならない程の低い戦闘力しか持たないはずの少女に負わされた傷が疼いた。 我知らず、傷があった場所に手が伸びる。 すでにそこは完全に修復され、えぐられた左眼はより高性能な義眼へと交換している。 ふと、他の4エレメンツは全員、再戦を望んでいた事を思い出す。 最高にして最強の兵器として製造されたはずの自分達が、苦戦し、負傷する事など有ってはならない。 「これが、屈辱か………」 機械と完全に融合し、全てを的確に処理するのみだったはずの自分にも、感情がある事に辿り着いたFは、ギガント2をある方向へと向けた。 「来い、STARS。我らが宿敵よ」 センサーを索敵可能最大範囲まで広げつつ、Fはその方向、STARS本部の方を見つめていた。 『目標地点到着まで、あと15分を切りました。この度はご利用ありがとうございました。作戦内容を確認の上、順番にお降り下さい』 「総員戦闘配置! 目標地点到着と同時に戦闘開始!」 「降下部隊、順次降下開始!」 ギガスのブリッジ内に、キャサリンの指示とトモエの報告が響く。 「改めて見るとデカいな………」 「ああ、しかも二体だ」 画面に映るギガント2とドラゴンの姿に、フレックとレンは苦笑。 「それじゃあ、始めましょうか」 「了解です、課長」 「お前と組むのはかれこれ何年ぶりだった?」 「高校の時以来か? 巻き込むなよ」 「じゃあ注意してくれよ」 ブリッジを出て行くレンに、フレックは手を振りつつ、操縦桿を握りこむ。 「行くぜファンタジー野郎!」 「敵機確認」 こちらへと向かってくるギガスの姿を捉えたFは、ギガント2を戦闘体勢へと移行。 だが、そこで他にもこちらへと向かってくる物体を捕らえた。 複数の船舶と、直通リニアのレール上を自走型の電車がこちらへと向かってくる。 そしてリニアからいきなりミサイルが発射された。 「別働隊を確認」 放たれたミサイルがこちらに対してあまりに小型のためにFは無視を決め込み、ギガスへと火器の照準を定める。 だが足元がいきなりぐらつき、狙いがずれる。 バランサーを制御しつつ、足元を確認すると、そこにいつの間にか複数の人影が存在した。 「オオオォォォ!」 武者甲冑のようなライト・パワードスーツをまとったムサシが、咆哮と共に国斬丸を振り抜き、ギガント2の脚部を斬り裂く。 「SHOOT!」 西洋甲冑のようなライト・パワードスーツをまとったアニーが、ムサシが斬り裂いた個所にカオス・メーカーの超高速弾を叩き込み、それを広げていく。 「FIRE!」 「撃ちまくれ!」 スミスとロットの指示の元、密かに海中から近寄っていたカーゴサブマリンから飛び出してきたパワードスーツ部隊が次々とミサイルやランチャーを撃ち込んでくる。 「損傷軽微、敵対勢力の排除を開…」 火器の照準を足元のスーツ部隊に向けようとした時、今度はギガント2の頭部に衝撃が走る。 「命中したぞ!」 「次弾装填!」 ヘブン・ステアー直通線路で停止したリニアの貨車で、歓声が起こる。 そこに鎮座している物、M2・155mmカノン砲《ロング・トム》の周囲で急を聞いて馳せ参じたシカゴ警察モビルポリスの隊員達が、総動員で装填作業に映る。 「急げ! 隊長を狙わせるな!」 「装填完了!」 管轄も何も無視して増援に駆けつけた、スミスの部下である猛者達が二次大戦時から使われていた骨董品の次弾を装填すると、その砲手を務めるCHが狙いを定める。 「来るべき火星からの侵略の時、これを使って合衆国を守れという曾爺さんの遺言、今こそ守る時!」 「………それ昔のラジオの放送事故じゃ……」 「今更、それは関係ねぇ! CH、ぶっ放せ!」 長年家宝として伝えられてきた伝家の砲塔を持ち出してきたCHが、正確に狙いを定めてトリガーレバーを引いた。 轟音と共に放たれた155mm砲弾が、ギガント2の頭部に再度命中する。 「我が先祖と我等が誇りにかけて、これ以上の暴虐、許すまじ!」 『お~!』 気勢の声と共に、三発目が発射された。 「次が来たのかしら?」 上から響いてくる衝撃に、ランが天井を見る。 衝撃はどんどんと激しさを増してくるが、それは彼女には関係の無い事だった。 「退屈………」 ぼそりと呟いた時、何かが彼女の元に向かってくる。 「また来た」 それが何かも確かめず、ランはそれに向けて電撃を放つ。 だが、それの進行を阻む事は出来なかった。 「!?」 それの姿も確認せず、ランは業火を放つ。 眩いばかりの業火が襲い掛かるが、それは獲物の前にいきなり両断されて消えた。 「そう、あなたが来たの……」 「再戦だな」 その向かってきた者、赤いライト・パワードスーツ《茜》をまとい、プロテクターを身に着けた太刀狛を従えた宗千華が愛刀 日向正宗を構える。 「お返しをしないとね………」 「できればだな」 業火と電撃が解き放たれ、白刃の煌きが舞った。 『地上部隊、地下部隊、交戦開始しました♪ こちらの目標の飛行怪獣、向かってきます。やる気満々のようです』 「どうやってあんなのが飛んでいるんだ?」 「ジェットエンジン付いてる訳でもなし………」 アークとフレックが首を傾げる中、トモエがセンサーから得られる情報を次々と整理していく。 「何これ……生物? 機械? エネルギー数値は高いけど、体温が低い………こんなのは………」 そこで何かを思い出したのか、トモエが猛烈な勢いでコンソールを叩いていく。 『こちらレン。目標の頸部にタイプ名らしき物発見。CS・BOW―01《Lindwurm》?』 「リンドブルム、それがあれの名前みたいね。じゃあ呼称はそれで」 『了解、マム』 ギガスのコンソールに〈unknown2〉と表示されていたマークが〈Lindwurm〉と変わる。 夜空を駆ける閃光の姿とされるドラゴンの名をした大型BOWに、ギガスのブリッジ内は緊張に包まれる。 『こちらの準備は完了。いつでも行ける』 通信と共に、ブリッジの画面にギガス上部ハッチから、上部甲板へと出たレンの姿が表示される。 強風の吹きつける中、背部、腕部、脚部にそれぞれ小型ブースターの付いた異形のパワードスーツ、人間を単体で飛行可能とするための空中戦用のモーションバーニアユニットを装備したレンが、リンドブルムを鋭く睨みながら仁王立ちする。 「あれを見てると、小さい時、私が乗った飛行機を救ってくれた〈彼〉を思い出すわね」 「それって、レンの親父じゃ………」 「レオンも一緒にいたはずだぞ」 何か妙な郷愁に浸っているキャサリンに、フレックとアークが顔を見合わせた時、リンドブルムからの先制攻撃が放たれた。 「回避!」 指示よりも早くフレックが操縦桿を倒し、リンドブルムの口から放たれた閃光が回避行動を取ったギガスの装甲をかすめる。 「レーザー兵器!? じゃああれは!」 『行くぞ!』 ギガスが体勢を立て直すより早く、レンが上部甲板からバーニアを噴かして飛び出す。 宇宙への道を賭けた、それぞれの激戦が、始まった………… |
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