BIOHAZARDnew theory
FATE OF EDGE

第二十五章「発進!STARS最終防衛兵器!」(後編)



 大質量の金属と金属がぶつかり合う轟音が、周辺に響き渡る。

「うわあっ!」
「総員退避〜!」

 ぶつかり合った双方から散らばった部品が周辺に降り注ぎ、下にいた者達が大慌てで巻き添えを食わないようにと逃げ出す。

「おらぁっ!」

 続けてスミスはアトラスのもう片方の拳をギガント2へと叩きつける。
 続けての攻撃に、ギガント2の体が大きく揺らいだ。

「いける! こいつなら!」
『右腕、上腕筋一部断裂! 左腕バイオフルード循環率7%ダウン!』
『一撃ずつでこれか……』
「スミス! やっぱ急ごしらえじゃ持たないわ! 短期決戦で…」
「食らいやがれええぇぇ!!」

 次々と上がってくるダメージレポートに、アトラスの頭部脇に乗っているシェリーが指示を出す前に、スミスが更なる攻撃を加えていく。

『今蹴りが入った! 続いてドロップキック!』
『さすが、世界最初のスーツ乗りは違うな………』
『あああ、右脚部大腿筋に左脚部フルードパイプ、わ〜! 腰部フレームにまで!』
「相手を倒すのが先か、こっちが動かなくなるのが先か………」

 戦闘行動による機体自体のダメージがあまりにも大きい事に、シェリーが顔を歪める。

「とっとと、潰れやがれぇ!」

 止めとばかりに、アトラスの鋼の巨腕をスミスが大きく振りかぶり、たたきつけようとした時だった。

『危ないっ!』

 通信から響いたリンルゥの声に、スミスの動きが僅かに止まる。
 そのまま強引に機体を傾けた所を、迸った閃光が装甲をかすめていく。

「プラズマキャノン!」

 いつの間にか、右手をパージしていたギガント2の手首の中にあった砲口が、小さな電撃を発しながらこちらに向けられていく。

「避けて! 急造の装甲じゃ一発持つかどうか!」
「どういう仕組みしてんだ!」

 連射で放たれるプラズマ弾に、スミスがアトラスの脚部バーニアを吹かせて機体を横滑りさせてそれをかわしていく。

「こっちに飛び道具はねえのか!」
「無いわ! 動かすようにするのがやっとだったんだから!」
「なんか無いのか! ロケットパンチとかブレードとか!」
『そんなのはアニメの中だけだ! 相手の体格と予想されるエネルギー量から、そんなに多く撃てるはずは…』

 智弘が冷静に相手の能力を分析していた途中で、ギガント2の左手も外れたかと思うと、そこから硬質の物体が飛び出しかと思うと刃を形勢、巨大なブレードと化した。

「向こうにはあるじゃねえか!」
『馬鹿な、形質変化か? 主要成分は……』

 分析する暇も無く、ギガント2がブレードをかざしてアトラスへと襲い掛かる。

「この野郎!」

 スミスがとっさに左腕をかざしてその一撃を受け止めるが、ブレードは左腕の装甲と内部のバイオマッスルまでも一部えぐり取っていく。

「ちっ!」
『左腕下腕装甲大破! 同バイオマッスル25%断裂!』
『いけない! もうその手段は使ったら戦闘不能になるぞ!』
「くそったれぇ!」
「下がるな親父!」

 再度ブレードを構えるギガント2から離れようとしたスミスだったが、ムサシの声にその場に踏み止まる。

「剣なら、ここにあるぜ!」

 アトラスの装甲を国斬丸のイオンブースターとライト・パワードスーツの力で駆け上ったムサシが、アトラスの腕の上を疾走すると、大上段に構えながら飛び出す。

「光背一刀流、《雷光斬!》」

 全身の筋力とスーツのパワー、国斬丸のイオンブースターの加速を加えた斬撃が、ギガント2のブレードを半ばから一気に断ち切った。

「これなら…」

 落下しながら頭上を見たムサシが、断ち切られた断面から更なるブレードが形勢されていく事に愕然とする。

「生体ブレード! そこまで向こうは進んでるの!?」
「なら何度でも折れば!」

 再形成されたブレードに、今度はアニーがカオス・メーカーの超高速弾を速射して半ばから撃ち砕く。
 だがまたしてもブレードは形勢され、不利と見たスミスはアトラスを後退させて距離を取った。

「何か、何かないのか!」
『まずい! もう起動可能時間が半分を切った!』
「スミス!」
「くそっ!」

 アトラスに向けてプラズマキャノンが放たれようとした時、狙いすました砲撃が直撃し、放たれたプラズマ弾は明後日の方向に飛んで海面に直撃、盛大な水柱を立てる。

「……あるじゃねえか、ちょうどいい物がすぐそこに! CH! そいつをこっちによこせ!」
「「えっ?」」

 ロング・トムの次弾を装填しようとしていたスミスの部下達が、スミスからの要請に目を丸くする。

「よこせだってよ………」
「だが、どうやって?」

 皆がロング・トムの乗せられた貨車のすぐ前、ギガント2の攻撃によって大破しているレールの方を見た。

「ヘリを回せ! ワイヤーで吊れば!」
「だめだ! 時間が掛かり過ぎる!」
「だがこの距離、オレ達のスーツじゃ飛び越すのは…」

 問答している最中に、妙な衝撃が貨車にいる者達を襲った。

「何だ今の?」
「ガアアアアアァァァ!」

 突然真下から聞こえてきた咆哮に、何人かが貨車の下を覗き込もうとした時、いきなり貨車が浮かび上がる。

「何だ! 何が起きた!」

 状況を理解できないまま、貨車の下を覗き込んだ者がそこにある光景を見て絶句する。

「アアアアァァァ!」

 そこには、いつの間にか来ていたロットのウェアウルフMk2が、そのパワーを限界まで使い、ロング・トムとそれが載せられている貨車、さらにはそれに乗っている者達まで一遍に持ち上げている、という非常識極まりない光景だった。

「む、無理だ! 幾らそのスーツにポテンシャルがあっても、あの距離は!」
「バーニア、オーバーブースト!」

 忠告も聞かず、ロットがウェアウルフMk2の制御用バーニアを全てリミッターを解除して全開。
 貨車を強引に持ち上げたまま、噴煙と共にウェアウルフMk2がレールの破損個所を強引に飛び越えていく。

「一気に行くぜ! しっかり掴まれ!」
「一気にって……」

 反論の暇も無く、ロットは破損個所を飛び越えると、貨車をまたレールへと投げ戻すと、今度は貨車の後ろへと着いた。

「ガアアアァァ!」
「まさか…」

 バーニアを全開にしたまま、ウェアウルフMk2が貨車を押していく。
 リミッターを解除された高出力に、貨車はどんどん加速していき、ついには通常運行よりも更に早い速度となって一直線に突き進んでいく。

「うわああぁ!」
「こんな速度じゃ脱線するぞ!」
「何かにしがみ付け! 砲弾を落とすなよ!」
「隊長、今行きます!」

 砲弾と自分達自身が落ちないようにしがみつきながら、貨車は停車駅を高速で突破し、貨物搬入用スペースまで突破していく。

「受け取れスミス!」

 ロットは最後のパワーで貨車を突き飛ばし、燃料を完全に使い果たして強度限界以上の推力を出したバーニアが次々と停止、中には融解したり爆発を起こしたりして、ウェアウルフMk2はその場に倒れこんでまま擱座する。

「止まらないぞ!」
「ブレーキ!」
「そんなの無い!」

 加速した質量がそう簡単に止まる訳が無く、暴走状態と貸した貨車だったが、その前に国斬丸を構えたムサシと、カオス・メーカーを構えたアニーが立ちはだかる。

「あの二人何を…」

 疑問の答えはすぐに出た。

「オオォォォ!」
「FIRE!」

 突撃してきたムサシの国斬丸の刃が貨車の右側の車輪を、アニーのカオス・メーカーの超高速弾が左の車輪を破壊。
 車輪を失った貨車は腹をすり、盛大な火花とスリップ痕を残しながら、徐々に減速していく。
 ちょうどアトラスの足元まで来た所で、スミスがその貨車を器用に拾い上げた。

「次弾装填!」
「り、了解!」
「さすがSTARS、隊長並の無茶やる人間ばかりだ……」

 目を回しつつ、揺れる貨車の上でスミスの部下達がロング・トムの155mm砲弾の空薬莢を外し、次弾を装填する。

「装填完了!」
「FIRE!」
「了解!」

 スミスの指示と同時に、CHがトリガーレバーを引いた。
 先程とは比べ物にならない近距離で155mm砲が砲火を吐き出し、減速も無しでギガント2に直撃する。

「効いてるぞ!」
「当たり前だ、この距離なら…」

 ギガント2の体勢が大きく揺らいだ事に歓声が上がるが、即座にギガント2はプラズマキャノンを放ってくる。

「危ねぇ!」
「ちっ、向こうは速射可能か!」
「ボヤボヤするな! 次弾を装填するんだ!」

 間近をかすめていったプラズマ弾にスミスの部下達が冷や汗をかく中、大慌てで装填作業が行われる。
 そこへ次弾を撃たせまいと、ギガント2が間合いを詰めて生体ブレードを振り上げる。

「させない!」
「近付かせるな!」
『総員、脚部攻撃!』

 次弾装填の時間を稼がせるべく、アニーを始めとしてカルロスやクリスの号令の元、残ったありったけの弾丸が放たれる。
 盛大な爆炎と爆風が周囲に吹き荒れる中、ロング・トムの次弾が装填される。

「FIRE!」
「了解!」

 先程よりも更に近距離で砲弾が放たれるが、その弾道上にかざされた生体ブレードに砲弾は直撃、威力を減衰させた砲弾はギガント2の装甲を歪ませるだけに終わる。

「反応速度が速い! 撃つまでのタイムラグが読まれてるわ!」
「じゃあどうすんだよ!」
「こっちの判断で撃ちます! 隊長は狙いを定めてくれれば…」

 急造の機体に手近の火器の徴用、更に迫ってくる機体の限界時間、向こうに比べてあまりにも差があり過ぎる状況に、アトラスの肩に乗っているシェリーが、脳内で必死に状況打開の方法をシュミレートしていく。

『まずい! 活動限界まで三分を切った!』
「過ぎたらどうなる!」
「良くて擱座、悪ければ四肢が千切れるわ!」
「避けて!」

 響いてきた声に、スミスがおもわずアトラスを横へと動かした直後、ギガント2の左腕から射出された生体ブレードが装甲をかすめていく。

「ロケットも付いてないのに飛ばしてきやがった!」
「!」

 予想外の相手の攻撃にスミスが驚く中、シェリーは別の事、まったく予想できない攻撃を予想した人物の方へと視線を向けていた。
 その人物、リンルゥの姿を見ると同時に、シェリーの脳内で幾つかの疑問が氷結していく。
 そのまま、シェリーは無造作にアトラスの肩から飛び降りると平然と着地、さらにリンルゥの方へと猛ダッシュ。

「え?」
「借りるわよ」

 巨人同士の戦いに巻き込まれないように避難していたリンルゥの首根っこをシェリーは無造作に掴むと、そのまま反転して今来た道を猛スピードで戻っていく。

「あの、隊長!?」
「馬鹿みたい、なんでこんな簡単な事今まで思いつかなかったのかしら………」

 何かブツブツと呟きながら、リンルゥの首根っこを掴んだままシェリーは疾走。

「邪魔!」
「うわぁつ!」

 上空から振ってきた装甲や生体ブレードの破片をシェリーは片手だけで粉砕し、粉砕した破片が飛んできてリンルゥが思わず悲鳴を上げる。

「ま、まだ行けるぜ………」
「すっこんでなさい!」

 進路上で装甲が各所融解しかけているウェアウルフMk2をなんとか立ち上がらせたロットを、シェリーは掌底打の一撃で弾き飛ばす。

「ぐあっ!」
「ああロット隊長!」

 一撃で基部の端まで吹っ飛ばされ、海面に上がった水柱にリンルゥが顔色を失う。

「あの…」
「後にして!」

 そのままアトラスの装甲を坂道でも走るように平然と駆け上ったシェリーは、先程と同じアトラスの肩まで昇り詰めると、そこでようやく手を離した。

「あの巨体にあの反応速度、操縦者と完全にリンクでもしてない限りできる訳ない物ね。そして神経を完全に電子対応してる敵を私達は知っていた」
「多分、いや間違いなく、あの巨大ロボを操縦してるのは、4エレメンツの一人、《鋼》のF…………」

 シェリーの仮説を、リンルゥが肯定する。

「いつから分かったの?」
「つい、さっき………バリーさんやクリス課長の指示で動いている内に、なんとなく…………」
「……スミス、聞いてる?」
「つまり、どうしろって?」
「来る!」

 リンルゥの言葉に、悩むより先にスミスが反応。
 放たれたプラズマ弾を避けた所で、お返しとばかりに155mm砲弾を撃ち返す。

「左に!」

 155mm砲弾の直撃を食らいながらも、新しく生えてきた生体ブレードで切りかかってくるのをアトラスはかろうじて回避。

「なるほどな」
「直結してるって言っても、あの巨体が反応するには僅かな間が空くの! 後は、反撃に転じれば…」
「下から!」

 反撃の暇も無く、ギガント2の生体ブレードが下段から跳ね上がる。

「食らうか!」

 スミスは逆にアトラスを前へと突進させ、生体ブレードの攻撃範囲を強引に割り、更にタックルをぶち込んでギガント2を大きくよろめかせる。

「うひゃあぁ!?」
「スミス! こっちにも乗ってんのよ!」

 衝撃で落ちそうになったリンルゥを掴みながら、シェリーが怒鳴り返す。

「もう時間がねえ! 一気に行くぞ!」
「装填完了してます!」

 ロング・トムを構えたスミスが、止めを刺そうと一気に距離を詰めようとした時だった。
 体勢を立て直そうとしているギガント2の肩の装甲がいきなり弾け飛び、中から無数の触手が飛び出してくる。

「ちいっ!」
「何だこれ!?」
「きゃあぁ!」

 アトラスの全身を絡め取るような触手の波に、乗っている者と抱えられている者が悲鳴を上げる。

「まだこんなの残してやがったのか!」
「これが奥の手!?」

 アトラスの全身を絡め取っていく触手の様子に思わず叫んだ直後、シェリーがその矛盾に気付く。

(違う! 奥の手というには攻撃力がない! まだ何か隠してる!)

 子供の胴体ほどはあろうかという触手の一本を掴み、力任せに引き千切ったシェリーが己の予感を確信へと変えた。

「何? 何か来る!」

 リンルゥが悲鳴じみた声を上げた時、ギガント2は触手を自ら切り離すと、後ろへと下がって距離を取る。
 すると、脚部後部からアンカーが飛び出し、機体を完全に固定、さらに胸部を覆っていた生体装甲が前へとせり出していき、そこから眩い光が漏れる砲口が露になっていく。

「まさか……あれは!」
「ギガンテック・ブラスト!」

 かつて、自分も使った武装の超大型版に、スミスが戦慄を覚える。

「弾道上にいる連中を退避させろ!」
「だめ! 間に合わない!」
『アトラスももう限界だ!』
「まだだ! まだ終わっちゃいねえぇ!」
「ああ!」
「その通り!」

 アトラスの全身を絡め取る触手を、ムサシの国斬丸の刃とアニーのカオス・メーカーの超高速弾が貫く。

「降りろシェリー! 巻き込まれるぞ!」
「何をするつもり!?」

 動けるようになると同時に、スミスがロング・トムの乗った貨車を左腕一本で抱えて突撃をかける。

「まさか!?」
「オオオォォォォ!」

 ものすごくいやな予感を感じたシェリーが大慌てでリンルゥを抱えて飛び降り、スミスはそのままアトラスを疾走させる。

「なめんじゃねえぞ、ルーキー!!」

 発射直前のギガント2の胸の砲口に、なんとスミスは強引にアトラスの右腕を突っ込む。
 閃光が砲口から漏れ、周辺に散りながらも爆発、アトラスの右腕を吹き飛ばし、さらにコクピット付近までえぐっていく。
 それに構わず、スミスは片腕で抱えていたロング・トムを爆発の影響で装甲が残らず消し飛んでいるギガント2へと突きつけた。

「FIRE!!!」
『了解!!』

 貨車に載っていたスミスの部下達全員が、手に手にアサルトライフルやグレネードランチャー、ロケットランチャーを構えていた。
 全てのトリガーが一斉に引かれ、155mm砲弾を始めとした無数の弾丸が完全ゼロ距離でギガント2へと炸裂する。
 盛大な爆炎が上がり、無数の銃口と砲口から硝煙がたなびく。
 後には、完全に胴体部に風穴の開いたギガント2の姿が有った。
 力を失った二つの巨人が、同時にその場に擱座する。

「うわっ!」
「隊長は無事か!」

 傾いた貨車から滑り落ちそうになるのを堪え、順番に降下体勢で降りていったスミスの部下達が、一部えぐれているコクピットを見て血の気を引かせる。
 だが、直後にコクピット部分からヘラクレスがパージされ、地面へと落下する。
 ヘラクレスも大きく損傷し、右腕部分が損失している事に気付いたシェリーとケンド兄弟、スミスの部下達が一斉に駆け寄る。

「スミス!」
「親父!」「父さん!」
「隊長!」

 ハッチが開き、そこからスミスが顔を見せる。

「どうにか、片付いたな」
「ええ、後は…」

 他の戦闘も終わったらしい事をシェリーが確認した時、突然けたたましいサイレンが周辺に鳴り響く。

「何!?」



「何だこのサイレンは!」
「『TINA』!」
『ヘブン・ステアーの最緊急非常事態警報です! 発動時には全職員の緊急退去が設定されてます!』

『TINA』の報告を聞いたトモエが、猛烈な勢いでキーボードを叩き、事態の把握を進めていく。

「外壁循環システムに異常!? そんな!」
『水沢! 聞こえるか!』
「宗千華か! 何が起きている!」
『今地下の制御室だ! ヘブン・ステアーの維持システムの各所に爆弾がセットされていた! ここももう直爆破する! 私では解除不能だ!』
「すぐに脱出しなさい! あんたが死んだらヤギュウから何されるか分からないから!」
『了解した!』

 通信が途切れると同時に、キャサリンが珍しく激昂して拳をコンソールに叩きつける。

「全部、トラップ………!」
「周辺にいる人間全てに退避命令! 下手したら、軌道エレベーターが折れるぞ!」

 アークが指示を出す中、ヘブン・ステアーの基部の各所で爆発が生じていく。


「退避! 退避だ!」
「少しでも軌道エレベーターから離れろ!」
「急げ!」

 周辺にいたボートや水上バイクが接岸し、そこに乗れるだけの人員を乗せて大慌てで離岸していく。

「早く出ろスミス!」
「悪ぃ、引っ張ってくれ……」

 なかなか擱座しているヘラクレスから出てこないスミスを、カルロスとケンド兄弟が引っ張り出す。

「ぐっ………」

 苦悶と共に出てきたスミスを見て、その状態に全員が絶句した。

「スミス………」
「またやっちまった………」

 引きずり出したスミスの生身の方の右腕が、肘の辺りから消失していた。
 断面は完全に焦げており、出血こそ無いが、どうみても重態だった。

「急いで!」

 向こうから、こちらは水没していた所を周囲にいた隊員達にサルベージされ、ハッチが開かないウェアウルフMk2を力任せに開けて完全に失神しているロットを引っ張り出したシェリーが、鳴動を始めた軌道エレベーターを見ながら叫ぶ。

「くそったれ…………」

 負傷のダメージ以外の何かで顔を歪ませるスミスを、子供達が抱え上げて大慌てで海の方へと向かう。

「あっ!?」

 開いている水上バイクに乗ろうとしたリンルゥが、何気なく振り向いた時に、ギガント2から何か大型のポッドのような物が打ち上がるのを見た。
 そのポッドはどんどん上昇していき、やがて完全に空へと消える。

「逃げられた…………」
「そこのあなた! 早く乗って!」

 それに誰が乗っていたかを直感的に悟ったリンルゥだったが、水上バイクから叫ぶクレアの指示に従って、彼女の後ろへと乗り込んだ。


「現状は!」
「上部は完全に切り離されてます! そんな仕組みしてなかったはずなのに!」
『軌道エレベーター、倒壊は時間の問題。どうします?』
「どうにか倒壊は防げないのか!?」
「ダメ! もう基部が崩壊を始めてる!」
「下の避難状況は?」
『生存者、全員基部からの撤収を確認。ただし倒壊による被害範囲から全員の脱出は不可能。倒壊した軌道エレベーターによる直接被害及び発生する津波の被害で壊滅的ダメージを受ける可能性大』
「対処方法は何かないのか!」
『倒壊までの時間内に全員の救助の可能性は10%未満、他の対処方法を現在シュミレートして…』
「……両舷レールキャノン、プラズマ弾装填」
「課長!?」

 最早軌道エレベーターの使用は完全に不可能と判断したキャサリンが、いきなりとんでもない指示を出す。

「ギガス、倒立状態でヘブン・ステアー外壁基部近くまで降下! 静止と同時に、右舷、左舷リニアレールキャノンを時間差で発射、ヘブン・ステアーを完全に破壊!」
「待て、そんな事したら!」
「下に被害を出さない方法はこれしかないわ!」
『イエス・マム!』

 アークが軌道エレベーターを破壊してしまえば、生じる無数の問題を脳内で考察、無論それくらいの事はキャサリンも承知しているはずだが、彼女の目に迷いは無かった。

「もし、レオンがここにいたら、同じ事をしたかもな」
「責任問題は後で考えましょう」

 思わず呟いたぼやきに、開いている席についてベルトを締めているレンが苦笑する。
 直後に、ギガスの機体が大きく傾いていった。



「もっと離れろ!」
「残った奴はいないな!」

 船内の緊急指揮所で声を張り上げながら、クリスとバリーが撤退状況を確認していく。
 だがそこで、ギガスが倒壊しそうな軌道エレベーターに向かっていくのに気付いた。

「何をするつもりだ!」
「まさか………」

 直後、ギガスから眩い閃光を放つ砲弾が連続で放たれる。
 初弾が軌道エレベーターの内部へと潜り込み、その衝撃と高熱で外壁に無数の亀裂が発生しつつ融解、次弾の衝撃で亀裂は一気に広がり、そして軌道エレベーター自身が内部からプラズマ弾の熱で蒸発しながら、木っ端微塵に吹き飛んでいった。

「……やっちまった」
「……どうする? これから………」



『ヘブン・ステアー、完全破壊確認。破片は細分化及び蒸発、周辺の被害は軽微』
「さて、どうする?」

 傾いたギガスが水平に戻っていくのを感じながら、アークが呟く。

「軌道エレベーターはもう無いし、今からNASAに行ってシャトルでも……」
「あるわよ、宇宙へ行く方法なら」
『えっ?』
「ここに」

 キャサリンが、無造作に自分の足元を指差す。
 それが意味する事に、アークやレンが気付くのに、数秒を要した。



「負傷者はこっちに!」
「装備を確認しろ!」

 辛うじて残っている基部に着地したギガスの周囲で、負傷者の手当てと装備の再分配が行われていく。

『無傷、もしくは軽傷の人間でやる気のある人はギガスに搭乗。繰り返す、無傷、もしくは…』
「じゃあ行くか」
「ああ」

 右腕を無くし、重傷を負っているスミスと、全身が程よく焦げて異臭が漂っているロットが肩を貸しあいながらギガスに乗り込もうとした所に、容赦なくゴムスタン弾がぶち込まれる。

「無傷もしくは軽傷って言ってるでしょ? 片腕無くしたり全身焦げたりした人間が何するつもり?」

 額に十字型のゴムスタン弾が直撃し、そろって地面に倒れる二人を搭乗口で仁王立ちで見下ろしながら、硝煙を上げているソードオフショットガンに次弾を装填する白衣姿のミリィに、同じく負傷を隠して乗り込もうとした者達が大慌てで離れる。

「大人しく病院行ってろ」
「では私も」

 続けて搭乗しようとしたカルロスと宗千華にも容赦なくゴムスタン弾が叩き込まれる。

「カルロス、その腹の赤いのは傷口が開いたんじゃない? 宗千華、外身がそんなに焦げてて、中身が無事なわけないでしょ?」

 前の二人同様に額に直撃して地面に倒れ、明らかに腹部が赤く染まっているカルロスと、とっさに腕を持ち上げて防いだが元の紅の装甲が見る影も無い宗千華の茜の姿に、ミリィが冷たい視線を向ける。

「戦闘に極端な支障は…」

 宗千華がそこまで言った所で、次弾を装填したソードオフショットガンからまたしてもゴムスタン弾が放たれる。

「却下、それとも実弾がいい?」
「…………」
「じゃあお留守番ね」

 再度防ぎながらも無言になった宗千華を、太刀狛が腕を引っ張って搭乗口から離れさせる。

「やっぱ怖ぇな、ミリィ叔母さんは………」
「何を今更………」
「医者として何か間違ってるような………」

 ぎりぎり合格ラインだったケンド兄妹とリンルゥがギガスへと乗り込む。

「それで、これからどうするんだろ?」
「これで行くんじゃねえか? 宇宙まで」
「まさか〜………」



『戦闘可能要員、搭乗終了』
「全員席に着かせて。ベルト固定も」
『イエス・マム。外部損傷の臨時修復、エアジャンプの軌道計算もう直終了します♪』
「燃料及び推進剤、往復一回分がいいとこだな………」
「一回行ければ十分よ」
「……これを設計した人間と、製造した連中の正気を疑うべきだろうか?」
「大丈夫、もう手遅れの人間が趣味だけで作ったようなモンだから」

 ブリッジに来たシェリーや智弘も手伝い、着々と準備が進められていく。

「アメリカ政府とNASAから抗議が来てるな」
「後にしといて、今忙しいから」
「あの、これって大統領から直接の…」
「暇ね、大統領ってのも」

 今更驚くべき事ではないのかも知れないが、それでも住んでいる国の最高権力者を平然と無視するキャサリンに、アークとトモエが無言で指示に従う。

「まさか、こんな手を隠していたとはな……」
「最後の手段だって言われててな。こんな物が有るなんて知れたら、世界中のエンジニアが仰天するだろうし、軍事目的しか考えられん連中が騒ぐのは明らかだ。シュミレートしてた時はまさか本気にやる事になるとは思わなかったが……」

 操縦席の後ろの席に着いたレンと、発進準備を進めるフレックがお互い苦笑する。

『発進準備、完了しました』
「さて、行きましょうか」
「いいのか、本当に……」
「他に手は無いわ。送られる人数が限られるから使いたくは無かったんだけどね」
「……そういう問題か?」
「問題はもうひとつ、最初からこの手を使おうとしたらギガスを撃墜してでも止めようとする連中がいるからよ。兵器開発のイニシアチブを譲りたくないって下らない理由」

 それに当てはまる組織が幾つもある事を察したアークが、小さくため息をもらす。

「ヘブン・ステアー倒壊直後の混乱してる今なら、ドサクサ紛れに行けるって訳か」
「その通りよ」
「進路クリア! 課長行けます!」
「それじゃあ、宇宙戦艦ギガス、発進!」

 キャサリンの号令と同時に、ギガスの巨体が浮かび上がる。
 同時に船内に流れ始める、日本最古のスペースオペラのBGMに、乗員室のシートに座っていた者達が眉根を寄せる。

「なんだろ、この曲?」
「ねえ、これって………」
「ヤ○トの曲だよな………」

 ケンド兄妹を含む、その曲が何の曲かを知っていた僅かな人間が、まさかと思いつつも大慌てでベルトの固定を確認する。

「全員ベルトちゃんと締めて! ひょっとしたらこの戦艦……!」
「旅立つぞ! 地球から!」
「「「………………え?」」」

 甲高いエンジン音を立て、その機体が急加速、更に機体表面のエーテルクラフト用のサーキットが光を増していき、その機体を段々空へと傾けていく。

「大気圏離脱用バーニア点火!」
『これより、Gがどんどんかかりま〜す』

 ギガスが更に加速しながら、上空へと向かっていく。
 大気層の違いを利用し、空気抵抗をカタパルト代わりに使いながら、更に上へ上へと昇っていく。

「おい、マジか!?」
「聞いてないわよ!?」
「あ、あははは………」

 船室でどんどんGが増していく事の意味を知った人間達が軽いパニックを起こす中、ギガスの機体が更に天へと昇っていく。

「成層圏離脱!」
『重力圏離脱を確認。機体を安定させます』
「来ちゃったよ…………」

 席に座ったまま、智弘がぼやく。
 ギガスのブリッジの外には、眼下に広がる蒼い地球と、無間に広がる星の海が広がっていた…………





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