BIOHAZARDnew theory
FATE OF EDGE

第二十六章「突入! 天空の魔都!」


『機体安定確認、現在高度36000km。内部重力装置起動』

 モニターに映る青い星と漆黒の宇宙に呆然としていた面々の体に、失われていた重さが甦る。

「まさか、増槽もブースターも無しで静止衛星軌道まで上昇可能とはな………」

 アークがあっけに取られながらも、レーダーの類をチェックしていく。

「今頃世界中の宇宙工学者がひっくり返ってるでしょうね。ま、どうでもいい事だけど。『TINA』、他の乗組員の状態は?」
『モニターに出します』

 大型の乗務員室がモニターに出ると、そこには軽いパニック状態のSTARSメンバー達の姿があった。
 本当に宇宙に来たのかと必死になって窓を探す者、最早突入する気満々で銃を構える者、重力装置起動前に無重力遊泳を試みたのか泳ぐような格好で床に叩きつけられている者、うつろな声でヤ○トのテーマを口ずさんでいる者など様々だった。

「総員に通達。これより本艦はテロ組織アザトース本拠地と思われるオリンポスへと突入。現状でオリンポスとは一切の連絡が取れてないから、最悪の事態は予想しておいて」

 キャサリンの指示に、奇行を行っていた者達の動きが一斉に止まり、全員が突入の準備へと取り掛かる。

「推進系、操縦系に特に異常無し」
「生命維持系、通信系、探知系も問題ないです」
「最大の問題は素で宇宙まで来てしまった事だろうか………」

 フレックとトモエの報告に、レンが苦い顔をしつつ、ベルトを外していく。

「確かにな。宇宙服までは用意してなかった」

 予想外の声にブリッジにいた皆が振り向くと、そこにはボディスーツ姿で鍔眼帯を付け直した宗千華とプロテクターをパージした太刀狛の姿があった。

「……あんたミリィさんに降ろされたんじゃなかったっけ?」
「ああ、だから緊急用のハッチから忍び込んだ」
「そんなのあったのか?」
「確かある。でもいつの間に知ってやがったんだ?」

 首を傾げるフレックとレンだったが、フレックは日本でギガスの操縦研修中に叩き込まれたギガス見取り図を思い出して顔をしかめる。

「STARS本部の見回りの時に、大分見学させてもらったからな。外部から見える物は全て記憶させてもらった」
「まるでニンジャね………」
「忍びの総元締めが下忍程の事も出来なくてどうする」
「ウチの上司に聞かせてやりたいわね〜」
「これの真似なぞ誰も出来ないと思いますが」
「必要と思った事はなんでも覚えておけ、お前が教えてくれた事だぞ水沢」

 そこでブリッジの扉が開き、そこに仁王立ちしている白衣姿のミリィの姿が有った。

『あ』

 レンとトモエが同時に声を上げた時、無言でミリィが宗千華の首根っこを引っつかむと、そのまま医務室へと引きずっていった。その後を太刀狛が大人しく着いていく。

「彼女でもミリィには逆らえんのか………」
「いや、高校の時、たまたま家に寄った所で修行で無茶して怪我してたのを母さんに見つかってベッドに縛り上げられて以来、逆らえなくなりまして………」
「今この艦内で最強なんじゃないか?」

 アークの言葉に、ブリッジ内で否定意見は出なかった…………



「まったく、ウチの息子にはロクな知り合いいないわね」
「職業柄、致し方ない事かと」
「あんたが一番よ」

 医務室内で宗千華のボディスーツを引き剥がすような勢いで脱がしたミリィが、宗千華の体の各所に出来ている火傷に顔をしかめる。

「軽装甲とはいえ、パワードスーツの下でこれじゃ、直撃してたら即死ね」
「むしろ他の物理攻撃がなかったからこの程度で済んだと言うべきかと」
「この程度?」

 ミリィが顔をしかめつつ、やや手荒に軟膏を塗りこむが宗千華は顔色一つ変えていない。

「どうせここまで来たら何言っても無駄でしょうから、動けるようにしとくわ」
「すみません」
「謝るくらいならここまで無茶しない事ね」
「あの、湿布あります?」

 保護用ジェルを貼り付けて包帯を巻こうとした所で、医務室の扉が開いてリンルゥが入ってくる。

「なに、他にも誰か無理して来てた?」
「それが、無重力遊泳に失敗して前から落ちた人と背中から落ちた人と腰から落ちた人がいて」
「こっちが先ね、ちょっと手伝って」
「あ、はい」

 二人がかりで宗千華の全身に包帯をきつく巻きつけていく過程で、リンルゥは宗千華の体に古傷のような物が幾つかある事に気付く。

「傷跡が珍しいか?」
「ううん、今思えば、そういえば母さんの体にもあったかな、って」
「アンブレラ事件の裏で暗躍した〈ファントムレディ〉、私も噂くらいは聞いた事がある。凄腕で鳴らした女スパイだったそうだ」
「ははっ、ボクの知ってる母さんは腕のいいフリーライターだったんだけどね」

 包帯を巻き終え、具合を確かめた宗千華が再びボディスーツをまとっていく。

「一つ聞いておく。お前がオリンポスに行くのは、STARSの一員としてか、それとも母を助けるためか」

 宗千華の問いに、リンルゥはしばし考え込む。

「父さんに言われたんだ。誰かの代わりじゃなく、自分の信じる物のために戦えって。だから、ボクは母さんを助けるために、STARSとして戦おうって思う………」
「……そうか。だとしたら因果な名を持った物だな」
「名?」
「水沢は教えなかったか、それとも気付いていなかったか……お前の名は漢字にすれば〈鈴鹿〉、水沢の持っている大通連の元の持ち主とされる鬼女にして、己の敵を愛してしまった女の名だ」
「己の、敵を愛した鬼女……」
「そなたの母がそれを理解してその名を付けたかどうかまでは知らぬ。だが、揺るがぬ信念を持って戦うのならば、語らずとも皆が力を貸してくれるだろう」
「………うん」

 リンルゥが頷いた所で、医務室のドアがノックされる。

「いいわよ」
「傷の具合は?」

 そこには、両手に何かアタッシュケースをそれぞれ持ったレンの姿があった。

「止めても無駄だろうから、動けるようにしておいたわ」
「じゃあこれを」

 レンが片方のアタッシュケースを医師用のデスクに置いてそれを開けると、その中には紅の鎧を思わせるようなプロテクターが収められていた。

「私用か?」
「間違いなくな。この艦の倉庫の中にオレ用と思われるのと一緒に入っていたそうだ」

 開けたアタッシュケースの表面にプリントされた柳生家の家紋と、もう片方のアタッシュケースにある墨色の五芒星紋をレンは指差す。

「ちょうどいい、茜はフレームにガタが来てて置いてきたからな」
「あとムサシとアニーのも入ってたらしい」
「随分と準備がいいのね」
「……後が怖そうだが」

 開けたアタッシュケースの一番上にある《試供品》と印刷されている紙片を見つめながら、レンが呟く。

「陸の奴はともかく、イーシャの方は後で何を言われる事やら。どう見ても貸しの分以上だからな………」
「なんならこちらでチャラにしておいてもいいぞ」
「お前に借り作るのが一番やばい」
「なんだかな〜」

 何か複雑な協力関係にリンルゥが首を傾げる。

「今後のためにも、人脈は作っておいた方がいい。専門の知識や技術を持った人間は有事の際に便利だ」
「作り過ぎて苦労してるオレのような人間もいるがな」
「頼られてるならいい事よ。頼るだけのダメ人間も世の中には多いけど」
「特に政治家にはな」
「はあ………」
『本日は当艦にご乗船、真にありがとうございます。本艦はこれより、国際多目的開発宇宙ステーション オリンポスへと突入致します。突入予定時刻は20分後の予定、皆様は突入の準備をご確認の上、覚悟を完了してお待ちください』
「じゃ、これ落ちた馬鹿に渡しておいて」
「あ、はい。それじゃ準備があるから」
「無理しないようにね。最悪この二人叩き込めば済むと思うから」
「ふむ、そうだな」
「お前に単独行動させたら裏で何されるか分からんわ」

 恐らく、戦闘面では最強クラスの二人のサムライに、リンルゥは頼もしさを感じつつ、リンルゥは湿布を手に医務室を後にした。

(待ってて母さん、今行くから)



五分後 ギガス艦内ミーティングルーム

「これが、ファントム・レディから送られてきたオリンポスの内部図よ」
「よく送ってこれた物だ」

 室内中央の3Dディスプレイに表示される透過図を見ながら、キャサリンと腰に湿布を張っているクリスが作戦を考えていく。

「現状では通信は一切反応なし、内部の様子も不明。内部にいる約五万人の生死も不明………」
「この距離じゃライフモニターもできないしね……」

 分かっている不明データを羅列していく智弘に、シェリーがため息をもらす。

「広いな、まずどこを狙う?」
「こちらは100人もいないからな。中枢管制室の奪取、BOW研究室の発見、そして今回の事件の首謀者の逮捕と言った所だな」
「そう簡単にいくかしら?」

 フレックが父親の隣でしかめ面で透過図を睨む中、クリスが搭乗している人員名簿を元に部隊を編成していく。編成人員を見たキャサリンは懐疑的に首を傾げた。

「お袋やクレアさんは?」
「バリーと下に残って派手に暴れた後始末だ。そろそろレベッカも来てくれてるはずだが……」
「一応消毒しながらは戦ったけど、ちょっとばら撒いたかもね〜」
「あれは消毒と言うのか……」

 抑えるべき場所とその通路を確定していくアークがしかめ面をしつつ、作戦の概要を決めていく。

「すいません、遅れました」
「おう来た…」

 室内に入ってきたレンの方を見たクリスの動きが止まる。

「? 何か?」
「その格好………」

 クリスだけでなく、シェリーやアークもレンの姿を見てその手が止まっていた。
 インナーアームドスーツの上から防弾、防火、防食繊維で構成された墨色の小袖袴姿は普段どおりだが、腰に回したガンベルトには無数のスペアマグが付けられ、更にサスペンダースリングを通してそこに無数の爆薬内蔵のスローイングナイフが指してある。
 更に額に墨色の鉢金を巻いたその姿は、かつて北極でアンブレラ事件を終焉に導いた父の姿とそっくりだった。

「それ、どこから?」
「この船を作った奴が倉庫に用意してくれてた物ですが」
「そっくりだな、あいつと…………」
「……そうね」

 旧STARSメンバー達が誰を指しているのかを内心確信しつつも、レンはあえて何も言わずに席へと着いた。

「幾らなんでも、この人数でオリンポスを抑えるのは無理があるのではないか?」
「制圧する必要はないわよ、今回の事件の関係者ひっくくるだけだから」

 鎧武者を思わせるような真紅のプロテクター姿の宗千華が、呼ばれもしないのにレンに続いて室内へと入ってくる。

「とにかく、作戦の概要を説明しよう」

 クリスの声と同時に、オリンポスの透過図に幾つかのポイントが色違いとなって表示される。

「まず優先されるのはオリンポスの外部通信機能の回復及び内部状態の確認。周辺を探査したが、脱出艇の一つも出ている様子はない」
「さすがにあの中の人間全員グルとは考えにくい。脱出できない理由が何かあるのか、それとも………」
「出来れば、本来の宇宙開発ステーションとしての機能も回復させたい所だ。アレの建設には政府も巨額を投じている」
「どさくさまぎれに私用をねじ込んだ人間が言ってもな」

 平然と言い放つ宗千華に、レンがサムライソウル3を指差しつつ呟く。

「さて、突入と言っても、どこからだ? このサイズの宇宙船がタッチダウンできるポートはあったか………」
『このギガス級でも着艦可能な発着ポートは存在しましたが、ヘブンステアーとの切り離しの際にパージされてます』
「さぞやでかいデブリが漂ってるでしょうね」

『TINA』の報告にキャサリンがため息をつきつつ、透過図を睨みつける。

「ドアも窓も無しだと、直接突っ込むしかないわね」
「直接?」
「ほら、レンがこの間やってたあれ」
「………このサイズで?」
「どうせ下壊れてんだし、もう少し壊れても問題ないでしょ」
「内部の民間人の安全はどうする?」
「場所は選ぶわよ」
「それしかないだろうな。人員編成も終わった」

 クリスが手元のキーボードのエンターを叩くと、3Dディスプレイに編成し直されたメンバー達が一覧で表示されていく。

「まずは三班に分ける。先陣は内部把握及び予想される敵の攻撃の対処。これはJrに指揮を取ってもらう」
「オレでいいんですか?」
「逆よ、何が起きるか分からないから、最強の人員を送り込む。また随分と攻撃過多のメンバーね」

 リストの先頭にあるレンの名前の後ろに宗千華とケンド兄妹の名前もある事にキャサリンが眉根を寄せる。

「次にBOW研究室の発見及び関係者の拘束、これはシェリーにやってもらう。場合によっては起動前の無力化も必要だ」
「OK、って言うか最後のは私以外に出来そうないしね」
「最後に場合によるが内部の民間人の誘導及び脱出、これはオレが指揮を取る」
「オレ親父と一緒かよ」
「状況によっては、すぐにギガスを動かす事になるかもしれん、あまり離れられないだろうが」
『戦闘行動無しの通常航行だったら、こちらでなんとかなりますが?』
「今この状況でどう通常航行を行う? どうあっても操縦できる人間が必要だ。サブパイロットのアテもない事だしな」

 アークが片手を振りつつ、とりあえず策定した突入ルートを透過図に表示させていく。

「ルートは策定したが、はっきり言ってこの通りに行けるとは思わない方がいい」
「でしょうね。最大の問題も残ってますし」
「4エレメンツの連中か………」
「一人は私が斬った。残るは三人」
「《刃》のジンは間違いなくオレを狙ってくるとして、問題はあとの二人か」
「一般隊員には4エレメンツとの接触の際は戦闘厳禁って事で。どうせ勝負にならないだろうし」
「こちらにまとめて来れば、私と水沢でまとめて斬れるのだがな」
「怪我人が無理をするな。それに早々簡単に斬れる相手でもない」
「不確定要素だらけね………ともあれ、そろそろ時間よ」

 キャサリンの言葉に、全員の顔が引き締まる。

「STARS、突入だ」
『了解!』

 クリスの号令に、全員がその場で返礼した。



『オリンポスまでの相対距離、500km』
「確かデブリスィープ用の迎撃装置があったはずよね」
「サーチしてみたけど、エネルギー反応が無い。沈黙してるのかな?」
「実弾系の質量兵器の可能性もあるわよ」
「静止軌道上でそんな物使ったら、一回りして自分にぶつかるから使えないって」
『ちっぽけな鉛弾程度でこのギガスを止める事など不可能です♪』
「そっちはとりあえずいいから、周辺をもう一度洗い直して。脱出ポッドの類は無い?」
「直径1m未満のデブリは幾つかあるけど、脱出ポッドの類は見当たらないな…………」
「課長、通信もダメです。全然繋がんない。ECMみたいね………」

『TINA』が突入目前を告げる中、最終確認を支持したキャサリンに、智弘とトモエは首を横に振る。

「他は? 発光信号でもモールス音声でも」
「発光信号はともかく、宇宙空間でモールス打ってる人はいないと思うけど……」
「あの大きさじゃ、振動探査したら山程出てきますけど………」
『待ってください。外部信号素子の一部に不自然な発光パターンを確認。発光信号を解読します』
「あら、いたわね」
「セキュリティにでも潜り込んだのかな?」
『恐らく、電気ケーブルその物を直接操作してるのかと』
「すごい原始的…………」
『解読完了、「シンパイムヨウ、トツニュウサレタシ」の連続』
「……そのケーブル、どこ通ってるか分かる?」
『送られてきたデータから探索、表示しますか?』
「そこまでしなくていいわ。ただし突入ポイントからはずらしておいて」
「となると、どこいらを狙うか………」

 フレックが突入ポイントを定める中、キャサリンはしばし考えてもう一つ指示を出した。

「それと、そのデータ個人に送れる?」
『可能です』
「じゃあ送っておいて。この状況でそんな事教えてくれるのは一人しかいないわ」
「! リンルゥの母親か!」
「壁か床か天井か、引っぺがしてやってるんでしょうね。この状況でそんな事まで出来るなんて、ウチの捜査官に欲しいわね」
「………何させる気ですか課長」

 トモエがうろんな目を向ける中、オリンポスの一点が突入ポイントとして表示される。

「? ポートどころか、エアロック一つ無いように見えるけど………」
「作るのよ、これから」
「作る?」

 首を傾げた智弘が、キャサリンの言葉に何か不穏な物を感じた時、キャサリンがとんでもない指示を出した。

「艦首展開! レーザードリルスタンバイ!」
『イエス、マム! レーザードリル展開、チャージモードに移行します!』
「え?」
「機関最大出力! レーザードリル最高速度で旋回開始、最大加速でフルバーニア! ギガス、突入!」
『機関最大出力! レーザードリル回ります! 後部ロケットバーニア及びエーテルクラフト全力始動!』
「行くぜ!!!」
「ちょっ、まさか………」

 ギガスの艦首が展開し、そこから現れたレーザードリルが猛烈な旋回を始める中、ギガスの巨体がぐんぐん加速していく。
 ものすごく嫌な予感がする智弘が硬直する中、ギガスが猛スピードでオリンポスへと向かっていく。

『ギガス、行っきま〜す♪ 総員対ショック体勢お願い♪』
「これは突入じゃなく突撃じゃないのか!?」

 智弘が悲鳴を上げる中、ギガスのレーザードリルがオリンポスの中央部にめり込み、すさまじい衝撃と共に強引にその先を内部へと潜り込ませていく。

『突入口、開口しました!』
「周辺を封鎖及び艦体を固定! 完了と同時にチームアルファを突入!」
『イエス、マム!』

 ギガスの艦首部を完全に潜り込ませてギガスはようやく停止。
 キャサリンの指示で艦体の各所が開き、そこからノズルが現れると宇宙作業の補修用に用いられる特殊ジェルを噴出。
 噴出された特殊ジェルはギガスがぶち開けた破砕口周辺を瞬く間に塞いで硬化していく。

『封鎖完了しました、マム』
「チームアルファ突入! 情報収集後、ブラボーとチャーリーも突入させて!」
「じゃ、行ってくる」

 操縦席を立ったフレックが、ミステルテインを手にブリッジから駆け出していく。それを見送った智弘が、おもむろに顔をキャサリンへと向けた。

「これって、国際問題になるんじゃないかな?」
「状況が状況だから、もうちょっと壊れた所で問題にならないわよ」
「それにしてももうちょっと方法が………」
「ドアも窓も無ければ、壁ぶち破るしかないじゃない。レンはしょっちゅうやってるわよ」
「……本当かトモエ?」

 智弘が娘がいたはずのオペレーター席に目を向けると、そこにはすでに誰もいなかった。

「……まさか」



 強引に突き込まれたギガスのレーザードリルが分かれて展開していき、中から完全武装のレンを筆頭に、宗千華やケンド兄妹、更には第七小隊を中心としたパワードスーツ部隊や重火器を装備した重装部隊が姿を現す。

「内部重力装置は稼動中、突入に問題無し。現状を把握しつつ、中枢管制室を目指す! 行くぞ!」
『了解!』

 皆の復唱と同時にレンがドリルから降り立ち、先頭となって走り出す。

「こんな仕掛けがあったとはな。守門博士は宇宙海賊でも始めるつもりか?」
「行くぜえぇぇ!」
「突撃ぃ!」

 レンの後ろに並ぶ宗千華とその足元にいる太刀狛を追い越し、咆哮を上げながらケンド兄妹が駆けていく。
 互いにギガント2との戦闘で損傷したライト・パワードスーツからタクティカルスーツに着替え、ムサシはレンのと似ているがSTARSのエンブレムが入った鉢金を額に巻き、青地でプロテクターと一体化したような羽織りを、アニーは愛用のカウボーイハットはそのままに、こちらは茶色地のプロテクターと一体化したベストを羽織っている。
 互いの腰には予備として送られた刀とリボルバーが指され、武蔵の羽織りにはレンのと同じスローイングダガーが、アニーのスネにはウェスタンカスタムショットガンに似せたニードルショットガンが装備されている。
 そしてそれぞれの背に国斬丸とカオス・メーカーを背負い、異常なまでの重武装となっていた。

「あれはあれでとても警官に見えないか………」

 後ろに続く者達も種々の重火器で武装し、全員が闘志を漲らせている。

「さて、向こうはどう出る?」

 程なく進んだ所で、前を歩く白衣姿の人影にレンの歩測がゆるまり、片手を伸ばして他の者達も動きが緩まる。

「おい、そこのあんた!」

 ムサシが声を掛けるが、白衣の人物は振り向きもしない。

「ちょっと! 聞いてる? STARSの者だけど聞きたい事が…」

 アニーの問いかけにも振り向こうとしない白衣の人物を皆がいぶかしがる。

「これは…」
「…匂うな」

 レンと宗千華がゆっくりとその白衣の人物へと近付き、レンが肩に手をかけてこちらへと強引に振り向かせる。
 その相手、白衣の人物の腐敗しかけた顔が皆の視界へとさらけ出される。

「ゾンビ!?」
「やはりか………」

 よだれとも腐汁ともつかない物を口から垂れ流しながらレンへと食いつこうとしたゾンビの首が、宗千華の一閃であっさりと飛んで衝撃を受けていた者達の前へと転がる。

「こちらチームアルファ、通路にてゾンビを確認。オリンポス内にてT―ウイルスバイオハザードが発生していた模様」
『本当か!?』
『……予想はしていたけどね』

 レンの報告に、クリスやシェリーの緊張した声が返ってくる。

「一体、いつからだ?」
「この腐敗状況から見て、一週間、いや10日以上は経っている………」
「えっと、確か感染は間接感染だし、発症には個人差があんだよな」
「最悪、もっと前よね……」

 ゾンビの状態を確かめる宗千華とレンの背後で、ケンド兄妹が教わった過去のデータを必死に思い出していた時、その耳に唸り声が響く。
 通路のあちこちから響いてくる、生ける死者の怨嗟のような声が。

「マジかよ………」
「何体いやがる……」

 他の者達も緊張に唾を飲み込みながら、それぞれの得物に初弾を込め、セーフティを外す。

「囲まれたな。こちらチームアルファ、ゾンビの大群と遭遇、交戦に入る」
『……必要最低限にね。まだ先は長いでしょうから』
「了解」

 キャサリンからの指示に答えながら、レンが腰からゆっくりと大通連・改を、胸からサムライソウル3を抜き、大通連・改を正眼に構え、その背にサムライソウル3を添える独自の構えを取る。

「FBI特異事件捜査科捜査官、レン・水沢。いざ、参る」
「STARS第五小隊アタッカー、ムサシ・ケンド! 相手になってやる!」
「STARS第五小隊アタッカー、アニー・ケンド! 掛かってきなさい!」
「柳生家十九代頭首、柳生十兵衛 宗千華。推して参る!」

 レンの名乗りにケンド兄妹も続き、それにわずかに苦笑を浮かべた宗千華も名乗る。

「攻撃開始!」

 レンの号令と共に、無数の銃弾と白刃が、迫りくる亡者へと繰り出された。



「チームブラボー、行くわよ!」
『了解!』
「目標はCエリア生体研究スペース、そこにBOW研究室がある可能性が高い。新型が出てくる可能性もある、気をつけろ!」

 ベルセルク2をまとったシェリーを先頭に、アークをサブリーダーにしたチームブラボーが先行したアルファとは別のルートを進んでいく。
 しかし、その一行の前にも無数のゾンビ達が現れる。

「こっちも……!」
「……場所が宇宙ステーションだからな。完全に閉鎖された環境下ならば、感染率は極めて高いかもしれん」
「事故でなく、故意にやったとしたら最悪のバイオテロね!」

 大きく一歩を踏み込んだシェリーが、勢いを乗せた拳を眼前のゾンビの頭部へと叩き込み、一撃で千切れたゾンビの頭部がそのまま向こうへとすっ飛んでいく。

「邪魔!」

 拳を振り抜いた勢いのまま、シェリーの体が旋回し、別のゾンビの首へと回し蹴りとなって叩き込まれる。
 頚骨が粉砕して首をおかしな方向へと傾けながら倒れるゾンビを押しのけ、シェリーの手はその向こうにいたゾンビ二体の頭をわしづかみにする。

「どきなさい!」

 通路の壁にわしづかみにしたゾンビの頭部を力任せに叩きつけ、双方が一撃で粉砕。
 腐肉と黒ずんだ血液、頭蓋骨と脳漿や濁った眼球を壁の染みと化したゾンビに目もくれずにシェリーは次へと取り掛かる。

「すげぇ………」
「隊長、いつもにもまして過激だぜ………」
「ぼさっとするな! 向こうからも来るぞ」

 アークが手にしたP90アサルトマシンガンを連射しつつ、シェリーの壮絶な戦闘に気を取られている者達を一喝する。

(考えたくはないが、生存者がいる可能性は限りなく低いかもな………)

 セミオートで的確にゾンビの額を撃ち抜きつつ、アークが今までのT―ウイルスバイオハザードの事例と現状を脳内で比較していく。

「このっ! このっ!」

 アークの隣にいるリンルゥが真似してゾンビの額を狙うが、不規則に動くゾンビ相手に無駄弾ばかりが増えていく。

「焦るんじゃない。まず足を狙って動きを止めろ。それから脳を破壊すればいい」

 リンルゥのみならず、同じように焦って撃ちまくる隊員達に、アークがお手本のように間近まで迫ってきたゾンビの両膝を撃ち抜き、倒れたゾンビの額を一撃で撃ち抜く。

「すごい………」
「さすが旧STARSメンバーは違うぜ……」

 シェリーの過激な戦いとは対極の、アークのまるで無駄の無い射撃に、隊員達が舌を巻く。

「! 上に生体反応! ダクト内です!」
「総員構え! 生存者かどうかの確認まで発砲するな!」

 生体センサーを装備した隊員からの報告に、一斉に頭上にある排気口に銃口が向けられる。
 わずかな望みを口にしたアークも同じように銃口を排気口に向け、全員の動きが止まる。
 だが、わずかな望みは排気口から飛び出した長い触手のような物によって断絶された。

「うわああぁ!」

 伸びてきたそれ、赤く細長い舌が手近の隊員の首へと巻きつき、それを持ち上げていく。

「ちいっ!」

 何に舌打ちしたかも己自身分からず、アークはトリガーを引いて的確に舌のみを撃ち抜いて千切り飛ばす。

「ぐっ!」
「どいてっ!」

 床へと叩きつけられるように落ちた隊員を飛び越え、シェリーが引っ込もうとする舌を強引に掴み、一気に引っ張る。

「うわっ!?」
「変異型だ!」

 途切れた舌の先から、全身を赤く染め上げたような表皮と、僅かに残った頭髪を持ち、まだしも人に見えなくもない異形が引きずり出される。

「ふんっ!」

 床でのたうつそれに、シェリーは容赦なく拳を叩き込み、拳と床に挟まれた異形の頭部がざくろのように砕け散る。

「サスペンデットタイプか………ラクーンシティで一体だけ確認されたタイプだな」
「場所柄的に似たようなのが他にいるかもよ。そう言えば、小さい時は下水の中で色々なのに追いまわされて大変だったわね………」

 手に付いた血と肉片を払っていたシェリーが、ダクトの方から響いてくる音に気付いた。

「まだいるのか!?」
「どこだ! どこにいる!」

 隊員達が音のする方向に銃口を向けようとするが、ダクト内で反響する音に正確な場所が掴めない。

「えい、この………」

 だがそこで、その物音に話し声のような物と殴打音が混じっている事に皆が気付き始める。

「ふんっ!」

 一際大きな声と同時に上から振動が響き、やがて静かになる。
 すると、そばの排気口からいきなり原型を留めなくなるほどに殴られたサスペンテッドタイプの屍が放り出される。

「おわっ!」
「誰か中にいるのか!?」

 全員の視線が排気口に集中する中、そこから返り血が少し頬に付いている少女の顔が現れた。

「トモエちゃんっ!?」
「まずっ…!」
「待ちなさい!」

 リンルゥが思わず声をかけた所で慌てて顔を引っ込めようとした少女、トモエにシェリーはジャンプして排気口に腕を突っ込み、逃げようとした娘を強引に引きずり出す。

「トモエ! どうしてここにいるの!」
「あ、あのレンの方に行こうと思ったら迷っちゃって……」
「ブリッジでヒロとサポートする予定だったでしょう!」
「ご、ゴメンママ………」

 いつの間に用意したのか、手足に試合用ではない、本物の戦闘用プロテクターを装備した娘にシェリーががなりたてる。
 だがその背後に、忍び寄る影があった。

「シェリー隊長後ろ!」

 リンルゥが叫ぶ中、シェリーは振り向きもしないで自分の首筋に食らいつこうとしていたゾンビを裏拳で殴り飛ばす。

「やあっ!」

 体勢のぐら付いたゾンビに、トモエが大きく歩を踏み込みつつ、拳を突き出す。
 トモエの拳がゾンビの頭部に突き刺さると同時に、ガントレット型プロテクターにセットされていた指向性クレイモアが爆裂、一撃でゾンビの頭部を跡形もなく吹き飛ばす。

「どこからそんなの持ってきたのよ?」
「ギガスの倉庫に有ったから借りてきた」
「……守門君は何したくてアレ作ったのかしら」
「反応多数! ゾンビの大群です!」
「戻れって行っても戻れる状況じゃないわね………」
「大丈夫、私だって戦えるもん!」

 何かずっと昔、似たような事を言った記憶を思い出しつつ、シェリーは構える。
 その隣でトモエも同じ構えを取り、隊員達も各々の得物を構えた。

「突破するわよ!」
『了解!』
「後詰はやっておこう」

 最後尾に立ったアークが、迫り来るゾンビへと銃口を向ける。

「行くわよ!」「OK!」

 鉄拳親子を先頭に、全員が一斉に進撃を開始した。

(待ってて母さん。今行くから!)

 ただ一人、別の決意を胸にリンルゥも先を急いだ。



『ゾンビ第二波接近!』
「数は!」
『およそ30!』
「近付けさせるな!」

 しんがりを勤めるはずが、押し寄せるゾンビの前に急遽ギガス防衛に当たったチームチャーリーの指示を取りながら、クリスは設置型の大型重火器、GAオートマチックグレネードランチャーを構える。
 コンテナなどで臨時に設置されたバリケードからまだ遠くに見えるゾンビが一体、いきなり頭部を失って倒れる。
 続けて一体、また一体と頭部を失って倒れていき、その姿を完全に確認できる頃にはその数を大分減らしていた。

「いい腕してるな、STARSに入らないか?」
「オレはスミス隊長の代理です。スミス隊長の下以外で戦う気はありません」

 正確な狙撃で次々とゾンビの額を撃ち抜いたCHが、空になったIWSアンチマテリアルライフルのマガジンを交換する。

「親父、このステーションごと吹っ飛ばすつもりか?」
「場合によっては、な!」

 有効範囲に入ると同時にクリスはトリガーを引いた。
 連射されたグレネード弾が次々と炸裂し、ゾンビを肉片へと変えて吹き飛ばしていく。
 一斉射でゾンビはその姿を焦げて粉々にされた肉片と姿を変えていた。

「すげ………」
「クリス課長一人でここ充分じゃないのか?」
「油断するな! どんな変異種がいるか分からないんだぞ!」
「り、了解!」

 クリスの怒声が響き、居並ぶ隊員達が思わず身をすくめた時だった。
 彼らの背後から、何かを叩くような音が響く。
 何人かが振り返った先には、宇宙空間とステーションを区切る外壁があるだけだった。

「デブリか?」
「まさか外になんている訳が…」

 そう言った矢先、いきなり外壁を突き破って何かが隊員達を狙ってすさまじい速度で突き出される。

「危ねぇ!」

 フレックがその何かが狙っていた隊員を蹴飛ばしてよけさせると同時に、ミステルテイン・ニードルガンタイプを連射。
 突き刺さったボム・ニードルが炸裂し、それを途中で断ち切る。
 断ち切られたそれは床の上で鮮血を撒き散らしながらのたうち、その姿を露にした。

「何だこれは!」
「舌、だと?」

 それが何かを知ると同時に、フレックが残った舌が引っ込んでいく方向へと駆け寄り、その舌が開いた穴にミステルテインを突っ込み、トリガーを引いた。
 ガスの放出音と共に、連射されたボム・ニードルがその穴の向こうにいた何かに突き刺さり、爆裂する。

「まずい、空気が漏れるぞ!」
「誰か補修剤!」

 開いた穴から急激的に空気が漏れていくのを大慌てで塞ごうとする中、フレックは開いた穴の向こう側にいた物、まるでノミのように膨れ上がった体を持つ、奇怪な変異体が頭部を失って虚空へと飛んでいくのを見た。

「他のチームに伝達! 外部活動可能な変異体がいるぞ!」
「な、真空だぞ!?」
「自前で宇宙服みてえな体を持ってやがる! 習ったデータはアテにならねぇ!」
「予想以上にやっかいな事になってるようだな………」

 かつて自分達が経験してきた以上のバイオハザードに、クリスは奥歯が噛み砕けそうな程に、強く歯を噛み締めた。



「まさか、あんな方法で来るなんてね」

 モニターに映るゾンビとの戦闘を繰り広げるSTARSメンバー達を見ながら、《刃》のジンは小さく笑みを浮かべる。

「ランはやられたそうね………」

 どこか沈みがちな声で、ジンの背後にいた《鏡》のミラが呟く。

「Fは?」
「すでに戦闘準備中よ。珍しくやる気みたい」
「ギガント2を破壊されたのは予想外だったからね」

 笑みを浮かべたまま、ジンはモニターの一つ、ゾンビ達を瞬く間にほふっていく黒い旋風を見つめる。

「さあ始めようか。ボクらとSTARSの、そしてボクと兄さんの戦いを………」

 ジンの指がモニター下のコンソールのボタンを叩く。

〈BOW・TYPE S starting〉

 モニターの一つ、無数のカプセルが並ぶ物にその表示が現れると、そのカプセル全てに、起動ランプが灯っていき、そして中に眠る者達が、目覚め始めた…………





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