BIOHAZARDnew theory
FATE OF EDGE

第二十七章「強襲! 深淵の怪物達!」


「はっ!」「ふっ!」

 レンと宗千華の振るう白刃が、迫ってきていたゾンビの頭部をそれぞれ斬り落とす。

「こちらチームアルファ、E―18ブロック確保、先に進む」

 レンが通信を入れつつ、刀を一振るいして血を落とし、懐から取り出したペーパータオルで残った油を拭って鞘へと収める。

「くそ、誰か生きてる奴はいねえのか……」

 レンの背後でムサシが悪態をつきつつ、周辺に転がっているゾンビ達を見る。
 このエリアのゾンビのほとんどは共通して小さく、崩れかけた顔から見える表情も幼い。
 本当の骸となったそれは、間違いなく子供達ばかりだった。

「なんでここは子供ばっか………」

 残弾を確認しながらも、アニーの顔は青い。それは他のチームメンバー達にも言える事だった。

「《スター・チルドレン》、複数の宇宙開発機構が提案したスペースエリートの養成機関の訓練生だな。幼少時からの宇宙経験を積むことにより、真のエリート宇宙飛行士になる事を約束されていたはずの子供達だ」

 顔色を変えていない宗千華が淡々と説明しつつ、刀を鞘へと納める。
 鞘内のクリーニングシステムが作動して自動的に付着していた血油が洗浄、鞘尻へと排出されていく中、教室の一つらしき部屋を覗き込む。

「将来のエリートが、今ゾンビになるとは思ってもなかったろうな………」
「抵抗してた痕跡はあるな」

 部屋の中には、幾つかのレポート用紙が散乱し、そこに数式や化学式の殴り書き、経過観察などが書かれていた。
 レンは室内に入ると、その内の一枚を手に取る。


12月4日
もう誰も信用できない、いつからこんな事になったんだろう………
ギリアがロイド先生にも症状が現れ始めた事を確認、皆でここに閉じこもって救援を待つ事にする

12月5日
ダメだ、どんな手を使っても外と連絡が取れない。
オリンポスのシステムは完全に何者かに乗っ取られている。
リサがどうにか外部の情報を入手したら、完全にダミーの情報が流されている。
誰もここが地獄になってると気付いてない………本当に助けが来るんだろうか?

12月6日
何か大きな音がした。外部カメラから機密エリアから何かが次々と投下されていく光景が見えた。
何が始まったんだろう? そしてこれからどなるんだろう………

12月7日
ボーガスの様子がおかしい。
ずっと熱が出ている、まさかこれは………

12月8日
恐れていた事が分かった。ボーガスはやはり感染していた。
いつから? ひょっとしたらここにいる全員がもう………

12月9日
ボーガスの熱が下がっていくが、湿疹を体の各所に確認。中期症状の血圧低下と腐敗、知能の低下が見られ始める。
他にも初期症状が出ている者達も………
このままだといずれ……

12月10日
ボーガスがさいごの理性を振りしぼって、薬品けんきゅうエリアに向かうと宣言、他にもしょき症状が出ていたメンバーといっしょにワクチン作成にのぞみをかける。
けれど、三じかん後に悲鳴をのこして通信がとぎれる。
みんな泣いていた。

12月11日
わかってた……オレも症じょうが出はじめている。
すでにちゅう期しょうじょう目ぜんのやつもいる。
このままだと数じつちゅうにみんな………

12月12日
もうげんかい、このままみんな化けものになる
まだ頭がうごくうちにせいめい維持そうちのラインをきる
けいこくがなりひびく、このままみんな死ぬ
おかあさ


 他の者が目を通す前に、レンが書類を握り潰す。

「……STARS本部襲撃よりも前に、ここは占拠されていたようだな」
「T―ウイルスを撒いて放置するだけですむなら、これだけ楽な占拠もないだろう」

 そのあまりに悲惨な内容は言及せず、レンは事実だけ告げると室外へ出ようとするが、そこでふと握り潰したレポート用紙を広げ、それを手早く折っていく。
 程なくして完成した紙雛人形をレンは廊下の片隅へ置くと、そのま振り返って走り出した。

「レン兄ちゃん、今のは?」
「雛人形は元来子供の厄災を代わりに受けさせるために奉る型代だ。今となっては役に立たないが、せめてもの供養だ」
「もしかして、もう生存者は……」

 ケンド兄妹が沈痛な言葉を漏らしつつ、次のエリアへと入った時だった。
 突如として、大きな振動が周辺を揺らす。

「なんだ、地震か!?」
「宇宙ステーションに地震があるか!」
「じゃあ何かの衝突か!?」
『外部には何も起きてないけど……』
「……水沢」
「……ああ」

 チームアルファのメンバーが慌てる中、レンと宗千華は一番最初にそれが何かを悟る。
 振動は何度も続き、どんどんと大きくなっていく。
 その震源がはっきりと分かるようになった時、全員の顔から血の気が引いていった。

「前方、シャッター向こう側に生体反応……全長12m!?」
「総員、対大型戦闘体勢!」

 センサー系強化型のパワードスーツに乗っていた隊員が、信じられないといった声で表示されるデータを読み上げると、レンが即座に指示を出す。
 我に帰ったメンバー達が即座に陣形を組みなおし、パワードスーツ隊を前面へと押し出した陣形を取る。
 その途中で、シャッターの向こうからすさまじい咆哮が響き渡り、直後にシャッターが向こう側から大きく歪んだ。

「他にルートは?」
『すごく大回りになる……一体何が来て?』

 レンが腰の刀と銃を抜き放ち、一歩前へと出る。
 シャッターは向こう側にいる《何か》によってすでに大きく歪み、破れる寸前だった。
 一際大きな咆哮が響き、シャッターが押し破られる。
 姿を現したそれを見た者達全員が、その場で絶句した。

「きょ、恐竜!!」
「ティラノザウルスだ!」
「ゲームが違うぞ!」

 大きな振動と共に、それが歩を踏み出す。
 巨大な足が床を踏みしめると、振動が周囲へと響き渡る。
 二足歩行の巨体に、鋭利な牙が生えた口を持った、太古の猛獣、間違いなくそれはティラノザウルスだった。

「撃て!」

 その場から微動だにせず、レンが叫ぶ。
 我に返ったメンバー達が一斉にトリガーを引いた。
 無数の銃弾がティラノザウルスの体に突き刺さり、連続して放たれるグレネード弾やロケット弾が次々と爆発する。

「倒れるまで攻撃を休めるな!」
『了解!』

 自らも率先してサムライソウル3のトリガーを引き続けながら、レンが叫ぶ。
 無数の爆炎と硝煙でティラノザウルスの姿が覆い尽くされるが、それを押し破ってティラノザウルスが鋭利な牙の並んだ顎を突き出してくる。

「おおおぉぉ!」

 そこへムサシが背から鞘に収めたままの国斬丸を振りかぶり、それをティラノザウルスの鼻に叩きつけるようにして強引にそれを止めた。

「アニー!」
「OK!」

 動きが止まった瞬間、アニーがムサシの背を踏んで宙へと飛び上がると、手にしたワイルダネス・ハウル2を立て続けに連射。
 合計12発の44口径ホローポイント弾がそれぞれティラノザウルスの両目に突き刺さる。
 角膜を穿ち、レンズ体をえぐった弾丸が、その下にあった物を露にしていく。

「機械!?」
「こいつ、サイボーグ!」

 頭を引き、再度直立体勢を取ったティラノザルスの体の各所、猛烈な攻撃で肉が吹き飛んでいる各所から見える金属フレームを見た者達がようやく自分達の敵の正体を気付いた。

「こいつ、恐竜型のサイボーグBOWか!」
「メ○ゴジラのパクリじゃねえか………」
「散開しろ! 重火器で頭部、小火器で脚部を狙え!」
『了解!』

 突撃を仕掛けてくるティラノザウルスBOWに対し、レンの冷静な指示の元に部隊は素早く左右へと分かれ、再度攻撃を開始する。

「デカかろうが機械仕掛けだろうが、関係ねえ!」
「STARSを舐めるな!」
「プラズマランチャー! チャージを!」
「了解!」

 猛烈な攻撃にティラノザウルスBOWの動きが鈍り、そこで切り札として用意しておいたプラズマランチャーのチャージが完了する。

「射線上に重要施設は!」
『今サーチする!……よし、大丈夫だ!』
「プラズマランチャー、頭部射撃!」
「了解!」

 数人係で運用するプラズマランチャーの射手が、ちょうどこちらへと向かってくるティラノザウルスBOWの額のど真ん中を狙い、トリガーを引いた。
 解き放たれたプラズマ弾が、青白い雷光と共に真っ直ぐに飛び、狙いたがわず額のど真ん中へと命中、その軌道上にあった有機物も金属まとめて蒸発させながら爆散する。

「やったぞ!」
「ざまあ見やがれ…」

 喝采を上げる者達の前で、頭上半分を失ったティラノザウルスBOWが、一つだけとなったカメラアイをこちらへと向ける。

「! 退避!」

 レンが叫び、それに皆が反応した僅かな後に、ティラノザウルスBOWの口から破裂音にも似た奇怪な咆哮が放たれた。

これは……!

 うめいた自分の声が、小さくしか聞こえない事にレンが気付いた時、正面で食らった者達が耳から血を流し、その場に倒れていく。

「生体音波砲か!」

 前に師匠が父親と共に横須賀在日米軍基地でBOWと闘った時に相手が使った攻撃をレンが思い出して己の失策を悔やむ。

「どういう事だ? あれでは脳髄は消滅しているだろう」
「ノースマンや崑崙島に出てきた奴の大型版だ! 弱点は脳ではなく、脊髄に分散付随した処理ユニット!」
「なら、こうだ!」

 宗千華の問いに、レンが今更ながら気付いた相手の正体を叫ぶ。
 それを聞いたムサシが、双刃を手にティラノザウルスBOWの背後から一気に背中を駆け上り、手にした双刃を袈裟と逆袈裟に振り下ろす。
 だがその刃は、弾性に富んだ背筋を斬り裂いた所でその下にある強固な金属板に弾かれる。

「なんだこりゃ!?」
「脊髄に装甲板………マンティコアタイプの完成品か」

 攻防共に完成されたティラノザウルスBOWを前に、レンは予想以上の強敵に歯噛みする。
 そこでそのティラノザウルスBOWの喉にタイプ名がプリントされてるのが見えた。

「M―03A Vrtra、ヴリトラか………」

 インド神話で嵐の具現化とされる最強の邪竜の名を冠したBOWを相手に、レンは脳内で対策を素早く考えていく。

「負傷者を退避させろ! 平衡感覚がやられてるはずだ! あいつの正面に絶対回るな!」

 懐から抜いたサムライソウル3を連射しながらレンは叫び、負傷者撤退までの時間を稼ごうとする。
 だがそれは、響いてきたもう一つの足音によって中断された。

「向こうからも来やがった!」
「撤退不能! 退路を絶たれた!」
「すべて計算ずくか……ならば!」

 別通路から現れたもう一体のヴリトラが、咆哮と共に退路を塞ぐ。
 それで逆に全員が覚悟を決め、各々の得物を握り締めた。

「倒す。それしかない」
「機械仕掛けの恐竜とはいえ、不死身の化け物ではあるまい。死ぬまで殺すまでだ」

 背中合わせに構えたレンと宗千華が、それぞれの愛刀を構える。

「いかな装甲に覆われても、弱点に変わりは無い! 小火器で分散して相手の注意を引け! 重火器で脊髄を剥き出しにするんだ!」
『了解!』

 レンの指示に従い、ライフルやサブマシンガンで武装したメンバー達が散会して二体のヴリトラに銃弾を浴びせまくる。
 その隙にランチャー系で武装したメンバー達が背後へと回ろうとするが、振り回された尻尾が襲う。

「食らうか!」

 パワードスーツ隊が前面に出て皆で尻尾を受け止めるが、その予想以上の威力に吹き飛ばされかかる。

「くそ、なんてパワーだ………」
「いや、十分だ」

 一撃でスーツの関節部が警告アラートを鳴らす直前まで追い込まれた中、その背後からレンが一体のスーツの肩を蹴って跳んだ。

「そこか」

 レンは虚空でスリングに指したスローイングナイフをまとめて抜き、スイッチを押しながら投じる。
 投じられたスローイングナイフはちょうどヴリトラの背中に一直線に並び、数秒の間を持って内部の高性能爆薬に点火、同時に炸裂した。

「グレネード! 冷凍弾!」
「了解!」

 貴重な冷凍弾を所持してたメンバーが次々と露になった脊髄装甲へと向けて冷凍弾を放つ。

「いけるか?」

 着地したレンが今度は尾の末端から駆け上りながら、冷凍弾の命中した個所に向けてサムライソウル3を連射、複合型HM(重金属)AP弾とヒドラ・エクスプローション(炸裂散弾)弾が火花と爆炎を撒き散らす個所へと一気に駆け寄り、手にした白刃を振り抜いた。
 だがそれは金属音と言うには鈍い音と共に弾かれる。

(これだけ攻撃を与えても斬れない? NG複合合金か?)

 硬度だけでなく、変温性や強度にも優れた見た事も無い装甲にレンが歯噛みする。

(どうする? D装備を使わせるか? だがこの巨体相手に複数ダメージを負わせるには……)

 レンの迷いは、もう一体のヴリトラが咆哮を放とうと口を開いた瞬間に消える。

「させるか!」

 レンは落下しながらもスローイング・ナイフを数本まとめてヴリトラの口腔へと投じる。
 咆哮が放たれた直後にスローイング・ナイフが炸裂し、音波砲の衝撃を幾分和らげる。

「しまっ……」
「くっ!」

 回避し損ねたメンバー数人がマトモに食らうが、音の衝撃による平衡感覚喪失という最悪の状態だけはかろうじて免れていた。

「口を狙え! まずは武器を封じるんだ!」
「こいつ全身武器だよレン兄ちゃん!」
「ムサシ! お前は尾だ!」
「ではこちらも尾を狙うか」

 生体音波砲を封じようと攻撃が口へと収束する中、ムサシと宗千華がそれぞれ振り回される尾の根元へと向けて白刃を振りかざす。

「ハアアァッ!」

 気合と共にムサシは双刃を振り下ろすが、足に並んで強靭な筋肉で覆われた尾を両断するにはまったく及ばない。

「アアアァァッ!」

 ムサシはそのまま何度も白刃を振り下ろし、薙ぎ、斬り上げる。
 一見するとでたらめに見える斬撃だったが、連続される斬撃は全て、尾の中心点で完全に重なっていた。

「光背双刃流、《双光乱舞Double Wild dance》!」

 分厚い肉の層を斬り裂いた所で、金属製の中心フレームがムサシの双刃を弾く。

「アニー!」
「OK!」

 ムサシが叫びながら伏せると、その背後でアニーがワイルダネス・ハウル2を二丁同時に構える。

「SHOOT!」

 中心フレームへと向けてアニーはファストドロウで連射、二丁のシングルアクションリボルバーから放たれる44口径ホローポイント弾がフレームの接合部分一点を穿ち続ける。
 寸分の狂いも無く一点に集弾され続けた結果、接合部は徐々にひずんでいき、最後の一発でとうとう断裂する。

「オオォォ!」

 そこへムサシが咆哮と共に強く床を踏みしめ、立ち上がりながら一気に双刃で残った尾を斬り裂いていく。

「光背双刃流、《双昇陽斬Double Rising》!」

 真下から双刃の峰を肩で担ぐように押し上げ、ムサシは力任せに一気に残った尾を斬り裂いた。

「斬ッ!」

 気合と共に、両断された尾が床をのたうつ。

「相変わらず荒々しい剣を使う奴だ」

 宗千華はぼそりと呟くと、ゆっくりとも感じられる流麗な動きで刀を大上段に構える。
 転じて、今度は高速で白刃がヴリトラの尾の根元へと振り下ろされる。
 宗千華の技量を持ってしても、ヴリトラの尾を構成する強靭な筋肉を絶ち斬れず、刃は半ばで止まる。
 再度白刃が持ち上げられ、まったく同一個所へと振り下ろされる。
連続。
 まったく同じ軌道を往復する白刃が、まるで映像のストップモーションのように残像となって虚空に移り、まるでチェーンソーのようにヴリトラの尾の片側を両断していく。

「柳生新陰流、《残弦月ざんげんげつ》」

 苦も無く尾の半面を両断した宗千華は、断面から僅かに見える中心フレームを見据えると、刀を引いて中段に構え、一息に突いた。
 大業物の刺突を持ってしても、中心フレームの表面に傷を刻むだけだったが、宗千華は再度刀を引くと刃を上下返して再度突いた。
 中心フレームも再度刃を弾くが、それは全て計算の内だった。
 宗千華は更に刃を引くと、今度は体全体を大きく引き、全力で刺突の構えを取る。

「太刀狛!」

 号令と共に、太刀狛が宗千華の背後へと着くと、そこから全力で走り出す。
 犬科最大の猛獣が、全体重を乗せて突撃し、頭を低くしてその運動エネルギーを宗千華の刺突の瞬間にその柄尻へと頭突きとしてぶつける。
 一人と一匹の力が込められた刺突が、傷が付いた中心フレーム、正確にはその僅かな接合部分の上下に付けられた傷を繋ぎ、貫く。

「太刀狛!」

 宗千華が叫びながら、全膂力を込めて深々と突き刺さった刀を斬り上げ、太刀狛がその鍔元に噛み付くと、いっしょになって刀を押し上げる。
 刃は肉を切り裂き、断ち割って上へと抜ける。
 血しぶきが舞い、残った筋肉で尾が暴れる中、刃から口を離した太刀狛が血しぶきを上げる断面から潜り込み、残った筋肉に牙を突き立て、食いちぎっていく。

「腹を壊すなよ」

 愛犬へと呟いた宗千華の頭上を影が覆う。
 頭上を見ると、大量の銃撃で顔の筋肉があちこち吹き飛び、下の金属フレームが露出しているヴリトラの顔があった。
 明らかにこちらを狙っているヴリトラに、宗千華は苦笑。

「機械仕掛けのオオトカゲでも痛覚はあるか」

 音波砲を放とうとするヴリトラに対し、宗千華は逆に前へと進み出る。

「おい、サムライレディ!」
「危ない!」

 周囲のメンバー達が音波砲の範囲から逃げながら宗千華に声をかけるが、宗千華の足は止まらない。
 一撃で常人なら昏倒させる咆哮が放たれるが、それでも宗千華の足は止まらない。

「その体型ならば、内蔵されてるのは収束型の音波砲、足元には届かん」

 恐竜型の弱点を見抜きながら、宗千華は手にした愛刀を中段にして背後へ引き、一気にヴリトラの腹を下から真横へと薙いだ。
 ヴリトラの腹部に大きく朱線が引かれたかと思うと、次の瞬間には鮮血が噴き出す。
 だが、それはすぐに止まり、しかも瞬く間に傷跡がふさがっていく。

「ほう、大した生命力だ」

 よく見れば、攻撃が止んだ隙に顔の傷も小さい物は塞がり始めている。
 それに気付いたメンバー達は驚愕していた。

「グレネードでも効かないのか!?」
「ロケットランチャーを!」
「プラズマランチャー、チャージまだか!」
「あああぁぁぁ!」

 咆哮に皆がそちらを向くと、そこではインナーアームドスーツの出力で大跳躍したレンが、大上段でもう一体のヴリトラの喉元から腹まで一気に斬り裂く所だった。
 本来なら腹圧で内臓が飛び出し、十分に致命傷になりうる深い斬撃だったが、それもまた鮮血が噴き出したかと思うと塞がっていく。

「《雷光斬》でもダメか………」

 刀を振るって血を振るい落としたレンが、己自信も返り血で染めあがりながらヴリトラと対峙する。

(BOWの中には異常なまでの回復力を持つ個体もいた。だが、生命体である以上、必ず何がしかの弱点はある!)

 銃を抜こうとレンが懐に手を入れた時、ふとそこで返り血を浴びた部位とそうでない部位の温度差に気付いた。

(暖かい………温血? 血、生命………)

 レンの視線が自分が付けた傷と、宗千華が付けた傷とを交互に見る。
 そして脳内で幾つかの単語がふいに一つに繋がった。

「ムサシ! アニー! D装備使用許可! クロスファイア・フォーメーション!」
「えっ……」
「あれは危ないから二度と使うなって………」
「一回だけだ! 総員、二人を援護! こちらはオレと宗千華で倒す!」
『了解!』

 ムサシが背中から国斬丸を抜き、アニーが背中からカオス・メーカーを抜いた。
 国斬丸の鞘の固定用アンカーが床へとセットされ、内蔵のリニアレールが通電を開始、カオス・メーカーのセーフティが外される。
 ヴリトラのまん前で抜刀体勢を取るムサシに、ヴリトラが迫ろうとするがムサシはその場を動こうとしない。

「来させるな!」
「動きを止めろ!」

 無数の銃弾が炸裂する中、アニーは銃火を掻い潜るようにヴリトラの背後へと回り込む。

「ワン!」

 ムサシが叫び、腰を大きく落とし、呼気を吐く。

「ツー!」

 アニーがハンマーを起こしながら、ヴリトラの背後から背中を駆け上がっていく。

『スリー!』

 ムサシが通電が完了した国斬丸のスイッチを、頭頂部まで抜けたアニーが己の真下へと向かってカオス・メーカーのトリガーを同時に引いた。
 撃ち出された国斬丸の刀身が、音速超過の水蒸気の帯を引いてヴリトラの胴を衝撃波混じりで両断し、射出されたカオス・メーカーの超高速弾が頭頂からその軌道上にある物全てを衝撃波で吹き飛ばしながら直進する。
 二つの衝撃波が交差し、互いが互いを弾きあい、せめぎあい、そして炸裂する。
 内部で起きた衝撃波の激突は逃げ場を求め、その周囲にあった物を全て吹き飛ばしていく。
 体内で高性能爆弾が爆発したかのような衝撃に、ヴリトラの体は耐え切れず、周辺に肉片と金属片、そして臓物を盛大に巻き散らかした。

「見たか……こいつが」
「私達の最強フォーメーションよ!」

 衝撃が吹き抜けた後、そこには頭部と足元に少しだけ肉片が残った、金属製の恐竜骨格が立っていたが、やがて自重に耐え切れなくなってその場に崩れ落ちた。

「すげえ………」
「何相手に使うつもりだったんだ、このフォーメーション」
「こういうのにだろ」

 体中に肉片を浴びながら、メンバー達は呆然と呟くしかなかった。

「向こうは終わったようだぞ」
「さすがにもう一回やればこのフロアが持たんからな」

 一体だけとなったヴリトラ相手に、宗千華とレンが己の愛刀を構える。

「ではどうする?」
「気付いてるだろ」
「無論だ、あれは不死身でもなんでもない」
「限度まで攻撃すれば、倒せる」
「ああ、FBI特異事件科捜査官、レン・水沢。いざ、参る」
「柳生家十九代当主、柳生十兵衛 宗千華。推して参る」

 呼気を整えた二人が、同時に駆け出す。
 完全にタイミングを合わせた二人が、ヴリトラが一歩踏み出すと同時に左右へと分かれる。

『はっ!』

 まったく同時に、二人は跳躍しながらヴリトラの太ももの付け根を左右から斬る。
 返す刀でモモを縦に斬り裂き、そのまま後ろへと抜けると反転、同時に跳躍してヴリトラの背中を大上段で斬り裂く。
 振り返ろうとするヴリトラの脇腹を左右から突き刺し、引き抜いた刀を左右から思い切り斬り上げる。
 反転して後ろへと下がる二人に、ヴリトラが鋭い牙の並んだ口を繰り出すが、逆に二人は前へと出て牙をかわしつつ、喉を左右から斬り裂いた。

「こっちもすげえ……」
「でも、あんな攻撃じゃ………」

 完全にシンクロした攻撃を繰り出すレンと宗千華だったが、負わせた傷がすぐに回復を始める。
 左右へと交差しながらの横薙ぎがヴリトラの胸に刻まれるが、その傷も回復を始める。
 だがそれを見たレンと宗千華の顔に笑みが浮かんだ。

「分かったな?」
「ああ、あそこだ」

 大きく引いた二人が、前へと駆け出す。
 今度は途中でレンが前に、宗千華が後ろへと並ぶと、レンの背を借りて宗千華が高く跳躍する。

「そこだ」

 宗千華の剣が閃き、ヴリトラの胸を十文字に斬り裂く。
 すかさずそこにレンのスローイングナイフが十文字に突き刺さり、爆裂する。
 この連続攻撃を防ぎきれなかったのか、ヴリトラの胸部の筋肉が大きく吹き飛び、その下に蠢く物を露出させた。
 筋肉と機械で構成された、動力心臓を。
 無数に付けた傷の出血と治癒速度から、その場所を探し当てたレンがサムライソウル3を抜くと、全弾を動力心臓に叩き込む。
 鮮血とオイルを噴き出し、スパークを上げて不整脈を打ち始める動力心臓を、再度跳躍した宗千華が×の字に斬り裂く。
 とうとう内圧に耐えられなくなった動力心臓が破裂し、鮮血とオイルをぶちまける。

「総攻撃」

 レンの一言に我に返ったメンバー達が、いっせいに自分の得物のトリガーを引いた。
 無数の銃弾と砲弾が肉を穿ち、吹き飛ばす。
 最初は傷もすぐに塞がっていったが、だんだん目に見えてその速度は落ちていき、やがて治癒しなくなっていく。

「その体格だ。血流も動力も無くては、維持できまい」

 レンの言葉通り、ヴリトラの動きは目に見えて鈍くなっていき、最後に咆哮を上げようと身構えたが掠れた声が出ただけで、その場に崩れ落ちる。

「障害クリア、先に進む」

 それだけ報告すると、レンは先へと向かい始めた。



「ティラノザウルス型!? どこからそんなののベース持ってきたって言うの!」
「ママ、確かここのどこかでDC計画っていう古代生物複製プロジェクトがあったと思うよ。私誘われたもん」
「まさか兵器転用とはね………」

 鉄拳母子を先頭に走るチームブラボーが、送られてきたチームアルファの戦闘データを見て驚愕する。

「隊長、こちら側にもし出てきた場合は………」
「一応、この先にティラノザウルスが暴れられる程の大きさの通路は無いわ。もっともデカいのが出てくるとも限らないけど」
「ヴェラキラプトルくらいなら大丈夫でしょ」
「そうかなあ〜………」

 平然としているトモエの背後で、リンルゥが昔見た恐竜物パニック映画を思い出して身震いする。

「それに気付いてる? さっきからゾンビにまったく会わない事」
「あっ……」
「経験から言えば、戦闘フィールドを確保してるって事ね。そろそろこっちも何か来るわよ。総員警戒態勢!」
『了解!』

 返礼を聞きつつ、シェリーは先へと続くゲート脇のコンソールを叩き、ドアがトモエと左右に分かれて展開するを待つ。
 ゆっくりと開いていくゲートの向こう側に向かって他のメンバー達は銃口を向けていたが、その先には何もいなかった。

「クリア!」
「用心して。何か出てくるかも」

 シェリーが飛び込むと、用心のために歩速を落として進み始める。
 ある程度安全を確認すると手招きしてメンバー達が後へと続く。

「何か、ヤな感じ………」
「何か出てきそうな気はするんだけど………」
「恐竜?」
「だとしても通路が狭すぎるわ」

 注意深く先を進むチームブラボーだったが、半ばまで進んだ所で突然変化が起きた。
 歩を進めたシェリーが、足に感じる感触が違う事に気付く。
 のみならず、次に続いた足が床を踏んでいない。

「あれ?」
「ちょっとこれ……」
「う、浮いてる!」

 メンバー達も次々と気付く。
 床を踏みしめるはずの足が空振りしたのみならず、勢いあまって浮き上がっていく者までいた。

(重力発生装置が止められた!? でもなぜ!)
「ヒロ!」
『今やってる! 外部からの干渉みたいだ! その区画だけ重力が発生してない!』
「全員円陣体勢! 全方位警戒!」
「り、了解!」
「って言っても………」

 シェリーの号令にメンバー達は円陣を組もうとするが、初めての無重力運動に中々思うようにいかない。

(何が来る? トラップ? それとも……)

 拳を軽く握り、全身を軽く緊張させてシェリーが周囲を警戒する。
 その時、目前の壁が開き、そこから見覚えのある異形が四体出てきた。

「スロウタータイプ!」

 それは先日、STARS本部を襲撃したBOW、ハンターの改良型そっくりだったが、よく見ると背部が異様に大きい。

(無重力化で格闘用BOW? 何かある!)
「総員、無重力戦闘用意!」

 シェリーは叫びながら、かろうじて届く床を蹴ってスロウターに向かう。
 だが、四体のスロウターはその場に浮かんでいたかと思うと、突然背が膨らみ始める。

「!?」

 シェリーがいぶかしんだ時、四体のスロウターは突然それぞれ四方向へと進んで、天井、床、左右の壁へと張り付く。
 再度背が膨らんだかと思うと、四体のスロウターは重力下と変わらない速度で疾走を開始した。

「馬鹿な!」
「急げ!」

 予想外の相手の動きに困惑しつつ、メンバー達はそれぞれ腰から小型アンカーを取り出して射出。
 それが壁へと打ち込まれると、ワイヤーを巻き取らせて壁へと己を固定しようとする。

「間に合わない!」
「くそっ!」

 メンバーの一人が壁にたどり着くより先にトリガーを引くが、放たれた銃弾とリコイルの影響でその場で三次元スピンを起こしてしまう。

「おわあぁっ!」
「固定完了まで撃たない!」

 シェリーが叫びつつ、目前まで迫ったスロウターの一体に拳を繰り出す。
 拳は確実にスロウターの顔面にめり込むが、相手はわずかに怯み、逆にシェリーは反作用で背後へと吹き飛ばされる。

「くっ!」
「ママ危ない!」

 動きが乱れたシェリーに、左右の壁のスロウターが飛び掛る。
 片方のスロウターは跳び出したトモエのドロップキックで弾かれる、もう片方の繰り出したカギ爪をシェリーは身を捻ってかろうじてかわす。
 その時、シェリーはスロウターの背後にある奇妙な臓器のような物と、両足の異常に巨大で湾曲した爪に気付いた。

(あれは……まさか肺? なぜ外部に露出して…!)

 残った天井に張り付いて疾走しながら自らを追い越していくスロウターの背の臓器が、段々収縮していくのを見たシェリーが全てを理解した。

「させない!」

 シェリーは左腕のベルセルク2から触手を伸ばして戦闘体勢のまだ整っていないメンバー達へと向かうスロウターに絡めると、一気に引いた。
 だがスロウターの動きは鈍っただけで、逆にこちらが引っ張られていく。

「あんたの弱点は、そこ!」

 シェリーが引っ張られながらも、右腕のベルセルク2から爪を伸ばすと、スロウターの背中の臓器へと突き刺す。
 スロウターが絶叫を上げると、その背の臓器がみるみるしぼんでいった。

「こいつら、無重力戦闘用のカスタム型! 弱点は背中の副肺! 壁面吸着用のエアブースターだわ!」

 シェリーが叫びながら、引き寄せたスロウター改を背後から両腕で思い切り締め上げる。

「副肺で吸着して足の爪を引っ掛けて走ってる! 上半身を集中攻撃!」
『了解!』
「撃ちまくれ!」

 己の固定を終えたメンバー達が、一斉にトリガーを引いた。
 無数の銃弾を食らい、自前の甲殻でダメージを防いでいるスロウター改だったが、さすがに動きが止まる。

「とっととひっくり返りやがれ!」
「グレネードだ!」
「任せろ!」

 動きが止まった所にグレネード弾が叩きこまれ、頭部を半分吹き飛ばされながらも壁から離れたスロウター改の体が宙を舞い、それが背中を向いた所に銃弾の雨が叩き込まれた。

「まず一体!」
「二体よ」

 シェリーの宣言と同時に、シェリーが締め上げていたスロウター改が血反吐を吐いて動かなくなる。
 そこで更に壁が開き、また別のBOWが出てくる。

「バンダースナッチ?」

 まるで子供の泥人形のような姿をしたそのBOW、タイラントタイプの量産型であるバンダースナッチを見て、屍となったスロウター改を離しつつシェリーがいぶかしむ。
 そのバンダースナッチが元のは大きな隻腕だったはずが両腕があり、更に異様に太い両足を見てシェリーは一瞬で理解した。

「撃て!」

 シェリーの号令と同時に、メンバー達はトリガーを引いたが、銃弾が届く時にはすでに相手はいなかった。

「おい!」
「早いぞ!」

 かつてのバンダースナッチ同様、伸縮自在の腕を伸ばして壁を掴んで移動したそれは、腕のみならず足すらも伸ばして変幻自在に動きながらこちらへと迫ってくる。

「こいつらも無重力戦闘用!」
「撃ちまくれ! 近寄らせるな!」

 フルオートでばら撒かれる弾丸の前に、数体のバンダースナッチ改が蜂の巣となって動きが止まるが、更にその背後から別のバンダースナッチ改が襲ってくる。

「早過ぎる!」
「ダメだ! この動きにこの数は……」
「隊長!」

 文字通り縦横無尽に動きまくるバンダースナッチ改と、重力下と変わらない速度で襲ってくるスロウター改の前に、退く事も思うように出来ないメンバー達が焦りを覚えつつシェリーを呼ぶ。

(考えが甘かった……どうすれば!)
「やああぁぁ!」

 シェリーが脳内で考えられうる迎撃パターンを思考する最中、甲高い声と共に目前まで迫ったスロウター改の顔面にトモエのドロップキックがめり込む。
 だが体重を乗せる事が出来ない無重力下では、それは相手をわずかに怯ませただけだった。

「あ……」
「トモエ!」

 相手が反撃に移ろうとするのに回避行動が取れない娘を、シェリーがベルセルク2の触手を伸ばし、間一髪で手繰り寄せる。

「今!」
『了解!』

 動きが鈍ったスロウター改に弾丸が収束する中、残ったもう一体が襲ってくる。

「このおぉ!」

 そこへ今度はリンルゥが脛のホルスターから抜いた護刀《玲姫》を突き刺す。
 数少ない甲殻の無いポイント、口から突き刺さった刃が後頭部へと貫けるが、それは急所を反れていた。

「トモエ!」
「え?」

 動きが止まったリンルゥに、カギ爪が振り下ろされようとした時、シェリーはとっさの判断で娘を放り投げた。

「このう!」

 瞬時に理解したトモエが空中で体勢を変え、振り下ろされる直前のスロウター改にドロップキックを叩き込んで相手を弾き飛ばす。
 それを見たシェリーの脳内で、一つのアイデアが思いついた。

「トモエ! 昔ヒロに見せてもらったヒーロードラマ覚えてる?」
「ああ、カメンライダーでしょ?」
「それで会ったわね、大勢の敵を一遍に倒す技」
「え、確か……」

 シェリーが意図する事に気付いたトモエが、笑みを浮かべてうなずく。

「行くわよトモエ!」
「OKママ!」

 壁を蹴って跳び出した二人が、虚空で反転してお互いの足を合わせると、そこで深く体を沈めて力を溜めると、双方蹴りあって勢いを付けて互いを弾き飛ばす。

「隊長!?」
「それは!?」

 メンバー達が困惑する中、反転しながら壁へとぶつかるような勢いで着地した二人は、水平に近い角度で壁を蹴って、手近のバンダースナッチ改の壁を掴んでいる手足を攻撃する。
 十分に力の篭った攻撃に、バンダースナッチ改が悲鳴を上げて手足を離すと、再度二人は壁を蹴り、再度虚空で足を重ねて再度跳んだ。

「そうか、あれなら!」
「いや、ダメだ!」

 息の合ったコンビネーションでパンダースナッチ改の動きを封じていく二人だったが、徐々にそれが鈍ってくる。

(いけない! 体重差が!)

 重量は無くても、質量の差は変わらない無重力下で、段々二人の跳ぶ距離に差が開いていく。

(もう少しなのに!)

 次の一回で完全にタイミングが狂う事を察した二人だったが、今更止められず再度虚空で足を重ねた時、もう一つの足がシェリーの足裏に重なった。

「リンルゥ!?」
「運動神経なら、ボクだって!」

 頷き合った三人の、重なった三つの足が同時に離れる。

「はっ!」
「やぁ!」
「えいっ!」

 シェリーの拳と、トモエの拳、リンルゥの白刃が同時に壁を掴んでいた手足を攻撃、だめ押しに三人は同時にバンダースナッチ改を中央部分へと蹴り飛ばす。
 動きを封じられ、中央部分へと集められていくバンダースナッチ改へと向かってメンバー達が一斉に銃口を向ける。

「FIRE!」
『了解!』

 お返しとばかりに、一斉に無数の弾丸が叩き込まれる。
 手足を破壊されて身動きが取れないバンダースナッチ改を弾丸が貫き、えぐり、千切り飛ばす。
 数秒後には、そこには蜂の巣となった肉片が漂っていた。
 最後に残ったスロウター改が、憤怒の咆哮を上げてメンバー達に襲いかかろうとする。

「リンルゥ! 足こっちに!」
「了解!」

 再度跳び上がった三人が、虚空で足を合わせる。

「ちゃんと受身取ってね」
「はい?」

 なにか不吉な事を言われたリンルゥが首を傾げた瞬間、全力を込めたシェリーとトモエが、リンルゥの足裏を渾身の力で蹴り飛ばした。

「わあああぁぁ!」

 リンルゥが悲鳴を上げる中、突っ切るような速度で二人は跳んだ。

「バーキン」
「ダブルキック!」

 親子の同時キックが、襲いかかろうとしたスロウター改の背中へと突き刺さり、あまりの勢いにそのままそろって押し跳んでいく。
 壁へと叩きつけられたスロウター改が奇妙な悲鳴を上げる中、左右の腕がそれぞれ掴まれる。

「バーキン」
「ダブルパンチ!」

 力の逃げようの無い固定された状況で、二つの拳がスロウター改の後頭部に突き刺さり、壁へと挟まれた頭部がトマトのように潰れた。

「ざっとこんなモンよ」
「私達を舐めないでね♪」
「あの、隊長………」

 メンバーの一人が恐る恐る声を掛けるのでシェリーが振り向くと、そこには蹴られた勢いで激しくスピンして壁に大の字に叩きつけられたリンルゥの姿があった。

「リンルゥ、無事?」
「ひゃい、なんとか………」

 スピンで振り回されたのと、全身でぶつかった事で威力が軽減されたリンルゥが、涙目で頷く。

「とりあえずここはクリア。先急ぐわよ」
『了解!』
「り、了解………」

 ぶつけた鼻をさすりながら、リンルゥも壁を蹴ると先へと急いだ。



「次のブロックが目的地だ。総員警戒!」
「何でも来やがれ!」
「相手になってあげるわ!」
「目的を忘れるなよ」

 先程の戦闘で負傷しながらも、士気は衰えてないチームアルファのメンバー達だったが、目的地の中枢管制室の扉を目前にして、突然レンの足が止まる。

「わっと!」
「レン兄ちゃん?」

 宣言も無しに止まったレンにぶつかりそうになったケンド兄弟がなんとか足を止める。

「何かいるのか!?」
「センサーに反応! 扉の向こうに………人間サイズ?」

 他のメンバー達も足を止めると、即座に迎撃体勢を取ろうとする。だが、レンは片手でそれを制した。

「宗千華、戻った通路から迂回できるはずだ。指揮を頼む」
「……いるのだな。あいつが」
「ああ……」
「あいつって……!」
「まさか!?」

 レンの声に、いつも以上の真剣さが、顔にはいつも以上の鋭さが宿っている。
 その意味する事にメンバー達が気付いた時、扉が唐突に開いた。

「いらっしゃい兄さん」
「4エレメンツ……!」
「《刃》のジン!」

 扉の向こうから現れた白装束の人物に一斉に銃口が向けられる。
 だがレンは片手を上げて銃口を下げるように指示した。

「分かっているはずだ。こいつは、数で相手できるような存在じゃない………」
「でもレン兄ちゃん!」
「目的を忘れるな。それに、あいつの狙いはオレだけだ」
「そろそろいいかな? それとも…」

 次に続く言葉の代わりに、響いたのは大業物の刃同士がぶつかり合う、澄んだ金属音だった。

「他の人には、退散してもらいたい所なんだけどね」
「いま退かせる。お前が手を下す必要はない」

 いつ間合いを詰めたのか、そしていつ抜いたのか、僅かな人間以外には認識すらできない僅かな時間で、二人は互いの刃越しに対峙していた。
 僅かな、それでいて絶妙な力加減で互いの刃を押して、引く鍔迫り合いの状態で、レンとジン、二人の間に気迫が満ち溢れている。

「す、すげぇ………」
「とても、私達には……」
「総員、迂回するぞ」

 技量と気迫の違いに、ケンド兄妹ですら気おされる状況で、宗千華の声にメンバー全員が我に帰ってきびすを返す。

「死ぬなよ、私が困る」

 それだけ言うと、宗千華も来た道を引き返して迂回路へと向かう。
 後には、黒と白、二人のサムライが残された。
 二人だけになった後、互いの刃を弾いて二人は距離を取る。

「さあ始めようよ。ボクと兄さんの、戦いを」
「ああ」

 短い言葉の後に、二つの白刃が、同時に繰り出された…………




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