第二十九章「死闘! 無限での奮戦!」 「そこっ!」 アークの放った銃弾が、《鋼》のFの踏み出そうとしたつま先に食い込む。 わずかにFの動きが鈍った所に、ピンの抜かれたグレネードが転がってきたかと思えば、処理をする間もなく炸裂する。 「これなら……」 「いや……」 直撃と思われた爆発の後、こちらに向かってくる重い足音にアークは舌打ちする。 「リアルターミネーターかよ!」 「プレス機か溶鉱炉が有れば………」 「素直に入ってくれるとは思えないな」 空になったマガジンをイジェクトしたアークが、最後のマガジンをP90に叩き込む。 「闘ってみて分かった。クセが若い頃のレオンそっくりだぜ、あいつ」 「それで、若い頃の長官の弱点って何ですか?」 「……神経が剛毅過ぎる所か?」 「それ、今とどこか違うんですか?」 「今はもっと剛毅になってるな…………」 当てになるのかならないのか分からないアークの指摘に、隊員達が顔を曇らせる。 「ライフルも効かねえ、グレネードもダメ、ロケット弾なんか当たってもくれないだろうな」 「プラズマ兵器を持ってる部隊と合流できれば………」 「無理だな、あいつの反応速度は異常過ぎる。生物の反射神経に機械の運動能力の融合ってのがここまで厄介だとは………」 (リンルゥとトモエはたった二人でこんなのの相手したのかよ………) STARSでも有数のBOW戦闘経験を持つ自分ですら苦戦する相手に、アークは残った装備と今までの経験から対処法を脳内で必死にシュミレートする。 (落ち着け、不死身の怪物なんていないのはよく知っているはずだ。あいつは生体強化と機械との融合でポテンシャルを異常なまでに上げているだけに過ぎない。そのポテンシャルを超える攻撃を叩き込めば、倒せる!) 己自身にそう言い聞かせながら、アークはFへと銃口を向けた。 「ハアアァァ!」 「イアアァァ!」 二つの気合と共に、閃光と化した刃が繰り出される。 二者の中間に有ったコンテナが瞬時に解体され、その中で待ち伏せでもしていたらしいスローターの一体も断末魔を上げる間も無くスクラップと化してばら撒かれた。 それらがまだ虚空にある内に、《刃》のジンが抜いたレイ・ガンの閃光が無数の金属と肉のスクラップを貫いて放たれる。 半ば直感で閃光の直撃を免れたレンは、開いている左手をコンテナの破片の一つに添えると、それに一気に力を放つ。 「ハッ!」 掌底打で打ち出されたコンテナの破片がジンへと高速で向かい、ジンはそれを素早く袈裟切りで両断する。 だがそこで破片の背後に隠れて間合いを詰めたレンが、振り落とされた直後のジンの刀の背へと己の刀を叩きつける。 「!?」 更にレンは自分の刀の峰ごとジンの刀を踏み付け、完全に床へと二本の刀を埋め込む。 レンの狙いを悟ったジンがレイ・ガンを向けようとするが、レンの左の手刀が手元を切り、ジンの手からレイ・ガンが弾き飛ばされる。 己の刀の柄から離したレンの手が、そのまま裏拳となってジンのアゴを狙い、ジンは首を捻ってかろうじてそれをかわす。 だが突き抜けたレンの右手はそのままジンの奥襟を掴み、左手がジンの右裾を絡めながら手首を掴む。 「!」 「フンッ!」 レンの足がジンの足を狩り、そのままジンの体が旋回、奥襟を掴んだままその頭部が床へと叩きつけられようとするが、残った左手が直前で床を押さえ、細身とは思えない怪力で直撃を回避する。 そこでまだ宙にあったままのジンの膝がレンの後頭部を狙い、レンはとっさに両手を離すと床を転がって距離を取る。 起き上がった時には、すでに床に縫い止めて置いた刀を互いに手元へと戻していた。 「ふふ、今のはちょっと危なかったな……」 「非常識な破り方してよく言う物だ」 「ジュードー? それともアイキドーかな?」 「いや、知り合いから教えてもらった古武術の技だ。使えば相手を殺すから実戦で使ったのは初めてだったがな」 「ホントに兄さんは色々知ってるね。うらやましいよ」 「技は修練と経験で学ぶ物だ。お前のような非常識な能力で使う物は技とは言えん」 「兄さんと戦ってると、本当にその通りだと思うよ。けど、勝てばいいんじゃない?」 「最後は、な」 レンがサムライソウル3を抜き、ジンは床のレイ・ガンを刀で跳ね上げて左手で受け止める。 そのまま二人はそれぞれ左右へと跳びながら、トリガーを引いた。 放たれた銃弾と閃光が互いをかすめつつ、相手を追う。 銃弾がジンの肩をかすめ、閃光がレンの袖を貫いた時点で、同時に銃の残弾とエネルギーが尽きた。 鏡合わせのような動きで、互いが空のマガジンとカートリッジを排出し、銃を口に咥えてリロード作業に入ろうとする。 だが新たなマガジンを取ったレンは、それを装填せずにいきなりジンへと投じる。 「?」 ジンの疑問は、マガジンの陰に隠れて投じられたスローイングナイフを確認した瞬間に氷解する。 スローイングナイフがマガジンに突き刺さると同時に、セットされていた爆薬が爆発。 爆炎と一緒に暴発した銃弾が無造作にジンへとばら撒かれた。 「……!」 悲鳴を上げる間も無く、至近距離から吹き付ける爆炎から両袖を上げて防いだジンの体に、銃弾が何発か突き刺さり、貫ける。 やがて炎も収まり、煙が漂う中、白装束を黒く染めたジンの姿が浮かび上がる。 「今度のはもっと危なかったよ………」 「あの距離で防げるとはな。その装束、何で出来てる?」 「さあ? 詳しくは知らないな………」 顔を覆っていた袖を下ろし、咥えていたレイ・ガンを手に取ったジンが、煤けた顔で微笑する。 その腹と足に刻まれた弾痕から、鮮血が流れていたが、ある程度出血したかと思えばそれ以上流れ出す事は無かった。 「でも、この程度じゃボクにはたいした傷じゃないよ」 「至近の貫通銃創でそれか」 「それに、そろそろボクのターンでいいかな?」 そう言いながら、ジンは袖をまさぐって一つのリモコンを取り出す。 (何だ? 爆破? それともセキュリティか?) 不吉な物を感じたレンが装弾を終えていたサムライソウル3を向けるが、すでにスイッチは押されていた。 トリガーを引いた瞬間、レンは違和感に気付いた。 それが何か悟った瞬間、彼の体は銃撃の反動で後ろへと飛んでいた。 「重力装置を!」 「そ」 人口重力装置が切られ、踏ん張りがまったく効かない無重力となった空間の中、ジンが僅かな挙動で放たれた弾丸を避けた。 レンは足で床を引っかくようにして反動を止めるが、そこでジンの放った閃光がかすめてくる。 「戦闘技術と戦闘経験の蓄積は兄さんにかないそうないけど、ここでの戦闘経験ならボクの方が上だと思うな」 床を僅かに蹴り、前へと飛びながらジンが連続してレイ・ガンのトリガーを引いた。 (光学兵器なら反動はほとんど無い、そのためのレイ・ガンか!) レンも床を蹴って横へと飛ぶが、無重力故の精彩を欠く動きでは回避もままならず、今度は自分が両袖で顔と胴体を覆う。 閃光が胴を直撃し、焦げた匂いが漂う。 それに構わず、レンは即座にサムライソウル3を向けて反動でバックしながらも立て続けに連射。 「兄さんもなかなか」 正確に狙う事すら難しい条件下で、それでも確実にこちらを狙ってくる銃弾をジンは緩やかな動きで避ける。 「はは、兄さんだってちゃんと防御に気使ってるじゃないか」 「作った奴に言ってくれ。もっとも試供品扱いだろうけどな」 腹への直撃が深くない事を確かめつつ、レンが、マガジンをイジェクトしようとするが、無重力化ではすぐにはマガジンも出てこない。 「そんな暇は与えないよ」 いつの間にか目前まで迫ってきていたジンが、手にした白刃を横薙ぎに振るう。 「くっ」 レンはその刃を己の刃で受け止めるが、その反動で互いの体が離れる。 だがジンはその場で全身で舞うような動きで反動を付けて次の斬撃を振るってくる。 それもかろうじて受け止めたレンが、反撃に転じるがふんばりが効かず、重力下では消されるはずの反作用で体勢が崩れる。 「ダメだよ、そんな動きじゃ!」 ジンは一見するとオーバーな動きに見えて、全身を使って勢いを載せた斬撃を次々と繰り出してくる。 レンもそれと同様な動きで斬撃を繰り出すが、明らかにジンの方が数段上だった。 「兄さんも無重力の戦いは初めてじゃないだろうけど、ボクは生まれてからずっと、ここでトレーニングしてたんだ。経験の差って奴だね」 「オリンポスで有事に備えて無重力下での戦闘訓練が行われているって噂はあったが、本当だったか………」 無重力下に完全適応した、レンも初めて見る戦闘技術に内心僅かな焦りが生まれる。 「じゃあ、行くよ」 ジンが刀を鞘に収め、半身を引く。 (居合? 無重力で?) それが居合の体勢である事にレンの脳裏に疑問が浮かぶ。 全身の筋力を使う居合を、踏ん張りが一切効かない無重力下で行えるはずが無い、という一般常識的考えを即座に廃棄し、レンは己の刃を上下逆に構え、峰の中央に左手を添えて防御体勢を取る。 それに対し、ジンの足が僅かに床を蹴って反動で体が旋回を始める。 (光螺旋? いやまったく違う!) ジンの足が連続して床や壁を蹴り、無重力状態では絶対避けるべき高速回転状態になった時点でレンは思わずサムライソウル3を向けてトリガーを引くが、ジンはそれが見えていたのか床を蹴る角度を変えて難なく放たれた弾丸をかわす。 「ハアアッ!」 (マズイッ!!) 完全に白い竜巻と化したジンの手から、更なる加速を付けて白刃が放たれる。 レンは己の刃で放たれた白刃を受け止めるが、高速回転の遠心力が載せられた白刃は予想以上に重く、レンの体が吹き飛ばされ、防弾・耐レーザー性の小袖とインナーアームドスーツが難なく斬り裂かれ、鮮血が雫となって虚空に舞う。 「《 「く、は………」 虚空に待った鮮血が無数の玉となって浮く向こう側、床に足を軽くつけて摩擦で回転を止めるジンを前にして、レンは鮮血の流れ出す傷を抑えようともせず、刃を構える。 斬り裂かれたインナーアームドスーツから流れ出した流体金属が、傷口ごと破砕個所を塞いでいくのを感じながら、レンは己の状態を確かめる。 (傷は、それほど深くは無い。が、浅手とも言えない………まさかあんな技まで持っているとは………) 変異型の居合である《光螺旋》と違い、高速での回転による遠心力で放たれた《瞬渦閃刃》の重力下ではありえない程の速度、鋭さ、そして重さにレンはわずかにたじろぐ。 自分が過去に体験した宇宙空間での戦闘とは比べ物にならないジンの戦闘力に、レンは必死になって対抗手段を考える。 「兄さん、もう終わりなんて言わないよね?」 「そういう言葉は確実に止めを刺し、相手の完全戦闘停止を確認してから言う言葉だ!」 レンが左手のサムライソウル3を懐に収めると、代わりに持てるだけのスローイングナイフを抜いた。 「ここじゃそんなの投げられないよ?」 ジンが不思議そうな顔をする中、レンの手らスローイングナイフが投じられる。 ジンの言葉通り、慣性の加わりにくい無重力で投じられたナイフは重力下とは比べ物にならない遅さで進む。 だが投じたレンの手が虚空に球となっていた己の血を取ると、指先が素早くナイフに梵字を描いていく。 「オン アビラウンケン! 招鬼顕現!」 レンが呪文を唱えると、スローイングナイフは鳥の姿の式神となり、高速でジンへと向かう。 「なるほど、ね!」 ジンが感心しつつ迫る式神に向けて障壁を張る。 障壁で阻まれた式神がナイフへと戻って次々と爆裂し、ジンは力を込めて障壁で押し留める。 爆炎が視界を埋め尽くし、それが途絶える次の瞬間、それを突き抜ける黒い閃光が有った。 「ハアアァッ!」 「な!」 爆風を突き抜けてきた黒い閃光から放たれた白刃が、障壁をあっさり両断し、ジンの白の小袖を斬り裂き、鮮血を宙に舞わせる。 続けて放たれる刺突をなんとか捌き、ジンが後ろへと離れる。 「は、はは、まさかそんな手が………」 己の胸から流れ出す鮮血を見つつ、ジンは笑みを浮かべる。 あらかじめ刀を床に突き刺して己を固定し、スローイングナイフの爆風を突撃への反動として利用したレンが、全身から焦げ臭い異臭を漂わせつつ、再度構える。 「これで五分、と言った所か?」 「確かにね、これはすぐには止まりそうにないな………」 完全に予想外の攻撃に、明らかにレンの傷よりも多く出血している事にジンが苦笑。 そこでジンの苦笑が大きくなっていき、やがて大きな哄笑となっていく。 「なにがおかしい?」 「おかしい? 違うよ、楽しいんだ兄さん。今まで、こんなに傷を負った事は無いんだ。だから、ボクも全力で戦うよ」 「今まで手を抜いていたとでも?」 「どうかな? でも今は、ボクの持つ全てで兄さんと戦いたい」 「ならば、能書きを言わずに来い」 「ああ、そうだね!」 ジンの体が前へと進みつつひるがえり、白刃が振るわれる。 レンはそれを受け止め、弾くと、次の斬撃の前に刺突を繰り出し、動きを止める。 ジンはそれを受け流し、そのまま横薙ぎにレンの首を狙うが、勢いの乗らない斬撃はレンの左手で挟まれ、止められる。 体を返しつつ、己の刃を止めるレンの左手にジンは蹴りを放ち、刃を開放させるとそのまま再度距離を取る。 「そうだ、一つ教えておくよ。この無重力下の戦闘訓練は、4エレメンツ全員が受けてるんだ。そして、ボクはその中じゃ二番目だったよ」 「!? じゃあ、一番は……」 「さあ? 今頃誰かが身を持って知っていると思うよ」 衝撃と共に、シェリーの体が壁へと叩きつけられる。 「く、はっ……!」 喉をせり上がってきた血を吐き出したシェリーの視界に、こちらへと迫ってくるミラの姿が飛び込む。 「!」 とっさに腕のベルセルク2から触手を伸ばし、手近の柵に絡ませて強引に体を引かせ、その場から動いた直後にミラの拳が壁へと突き刺さる。 「息が上がってきたみたいね、おばさん」 「そっちこそイカサマのオンパレードじゃない」 「適応進化って言ってほしいわね」 吹き抜けとなっている物資搬送用の大きなエレベーターホールの中、二人は対峙していた。 重力装置停止と同時にここに戦いの場を移したミラの目的を知ったシェリーは、口元に付いたままの血を手で拭いながらミラの姿を凝視した。 ミラの全身を覆っていたシンビオシスアーマー・マクスウェルは今までにない変貌を遂げ、姿勢制御用の無数の翼と空間移動用の副肺を持った奇怪な姿と化していた。 「そんな手を隠してたなんてね………」 「時代遅れの寄生装甲なんかと、このマクスウェルを一緒にしないでほしいわ。この状態で私に勝てる奴はいない」 ミラが微笑むと同時に、全身の副肺が空気を吸い込み、膨張する。 (来る!) 虚空に浮かびながらシェリーが身構えた瞬間、ミラの全身の副肺が一斉に空気を噴出。 エアブースターと化してミラの体が一気に加速する。 「このっ!」 シェリーは両腕の有機装甲から触手を出してミラの動きを止めようとするが、ミラの体の各所に付いた翼がはためき、巧みな慣性制御を行ってその体を自在に旋回させていく。 「遅い!」 触手を掻い潜ったミラの拳が、シェリーの胴体へと突き刺さる。 「うっ……!」 とっさに片腕でガードしたシェリーだったが、勢いは止まらずに再度壁へと叩きつけられる。 「く、はっ………」 「無理しないで、ゆっくり死んでなさい!」 ミラの右腕の有機装甲から鋭利なクローが伸び、それがシェリーへと向かって突き出される。 だがそれはシェリーの胸に突き刺さる寸前、シェリーの手によって掴み取られた。 「この…」 「まだまだね」 そう言い放ったシェリーのもう片方の手、正確にはそこから伸びたクローが、壁へと突き刺さったその体を完全に固定しているのにミラが気付いた時、シェリーが全身の筋力を使ってお返しとばかりにミラの体を大きく振りかぶって壁へと叩きつけた。 「うあっ!」 「はああっ!」 再度ミラの体を叩き付けようとシェリーが力を込めるが、振り回される途中でミラが慌ててクローをパージしてその場から逃れる。 「油断できないおばさんね………」 「キャリアの違いよ、小娘」 「でも、ここじゃこっちが上よ!」 無重力下を自在に動き回るミラに対し、三次元運動の手段を持たないシェリーは圧倒的な劣勢に立たされていた。 「副肺による無燃焼推進移動手段と慣性制御翼による身体制御、確か宇宙作業艇の制御システムにあった理論ね。生身でやる奴がいるとは思ってなかったけど」 「ここは宇宙よ。それくらい当然じゃない!」 ミラが再度加速、突撃してくる中、シェリーは壁に突き刺していたクローを引き抜き、壁に垂直に立つ。 「そんなんじゃただのサンドバッグよ!」 「どうかしら?」 一撃で決めようとミラは再度クローを伸ばし、シェリーへと最大速度で突撃する。 (この速度、回避も掴む事も出来ない!) 確信に満ちたミラの攻撃がシェリーに突き刺さる直前、シェリーの手が動き、ミラの拳を叩いてわずかに己の立ち位置を変える。 「あ……」 「ちょっとずれたわね」 同時に、カウンターで突き出されたクローが、突撃してきた勢いのままミラの肩へと突き刺さっていた。 「くっ!」 「考えてみたら、そっちから来てくれるんだから、動く必要も無いわね」 シェリーの体を蹴ってクローを引き抜きつつ、ミラが離れる。 「それに、段々分かってきたし」 「そう簡単に…」 鮮血が溢れ出す傷口を片手で抑えてふさがるのを待っていたミラの足へと向けて、シェリーが腕の有機装甲から触手を伸ばして絡めていく。 「こうして繋げればいいだけだし」 「素人考えね、おばさん!」 口元を歪めたミラが、副肺を全力で噴射してエレベーターホール内を高速で登っていく。 「繋いでどうするって? そんな原始的な方法は通じないわ!」 「………」 繋がった二人の速度はぐんぐん増していき、やがてエレベーターホールの最上部の壁まで迫っていった。 「バイバイ、おばさん!」 そこでミラは畳んでいた翼を全開にして急制動、更にクローで足に絡んでいた触手を切って急減速しながら制動を掛ける方法の無いシェリーから離れる。 「やっぱりね」 高速で壁に叩きつけられる直前、シェリーがほくそ笑むと一度体を丸め、それを広げる勢いを持って反転、叩きつけられる勢いで壁へと着地した。 「!?」 「これが欲しかったのよ」 両足の有機装甲を増量し、両足に伝わる衝撃を、そのまま反動としてシェリーが有機装甲で増強された脚力で強く壁を蹴った。 衝撃に耐え切れずに粉砕した壁の破片を撒き散らしつつ、弾丸のごとき勢いでシェリーの体がミラへと迫る。 予想外の事にミラの挙動が遅れ、その腹に有機装甲を持っても緩和しきれない程の破壊力を持った拳が叩きつけられる。 「か………はっ」 「傷口は塞げても、破裂した内臓まではそう簡単に修復できないでしょう」 拳から返ってくる感触と、ミラの口から吐き出された大量の血に、確実なダメージをシェリーは確信。 だがそこでミラの顔が憤怒に染まり、シェリーの頭を両手で掴む。 「この、大年増が!」 「うあ……」 己の膂力とマクスウェルで増強された筋力に任せてミラがシェリーの頭を握りつぶそうとするが、シェリーは苦痛に顔を歪めながら、両腕の寄生装甲からクローを出すと、それを交差させるように突き出し、ミラの肘へと突き刺す。 「そんな物…」 すぐに修復可能な程度の傷、というミラの目論見から外れ、両腕の力が緩んだ隙にシェリーが頭を抜くとミラの体を蹴って死の拘束から抜け出す。 「防御力と回復力に頼りすぎよ。肘の腱を切られたら力が入らないのは当たり前よ」 「く………」 シェリーを射殺さんばかりの目で見ていたミラの顔が、ふいに静まる。 「もう、いいわ」 「何が?」 「手加減よ!」 ミラが指を一本立てると、その先から硬質な触手とも針とも取れない物が出てくる。 そしていきなりそれをミラは自分の側頭部へと突き刺した。 「ぐ、うあああああぁぁ!!」 「!?」 絶叫を上げるミラをシェリーは呆然と見ていたが、やがてその指が引き抜かれ、何か小さなチップのような物が開いた傷口から零れ落ちる。 「マクスウェル全拘束チップ強制解除、目標殲滅まで全能力開放!」 ミラの宣言と同時に、全身に巣食っているマクスウェルが今までとは比べ物にならない動きでミラの姿を変えていく。 「変異暴走………なんて事を………そんな事をしたら、あなたはあなたじゃなくなるのよ!」 「おばさんさえ、たおせルナラ……」 言葉すら怪しくなる中、ミラの体を更なる有機装甲が覆い、その各所にニードルやクローが生え、かつてSTARSが闘ったBOW達のなれの果て同様、歪で禍々しい姿へと変貌していく。 「……そうね。私も、ひょっとしたらそんな姿になっていたのかもね………」 正真正銘の〈怪物〉へと変貌していくミラに、己の過去を照らし合わせながらシェリーは呼気を整え、構える。 「決着を付けましょう、今、ここで!」 襲ってくる暴走ミラに、シェリーは全身全霊で拳を繰り出した。 『チームアルファ、戦闘困難により一時撤退!』 『チームブラボー、遅滞戦闘を行いつつ撤退中!』 「まずいわね………」 続々と寄せられる突撃部隊の苦戦状況に、キャサリンが思わず己の爪を噛む。 『4エレメンツクラスの無重力戦闘能力、こちらのシュミレーションを大幅に上回ってます、マム』 「生存者もほとんど見つからない……まさかこの規模のステーションの人間が全員………」 「空気感染はしなくても、空調系にウイルスの付着した媒介があればイチコロでしょうしね。問題は、ここからどうすれば………」 『こちらチームチャーリー! 片付いたから増援に行く!』 「無重力状態で集団で行ったらタダの的よ!」 『そうだぜ親父! オレなら無重力戦闘の経験もあるからオレが行く!』 『ガキの時、向こうも無重力戦闘なんて考慮してなかっただろうが!』 『そっちこそ歳考えろ親父!』 通信から響いてくるレッドフィールド親子の口論を聞き流しつつ必死になって脳内から何か参考になる事件データが無いか検索していたキャサリンだったが、ふとそこでフレックの一言に脳裏をかすめる。 「フレック! 14年前のスペーズキッズ事件、レンはどうやって闘ったの!?」 『あ? あの時はレンが敏捷性利用してテロリスト翻弄して、仕舞いには…………』 「それよ!!」 「ちょっ、本気ですか!」 「無重力下の中枢管制室で闘うには、これしかないわ!『TINA』!」 『シュミレーションを行います。しばらくお待ちください、マム』 キャサリンの考えついたとんでもない提案に、智弘は呆然としながら自分もそのシュミレーションに取り掛かる。 『出ました。C―27ブロック、D―22ブロックをパージの後、隔離壁12枚を貫通の必要あり』 「それぞれのブロックに有事用の手動爆破パージシステムがある! パスコードが必要だが……」 「NASAでもどこでもいいから、すぐに関係者締め上げて聞き出して!」 『お待ちくださいマム、地上からデータ通信』 「この急がしい時にどこから!」 『NASAからです。送信者はジル・レッドフィールド』 『お袋から!?』 『内容はオリンポスの全詳細データ、送信者からの通信も入ってます』 「繋いで」 ギガスの通信用ディスプレイに、元祖STARS有数の女傑で、現STARSの隊員全員から恐れられる鬼教官として有名な女性の姿が現れた。 『こちら地上処理班、そっちはどうなってるかしら?』 「こちら宇宙突撃班、苦戦してるわ。よくNASAがこんな機密情報出してくれたわね?」 『向こうの時間稼ぎよ。他にせかしてる人達がいてね』 『いいからとっととシャトルを出しやがれ!』 『じゃねえと全員テロ共謀容疑で射殺してやる!』 『それとも八つ裂きがいいか!』 『ヒイイイィィーーー!』 通信画面の端の方で、病院送りになったはずのスミス、カルロス、ロットが満身創痍のままNASAのスタッフを脅してるのが見えたが、キャサリンはそれをスルーして送られてきたデータに高速で目を通していく。 「あの、ジル教官。後ろの人達は病院送りのはずじゃ……」 『ええ、三人で病院への搬送用ヘリをジャックしてNASAに突っ込ませてね。次はシャトルジャックしてそちらに向かう気らしいわよ』 「………どっちがテロリストなんだろう」 智弘のもっとも妥当な意見に誰も応えず、猛烈な勢いで作戦が立てられていく。 「ブラボーはCブロックの生存者確認の後、パージ作業に着手! チャーリーはDブロック! アルファはパージ作業完了と同時に再突入、アザトースの殲滅と全システムの把握!」 『それまで持てばいいがな』 宗千華からの通信と共に、チームアルファのパワードスーツのセンサーから送られてくる映像に、中央管制室のドアから湧き出してくるアザトースの触手相手に、隊員達が必死 になって応戦している光景が映し出される。 『オオオォォ!』 『SHOOT!』 ムサシが抜刀した国斬丸の峰のイオン・ブースターの噴射で強引に滑空しながら、柄尻のコネクタどうしを繋げて双刀を連結させた双刃刀を口に咥えてそれを振るい襲いくる触手を斬り裂き、その隣ではアニーが二丁銃撃の反動で怪奇な三次元スピンを行いつつ、正確に触手を撃ち抜いていく。 『一度安全圏まで引くが、それ程距離を取れるとも思えん。30分以内に頼む』 『30分だと!?』 「分かったわ」 アークの驚愕する声を無視して、キャサリンが宗千華の出した時間を承認する。 「30分よ、急いで!」 『了解!』 「30分か、それまでどう持たせるかだな………」 手動で強引に落とした隔壁の向こうから響いてくる異音に、アークの頬に冷たい汗が浮かぶ。 「うう………」 「くそ、化け物が………」 アーク以外の隊員は全員負傷し、アークも腕の傷の上から止血パッドを貼り付けて応急処置を行っていた。 「ここはオレがなんとかする。他のメンバーと合流しろ」 「でもアーク課長!」 「ただでさえ戦闘力の桁が違うってのに、無重力戦闘に慣れてない分、こっちは数がいても不利なだけだ!」 アークが怒鳴った直後、隔壁が向こう側から強引に開かれていく。 「くっ!」 「撃ちまくれ!」 僅かに顔を覗かせたFに向かって、隊員達が一斉にトリガーを引いた。 だが次の瞬間にはFの姿が掻き消える。 「またかっ!」 アークが壁に手をついて振り返ると、そこには機械仕掛けの怪力で指を壁へとめり込ませながら強引に片手で壁を掴んで自分を固定させているFの姿が有った。 「この野郎!」 隊員の一人がグレネード弾を放つが、Fは半ば砕きつつ掴んでいた壁を高速で引いて手を離し、片手だけとは思えない速度でその場を離れる。 更には途中で壁を蹴り、その威力に耐えられなかった壁を粉砕しつつ動きの軌道を変えた。 「デタラメ過ぎる!」 固定された物体を使った、無重力状態での基本的な運動パターンを非常識なパワーとスピードで行うFに対し、アークは必死になって銃口を向ける。 だがそれよりも早くFの銃口がアークを捕らえた瞬間、複数の銃撃がFの体を弾き飛ばす。 「アークおじさん!」 「アーク課長! こちらに!」 通路の向こう側から、シェリーと分かれて行動していたチームブラボーの本隊が姿を現し、Fに向かって銃撃を行っていく。 「逃げろ! この状況でこいつに適う奴はいない!」 「目標追加」 思わずアークは叫ぶが、Fは即座に身をひるがえし、ブラボー本隊へと襲いかかろうとする。 そこで一発の弾丸が、壁を蹴ろうとしていたFの足を弾いて動きを鈍らせる。 「……分かるんだよ、ボクには」 P90を手にしたリンルゥが、Fの動きを読んで銃撃を放った事にFの動きが止まる。 「要注意人物確認、モードをアサルトに移行」 「! 逃げろリンルゥ!!」 Fが完全にリンルゥを標的にした事にアークは顔を青くするが、リンルゥは引きつってはいるが笑みを浮かべて自分の足へと手を伸ばす。 そして、ギガスの格納庫で見つけてくすねておいたそれのスイッチを入れた。 リンルゥの履いていた奇妙なブーツのギミックが作動し、内臓されていたインラインローラーが靴底から跳び出し、旋回を開始。 同時にスネ部分にセットされていた高出力エクゾースト(排気口)と靴底のインテーク(吸気口)が作動。 小型とは思えない出力でリンルゥの体が床に吸着されると、Fに劣らない高速で疾走していく。 「そこ!」 素早い動きでFの後ろへとリンルゥは回り込むが、Fもまた高速でその場から離れる。 「リンルゥ、それは……」 「無重力下高速移動用ツール試作機、《ヘルメス》とかマニュアルには書いてあったよ。戦闘はまだまだアマチュアでも、ローラーアクションなら自信があるんだ」 壁にしがみついたFが放った弾丸を、素早く壁を走ってかわしたリンルゥが、お返しとばかりに銃撃を繰り出すがFも素早い動きで放たれた弾丸をかわす。 「早く行って! こいつはボクがなんとかするから!」 「リンルゥ!」 「何言ってる新入り…」 皆の反対意見を聞かず、リンルゥはヘルメスを最大速度で起動、無重力とは思えない超高速で疾走していくのをFが追って二人ともその場から消えていく。 「あの馬鹿!」 「アーク課長!」 「……あの速度じゃ、追うのは不可能だ。リンルゥに賭けるしかない」 苦渋に満ちた声で、アークがうめくように言い放つ。 「全員、各所の生存者を確認。終了後、このブロックをパージする」 「しかし!」 「急げ!」 「り、了解!」 隊員達が散開するなか、アークはリンルゥが消えていった方を見ていた。 「黙っていても子は親に似る、か。変な所にてやがるぜ、レオン………」 (速い……!) 後ろからどんどん迫ってくるFに、リンルゥの全身を冷たい汗が噴き出す。 「でも、まだまだ!」 リンルゥは懐からアンプルケースを取り出すと、そこから出撃前にトモエから分けてもらったアンプル入り無針注射器を取り出し、首筋にあてる。 『レンから頼まれたから分けてあげるけど、あくまでこれは感覚を鋭敏化させるだけ。こっちの筋肉用のは私にしか使えないし』 STARS本部での戦いで、トモエが使用した神経加速剤をリンルゥは己に注射する。 途端に高速で過ぎていく周囲の光景が段々おそくなっていき、普段の移動速度と変わらなく見えてくる。 (来たっ!) 後ろへと振り向いてFに銃口を向けようとしたリンルゥだったが、己の動きがまるで水中のように緩慢な事に気付く。 「お前を倒して、母さんを助けるんだ!」 己を奮い立たせるために叫びながら、リンルゥはトリガーを引いた………… |
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