BIOHAZARDnew theory
FATE OF EDGE

第三十章「炸裂! 受け継がれし奥義!」



 無重力の通路に、磨き上げられた刃がぶつかり合う澄んだ音が通路に響く。
 先程までまるで音楽のように連なって響いていたそれに、それとはまるで違う重い音が重なっていた。

「何をしてるのかな?」
「さあな。課長の考える事はオレにはまったく分からん」

 遠くから金属の軋み音やこすれる音、爆発音などが続けて響き、戦いの手を休めぬままにジンが問うが、レンはそれに答えない。

「ひょっとして、ブロックをパージしてる? でもなんのため?」
「分からんと言ったはずだ。それにそんな事はどうでもいいだろう」
「そうだね」

 ジンは小さく笑みを浮かべると、壁面を蹴ってレンに迫る。
 突き出された刃をレンは己の刃で軌道を変え受け流し、すれ違いざまにジンの袖を片手で絡め取る。

「おっ?」

 掴まれた事をジンが悟った瞬間には、レンは袖を引いて素早くジンの背中に回りこむと、刀を掴んだまま右腕でジンの右脇を押し上げながら襟元を掴み、一気に閉める。

「はっはは……」

 一瞬の隙をついての片手での変形襟締めに、ジンが苦笑を漏らす。
 左手でレイ・ガンを抜こうとするが袖を強固に絡められて動かせず、右腕も脇下から抑えられて刀も振るえない。

「無重力でも、これなら関係ない」
「そう……だね」

 インナーアームドスーツも併用した力で頚動脈を抑えられ、意識が遠くなりながらもジンの顔からは笑みが消えない。

「さ…すが……」

 ジンも負けじと力を込めて振りほどこうとするが、レンはジンの衣服を的確に絡ませてそれを阻止する。

「頑丈すぎる衣服は、転じればそのまま拘束具になる。ましてや、この小袖は何で出来てるかしらんが、力だけでそうそう破れる物ではないだろう」
「その……通り!」

 ジンが一際強く力を込めた瞬間、鈍い異音が響いて締め上げるレンの腕の中からジンの体がすり抜ける。
 瞬時にレンも手を離すと互いの体を蹴るようにして離れる。
 そこでジンの刀をにぎったままの右腕が力なく伸びている事に、レンは脱出方法を悟った。

「肩を外したか。角度的にかなり無理のはずだが……」
「こちらで集めてた兄さんの戦闘データで、前に一度やってたの見てたからね。やったのは初めてだけど」

 あらぬ方向に行こうとする右腕を左腕で抑えると、ジンはそれを強引に押し込む。
 再び異音が響いたかと思うと、ジンは右肩を回して具合を確かめる。

「だいたいこんな感じかな?」
「そんな適当な嵌め方だと筋を痛めるぞ」
「それくらい、すぐ治るから。あと、これで思いついたよ。今パージしているブロック、中央ブロックに繋がる部分じゃなかったかな?」

 レンの返答は、即座に抜かれたサムライソウル3の銃口だった。
 放たれた弾丸は身をひるがえしたジンの胸元をかすめて向こうの壁へと突き刺さる。

「なるほど、その課長さんはなかなか大胆な事考えてるね」
「非常識とも言うがな。オレやトモエのような奴じゃなければ部下は勤まらん」
「でも、それならこのブロックもパージされるかもしれないんじゃないかな?」
「お前を野放しにするよりはずっといい」

 今いるブロックごと宇宙空間に放り出されかもしれない状況だが、両者は動じず己の愛刀と愛銃を構える。
再度響くブロックパージ用の爆破ボルトの爆発音に、両者の繰り出した白刃が奏でる音が重なった。



 轟音と共にエレベーターホールの一部が崩壊する。

「UU……コロ……Su」

 元の形が分からない程巨大化し、ミラを完全に内部へと飲み込んだマクスウェルの中央、唯一残ったミラの頭部が、シェリーの方を見て呪詛を吐きかける。
 全身に無数のニードルやクローが生え、形状だけで言えばウチワエビにも似た5mはある巨体が、背に内包されている副肺に大気を吸い込んでいく。

「随分な成長期ね………」

 変貌が落ち着いた所で、シェリーが拳を構えながら変貌の経過を脳内で整理していく。

(見た目だけならGタイプにも見える……だけどあれは寄生型、宿主を必要としているはず。あの残った頭部がその証拠。つまりミラ本体を破壊すればあれは活動低下、もしくは停止するはず!)

 思考をまとめた瞬間、暴走ミラは背の大型副肺から空気をフルで噴出させてシェリーへと向けて突撃してきた。

「くっ!」

 壁を蹴ってその場を離れつつ、シェリーが体を丸めて防御体勢を取る。
 かわしきれなかった巨体に弾き飛ばされ、シェリーの体が放り出される。

「なんて威力……!」

 かすめただけで全身を突き抜けた衝撃にシェリーが驚愕する中、暴走ミラは勢いそのままに壁へと激突、構造材を粉砕してめり込んだ。

「無重力でここまで破壊力を出せるとはね………」

 まるで暴走列車でも突っ込んだかのような破壊状況に、シェリーの頬を汗が流れ落ちる。
 暴走ミラはしばらくその場でもがいていたが、やがて全身のクローを使って器用に壁から抜け出す。
 そしてその場でゆっくり旋回を始め、シェリーの姿を探し始める。

「ド……Ko………」
(知性が少し残ってるかどうか微妙な所ね。だけど、あれの直撃を食らったらさすがに……)

 見つからないように宙を漂っている構造材の破片に姿を隠し、シェリーが様子をうかがう。
 そこで、暴走ミラの体に食い込んだ破片から、血が滴り落ちて止まりそうにない事に気付いた。

(あれくらいの傷、すぐにふさがっていたはず……つまりあれだけの急成長の結果、回復力までは維持できていない!)

「Do……コ!!!」

 暴走ミラの体が少し膨れたかと思った瞬間、全身のニードルがいきなり全方向へ射出された。

「うっ!」

 その内の一本がシェリーの隠れていた構造材を撃ち抜き、思わずシェリーは陰から飛び出す。

「ィ、たAAA!」
「全方位攻撃なんてイカサマよ!」

 悪態をつきつつ、シェリーはベルセルク2から素早く触手を繰り出し、手近の柵に絡ませてその場から逃げ出す。
 だが完全に逃げ出す前に、再度突撃してきた暴走ミラの巨体に弾き飛ばされた。

「うぁ………」

 苦悶が口から漏れ、それに混じって僅かな血が口から吐き出されて紅玉となって漂う。

(無重力では質量差は問題じゃない、だけどこの機動力の差は……!)

 全身にダメージを受けながら、シェリーはなんとか体勢を整えつつ反撃手段を脳内で必死にシュミレーションする。

(突撃時にあの頭部にカウンターを入れる? この無重力では正確に狙えないし、何より破壊力が足りるかどうか………最悪脳を破壊しても活動が止まらない事も有り得るし……ミラ自体をあのマクスウェルの上から破壊する? どうやって?)

 シェリーは己の拳を握り締め、更に考えた。

(重力下ならともかく、無重力状態で内部に衝撃を伝える方法。しかもこの質量差で………)

 自分の持てる限りの技、身体能力、相手との能力差、そして無重力下に置ける運動力学、ありとあらゆる要素を考える内に、再度の突撃が来る。

(あれだけの変貌、長時間は持たない。だけど、時間切れまで待たせてくれるとも思えない。今、ここで倒さないと!)

「シii、ネeェ!!」

 トドメを刺す気なのか、全身のクローが前へと突き出された体勢で、暴走ミラが突撃を開始する。

(かわせない!)

 相手の速度と、手近に掴める物が無い事に回避不能と判断したシェリーが全身で身構えて防御体勢を取る。

(せめて一撃!)

 両腕と両足を前へとかざして身を丸めるような防御体勢のシェリーが、直撃の瞬間を狙おうと拳を構えた時だった。

「トモエダイナミック!」

 少女の叫びと同時に暴走ミラの直上から流星のごとき蹴りが突き刺さる。
 速度とあいまった衝撃が暴走ミラの体を突き飛ばし、シェリーへの直撃軌道から大きくずらす。

「トモエ!」
「ママ、助けに来たよ! あとこれ!」

 トモエがどこから見つけてきたのか、 自らに装備しているのと同じ無重力空間移動用のエアブースターユニットをシェリーへと手渡す。

「パパに習った方法でリミッターは解除してるよ。だけどこのエア残量だとフルで使ったら五分持たないみたい……」
「五分ね……その間にミラを倒さないと………」
「え、あれ鏡のミラ? 随分と太って………」
「イru……モウヒトリiii!!」

 体勢を立て直してこちらを睨み付ける暴走ミラに、母子は拳を構える。

「あんだけブーストかけたトモエダイナミックが効かないなんて………」
「反作用が働くのよ。固定しない限りこちらにも反発が…!」

 そこまで言った所で、シェリーの脳裏に一つの策が浮かんだ。

「……トモエ、ちょっとママ手伝ってくれる?」
「OK! 最初からそのつもり!」

 力強く応える娘に微笑みかけながら、シェリーは懐からアンプルケースを取り出す。

「体重差をあわせないとね」
「え?」

 シェリーはアンプルケースから取り出した無針注射器を自らの首筋に押し当てて中身を注射。
 内部に封入されていたベルセルク2の寄生強制解除用のワクチンが回っていき、ベルセルク2がシェリーの全身から引き剥がされていく。

「な、なにしてるの!?」
「ママのお下がりだけど、ちょっとだけ貸してあげる。結構痛いけど我慢して」

 シェリーは引き剥がされたベルセルク2をトモエへと押し当てると、ベルセルク2に活性用アンプルを注射。
 活性化したベルセルク2がトモエの全身を覆っていき、体内へと潜り込んで神経へと寄生接続されていく。

「う、ウワアアアアアァァ!!」

 神経に寄生されていく激痛にトモエが絶叫を上げるが、やがて収まる。

「ゴメンね、痛かったでしょ……」
「な、なんの……これくらい………トモエは実在した最強の女サムライの名前だって、ママは言ってたモン………」

 脂汗を浮かべながらも強がる娘に、シェリーは罪悪感を感じながらも思いついた作戦を耳打ちする。

「分かった?」
「なるほど、さすがママ!」
「来るわ、コンビネーションパターンはアサルト5!」
「OK!」

 互いに背中合わせになり、あわせた足を蹴りあって二人が離れた間を突撃してきた暴走ミラが突き抜ける。

「行くわよトモエ!」
「OKママ!」

 暴走ミラとの距離を図りながら、二人が上下の壁際に離れる。

「ウウuu………」
「アタック!」

 壁へと激突した暴走ミラが壁から這い出して来た時を狙って、二人が同時に動いた。
 リミッター解除したエアブースターを最大出力で吹かしつつ、全力で壁を蹴った母子が上下から暴走ミラに迫り、ベルセルク2の重量でほぼ同重量、そして同速度となって二人の拳が、同時に暴走ミラへと突き刺さった。

「Gaァ………」
「効いてる!」
「次!」

 均等に極めて近い運動エネルギーを持った攻撃が正対から炸裂し、間に挟まれた暴走ミラの体に叩き込まれる。
 その場で反転して暴走ミラの体を蹴りながら再度二人は離れる。

(反作用が働くなら、同規模の運動エネルギーを反対側から掛ければ、攻撃は通じる!)

 自分の考えが正しかった事を実感しながら、シェリーが同じように壁際へと向かうトモエを見た。

(問題はあの子の体がベルセルク2にどこまで耐えられるか。速攻で決める!)

 こちらに狙いを定めようとする暴走ミラをかく乱するために、エアブースターで壁に張り付いた状態で走りながら、シェリーは同じように壁を走っているトモエと位置をあわせる。

「シュート!」

 その場で一瞬エアブースターを切り、反転して壁を両手で弾き飛ばしながらエアブースターを再起動。
 同時に放たれた蹴りが、再度暴走ミラの体を今度は左右から貫いた。

「ギィaaァ!!」
「行ける! このまま…」

 トモエが喝采を上げた瞬間、暴走ミラの体から伸びた触手が二人の足を絡め取った。

「しまっ……」
「あっ……」

 触手に絡まれた二人の体が、大きく振り回されて壁へと叩きつけられる。

「く、ぁ………」
「うう………」

 手を読まれたのか、ほとんど同じ位置に叩きつけられた二人が苦悶を漏らす中、暴走ミラがそちらを向いた。

「ししし、シねえええェェェ!!!」

 今までで最大の速度で突っ込んでくる暴走ミラを見た二人が、互いに向き合うと同時に相手へと向かって拳を突き出す。
 真正面からぶつけ合った拳が、互いの体を弾き飛ばす中、二人をかすめて暴走ミラが壁へと深々と突き刺さる。

「今よ!」
「OK!」

 足に絡んだままの触手を掴み、二人がそれを引きながら壁へと突き刺さったままの暴走ミラの体へと密着する。

「バーキン流アンチBOWアーツ…」
「奥義!」

 二人が暴走ミラの体に平手を押し当て、もう片方の手で触手を引いて全身を完全に固定。
 大きく息を吸い、息を溜めながら上半身の力を最大限に込める。
 次の瞬間、上半身の筋力全てを爆発させ、その力を全て押し当てていた平手から相手の体へと叩き込む。
 そのあまりの威力に押し当てていた平手の周辺の組織が陥没し、暴走ミラの全身を衝撃が走り抜ける。
 一瞬その体が膨れたかのように見えると、各所の傷口から血が噴水がごとく噴き出していく。

『ツインライトクラッシャー!』

 かつてシェリーが教えられ、切り札としていた技に更なる改良を加え、ゼロ距離から上半身の筋力のみで放てるようにした彼女と娘にだけしか使えない必殺技に、暴走ミラの動きが完全に止まる。
 やがて、血が噴き出していた傷口周辺からゆっくりとその体が崩壊を始めた。

「う、あああ!」
「いけない!」

 そこでトモエが苦悶から絶叫を上げそうになっているのを、かつての自分と同じ状況だと気付いたシェリーが慌てて近寄り、ワクチンを注射してベルセルク2を剥離させる。

「や、やったの?」
「ええ、私とトモエの勝利よ」

 技を放った腕を抑えながらのトモエの問に、シェリーが頷く。
 その間も崩壊はどんどん進んでいき、無重力のエレベーターホールに崩れた肉片が無数に浮かんでいく。
 大分小さくなってきた所で、壁に埋まっていたミラが抜け落ち、虚空に漂う。
 その顔には、すでに生気は全く感じられなくなっていた。

「さ、行きましょう」
「な、ぜ………」

 トモエと共にその場から去ろうとしたシェリーに、ミラが声を掛けてきた。
 最早瀕死のミラに、シェリーが顔を向ける。

「どうして………勝て……なかった………」
「あなたの力は、確かに私よりも上だったかもね。けど、少しだけ違っていた」
「そ……れは………」
「力、技、そして知識。これらは全て、教え、協力して鍛え、そして受け継がれていく者よ。次の世代にね」

 そう言いながら、シェリーがトモエの肩を抱き寄せる。

「次の、せだい……」
「ただ生命を無視した実験を繰り替えし、多くの生命を破棄してあなた達と、無数の訓練と失敗を繰り返しながら改良と精錬を重ねていった私達。積み重ねてきた物が、違ったのよ。決定的にね」
「そう……ね……でも、かち……たか………」

 言葉の途中で、ミラの言葉は途切れる。
 後には、無残な残骸となって宙を漂う屍だけがあった。

「トモエ、よく見ておきなさい。科学も、力も、一つ使い方を誤れば、こうなってしまうという事を」
「ママ………」
「そして、それを繰り返させない事よ。それが、一番大事な事………」
「………うん」
「じゃあ、行きましょう。みんなまだ闘っているしね」
「うん!!」

 力強く、トモエは頷いた。



「うわぁっ!」

 悲鳴にも近い声を上げながら、リンルゥがヘルメスの給排気逆転操作をしながら壁を蹴り、体を回転。
 バレルロールと呼ばれる螺旋状の動きで背後から飛来した弾丸を回避するが、かすめた弾丸が髪をかすめていく。
 大口径弾の衝撃が肌に響くのを感じながら、リンルゥはヘルメスの給排気を再度反転させつつ反対側の壁に着地すると再度加速する。

(なんとか、かわせる。けど………)

 神経加速剤がもたらす感覚加速と肉体の動きのアンバランスさにようやく慣れてきた所で、両足のヘルメスの速度に、持てる限りのテクニックを使っても背後にいるFとの差がほとんど開かないばかりか、むしろ迫られている事にリンルゥが焦りを覚える。

(こいつをボクが引き受けてる限り、他のみんなは作戦に集中できる! けど、このままだと……)

 わずかに感じた悪寒のような物にリンルゥが思わずかがむと、先程まで頭があった位置をFが放ったM500弾が貫いていく。

「このっ!」

 リンルゥはお返しとばかりにロクに後ろも見ないでP90をフルオートで乱射するが、ほとんどが見当違いの壁に当たり、数発がFの胴体に当たるが胴を覆うプロテクターにあっさり弾かれた。

「効いてない………」

 幾ら猛特訓を受けたとはいえ、まだ銃を扱いなれてない自分の射撃の腕にリンルゥは失望しつつも通路を走り続ける。

『弾丸の破壊力なんてたかが知れている。確実に急所に当てなければ弾とリスクの無駄遣いだ』

 レンに教えられた事を今更ながら実感しながら、リンルゥは残弾を確かめる。

(でもこの状況じゃ………)

 無重力の中を、上下左右関係無しに壁面を疾走する自分と、同じく上下左右関係無しに壁面を掴んでは跳んでくるF、互いに複雑な三次元移動を繰り返す状況ではとても狙いをつけられない中、必死になって考える。

(父さんだったら、こんな状況でも戦えるんだろうな……)

 STARS本部で見た、数多の修羅場を潜り抜けて磨きぬかれた、レオンの全く無駄の無い戦いと自分が今行っている戦いとのあまりのレベル差を感じ、僅かに動きが鈍った所で足元を再度弾丸がかすめる。

「迷ってられない!」

 リンルゥは叫びながら再度バレルロールを行いながら宙で体を捻り、Fの方へと向けてP90を連射。
 なるべく狙いをつけたつもりだったが、Fが素早く頭部を腕でかばい、弾丸はアームプロテクターに弾かれた。

「これでもダメか!」

 着地しながら空になったマガジンを外し、新しいマガジンをセットしながらリンルゥは再度疾走を開始。

(パターンを読まれてきてる? もうバレルロールじゃ隙をつけない……)

 更に焦りを覚えてたリンルゥはそこで、レーザーデータポインターで網膜に直接投射しているマップに、登録しておいたポイントが近づいてきている事に気付いた。

(母さんがそこにいる! けどこいつを連れたままじゃ……)

 リンルゥが迷いながら視線をわずかに後ろに向け、追って来るFに注意を向けて戻した時に、目前に影が迫ってきていた。

「うわぁっ!」

 それは無重力の中を漂っていたゾンビの集団で、反応が遅れたリンルゥはまともにその中に突っ込む。
 先程まで力なく浮かんでいたはずのゾンビ達が、リンルゥに気付くと一斉にその腐臭を放つ腕を伸ばし、腐汁が滴る口を開く。

「ひぃ…このおぅ!」

 一瞬パニックになりかけたリンルゥだったが、気力で強引に持ち応えると己の体を掴んでくる腕に向かってP90を連射、強引に振りほどこうとした所で、突如としてゾンビの胴体に風穴が開いた。

「マズ…!」

 今の状況がFの的になる格好の状況だと気付いたリンルゥは、ゾンビ数体の腕を逆に掴むと、勢いをつけてFの方へと放り投げた。
 そのまま姿勢を低くしてその場を通り過ぎようとしたリンルゥだったが、直後に連続して銃声が響く。
 思わず後ろを振り向いたリンルゥは、そこでゾンビ達の頭部が全て一撃で撃ち抜かれているのを見て愕然とする。
 次の瞬間、右足を灼熱感が貫いた。
 銃声と共に、飛び散った血が無数の紅玉となって舞う。

「あ………」

 ようやく自分が撃たれた事に気付いたリンルゥが、血の噴き出した右脛を抑えてうずくまる。

「あ……うう………」

 抑える手から漏れ出し、宙に広がっていく鮮血にリンルゥが愕然とする中、Fは手にしたS&W M500から空薬莢を排出し、次弾を装填する。
 冷徹にFがリンルゥにトドメを刺そうと狙いをつけるが、リンルゥは素早く立ち上がると再度逃走を開始した。

「目標運動能力の剥奪失敗。原因は」

 ゾンビ越しとはいえ、正確に足を狙ったはずの攻撃の失敗に、Fが血を撒き散らしながら逃げるリンルゥをよく観察する。
 すると、宙に漂う紅玉の中に何かの破片のような物が混じっているのに気付いた。

「これは……木片?」


「つうう〜………」

 足から来る激痛に耐えながら、リンルゥは必死になって距離を稼ごうとする。
 血が流れ出す脛、その上に取り付けておいた護刀《玲姫》の鞘が粉々に砕けて不自然に揺れていたが、とりあえず落ちそうにないのでほっておく事にして先を急ぐ。

(これが無かったら足が千切れてたかも………)

 角度が浅かったのと鞘に当たったので深手にはならなかったとはいえ、絶え間ない激痛に顔をしかめながら、リンルゥは玲姫を持たせてくれたレンに感謝しつつ反撃の方法を考える。

(チャンスは一度だけ、それで確実にあいつを倒すとしたら………)

 脳裏に、レオンが撃たれた時の事が思い出される。
 その時のFの行動が、鮮やかに思い出された瞬間、一つの策が思い浮かぶ。

(その前に母さんを助けないと!)

 必死になって逃げならがらも、訓練で教えられたインドア戦闘の突入方法や電子キー解除ツールの使い方を思い出す。

「確かドアを叩っ斬るかドアノブに全弾叩き込む。それでダメなら壁を叩っ斬るか壁に通れるサイズで全弾を叩き込んで……」

 明らかに現状では使えない、というかそもそも教えてもらう相手を間違えている突入方法はスルーして、リンルゥは少しでも距離を稼ごうとたまにある非常用隔壁の作動スイッチを叩きながら疾走するが、隔壁が閉まりきる前にFは平然とその隙間を通り抜けてくる。

(やはりアマチュアか)

 Fがリンルゥのあまり有効的とは言えない策の数々に、相手が戦闘その物に対する知識と経験の薄さを実感しつつ、今度こそトドメを刺そうとM500をリンルゥの予想軌道上に向けながら、また降りてきた隔壁を潜ろうとする。
 だが潜った直後、その先に浮かんでいたピンの抜かれた手榴弾が彼の視界に入ると同時に、それは炸裂した。

「駄目押し!」

 その先の降り始めたばかりの隔壁の影に隠れて爆風をやり過ごしたリンルゥは、隔壁が降りきる前にもう一つ手榴弾を放り込んでいく。
 隔壁に挟まれた空間に爆発音が轟くのを聞きながら、リンルゥは一息つきつつ母のいる牢獄へと急ぐ。

「さすがにあれならすぐには追って来れないよね………」

 まだ新人という事で二個だけ渡されていた手榴弾を使い切ってしまった事を悩んだリンルゥだったが、目的のポイントにたどり着いた事でその悩みも霧散する。

「母さん! 母さん!」
「リンルゥ? リンルゥなの!?」

 それらしきドアを叩くと、中から久しぶりに聞く母の驚いた声にリンルゥの顔がほころぶ。

「母さん! 待ってて今開けるから!」
「大丈夫なの! 外の状況は…」

 母の警告を忘れ、リンルゥが解除ツールをドアの脇にあるコンソールにセットし、スイッチを入れる。

「早く……早く………」

 パスコードが順次解析、解除されていくのを固唾を飲んで待ち、それがあと僅かになった時だった。
 かすかに響いた物音に、リンルゥがそちらを振り向く。
 次の瞬間、大口径の轟音と共に放たれたM500弾が、リンルゥの胸へと突き刺さった。

「え………」

 衝撃で弾きとばされながら、リンルゥの体が宙を漂う。
 その様子を見ながら、全身から焦げ臭い異臭を漂わせるFは手にしたS&W M500のハンマーを起こす。

「標的心臓部に命中。標的ライフデータ急激低下」

 さすがに無傷とは行かず、全身のプロテクターの各所が破損し、傷口から血かオイルか分からない黒ずんだ液体が体の表面を張って出てくるのも構わず、Fはリンルゥの体のスキャン情報を確認する。

「不安定要素大、標的を完全消去」

 心拍が停止していくのを見ながら、それでもなおFは完全にリンルゥの息の根を止めようとそのそばへと近寄り、銃口をリンルゥの頭部、脳へと向ける。

「リンルゥ!!」

 扉の向こうからインファが絶叫とも言える声を上げた瞬間、Fの喉を白刃が貫いた。

「!?」
「残……念……だったね……」

 銃弾が心臓を貫いたはずのリンルゥが、Fが近寄った瞬間に脛の玲姫を抜刀していた。
 突き出された白刃がプロテクターの隙間から己の喉を貫く中、Fの目とそこに仕込まれたセンサーがある一つの事実に確認していた。
 リンルゥの衣服の下に、温度操作用のグリッドや擬似音源、更に血糊までが仕込まれたボディスーツがある事に。

「ダミー(擬死)スーツ……」
「ボクが勝つには、これしかないって言われてね……」

 ある程度の損傷で擬似的に死亡情報を表示させ、無人兵器との戦闘などでセンサーの欺瞞を想定して設計されたが、処々の問題でお蔵入りになった試作品をSTARS本部の倉庫から引っ張り出してきた物で完全に不意をついたリンルゥは、更に白刃を押し込む。

「これ……で!」

 Fの喉から鮮血らしき物が溢れ出した事でリンルゥが勝利を確信した時、Fの左手が押し込まれる白刃を掴む。

「あ………」

 掴んだままの腕ごと、白刃があっさりと引き抜かれる。
 引き抜かれた傷口からさらに鮮血らしき物が溢れるのも構わず、Fは銃口をリンルゥの顔面へと向けた。

「消去」

 切り札の一手があっさり敗れた事にリンルゥが愕然とする中、Fの指がトリガーを引こうとする。
 だがそこで解除ツールがパスコード解除を知らせる電子音が鳴り響き、瞬時にドアが開いて中からインファが飛び出す。
 Fがそちらへ振り向くが、無重力を逆手に取って死角へと潜り込むような動きでインファがFの脇を通り過ぎる。
 再度Fが振り向いた時、そこにはリンルゥの腰にあったはずのCZ75が向けられていた。
 そのまま何のためらいも無くインファはトリガーを引き、弾丸が連続してFの顔面と喉の傷口に叩き込まれる。

「え?」

 若い頃のレオンとまったく同じ顔のはずのFの顔面に次々と弾痕が刻まれ、その下に埋め込まれた電子機器が剥き出しになっていく。
 それでもなおこちらへと銃口を向けるFに、インファはリンルゥからP90も奪うと両手、肘、膝へと連続して至近距離から弾丸を叩き込む。

「あ、あの……」

 リンルゥが先程とは違う意味で呆然とする中、それでも襲ってこようとするFの体をインファが思いっきり蹴飛ばして先程まで自分が閉じ込められていた部屋へと叩き込むと、どこから取り出したのか何か白い塊をアンダースローで放り込むと即座に扉を閉じる。

「離れて!」
「はい?」

 インファがリンルゥの体を抱えて跳び退った直後に放り込まれた物、隠し持っていたプラスチック爆弾が炸裂、凄まじい爆発音と共に扉が内側から膨れ上がる。
 直後、外壁まで破損したのか今度は内側からの圧力でひしゃげた扉の隙間から空気が吸い込まれ始めるが、二人は即座に手近の隔壁を降ろして完全に遮断した。

「やっぱり、ちょっと強力過ぎたかしら? 脱出に使わなくてよかったわね……」
「母さん強い………」

 負傷していたとはいえ、Fをあっさり倒してしまったらしい母親にリンルゥが呆然とする。

「ちょっとむかつく顔してたから」
「……父さんの若い頃じゃないっけ?」

 娘の言葉に、インファは少し表情を曇らせたが、すぐに笑みを浮かべる。

「あの人は、あんなぬるい目をした事は無いわよ。ましてや、闘い方まで真似してたら私に勝てるわけないわ」
「……そうなんだ」
「それで、他の人達は? 多分生存者はいないはずだけど……」
「STARSのみんなはまだ戦ってる。アークおじさんも」

 そこでインファはリンルゥの手にした刀に気付く。

「それは?」
「レンが貸してくれた。お守りだって……」
「そう、よく効きそうね。それじゃあアークの手伝いにでも行きましょう」
「うん!」

 リンルゥは力強く頷くと、母娘は仲間達の元へと向かって進み始めた。




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