BIOHAZARDnew theory
FATE OF EDGE

第三十一章「殲滅! 深遠の混沌!」


『C27ブロック、パージ確認』
『チーム・ブラボー、安全位置まで後退完了!』
『こちら、リンルゥ。現在安全圏まで後退ち…『こちらファントムレディ、オリンポス内の感染レベルはすでに最終ランク、生存者は皆無! すぐにここを破棄しろ!』ちょ、母さん!』

 次々と入ってくる報告にキャサリンはじっと聞き入り、状況逆転のチャンスを待つ。

「チーム・アルファ、状況は?」
『アザトースの攻撃有効範囲外にて待機中、そろそろ時間のはずだが』
「予想影響範囲内に残存者は?」
『まだレン君が戦闘中! 激戦らしくて退くに退けない状況みたいで………』
「くっ………」
『構わない。課長、決行を』

 剣戟の音と銃声混じりのレンからの通信を聞いたキャサリンは、レンの現在位置の表示とこれからやろうとしている事の予想効果範囲を睨むように見つめる。

「『TINA』、影響範囲を絞り込み」
『イエス、マム。影響範囲縮小は理論上可能ですが、初期破壊ポイントが極めて微小になります』
「それも同時シュミレート、可能と断定できたら表示して」
『しばしお待ちください♪』

『TINA』がシュミレートを行う間、キャサリンは再度現状を確認。
 STARSの突撃部隊にも多くの被害が出ており、状況は完全に硬直。
 4エレメンツの《鏡》のミラ、《鋼》のF撃破の報は届いていたが、もっとも厄介な《刃》のジンとレンの死闘は未だ続いている。
 無重力という想定はしていたが、予想以上に困難な状況に、このまま戦闘が長引けば状況は悪化するのは確実だった。

『チーム・ブラボー、新たなBOW多数接近! 戦闘に入る!』
『チーム・チャーリー! ゾンビ大多数接近中!』
『チーム・アルファ、重火器残弾20%を切ったぞ』
「このままだと………」
「………」

 智弘の言いたい事を如実に感じながら、キャサリンは無言でシュミレート結果を待つ。

『マム、結果出ました。所定ポイントを2秒以内に全個所破壊する必要ありです』
「なっ……しかもこれは………」
「全データをチーム・アルファに転送。作戦開始は10分後。レン、10分以内に状況を打開しなさい」
『了解』

 伝えるだけ伝えたキャサリンは、そこで大きく息を吐いた。

「各員、奮闘を祈る……としか言うしかないわね」
「しかし、これは幾らなんでも………」

 反論も聞かず、キャサリンは無言でうなずく。
 だがそこで、今まで目を通す暇が無かったデータに気付いた。

「ファントムレディが見つけた、極秘情報?」

 その中身に目を通したキャサリンの目が、大きく見開かれると、やがてその顔にいつもの笑みが浮かぶ。

「『TINA』、この情報を最機密でSTARS本部に転送、出来る?」
『お任せください、マム♪』
「何のデータを……」

 智弘のコンソールにも表示されたデータに、智弘の目が裏返りそうになる。

「こ、これは……!!」
「そ、事件の黒幕よ。まあちょっと考えれば誰にでも分かりそうだけどね」
「でもさすがに……」
「どうするかは、帰ってから考えるわ」

 それだけ言うと、キャサリンはその場で軽く伸びをする。

「さあ、いよいよ全ての大詰めね」



「なっ、これは………」
「こいつを実行しろと!?」

 送られてきた作戦内容の修正案に、チーム・アルファのメンバーは全員仰天する。

「可能か?」
「もちろん」「OK」

 宗千華は作戦の中核となるケンド兄妹に問い、二人は力強く応える。

「二人の攻撃をいかに成功させるかがカギだ総員で援護にあたれ」
『り、了解!』

 覚悟を決めたメンバー達が返礼し、全員が中枢制御室の方へと向いた。

「突撃する」
『オオ!』

 全員が一丸となって、無重力の通路を進み始める。
 目的地が間近へと迫ってきた所で、アザトースの触手がこちらへと向かってきた。

「撃て!」

 宗千華の指示でメンバー達がアンカーで体を固定し、襲いくる触手に向かって銃を乱射する。
 無数の銃弾を食らい、肉片を撒き散らしながらも触手は迫り、先端の刃が繰り出される瞬間に三つの刃と牙がそれを迎撃する。

「乗り切れ、無限に続くわけではないはずだ!」

 通路内に肉片と鮮血、空薬莢が舞う中、宗千華は思考を巡らせる。

(この状況、このオリンポスごと吹き飛ばす以外に手があるとすれば、あの作戦を成功させるしかない。だが、ケンド兄妹の攻撃が成功するまでアザトースの相手をする者が必要だ。そしてそれは私しかいない。この無重力下、どうやってあれを相手に剣を振るう?)

 突き出される触手の刃と、まれに放たれる電撃をかわしつつ、アザトースとの戦闘方法を宗千華は必死になって考える。
 かろうじて前へと進みつつ、中枢制御室の前へと来た所で、ふと宗千華は己の足元で太刀狛が牙同様にテクタイト・コーティングが施された四肢の爪で器用についてきているのを見て、一つの方法を思いつく。

「なんだ、簡単ではないか………」
「何が?」
「あれを斬る方法だ」

 中枢制御室から外に出ていた触手の最後の一本を、体ごと刃を旋回させて切り落とした宗千華が笑みを浮かべつつ、扉の間近に立つ。

「私が突入して時間を稼ぐ。その間にケンド兄妹は作戦を実行、他のメンバーは援護を」
「稼ぐって、無重力でどうやって闘う気だよ?」
「何、向こうが動けないなら、こちらも動く必要は無い」
「え?」

 宗千華の意味不明な言葉にムサシとアニーが首を傾げる中、全員が扉の周辺に配置し、体を固定させる。

「ムサシ、お前の双刀を貸せ。作戦だと使わんだろう」
「は? 三刀流でもする気か?」
「まあ似たような物だ」

 いぶかしみながら、ムサシが渋々己の得物を宗千華に渡し、鞘に収まったままの国斬丸を構える。

「時間だ」

 短く告げつつ、宗千華一人が中枢制御室へと突撃する。

「おお、また来たのか………」

 中枢制御室に鎮座するアザトースが、中へと入ってきた宗千華を見ると同時に、無数の触手を繰り出してくる。

「くっ!」

 無重力の中、体を捻って攻撃をかわしつつ、宗千華はアンカーを射出、ワイヤーを巻き取ってアザトースのすぐ間近、刀の有効攻撃範囲へと降り立つ。

「見させてもらったよ。君もなかなか面白い素材だ。是非とも使いたい」
「それは無理だ。お前は今日、ここで死ぬ」
「どうやって? 君の戦闘技術は〈重力〉という条件下でしか想定・構築されていない。例えその戦闘技術の構築に数百年、いや千年かけていようが、ここでは我々の方が上なのだ」
「柳生新陰流をあまり舐めない方がいい」
「ほう、これでもかな?」

 真上から見下ろしつつ、宗千華に向かって全方位から雷を纏った物、有機装甲に覆われた物、機械仕掛けの物、そして刃を持った物の四種の触手が迫る。

「そう来るだろうな」

 宗千華は不敵に笑い、武蔵の双刀を抜いた。
 次の瞬間、その双刀をそれぞれ己の足の甲に深々と突き立てた。

「!?」
「足場が無ければ、足を固定すればいいだけの話だ」

 己の足ごと、二つの刃が床を貫き、アンカーと共に三点で宗千華の体を完全に固定した。
 同時に、右目の《鬼ノ眼》が赤い光を放ち、全てを見通す。
 続けて振るわれた白刃が雷が途切れてる部位、有機装甲の継ぎ目、機械の駆動部、刃の根元を瞬く間に斬った。

「これは!」
「動きはすでに見切った。最早恐れるまでもない」

 切り落とされた触手が、虚空を漂いながらもがくのに目もくれず、宗千華は愛刀をゆっくりと横へと引きつつ、中段に構えていく。

「素晴らしい、その場から一歩も動かずに全方位攻撃を迎撃するとは……もっと君のデータを取らせてもらおう!」

 アザトースの巨体の各所から、小さな管のような物が突き出し、そこから何か液体が放たれたかと思った瞬間、液体は業火へと変わる。

「アレの真似か」

 己に迫る業火を宗千華はよけようともせず、両腕で顔を覆う。
 次の瞬間、業火は宗千華に直撃するが、僅かな間に激しく燃えたかと思えばすぐに火勢は弱まっていく。

「対流の起きない無重力下で、火炎攻撃とは間抜けな話だ」
「確かに、動きさえ止まれば酸素をすぐに近い果たして火はすぐ消える。だが慌てる素振りすら見せないとは……つくづく面白い事だ」
「そろそろ終わりにしよう。撃て!」

 宗千華の号令と同時に、構えていたメンバー達が一斉に銃弾をアザトースへと向かって乱射する。

「無駄だと分かっているはずだが?」

 アザトースの全身を、無数の電撃が走り、それに絡め取られて銃弾は次々と運動エネルギーを失ってその場に漂う。

「続けろ、弾幕を途切れさせるな」
「何を考えているのかな?」

 無駄な攻撃を続けさせる宗千華に疑問を感じながらも、途切れない銃撃にアザトースは電磁バリアを張り続ける。
 その様子を、宗千華の右目に埋め込まれた《鬼ノ眼》があますとこなく観察していた。

「そこか」

 やがて、見つけたポイントをアニーのデータポインターへと転送。
 それを受け取ったアニーが、メンバー達から借りた予備のアンカーを総動員させて体を壁に完全固定、扉の縁に足をかけるような体勢でアザトースへとカオス・メーカーを向ける。

「携帯ハンドガン型のレールガン、確かに破壊力は十分だが、たとえどこを吹き飛ばそうと、すぐに再生できる。無駄な事…」
「FIRE!」

 最後まで聞かず、アニーはトリガーを引いた。
 超音速で放たれた超高速弾が、電磁バリアを突破してアザトースの体の各所を貫き、風穴を開けていく。

「その程度…」
「撃て」

 空になったバレル・シリンダーをイジェクトしたアニーが、両脛のニードルショットガンを抜いて速射。
 すると、今まで電撃に絡め取られていたはずの弾丸が次々とアザトースの体に突き刺さり、ニードルに仕込まれた薬品が反応、炸裂する。

「これはいったい………?」
「いかに体内で電流を生み出せると行っても、それを体外に流すにはある程度の集束、放電する組織が必要になる。先程、それを撃ち抜いた」
「どうやって……その眼か!」

 初めて驚愕を露にしたアザトースに、今までのお返しとばかりに無数の弾丸が降り注ぐ。

「だが、その程度では足りぬよ」

 アニーの銃撃で空いた風穴を急速に塞ぎつつ、アザトースの全身を光沢を帯びた有機装甲が覆っていく。

「やはりそう来るだろうな」

 全てを見透かしていたがごとく、宗千華は呼気を吐き、軽く吸いながら愛刀を中段水平に構え、腰元へと引いていく。

「推して参る」

 宣言と同時に、白刃が神速の速さで水平に走る。
 まるで水面を裂くように刃はアザトースの胴体を有機装甲ごと大きく斬り裂き、振り切られた所で上へと跳ね上がり、上段から大きくアザトースの胴体を大きく断ち割った。

「柳生新陰流、《月下天地裂斬》」

 大きく十字に斬り裂かれたアザトースの傷口から、噴水のように体液が噴き出す。

「そのような原始的な装備でここまで! やはりサムライとは素晴らしい! しかしそれも我々の技術の結晶の前には!」
「今だ!」

 宗千華が叫ぶと同時に、アニーがバレル・シリンダーを交換したカオス・メーカーを腰のホルスターに一度収め、抜き打ちの体勢を取る。

「SHOOOT!!」

 そして驚異的な速度で抜きながら、一瞬の間に全弾をファニングで速射した。
 だが放たれた弾丸は、アザトースではなく背後の壁へと次々と風穴を穿っていく。

「何をしている?」

 アザトースは不信に思い、背後を見た時だった。
 穿たれた風穴から無数の亀裂が走り、それがどんどん広がっていく。
 まさかの思いで振り返った時、その場にいるSTARSメンバー全員が体を完全に固定し、耳まで覆う大型のエアマスクを装備している事に気付いた。

「まさか!」
「遅い!」

 それの意図する事をアザトースが悟った瞬間、ムサシは国斬丸の鞘を固定用アンカーで完全に床に固定。鞘のリニアレールの最大超過出力で作動させた。
 限界を超える出力に鞘が耐え切れず粉砕する中、ムサシが国斬丸ごと砲弾が如く射出される。

「ウオオオオォォォォ!!」

 ブラックアウトしそうになる意識を強引に保たせ、ムサシは国斬丸の峰のイオンブースターを最大出力で作動。
 己ごと巨大な刃を強引に振り抜き、その場でしゃがんだ宗千華を超えて大斬撃でアザトースの胴体を完全に両断した。
 同時に、壁に走っていた亀裂が完全に繋がったかと思うと、壁が外側へと吸い出されていく。
 そこには、先程のアニーの銃撃で同じように破砕された複数の壁と、その先、パージされたブロックの有った場所から広がる宇宙空間があった。

「ブロックのパージはこのため、うわあああぁぁぁ!」

 射出の威力のまま激突したムサシの体で弾き飛ばされ、絶叫を漏らしながら、切り離されたアザトースの体が空気と共に宇宙空間へと吸い込まれていく。
 ムサシも一緒に吸い込まれそうになる寸前、かろうじてアンカーを射出、扉から通路の壁へと食い込ませる。

「宇宙は広い。貴様のようなゴミが捨てられても気にならないだろう」

 絶望の表情で宇宙へと吸い込まれていくアザトースを見送る宗千華の元に、体中にワイヤーを着けた太刀狛が来ると、四肢を必死に踏ん張りながら主の体にワイヤーを巻きつける。

「ご苦労」

 宗千華は己の愛刀を太刀狛へと咥えさせ、足を貫いていたムサシの双刀を抜くと、柄に仕込まれていたリニアカタパルトで片方の刃をムサシの方へと射出してワイヤーを掴ませ、もう片方を背後の壁へと突き刺し、刃から伸びるワイヤーを巻き取っていく。

「引け!」
「重て〜!」
「早くしないとやばいぞ!」
「あいつと心中なんて絶対ゴメンだしな!」

 さらに吸い込まれていく空気に必死に抗いながら、STARSメンバー達がムサシと宗千華、太刀狛を引っ張ると緊急用隔壁を降ろし、完全に遮断。
 同時に、今までアザトースが占拠してたシステムが開放され、緊急用サブシステムが重力装置を復活させる。

「おっと」
「おわ!」
「きゃあ!」

 いきなり戻った重力に、皆が思わず床にもつれるように倒れる。

「こちらチーム・アルファ。作戦終了」
『ご苦労様。すぐに戻って』
「了解」

 そこで宗千華が己の足から流れ続ける鮮血に気付いた。

「無茶しすぎだぜ、ジュウベエ」
「そうだな。帰りを考えてなかった」
「おいおい、ぐっ……」

 周りの人間が応急処置を施す中、太刀狛が宗千華の前に来ると己の背を差し出す。

「乗れって事?」
「そうだな、これでは歩けぬし」
「ムサシも」
「ああ、そうだな」

 射出と衝突の勢いで重傷を負っているムサシにアニーが肩を貸し、全員が現存ブロックのどこかから立てる軋み音を聞いて顔をしかめる。

「早く戻ろうぜ。ここもどれくらい持つか……」
「さて、こちらは片付いたが、水沢は終わっただろうか?」

 太刀狛の背におぶさりながら、宗千華の呟きに答える者は無かった。



「はあ………はあ……」
「ふう……ふう………」

 その場に二つの息切れの音が響く。
 そろえたかのように同じテンポで響く呼吸音のそれぞれの主も、また同じように全身傷だらけだった。
 黒装束のレンも、白装束のジンも、全身を刀傷を中心とした無数の負傷でボロボロにしていた。
 互いに右手に握った刃は互いの返り血でまみれ、左手の銃は焼きつきそうなまでになっている。

「兄さん、さっき10分でとか言ってたけど、そろそろじゃないかな」
「ああ、そうだな」

 互いになかなか呼吸が整わぬほどに疲弊し、刃を覆うイオンコーティングも所々途切れ、残弾もほとんど残っていない。

「そろそろ、決着を付けるか」
「別に急がなくていいけどね」
「……」

 呼吸を何とか整え、レンが無重力の中を漂いながらサムライソウル3を懐に仕舞い、大通連・改を両手で構える。
 それを見たジンが、あわせるようにレイ・ガンを仕舞い、妙法村正を両手で構える。

「いざ」
「参る」

 同時に二人が壁面を蹴り、白刃を振るう。
 繰り出された斬撃が澄んだ金属音と共に虚空に響き渡り、そのまま腕力で相手を押しのけるようにして二人は離れると、再度壁へと迫ってそれを蹴る。
 直線軌道で跳んだレンに対し、ジンは軽く捻りを加え、弧を描くように刃を繰り出す。
 己の刃を正面で構えてそれを受け止めたレンは、斬撃の勢いを完全に殺さずに受け流し、すれ違いざまに体を捻って斬撃を繰り出す。
 ジンをはそれを器用に体を捻ってかわし、再度二人は離れる。

(やはり、この状況では致命傷は中々与えられない。下手に実力が拮抗している分、そうそう隙も無い。ならば……)

 レンの視線がいっそう鋭くなり、ジンの顔に笑みが浮かぶ。

「起死回生、って奴を狙ってるのかな? けど、ボクもそう簡単にはやられないよ?」
「それはよく分かっている。だが、これ以上お前に付き合うわけにもいかん」
「つれないなあ、兄さんは」

 顔は笑顔のまま、その視線がレン同様鋭くなっていき、互いに動けぬ拮抗状態に移っていく。
 だがそこで、突然すさまじい破壊音が響き、同時にオリンポスが鳴動する。

「!?」
(今だ!)

 何が起きたか分からないジンに生じた僅かな隙に、レンが左手で素早く額当てを外し、その裏地にあったスイッチを押し込むと己の背後に投じた。

「何を…」

 僅かな隙にレンがした事にジンが疑問を感じた次の瞬間、額当てに切り札用に仕込まれていた高性能爆薬が大爆発を起こした。

「!!」
「ハアアァァァァ!!」

 ブロックごと吹き飛ぶような爆風を受け、レンが愛刀を突き出した状態で弾丸となって突っ込んでくる。
 自爆ギリギリの自殺行為としか思えないレンの行動にジンの反応が僅かに遅れ、爆風の威力を乗せた白刃が、ジンの胸を貫いた。
 そのままの状態で爆風に二人がもつれ合ったまま吹き飛ばされる。
 長い通路をキリモミ状態で吹き飛ばされながらも、ジンが己の胸を貫く刃を見た。

「ボクはこの程度じゃ…」

 常人なら確実に致命傷足りえる負傷を気にもせず、ジンは刃に手をかけようとした瞬間、レンの指が鍔元にあった隠しスイッチを押した。
 次の瞬間、柄に仕込まれていたトラッパーガンが作動、刃の間近に一発の弾丸が突き刺さった。

「がっ……」

 ジンの口から鮮血が吐き出され、直後に二人の体が壁へと叩きつけられる。

『本区画の気密保持機能が破損。エアロック作動、至急退避してください』
「くっ……」

 爆炎は辛うじて特殊繊維の小袖が防いでくれたが、爆風の圧力までは防げす、全身を激痛が走り、確実にどこか骨折してる事を感じながら、レンは刃を引き抜き、降りてきているエアロックの向こう側へと向かう。
 そこでジンの方を見ると、口から血を溢れ出しながらも、ジンは別方向のエアロックへと向かっていた。

「……」

 アザトース攻撃の余波で空気が漏れていく中、エアロックが降りる直前にジンが何かを呟く。
 それが聞こえぬまま、互いのエアロックが完全に閉ざされる。
 サブシステムで人工重力が復活した中、レンはその場に倒れるように座り込んだ。

「こちらレン、状況終了」
『ご苦労様、ちゃんとトドメ刺しといた?』
「……はい」
『じゃあ帰ってきて。他のメンバーはもう収容及び撤収を始めているわ。貴方が最後よ』

 キャサリンの指示に従い、レンがのろのろと立ち上がる。
 そこで、最後にジンが呟いた事を、口の動きから思い出す。

「まだ終わりじゃない、か………」



「く、おお……このままでは………」

 宇宙空間へと放り出されたアザトースが、己の体から触手を無数に伸ばし、オリンポスへとたどり着かせようとする。

「失われてはいけない……この貴重なデータを………」

 普通の生物なら即死している宇宙空間でありながら、その異常な生命力で生存しているアザトースの触手がオリンポスへとたどり着こうとした時、突然その体にプラズマ弾が直撃する。

「!?」

 宇宙空間での予想外の攻撃に、アザトースの体が再度離れていく。
 その眼が、オリンポスの間近でプラズマランチャーを構える宇宙服姿を捕らえた。
 そしてバイザー越しに、不敵な笑みを浮かべるクリス・レッドフィールドの顔も。

「ワンパターンで飽きてんだよ、お前らにはな!」

 再度クリスはプラズマランチャーを構えると、アザトースへと向けてプラズマ弾をぶっ放す。

「おおおおお………」

 二発のプラズマ弾の直撃で、少なくないダメージを追いながら、アザトースが宇宙へと弾き飛ばされていく。

「う、お……ま、だ……」

 それでも体勢を立て直そうとするアザトースの視界に、巨大な影が入ってくる。
 オリンポスにその巨体をめりこませていたはずのギガスの姿が。

「! ブロックパージは、あの戦艦のオリンポスからの剥離を隠すため……」

 相手の真の目的をアザトースが悟ったとき、ギガスの主砲、46cmレールキャノンが照準を定めていた。

「敵、前方に確認! 機体位置を修正!」
『目標、影響範囲からの離脱を確認♪ 左舷46cmレールキャノン、目標完全消滅用粘着プラズマ弾、装填完了です♪』
「さて、じゃあトドメを」

 フレックと『TINA』からの報告にキャサリンが指示を出そうとした時、ガンナー席にインファが座っている事に気付いた。

「ターゲッティング補正を」
『よろしいですか? マム』
「任せるわ。一番ぶちかましたい人でしょうしね」

 トリガーレバーに手をかけたインファが、照準画面に表示されるアザトースを冷徹な目で睨み付ける。
 遠ざかっていくアザトースに照準が合わせられ、補正が完了して完全に照準が固定された。

「これで、ゲームセット」

 冷たい言葉で呟きながら、インファがトリガーボタンを押し込む。
 放たれた粘着プラズマ弾が、目標の飛散を防ぐためにわざと通常より遅い速度でアザトースへと命中。

「う、うおおおぉぉぉぉぉ…………!」

 弾頭表面に塗布された特殊粘着剤が完全に張り付き、ぐんぐん地球から離れていくアザトースが最後の意志でギガスを、その胴体にペイントされているSTARSのエンブレムを睨み付ける。

「我々は……また……彼らに……負け…!」

 完全隔離距離まで到達した瞬間、弾頭に内包されていたプラズマが活性開放。
 眩いばかりの光と共に、膨大な量の電撃、電磁波、熱量が解き放たれ、アザトースを瞬く間に焼き尽くし、蒸発させていく。
 閃光が消えた後に、そこにあったのはアザトースを構成していた有機物の炭化した物、拡散していく僅かな蒸気だけだった。

『目標、完全消滅を確認』
「……終わったわ。ようやく全て」
「母さん……」
「親父無事か? 今回収する」
『ああ、後処理が山と残ってるしな』

 トリガーレバーからゆっくりと手を離し、ため息をつくインファの肩にリンルゥはそっと手を伸ばし、操縦桿を握っていたフレックはクリスに通信を送る。

「地球に連絡。今事件の実行者を処理完了。これより…」
『なにこれ!?』

 指示を出そうとしたキャサリンの耳に、シェリーの絶叫のような声が響く。

『おい、どうなってる!』
『オリンポスが、動いてる!?』

 続くクリスとアークの声に、ギガスのブリッジにいた全員が互いの顔を見た。

「ギガス反転! 外部モニター!」
「了解!」
『イエス、マム!』

 フレックが操縦桿を倒す中、ブリッジの大型ディスプレイにオリンポスの現状が映し出された。

「これは、崩壊?」

 オリンポスの各所が鳴動し、無数のパーツが離れていくその状況にキャサリンは一瞬自爆を想像したが、やがて現れてきた物を見て顔色を青くさせた。

「何、あれ………」
「……ロケットブースター?」

 オリンポスの頭頂部の構成部品が完全に剥離し、そこにあらわれた巨大なロケットに、リンルゥが首を傾げ、インファがその意味に気付いて愕然とした。

「おい、動くぞ!」
「ま、まさか!?」

 フレックと智弘が絶叫する中、巨大なロケットが赤くなったかと思うと、そこから凄まじい噴射が始まる。

「『TINA』!」
『現在シュミレート中、恐らくは中枢動力炉を暴走、それを推力としています! このままでは、オリンポスは地球に落下します!』
「あの質量だ! 地球のどこに落ちても大惨事になる!」
「それだけじゃねえ! 中はT―ウイルスとBOWでいっぱいなんだぞ! それが落ちたら!」
「……地球全土が、汚染されるわ」
「ウ、ウソ………」

 予測されうる最悪の事態をインファが呟き、リンルゥが力を失ってその場にへたり込む。

『オリンポスから通信! 形式から録音データです!』
『さすがだよ。STARSの諸君』

 ディスプレイに、先程消滅したはずのアザトースの中核だったプロフェッサーが表示される。

『これは、もし我々が敗北した時のために残しておいた物だ。これを見ている時、何が起きているかは分かっているだろうね?』
「なんて嫌味………」

 キャサリンが珍しくストレートな悪態をつく中、映像は続く。

『我々は敗北した時、一つの賭けに出る事にした。オリンポスを、地球に落とす。あの質量は地表到達までに燃え尽きることは無い。そして、内部に残っているT‐ウイルスもしかりだ。地球は未曾有の混乱になるだろうね? もし人類がそれを乗り越えられたら、人類は次の段階へと進化できるだろう。乗り越えられなかったら、それは人類という種の限界なのだろう。どうなるか見届けられないのが残念だ。さて、それではさらば。よい終末を』

 映像が途切れると同時に、ブリッジに鈍い破砕音が響く。
 皆がそちらを見ると、インファが無言でそばのコンソールに拳を叩きつけていた。

「か、母さん………」
「私が、もう少し早くここを突き止めていたなら」
「それは無理ね。ここまで到達できたのはあなただけよ、ファントムレディ」

 キャサリンが断言しながら、どんどん推力を増していく巨大なロケットを睨み付ける。

「『TINA』! 地球落下までの残る時間と対策を!」
『………』

 キャサリンの指示になぜか『TINA』は答えず、表示されている擬似画像の瞳が目まぐるしく色を変えていた。

「『TINA』? どうしたの?」
『現状確認。地球滅亡の可能性を含む最大級危険認識。〈DXC―03《GIGAS》〉、最終兵装《堕天》、封印解除します』
「最終兵装!? 聞いてないぞ!」
『ギガス最高特秘兵器です。その能力上、地球上での使用は禁止されていました』
「能書きはいいわ! その《堕天》の詳細を!」
『イエス、マム!』

 フレックが文句を言うがキャサリンは無視して問い詰める。
 ディスプレイに次々とデータが表示され、そこにギガスの艦首を完全開放した姿が現れる。

『最終兵装《堕天》はギガス動力炉を故意に暴走、絶対臨界点にまで到達と同時に射出。目標を動力炉メルトダウン爆発と共に消滅させる、一回きりの兵器です』
「ちょっと待ってくれ! この船の動力炉はレーザー式プラズマ核融合炉だ! それを暴走って事は………」
『イエス、平たく言えば核兵器です。威力としては戦略核兵器として十分通用します』

 いち早くその意味を理解した智弘が完全に絶句する中、キャサリンの顔には逆に笑みが浮かぶ。

「相手は一都市分の質量よ。それでも消滅は不可能ね?」
『イエス、マム。ただし目標の軌道を変更、及び地球圏外へ弾く事は可能』
「ちょ、ちょっと待った! 使う気なのか!」
「じゃあ止めとく? 地球滅ぶけど」
「………何でもいい。どうすればいい?」

 慌てふためく智弘にキャサリンが含み笑いで返し、押し殺したフレックの声が以後の質問を止める。

『プラズマ圏突入直前の瞬間に、《堕天》を発動、地球からのエアショックを併用してオリンポスを重力圏外へと弾き飛ばします。地球に影響を及ぼさないで現状を打破するにはこれしかありません』
「それ以上高度が下がった所じゃ、地球に放射能が降り注ぐしね………」
『計算シュミレート終了、本作戦には問題が一つあります』
「何?」
『質量、落下速度、加速を計上した結果、オリンポス自体の推力を停止させる必要があります。現状可能な方法は、オリンポス中央部にある推力元である動力炉の停止、もしくは破壊が必要です』
「! タイムリミットは!?」
『堕天発動可能限界距離までの到達時間は、あと15分。現在オリンポス内部で実行可能メンバーは一名』
「それは…」
『了解した』

 それが誰かも聞かず、その人物は動き出していた。




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