BIOHAZARDnew theory
FATE OF EDGE

最終章「そして星は輝く」


『レン!』
『レン!?』
『レンさん!』
『レン君!』
『水沢!』
『レン兄ちゃん!』

 自分を呼ぶ何人もの声を聞きながら、レンは通路を一心不乱に走っていた。

『止めろレン! お前も巻き込まれるぞ!』
『も、戻って! 死んじゃうよ!』
『レン! 行っちゃダメ!!』

 フレックやリンルゥ、トモエの静止の声を無視し、レンはインナーアームドスーツのリミット最大まで走力を上げていく。

『オレが行く! あいつまで父親と同じ事させてたまるか!』
『外部からロケットの破壊は不可能なのか!? 二度もサムライに助けられてたまるか!』

 アークとクリスが怒鳴る中、レンは動力炉の位置を確認。

『私も行く!』
『ダメよ! 行くならママが…』
『ここから動力炉までの通路は!』
『ブロックパージで通路が寸断されてるんだ! どっちからも無理だ!』
『宇宙服は!? オレの国斬丸なら!』
『私のカオス・メーカーも!』
『ダメだ、時間が足りない!』

 助太刀に来ようと幾つもの声が響くが、レンは構わず走る。
 一歩どころか、僅かに体を動かすだけで体の各所に激痛が走り、傷口から血が流れ出す。
 折れた骨や打撲が高熱を伴い始め、意識すら遠のく中、レンはただ走る。

『総員退避! 現存ブロックの救命カプセルに搭乗、離脱を!』
『水沢を見捨てる気か?』
『……レン、動力炉破壊後、速やかに脱出。必ず生還しなさい。命令よ』
「……了解」

 キャサリンからの指示にそれだけ告げると、レンは走り続ける。
 呼気に胸の奥から滲み出す血の匂いと味が混じり、視界もかすみそうになる中、レンは走り続ける。

(父親と同じ事、か……)

 かつて、仲間を守り、敵を討ち果たすために壮絶な戦死を遂げた父の事が脳裏を巡る。

『お前自身の信ずる物を、貫き通せ。その手で』

 夢で告げられた言葉の通り、レンは僅かの迷いも無く、多くの人々を護るために、走り続ける。
 当人の気付かない内に、腰に指している大通連・改が何かを知らせるのか鳴動しているが、構わず走る。
 そこにいきなり生き残りのBOW達が襲ってくるが、レンは足を緩めず右手で刀を、左手で銃を抜いた。
 すれ違いざま、薙がれた刃はハヌマンの首を斬り飛ばし、放たれた銃弾はスロウターの頭を撃ち抜き、それが倒れる頃にはすでにレンの姿はそこにはない。

『残り時間、10分です』

『TINA』からの報告が響く中、レンの前にようやく動力室の扉が見えてくる。
 開閉スイッチごと扉脇のコンソールを撃ち抜こうとレンの左手が跳ね上がった瞬間、なぜか動力室の扉が開いていく。
 その理由を考える暇も無く、レンは動力室へと飛び込んだ。

「やっぱり来たね、兄さん」

 そこで待ち構えていた人影に、レンの足が止まる。

「ジン………」
「待ってたよ、必ず来るって」

 そう言いながら、動力炉の方を見ていたジンがこちらへと振り向く。
 純白だったはずの白の小袖袴が、胸から流れるおびただしい鮮血で、赤黒く染まっていた。

「止まらないんだ、全然……どうしてかな?」
「……アポトーシス、お前達がSTARS本部襲撃で証拠隠滅のために使った奴を、不完全だがシェリー隊長が再現した。オレの血を媒介にしてな。その傷は、決してふさがらない」
「ああ、あれか………」

 レンが柄に仕込んでいた弾丸が何かをようやく知ったジンが、小さく笑う。

「このままだと、ボクは死ぬんだね」
「そうだ」
「だけど、それじゃあつまらないよね。サムライの決闘の決着としては」

 顔に笑みを浮かべたまま、胸から鮮血を流しつつ、レンへと歩を踏み出す。

「どけ、時間が無い」
「ボクもだよ。だから、一撃で決着をつけよう」

 ゆっくりと距離を詰め、居合の距離手前まで来た所でジンが足を止める。

「ボクは、全力で兄さんを攻撃するよ。地球を救いたいなら、兄さんも全力でボクをどけてみてよ」
「……分かった」

 ゆっくりと半身を引き、腰をやや落して居合の構えを取っていくジンを前に、レンはサムライソウル3を懐に仕舞うと、袖を捲り上げてインナーアームドスーツにあるパスコードを打ち込む。

「オレはFBI捜査官として、そして陰陽師として、人々を救うために全力で行く」
「そうじゃないと」

 レンも半身を引き、腰をやや落しながら左手の指が、鞘のあるシステムのスイッチを入れる。

『残り時間、5分。以下一分ごとにカウントします』
「そう言えば、一つだけどうしても会得できない技が有ってね。彼がクトゥルーを斬った技、あれはなんて技か分かる?」
「光背一刀流奥義、《因果断ち》。文字通り全てを絶つ技だ。門外不出にして因果必滅、倒せる確証が無くば他者に、特に同じ剣士には決して見せてはならぬ技だ」
「へえ………そうなんだ。兄さんが今まで僕に使わなかったって事は、剣士として僕を評価してくれてたって事なのかな」
「そうだな、お前がオレに並ぶ剣士である事は認めよう。それに、オレにはオレの切り札がある」

 無情なカウントが響く中、二人のサムライが居合の構えのまま、会話しつつも対峙する。
 その背後には暴走を続ける動力炉が、地球滅亡への足取りを進み続けていた。

「FBI特異事件捜査課捜査官、レン 水沢。流派は光背一刀流・改」
「アザトース・4エレメンツが一人、《刃》のジン。流派は光背一刀流・変偽(へんぎ)」
「いざ」
「参る」

 名乗りと同時に、互いの間に刃を押し当てたかのような鋭い殺気が満ちていく。
 互いに荒い呼気を強引に押さえ込み、右手が柄へとかかる。

『残る時間、3分。以下秒読みを…』

『TINA』からのファイナルカウントの瞬間、両者の手が同時に動いた。
 己の右足が床を強く踏みしめ、その力が足から脛へと、そして腰を昇り、上半身で捻りを加えられ、肩から腕へと、そして手から握り締められた刀身へと伝わり、全ての段階で加速が加えられた力が、抜刀となって鞘走る。
 二人の間に、文字通りの閃光が、走る。
 空間その物を引き裂いたかのような、可聴域すら越えた音が衝撃となって周囲に響き渡る。
 閃光が突き抜け、衝撃波も消えた後には、刀を振りかざした体勢のレンの姿があった。
 だが次の瞬間、レンの手の中の大通連・改の柄が完全に砕け散り、同時にレンの右腕から鮮血が噴き出した。

「が……」

 刃だけとなった大通連が床へと突き刺さり、レンが己の右腕を抑えてその場に崩れ落ちる。
 それに対し、ジンも右腕を振り上げたまま笑みを浮かべた。

「ずるいよ兄さん。こんな技を最後まで隠しておくなんて………」

 そう呟いたジンの口から、一筋の血が流れ出す。
 ジンの視線が動き、己の右腕を見た。
 振りぬいた体勢のまま、上腕部で切断されている右腕を。
 抜刀の半ばで切断され、妙法村正を手にしたまま宙を舞ったジンの右腕が、その時になってようやく床へと落ちてきた。
 そしてその背後、動力炉にまで抜刀の軌道上と同じ傷が走り、そこから炎が漏れ出す。
 そこから噴き出した熱風にあおられ、斜めに両断されていたジンの胴体が、ゆっくりとずれて床へと上下別々に倒れ付した。

「はは……ボクを倒すのと動力炉の破壊、同時にやるなんて………」
「光背一刀流・改、最終奥義《星光斬》。インナーアームドスーツと鞘のリニアカタパルトの併用による、居合の最強力、最速力、最適力を兼ね備える超々音速抜刀だ。軌道上のイオン化発光を伴う大気断裂が、全てを斬り裂く。だが、それにオレの体は耐えられん。この腕は、もう二度と刀を握る事は無い………」

 力なく垂れ下がり、鮮血を流し続ける己の右腕を見ながらレンは呟く。

「結局、兄さんには勝てなかったよ……」
「ジン……」
「ボクはね、闘うためだけに造られたんだ。その事にも、強くなる事にもなんの疑問も意味も感じてなかったんだ……だけどね、兄さんと戦ってボクは少し変わったよ………兄さんとは違うけど、ボクにも闘う意味が出来たよ………」
「……オレも、少し違えばそうなっていたかもな」
「兄さんとの戦いは、楽しかったよ……すごく………自分の全てで闘えるって………こんなに怖くて………楽しくて………残酷なんだね………」
「ああ、その通りだ……………」

 ジンの眼から、光が消えていく事に、レンは気付きながらも答える。
 爆発音が響き、動力炉が崩壊を始める中、ジンの残った左手が奥にあるハッチを指差す。

「あそこに………事故用の脱出カプセルがあるよ……それと……その腕……兄さんにあげるよ……もういらないから……ああ……刀も返しておいて…………」
「………ジン」
「時間がな……いよ……いそいで………」

 何とか立ち上がったレンが、大通連の刃と妙法村正を握り締めたままのジンの右腕を抱き上げると、脱出艇の方へと向かう。

「じゃあ、さらばだ……」
「にいさん………ありがとう……さような………」

 ジンの最後の言葉が爆発音にかき消される中、レンはハッチを開けてその中にある脱出カプセルに倒れるように潜り込み、最後の力で脱出スイッチを押した。

「さよならだ……ジン………」



『ロケット噴出、低下を確認。推力なおも急減少中、動力炉の破壊に成功した模様』
「レンは!?」
『救命カプセルらしき物の発進を確認、地球に向けて降下中』
「カプセルの爆発危険圏離脱と同時に、堕天発射!」
『時間的にギリギリです。保証は出来ません、マム。オリンポス離脱不可能圏到達まで、残る30秒! 発射体勢および放射線防護体勢は整ってます!』
「くっ………」
「トリガーをオレに回せ! 地球もレンも救ってやる!」

 フレックが叫ぶと、操縦桿の隣に厳重にカバーで包まれたレバーが出てきた。

『エーテル・フィールド展開、AN粒子放出完了!』
「ターゲット補正! 地表直下点に退避命令は!?」
「すでに出してる! もう時間が………」

 噴射は止まったが、惰性でどんどん地球へと落ちていこうとするオリンポスに向かって、ギガスの艦首が完全展開、艦首ドリルがパージされ、艦体を覆う装甲板に走るサーキットが光を放ちながらフィールドを展開、更にその上を各所から放出された放射能遮断粒子が霧のように覆っていた。
 そしてその開け放たれた艦首の奥にある動力炉は、すでに眩いばかりの光を放ち始めていた。

『残る15秒、動力炉臨海突破!』
「レンは!?」
『大気圏突入しています! 残る10、9、8、7……』
「あいつはいつも自分でどんな悪運でも掴み取る奴だからな。今回もそうしろよ!」
『3、、2…』
「こいつで、ミッションコンプリートだ!!」

 フレックが叫びながら、トリガーボタンを押し込む。
 ギガス艦隊中央部にセットされた巨大なレールカタパルトが、臨界突破したプラズマ核融合炉を超高速で射出する。
 眩い光の残像を残しながら、流星となって放たれた動力炉が、オリンポスの真下まで来ると同時に、凄まじい閃光を放つ。

「うわっ……」
「くっ……」

 予想以上の閃光にブリッジの皆が思わず眼を閉ざし、一時外部映像も遮断される。

「やったか!?」
「現状報告!」

 閃光が途切れた所で、外部映像が復活。
 そこには、落下が停止したオリンポスの姿が有った。

『成功です♪ オリンポスは落下を停止しました♪』
「や、やったぞ!」
「ヒュ〜!!」
「やった、やった〜!!」

 ブリッジのみならず、ギガスに退避していた全ての者達が、歓喜の声を上げた。

「ふ〜……これで一段落かしら」
『マム、地上から機密通信。後処理をするそうです』
「後処理?」

『TINA』からの報告と同時に、オリンポス下部にいきなり爆発の閃光が走る。

「な、なに!?」
「今のは核、いやプラズマ弾か!」
「どこの!?」

 いきなりの事態に、ブリッジに再度混乱が走る中、次々とあちこちの人工衛星から衛星砲が放たれ、それらが全て潜り込むかのような軌道をとりながら、オリンポス下部の同じ個所で炸裂していく。一撃ごとに、ゆっくりとだがオリンポスが地球の引力圏を離れていくのを見たキャサリンがその意図に気付いた。

「ああ、そういえばゴミを出しておかないとね。焼却炉に」
「焼却炉って………」
「まあ、あんなT―ウイルスと放射能両方に汚染されてる物、地球の上に浮かべて置けないけど………」

 立て続けの爆発にオリンポスが徐々に加速していく。
 その軌道の先に、眩く輝く太陽が見え始めていた。

「『TINA』、予備動力でレールキャノン動かせる?」
『ギガス大気圏突入及び着地までの予備エネルギーを計上すると、両舷一発ずつが限度です』
「それであれ動かせる?」
『誘導砲弾を着弾後、最大出力で噴射させれば可能です♪』
「じゃあそれお願いね」
『イエス、マム!』

 ギガスから放たれた誘導砲弾、それ自体が推進用ブースターと誘導機能を持つ、ミサイル砲弾とも言える物がオリンポス下部へと突き刺さると、噴射を始める。
 それと同時に、あちこちの衛星からも同様の物が放たれ、噴射を始める。
 仕舞いには人工衛星その物までも突っ込んできて次々と直撃し、無数のブースターからの噴射がオリンポスをどんどん地球から遠ざけていった。

「どこの国だ、衛星砲用誘導砲弾なんて搭載してたのは………」
「というか、軍事衛星が幾つか突っ込んだけど、よく許可出たね………」
『いいえ、全て地上からのハッキングによる物です。軌道誤差修正プログラムを誘導砲弾に転送。現状の速度だと、太陽までの到達時間は21247時間後』
「二年半ってとこね。追いつこうとする馬鹿が出ないといいんだけど」
「それ以前に、世界中の軍事衛星同時ハッキングした連中の方が問題ね」
『地球滅亡の危機に、世界中の国々が協力したという事にしておきましょう♪』
「そうね、保有してた国にFBIとICPOから感謝状でも送っておけば」
「いいのかな………」
「ま、ともかく帰りましょう。進路、地球へ!」
『イエス、マム!』



30分後 アメリカ ワシントンDC ホワイトハウス

「上空での大規模爆発の後、小規模な爆発を複数確認。オリンポスの地表落下は阻止できた模様です。それと、過剰な攻撃によりオリンポス自体は地球から離れていっております。概算上は、恐らく太陽に向けてかと………」
「……巨額を掛けた宇宙ステーションを、太陽に捨てる気か………だが、地球滅亡の危機は去ったとすればいいのだろうか……?」

 ホワイトハウスの会議室で報告を受けていたアメリカ現大統領と閣僚達は、最新の報告を聞いてある者は安堵し、ある者は嘆息した。

「結局、STARSが全て片付けてしまったか………」
「だが、今回の被害総額は幾らになるか。見当もつけたくない」
「それ以前にヘブン・ステアーの崩壊と、オリンポスの損失、どちらも大問題だぞ」
「至急各国首脳と処理に関して緊急会議を…」

 そこまで言った所で、突然外からヘリのローター音が響いてくる。
 直後、無数の銃声が鳴り響き、それはどんどんと会議室へと向かってきていた。

「な、何事だ!?」
「テロか!?」

 閣僚達が色めき立つ中、会議室の扉が荒々しく開けられる。
 そこにいたのは、テロリストではなく、STARSの地上残存部隊のメンバーだった。

「STARS!?」
「血迷ったか!」

 いきなりの事態に閣僚達が声を上げる中、銃を持ったメンバー達が両脇に引いて道を開ける。
 そしてそこから、車椅子に乗った人影が姿を現した。

「大統領、あなたを逮捕します」
「貴様、STARS長官 レオン・S・ケネディ!?」
「瀕死だと聞いてるぞ!?」

 その人影、背後の車椅子に無数に搭載された生命維持装置に繋がれたレオンの姿に、閣僚達が絶句する。

「レオン長官、この度のSTARSの活躍には感謝している。だが、これはどういう事かね?」
「分からないのか?」

 毅然とした態度の大統領に、レオンが後ろに目配せする。
 すると後ろから何かのレポートを持ったクレアが姿を現し、そのレポートを会議室の机へと叩きつけた。

「これは、オリンポス突撃部隊が見つけたデータ。ある計画の企画と、研究データよ」
「そう、オリンポス内で行われていた《スター・チルドレン計画》の真相だ」

 レオンのその言葉に、大統領の顔から血の気が引いていく。

「昨今の急速な技術の発達は、宇宙航行及び宇宙開発技術においてもめざましく進歩している。だが、この国では90年代の中東軍事介入を起因とした膨大な戦費捻出のために宇宙開発予算を低減。
その結果、技術の停滞を招き、気付けば他国どころか民間組織にすら遅れを取る状態にまで陥る所となる。『月にすら行ける』技術など最早何の役にも立たず、これ以上の技術権威の低下を恐れたあなた方アメリカ首脳陣は、オリンポス内でこの計画を実行に移した。
表向きは宇宙開発のエリートを育成する計画、だが《スター・チルドレン計画》の本当の目的は、宇宙開発に適した特殊人類の製造。そしてそのために数多の実験データを持つアンブレラの元科学者達を秘密裏に採用、実験に当たらせていた」
「証拠があるのかね? それだけでは…」

 大統領の前に、更に無数の写真がばら撒かれる。
 そこには、オリンポス内で行われていた幾つもの実験施設の物だった。

「あなた方にとって予想外だったのは、アンブレラの元科学者達が、今だ自分達の敗北を認めきれてない事だった。そのため、彼らは秘密裏に新たなBOWの開発を行っていた。それが、今回の事件の真相だ」
「彼らが勝手にやった事だ! これ程の事件になるとは予想すら…」
「その実験データは一部軍に流されていた形跡がある。新型BOW開発のデータは、それ以外にも多くの軍事転用が可能だったからだ。
そしてその事を知りながら、あなた方は実験を続けさせていた。この国を世界の中心であり続けさせるために。こうなる可能性がある事を知りながら」
「す、全ては科学者達の暴走だ! 我々に責任は…」

 大統領が言及しようとした時、レオンは自らが乗る車椅子を大統領へと近付ける。

「な、何を……」

 ゆっくりと大統領へと近づいていく車椅子を誰もが止める事が出来なかった。レオンの放つ強烈な雰囲気に全員が身動き一つとれず、そのままレオンは大統領の真正面へと辿り着く。
 そこで大統領が口を開こうとする。
 が、次の瞬間、大統領の腹にレオンの強力なボディブローが突き刺さった。

「大統領!」
「レオン!」「長官!」

 予想外の事に閣僚達が色めき立ち、生命維持装置が無数のアラートを立てる中クレアやSTARS隊員達が慌ててレオンに駆け寄る。

「いい気になるなプレジデント。貴様らがこの計画にどれだけの資金と資材をつぎ込み、数多の命を消費させ、どれだけの恩恵を受けたか、全て分かっている。
私は言ったはずだ、以後この事件に関係したいかなる組織をも対処、場合によっては殲滅すると。貴様がどんな地位にいようと、どんな権力や財を持っていようと関係ない。貴様はただの犯罪者だ」
「な……」

 腹を抑えてうずくまりかけた所を、襟首を掴まれ、断言された大統領がレオンに異論を唱えようとするが、その眼を見て出すはずだった言葉は全て喉の奥で霧散していく。
 瀕死状態のはずにも関わらず、一切鋭さを失わない、猛禽の瞳の前に。

「すでにICPOを通じて関係組織及び人員全てに逮捕状を持った者達が向かっている。無論、貴様もだ」
「あ、ああ………」
「連行しろ」
「は!」


数分後 ワシントンDC ペンタゴン

「大統領が逮捕されただと!?」
「すでにスター・チルドレン計画の全てがばれている模様、ここにもすぐに……」

 ペンタゴンの中で、大統領逮捕の報を聞いた国防大臣が足早に通路を歩いていく。

「まずい、大統領だけでなく、私まで逮捕されればアメリカの権威は失墜する。ここはなんとしても逃げ、シビリアンコントロールで情勢を立て直さねば……」
「しかし、もうそこまで!」

 秘書官の声に足取りを速めながら、国防長官は緊急用のヘリポートへの直通エレベーターに乗り込む。

「くそ! たかがICPOの一組織程度がアメリカの権力に牙を剥くなぞ、あっていいはずがない!」
「ですが、今回の事件はSTARSの活躍がなければ……」
「分かっている! だからこれ以上の情勢悪化はなんとしても…」

 言葉の途中でエレベーターの扉が開く。
 そこに広がっている景色に、国防長官と秘書官は絶句した。

「な、何が起きた!?」

 そこでは、脱出用のヘリが炎上しており、その周囲に警護についていたはずの兵士達が倒れている。
 僅かに動いているはずの者達もいる事から死んではいないようだが、誰もが完全に戦闘力を失っていた。

「これは一体………」

 ふとそこで、間近で震えている一人の兵士を見つけた国防長官が詰め寄ると、その肩を揺すって問い詰めた。

「どうした! 何が起きたのだ!」
「ば………化け物! 化け物が!」
「化け物?」
「見つけたぜ……国防長官さんよ……」

 そこで声をかけながら肩を叩かれた国防長官が振り返る。
 そこには、腹から血を滴らせながらM―8コンパーチプルライフルを肩にかついだカルロスが、凄絶な笑みを浮かべていた。

「どこに行こうってんだ? まさか逃げる気じゃねえだろうな?」

 全身のあちこちに火傷を追い、全身から焦げ臭い異臭を漂わせ続けるロットが、炎上したヘリの陰から姿を現す。

「逃げるならいいとこ紹介してやるぜ。地獄って言うとこだが」

 肘から下が失われている右腕から血を滴らせながら、スミスが残った左腕でSPAS21を構えた。

「遠慮すんなよ、オレ達ゃ常連だからよ」
「顔パスだって効くぜ」
「特等席に案内してやるからよ〜」

 なんで生きてるかも分からない重傷を負いながら、恐ろしい笑みを浮かべた三人の男が国防長官に迫ってくる。

「く、来るな来るな来るな、ひぃぃぃぃ!!」

 恐怖と混乱で絶叫しながら、国防長官が懐から銃を抜いた所で、スミスが放ったゴム弾がその銃を撃ち飛ばす。

「さあ逝こうぜ、みんなでなあ?」
「ひあああぁぁぁぁ……あっ」

 スミスが手を伸ばした所で、とうとう恐怖に耐え切れず国防長官が白目を剥いて失神する。

「おい、伸びちまったぜ」
「なんて肝の小せえ男だ」
「よくこれで国防長官なんて勤まるもんだ。あんたらもそう思うだろ?」

 スミスがそばにいたはずの秘書官と兵士へと問い掛ける。
 だがそこには、たがいに抱き合うような形で震え上がっている二人の姿が有った。
 二人は歯の根も会わない程に震えながら、黙って首を縦に振るしかなかった。



同時刻 フロリダ ケネディ宇宙センター

 混乱の極みにあった中枢センター周辺を、無数のパワードスーツが囲んでいる。
 重装甲に一切の火器を装備せず、右肩にICPOのエンブレム、左肩に御用提灯型のパトライトを付けたICPO最新の非殺傷機動逮捕部隊の中央に、トレンチコートにハット姿の女性が仁王立ちになっている。

「来たわね、じゃあこれ」

 そこへ、関係者リストを持って現れたジルがそれをトレンチコート姿の女性へと手渡す。

「あとはこちらで」
「お願い、こっちも別の仕事があるしね」

 ジルがローターを回転させているヘリへと乗り込む中、トレンチコートの女性が懐からゆっくりと一本の使い古された十手を取り出した。

「ICPO機動逮捕隊の銭型だ! テロ幇助容疑で関係者全員逮捕!」
『了解!』

 号令と同時に、パワードスーツ達は一斉に建物の中に突入していった。



「ホワイトハウス、議事堂、ペンタゴン、NASAにまで逮捕の手が及んでます!」
「社長! ここももう直!」
「すぐに関係資料を破棄! 来たら破棄終了までなんとかごまか…」

 アメリカ屈指の軍事企業の一室で、社長と重役達が顔色を失っている。
 すでにマスコミ達がこの前代未聞の逮捕劇の緊急特報で伝える中、関係していた民間組織にも及ぶのは時間の問題だった。

「生物兵器らしき物の実験が行われているという時点で無理にでも中止を提言していれば!」
「しかし、M・SOCOM開発には彼らのデータが必須でして……」
「分かっている! だが今となって…」

 ふとそこで、社長は窓の外にこちらへと向かってくる大型カーゴヘリに気付いた。
 その姿がある程度まで近付いた所で、その胴体にSTARSのエンブレムがあるのが見えた社長及び重役達の顔から血の気が音を立てて引いていった。

「き、来たああぁぁぁ!!」
「に、逃げろぉ!!」

 重役達が慌てふためいて逃げ出そうとする中、カーゴヘリの扉が開くと、そこからアンカーが次々と撃ち込まれ、ガラスを叩き割って会議室の壁とドアに突き刺さる。

「ひいいいぃぃ!!」

 アンカーに付いていたワイヤーを伝って、重傷で本部に残ってたはずのSTARS隊員達が次々と会議室になだれ込み、逃げようとする者達に銃口を向ける。

「全員動くな! テロ幇助容疑で逮捕だ!」

 カーゴヘリの中から、相変わらずぎっくり腰で車椅子のバリーが拡声器で叫ぶと、全員がっくりとその場で肩を落した。

「さてと、あとは向こうに行った連中が無事帰ってきて終わりだな」



同時刻 大西洋沖

 体を襲うゆるかやな揺れに、レンは僅かに眼を開ける。
 それが、波による物だと気付いたレンは、なんとか動く左手でカプセル内をまさぐり、ハッチの開放ボタンを操作する。
 ゆっくりとハッチが開いた先に見えたのは、眩い太陽の光、そして静かに揺らめく海だった。

「こちらFBI特異事件捜査課捜査官、レン・水沢……地球に無事帰還、救援を請う。繰り返す…」

 脱出カプセルに内蔵の通信機に救援要請を呼びかけている途中で、こちらへと近付いてくるヘリにレンは気付く。
 ある程度まで近付いた所で、それにSTARSのエンブレムと、ハッチから身を乗り出して手を振っているジルの姿を認めた所で、レンは息を吐いて眼を閉じる。

「終わったな、この事件は……」

 安堵を感じつつ、レンはゆっくりと眠りへと落ちていった………





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