第三章「衝撃!甦りし悪夢!」(後編) 第三章「衝撃!甦りし悪夢!」(後編)


BIOHAZARDnew theory
FATE OF EDGE

第三章「衝撃!甦りし悪夢!」(後編)


「おい! もっと何かないのか!?」
「何も無いぞ! 押さえるんだ!」
「こっちも来てくれ! もう限界だ!」

 小さいながらも、多目的用として作られた体育館の中で、20人近い老若男女が立てこもっている。
 入り口全てに用具室から持ってきたらしい運動用具が積み重ねられてバリケードとされ、更に内側から男性達が"外"からの招かれざる侵入者を阻んでいた。
 扉の向こう側からは、生ける死者達の怨嗟の声が響き、体育館の中央では女性や子供が身を寄せ集めて震えていた。

「ヒィッ!」

 ガラスの割れる音と共に窓の一つが割られ、そこから皮がただれ、異臭を漂わせる腕が入ってきた。

「このっ、このっ! あ…」

 駆け寄った男性がその腕を振り払おうと片隅にあったモップを振るうが、不用意に近付きすぎたのか、逆に腕を掴まれ、外へと引っ張られていく。

「た、助けてくれ! ギャアアアァァァー!!」

 瞬く間に外へと引きずり出された男性の絶叫が響き、それに肉を食い千切り咀嚼する音が続く。

「も、もうダメだ! オレ達も食われちまうんだ!」
「いやあぁ! 死にたくないぃぃ!!」
「大地の精霊よ、お助けください………」

 絶望する者、絶叫する者、祈りを捧げる者の目の前で、外からの圧力に耐えかね、扉を塞いでいたバリケードが崩壊する。

「まずい! 積み直すんだ!」
「間に合わない!」

 バリケードを押しのけ、扉がこちらへと強引に開かれる。
 そして、そこからゾンビ達が中へと入り込んできた。

「うわあぁぁ!」
「きゃああぁぁ!」

 皆が絶叫を上げながら逃げようとした時、突然強烈な発砲音と共に中に入ろうとしていたゾンビの顔が吹き飛んだ。

「!? た、助けが来たのか?」

 何が起きたのか理解出来ない者達の前で、発砲音は続き、その度に確実にゾンビの数は減っていく。
 そして、進入しようとしたゾンビ達の屍を超え、右肩にシカゴ警察のエンブレムが刻まれている一体の軽量型パワードスーツが姿を表した。

「全員生きてるか?」
「い、一応………救援部隊か!?」
「違うな、オレはあいつらを殲滅しに来たんだよ。お守りを付けてやるから、とっとと閉めておとなしく待ってろ、かなり囲まれってからな」
「ま、まだいるのか!?」
「ああ、うじゃうじゃいやがる。あ〜あ〜う〜う〜言いながら噛み付いてくるしか能の無いゾンビ連中がな。お陰でイヤな事思い出しちまうじゃねえか…………」

 愚痴をこぼしながらパワードスーツが外へと向き直る。
 そのパワードスーツ、警察用軽装甲高機動ユニット《ケルベロス》が手にしたSPAS21ダブルバレルショットガンを構える。

「くそ、まんまあの時の再現かよ…………」

 ケルベロスをまとった男、旧STARSメンバー、現シカゴ警察モビルポリスチーム・リーダーのスミス・ケンドが歯軋りする。

「全員降下! この体育館を死守するんだ!医療班及び誰か後2人、内部で怪我人の治療とワクチン摂取とガードだ! 変なのが中に入ってきたらぶっ放せ!! 天井と床下にも気をつけろ!」
『了解!』

 スミスの号令と共に、上空からパワードスーツを纏ったSTARS初の機動装甲部隊である第七小隊が降下してくる。
 スミスの纏うケルベロスタイプに多少武装変更とカスタムを加えた《ケルベロス・STARSカスタム》がスミスを中心として体育館の周囲に展開していく。

「CH!」
「はい隊長!」

 スミスの隣に、スミスのと同じシカゴ警察のエンブレムが刻まれ、巨大なIWSアンチマテリアルライフルを携えたケルベロスが復唱しつつ並ぶ。

「お前は屋根の上に上れ! こちらに逃げてくる奴がいたら援護! それ以外はゾンビ叩きだ!」
「了解!」

 短距離ジャンプ用のバーニアを吹かし、屋根の上へと陣取ったケルベロスは、センサーとカメラアイを最大にして周辺の警戒を始める。

『10時の方向、ゾンビの大群が向かってきます! 数およそ20!』
「一斑! オレと一緒に迎撃体勢! 二班は他方向及び館内を警戒! 頭の上と足の下にも気をつけろ!」

 命令を下している間に、通りの向こうからゾンビ達が顔を出す。
 最初の一体は、屋根の上に陣取っているCHと呼ばれた男の狙いすました狙撃で頭を吹き飛ばされる。

「来やがれ!」

 咆哮のような声と共に、スミスはためらい無くケルベロスを突撃。パワードスーツによる使用を前提として設計、製作されたダブルバレル・大型オートマチックショットガンのトリガーを引いた。
 面制圧を強化するための並列に並んだ二つの銃口から、同時に散弾が吐き出される。
 頭を吹き飛ばされた前の二体のゾンビが倒れるのを待たず、スミスは狙いをその隣にいるゾンビに向けて速射。
 連続して寄ってきていたゾンビ達へと連続して散弾を叩き込み、その数をみるみる減らしていく。
 しかし、最後の一体となった所で、ケルベロス内部の残弾指示モニターに銃内残弾数が0の表示を示した。

「待ってられるか!」

 SPAS21を足のオートリロードユニットに叩き込み、マガジンの交換を待たずにスミスは最後の一体に急接近。
 その頭をマニュピレーターで掴むと、即座に対サイボーグ用のスタンスパイクを射出。
 電圧を最大にセットしてあったスタンスパイクは、放電が起きる程の大電圧を放出し、ゾンビの頭部を焼き尽くした。

「一丁上り!」
「すげえ、ほとんど一人で片付けちまった………」
「カルロス隊長が呼びたがってる訳だ……」
「気ぃ抜くんじゃねえ! ため息一つの油断で食い殺されるぞ!」
『り、了解』

 スミスの一喝に、第七小隊のメンバー達は思わず竦む。

『こちら救援部隊!現在体育館にて救助希望者を募集中! 希望者はゾンビに警戒しつつ、頭上にて手を振りながら集合されたし! なお、こちらの注意事項を守られない場合はゾンビとみなして射殺する! 繰り返す! 救助希望者は体育館に手を振りつつ集合!』

 内蔵スピーカーを最大出力にして放送しつつ、スミスはマガジン交換の終わったSPAS21を取り出しながら、マイクの設定をスピーカーから通信へと切り替える。

「あーあー、こちら夜勤中のテロ鎮圧現場出動後、仮眠もなしに搬送されてきていきなり隊長代理やらされてるスミス、STARS他の小隊、誰でもいいから応答してくれ」
『スミス! 来てくれたのか!』

 通信から聞こえてきた声に、スミスがスーツ内で笑みを浮かべる。

「ようカルロス、久しぶり。二年ぶりか?」
『三年だ、ボケてきたか?』
「右目と右足も機械になっちまったが、他は全部現役だよ、そっちはどうだ?」
『今の防衛線を維持するので手一杯だ! それにお前ん家のドラ息子とじゃじゃ馬娘が孤立しちまってる! こちらはとてもそこまで行けそうにない!』
「ああ、それなら聞いた。安心しろ、最強の増援が今向かっている」
『最強?……あいつが、Jrが来たのか!』
「ああ」

 押し寄せてくるゾンビに散弾を叩き込みつつ、スミスは微塵の心配もしていなかった。



「はあ……はあ………」

 通りを、一人の男が息を切らせながら走っていた。
 先程まで乗っていた車はハンドルを切り損ねて建物に激突して大破し、そこから息も絶え絶えに男は抜け出す。
 その男に向かって、周囲から現れたゾンビ達が男を包囲してきた。

「はあ………あっ!?」

 疲労と焦りから、男の足がもつれ、転倒する。
 そこへ、ゾンビ達が殺到していく。

「う、うわああああぁぁぁ!」

 己の最後を予感した男が、絶叫しながら顔を両腕で覆う。
 だが、男の服に亡者達の腕がしがみ付いた所で、亡者達の動きが止まった。

「………?」

 いつまで経っても訪れない最後に、男がそっと腕を降ろす。
 そこには、男に食いつこうとした瞬間のまま、停止したゾンビ達の姿が有った。

「な、なんだ?」

 男が、そっとゾンビに手を伸ばす。
 その指が僅かに触れた瞬間、ゾンビの頭部が胴体から落ちた。

「うわっ!?」

 男の声が合図のように、ゾンビ達の頭部が次々と路面へと落ち、程なくして力を失ったゾンビの胴体が崩れ落ちていく。

「………どうなってんだ?」

 男が首を傾げた時、ふとその場を遠ざかっていく足音に気付いた。
 そちらを見た男は、こちらを走り去っていく妙に裾の長い服を着た人影と、その背に刻まれた《FBI》の文字に目を奪われていた。



「まだか!?」
「ダメだ! まだしばらく掛かる!」
「急がせてくれ! こっちはもう持たない!」

 通りを塞いで構築されたバリケードフェンスの向こう側に、押し寄せてくるゾンビ達が怨嗟の声を上げ、バリケードの隙間から手を伸ばして獲物を捕らえようともがく。
 それを前にして、横に停車されたパトカーから銃を構えた警官や、ハンティングライフルを手にしたハンター、ブーメランやクラブ(棍棒)を手にしたアボリジニ(オーストラリアの原住民族)の男達が、脱出用のバスが出るまでの臨時の防衛線を構築していた。

「増援は!?」
「ダメだ! どこも手一杯だ! 安全な所なんてもうこの街には無い!」

 震える手でハンティングライフルを構えるハンターが、今にも倒れそうなフェンスバリケードを凝視する。
 しかし、殺到するゾンビ達の圧力に、とうとうバリケードが傾き始めた。

「く、来るぞ!」
「まだか! まだなのか! こんな戦力じゃ……」

 叫びながら警官がトリガーを引こうとした時、ふと足音に気付いた。

「誰か来る?」
「脱出者か? それとも増援?」

 自分達の背後へと視線を向けた者達は、通りの向こうからこちらへと疾走してくる人影を見た。
 全身を墨色の裾の長い衣装で包んだ人影は、驚異的な速度でみるみるこちらへと迫ってくる。
 突然、人影から銃声が響く。
 放たれた弾丸は、バリケードの隙間を的確に抜け、バリケードの中央部にいたゾンビの額を貫いた。
 一発に留まらず、二発、三発と銃声は続き、その全てがそれぞれ中央部にいるゾンビの額を貫いていく。
 やがて、残弾の尽きた銃からマガジンをイジェクトしながら、人影は唖然とこちらを見ていた者達を走り抜き、バリケードへと迫る。

「お、おい!」
「そっちは!」

 制止の声も聞かず、人影は重石代わりにバリケードに押し付けて止められていた車を踏み台にし、人の背丈ほどはあるフェンスバリケード、更にその上へと跳ね上がった。

「なっ!?」

 驚異的な跳躍力に度肝を抜かす者達の前で、人影は銃を歯で咥えてスペアマガジンをセット、口でスライドを引いて初弾を送り込むと、即座に左手で構えて立て続けに銃を連射。
放たれた銃弾は、ちょうど人影の着陸地点にいたゾンビの頭部を正確に貫いた。
 力を失って倒れるゾンビ達を踏みつけるようにして、人影はゾンビ達の殺到していた通りへと舞い降りる。
 その時、すでに右手は腰の柄へと伸びていた。
 鞘鳴りの音が、怨嗟の声の中に軽やかに響く。
 たった一撃で、人影の眼前にいたゾンビ達が胴体や首を両断され、その場に倒れ伏す。

「何が起きた?」
「イ、イアイヌキ?」

 事態をまったく理解出来ない者達は、改めてゾンビ達の只中へと飛び込んだ者を見た。
 それは、墨色で染め上げられた小袖袴を着た、鳶色の瞳と髪を持った若い男だった。
 腰のガンベルトには無数のマガジンと手榴弾を付け、その右手には一振りの日本刀が、左手にはベレッタによく似たハンドガンが握られている。
 そしてその背には、《FBI》の文字が刻まれていた。

「FBI!? なぜこんな所に?」
「まさか、FBIのブラックサムライ!」
「この先にバリケードは幾つある?」

 驚く警官達に、黒装束の男、レン・水沢は周囲全てを亡者に囲まれているのを気にしてもいない風な口調で問うた。

「こ、ここで最後だ!」
「了解した。半分受け持つから、残りを頼む」
「……え?」

 レンの言葉を皆が理解するよりも早く、愛刀―備前景光びぜんかげみつが腰の鞘へと収められ、瞬時に放たれる。
 僅かな煌きのみを残して、白刃がレンを狙ってきたゾンビ達へと向かって舞う。
 後には、首や頭部を両断されたゾンビだけが残った。

「ぁぁぁああああ!!」

 白刃は止まらず、レンの口から徐々に漏れ始めた雄たけびと共に、益々速度を増し舞っていく。
 正面のゾンビの眼球ごと脳髄を抉って後頭部へと突き出した刃が、そのまま横へと薙がれて隣のゾンビの頭部を両断する。
 即座にレンの手の中で柄が反転し、逆手に握られた刀は背後から手を伸ばしてきていたゾンビの開け放たれていた口へと突き込まれ、的確に延髄を貫く。
 左から押し寄せてきていたゾンビへと向かって左手が跳ね上がり、手にしたハンドメイドベレッタ―サムライソウル2が吠える。
 連続して放たれた45ACP弾が押し寄せてくるゾンビの額を的確に貫き、頭蓋を貫いたホローポイント弾頭は自らの圧力でひしゃげて脳髄をかき混ぜる。
 倒れるゾンビ達を押しのけ、新たなゾンビ達がレンへと襲い掛かる。
 刃を翻したレンは、前方のゾンビに向けて刺突を立て続けに食らわせ、眼球ごと脳髄を貫く。
 倒れるゾンビの肩へと足を掛け、小袖の中に着込んだ密着ボデイスーツタイプのインナーアームドスーツを最大出力。
 その反応速度の過敏さと増強されるパワー制御の難解さから極めて扱いが難しいインナーアームドスーツを難なく使いこなし、通常の5倍以上にまで高められた脚力がレンを宙へと飛び立たせる。
 ゾンビ達のはるか頭上へと跳んだレンを追って、無数のただれた手が伸びる中、レンは空になったマガジンをイジェクト、スライドレバーでスライドを戻すと、サムライソウル2のスライド後部を歯で咥え、左手で腰のガンベルトからスペアマガジンを取ると素早くセット、口でスライドを引いて初弾を装弾する。
 すでに落下へと移っていたレンは、体を反転、頭を下に、足を上にするような形にしつつ、刀を真下へと向けて構える。
 その場で息を一つ吸い込むと、それを肺へと溜め、手にした刀を鋭く突き出す。
 初撃が真下のゾンビの頭頂を貫いた瞬間、即座に手元へと刃は戻され、再度突き出される。
連続。
 落下地点にいたゾンビ達は真上から降り注ぐ白刃の雨に穿たれ、獲物を捕らえる事適わず沈黙した。
 即座に体を反転させ、レンは崩れるゾンビ達を踏み潰すようにして地面へと降り立つ。

「光背一刀流、《烈光突・落陽れっこうとつ・らくよう》」

 ボソリと技名を呟いたレンは、刃を鞘へと収め、サムライソウル2も懐のショルダーホルスターへと収める。
 突如として降ってきた獲物にゾンビ達が群がろうとする中、レンは身を沈め、半身を引いて息を吸い、力を蓄える。
 ただれた手がレンの肩を掴んだ時、それを振り解くようにレンの体が旋回を始め、同時に最下段からの抜刀がほとばしる。

「ああああああああああ!!」

 雄たけびと共にレンの足が地面を踏みしめ、その場で勢いよく旋回し、刃は渦を描きながら周囲のゾンビを次々と斬り裂いていく。

「あああああああああ!!」

最上段へと上がった刃は止まらず、再度下段へと下がり始め、レンの体は旋回しながらコマのように横へと動き始める。
 凶悪な白刃の煌きを伴った竜巻が、ゾンビの大群を次々と斬り裂き、その後には血塗られた街道が開かれていく。
 大多数殲滅用の変位抜刀技、《光螺旋・荒渦ひかりらせん・こうか》の旋回は、通りの中央まで来た所で止まる。
 全身を返り血で染め上げながら、レンはバリケードまでの距離を目算した。

「もう少しか……」

 襲ってくるゾンビ達の頭部に弾丸を撃ち込みながら、レンは周辺の状況を確認。
 周囲全てがゾンビという状態から目的の距離を試算し、再度ゾンビを足場にして宙へと跳んだ。

「危険だ! 伏せろ!」

 バリケードの向こう側に届くように大声で叫びながら、レンは腰の手榴弾に手を伸ばす。
《超危険物に付き、取り扱いは異常なまでに注意してください》と日本語で注意書きがされた手榴弾を二つ取り、口でピンを引き抜くとそれを通りの左右の建物の方へとそれぞれ放り投げる。
 そして、そのままゾンビの肩や頭を身軽に踏んでレンは急いで距離を取る。

(4…3…)

 爆発までの残り時間が二秒に達する直前、レンは足元のゾンビ数体の頭部を撃ち抜き、それを盾にするように足元へと潜り込むと、握った右手の人差し指と中指だけを突き出す刀印と呼ばれる印を結び、路面へと突きつける。

「我、六黒水気を持ちて火克と成す!」
(1…0!)

 レンの周囲が淡い黒色の光で包まれた時、建物の壁にぶつかって路面へと落ちた手榴弾は時間と同時に通常では考えられない程の大爆発を起こし、ゾンビ達を吹き飛ばしていく。
 大多数目標の完全殲滅を目的として作られた物をレンが譲り受けた、"エリミネート・グレネード"が並み居るゾンビをまとめて吹き飛ばしていく中、建物に阻まれて通りの中央へと向かっていく二つの爆風は通りの中央で、激突、勢いをそのまま通りの前後へと向かって爆風が突き抜けていく。
 周囲を熱い爆風が突き抜け、レンを包む光の各所に爆風で千切れたゾンビの一部がぶつかる中、レンはただ爆風が止むのを待つ。
 爆風が止むと同時に、跳ね起きたレンの目には、焼け焦げた通りと爆風で無数の肉片へと分解されたゾンビの屍が飛び込んでくる。

「こんな物か」

 爆発で倒せなかったゾンビもまだ残っていたが、それが先程までの脅威に比べれば取るに足らない物だと判断したレンは、そのままその場を走って目的地へと急いだ。


「生きてるか?」
「一応………」

 爆風が過ぎ去った後、パトカーの陰に隠れていた警官が顔を出す。

「何やったんだ、あいつ……」
「オイ、見てみろよ!」

 彼らの前には、吹き飛んだバリケードと、最早見る影もなくなったゾンビの屍が累々と広がっていた。

「すげぇ…………」
「まるで爆撃だ………」
「ウ……アア……」

 呆然とする警官達のそばで、爆風でパトカーに叩きつけられてきたゾンビがいきなり動き始める。

「あっ……!」

 焦げた匂いが漂う腕が警官の肩を掴み、その首に歯が食らいつく寸前、飛んできたブーメランがゾンビの頭に直撃する。

「油断するな! まだ生きてる奴もいるぞ!」

 続けて駆け寄ったアボリジニの青年がクラブでゾンビの頭を何度も殴りつけ、完全に息の根を止めた。

「だが、これならこの人数でもなんとかなる!」
「よし、やるぞ! 絶対にバスを無事に送り出せ!」

 ハンティングライフルで起き上がろうとしたゾンビの頭部を撃ち抜いたハンターの言葉に、警官達も残ったゾンビに銃口を向けた。

「それにしてもとんでもない野郎だ。半分って言いながら、ほとんど一人で片付けて行っちまいやがった………」

 ハンターの呟きに、異論を唱える者は誰もいなかった。



「これが、Tウイルスのバイオハザード………」

 ゾンビの大群を殲滅したレンは、通りをたむろするゾンビ達を斬り捨てつつ、目的地へと急ぐ。

「キャアァー!」

 向こうから聞こえてきた悲鳴に、レンの足が速まる。
 だが、駆けつけた先には、恐怖の表情で絶命している女性と、その臓物を引きずり出して貪り食っているゾンビ達の姿があった。

「くっ……!」

 奥歯を強くかみ締めつつ、レンの手にした白刃が舞い、臓物を咥えていたゾンビ達の頭部が斬り落とされる。

「父さんと母さんが逃げ出し、そして立ち向かった地獄………!」

《地獄》以外に表現すべき言葉を持たない街の惨状に、レンの瞳は鋭さを増していく。

「運命も宿命も関係ない。追い詰めてやる、この刃にかけてな!」

 追い詰められた子供に襲い掛かろうとしているゾンビに、白刃が、舞った。



「くそっ!」

 突き出されたクチバシを、ムサシが辛くも避ける。
 手にした刀で切りつけようとするが、相手は再度クチバシでムサシに襲い掛かる。

「ちぃっ……!」

 連続して放たれるクチバシから距離を取ったムサシは、相対していた相手、異常なまでに凶暴化したゾンビエミューに双刀を構え直す。
 飛べない陸上鳥としてはダチョウに次いでの体格を誇る、全長2mの巨大鳥が長い首から繰り出されるクチバシでムサシへと襲い掛かる。
 構え直したムサシに、ゾンビエミューは最高時速40kmにも達する脚力で突撃、瞬時に詰まる間合いに、ムサシが恐れず双刀を突き出した。
 自ら刀へと突っ込む形になったゾンビエミューの胴体を、刃が貫く。

「オオォォ!」

 叫びながら、ムサシは双刀を左右へと振り抜く。
 胴体の左右を大きく斬り裂かれたゾンビエミューが、断末魔の咆哮を上げながらその場に倒れ伏した。

「う…うう……」
「増援はまだか……」

 手足を失って戦闘不能となった軍機動部隊隊員達は、パワードスーツの生命維持装置でかろうじて生き長らえながら、フロントが斬り落とされた装甲車内に立てこもり、その前でムサシとアニーの二人が必死になってその場を防いでいた。

「SHIT!」

 近寄ってきたゾンビに狙いを定めたアニーの前で、高速で二足歩行する影が横切ったかと思うとゾンビの頭部が消失する。

「トカゲは嫌いよ…………」

 その横切った影、人の背丈程はある巨大な変異エリマキトカゲが、特徴である二足歩行で過ぎ去り際に食い千切ったゾンビの頭部を丸呑みにし、咽喉を塊が通り過ぎたかと思うと、腐臭の漂うゲップを放つ。

「何食ってこんなに大きくなるのよ………」
「Tウイルスを発症した奴は食えば食うだけでかくなるってオヤジが言ってたのはマジだったのか………」

 巨大エリマキトカゲが目玉を動かし、二人を見る。

「お代わりか?」
「じゃあいっぱいあげるわ!」

 アニーは手にしたM73を連射、大口を開けてこちらに向かってくる巨大エリマキトカゲを蜂の巣にして絶命させる。

「これで散弾は0、装填済みシリンダーはあと四つ………」
「ガンマンはきついな、こっちもきついけどよ………」

 立て続けの激戦で肩で大きく息をしているムサシが、同じく息を切らせているアニーを見て苦笑。
 その時、どこか遠くから咆哮が響いてきた。

「今度はなんだ?」
「猛獣系ね、まだ相手にするくらいの弾は残ってるわよ………」
「こっちも、まだ余裕たっぷりだぜ…………」

 半ば虚勢を張りながら、二人は咆哮の主を探す。
 しかし、咆哮は段々近付いてきているにも関わらず、姿は見えず、足音も聞こえてこない。

「どこだ? どこにいる?」
「すぐ側、だけど………」

 相手の姿が見えない事に、二人は徐々に困惑し始めた時、ふと背後の軍機動部隊の一人が、ある違和感に気付いた。

「まさか、アレか!?」
「どこだ!?」
「上だ!!」
「えっ!?」

 隊員が指差す方向を見たムサシとアニーは、そこで文字通り絶句した。

「何、あれ………」
「飛んでるな、オイ…………」

 それは、虚空を滑空しながら、二人の目前の建物の屋上に舞い降り、そこで大きく吠える。
 それは、姿はライオンだったが、その背には巨大なコウモリのような羽があり、尾は甲殻に覆われたサソリの物、さらには顔はまるで老人を思わせる人のような顔を持った怪物だった。

「なあ、この国には空飛ぶライオンがいるのか?」
「そんな訳ないでしょ! あれ、見た事あるわね、ゲームで…………」
「やっぱ、そう思うか?」
「認めたくないけど………マンティコアって奴よね………」

 それが、インド神話に伝わる人食いの怪物―マンティコアの姿である事をゲームで知っていた二人は、同時にそちらに向かって構える。

「S…STARS………」
『!』

 怪物の口から漏れてきた、紛れもない人間の言葉に二人は目を見張る。

「まさか、こいつ!」
「BOW!? しかもネメシスタイプなのか!?」

 話と資料だけで知っていた最悪のタイプのBOWらしき存在に、二人の頬を冷たい汗が伝っていく。

「隊長、こちらムサシ! BOWらしき存在と遭遇! 到着はまだですか!」
『BOW!? そんな馬鹿な! 本当なのか!』
「コウモリの羽つけたライオンがSTARSとか言ってるんですよ! 指示を!」
『喋ったのか! ネメシスタイプなら交戦は控えろ! もう直増援が到着する!』
「そう言われてもね………」
「向こうはやる気満々っぽいが………」

 こちらを見下ろす形で唸っている怪物が、再度口を開く。

「STARS……SAMURAI……SAMURAI……STARS……」
「サムライ? オレの事か?」
「随分と変わったファンね………」
「知るか、来るぞ!」
「KILL……KILL! GAAAaaa!」

 咆哮を上げつつ、マンティコアがムサシへと向かって跳びかかる。

「斬っ!」

 ムサシが双刀を下段の八双の構えからマンティコアを迎え撃つ。
 刃を上に向け、地面すれすれに構えられていた双刀が同時に跳ね上がり、それはマンティコアの軌道と重なる、はずだった。

「!?」

 双刃がマンティコアの胴体を斬り裂く寸前、マンティコアの体が空中でいきなり上昇、刃を回避すると、そのままムサシを飛び越え、背後へと降り立った。

「危ないムサシ!」

 素早く反転してムサシに襲い掛かろうとするマンティコアにアニーはワイルダネス・ハウルを連射。
 44口径のホローポイント弾がマンティコアの胴体に次々と弾痕を穿つが、マンティコアはそれを蚊にでも刺されたかのような顔のまま、アニーへと向いた。

「Hit!」

 その一瞬を見逃さず、アニーはマンティコアの額中央に弾丸を叩き込む。
 だが、普通の生物なら即死のはずの頭部に弾丸を食らったにも関わらず、マンティコアはアニーに向かって唸り声を上げている。

「脳味噌無いの!?」
「このっ!」

 ムサシがマンティコアの首を狙おうとした時、その体がいきなり何かに弾き飛ばされた。

「ぐっ!」
「ムサ…あぁっ!」

 思わず駆け寄ろうとしたアニーもまた、その物体、節の各所が伸びたマンティコアの尾に弾き飛ばされる。
 弾き飛ばされる瞬間、アニーはその尾の節々から見える機械ジョイントに気付いた。

「ロボット、いやサイボーグ!」
「BOWサイボーグかよ、オヤジじゃあるまいし………」

 ジョイントが収納され、元の長さに戻ったマンティコアの尾の先端が、アニーの方に向けられているのを見たムサシが、とっさに尾に向けて右刀を横薙ぎに振るう。
 鈍い金属音と、何かが連続して噴き出す音が重なる。
 振るわれた刃で僅かに狙いが反れた尾の先端から、何かが飛び出し、アニーの横手に突き刺さる。
 それは、長さが20cm程の鋭いニードルだった。

「ニードルシューター!」
「オヤジだって付けてねえぞ、そんなの!」

 再度尾を斬り落とそうとムサシが双刀を連続して振るうが、予想以上の強度を持った尾は双刃を物ともしない。

「No……SAMURAI……」
「サムライじゃない、だと?」

 マンティコアの呟きに気を取られた瞬間、ムサシの腹にマンティコアの尾が突き刺さる。

「ぐふっ!」
「ムサシ!」

 突き刺さる勢いそのままに、ムサシの体が停まっていた装甲車に叩き付けられる。

「大丈夫かあんた!?」
「生きてるよ…………」

 隊員達が驚く中、ムサシが口から血を滴らせつつ呟く。

(新型の防弾・防刃用複合素材ってのは本当だったか……貫通はしなかったが、ちと内臓ヤっちまったか?)

 防具の役割も果たすタクティカルスーツが直接負傷は防いでくれた物の、腹に突き抜けた衝撃が熱さを伴う痛みへと変化してきているのにムサシは内心で舌打ちした。

「GUUUuuu………」
「これならどう!」

 アニーが最後のシリンダーをワイルダネス・ハウルにセットすると、全弾を散会させて発射。
 心臓、肺、肝臓、腎臓と哺乳類型動物の致命的急所付近へと弾丸は命中するが、マンティコアの動きは変わらない。

「GOGAaaa!」
「SHIT!」
「アニー!」

 全弾を使い果たしたアニーに、マンティコアが咆哮しつつ襲い掛かる。
 最早ただの鉄隗となったワイルダネス・ハウルを手にしたまま、アニーの足が跳ね上がり、鋭い蹴りがマンティコアの側頭部を狙うが、寸前で今度はマンティコアは真下に急降下し、狙いを外したアニーの体をほぼ真下から襲う。

「キャアアァ!」
「GAAA…!」

 アニーの体を押し倒し、その首に乱杭歯を付きたてようとしたマンティコアの動きがいきなり止まる。

「させるかよ………」

 装甲車にもたれかかったまま、ムサシが双刀をマンティコアに向け、柄にセットされていたリニアカタパルトを起動、発射された単分子ワイヤー付きの双刃がマンティコアの胴体に突き刺さっていた。

「GURURU………KILL!」
「やべ……」

 こちらに振り向いたマンティコアになんとか応対しようとムサシは鍔元のスイッチを押してワイヤーを巻き取るが、それよりもマンティコアが向かってくる方がどう見ても速かった。

「ムサシ!!」
「ハアァッ!!」

 マンティコアがムサシに食らいつく寸前、突然裂帛の気合と共に、マンティコアの目前を亀裂が走った。

「え……?」
「道路が、裂けた?」

 何が起きたか分からない隊員達を尻目に、ムサシとアニーはその亀裂の発生源を見た。
 そこに立つ、墨色の小袖袴に身を包み、抜き放たれた白刃を手にした男を。

『レン兄ちゃん!』
「すまない、少し遅れた」

 二人が歓喜の表情で駆けつけた男、レンを見る。

「増援? たった一人?」
「もう大丈夫だ、レン兄ちゃんが来たって事は、一個師団が来たみたいなモンだ………」
「一個師団? あの男が?」
「気をつけて、そいつは、そのBOWは…」
「FOUND……SAMURAI!」

 アニーが警告するよりも早く、マンティコアの尾がレンへと向けられる。
 そこから鋭いニードルが連続して放たれるが、それが到達する時にはすでにレンはその場から消えていた。

「え……」
「横……」

 一瞬にしてニードルの射程範囲から逃れたレンに隊員達が驚いた時には、レンはすでにマンティコアの横を通り過ぎ、背後へと抜けている。
 数秒の間を持って、マンティコアの胴から血が噴き出した。
 ムサシとアニーだけが、レンがマンティコアの横を通り過ぎる一瞬に放った斬撃に気付いていた。

「GAAAAaa!!」
「BOWまで居るとはな、どこの馬鹿が造った?」

 血刃を手に、レンは咆哮するマンティコアに向き直る。
 同じく向き直ったマンティコアの目は、憤怒をたたえ、レンを凝視する。

「FOUND! STARS! SAMURAI!」
「何を言っている? 見つけた? スターズのサムライ……まさか!?」

 レンの思考は、伸びてきたマンティコアの尾に中断させられる。

「こいつが探しているのは、オレじゃなく……!」

 思わず叫びつつ、レンは後ろに跳ぶ。
 尾の先端が胸元をかすめ、通り過ぎるとレンは即座にサムライソウル2を抜いた。
 尾と入れ違いに速射された弾丸が、マンティコアの額を貫く。

「GUGAAaa!」
「そいつの頭には銃は効かないわ!」
「克」

 レンの右手が刀を握ったまま刀印を結び、マンティコアの眼前に突き出される。
 一瞬マンティコアの動きが停止、だがすぐにレンへと再び襲い掛かる。

じゅもダメか……あやかしではないしな」

 額に複数の弾痕が空いているにも関わらず、レンへと襲い掛かってくる。

「ならば」

 レンは横へと跳んでマンティコアの突撃を避けると、サムライソウル2を懐に仕舞い、刀を鞘に収めると半身を引き、鞘へと軽く手を添える。

「BOWである貴様がなぜ父さんを探すか、聞いても応えられる訳でもあるまい。ならば、その体から調べさせてもらう」

 レンの視線に更なる裂帛の気合が宿る。

「FBI特異事件捜査課捜査官、レン・水沢。流派は光背一刀流 改」

 柄を握り締める手に強く力が込められる。

「いざ、参る」
「GURURURURU…………」

 名乗りを上げ、居合の構えを取るレンに、マンティコアは唸りながらもレンの周囲を回り始める。
 相手に応じ、レンもすり足で方向を変え、マンティコアの正面を向き続ける。
 両者の緊迫した対峙が続き、見守る者達は息を潜め、唾を飲み込みながらただその光景を見守る。
 周囲に満ちる怨嗟と悲鳴が、まるで遠くの事のように薄れていく感覚の中、マンティコアの足音と、レンのすり足の音が響く。
 均衡が破れるのは一瞬。

「GAAAaaa!!」

 咆哮と共に、マンティコアがレンへと襲い掛かる。
 同時に、レンの右手が霞む。
 しかし、マンティコアの体が垂直に急上昇し、超高速の居合の必殺の間合いから逃れた。

「は、外した!?」
「いや………」

 一瞬遅れた甲高い音と共に、レンの右手が抜かれた刃と共に周囲の人間の視界に戻る。

「光背一刀流最速抜刀技、《閃光斬・裂空》」

 上空へと舞い上がったマンティコアが再度レンに襲い掛かろうとした時、その背からコウモリの羽が離れる。
 明らかに居合の攻撃範囲から逃れていたにも関わらず、羽は根元から両断されていた。

「GUGAAA!」

 バランスを失ったマンティコアの体が落下し、体勢を立て直す暇も無く路面へと叩き付けられる。
 続けて羽も路面へと落ち、その切断面が微かにスパークする。

「イオンクラフトか、電圧変えれば上昇も下降も自在になる訳だ」
「GUUU……GAAAA!!」

 羽を失い、憤怒に染まったマンティコアがレンへと全力で襲い掛かる。
 レンもそれに対峙するべく、素早く刀を鞘に収めると一気に間合いを詰める。
 マンティコアの爪がレンを捉える寸前、レンの体が深く沈み、直後にその体がロケットのような加速で上昇しつつ、抜刀。

「《昇陽斬》!」

 ムサシがその技の名を叫ぶ中、レンの体が白刃を手にしたまま、マンティコアの頭上を飛び越える。
 突撃の勢いそのまま、レンの真下を通り過ぎたマンティコアが着地する。
 しかし、その体勢のまま動かないかと思った時、マンティコアの顔面を左右に二分する形で朱線が走る。

「克」

 レンが一声呟くと、朱線はそのまま広がっていき、そして左右に二分されたマンティコアの屍がそのまま左右へと倒れた。

「すげぇ……………」
「強い、強すぎる……」

 己達の負傷も忘れ、レンの圧倒的戦闘力に隊員達は呆然とする。

「消え去れ、悪夢の彼方へと…………」

レンはそれだけ呟くと、二分したマンティコアの屍を静かに見詰めていた。
 そこへ、どこかから場違いな音が響いてきた。
 それは、乾いた拍手の音だった

「あいつ!」
「さっきの!」

 音の方に向いたムサシとアニーは、いつの間にかそばの建物の縁に座って拍手を送るジンの姿を発見する。

「お見事、予想以上だね」
「何者だ?」

 目の冴える白装束のジンと、漆黒の黒装束のレンが、視線を交わす。
 血刃をゆっくりと構え直すレンに、ジンはおだやかな微笑を向けたままだった。

「おめでとう、これで君もテストに合格だよ」
「テスト、だと?」
「こういう事」

 ジンが後ろ手にある物を持ち上げる。
 それは、レンが倒したマンティコアの物と同じマンティコアの生首だった。

「いや〜、実は心配してたんだよ。ひょっとして来なかったり、来てもマンティコアと出会わなかったりしたらどうしようかな〜って。もし負けたりされてもそれも困るし」
「答えろ、テストとはなんだ!」

 ふざけた口調のままのジンに、レンはサムライソウル2を抜いてその頭部に銃口を定める。

「簡単だよ、どっちがSTARSのブラック・サムライの後継者か」
『!?』
「父さんの、後継者だと?」

 予想外の答えに、ムサシ、アニー、レンの三人共が絶句する。

「残念だけど、これ以上は喋れないんだ。また今度のテストに合格したら教えてあげるよ」
「させるか!」

 レンはサムライソウル2のトリガーを引くが、ジンはわずかに首を傾げて銃弾をかわす。
 続けての銃撃を背後に倒れこむようにしてかわしたジンが、サムライソウル2の弾丸が尽きると顔だけを覗かせ、笑う。

「じゃあ、また」

 手を振りつつ、ジンの体が虚空へと跳び出す。
 驚異的な跳躍力で、道路の向かいの建物へと飛び移ったジンは、そのまま次々と跳んで姿をくらます。

「逃げたぞ!」
「逃がさないわよ!」
「止めろ!」

 後を追おうとするムサシとアニーを、レンが強引に引き止める。

「今のお前達では、あいつの相手は無理だ」
「でも!」
「気付かなかったのか?」

 そう言いつつ、レンはいつの間にか切れている頬の血を拭う。
 そして、自分の背後に落ちていた白い物を拾う。
 それは、マンティコアの乱杭歯の一本だった。

「倒れる一瞬に投じてきた。その気だったら目を潰されていたな…………」
「ウソ………」
「見えたか?」

 ムサシの問いに、アニーが激しく首を左右に振る。

「強い、おそらくオレと互角以上………」

 手にした乱杭歯を、レンは強く握り締める。
 その上空を、複数の大型輸送機が通り過ぎる。
 その輸送機から、霧のような物が無数に散布されていく。

「STARSの防疫機!」
「これでこの街は助かるぞ! 散布されたワクチンを浴びるんだ! そうすればゾンビにはならないで済む!」
「ほ、本当か!」
「救援も来たぞ!」

 軍の緊急車両がこちらへと向かってくる中、レンはジンが消えた方向をいつまでも見詰めた…………

(何が始まろうとしているんだ? 俺と、奴と、STARSに……………)



「……油断できないね」

 上空からのワクチン散布を見上げながら、ジンが頬の血を拭う。

「まさか、気付いたのに避けようともしないとは思わなかったよ。こっちが避けなければ死んでたかな? お陰で狙い狂っちゃうし」

 頬の銃創を指でなぞりながら、ジンは楽しげに笑う。

「次が楽しみだよ、兄さん………」




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