第八章「決断! 破滅へのタイムリミット!」


BIOHAZARDnew theory
FATE OF EDGE

第八章「決断! 破滅へのタイムリミット!」


「じゃまっ!」

 シェリーのミドルキックが、襲いかかろうとしていたゾンビを壁まで吹き飛ばす。
 壁に染みを残して床へと崩れ落ちるゾンビに目もくれず、シェリーは床から伸びる冷却装置の配線を片手で組み直す。

「よし、動きが鈍ってきた! システムも徐々に開放されてる!」
「一気に温度を下げるわ! ちょっと冷えるわよ!」

 冷却装置のバルブをシェリーが一気に捻ると、制御システムユニットの周囲が瞬く間に白い冷気で覆われていく。
 システムユニットにまとわりついていたバイオ・パラサイト・コンピューターの触手も動きが止まっていき、やがて凍り付いていく。

「これで!」

 凍りついたバイオ・パラサイト・コンピューターに、シェリーの鉄拳がぶち込まれ、一撃で木っ端微塵になった組織が床へとぶち巻かれる。

「よし、システムの開放確認! 復旧に入る!」
「維持システムが先よ! 沈む前になんとかしないと!」

 先程壁に叩きつけたゾンビが再度襲ってきたのを、シェリーは片手で側頭部を掴み全力で床へと叩きつける。
 たった一撃で床に血と肉と頭蓋骨と眼球と脳漿を撒き散らしたゾンビに目もくれず、シェリーは智弘の隣でコンソールの操作に取り掛かる。

「また新手だ!」
「やばい、赤いぞ!」

 腐汁の混じったよだれを垂れ流しつつ、異常活性の証である赤い頭部を持つゾンビが管制室内へと乱入してくる。

「カハアッ!」
「くっ!」

 クリムゾン・ヘッドが腐臭のする呼気と共に両腕を同時に振り下ろすのを、ムサシが双刀をかざして受け止める。
 だが、予想以上のクリムゾン・ヘッドの膂力に、腕を受け止めたセラミック刀・穿牙が半ばから砕け散り、崩牙は手からはじき落とされる。
 ムサシは足元に落ちた崩牙を拾おうとするが、眼前のクリムゾン・ヘッドが襲い掛かってくる方がどう見ても早い。

「ハアアアッ………」
「させるかあぁ!!」

 襲ってくるクリムゾン・ヘッドの両腕をムサシは掴むと、足払いをかけてバランスを崩し、そのまま力任せに自分を中心として相手を回し始める。

「オオオォ! オラァァ!」

 旋回の勢いが十二分に乗った所で、ムサシは相手をそのまま真上へと放り投げる。
 高速で高々と宙を舞ったクリムゾン・ヘッドは、重力に引き降ろされ、放り投げられた速度に匹敵する速度で床へ落ちていく。
 投げる際の引き手のコントロールで、上下逆になった状態で落ちてきたクリムゾン・ヘッドは、落下の全エネルギーを首で受け、衝撃に耐え切れず頚骨が粉砕する。

「ガアッ………」
「げ、まだ動くのかよ!」
「どいて!」

 頚骨が粉砕されても、なお立ち上がろうとするクリムゾン・ヘッドに対しアニーがムサシを押しのけて前と出る。

「Assuring(駄目押し)!」

 アニーの足が高々と持ち上がると、コンバットブーツの踵に付けられていた拍車が内臓されていた小型電磁モーターで回転を始め、振り下ろされた拍車は鋭利な凶器となってクリムゾンヘッドの喉をえぐり抜く。

「くそ、こっちもいつまで持つか………」
「こちらも打ち止めよ」

 残った崩牙を構えるムサシに、弾丸の尽きたゲイル&ガストを構えたアニーが背をあわせるようにして立つ。

「こちらも、もう限界だ!」

 CHがもう何度リサイクルを繰り返したか分からない血まみれの矢を新たに入ってきたゾンビの頭部に放つ。
 矢は正確に額と鼻の中間点、さらに奥の脳髄を貫くが、リサイクルの限界だった矢はゾンビの頭部を貫いた部分から半分に折れ砕けて床へと転がった。

「飛び道具は全部品切れかよ………」
「もういい、逃げるんだ! ここはなんとかする!」
「出来ません! ここを離れたら、来た意味がなくなります!」

 必死にシステムを操作している智弘に、CHが残った弓を手槍のように構えながら叫ぶ。

「フロートシステムはなんとか復旧したわ!」
「ダメだ! どうやってもガードシステムのパスが解けない! ここさえ解ければ、みんなが来てくれるのに………」

 防護服に包まれた拳を叩きつけ、智弘が叫ぶ。

「まずい! 新手だ!」
「ちょっと!?」

 扉から姿を現した新手に、全員の緊張が一気に高まる。
 喉を鳴らしながら、飛び出た眼球を気にもしない悠然とした足取りでゾンビ化した猫科最強の猛獣が中へと入ってくる。

「何で虎がこんな所にいるのよ…………」
「防犯用だろ、首輪付いてるしな」

 悠然とした足取りのまま、こちらから距離を取って周囲を回り始めたゾンビトラに全員が視線と得物を向けたまま、ゾンビトラの動きに合わせて構えを取り続ける。

「虎は初撃で仕留めに来るはずよ、その一瞬を見逃さないで」
「一撃で勝負が決まるって訳かよ………」
「問題は、誰を狙ってくるかね………」
「虎から身を守る一番の方法は、襲われた人間を見捨てる事だと聞いたこ…」

 智弘の言葉の途中で、ゾンビトラが一気に動いた。
 一番奥にいた智弘へと向かって。

『!!』

 完全に虚を突かれた四人は同時に動いたが、ゾンビトラの速度はそれ以上だった。

(間に合わない!)
「ホァチャアァー!」

 ゾンビトラの牙が智弘の首筋を捕らえる寸前、奇声と共にゾンビトラが反対側へと吹っ飛んだ。

「誰!?」

 突如として現れ、強力なとび蹴りでゾンビトラを吹き飛ばした人物にアニーが問うた。

「ひょっとして、クァン司令!?」
「そうだ、システムの解除は!」

 司令官用の非常通路から飛び出して智弘のピンチを救ったクァン司令は、腰を落として足を大きく開く、八極拳の構えを取ってゾンビトラと相対しながら現状を確認する。

「パスが……」
「パスワードは《四龍伏臥》だ!」

 再度襲ってきたゾンビトラに、クァン司令がパスを叫びながらカウンターで発勁を叩き込んだ。

「やるじゃねえかオッサン」
「この国では功夫を積まない軍人という者は一切信用されなくてね」

 クァン司令の予想外の強さに、ムサシのみならず、アニーやCHも仰天していた。

「よし、パスは突破した。システムをガード状態から災害状態へと移行させる!」
「ECM、停止。ガードシステム、停止。全通信網、順次回復! 通信繋げるわ!」

 智弘とシェリーの二人が次々とシステムを復帰させていく中、管制室の大型ディスプレイに明かりが入る。

『現状は?』
「作戦成功! すぐに本隊を突入させて!」
『もう準備は終わっている』

 大型ディスプレイに映し出されたレオンが前置きも無しに現状を聞いてきたのにシェリーが成功を告げた後、ふとレオンの背後の違和感に気付いた。

『パパ! ママ!』
「トモエ? そこは一体………」
『ブリッジよ、すぐに発進するわ?』
「ブリッジ? 発進?」

 ディスプレイに映し出されているのは、確かに戦艦か何かのブリッジを思わせるような場所で、その中央の艦長席にレオンが、その背後の副長席にキャサリンが、前の操縦席にカルロスと横のオペレーター席にトモエが座っていた。
 そこにいきなり、通信映像に小さなウインドゥが開き、そこに緑色のショートヘアの若い女性が映し出される。

『初めまして! DXC―03《GIGAS》サポートAI『TINA』で〜す♪ 守門博士からの伝言お伝えしまーす。「メインディッシュはスペアリブ。切らずにそのまま、皆さんで。トッピングにキドニーパイとスピッツ・ロースト(串焼き)を添えました」以上!』
「は?」
「随分とコレステロールの高そうなメインディッシュね………」
「何でもいいから早く!」

 ゾンビトラの背中に崩牙を突き刺しながらムサシが叫ぶのを、キャサリンが微笑したかと思うと、復唱に入る。

『総員、搭乗完了!』
『全システム、オールグリーン!』
『防衛システムの解除確認! 行けるぜ!』
『STARS全小隊、出撃』
『空中戦艦《ギガス》、発進!』
「………え?」



同時刻 上海 人民軍上海基地

 滑走路の中央に、とてつもなく巨大な機体が鎮座していた。
 全身を深い藍色で染め上げたその機体は、全長が100mを超え、ステルス戦闘機をやや曲線的にしたような胴体部の幅は30mはあり、翼まで含めると50mはある異様な形態をしている。
 航空力学を無視したかのような寸詰まりな機体の表面には無数のサーキットが走り、見る者が見ればそれがイオンクラフトの発展形であるエーテルクラフトで浮遊するのが分かっただろう。
 甲高いエンジン音を立て、出撃の時を待っていたそれは、その時が来た事を更にエンジン音を高めて周囲へと知らせる。
 信じられない物を見る目で周囲を囲んでいた兵士達の目前で、機体表面のサーキットに光が走り、その巨体が宙へと浮かんでいく。
 両翼の表面と胴体下部にはSTARSのエンブレムが鮮やかに浮かび上がり、胴体横には〈DXC―03《GIGAS》〉のコードが刻まれていた。
 現状のいかなる航空機の区別からも大きくかけ離れたそれは、機首を目標へ向けると、一気に加速してその場を飛び立つ。
 地獄と化した島の、助けを求める人々へと向かって。



 風を斬り裂く音と共に横薙ぎにされた刃が、槍の柄にあたる鞘の一部を削り取る。
 素早く柄を回転させてその斬撃を受け流したレンは、ジンの横っ腹目掛けて蹴りを繰り出すが、それは衣服の一部をかすめるだけで終わった。
 体勢の崩れたジンが懐からクリスタルの楔をレンの顔面へと向けて投じ、レンは後ろへと倒れるようにしてそれをかわし、柄を床へと突きつけてそれを支点として真後ろにとんぼを切って即座に構え直す。
 そこに心臓目掛けて高速の刺突が突き出され、かざした柄は必殺の刺突を寸前で押し留める。

「ふぅ……はぁっ!」

 気合と共に刃を弾き飛ばしたレンは、槍を引き、右手をそのままに、左手で柄尻近くを持つと、刀のそれより鋭く、重い槍の刺突を繰り出す。

「へぇ……」

 突き出された刺突をジンは穂先に刃を当ててその軌道を反らすが、弾かれた穂先は即座に戻り、再度繰り出される。連続。

「んっ!?」

 次々と連続で繰り出される超高速の連続刺突、光背一振流《烈光突》がジンを襲う。
 光背一刀流の《烈光突》よりも遥かに破壊力が高い連続刺突を、ジンはそらし、かわし、弾く。

「はっ!」

 リーチが長い分、戻りが刀よりもわずかに遅くなる一瞬を狙って、ジンの白刃がレンの槍を大きく弾いた。
 流れそうになる穂先をレンは素早く手元に戻し、両者はお互い距離を取って構え直す。

「はあ………はあ………」
「ふう………ふう………」

 お互い、肩で息をせねばならない程の疲労が蓄積し、手にした得物も衣服も激戦を物語るようにボロボロだった。
 更には体の各所に負傷はある物の、お互い致命傷は一撃も食らわず、食らわせていない。
 そこで、総帥室のモニターにいきなり電源が入り、そこにこちらへと向かってくる巨大な機影が映し出された。

「おや、あれは………」
「デュポン級! 三番艦か!」

 モニターに映るギガスとその翼にあるSTARSのエンブレムに、レンの顔にかすかな希望が浮かんだ。

「これで、心配は消えた」
「どう? もう時間は半分も無いよ?」

 ミサイル発射までのカウントダウンが15分も無い事を示すジンに、レンは変わらず余裕の表情を崩さない。

「あの船を作った男はオレの知ってる中で一番危険な奴でな。間違いなくアレにはこのビルごとその起動装置を吹き飛ばせる程の兵装が付いてるはずだ」
「でも、そうするとボクら二人も一緒に吹き飛ぶんじゃない?」
「何か問題があるのか?」

 平然と言い放つレンに、ジンの顔に僅かな驚きが浮かぶ。

「ふふ、それがあなたの戦い方という訳か……それには一つだけ問題があるんじゃない?」
「何がだ?」
「つまらない、ひどくね」
「なら」
「そろそろ、フィニッシュにしようか」

 ジンは刃こぼれがひどい刃を鞘に収め、柄に右手を添えて半身を引いた居合の構えを取る。
 それに対し、レンは半身を引いた状態で
穂先を地面すれすれに、左手を柄の半ばに、右手を柄尻に添えた構えを取る。

(勝負は、初撃をさばけるかどうか。この白咆槍が持たなければオレが死に、奴の刃が持たなければ奴が死ぬ)

 頬を冷たい汗が流れ落ちていく中、構えを取った両者が彫像のように凍りつく。
 お互い、微動だにしない相手の一瞬の隙を窺ったまま、時間だけが過ぎていく。
 その結晶と化した空間で、唯一動いていたモニターの画像に映っていたギガスが、崑崙島の間近まで接近した所で、何かを射出した。
 結晶と化した空間が、それを機に瞬時に融解する。
 ただ一足で間合いを詰めながらジンの右手が超高速の速度を持って霞む。
 レンの槍が、その軌道を予見してかざされる。
 だが、槍からは刃がぶつかったとは思えない鈍い手ごたえが響く。

(!)

 居合に見せて繰り出されたジンの手刀が、レンの白咆槍のコネクト部分を痛打し、破壊する。
 分離した白咆の刃が落ちる中、ジンは左手の逆手で己の刃を引き抜く。
 勝利を確信した笑みで、ジンは引き抜いた刃をレンの心臓目掛けて突き下ろす。
 だが、その刃の前に突如として別の刃が出現する。

「!」

 床に落ちる前に、レンの足によって跳ね上げられた白咆が、突き下ろされる刃の前にはだかる。
 真横から刃の直撃を受けた白咆の刃が、受けた地点から砕け散った。
 だが、僅かに緩んだジンの刃は、レンのかざした柄によって止められる。

「さすが」
「お前もな」

 しばしの膠着の後、両者は離れる。
 ジンは即座に刀を両手の順手に持ち替え、正眼に構える。
 レンは柄を構えようとした所で、柄に無数に走るヒビに視線を奪われた。

(まずい、もう一撃には耐えられない!)
「これで、フィニッシュだよ!」

 一気に大上段に上げられた刃が、レンの脳天めがけて振り下ろされる。
 確実に必殺の威力を込めて振り下ろされる刃に、レンの決断は一瞬。
 刃の風切音に、その場ににつかわしくない手を打ち鳴らす音が重なった。

「へえ………初めて見たよ」
「だろうな」

 ジンの振り下ろした刃は、レンの顔面で合わされたレンの両手の間で止まっていた。
 非の付け所の無い、完璧な白刃取りだった。

「でも、こうしたら?」

 ジンの腕に、更なる力が込められる。
 その力を受けた刃は、じっくりとレンの顔面目掛けて押し進んでいく。

(細身だが、なんて力だ………だが!)
「はあああぁぁぁっ!」

 裂帛の気合と共に、レンの全身の筋肉が瞬間的に全力を開放する。
 両足は床を強く踏みしめ、その力が脚から腰、胴体部を通って両肩へと至る。
 伝えられた全エネルギーが、レンの両手に収束し、左右同時に放たれた。
 澄んだ音を立てて、レンの手の中でジンの刃が粉々に砕け散った。
 これは予想外だったのか、呆けた顔になったジンだが、それでも隙を見せる事無く、もはや柄だけとなった刀を手にしたまま後ろに下がって安全を確保する。

「これは………」
「光背流拳闘術《双光掌破撃そうこうしょうはげき》。光背の技の使い手の奥の手の一つだ。これすら知らないのならば、一つの仮説が立証される」
「何の?」

 刃の破片で血まみれとなった指を、レンは鋭い目と共にジンへと突きつける。

「お前の使う技は、光背一刀流を研究して作られた〈コピー〉だ。俗に光背三派と言われる光背一刀流、光背一振流、光背流拳闘術は陰陽寮にしか伝わらず、そしてそこで修行を積んだ者ならば誰でも他の流派の技を余技として学ぶ。だが、お前はそれをまったく知らなかった」
「……そうだね」
「それに、魔術師ならば誰でも知っているはずの魔術協定の事もお前は知らない。これらから導き出される、お前の正体は…」
「ジン!」

 床を電光が突き破り、そこからランが室内へと飛び込んでくる。

「ラン! 怪我を!」
「しくったわ! 下は奪われたわよ!」
「仕方ない、退くとしようか」
「させるか!」

 レンが走りながら、床に転がっていた刃の砕けた白咆を蹴り上げる。

「なんの…」

 こちらもほとんど刃の残っていないセラミック刀を構えたジンの前で、レンが奇怪な行動を取った。
 無造作に鍔元だけ残っている刃をレンは右手で掴み、柄を左手で掴んで腰元へと引いた。

「まさか…」
「おおおおぉぉぉっ!」

 握り締めた刃で己の手が切れるのも構わず、レンは柄の固定スイッチを押し込みながら、〈抜刀〉した。
 柄に仕込まれていた最後の切り札、俗に隠し小刀と呼ばれる隠し刃が、居合となってジンへと繰り出される。
 閃光が、ジンの体を確実に捕らえた。

「……これは予想外だったかな」
「そうだな」

 ジンの白装束を、溢れ出した鮮血が染め上げていく。
 レンは抜刀の寸前に腕に突き刺さったクリスタルの楔を引き抜き、ジンを見た。

(浅かった、致命傷じゃない………)
「初めてだよ、こんなに痛いの………今回は、ボクの負けかな?」
「ああ、そうだ、な!?」

 レンの目は己が斬り裂いた白装束の下に見えるジンの体、淡く膨らんだ胸を見つけて驚愕で見開かれる。

「お前、女……いや半陰陽か………」
「今日はここまで。行こうかラン」
「待て!」

 追撃をかけようとするレンに、ランが噴出した業火が襲いかかる。
 手にした隠し小刀で炎を斬り裂いた時には、ランの脚にしがみ付いたジンは窓を割って外に出ていた。

「またね、兄さん」
「兄、だと?」

 まったく予想していなかった言葉を言いながら手を振るジンの体が、瞬く間に離れていく。

「逃がしたか。だが」

 レンは追撃をあきらめると、ミサイルの起動装置となっている巨大な竜の彫像へと向き直る。

「これを破壊しなくては!」

 レンは再度、柄に隠し小刀を収めると、居合で彫像へと斬りかかる。
 だが、彫像に触れると同時に自らの威力と相手の硬度の前に、刃は無残に砕け散った。

「……くっ」

 血まみれとなった手で最早完全にスクラップとなった白咆をレンは投げ捨てる。

「残る10分。間に合ってくれ!」

 レンは焦りを感じながら、素早く印を切りながら呪文の詠唱に入った。



5分前 ギガス ブリッジ内

『到着まであと約2分〜♪ 突入ポイントを指定してね♪』
「トモエ、周辺港湾をサーチして」
「了解!」

 やたらと陽気なギガス内臓サポートAI『TINA』の声に、キャサリンが指示を出す。

『サーチ結果選別中♪ ゾンビと思われる物はパターン・レッドで出しま〜す』

 ブリッジの3Dディスプレイに、港湾の3D映像とその周囲にたむろするゾンビが赤く表示されていく。

「多いな、第3ポート辺りに脱出口を開くか?」
「いや、第6だ」
「ちょっと!?」

 もっとも反応が多い地点を指摘したレオンに、キャサリンがさすがに声を裏返らせる。

「一番多いという事は、そこにはすでに生存者はいない。突入時の戦闘に巻き込む可能性がもっとも低くなる。なにより、避難民がいる崑崙ドームにもっとも近い」
「でも、三桁はいるわよ?」
「行けるかスミス、ロット」
『任せとけ!』
『いつでも行ける!』
「カルロス、目的地まで最大戦速」
「了解、どうなっても知らねえぞ………」

 先陣突入予定の両者からの返答を聞いたレオンは、ためらいなく目的地を指定。
 操縦桿を握るカルロスは苦笑を浮かべながらも艦首をそちらへと向ける。

『《ヘラクレス》、《ウェアウルフ》両機体オールグリーン。射出可能地点までのカウント開始しま〜す』
「総員、突撃準備」
『了解!』
『カウント5、4、3、2、1』
「作戦開始」

 レオンの合図と共に、ギガスの機体下部の射出用ポートから一機の黄金色の大型パワードスーツが射出される。
 リニア・カタパルトで射出されたパワードスーツは、減速を一切行わず、目的の港まで飛ぶと、そこにたむろするゾンビ達を跳ね飛ばしながら強引に着地。

「Let‘s PARTY!!」

 二桁以上のゾンビを跳ね飛ばしたパワードスーツがようやく停止。
 全身をありとあらゆる重火器で武装した汎用多機能パワードスーツ《ヘラクレス》を駆るスミスが吼えながら全火器を一斉照準。
 スーツ内部のモニターが次々とターゲッティングマークで埋まっていき、ついにはモニター全部を埋め尽くすと駄目押しか巨大なターゲッティングマークが中央に出る。

「FULL FIRE!!」

 スミスの声と同時に両肩の12・7mmメタルストーム(多弾装填連射銃)、背中のマイクロミサイルランチャー、胸部の20mmガトリング、腰部の小型メーサー砲、脚部の40mmグレネードランチャー、そして両手の大型レールガン《タスラム》が一斉に銃火を撒き散らかした。
 マシンガンのフルオートを上回る連射速度を誇るメタルストームのばら撒く12.7mm弾が目前のゾンビを肉片レベルまで砕き、背中から放たれたマイクロミサイルが上空に上がるとそれぞれが敵を認識、目標へと向けて急降下すると周辺のゾンビを巻き込んで爆発してゾンビ達を焼き焦がす。
 ガトリングとメーサーが左右に展開しながらゾンビを薙ぎ払い、再度立ち上がろうとしたゾンビに容赦なくグレネード弾が撃ち込まれる。
 爆音と銃声が衝撃となって周辺を埋め尽くし、マズルファイアと爆炎が港を紅く染め上げる。
 数分程その狂宴が続いたかと思うと、唐突に終焉を迎える。
 外装火器の弾丸をほとんど撃ち尽くしたスミスが攻撃を止め、爆風と硝煙がゆっくりと晴れていく。
 そこには、ゾンビの姿などカケラも無い、焼け野原となった港の姿が有った。

「こちらスミス、突入ポイントの制圧完了」
『第二段階へ』

 ギガスの射出ポートから、今度は純銀のパワードスーツが飛び出す。
 そのパワードスーツは減速するどころか、背中のバーニアを噴出してさらに加速を加えて行った。

「行けええぇぇぇ!!」

 その特殊近接・突撃戦用パワードスーツ《ウェアウルフ》を駆るSTARS第七小隊隊長、ロット・クラインは左腕の突撃用大型ドリル《チャージタスク》を突き出し、港から伸びるメインストリートを埋め尽くしているゾンビの群れへと突っ込んだ。
 チャージタスクが後部のジェットを吹かしながら轟音を立てて旋回し、目の前に立ちふさがるゾンビ達を貫き、穿っていく。

「第七小隊、オレに続け!」
『了解!』

 ギガスからSTARS第七小隊の駆るケルベロス・STARSカスタムが次々と港に降下していく。

『第七小隊はメインストリートのゾンビを駆逐、駆逐率が30%に到達した時点で全小隊を降下、脱出ルートを完全に確保、市民を全員脱出させろ』
「了解! 行くぞ野郎ども!」
『おおっ!』

 外装火器を分離させたスミスは、2m近くある大型レールガン《タスラム》を両手でそれぞれ構えると、ウェアウルフが開けた僅かな隙間にヘラクレスを突撃させ、それにケルベロス・STARSカスタムも続いて避難路の確保に取り掛かる。

『WHOから連絡! 対バイオテロ対策班がデイライトタイプ・ワクチン5万人分を緊急搬送中! 不足分は今アジア各局の諸機関が全力を上げて製造中だって!』
『バトルサポートシステム、総員にリンク完了! オーラ識別センサーのサーチ結果を随時送りま〜す。ゾンビと間違えないようにね♪』

 3Dディスプレイに映される崑崙島の映像縮尺が小さくなりながら港湾から島全体を写しだしていき、そこにはゾンビを示す赤と生存者を示すみるみる青が増えていく。

「第一、第二小隊は西3エリアから生存者の保護を開始、第三、第四は東7エリアから、第五と第六はメインストリートの絶対安全を確保せよ」

『了解!!』

 レオンの命令を受けたSTARSの全隊員が次々とギガスから降下していく。

「ミサイル発射までの残る時間は?」
「あと10分!」
『レン君が停止のために総帥室に向かったらしい! 今通信をそちらと繋げてみる!』

 智弘が即座に回線を操作すると、ほどなくギガスの通信用ウインドゥに総帥室の映像が映し出される。

「レン!」
『トモエか!』
「レン捜査官! 現状を報告!」

 何かしゃべろうとするトモエを遮り、キャサリンが叫ぶ。

『停止装置の破壊を試みてますが、時間内にはかなり困難です。破壊にはBコンポ2kg以上は必要だそうです』
「Bコンポ2kg!? モギービル爆破テロと同量じゃない! そのビルが瓦礫になるわよ!」
『トモエ、恐らくそれにはそれくらいの兵装があるはずだ。使用可能か?』
「え、え〜と………」
『両舷46cmリニアレールキャノン、使用可能です』
「それをここに撃て」

『TINA』の返答を聞いたレンが、なんのためらいもなく発砲を支持。

「待ちなさい! 46cmって戦艦大和の主砲と同じよ! あなたが消し飛ぶわ!」
『時間が有りません、課長。それに、手持ちの武器も使い果たしました。術と徒手空拳による破壊を試みてますが、恐らく………』

 そういうレンの手が、両方とも己の鮮血にまみれているを見たキャサリンの口元が引き締まる。

「……レンの愛刀は今どこに?」
「スミスおじさんが持ってます!」
「すぐに向かわせなさい!」
『ダメだ! 今すぐそうしたいが、とてもここを離れられん! 失せろこの腐れ×××が!』

 間髪入れずスミスの罵声混じりの返信に、ブリッジの全員が顔を見合わせる。

「誰か手の開いている人員は?」
「馬鹿、さっき全員降りちまった!」
「私が!」
「ダメだトモエ! 今から降下してたら間に合わねえ! オレが行く! 小型ヘリか何か残ってるか!?」
「操縦士が離れてどうするの! 私が!」
「『TINA』、総帥室に照準。トリガーをこちらに」
『イエス・ボス』
「本気かレオン! Jrを殺すつもりか! 父親の時のように!」

 目前のコンソールから出てきたトリガーレバーを握ろうとするレオンにカルロスが思わず叫んだ時、真横から銃口が突きつけられた。

「悪いけど、させないわよ」
「世界大戦を引き起こしたいのか?」

 自分のこめかみに銃を押し当てるキャサリンに、レオンは顔色一つ変えずにトリガーレバーを握る。

「戦争の一つや二つ、世界中の頭首脅してでも止めて見せるわ」
「ミサイル投下の被害は?」
「それと同じ人数、救えばいいのよ。彼なら可能だわ」
『大変! 陽岡、蓮平の両基地のミサイルが発射態勢に入っちゃった! 間違いなく目的地はここ!』

『TINA』からの報告に、レオンを除く全員の顔色が一気に変色した。

「何だと!?」
「なるほど、世界大戦を起すくらいならこの島を先に吹き飛ばす事に決めたらしい。後始末も楽だろうからな」
『こちらロット、崑崙ドームに到着! 救援艇の手配を!』
「……ど、どうしよう………」
「バッドエンドは嫌いよ、何か手を」
『おい、何を……こら返せ! こちらスミス! レンの刀を盗られた!』
「はぁ????」
『リンルゥ!』
『これをあいつに届ければいいんだろ? ボクが行く!』

 通信に、アークの声と少女の声が混じる。
 状況を理解出来ないブリッジの皆に、アークが一つ咳払いをしてから続けた。

『今、Jrの刀を持った少女が向かった。装備を幾つか渡したから、通信回線を開いてサポートを』
「信用できるの? その子………」
『恐らく、いや間違いなく』
『アーク課長の予備通信、開きます』

 3Dディスプレイに、〈unknown(不明)〉と表示されたオレンジの光点が現れ、中枢センタービルへと向かっていく。

「聞こえてるかしら?」
『誰?』
「レンの上司よ、え〜とあなた………」
『リンルゥ、リンルゥ・インティアン』
「リンルゥ、間に合いそう?」
『間に合わせる!』

 強気な少女の声にキャサリンはレオンに向けたままだった銃を下げる。
〈unknown〉から〈Linglu〉と表示が変わった光点が進んでいくの見ながら、キャサリンは呟く。

「賭けてみる? あの子が間に合うかどうか」
「陽岡、蓮平のミサイル到達予定は?」
『今発射されちゃった! 到達まで6分!』
「迎撃可能か?」
『イエス、ボス。両舷46cmリニアレールキャノンから誘導弾頭を使えば、十分撃墜できます♪』
「至急迎撃を」
『イエス、ボス!』
「パパ、ママ! すぐにそこから退避して!」
『………ダメだ。今この島はここからマニュアルで制御している。制御を離れれば、この島は沈没する可能性があるんだ………』
「そんな!」

 智弘の静かな声に、トモエが絶句する。

『ここは私達がなんとかするわ!』
『レオン長官! 崑崙島の全権を貴官に一時委任する! なんとしてもこの島の住民を!』
「ご安心をクァン司令。我々はそのために存在する」

 ゾンビトラとの死闘を繰り広げながら叫ぶ者達に、レオンはためらいも無く断言する。

「全てはあの子にかかっている、か……オッズが知りたい所ね」
「分からないから面白いだろ、来るぞ!」
『艦首回頭右32°! 46cmレールキャノン、追尾砲弾発射します!』

 カルロスが操縦桿を右に押し込み、旋回するギガスから高速の砲弾が、向かってくる滅びへと放たれた。



 上空から聞こえてきたすさまじい音に、リンルゥは思わず空を見上げる。
 上空に対空しているSF映画にでも出てきそうな巨大な飛行機から、音速超過を示す水蒸気の軌跡を描いて何かが飛んでいく。
 程なくして、どこか遠くから爆音が響いた。

「もう、どうなってるんだよ!」

 思わず悪態が口から出た時、まだそんな事を言える余裕がある自分に気づいたリンルゥは僅かに驚いた。
 再度上空から轟音が響いたが、振り向きもせずリンルゥは加速した。
 両足のイオンジェットローラーは快音を立ててリンルゥの体を加速させていく。

「う……ああ……」
「じゃまだよっ!」

 目前に現れたゾンビをスラロームで右にかわし、その背後のを左へ。
 驚異的な速度のスラロームの連続でリンルゥは生ける死者のたむろするメインストリートを駆け抜けていく。

『前方、大きな個体反応!』
「何それ!」

 通信からの声にリンルゥが思わず叫んだ時、目前を白い蛇体が遮った。

「まだいた! こんな時に!」

 こちらに頭を向ける三匹めのケツァルコアトルに、リンルゥが手に握り締めているレンの愛刀が入っているバックパックをかき抱く。
 それに知ってか知らずか、ケツァルコアトルはリンルゥに口腔内のウォーターガンの銃口を向ける。

「通して!」

 叫びながら、リンルゥは更に速度を上げる。
 彼女に向かって死の水弾が放たれようとした時、突然の彼女の隣を銀色の閃光が抜いた。
 その閃光は急停止してリンルゥの前に盾となって立ちはだかる。
 放たれた水弾は、その銀の盾の前にあっさりと弾かれた。

「この人狼の装甲に水鉄砲なんて効かねぇよ!」

 その銀のパワードスーツ、ウェアウルフを駆るロットが燃料を使い果たしたチャージタスクをパージすると、その下から現れた近接戦闘用ドリル《スパイラル・タスク》をケツァルコアトルに突きつける。

「ここはオレが引き受け…」
「お願い!」

 礼も言わず、リンルゥがその場をロットに預けて先を急ぐ。

「……いいシーン台無しじゃねえか」

 すでに姿が見えなくなる程小さくなっているリンルゥの背中に、ロットが小さくぼやく。
 その時すでにケツァルコアトルはその牙をウェアウルフに向けて突き立てようとしていた。

「はっ!」

 鼻先で笑いながら、ロットはウェアウルフのバーニアを吹かして牙から軽々と離れる。
 だが、勢い余ってウェアウルフの体は脇の商店の壁に叩きつけられた。

「人狼って言うだけあって、こいつは結構な機体だぜ……」

 STARS正式採用のケルベロスタイプを遥かに上回る出力と運動性に、ロットはむしろ笑みを浮かべて体勢を立て直す。
 そこを狙ってケツァルコアトルは水弾を容赦なく叩き込んでくるが、ウェアウルフの分厚い装甲には傷一つ付いていない。

「まるで軍用だぜ。こいつが無ければな!」

 ロットは腰のスロットからごついメイスのような武装を取り出す。
 ボディと同じ、銀色をしたボーリングのような球体が付いたその奇妙なメイスを手にしたロットは、ウェアウルフを一気に加速。

「食らいやがれ!」

 手にしたそれを、ロットはケツァルコアトルの胴体に叩きつける。
 同時に、先端の球体が爆音にも似た轟音をケツァルコアトルの内部に直接叩き込んだ。
 衝撃波を相手に直接叩き込む事で内部から破壊する格闘用ツール《ハウリング・ロッド》から放たれた衝撃波が、ケツァルコアトルの強弾性装甲を貫いて内蔵へと直接ダメージを与える。
 予想だにしてなかったダメージに、ケツァルコアトルはその巨体を大きくのたうって苦悶した。

「使えるじゃねえか。もっともこいつを作った奴は大馬鹿だがな!」

 火器を一切装備せず、その重装甲と驚異的な運動性を持って格闘戦のみで相手を殲滅する事を目的として作られた非常識な特殊近接・突撃戦用パワードスーツを、ロットは心底気に入った。

「こっちは忙しいんだ、とっと終わらせるぜトグロ野郎!」

 バーニアを吹かし、左手のスパイラル・タスクを旋回させながらロットはケツァルコアトルへと突撃した。



 路面に火花を撒き散らしながらローラーを横滑りさせ、リンルゥは目的地の前で急停止。

「この上に………」

 中枢センタービルを見上げ、どこかその姿に異様な物を感じたリンルゥの喉が粘つく唾を飲み下す。

『通信機のレシーバーからポインターを伸ばして、眼球にセットして。地図を送るわ』
「こう……だっけ」

 眼球にレーザー投射された目前のビルの見取り図の下に、3分を切ろうとしているカウントダウンが表示されていた。

『間に合いそう?』
「行ってみる!」

 リンルゥは腰からアークに渡されていたアンカーガンを抜くと、ワイヤー長及び出力を最大にしてトリガーを引いた。
 撃ち出されたアンカーがビルの外壁に突き刺さり、固定されたのを確認したリンルゥは巻き取りスイッチを押し込む。
 予想よりも早い速度でワイヤーが巻き取られていき、リンルゥはそれに引きずられそうになるのをなんとか堪えて、外壁にローラーを押し当て、手から抜け落ちそうになるアンカーガンを必死に握り締めて外壁を登っていく。

「だ、ダイエットしとけばよかったかな……」

 予想以上にかかる負荷に、リンルゥがアンカーガンに両手でしがみ付く。
 ふと、横の緊急用タラップに目を向けた所で、そこにこちらに向かって透明な外壁を叩き続けている片目の飛び出した女性ゾンビと目が合って慌てて目を背ける。

「あいつ、こんなとこに一人で飛び込んでいったのか…………」

 内部の状況を想像して、背筋が凍りつきそうな寒気に身を振るわせたリンルゥだったが、ふと上から何かが頭に降ってくるのに気付いた。

「何、ガラス?」

 頭に降ってきたのがガラスの破片だというのに気付いたリンルゥが上を向いた時、突然真上のガラスが砕け散り、そこからゾンビが踊りだしてくる。

「う、うわあああぁぁ!!」

 悲鳴を上げながらも、外壁を思いっきり蹴ってリンルゥは跳躍、開いた外壁との空間を砕けたガラスとゾンビが真下へと落下していく。

「あ、危な〜」
『大丈夫!? 悲鳴が聞こえたわよ』
「あ、大丈夫……」

 通信に答えた所で、手の中のアンカーガンの感触が弱くなっているのにリンルゥが気付いた。
 外壁に着地した所で、アンカーガンの反動が消える。

「え?」

 跳躍の拍子に、外壁に食い込んでいたはずのアンカーが外れ、落ちていくゾンビの後を追うようにリンルゥの体が真下へと倒れていった。

「わ、わわ、わわわ!」

 落下を始めようとする体勢を立て直そうともがきながら、リンルゥは手にしたアンカーガンを投げ捨て、腰から母親から渡されたもう一丁のアンカーガンを取り出してトリガーを引いた。
 落下を始めた体が、加速する前に撃ち込まれたアンカーによってなんとか停止する。

「命が幾つあっても足りないよ………」
『大丈夫、何かあったらいいマッドサイエンティスト紹介するわ。バッタの能力組み込まれるか、加速装置つけられるかくらいは選ばせてもらえるわよ』
「何それ! ボクどっちもやだよ!」

 息を切らせるリンルゥに、キャサリンは親切に危険なアドバイスを入れる。

「って、もう時間が!」
『大丈夫、そこからなら間に合うと思うわ』
「間に合わせる!」

 再度ワイヤーを巻き取らせてリンルゥが外壁を登っていくが、眼球に投射されているタイムリミットはすでに僅かだった。

「あと、一分!」

 ワイヤーを撒ききった所で、リンルゥは手近に開いていた防災窓から内部へと侵入。

『その上の階よ、正面進んで右手の階段を』
「……うん」

 指定された通路の正面を塞ぐようにたむろしていたゾンビ達が、物音に気付いて一斉にリンルゥの方へと向いた事に、リンルゥの頬に汗が滲み出す。

「……行くよ!」

 向かってくるゾンビに、リンルゥは迷わずダッシュで立ち向かう。

(横には狭くて抜けられない……だったら!)

 ゾンビが目前に迫った所で、リンルゥはアンカーガンを天井へと撃ち出し、即座にワイヤーを巻き取る。
 勢いのついた体はワイヤーに吊られて勢いのままゾンビの頭上を飛び越え、リンルゥは即座に手を放すとゾンビが振り向く前にその場を走り去る。

「あとは一直線に…」

 階段を向かおうとした所で、階段の踊り場にもう一体ゾンビが立っている事に気付いたリンルゥは愕然とする。

(もう時間が……)

 30秒を切ろうとするタイムリミットに、リンルゥは思い切って階段を駆け上る。
 踊り場のゾンビが、彼女に向かって手を伸ばした時、リンルゥの体がいきなり沈み込んだ。

「食らえ!」

 階段のステップに片手を付いたリンルゥの体が、手を支点として縦に旋回、勢いのついたローラーがゾンビの顔面へとめり込み、よろめいた所に、もう片方のローラーもめり込んで鼻骨を粉砕し、鮮血を撒き散らした。

「あと、20秒!」

 一回転して体勢を立て直したリンルゥは背後を振り向きもせず、まっすぐ目的地へと向かう。

『あと15秒』

 ギガスのブリッジでレオンはレールキャノンの発射スイッチに指を掛ける。

『10秒』

 トモエが震える両手を握り締め、ただレンの無事だけを祈り続ける。

『5秒』

 リンルゥが総帥室のプレートを突き抜けるように中へと突入する。

「使って!」

 驚いた顔のレンがそちらに向く中、勢い余って倒れながらも、レンへと向けて口を開けておいたバックパックをレンへと放り投げた。
 そこから愛刀の柄が見えているのに気付いたレンは、己の鮮血にまみれた右手を柄へと伸ばし、掴んだ。

「ぁぁぁああああ!!」

 咆哮のような声と共に、レンの手が古刀の大業物、備前景光を宙にある状態から一気に抜き放つ。
 抜き放たれた刃は、煌きの残滓すら見えない程の超高速で制御装置となっている龍の彫像に襲い掛かり、突き抜ける。
 白刃は止まらず、両手持ちへと変えられて再度振るわれ、二度、三度と宙に光線を描き出した。

「光背一刀流変位抜刀技《輝晶乱破きしょうらんは》」
『3,2…』

 カウントダウンが最後を迎える寸前、彫像が突然斜めにずれる
 そして、複数の直線で断絶されたブロックとなったかと思うと、あっという間に瓦解した。

『システムダウン、発射停止します』

 エラー音が室内に鳴り響き、ミサイルの発射停止を示す電子音声が鳴り響く。

「ま、間に合ったぁ〜……………」
「無茶ばかりするな。もしあと5秒遅れたら、一緒に吹き飛ばされている所だったぞ」
「何だよ、借り返したからあいこだろ?」
「警官に返す必要は無い。特にこんな状況ではな」

 息を切らせながら床に大の字に倒れているリンルゥを呆れ顔で見ながら、レンはバックパックから鞘を取り出し、刀をそれに納めると腰へと指した。
 モニターに映っていたギガスのブリッジの人間達もそこでようやく胸をなでおろした。

『ギリギリだったわね。あと1秒遅かったらそこは跡形もなくなってたけど』
「ミサイルの発射は完全停止。すぐに救援部隊を上陸させてください」
『すでに向かってるわ。人民軍とも今話をつけてる所』
「他の突入部隊は?」
『こっちも片付いたわ。でもヒロ以外は全員負傷。至急代わりをよこして』

 モニター内にの小さなウインドゥにシェリーの姿が映る。
 その背後には、片腕を縛るアニーや肩を貸し合ってるムサシやCHの姿が有った。

「任務完了、これより避難の援護に向かい…」
『レン、両手を見せなさい』

 背を翻そうとするレンに、キャサリンの冷たい声がかかる。

「たいした怪我では…」
『ちらっとだけど、右手の人差し指と中指と左手の薬指が変な方向に曲がってるように見えたけど?』
「……」

 レンは無言で後ろ手で指をいじる。
 その様を後ろから見ていたリンルゥの顔色がみるみる青くなっていった。

「この通りですが」
『強引に伸ばしたでしょ、今』

 指摘された指が明らかに腫れて変色しているレンに、キャサリンが冷え切った視線を送りつける。

『帰還しなさい。命令よ』
「しかし……」
『いいから帰って来い! あとはこっちのロクデナシでどうにかしてやる!』
「……了解」

 カルロスにまで怒鳴られ、レンは渋々命令を受諾すると、懐から治療用のテープを出してそれを手に巻いていく。

「あ、それくらいやるよ」
「まだ息が上がってるぞ。負傷はないか?」
「大丈夫、運動は得意だから」
「やれると思って無理はしない方がいい。母親は泣かせると後が怖いぞ」
「……実体験?」
「いや、オレはしかられるのが専門だった」
「ボクの母さんもそうだよ、帰ったらまたしかれるな………」

 レンの手に治療用テープを巻きながら、リンルゥが苦笑。
 そこで、何か冷たい視線を感じたリンルゥがモニターを見ると、トモエがすさまじい形相で彼女を睨みつけていた。

「とにかくここを出て他の突入部隊と合流しよう。武器は持っているか?」
「持ってないよ。慌ててたから」
「……よく来れたな。持ってろ」

 バックパックから取り出したサムライソウル2をレンは無造作にリンルゥに手渡す。
 重い鉄の感触に、リンルゥはまじまじとそれを見つめた。

「使い方は分かるか?」
「う、うん。前に母さんと旅行に行った時に射撃場で……」
「45口径ホットロードだ。その時の5倍の威力があると思え。そして必要の無い限り撃つな」
「物騒な銃だね……」

 グリップを握ってみて、それが自分の手には余る程大型だと改めて気付いたリンルゥが、それをレンは平然と片手で扱っているのを思い出し、何気なくレンの方を見た。

(本当に強いんだ、この人………)
「行くぞ、絶対オレから離れるな」
「うん!」

 扉を開けるレンの後ろに、リンルゥは黙って続いた。



「さすだね、兄さん。ちゃんと止められたんだ」

 予定の時間を過ぎ、ミサイルが発射されなかった事をジンは笑みと共に確認。
 崑崙島から少し離れた上空、崑崙島に次々と飛行機や船舶が向かうのをランからぶら下がったまま見ていたジンは、片手で止まりつつある出血の具合を確認する。

「ちょっとやられ過ぎたかな?」
「早く帰ろう、すぐに修理してもらわないと……」
「お互い、ぼろぼろだからね。その前に……」

 ジンは自分達の真下、ゆっくりとだが確実にこちらを追ってきているヨットクルーザーを見た。

「ラン、尾けられてるよ」
「え!?」
「下のクルーザー。ボクらに興味深々のようだ」
「ふ〜ん……!」

 ランが脚を伸ばすと、そこから放たれた電光がヨットクルーザーに直撃、動きが止まるとランは更にだめおしで発火体液を吐き出し、火の玉となって落ちていった体液がヨットクルーザーを炎上させ、その船内から慌てながら一人の人影が海上へと飛び込む。

「トドメ刺しとく?」
「別に構わないさ、泳いでおってこれたら別だけど」
「じゃあ、帰りましょう」

 背の羽根を羽ばたかせ、ランの体が加速。
 二人の影はその場からどんどん遠ざかり、やがて見えなくなった。

「……くそっ!」

 ヨットクルーザーから飛び出した人影が、悪態と共に海面を殴りつける。

「こちらサンダーバード、任務失敗しました」
『了解、そのまま帰還せよ。救援は必要か?』
「いや、大丈夫です。そちらに向かいましょうか?」
『まだ早い。時が来るまで全てを隠せ』
「了解」

 通信を切ると、その人影―《サンダーバード》と名乗っていた男、フレック=フレクスター・レッドフィールドは陸地の方へと泳ぎ始める。

「待ってろ、必ず尻尾を掴んでやる……」

 心底苦渋を味わいながら、フレックは力強く泳ぎ続けた。



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