第九章「判明! 明かされし秘密!」


BIOHAZARDnew theory
FATE OF EDGE

第九章「判明! 明かされし秘密!」


STARS本隊突入から一時間後

「WHOの空挺検疫部隊第二陣到着しました!」
「東13エリアの臨時避難地に誘導して!」
『強襲救助艇5号から7号、避難民1894名を乗せて離岸します!』
「1号から3号はいつ戻ってこれる?」
「人民軍の連中、やっと来やがった………」
『ボス、人民軍軍令部から避難誘導権限を渡すように通信が入ってます』
「無視しろ」

ギガスのブリッジ内で、刻一刻と変化していく状況が次々と伝えられる。

「避難は順調ね」
「まだ港湾周辺しか安全確保できていない」

 現状を確認、指示を出していたキャサリンが同じように淡々と指示を出しているレオンの言葉に呆れた視線を向ける。

「全部するつもり? 人手が幾らあっても足りないわよ?」
「無論避難が最優先だ。突入部隊は帰還したか?」
「今ついたって。こっちに呼ぶ?」
「医務室に直行させろ。再出動できる状態の奴はおるまい」
「じゃあ、お見舞いに…」
「ダメよ、まだ仕事があるから」
「ぶ〜」
「歩いて帰って来れたんなら心配するような状態じゃねえだろ。まあ、Jrは骨が数本イってたみてえだが」

 オペレーター席ですねるトモエに、カルロスがいじの悪い笑み付きでたしなめてやる。

「医務室には彼女がいる。問題はないだろう」
「そうね」



「え〜と、こっちね」
「広いな、本当にこれで飛行機なのか?」

全身防護服をまとっていた智弘以外、満身創痍の突入部隊が、防疫シャワーの薬品臭を全身から漂わせつつ、肩を貸しあいながら通路にある案内板に従って医務室へと向かう。
 その巨体と最新設備がそろった艦内に、全員が己の傷も忘れて周囲を見回していた。

「空中指揮艦とはね………米軍でもまだ開発中のはずじゃ?」
「試作機です。同型艦に乗った事がある。一番艦は前線指揮用、二番艦は大規模搬送用、おそらくこいつはその両方を取り入れた三番艦」
「何に使うつもりよ、こんな物騒な代物。世界大戦?」

 なぜか一緒に着いてきたリンルゥの問いに、レンはしばし黙考、おもむろに言葉を選んだ。

「そんな事するくらいならとうの昔にやっているだろう。これを設計した男は史上最狂のマッドサイエンティストと呼ばれてる男で、世界大戦も人類滅亡もくだらないからやらないと言うような奴だからな………」
「守門君なら間違いなくそう言うわね」
「お知りあいで?」
「教え子よ。小さい頃から変わった子だったけど、立派になった物ね〜」
「…………あなたの知り合い、こんなのばっか?」
「残念ながらな」
「それってボクも入ってる?」

 リンルゥがジト目でレンと周囲の人間を見る中、智弘が自らを疑問符付きで指差す。

「あっと、あそこが医務室か」
「あれ、そういえばジョージ先生下にいなかったっけ?」
「補充が誰か来てるんじゃないのかい?」
「最悪、自前でやるか………」

 レンが先頭に立って医務室のドアを開ける。
 ドアが開くと、中にいた人物と目が合った。

「やっと来たわね」
『あ』

 レンとシェリーが同時に声を上げ、ムサシとアニーが同時に回れ右してその場を走り去ろうとする。
 それを見た室内の人物は、無言で懐のホルスターからレミントンM1100・ソードオフ(短銃身)ショットガンを抜くと逃げ出す二人の背中へと向ける。

「伏せて!」

 シェリーが智弘を、レンがリンルゥを押し倒しながら伏せ、何の遠慮もなく放たれた弾丸が遅れて伏せたCHの頭頂と側頭部をかすめて飛んでいく。

「うげっ!」
「きゃん!」

 背中にマトモに弾丸、正確には非殺傷用のゴムスタン弾を食らったムサシとアニーが間抜けな悲鳴と共にその場に倒れる。

「何? 何? 死んだの?」
「多分生きてるわよ、逃げ出す元気があるくらいだから」

 硝煙を上げるソードオフショットガンをデスクに置いた人物、眼鏡を掛けた金髪の中年女医は何事も無かったのように治療の準備を始めて行く。

「随分と過激な……」
「……この人、本当に医者?」
「間違いなく本物よ、ちょっと過激だけど」
「旦那と息子のお陰でね」
「母さん………何でここに?」
「色々あってね」

 その女医と面識の無いCHとリンルゥが絶句する中、その女医―レンの母親でもあるミリィことミリア・水沢は診察機器のスイッチを次々と入れると、息子へと鋭い視線を送る。

「レン、まずあんたから」
「オレは大丈夫だから、シェリーさんから…」

 最後まで言わせず、ミリィはレンの両手を強引に掴み寄せると、指が何本も変色しているを見て眉根を寄せる。

「……三本は折れてるわね。他にも何本かヒビくらいいってるわよ。何してきたの」
「刀が持っていけなかったんで、セラミック刀を使っていたら折れて」
「で、素手でやった訳ね」
「………」

 無言になった息子の脳天を、ミリィはカルテ用のクリップボードで縦に引っ叩くと、レンの着ている衣服を強引に剥ぎながら診察を開始する。

「ちょ、母さん」
「あんたはまた何やってきたの! 下手したら肋骨も折れてるわよ! 肉が削げてる所もあるし、こっちは刀傷じゃない!」
「ゾンビと大蛇となぞの剣士を連続で…」
「これは全身スキャンしないとダメね。智弘手伝って」
「そうでしょうねえ…………」

 レンの肌が露になると、衣服の影に隠れていたまだ血がにじんでいる傷や内出血が次々と現れ、ミリィの額に青筋が浮かんでいく。

「出来れば、応急処置だけしてもらって下の応援に…」
「ダメ」

 一言で息子の申し出を却下したミリィは、レンを全身スキャン用のカプセルに叩き込む。

「次、シェリー」
「あ、私はこれだけで…」

 シェリーが緊急治療用のジェルで固められた右腕を差し出すと、ミリィは無造作にそれを握り締める。

「☆※#!℃□!!」

 声にならない悲鳴を上げるシェリーを見たミリィは、ため息一つついて治療のためにジェルの剥離を始める。

「シェリー、あなたもいい年なんだから、そろそろ無理はしない事ね。子供達に示しが付かないでしょ」
「あはは、ちょっと油断しちゃって」
「ちょっと?」
「!〇〆★◇△*¢!!」

 再度火傷を負った腕を握り締められ、またシェリーが声にならない悲鳴を上げる。

「まったく。相変わらずここにはロクデナシしかいないのね」
「……え〜と」

 ミリィの断言に、医療用スキャナーを操作していた智弘が何か反論を言おうとするが何も言葉が浮かばない。
 シェリーの治療を進めるミリィの目が、ポカンと立っているCHとリンルゥに向けられる。

「あなた達、通路に転がってる二人引きずってきて」
「あ、はい」
「ボクも?」
「他にいないでしょ。多少暴れるかもしれないけど、その時はもう一発ぶち込むから」
『…………』

 あえて何も言わず、二人は通路に転がってるムサシとアニーの足をそれぞれ掴むと、医務室へと引きずっていく。

「た、頼む! 見逃してくれ! ミリィおばさん怒ると長官より怖ぇんだ!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! ちょっとだけ無茶して怪我しちゃいました〜!」

 引きずられる二人はそれぞれ無事な方の片手で床に爪を立てて抵抗し泣き喚くが、医務室の中から聞こえた弾丸装填音にその表情が凍りついた。

「さて、おとなしく治療を受ける? それとも治療を受ける以外何も出来ない状態になる? これから忙しくなりそうだから、出来れば簡単な方にしてもらいたいんだけど」

 淡々と喋るミリィの言葉に、ムサシとアニーの全身から冷や汗と脂汗が入り混じった膨大な量の汗が滴り落ちていく。

『お、お願いします…………』
「OK、こっちが済んだら治療してあげるから、そこにおとなしくしてなさい」

 医務室の入り口脇で、緊張しまくったCHが直立不動で、顔面蒼白になったケンド兄妹がなぜか正座で順番待ちに入る。
 その光景を奇異を見る目で眺めていたリンルゥだったが、そこでスキャン完了を知らせる電子音が鳴り響いた。

「全身負傷個所………27箇所!? 右手人差し指基節骨中指中節骨完全骨折及び人差し指中手骨亀裂骨折、掌上部に完全横断裂傷、左手薬指基節骨完全骨折及び中指基節骨及び中手骨、小指基節骨亀裂骨折、右第四肋骨及び左第七肋骨亀裂骨折、右下椀部及び左大腿部裂創(えぐり傷)、左上腕部及び右腹部及び左側胸部に裂傷、打撲は…」
「もういいわ」

 スキャンの結果表示された膨大な数の負傷個所を読み上げる智弘をミリィが止めると、レンを絶対零度の視線で睨みつける。

「レン、最近会う度に怪我してるように思えるのは気のせい?」
「偶然です」
「へぇ〜………」

 にこやかな顔で殺気をまとったミリィが、デスクの棚を開けるとそこを漁って何かを取り出す。

「怪我した全員、ちょっとこっちに来なさい」
『?』

 呼ばれた五人が恐る恐る近寄ると、ミリィは次々と五人の首に取り出した物をセットしていく。

「母さん、これは………」

 それは軟質樹脂で作られたらしい首輪に、《出撃禁止》と書かれたプレートがぶら下がっている奇妙な代物だった。

「あたしがいいと言うまで、全員出撃も訓練も禁止ね。ちなみに無理に外そうとしたり、あたしから100m以上離れたりすると爆発するから」
『げ……』
「ホントですか?」
「さあ……」

 凍りついた五人に対し、リンルゥは懐疑的にレンの首から下がっているプレートを引っ張り、智弘はシェリーの首に下がっているプレートを懐から取り出したルーペで注意深く観察する。
 強く引っ張りすぎたのか、レンのプレートがいきなり警報と共に明滅を開始した。

「え?」
「あ、スイッチ入ったわね」
「母さん!?」
「え〜と止め方は、と………」

 デスクから説明書らしい物を取り出してページをめくるミリィの背後で、レンのプレートは更に明滅を早め、挙句にカウントダウンまでが表示される。

「……残る30秒」
「あの、ミリィさん。爆発力はどれ程で?」
「指向性だから、当人以外に被害は出ないって書いてあるわね。渡されたばっかりで威力までは知らないわ。試しに爆発させてみる?」
「か、母さん!」
「残る20秒だよ!?」
「何か外すのないか!?」
「千切って取れば!」
「不用意に損傷させると、即時爆発するみたいね」
「何か斬るの!」
「メスがそこに!」
「あと10秒!」

 智弘が渡したメスを手にしたレンが、即座に自分の首輪からプレートを斬り落とすと、返す刃でそれを四つに斬り裂いた。
 明滅の光を失いながら、プレートは床へと落ちる。

「ま、間に合った………」
「ミリィ、さすがにこれはやりすぎよ………」
「これくらいしないと、誰もまともに治療受けようとしないじゃない。あと」
「あと?」
「本体はそっちだから」
『は?』

 直後、医務室から爆発音がギガス艦内へと響き渡った。

 FBI特異事件捜査課捜査官 レン・水沢
 診断結果
 自然治癒による全治二ヶ月 強制治療室に収監
 全治まで一切の出撃、訓練、運動行為を禁ず
          担当医 ミリア・水沢



 崑崙島STARS突入から一週間後 カナダ BC州・バンクーバー島 STARS本部

『それでは、今なお封鎖が続いている崑崙島沖からお送りします。STARS突入による強硬脱出作戦から一週間が過ぎました。崑崙島内は完全防備を施した武装検疫隊が生存者の調査に当たっている以外は、完全に出入り禁止となっております。中国政府は安全が完全確認されるまでの無期限閉鎖を昨夜発表し、避難した住民達の今後が心配されております。なお、未確認ですが閉鎖された崑崙島内の銀行、宝飾店を狙って侵入した強盗団が後日全員T―ウイルス症状を発症して処理されたとの噂もあり…』

 ニュースがそこまで流れた所で、カルロスは休憩室のテレビの電源を切る。

「何があとは任せてくださいだ。人民軍の連中もあてにならねえな………」
「仕方ないですよ。あれだけ大きな所だと、どんだけ封鎖しても穴は出来る。アーク課長が仕入れた情報だと、中国マフィアが絡んでたようですけど………」

 手に分厚い資料を持った智弘が、設置してある自販機から缶コーヒーを取り出し、口を開けて一気に喉に流し込む。

「何か分かったのか?」
「分かった事と分からない事が半々といった感じで。レン君の話が聞ければいいんだけど………」
「ミリィの奴が面会謝絶にしちまってるからな。許可が出るまで近付かない方が無難だぞ」
「過激な人ですからね…………昔もああだったんですか?」
「いんや、学生の頃はむしろ大人しかったぞ」

 そこに、大きなあくびをしながらスミスが来ると、同じように自販機から缶コーヒーを購入する。

「ホントかそれ」
「ミリィも高校の頃はおとなしい、いかにも優等生タイプだったんだが、ラクーンシティの一件の後、日本に行った辺りから性格過激になってきて、旦那亡くしてしばらくおとなしくなってたんだが、Jrが父親に似てきた辺りから前にも増して………」
「いや、何かそれ以上聞くと怖くなってくるんでそれくらいで」
「安心しろ、トモエはもう手遅れだから」
「………どこも子育てって苦労してますね」
「そうか?」
「お前んとこは親子そろって手遅れだろうが。末っ子がマトモなのが唯一の救いだな」
「トシゾウの奴は日本に留学して水沢家の骨董屋次ぐ気らしいからな。あの歳で地味な生き方する事しか考えてやがらねえ」
「上二人が派手過ぎんだよ」

 どこから疲れの残る口調で男三人が軽口を叩き合っていた時、スピーカから放送が流れ出す。

『これより緊急会議を行います。各隊長及び関係者は、至急会議室に集合してください。繰り返します…』
「起きてすぐこれか」
「勘弁してくれ、オレ昨夜戻ってきたばかりなんだぞ」
「それ言うなら、長官この一週間ロクに寝てないそうですよ」
「オレでも三日がいいとこなんだがな」
「この一週間戦闘と補給しかやってなかったくせに」
「まるでF1ですね………」
「似たようなもんだろ」
「スーツが、じゃなくててめえがな……………」



「集まったようだな」
「じゃ始めましょ」

 会議室にいる面々で、もっとも過重労働しているはずのレオンとキャサリンに疲労の欠片も見出せない事に、全身に疲労をまとわりつかせているSTARSの隊長達はある種の恐怖を感じながら自分達の席に座っていた。

「まず現状から。みんなのお陰で、昨夜の時点で崑崙島の全市民の一応の避難及び検疫処置が終了したわ」
「感染率11%、その内発症者は32%。最終段階まで行ったのがその内28%。上出来の範囲ね」

 片腕を三角巾で吊るし、相変わらず《出撃禁止》のプレート付き首輪を嵌められているシェリーが試算された被害者の数を淡々と発表していく。

「初動がもうちょっと早ければ、感染率10%未満に抑えられたかもしれないね………」
「半日遅ければ、手の施しようは無かった」

 智弘の希望的予測を、レオンが絶望的予測で遮る。

「新型も幾つか確認されたわね。サンプルはまだ解析途中だけど、案の定キャリアが発見されたわ」
「あのデカい羽根蛇だろ? ロットが一匹しとめたはず……」
「ゴ〜………」

 隊長席の端、つい先程崑崙島の事後処理から帰ってきたばかりのSTARS第七小隊隊長、ロット・クラインが自らの席で高いびきをかいているのを、他の隊長達が冷め切った視線で見つめる。

「……詳しい解析はこれからだけど、ノースマンのマンティコアと基本技術は同じみたい。媒介方法が吸血と武装でもある感染血液及び水を利用したウォーターガン。文字通り撒き散らすタイプって訳ね」

 高いびきを上げている約一名を無視して、何ヶ所かでぶつ切りにされているケツァルコアトルの映像を映し出してシェリーが説明を続ける。

「そして、もっと問題が一つ」

 一人の少女のモンタージュが映し出される。

「こいつか、お前が言ってたのは………」
「《嵐のラン》、《Azathothアザトース》4エレメンツと名乗ってたわ」
「アザトース? それが敵の名か?」
「クトルゥー神話体系の見た者全てを発狂させる究極の混沌の中心の名ね」

 相変わらず平然と会議に参加しているキャサリンの説明に、半数以上の物が眉根を寄せる。

「問題は4エレメンツと名乗ってる所だろう。ジンという者を含めても、あとそのクラスが二人存在する事になる」
「しかも、このランはT―ベロニカの発火能力に体内発電による電撃能力まで併せ持った強敵よ。残る二人がどんなのか考えたくもないわ」
「だが、問題は別の所にある」

 レオンの一言に、全員(約一名除く)がその〈問題〉が何かを悟っていた。

「誰が」
「何の目的で」
『作ったか』

 期せずして、全員の言葉が重なる。

「間違いなく、アンブレラ事件の関係者が絡んでいるのは間違いないわね。だけど、ノースマンといい、崑崙島といい、大規模すぎる」
「設備、資金、そして技術。どれだけの組織が裏にいるのか検討もつかないよ」
「しかも目的もはっきりしないときてやがる。これだけの事をやらかしておいて、今だ犯行声明も無しだ」
「目的は分かってるわ」
「え……」

 完全に断言するシェリーに、全員(約一名除く)が注目した。

「ランと戦って分かったわ。彼女は、間違いなくかつてのアレクシアタイプをモデルにより高度の戦闘力を持つために作られた存在よ。恐らくは、ジンという奴も………」
「つまり、アザトースの目的は」
「完全にして究極の戦闘生命体の完成」

 シェリーが導き出した結論に、全員が絶句する。

「ちょ、ちょっと待て。完全だの究極だの、何でそう判断すんだよ」
「簡単ね、彼らが知る最強の男を倒せば、自動的に向こうが最強よ」

 カルロスの問いに、キャサリンが答える。

「なるほど、〈最強の男〉か………」
「Jrか!」
「正確には、彼の父親でしょうね。だけど故人と戦わせる事は出来ないから、その後継者を作り出し、そして戦わせる。随分と回りくどい計画だこと」
「た、たったそのために……」
「都市を二つも………」

 あまりにも壮大かつ、異常な犯行目的予測に、ある者は押し黙り、ある者は愕然とする。
 重苦しい空気が支配する中、レオンが更に驚愕の言葉を発した。

「〈予告〉と〈前座〉は終わった。恐らく、次が〈本番〉だろう」
「ちょっと待て! 本番って………」
「これまでと比べ物にならないのが来るって事よ」

 キャサリンの肯定に、その場がざわめき立つ。

「総員、装備の充実を徹底。全隊員にその旨を告知し、その上で除隊を希望する者は止めるな」
「覚悟の出来てない連中なんか、いるだけ無駄だからな」

 まだ寝ていたと思っていたロットが、机に突っ伏したまま呟く。

「オレはやるぜ。ゾンビだろうがBOWだろうが、とっくの昔に絶滅したはずの連中が出てくるってんなら、地獄に叩き返してやる。この腕でな」

 握り締める拳、前線復帰するために骨折していた腕を無理やりサイボーグ化した義手がきしむ金属音を響かせる。

「当面は向こうも大規模な計画は無いだろう。当面休養と部隊の再編に従事」
『了解!』

 全隊長が、一糸乱れず復唱した。



「骨折部の癒着を確認、裂創部の再生も順調ね」
「すごい効果だな、これ……」

〈強制治療室 危険、立ち入り禁止〉とプレートが掲げられた室内で、ミリィがレンの容態の変化をカルテに記録していく。
 室内の中央にはBOWの培養槽を思わせるカプセルが設置され、人体の浸透圧に合わせて調整された溶液に満たされた中に、高圧酸素の吸入マスクをつけたレンが浮かんでいた。

「エンブリオ(胎児)・システムがもう完成していたとは。これなら今日中に一般室に移しても大丈夫じゃないかな」
「試作品って書いてあるわよ、ここに」

 感心するSTARS専属の老医師に、ミリィがXナンバー(試作品を意味するコード)が付いているプレートを指差す。
 人体がもっとも活性化する母胎内の状況に近づけ、更に高圧酸素と高濃度栄養を投与する事によって細胞を活性化させ負傷を急激的に治癒する事を目的とした最新鋭の治療システムを前に、ミリィはどこかうかない顔だった。

「まるで改造人間の製造ね」
「他の連中はタイラントにでもするのかと言ってたが……」
「いっそ、そうしたらもうちょっと落ち着くかしら?」
「……史上最悪のBOWが出来るのでは?」
「最悪の男になるよりはマシよ」

 今このSTARS本部で最強は間違いなく彼女だろう、という思いを老医師はいだきながら投薬する薬品の調整をしながら、ずっと疑問に思っていた事を口にした。

「所で、この無断開放の際に高圧電流が流れるというのは何の意味があるのだと思う?」
「脱走防止ね。内部から強制開放すると高電圧で大人しくなる仕組み、これを作った人は随分と分かってるわね」
「……緊急時はどうしろと?」
「外部衝撃に極めて強く作ってあるって説明書に書いてあったわよ。このまま埋まっても大丈夫みたい」
「………開発コンセプトに何があったんだろう」
「さあ?」



「お昼だよ〜」
「おう」
「ありがと」

〈治療室〉のプレートがかかった扉をワゴンを押すリンルゥが開けると、中に病床として置かれた高圧カプセルにいる負傷者達が待ってましたとばかりに声をあげる。

「この中に入れられてると、飯くらいしか楽しみないしな」
「お前は夕方には出れるからいいだろ、オレなんかあと三日はかかるって言われてんだぜ」

 地上よりも高気圧・高酸素状態に保つ事で新陳代謝を活発化させて治癒力を高めるカプセルに個別に押し込められている負傷したSTARS隊員達が、何やかやと言いながら搬入口から入れられる食事を受け取る。

「そういや、おふくろさんから連絡は?」
「まだ、何も…………」
「アーク課長も帰ってこないしね。一般人をいつまで放置しとくつもりかな?」
「あの、すいません」
「気にすんなよ、猫の手も借りたい状態だし」

 崑崙島の一件でギガスに搭乗したままSTARS本部に来てしまったリンルゥは、「こちらが片付くまでお世話になるように」との母親からの伝言に従って、日々雑用をしながら過ごすのを隊員達はむしろ好意的に受け止めていた。

「にしても、本当におふくろさん何者なんだろな? アーク課長並の切れ者なんてそうそういないと思ってたが………」
「分からないんだ、ボクにも何がなんだか………」
「まあ、親の過去なんて知らない方がいい事多いと思うよ? 昔っからやる事変わってない家の親みたいなのならともかく」

 他のカプセルと違ってチェーンでカプセルごとぐるぐる巻きにされた挙句、南京錠までつけて厳重に封印が施されているカプセルに入れられているケンド兄妹が声を掛ける中、リンルゥはそばのイスに黙って座り込む。

「おう、リンルゥって娘いるか?」
「ボク、だけど………」
「彼女に用すか、ロット副…じゃなくて隊長」

 仮眠上がりらしく、頭に寝癖をつけたままのロットが、リンルゥの前に来るとポケットをまさぐって一つの封筒を取り出した。

「ほらこれ、あんたの母親から預かってた」
「母さんから!」

 リンルゥは奪い取るように手紙を取ると、封を引き裂いて中身をむさぼるように読み始める。

「なんか、用があるとか言ってたけど、なんてかい…」

 そこで、手紙の読むリンルゥの手が震え始めているのにロットは気付く。

「お、おい大丈夫か? なんて書いてあるんだ?」

 ただならぬ様子に気付いたロットがリンルゥの顔を覗き込む。
 その顔は、真っ青に変わりつつあった。



「これで大体かしら?」
「人民軍の方もようやくデータ送って来たからね」
「つかれた〜」

 大型コンピューターが並ぶ計算室内に、崑崙島の事件で得られた有りとあらゆるデータの入力を終えた八谷親子が、三人そろって一息を入れた。

「やっぱり、ほとんどは確認されてる変異体と見ていいわね。数種の新型はあるみたいだけど」
「この〈キョンシー〉タイプは完全に未確認だね。発生要因が確定できれば」
『は〜い、こちらにも入力終えました! そしてこちらでのシュミレート結果お知らせしま〜す♪』

 同時にデータをDLしていたギガス内臓サポートAI『TINA』の陽気な声が響くと、シェリーの前のディスプレイに〈キョンシー〉発生の予想シュミレーションが表示されていく。

「なるほど〜、気功術による細胞活性化が逆に筋肉硬化を招くんだ〜」
「けど、この状態だと心肺系が先に停止しないかな?」
「普通のゾンビよりも活動予想時間が随分と短くなるみたいね。だとしたら、次はないか……あと、どうやってこれを?」
『イエス、こちらにインプットされていた気功師のデータを参考にしました〜。要望ならば、気功術の精細発生データ出します?』
「また後でね。だとしたら、やっぱり造られたのはこの三つね………」

 ディスプレイに、《ケツァルコアトル》《嵐のラン》《刃のジン》の判明しているデータが表示されていく。
 ランとジンは画像データが無いため、モンタージュとなっているが、それを見ていたシェリーがふと眉を潜める。

「あれ? この二人なんだか前にもどこかで見たような気が…………」
「まさか、ママが造ったとか………」
「それはないと思うよ、シェリーが造るんだったらもっとガチでマニアックになる」
「……少なくても、あそこまで生意気にはしないわね」

 コメカミを抑えつつ、脳内でモンタージュの年齢を加減したり、髪型を変えたりしていたシェリーだったが、部屋の扉が開く音で思考を一時中断する。

「おや、リンルゥちゃんじゃないか? 何か用かい?」
「…………」

 声を掛けた智弘が、リンルゥの様子がおかしい事に気付いた。

「母さんが……」
「お母さんがどうかしたのかい?」
「これを………」

 リンルゥが渡した手紙を智弘が受け取り、脇からシェリーとトモエも覗き込む。
 手紙には、英文で短くこう書かれていた。


 リンルゥへ
 こんな形でしか貴方に連絡できなくててごめんなさい。
 急な話だけど母さんは、やらなければいけない事が出来ました。
 それが何かは、ここに書く事は出来ません。
 もしかしたら二度と会う事は出来ないかもしれません。
 その時は、アークを頼りなさい。
 決して悪いようにはならないはずです。
 あと、もしもの時のための口座も書いておきます。
 願わくば、二度と危険な事に巻き込まれない安全な所で、元気に生きていく事を。
 我が最愛の娘へ
         インファ・インティアン


「これ!」
「トモエ! すぐにアーク課長に連絡を!」
「OK!」

 慌しくトモエが通信室へと向かい、智弘が手紙に書かれていた口座番号とコードをチェックしていく。

「スイス銀行の機密口座? どうやってそんな所に?」
「結構入ってるわね。彼女一人なら大学卒業するくらいまでの間持つわよ」
「ロット隊長が、母さんはこの手紙を残してどこかにいなくなったって………」
「何でよ!? 娘一人残して母親がいなくなるような事なんてあるの!?」
「銀行に直接問い合わせてみよう。何か分かるかも…」
「う…うう……」

 そこで、嗚咽の声が響いたのに智弘とシェリーは気付く。
 勝気なリンルゥの顔が歪み、目からは大粒の涙がこぼれていた。

「ボク、母さんがいなくなったら………一人ぼっちなんだよ………」

 泣きじゃくるリンルゥを、シェリーは優しく抱いて無傷な方の手で頭を優しく叩く。

「大丈夫、大丈夫よ。ここの連中は変な連中ばっかだけど、頼りになるから。お母さんもすぐに見つけてあげる。それまでここにいるといいわ」
「でも……」
「そうね、ちょっと失礼」

 シェリーはリンルゥの髪を一本抜くと、それを懐から取り出した細いカプセルに入れる。

「私なりに調べてみるわ。ひょっとしたら、お母さんの事何か分かるかもしれないからね」
「あ、ありがとうございます……」
「お礼は、結果が出てからね」

 まだ泣き止まないリンルゥの頭を、シェリーは励ますように優しく撫で続けた。



「聞いたか?」
「聞いてる。あの娘の事だろ?」
「おふくろさんが失踪したんだって」
「アンブレラの関係者だったって噂も」
「あの子がアーク課長の隠し子だって聞いたぞ」
「そりゃないだろ、ロットに殺される」
「義兄でも容赦しないだろうからな……」
「あれ、シェリー隊長の造った人造人間だって話は」
「どこからだよそれは」

「尾ひれつきまくってるわね」
「詳細は誰に聞いたら分かる事やら」

 本部の通路を白衣姿のミリィを先頭に、移動用ベッドを押す医療スタッフ数名とその移動用ベッドにトラップボム付きのチェーンでがんじがらめにされたレンが進む。
 本部のあちこちで隊員達が囁く噂話は、すでに知らぬ者がいない程広まっていた。

「娘預けて失踪なんて、大抵は男がらみなんだけどね」
「そういう雰囲気の人じゃなかったな………むしろ英断型だったが」
「面倒事なんて、ここのロクデナシどもに押し付ければ簡単なのに」
「……ここの全員?」
「もちろん」

 ミリィの容赦の無い毒舌に、ベッドを押す医療スタッフが顔を見合わせる。

「あ」
「あら」

 通路を通り過ぎようとした所で、横から噂の人物が出てきたのを見たミリィは足を止める。

「もういいんですか?」
「完治にはまだかかるわね。これから下の牢屋にぶち込む所」
「……牢屋?」
「そういう所じゃないと、脱走して無理するのよ。父親の時はモルグ(遺体安置室)に押し込んだ物だけど」
「あと、こういう趣味なんですか?」
「誰がだ」
「脱走防止よ。このまま牢屋に入れて完治するまで外さないの」
「………」

 猛獣よりも厳重に運ばれるレンの様子に、リンルゥが苦笑を浮かべる。
 しかし、その目じりは泣き過ぎた証拠を示すように赤くなっていた。

「色々と大変みたいだけど、修理が終わったら息子にも手伝わせるから。大丈夫、そういうのは得意な子だから」
「いいんですか?」
「捜査官が失踪者探すのに理由がいるのか」
「……ありがとうございます」

 深く頭を下げるリンルゥの目から、また涙がこぼれる。

「涙腺、弱くなってるわね。女の子が男の前で涙を流すのは、相手に責任取らせる時だけよ」
「す、すいません」

 ミリィが差し出したハンカチを、リンルゥは受け取ると目じりに当てる。

「あと念のため言っとくけど、息子に責任取らせるのだけはやめときなさい。手間かかった挙句、孕まされて責任取る前に勝手に死にかねないから」
「……………母さん」
「ぼ、ボクそこまではちょっと」
「なんなら、かくまってくれる所も紹介するわよ? これでも顔は広いから」
「アークおじさんが帰ってくるまで、待ってみる」
「あたしでよかったら、いつでも相談に乗るわよ。借金以外なら」
「……昔母さんの所に来た取立て屋が土下座で泣き入ってたのは子供の時の記憶違いだったかな?」
「ああ、あれは借りてもいないのに変な難癖つけてきたからよ。二発でおとなしくなったけど」
「その後、その人の姿二度と見てない気が」
「どこかで話が勝手についたみたい。チベットで仏門に入ったとか聞いたけど」

 彼もすごかったけど、親はもっとすごいんだな、とリンルゥは内心で理解した。
 自分の場合はどうだったろうか? と考えた所で止める。
 自分の知る限りの母親は、余裕と決断力を併せ持った、筋金入りのワーキングレディだった。
 自分では、少なくても今の自分ではああはなれない。

「顔、暗くなってるわよ」
「あ……」

心配そうに顔を覗き込んできたミリィに、リンルゥは慌てて顔をこすって表情を無理やり変える。

「だ、大丈夫」
「そう言う奴ほど、妙な事をやらかす。オレの経験上ではな」
「そうね、口から出たらそれは大丈夫じゃない証拠」
「………」

 親子そろっての忠告に、リンルゥが押し黙ってしまう。

「これを牢屋に叩き込んだら話聞いてあげるから、医務室に来なさい。絶対ね」
「うん……」

 か細い声での返答を聞きながら、ミリィは先を急ぐ。

「レン、治ったらあの子の力になってあげなさい」
「? 構わないけど、母さんがそんな事いうなんて珍しい…」
「昔にね、あたしもああいう状態になってね。誰かが支えてあげないと砕けかねないわよ。出来れば本気にさせない程度に」
「……難しい注文だな」
「なんとかしなさい」



「う〜ん…………」

 壁の時計が深夜の時間を指す中、シェリーがディスプレイを前に唸り声を上げていた。

「見事に詳細不明ね………」
「そっちも?」

 シェリーの背後にあたる席で、同じような作業を続けていた智弘が振り返る。
 両者のディスプレイには日中に解剖されたケツァルコアトルのパーツが生体、機械の二種に分けてそれぞれ表示され、その詳細解析を二人で分担して行っていた。

「前回と違って、神経系だけでなく制御系もほとんど有機部品で構成されてる。崑崙島のシステムへの対処だろうけど、このまま研究を進めればサイボーグ技術が根底から覆されそうだ」
「それとも、もう覆されているか」
「イヤな話だね。そうなったらボクは用済みかな?」

 疲労で霞む目を、目じりをもみこむ事でごまかそうとする智弘に、固定は外されたがまだ包帯で覆われている右手ごと背を伸ばそうとして、走った激痛で逆に縮こまるシェリーが同時にため息を吐いた。

「で、どこ製だと思う? ヒロ」
「完全ハンドメイド……かな? 見た事無い技術の結晶だって事しか分からない。ロズウェル事件に遭遇した科学者ってこういう気持ちだったのかな?」
「UFOは人襲わないし、食わないわよ。アブダクションはするかもしれないけど」

 まったく結果を生まない作業に、夫婦して疲労感だけが積もっていく。

「すー…………」
「くー………」

 室内のソファーからは、二つの小さな寝息が響いている。
 そこには、白衣姿でさっきまで手伝っていたトモエと、学校帰りに両親の所によったまま寝てしまった7歳になる弟のトウジの姿があった。

「家族そろって研究室に泊り込みなんて、不健康すぎるわね」
「仕方が無いさ。そういう仕事なんだから」

 ずれていた毛布を子供達に掛けなおした所で、作業していたのとは別のPCが電子音を立てる。

「あっと、出たわね」
「なんだい、それ?」
「日中に増えた分よ。リンルゥのDNA解析。何か分かればいいんだけど」

 自動的にプリントアウトされていくジーン・マップ(DNA解析図)を手にしたシェリーが、それを手にした所で表情が一変する。

「うそ………」
「どうかし…」

 ディスプレイの表示を見た智弘の顔が、そこに表示されている内容を見て完全に凍りつく。
 そこにはリンルゥのDNAデータと、STARSのデータベースからそれと一致する〈両親〉のデータが表示されていた。

「ど、どういう事だこれ!?」
「どうもうこうもないわよ、完全に一致してるわ。両親とね…………」
「じゃあ、あの子は!」

 叫びそうになる夫の口を、シェリーはふさいで強引に閉ざす。

「すぐにこのデータを消去して。ログも完全に。私は当人に問い質してくるわ」
「わ、分かった」

 プリントアウトされたジーン・マップを手にしたシェリーが部屋から飛び出し、智弘がPCを操作して今行われていた作業をログごと完全に消去していく。

「今回の事件の一番のサプライズ、か……面倒な事になりそうだね………」



「レオン!」
「何だ」

 ノックもしないで長官室に飛び込んできたシェリーに、レオンは自分のデスクにうずたかく詰まれた書類の山の間から顔色一つ変えずに応じる。

「これはどういう事よ!」
「何がだ」

 書類の山を弾き飛ばし、シェリーは手にしていたジーン・マップをデスクに手形がめり込む程叩きつける。

「塩基配列、変異配置、血液型に至るまで。全てが完全に一致してるわ。まさか知らないなんて言うんじゃないでしょうね?」
「何の事だ」

 歯軋りが響く程歯を食いしばり、レオンを睨みつけながらシェリーは手形から手を外す。
 彼女の手の下から、リンルゥのDNAデータの元、すなわち彼女の両親を示すデータが現れた。
 そこには、まったく予想できてなかった名前が有った。

「あの子は、リンルゥは! あなたと、エイダ・ウォンの間に生まれた娘じゃないの!!」
「………」

 表情をまったく変えないまま、無言になったレオンにシェリーはさらにまくし立てる。

「彼女が今17歳! エイダ・ウォンが脱獄失踪したのが18年前! 妊娠期間を含めれば完全に一致するわ! まさかあなたが…」
「それくらいにしとけよ」

 背後から掛けられた声に、シェリーが振り向く。
 そこには、後ろ手にドアにロックを掛けるアークの姿が有った。

「もう何を言ってもそいつは喋らないぜ。喋れる事もほとんど無いしな」

 驚きもしていないアークの口調に、シェリーはそれが彼にとって既知の情報だったと確信した。

「……知ってたのね?」
「そりゃ、毎年誕生日プレゼント送る子の事くらい知ってるさ。父親代わりとまでは行かないがな」
「いつから?」
「3歳の時からだから、15年前か」
「そんなに昔から………」
「………」

 相変わらず無言のまま、イスを回転させて背を向けたレオンにシェリーは一瞥だけくれてアークに詰めよる。

「どういう事よ、知ってる事全て言いなさい!」
「それはいいが、他に知ってる奴は? いたら呼んでくれ」
「……分かったわ。納得行くまで問い詰めさせてもらうから」

 数分後、長官室に張り詰めた表情のシェリーと困惑している智弘、どこから話そうか悩んでいるアークと、無言のままのレオンの四者四様が集った。

「本当なんですか? あの子が長官の…」
「まず言っておくが、これはSTARSの最高機密だ。知っているのはこの場にいる人間だけだって事を覚えておいてくれ」
「理由いかんによるわね」

 まるで臨戦体制のシェリーに、アークは頭をかきながら言葉を選んでいく。

「そうだな……まず20年前くらいにあった事を覚えてるか?」
「覚えてるわ。私達が苦労して捕まえた連中が、次々と〈失踪〉した時期だったわね」
「ああ、話は聞いた事はある。アンブレラ事件の関心が世間から離れていくのを見計らった国家や企業が、裏取引でアンブレラの科学者を次々と出獄させてたって噂だったけど………」
「噂じゃなく真実だ。大抵は技術転用が目的で、直接BOWの再製造に手を染める連中はあまりいなかった」
「そっち方面やろうとした連中、根こそぎ潰したじゃない」

 渋い表情のままのシェリーの言葉にアークが苦笑する。

「確かにな。だが、その闇のヘッドハンティングが、科学者以外にまで及んでいたのは知らないはずだ」

 それを聞いた途端に八谷夫婦の表情が激変する。

「! じゃあエイダ・ウォンの失踪の原因は!」
「ああ、彼女の知るBOWやT―ウイルスのデータを求めて、幾つもの組織が手を伸ばしてきていた。それを知った彼女は、自らの意思で脱獄した」
「STARS内で大騒ぎになったわよね。アンブレラ事件の関係者中では結構な有名人だったから」
「その時、彼女が一度だけここに寄った事は誰も知らないはずだ」
「!? そう言えば、あの時は全員あちこちに出撃してて、ここは手薄だった……」
「オレもレオンから後で直接聞いたから分かっただけだがな。何で寄ったかは、考えない方がいい。それ以来、オレは世界中で彼女の行方を追った。中国にいると分かったのはそれから3年後。彼女の住んでいたアパートを訪問したオレは、そこにいる女の子に気付いた。一目で誰の子供かは分かったよ………」
「その事、長官には……」
「すぐに知らせた。だが、双方でこの事は秘密にしてほしいと言われたよ」
「何でよ!?」
「世界一テロリストに恨まれている男の娘だと公表するのか?」

 それまで沈黙していたレオンがいきなり口を開く。
 その一言に、今度は八谷夫婦が沈黙した。

「理解してくれ。スキャンダルですむならまだいい、だがこの事実は危険すぎる。レオンが今まで何回命を狙われたか、知らない訳じゃあるまい。その標的を、リンルゥに向けさせる訳にはいかないんだ………」
「でも、せめて父親だと名乗るくらいなら」
「オレは、こんな生き方しか出来ない。今更、〈父親〉にはなれない」
「あの子が、泣いていても?」
「その涙を拭う事すら、オレには許されない。STARSの長官である限りな」
『…………』

 その場に、重い空気が下りる。

「全てを隠して、彼女は娘のために静かな生活を送るはずだったんだ」
「だけど、目の前に悪夢は再び起きた」

 アークの言葉をシェリーが繋ぐ。

「あぁ、そうだ。だから彼女は何よりも大事な娘を置き去りにして、自分自身の過去に向かう事にしたんだ」
「決着をつける為に、ですね……」

 智弘の言葉を最後に、部屋を沈黙が支配した。
 しばし沈黙は続いたが、静かな声がその沈黙を破る。

「何も知らない方がいい、父親の事も母親の過去の事も。あの子自身のために」

 レオンの一言に、部屋の誰もが深いため息をつく。

「とことん、父親失格ね…………」
「言ったはずだ。名乗る事すら出来ないと」
「それじゃあ勝手に仕事してなさい。リンルゥの事はこっちで勝手にやるから」
「喋るつもりか?」
「こんな最低男、喋る価値も無いわ。行きましょヒロ」
「あ、ああ………」

 夫を引きずるようにして、シェリーが部屋から出て行く。
 その影から、魚の形をした小さな影が飛び出したのにアークは気付いていた。

「……いいのか、これで」
「構わない。これからもな」

 無感情なレオンの声に、僅かに覚悟の意思が混じったような響きがあったような気が、アークにはしていた。



 深夜の牢獄に、一つの足音が響く。
 足音はゆっくりと空の牢屋の並ぶ廊下を通り抜け、目的の牢の前で止まる。

「聞いていたんだろう、Jr」
「ええ」

 アークの声に、牢屋の中のベッドに縛り上げられているレンが答えた。

「よくオレの式神に気付きましたね」
「まあな。こんな仕事長くやってると、見えなくても何かが分かるようになってくる」
「不便な物ですね」
「まったくだ」

 苦笑するアークの足元に、一枚の封筒が届く。

「今日の夕方、オレに届いた物です。ようやく意味が分かりました」
「どれ」

 封書を取り出したアークは、それに目を通す。
 そこにはやや癖のある日本語でこう書かれていた。


レン・水沢様へ
 真に勝手なお願いをいたしたく、お手紙を出します。
 恐らく、あなたならば程なくして私と娘の秘密を知る事になるでしょう。
 私は、過去を清算しなくてはなりません。
 もしかしたら、二度と娘の元に戻れなくなるかもしれません。
 今回の事件は、先のアンブレラ事件を遥かに上回る大事件と発展していく事でしょう。
 もし、その時娘がそれに自ら関わろうとしたのなら、止める事は不可能でしょう。
 その際、どうか娘を守ってほしいのです。
 これは、『ブラック・サムライ』と呼ばれるあなたにしか頼めません。
 どうか、どうか娘を守ってください。
 お願いいたします。
         インファ・インティアン


「……なるほどな。誰かに見せたか?」
「いえ。でも、なぜオレに?」
「分からないのか? 簡単だ。今、この場所にいる人間で、もっとも強いのがお前だからだ」
「オレ自身はそうは思ってませんが……」
「そうかもしれない。だが、彼女はもっとも信頼できる人間としてお前を選んだ」

 読み終えた手紙をポケットに閉まったアークは、いきなりその場で廊下に正座した。

「こちらからも頼む。オレは、これからSTARSの情報課課長として動かなくては行けない。リンルゥを、守ってやれる余裕が無い。重ね重ね頼む。何も知らないあの子を、知らないままで守ってほしい。頼む」

 両手を床につき、アークは深々と頭を下げる。そして押し出すような口調で続きの言葉を搾り出す

「全てを自分の中に押し込んで沈黙しつづけるレオンの事を理解してくれとは言わない。あいつの分までオレが頭でも何でも下げてやる、だから………」

 突然の土下座に、レンもさすがに困惑する。

「みんなして、オレにそう言ってきます。絶対とは言えませんが、出来る限りの事はやってみます」

 その言葉にアークはやっと頭を上げる。
 
「すまない、Jr。いつも頼ってばかりだな………」
「それが、オレの仕事です」
「ありがとう。こちらも出来る限りの事はしよう」
「じゃあ、これ外してください」
「それだけは無理だ。オレがミリィに殺される」

 正座したまま言い放つアークに、レンが最強の地位が本当は自分の物じゃない事を感じつつ、目を閉じる。

(休んでいられるのは今の内か、向こうも、な………)



 必要最低限の明かりだけが灯された室内で、大きな調整槽が四基設置されていた。
 半分は空だったが、残る半分には培養液が満たされ、その中にランとジンの二人が浮かんでいた。
 それを前に、二つの人影が浮かぶ二人を注視していた。

「どれくらいかかるって?」
「修理と再調節に一月はかかるらしい」
「また二人して派手にやられた物ね」
「次はそうはいかない。全員で出ろとの命令だ」
「そ。やっと出番が回ってくるか」
「分かっているだろうな? 目的は………」

 四つの闇が、静かに、時を待っていた。
 新たなる滅亡をもたらすために…………


感想、その他あればお願いします



NEXT
小説トップへ
INDEX


Copyright(c) 2004 all rights reserved.