第一章 最良の人生の終わり、最悪な人生の始まり


JUST THE LIMIT

第一章 最良の人生の終わり、最悪な人生の始まり


初夏の蒸し暑い夜道を一人の青年が自転車をゆっくりとこいでいた。
青年は黒い髪のベリーショートで、細目をしており、運動が得意そうな顔立ちをしていた。
自転車の籠には教科書類の入ったカバンが入っており、青年の背中には部活で使うのか、何か細長いものが入った背負うタイプのケースを背負っていた。
青年の名前は小林武義、実家から名古屋の私立大学に通うどこにでもいるごく普通の大学生である。
大学で所属しているライフル射撃部の練習で帰りがだいぶ遅くなってしまい、時刻は夜の八時を指していた。背中に背負っているのは部活で使うエアーライフルが入っているのである。

「あ〜疲れた…」

武義は汗だくで、さらに全身から疲労感を漂わせ、今にも死にそうな表情で自転車をゆっくりとこいでいた。
ところが、突然何を思ったのか自転車を全力でこぎ始めた。

「つ〜か〜れ〜た〜死ぬ〜でもそれ以上にハラ減ったー!」

人がいないことをいいことに、本人以外はまったく理解できないことを叫びながら、武義は自転車を猛スピードで走らせて行った。

「はぁはぁ…つ、着いた〜」

汗で濡れたせいでTシャツは肌に張り付き、全力疾走してあがった息を肩で呼吸をして少しずつ落ち着かせながら自転車を仕舞うために車庫に向かった。
武義の家は、壁全体が白で塗られている二階建てで小さな庭付きの一軒家で、道路に面した小さな車庫もあり、外観は洋風だが、建てる際に日本家屋を分解した時に出る廃材を内装として使っているため家の中は純和風の造りになっている。
武義は両親の車の間を通って車庫の奥に自転車を置くと、大急ぎで玄関へ向かっていった。
山の中にあるせいか近くに民家はなく、一番近い家でも一キロ近く離れていた。

「ただいま〜」

玄関のドアを開けて家にあがると洗面所に行き手を洗い、洗面所の向かいにある今へと向かった。
居間では父の健一郎がビール片手にテレビを見ており、隣では母の洋子が洗濯物を畳んでいた。

「遅かったな、部活か?」
「そうだよ」

荷物を居間の隣にある和室の畳の上に置きながら答えた。

「おかえり、フロにはいっちゃいなさい」
「先にメシがいい」
「汗流してから」
「ハ〜イ…」

渋々と武義は風呂に入るために洗面所に向かった。
洗面所で服を脱いで汗で湿った服をすべて洗濯機にいれると、浴室のドアを開けて中に入った。

「最近少し腹出てきたな〜筋トレでもしようかな?」

そんなことを言いながら浴室に入ると、適当に体と頭を洗って浴槽に入った。

「ごくらく、ごくらく」

ジジくさいことを呟きながらのんびり十分ほど浸かった後、浴槽から出て、絞ったタオルで体を拭いてから浴室を出た。

「スッキリした!」

武義はバスタオルで体を拭いているときにふと大事なことを思い出した。

「あ!図書館に本返しに行くの忘れてた!」

大急ぎで体を拭くと、トランクスとシャツという格好のまま居間に行き母に図書館に本を返しに行くことを伝えた後、着替えるために二階にある自分の部屋へと向かった。
部屋に着くとタンスから赤のカッターシャツとジーパンさらに白の靴下を取り出してすばやく着たあと、カーテンのレール部分にハンガーで掛けておいたお気に入りの薄手のジャケットを羽織った。
借りた文庫本をジャケットの内ポケットに仕舞うと、図書館に向かおうとドアの取っ手に手をかけた。
その時、下から呼び鈴の音がした。

「誰だろう?」

なんとなくその場で聞き耳を立てると、下から母が玄関前にいる相手を確認するために玄関に行くのが足音でわかった。
ドアが開く音がした瞬間に母の悲鳴が家全体に響き渡ったあと、鋭い銃声がその声を打ち消した。

「え!」

武義は、息をするのを忘れるほど驚いた。
そんな……ここは日本だよ?
父が玄関に向かう足音が聞こえ、それが止むと父は今までにないほど大きな声で叫び声を上げた。

「洋子―!」

しかし、その声も銃声によって打ち消され、最後には静寂だけが残った。
武義は急に息苦しさを覚えた。
息が荒くなり、心臓がバクバクと激しく動いていた。

「と、父さん?母さん?」

呼びかけるが下から返事はなく、代わりに銃を発砲した者の足音が聞こえてきた。

「ヒィッ!」

武義は急いで自分の部屋に入ると、鍵を掛けてさらにドアのすぐ右隣にあった本棚を倒してバリーケードを作った。
階段を駆け上がってきた襲撃者がドアの前で立ち止まると、ドアを激しくけり始めた。

「うわっ!」

その音に驚いて尻餅を着いた。
呼吸はどんどん速くなり、心臓はそれに呼応するかのように激しく鼓動を繰り返した。
それに追い討ちを掛けるかのように、すざまじい恐怖心と不安が襲い掛かってきた。

「二人とも、死んじゃったのかな…」

武義は頭を激しく振ってその考えを追い払った。
二人とも絶対生きてる、なんとかして助けなきゃ。
武義は落ち着くためにも無理やり両親は生きてると思い込み、さらに深呼吸をして体を落ち着かせた。
しかし、再び響いた銃声が武義を再び混乱に陥れた。

「やばい!」

鍵が銃によって撃ちぬかれ、さらには蝶番までもが撃ちぬかれため進入されるのは時間の問題だった。

「何か武器になるものは…そうだ!エアライフルが!」

武義は部活で使用しているエアライフルがあることを思い出したが、すぐにその考えはだめだということに気づいた。

「しまった、下に置きっぱなしだった…」

自分のミスを悔やむ暇はなかった。
ドアはすでに倒れる寸前だったからである。

「あ・あ・あとは…そうだ!」

武義は高校生の時に一度だけ行ったフリーマーケットで購入したナイフがあるのを思い出した。
ナイフの入っているケースを開けると、全体が黒で塗りつぶされ、刃の色も黒で塗られているS&W(スミスアンドウェッソン)社製のナイフを取り出して右手に持ち、さらに武義は、趣味のサバイバルゲームをやるために購入したガスガンのマガジンにガスを詰めると左手に持ち、ガスの噴出ボタンに指を添えていつでもガスを噴出できるようにした。
準備が整ったと同時にドアが蹴破られ、何者かが侵入してきた。

「喰らえ!」

武義は侵入者に向かってマガジン内に入っていたガスを噴射した。
しかし、侵入者はそのガスをものともせず突っ込んできた。

「なっ!」

侵入者の顔はガスマスクで覆われていた。
予想外の事が起きてしまい動揺している間に侵入者の持っていた銃で心臓の位置を撃ちぬかれた。
赤のカッターのためわかりずらかったが胸からは、血が服に染み出してきていた。

「そ、そん・な…」

武義はゆっくりと前のめりに倒れていった。
手ごたえを感じたのか、襲撃者は銃を下ろした。
…死んでたまるか…オレを…なめるなぁ!
武義は倒れる寸前、右足で床を思い切り蹴って襲撃者に突っ込んで行き、その勢いを生かして右手のナイフを突き出した。

「な!」

襲撃者は予想外のことに動揺しあわてて銃を構えようとするが間に合わず、首に深々とナイフを突き立てられた。

「な、なぜ…い・生きている?」

武義はナイフを引き抜きながら後ろに下がった。
相手は首に刺さっていたナイフを抜かれたため、血が噴水のように噴出していたが、首を抑えながら声を振り絞って聞いてきた。

「そういやなんで…」

武義は撃たれた部分に手を当てると、なぜ助かったのかがわかった。
胸ポケットに仕舞っておいた厚めの文庫本が弾丸を受け止めていたのである。
血が出ているがそれは弾が少し体にめり込んだために出てきていたためで、傷事態はそこまでひどくなかった。
…本よ!助けてくれてありがとう!
このとき武義は今までの人生の中で一番気持ちをこめて本に感謝していた。
その後、胸ポケットから文庫本を取り出して相手に見せた。

「う、運の・い・い・いいや・つ…」

ごぼごぼと血を口から吹き出させながら言った後、うつ伏せに倒れて二度と動かなくなった。

「…ホント運がいいよな」

武義はささやくように言った後、急いで一階に下りていき両親の生死を確認しに玄関へ向かった。
玄関には折り重なるようにして倒れている両親の姿があった。
無言のまま近寄ると、父の体をゆすりながら声を掛けた。

「父さん…父さん…」

しかし返事は返ってこなかった。

「母さん…」

母も同様だった。
武義はうつ伏せになっている両親の体を、勇気を出して仰向けにした。

「…そんな…」

そこには虚ろな瞳をし、完全に死んでいる両親がいた。

「う、うわぁあああああー!」

武義は力の限り叫んだ。
まるで両親の死を忘れるためかのように…



「…よいしょっと」

武義はひとしきり叫んだ後、両親の遺体を居間の隣にある和室に運び、二人を隣同士になるように横たえた後、開いていた二人の目を閉じさせてから合掌した。

「仇は必ずとる」

二人の前で武義は誓った。
両親を殺した奴はあの世に送った、次は殺しを指示した奴、それか殺しを依頼したやつもしくは両方を残酷なやり方で必ず殺してやる。
なぜか武義の気持ちは先ほどの時と打って変わって静かなものになっていた。
その時、二階から携帯電話のバイブレータの音が聞こえてきた。
武義は急いで二階に上がると、耳を済ませてどこから聞こえてくるのか探ってみると、どうやら襲撃者の死体から聞こえて来るようだった。
武義は慎重に死体を仰向けにして襲撃者の着ている服のポケット等を調べた。
襲撃者はスーツ姿だったためどこに携帯があるのか大体予想がついたのですぐに見つけることができた。
画面には発信者の名前が出ていた。

「え〜と…オーディン?」

少し考えた後、電話に出ることにした。

「もしもーし?」

武義はわざと明るい口調で電話に出た。

『どうしたんだテュール?なぜすぐ電話に出ない?というかお前そんなテンションの高いやつだったか?』
「へぇ〜こいつの名前はテュールって言うんだ」
『な、貴様は!テュールはどうした!』

電話の向こうの相手が動揺するのを武義は少し面白がったが、すぐに表情を真剣なものにして質問に答えた。

「悪いが返り討ちにしてやったよ、向こうから襲ってきたんだ文句はないだろう?」

武義の言ったことが信じられないのか、オーディンは黙り込んでしまった。
武義はさらに続けた。

「俺がテュールとか言うやつの携帯に出てる時点であんたもわかっているはずだ」
『…貴様は必ず殺す』

オーディンは殺気のこもった低い声で言った。

「奇遇だな俺も今そう言おうと思ってた」

そういって武義は携帯を切った。
武義はその時、両親が殺されたばかりだというのに酷く落ち着いていることに少し嫌悪感を覚えた。
なぜ、こんなに静かな気持ちなんだろう…
 考えても答えは出なかったので、結局自分は適応力が人より異様に高いということで納得することにした。
 しかし、この疑問の答えになる事実を知ることになることを、武義は知るよしもなかった。



暗い会議実の中に異様な雰囲気を醸し出している六人の人間がいた。
六人が六人とも人間とは思えないほど鋭い目つきをしており、何よりも全員の目が真っ赤に染まっており、猫のような目をしていた。

「…テュールが殺された」

携帯で通話をしていたオーディンと呼ばれていた人物がそういったとたん、六人の中に僅かな動揺が走った。

「…予想外だな」
「ああ…まさか覚醒していたわけであるまい」
「それはない、博士の覚醒措置を施さない限りな」
「だが幸いにも、テュールは所詮我が部隊の仮の隊員だったんだ。たいした損害ではない」
「とにかく対策を考えよう。奴が覚醒したら我々六人全員でかからねばならなくなる」

「そうだな…ところで、テュールの代わりはどうする?仮だったとしても一応奴は我々アース神族の一員だったんだ」

北欧神話における最高神オーディンを長とする神々の系統の名を持つ部隊のメンバーは各々の憶測さ今後の事についてなどの意見を述べていた。

「とにかく、今後は奴の動向を常に監視せよ。場合によっては抹殺してもかまわん」
『了解』

オーディンのその言葉を最後に、メンバーはそれぞれの持ち場に戻っていった。

「…何事もなく治まればいいが」

オーディンは自分に誰にも聞こえないような声でつぶやいた。
開幕のベルが鳴り終わり、舞台の幕は上がりきり後は本番が始まるのみであった。
殺し合いという名の本番が。



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