BLADE HEART(中編)


BLADE HEART(中編)



 静まり返った道場に、微かに空を斬る音が響く。
 振るわれた白刃は、再度同じ速度で今度は別方向に振るわれる。
 ゆっくりと最初の構えに戻った所で、再度白刃は違う軌道で数度振るわれる。
 かと思えば、今度は一転して極めて緩やかな動きの剣舞が、一切の停滞もなく行われる。
 しばらく剣舞を行い、徳治は白刃を鞘へと収める。
 同時に、道場の外から覗いていた気配が遠ざかっていく。

(気配の消し方はもう少しだな)

 その気配の主が息子である事を気付きながら、あえて何も言わずに徳治は道場を去る。

(せめてあと2年、マジメに修行してくれれば……)

 幼少時から天才と呼ばれた自分と比べれば劣って見えるが、決して剣才が無い訳ではない敬一の事を思い悩んだ時、懐の携帯電話が鳴り響く。

「はい御神渡」
『お久しぶりです、師匠。連絡が遅れてすいません』
「おお、レンか」

 御神渡門下で、自分の次の実力者と目されている人物からの電話に、徳治の顔が微かに明るくなる。

『助太刀の件ですが、生憎こちらも手が開かなくて………』
「そうか、FBIも忙しいな」
『ええ、強力なマニトゥが暴れてるらしく、村が一つ壊滅状態です。とうとうフリーメーソンが極秘裏にAクラス警戒態勢を発令する動きが』
「こちらも似たような状態だ。恐らく、今までで一番の大物を相手にする事になりそうだ」
『……一週間、いえせめて五日でいいから時間を貰えればこちらはなんとかしますが』
「去年そう言って、血刃携えたまま軍用機で駆けつけたな? しかも自分自身血まみれで。コクピットも血まみれでこちらの方が心配になったわ。無理はしないで、己の仕事に専念しろ。それとあまりミリアさんを心配させないようにな」
『………了解しました』

 電話を切った所で、先程とは違う意味で徳治は顔を険しくした。

(無駄に父親に似おって………だが、練は恐らく、唯一今の状況を予見していたのかもしれん)

 若い頃の自分の相棒で、早逝した従兄弟の事を思い出しながら、徳治は自問する。

(世の科学技術の発展に呼応するように、闇の力も大きくなっている……そして、化学か魔術か、区別のつかない事件も増えてきている。「進みすぎた科学は魔術と区別がつかない」とは練が教えてくれた言葉だったな。明らかに、それが今現実の物と化している………古い思考と古い闘いしかできない者が、どこまで立ち向かえるのか………)

 己自身も含め、急速的過ぎる時代と状況の変化についていけないであろう退魔師達の現況を変えられるかどうか、恐らく土蜘蛛との闘いが、その重要なポイントになるであろう事を、徳治は誰よりも感じていた。
 そこで、突然嵌めていた腕時計が甲高い警報を鳴らす。

(緊急招集!)

 通信機能も兼ね備えている、アドル支給品の時計から鳴り響く警報に、ただならぬ事態を察した徳治は即座に本部への直通エレベーターとなっている隠しドアへと急いだ。


「何事だ!」

 徳治が本部会議室へと飛びこんだ所で、先に来ていた者達と目が合った。

「今判明した情報だが……」

 陸が会議室の大型ディスプレイのコンソールを操作し、ある画像を映しだす。
 それは人工衛星からの映像で、Mシティ近辺の一部、ある場所を拡大していた。

「最初は地脈と一体化してて分からなかったが、精査にサーチして判明した」

 映像の一部、エネルギー分布を表す画像が、山間部にあるエネルギーの中にある巨大な影を映し出していた。

「これは………」
「物がデカすぎて、正確なデータが概算できない。言えるのは、何かとんでもない物が市街地に向かって、かなりの低速だが確実に向かってきている………」
「到着の予定時間は?」
「このままなら三日後、だが………」

 大型ディスプレイに、報告の有った住民の一斉消失地点が表示され、それらがラインで結ばれる。

「距離と速度が合わない。正直、いつ来るかは不明だろう」
「………準備を急がせて、どれくらい縮めれらる?」
「解析とコピーを並列させても、三日ギリギリでも出来るかどうか………」
「数さえ揃えばいい。それとAクラス戦闘態勢の発動準備を」
「Aクラス!?」

 徳治の口から飛び出したAクラスの言葉に、空だけでなく、その場にいた全員が驚愕する。

「全戦闘可能人員の出撃、ですか………」
「設立してから初めてだが、それだけの事態となるのは確定、か。Aクラス戦闘態勢発令のため、全戦闘可能人員に作戦発動と同時に出撃できるよう、準備待機を指令する。『LINA』、連絡を」
『イエス、マスター』

 オルセン神父の声も震える中、陸が副総帥権限でAクラス発令を宣言。
 サポートAI『LINA』を通じて、アドルの全スタッフに伝達されていった。

「Aクラスだって!? マジか!?」
「出せる限りの得物用意しろ!」
「ガーディアンとアビリティ、どこまで出せる?」
「あ〜、日中なら無理だから」
「月齢がちと足りないが、なんとか」
「ああああ! 装備実家だった!」
「予備出すから」
「くそ、デュポン級二番艦が完成してれば………」

 各スタッフ達が慌しく動き始める中、徳治は本部内に用意されている私室へと入ると、護摩壇を用意し、加持祈祷の準備を始めた。

(せめて、正確な日時だけでも分かれば………)

 護摩壇に火が点され、徳治は一心に真言を唱え、祈祷を始める。

「オン キリキリ バサラ ウン ハッタ! オン キリキリ バサラ ウン ハッタ!」

 護摩の炎を前に、精神を更に研ぎ澄ませながら徳治は一心不乱に念ずる。
 気が最高に高まった所で、徳治は護摩壇の前にかざしておいた抜き身の刀を手に取り、同じく置いてあった鼎(かなえ=儀礼用の金属製の水入れ)に左手の人差し指と中指だけを立てて他を握る刀印と呼ばれる印を組んで指先を鼎の水に浸し、その水で刀身に梵字を書き連ねていく。

「我、五行相生の法を用い、金気を用いて相生とし、水気を用いて水鏡と成す!」

 刀印を解いた手で用意しておいた呪符を数枚掴み、それを刃で一気に貫く。


「臨! 兵! 闘! 者! 皆! 陣! 列! 在 ! 前!はっ!」

 左手で左右、上下に刀印を動かす早九字と呼ばれる印を切り、呪符を貫いた刃を鼎の水面へと突き刺した。
 しばし、護摩の炎が燃え盛る音のみが室内に響いたかと思うと、呪符が僅かに光を放ち、鼎の水面にある画像を映し出していく。

「……!!」

 それを見た徳治の顔が驚愕に彩られてた。
 水面に映し出されたのは、己の血に塗れて倒れ付す自分自身の姿だった。
 力を使い果たした呪符が、灰となって落ちていく中、その画像が消えていく。
 そして後には、今の自分の顔とそこに指す影が映し出されていた。

「死相、か……」

 紛れも無い、死相が満ちている事を徳治は素直に受け止める。

(死相を見た事はこれまでも何度かあったが、ここまで濃いのは無かった………)

 静かに水面に浮かぶ顔を見つめていた徳治だったが、おもむろに護摩の火を消し後片付けを始める。

(此度の作戦、どうやら生きては帰れぬようだ………だがそう簡単に受け入れるつもりもない)

 陰陽師として長く闘い、多くの人間の死相と、死その物を見つめてきた徳治は、己のあまりに濃い死相を静かに、しかし断固とした決意で受け止める。

「何があろうとも、この刃で斬り開くのみ」

 手にした刃の煌きが、徳治の顔に僅かな光を照らし出していた………



 頻繁に手入れされているのか、小奇麗な墓標に線香を捧げ、徳治は手を合わせる。
「水沢家の墓」と刻まれたそれ、その下に眠る若い頃の相棒の姿を思い出しながら、徳治は静かに祈りを上げていた。

(近い内に、そちらに行く事になるかもしれん。昔は入り口まで行ってお前に追い返された事が何度かあったか………)

 内心苦笑しつつも、徳治は長い間手を合わせ、そしてゆっくりと手を離した。

「悪いが、無理をして来てるんでな。また後で」

 短い挨拶を残し、かつての相棒の墓に徳治は背を向けた。
 その時には、彼の顔から笑みは消え《日本最強の陰陽師》と呼ばれる、刃のごとき鋭い表情だけと化していた。

「陸か、こちらの用は済んだ。そちらの状況は?」
『解析率は60%、サイエンス、メカニック双方のスタッフ総動員して、明後日の朝までにはなんとか用意は整うはずだ』
「ギリギリだな………何か足止めの手段を考えるべきか?」
『いや、作戦自体に全力を注いだ方がいいだろう』
「そうか、周辺にはこちらで手を打っておく。ひとまず、封印の準備を急がせてくれ」
『了解』

 陸に現状確認の連絡を取ると、徳治は即座に作戦予定地域を管轄にしている術者や宗教関係者を思い出しつつ、彼らに周辺住民への避難協力を頼むべく足を向ける。

(例え何が起きようと、我全身全霊で刃を貫き通すのみ。……お前もそうだったんだろう?)

 一度だけ、徳治は墓標へと振り向くが、そのまま二度と振り向く事無く、霊園を後にした。


「ラインチェック入るぞ!」
「コンタクトOK」
「フィールドが安定してないぞ。すぐにチェック入れろ!」
「32から37、パターンを計算し直せ!」

 突貫で封印鉄杭の解析とコピーの報告と怒号が飛び交う。

「やはり、千年の技術蓄積相手はそう簡単にはいかないか………」

 作業の総指揮を取りながら、陸も己の頭脳が及ばぬ領域の技術に感心しながらも過ぎていく時間に焦りを感じずにはいれられなかった。

(目標の進行速度に大きな変化は無い。今の所だが、それでもあと24時間以内にこれが完成しなければ………)

 己も頭脳をサポートAIにダイレクトリンクさせ、複数の設計とシュミレートを並列させて脳内試行錯誤を繰り返す中、無常に時間は流れていく。

『No23シュミレート終了、成功率は89%』
「ラインパターンを修正、仮接続させて実験起動」

 何度目になるか分からない実験が行われ、ようやく発生フィールドが安定化する。

「よし、やっとうまくいった!」
「計測を念入りに行え! 本当に大丈夫か!?」
「ワンウェイ(使い捨て)で構わん。これで量産に入る」

 安定性にやや問題があるが、すでに時間は残り少ない。
 陸はかなりの予算を注ぎ込んだ試作機を使い捨てと割り切り、即座に量産体制へと移行させた。

『マスター、少しお休みになられる事を提案しますが……』
「……そうだな。そろそろ限界か」

『LINA』の提案を聞きつつ、陸は懐からアンプルケースを取り出し、中に入っていた無針注射器を一本取ると首筋にあて、中身を注射する。
 自分専用に調合した高濃度栄養素を注入した陸は、座っていたイスをそのまま倒して目を閉じる。

「異常があったら起こせ」
『イエス、マスター』

 常人を遥かに超える能力を持つ頭脳と体の維持のため、高濃度栄養と休眠が必須な己の体質を少し恨めしく重いながらも、陸の意識は眠りへとついていく。
 その口から微かに寝息が漏れ始めた時、その場に徳治が姿を現した。

『御神渡チーフ、マスターは今休息中で』
「のようだな。間に合いそうか見に来ただけだ」
『量産体制に入りました。作戦予定時間の二時間前には完成する予定です』
「そうか……なら安心だ」

 寝息を立てる陸を少し見た徳治は、小さく安堵する。

(彼は若いが、この頭脳と何より判断力がある。もしバトルスタッフチーフの座が開いても、十分埋められるだろう)

 二つの意味が込められた言葉を、理解できる者はその場にいなかった。



 それは、地の中をゆっくりと進んでいた。
 おぼろな記憶に、四人の配下を従えた武者と戦ったような事や、すさまじい呪力を持った者と何がしかの盟約を交わしたような事は覚えている。
 だが、今それを支配しているのは、強烈な《飢え》だった。
 身に感じた事の無い力がたぎるのと引き換えに、盟約に基づいた贄を食らった程度では全く満たされない。
 更なる力を求めてか、それともただ飢えを満たすだけか、それ自身にも分からぬまま、地の中を静かに、進んでいった。



「……!」

 瞑想から覚醒した徳治は、今感じた物の事を思い起こす。

(あれは……土蜘蛛の意識に触れたのか? だとしたら奴は………)
「あなた、そろそろお時間では?」
「ああ分かった。チーフが遅刻する訳にはいかんからな」

 妻の呼びかけで、時刻を確かめた徳治は、用意しておいた装備を確かめる。
 それが、普段は使わない重装だという事を妻に悟られないようにしながら、それを持って家を出ようとする。

「お気をつけて」
「……行って来る」

 己に見えた死相に、何かを妻に言っておくべきかと内心考えた徳治だったが、それを口にすれば己が死を無条件に受け入れるような気がして、あえて普段のままの挨拶に留めた。
 それが、彼が妻にかけた最後の言葉となった。



「目標、作戦予定地まで残る2km! 到着予定時間は40分後!」
「サークルポッド接続急げ!」
「周辺住民の避難完了。直下型地震発生の疑いとは言ってありますが……」
「術式を最終確認しておけ」
「全装備使用許可! 何が起きるか分からんぞ!」

 作戦予定地の山間部、その中の僅かに開けた平地部分に設けられた臨時の作戦指揮所で、アドルのスタッフ達が大急ぎで準備を進めていく。

「作戦エリア内、半径2キロに各スタッフの配置完了しました」
「そうか。レックス、お前は作戦エリア外の第2指揮所にて情報管制と解析・記録に専念しろ。作戦指揮は俺と『LINA』が一任する」
「了解しました。皆さん、どうかご無事で」

 レックスと情報担当の数名のスタッフが第2指揮所へと移動するのを見送った陸は封印システム調整のために残ったスタッフを見渡す。
 誰もがその顔に緊張の色を濃くしていた。
 そして、その視線は次いで隣接するバトルスタッフ達の詰所へと向かう。
 その中の一人、マリーの顔色が突如として深刻な物へと変化した。

「来てる………今まで感じた事の無い巨大な存在が……でも何かおかしい?」
「あまり深く干渉しない方がいい。君にも影響が来るぞ」

 緊張した面持ちで戦闘準備を整えたバトルスタッフ達が作戦開始を待っていた。
 普段通りのバトルジャケット姿のマリーが、近づいて来る存在に意識を潜り込ませようとするが、徳治がそれを止める。

「また重武装で来ましたね」
「そりゃそうでしょう」

 普段はあまり着ないバトルジャケットに、手に巨大なロザリオ型のロッドを持ったオルセン神父が、体中に呪符のポーチを着け、腰の両脇に?を収めたホルスター、後ろに赤黒い妙な色合いの柄を持った刀を差している空が苦笑する。

「徳治さんほどではないですけどね」
「大仕事だからな」

 バトルジャケット姿に、腰に御神渡家伝来の宝刀《そはや丸》を帯び、サスペンダーを吊って右側に無数の小柄、左側に無数の呪符を着け、額に墨色の鉢金を巻いた完全武装の徳治の姿に、全員が緊張を高める。

「作戦の最終確認しておく。目標が作戦エリア内に入ったならば、各自術式を展開、複数の結界で動きを完全に封じた後に、地脈を斬り開いて目標を開放。古の術式が有効なら再契約、無効ならこの場にて再封印、もしくは目標を撃破する」
「封印はオルセン神父と徳治さんにやってもらう事になりますね……師匠はあまりそういうの教えてくれなかったので」
「もしもの時は、私が周辺の山ごと土の精霊で封じてみるけど……それでもダメなら衛星砲撃ち込むとか陸が言ってたけど」
「あれですか……さすがにあのような兵器をそうそう使うわけにも」

 バトルスタッフ達が各々の役割を最終確認していた時、上空を飛んでいたダイダロスが甲高い鳴き声を上げる。
 同時に、バトルスタッフ全員がその鳴き声の意味を悟った。

「目標急加速! こちらに倍の速度で向かってきます!」
『到達予定時間、600秒後!』
「サークルポッド接続と同時に起動! 作戦開始!」

 陸の号令が響くとバトルスタッフは一斉に動いた。

「オン!」
「主よ、我に邪悪なる魂戒めんための力与えん事を」

 徳治とオルセン神父が詠唱を開始し、空が眼鏡を外しながら、マリーは宙を舞いながら作戦エリアの周辺を回るように左右に分かれて動き出す。

「オン キリキリ バサラ ウンハッタ! オン キリキリ バサラ ウンハッタ!」
「神と子と聖霊の御名において命ず。我前方にラファエル、後方にガブリエル、右手にはミカエル、左手にはウリエル、我周囲に五芒星は燃え上がり、柱の中に六芒星あり!」
「目標更に加速!」
『マスター、このままでは作戦エリアを通り抜けてしまいます!』
(速過ぎる……! だが地脈の中にいる限り、下手な攻撃は効かない……)
「上空衛星キサラギに攻撃じゅ…」

 結界構成が間に合わないと悟った陸が、最後の手段を一番最初に使おうとした時、どこからともなく作戦エリア中央に一本の錫杖が飛来して突き刺さる。

「オン」

 一言の真言と共に、錫杖を中心に結界が構成され、目標の動きが目に見えて遅くなる。

「これは、遣雲和尚か!」

 山の頂の一つに立ち、真言を唱える小柄な老僧、アドル設立の提案者にして、アドル総帥の姿に皆が安堵すると同時に、即座に己の役割に戻る。

「作戦は従来通り! 配置急げ!」
「目標、作戦エリアに到達!」
「サークルポッド発動!」
「一黒、二赤、三青、四白、五黄、六黒、七赤、八青、九白、十黄! 五行相克! オン!」
「ラ ルオラム アーメン!」

 真兼家謹製の封印楔を元に製作された、魔術ブースト機能と相互リンク機能を兼ね備えたサークルポッドが、徳治の術式発動と同時に機能し、その表面に刻まれた梵字が発光しながら旋回していく。
 複数設置されたサークルポッドを頂点として形勢された結界の周囲を、更にオルセン神父の結界が覆い、完全にエリア内を外界と隔離させた。

「結界構成確認!」
『目標、作戦エリア内にて停止しました』
「第2フェイズに移行!」

 徳治達とはちょうど反対側にあたる場所に回りこんだ空がその手で一枚の呪符をかざす。

天后てんごう、貴人、青竜、六合りくごう勾陳こうちん、朱雀、騰蛇とうだ大常たいじょう太陰たいいん、天空、玄武!我、十二神の助を得、八門の法を持ちて遁行と成し、祖を開門へと導く! 急々如律令! 勅! 勅! 勅!」

 口訣と共に呪符を空が突き出すと、予め各所に張っておいた呪符が発動、エリア内に巨大な八角形の陣を形成していく。
 その中央部に巨大な光で構成された門が現れ、ゆっくりと開いていく。
 門の中に、何か巨大な影が見え始めるが、ある程度まで開いた所で門は動きを止め、影は門から外へと出てこようとしない。

「これだけ開けば十分だ!」

 徳治が刀を鞘から抜き放つと、刃で小指を微かに切り、流れ出した血で刀身に梵字を書き連ねていく。
 そしてその刃を一度鞘に収め、呼気を整えると、一気に抜刀した。

「ハアッ!」

 裂帛の気合と共に離れた白刃が、虚空を裂く。
 その軌道をそのまま伸ばしていったかのように、半ばで止まっていた門の隙間の中央に一筋の線が走り、次の瞬間まるでガラスでも破砕するように、門その物が砕け、そこにいた物をその場にいた者達へと露にした。

「で、でかい!」
『オーラ量50万、100万、まだ増えます! 今までの計測値の最大量です』
「予想はしてたが。これはさすがに……」

 地面から這い出してきたそれは、文字通り巨大な蜘蛛だった。
 だがその大きさは周辺の山と比べても遜色ない程に巨大で、胴体から伸びる節足は大木を思わせる程に太い。
 胴体中央に並んだ複眼が、周囲を睥睨するように見回し、目の前にいる者達を見た。

「告げる!」

 常人ならその時点で失神しそうな光景を前に、徳治が白刃を突き出しながら大声を張り上げる。

「汝は古の盟約に従いし者なり! 贄を食らい、地に伏せし者なり! 何故に更なる贄を地に引きしか!」

 かつての術式が有効かどうか、徳治が誰何すいかする。
 本来ならば、相手がそれに答えるはずが、答えは一向に返ってこない。

「答えよ! 汝が求めし物は!?」

 徳治の問いかけに、土蜘蛛の口が蠢き、そこからくぐもった声が僅かに漏れる。

『……ちから……大きな………たえられぬ……』
「力? 耐えられない?」
「何の事だ?」

 謎の言葉に皆が首を傾げるが、直後に土蜘蛛がその巨体を振るわせたかと思うと、その口から無数の糸が吐き出された。

「はああぁぁ!」

 自分に向かってくる糸を、徳治は刃で次々と弾いていく。
 硬質ワイヤーを高速射出でもしたような衝撃と高音を響かせ、糸が周辺の木や地面に突き刺さる。

「シールド! 急げ!」
「はい!」

 土蜘蛛から100メートルは離れた第1指揮所にまで糸は届き、周辺の大地や樹木を吹き飛ばし始める。
 陸がその手に錫杖と三叉劇を混ぜ合わせた自分用の巨大な法武具を構え、こちらに飛んでくる糸を弾きつつ、背後のスタッフ達がいる制御部に次々と特殊防護壁を展開させ、隔離させていく。

「やはり、この土蜘蛛は完全に狂っている!作戦を次のフェイズに!」
「第3フェイズ。Bパターン! 総員攻撃開始!」

 糸の噴出を終え、こちらを複眼で睨んでいる土蜘蛛に、説得も再契約も不可能と判断した徳治が片手で剣を、もう片方の手で呪符を構えて刃の峰に添える、御神渡流伝来退魔剣術、光背一刀流の構えを取る。

「アドル・バトルスタッフチーフ、《ソードマスター》御神渡 徳治。いざ、参る!」

 名乗ると同時に、徳治は土蜘蛛に向かって駆け出す。

(風よ……)
「雷気を持ちて汝が在を禁ず! 急々如律令!」

 土蜘蛛の左右から、マリーが呼び出した突風と、空の禁呪が炸裂するが、ほとんど意にも介さず、土蜘蛛は徳治を睨んでいる。

「オン アビラウンケン! 招鬼顕現!」

 呪文を唱えながら、徳治が呪符を宙に放ち、その全てを真下に突き下ろした刃で貫きながら、地面へと突き刺す。
 刃が地面へと突き刺さると、呪符は影の魚の姿をした式神へと変じて刀身を伝って地面へと潜り、そのまま地面を泳いでいくと土蜘蛛の足から胴体へと上っていく。

「砕!」

 左手の拳から人差し指と中指だけを突き出す刀印と呼ばれる印で、徳治が宙を薙ぐと、足に潜っていた式神達が一斉に破裂、内部から土蜘蛛の足を弾き飛ばすが、その傷は微々たる物で、しかも傷口に肉が盛り上がったかと思うと、見る間に塞がって元通りになっていく。

「固い! しかも再生が早い!」
「オーラスキャンによれば、地脈からのエネルギーが繋がったままです!」
「半端な攻撃は効かないか……地脈と切断できれば」
『回復も無限ではない! 回復が困難なレベルにまでダメージを与えれば、再封印も可能なはず!』
「上空衛星、使える物全てにエネルギーチャージ。LINA、デュポンをこちらに回せ。第3ウェポンベイ準備」
『イエス、マスター。………第3ベイのは最終手段では?』
「使う時が来たら使うさ。議会の連中にはダミー情報を送っておけ」

 サイエンススタッフ達が慌てふためく中、陸が徳治の助言を元に次々と指示を出していく。

「地気が足から上っている。足を破壊できれば」
「よし、空は左側を、こちらは右を狙う! マリーとオルセン神父は援護を!」

 空の右目、蒼い輝きを持つ魔を見通す力を持つ浄眼が土蜘蛛の気の流れを見通し、それを聞いた徳治が指示を出しながらも刀を一度鞘に収めて走り出す。

「天空に在りし神の座の左に在なす北の大天使ガブリエルよ、その御手に掲げし聖斧を持ちて、我が前に在りし邪悪なる魂討ち滅ぼさん事を!」
(火よ……)

 徳治の方に向き直ろうとする土蜘蛛に、オルセン神父の放った《ガブリエルの斧》が大きくその顔を穿ち、そこへマリーが呼び出した火の精霊が業火となって顔面へと襲い掛かる。

「ハアッ!」
「勅!」

 その隙に、徳治の居合いと空の禁呪が巨大な足の一本ずつに炸裂する。
 しかし、必殺の居合いは刃が半ばまで食い込んだ所で止まり、空の禁呪は表面を少し穿つだけに止まる。

「固い、が! 五行相克!」

 刃を食い込ませたまま、徳治は左手で呪符を数枚掴み、呪文を唱えながら刃の峰へと呪符を掴んだ拳を叩きつける。
 呪符からの光が拳から刀身へと伝わり、刃は一気に足を切断する。

「光背一刀流、《残陽刻》」

 切断された足が崩れ落ちようとするが、双方の断面から肉片が触手のように伸びて繋がろうとするのを、呪符を縫いとめた複数の小柄が飛来してそれを阻む。

「三青木気を持ちて土気を克す! オン!」

 陰陽五行の術式で再生を完全に封じた徳治だったが、他の足が次々と徳治を狙って振り下ろされる。

「切断するだけではダメだ! 即座に断面を封印しろ」
「分かった」

 振り下ろされた足の爆撃のような破壊力に、徳治は身をかわしながら空へと叫ぶ。
 同じように振り下ろされる恐るべき破壊力を秘めた足を空はかわしつつ、両手でありったけの双縄?を抜くと、呪符をまとめて取り出して宙へと舞わせ、一斉に双縄?を投じた。
 無差別に宙へと散った呪符全てを双縄?の刃が貫き、振り下ろされんとしていた一本の足に縫いとめていく。

「百邪斬断、万精駆逐! 火気、氷気、雷気、爆気を持って汝が在を禁ず! 急々如律令!!」

 口訣と共に、呪符が火炎、氷結、電撃、爆発と変じて土蜘蛛の足を吹き飛ばす。
 続けて呪符を取り出し、足を封印しようとした空だったが、そこへ陽光を反射させて何かが飛来する。
 身をひるがえしてそれを避けた空の隣に、彼の身長と同じくらいはあろうかという巨大な針が地面へと突き刺さる。
 空の浄眼が早く周囲を見通し、土蜘蛛がいつの間にかこちらの方を見ている事に気付いた。
 その口が開き、そこから無数の光が放たれる。
 光の正体が、槍と言っても過言ではない長大な針だというのが見えた空は、短い呼吸で外気を取り入れ、それを体内で練り上げながら内気へと変じて筋肉組織へと移行、バトルスタッフ随一の身体速度で機関砲のような針の連射をかわしていく。

(再生が始まっている。早く封じねば……)

 双縄?はなんとか手元に戻したが、土蜘蛛の針の連射の前に攻撃を封じられた空は、林のように針が連立していく中を逃げながら次の手を何とか考える。

「神と子と聖霊の御名において命ず! 汝、邪なる者よ! 主の前に跪き、その言葉に耳を傾けよ! アーメン!」

 逃げ惑う空のそばに、聖句と共に聖書が飛来し、そのページが次々と剥がれ落ちるように千切れていくと、結界へと変じて針を防ぐのみならず、再生しかけていた足までも封じていく。

「サポートします、次へ!」
「ああ」

 オルセン神父の得意とする聖書結界の加護を受けながら、空が再度呪符を取り出す。

(禁呪で破壊するだけでなく、完全に封殺する!)
「一白、二黒、三碧、四緑、五黄、六白、七赤、八白、九紫!」

 先程と違う七色の呪符が投じられ、土蜘蛛の別の足の表面に三列×三列に並んでいく。

「九宮を方陣とし、汝が在を…」
「後ろ! 何か来る!」

 空が術式を発動させる前に、ダイダロスの甲高い鳴き声に続いてマリーが上空から叫ぶ。
 空の浄眼がそちらに振り向き、オルセン神父の結界越しに、迫ってくる何かを見通した。

「これは、眷族か!」

 迫ってくる物、土蜘蛛と同じ姿をした、それでも大人の背丈ほどはありそうな巨大な無数の蜘蛛が、左右それぞれに分かれて徳治と空に襲い掛かってきた。

「克!」
「アーメン!」

 襲ってくる子蜘蛛に徳治の刃が一閃し、空を守ってオルセン神父の聖句が浄化の力となって弾き飛ばす。

(風よ、水よ……)

 マリーが呼び出した風の精霊が突風となって子蜘蛛の行動を阻み、水の精霊が地面から吹き出して水流と化して押し流そうとする。

「まだ来る!」

 上空のマリーが、土蜘蛛の尻から次々と卵が生み出され、それが破裂して子蜘蛛が生まれていくのを見て戦慄する。

「次から次へと………!」

 襲ってくる子蜘蛛を斬り捨てながら、徳治が土蜘蛛の戦闘力に歯噛みする。
 徳治を一番の難敵と判断したのか、一番多くの子蜘蛛が徳治へと向かって一斉に糸と針を吹き付けてくる。

「甘い!」

 無数に襲い掛かる糸と針を徳治は高速の連続斬撃で弾き、叩き落していくが、その刀身に徐々に糸が絡み付いていく。

(こっちが狙いか、だが)

 徐々に綿菓子のようになっていく愛刀をなおも振るい、逆に糸を利用して針を絡め落としつつも、徳治の足が素早く反閇(魔術的フットワーク)を踏む。

「我、一黒水気を持ちて招く。祖は宵闇に漂いし者、闇海の波の狭間より招きて、陽気にてその姿描き出さん! 来たれ藍岩(あいがん)!」

 糸まみれになった刀を振るいながら、反閇を踏みながら詠唱、最後の一言と同時に強く足を踏み込むと、その地点から影が盛り上がり、巨大な黒い岩のような物が浮かび上がってくる。

「行け!」

 命令と同時に、その黒い岩、正体は巨大な亀の式神が地面を泳ぎながら子蜘蛛へと襲い掛かり、瞬時にして一匹を咥えて飲み込んでいく。
 子蜘蛛達は藍岩へと向けて糸や針を放つが、針はその甲羅にあっさり弾かれ、糸もその巨体を止める事は出来ずに、そのまま引きずられて一匹、また一匹と食われていく。

「マリー、火を!」
「はい!」

 その隙に刃に絡みついた糸をマリーの火の精霊で焼き払った徳治は、子蜘蛛達を藍岩に任せ、土蜘蛛本体へと攻撃を再開する。

天后てんごう、貴人、青竜、六合りくごう勾陳こうちん、朱雀、騰蛇とうだ大常たいじょう太陰たいいん、天空、玄武!我、十二神の助を得、八門の法を持ちて遁行となし、杜門へと汝を導く! 急々如律令!」
「聖なるかな! 聖なるかな! 聖なるかな! 偉大なる神の御心に背きし邪なる者よ! 主の前に跪き、許しを乞わん事を! アーメン!」

 土蜘蛛の胴体の反対側で、空とオルセン神父の術が子蜘蛛達を吹き飛ばすのを遠目に見つつ、徳治は次の足を切断すべく居合いの構えを取る。
 微かに鯉口を斬り、鍔元の刃で小指の先を斬り、流れ出した血で鍔元に卍を記すと、再度刃を収める。
 呼気を整え、精神を静めていく。
 数秒と掛からず、精神を完全に静めた徳治の右足が踏みしめられ、大地からの力が足から膝、腰へと伝わり、腰から上半身の捻りを加えられつつ、肩から腕、そして手から柄へと通じて、刃が引き抜かれる。

「克」

 刹那の淀みも無い、流れるという言葉そのままの動きで放たれた刃は、一切の抵抗無く、土蜘蛛の足を両断した。

「光背一刀流奥義、《因果断ち》」

 物理切断と術式切断、その両者を同時に行う究極の奥義の前に、切断された土蜘蛛の足が倒れる途中で砂のように崩れ落ち、消滅していく。

「これで三本目!」
「春気を持ちて雷気となし、雷気を持ちて汝が在を禁ず! 急々如律令! 勅!」

 空が虚空に無数に放った呪符が外気を収束して電撃と化し、凄まじい電撃が土蜘蛛の足をもう一本焼き尽くす。

「これで半分か」

 オルセン神父が素早く電撃でほぼ炭化している足を封印しているのを見た徳治が、残った足を狙おうとした時だった。

「む!?」

 土蜘蛛が、異常なまでに巨大な妖気を放ち、それが地面へと送り込まれていく。

『地表エネルギー増大! 危険域です!』
「行けない! 大地の精霊達が!」
「総員対ショック体勢! 来るぞ!」

『LINA』とマリーの警告が何を意味するか悟った陸が叫ぶ中、世界がいきなり縦にずれるような感覚が生じる。

「まずい!」

 それが、今まで感じた事の無いような揺れの地震だと気付いた徳治が、足元に呪符をばら撒き、結界を張る。

「うわあああぁぁ!」

 スタッフの誰かの悲鳴がかき消される程の轟音と共に、周囲の地面が鳴動を始める。
 大地が割れ、山が崩れ、砕けた土石が荒れ狂いながらも向かってくる。

「三青木気を持ちて土気を克す!」

 結界で軽減されてるとは思えない揺れの中、徳治の居合いが襲ってきた土石流を斬り裂く。

「こっちへ!」
「すいません!」

 上空から急降下してきたマリーが地割れに飲まれそうになっていたオルセン神父を掴んで再度宙へと飛び上がり、その下では空が驚異的な身軽さと速度を持って、揺れる地面を飛び回るように動いていた。

(さすがは元神格、だが!)「サークルポッド出力上昇! これを鎮める!」
「出力20%アップ!」
「ひい〜!」

 凄まじい揺れが続く中、徳治の指示で周辺のサークルポッドへの出力調整をスタッフ達が悲鳴交じりに行っていく。

「オン キリキリ バサラ ウンハッタ! オン キリキリ バサラ ウンハッタ!」

 普通なら立ってもいられない揺れの中、徳治は一心不乱に真言を唱え、精神を集中させる。
 その半ばで、振動で地面から弾き出された藍岩が、地中で受けたダメージのために形を失い、消えていく。

「我、一黒水気を持ちて三青木気を生す。三青水気を持ちて土気を克す。オン!」

 御神渡流でも有数の力を持つ式神が強制退去した反作用が、己の額から流れる血となって帰ってくる中、それを意にも介さず鞘から抜いた刃に術を施し、刃に青い光が宿っていくのを感じながら、更に徳治は力を込める。

「臨!兵!闘!者!皆!陣!列!在!前! オン!」

 木気が宿った刃で早九字を切り、最後に刀を頭上へと持ち上げると、切っ先を地面に向けて一気に突き刺す。

「陽は三青、陰は八青、水気より生じて土気を克す! オン! オン! オン!」

 地面へと突き刺した刀の柄を握り締めたまま、徳治の手が次々と印を結び、口からは呪文が紡がれる。
 一心不乱に大地を鎮めようとする徳治に向かって、地割れが伸びてくるが寸前で飛来した呪符を縫いとめた双縄?が突き刺さり、それを食い止める。

「我、八門の法を持ちて遁甲と成し、生門へと汝を導く!」

 上空を飛来していたダイダロスの足に捕まり、一時的に地震から逃れた徳治を援護するべく、結界を張って徳治周辺の揺れをなんとか軽減させる。

「サークルポッド外殻に亀裂発生! これ以上振動が続けば持ちません!」
「1番、3番ケーブル破損、5番、7番ケーブル完全に断線! フィールド維持困難です!」
「緊急用無線回線で繋げ! 出力は下がるが、あいつを出すわけにはいかん!」

 用心して機器関係を完全固定していたが、それでも操作が極めて困難な中を、陸がスタッフ達を鼓舞してフィールド維持に全力を傾ける。

「外部からフィールドの術的増強を確認! 総帥です!」
「フィールドの安定化は和尚に一任! 回線維持を最優先!」
「しかし、この状況では!」
「そろそろのはずだ」

 未だ激しく揺れ続ける中、陸が防護壁の外の映像を見る。
 そこに、刀印で虚空に大きく五芒星を描く徳治の姿が映っていた。

「我、御神渡 徳治の名において命ず! 陰陽五行によりて、荒らぶる土気を鎮めん! オン! オン! オン! 克!!」

 詠唱の終了と同時に、徳治は握り締めた拳を地面に刺さっている刀の柄へと叩きつける。
 刀は地面へと根元まで一気に刺さり、同時に揺れはウソのように収まった。

「さすが、ですね」
「すごい……」

 地震を鎮めた徳治の腕前に、オルセン神父は感心し、マリーは絶句する。
 だがそこで、虚空に浮かんでいたマリーの体がいきなり停止する。

「あれ?」
「後ろです!」

 マリーに掴まっていたオルセン神父の声に、マリーは後ろを振り向く。
 そこには、巨大な蜘蛛の巣が周辺をくまなく覆い、それにマリーは囚われていた。

「いつの間に!?」
「あの子蜘蛛がまだ残っていたんです! 離してください!」
「ダメ! この高さじゃ……」

 地震に気を取られていた隙に、フィールド内を土蜘蛛の巣の結界に変えられていた事、そして揺れを避けるために生身で降りるには難しい高度まで上がっていた事をマリーは悔やみながらも、なんとか逃れようともがく。
 だがもがけばもがく程、巣の糸はマリーの体に絡み付いていく。
 そして、糸をたどって周囲に巣を作り上げた子蜘蛛達が集まってくる。

「説く、消え去れ邪悪なる者よ!」

 オルセン神父が聖句と共に聖水を振り撒き、子蜘蛛を追い払うが、新手が次々と二人に迫ってくる。

(風よ、火よ……)

 突風が子蜘蛛達の接近を阻み、火がそこに襲い掛かるが、火が糸を伝ってこちらへと戻ってくる。

「!」
「主の御心によりて、加護を与えよ!」

 マリーの全身に絡み付いている糸に燃え移る前に、オルセン神父の結界がかろうじて火を阻む。

「このままでは互いに思うように戦えません!」
「けど、ここからじゃ…」
「急々如律令!」

 どうするべきか悩むマリーの周囲に、呪符が飛来して残っていた子蜘蛛達を貫く。
 声のした方を二人が振り向くと、地面にほぼ垂直に近い状態の巣の糸の上、正確にはその上に散らした呪符の上を走りながら空がこちらへと向かってきていた。

「受け止める! 下ろせ!」
「分かった!」

 似たような事は何度か見ているが、非常識とも言える空の身体能力を信頼して、マリーが手を離す。
 オルセン神父も落ち着いたまま落下し、そこへ空が飛び寄りながら指笛を鳴らした。
 巣をたくみに避けながら飛来したダイダロスが空とオルセン神父に向けて子蜘蛛達が放った糸や針を羽に刻まれた呪符で阻み、空はオルセン神父を虚空で抱えるとそのまま二人分の体重がかかっているとは思えない動きで地面に着地する。

「我が守護天使フォイエルよ! 汝が御手にありし誓約によりて、邪なる理に囚われし者を解き放たん事を! アーメン!」

 着地すると同時に、オルセン神父はロッドをマリーへと向けて聖句を詠唱、《フォイエルの誓約》の術式が、マリーの全身を絡んでいた糸を解きほぐしていった。

「お返し!」

 戒めから放たれたマリーが、ホルスターから退魔用拳銃G・ホルグを抜くと、そこからCブレット(冷凍ガス弾頭)を連射する。

(氷よ!)

 糸の一部が凍りついた所で、マリーはそこから氷の精霊を呼び出し、巣は瞬く間に霜と氷で覆われていく。
 慌てて逃げ出そうとした子蜘蛛達も巻き込み、巣は完全に氷に覆い尽くされ、そして崩れて落ちていく。

「今度はこっちの番!」

 崩れ落ちていく氷が更に細かく崩れ、ダイヤモンドダストと化して土蜘蛛に襲い掛かる。
 その巨体ゆえに逃れようがない土蜘蛛の半面が凍りついていくが、その体が大きく振るわれると、巨体を覆っていた氷はあっさり砕けて剥がれ落ちていく。

「氷の精霊をこんな簡単に……」
「地脈との繋がりを絶たない限り、本体への攻撃は無意味だ!」

 徳治が叫びながら、背に仕込んでおいた予備の刀を抜き放つ。

(地震を封じるには、そはや丸をこの場から抜く訳にはいかん。だが、こいつを封じきれるか?)

 新たに抜いた刀、最上大業物の一振り、長曽禰興里、一般には初代虎徹とも知られる名刀を持ってしても、拭えぬ不安を心中に留め、徳治は構える。

「作戦を繰り上げる! 次のフェイズに!」
『第4フェイズは封印の前段階のはず!』
「まずはこいつの力を封じねば、戦いようもない!」
「分かった。第4フェイズ発動! 各ポイントのスタッフに通達!」





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