BLADE HEART(後編)


BLADE HEART(後編)



作戦エリアから200m南

「第4フェイズだ!」
「もう!?」
「始めるとしましょう」

 予定よりも早いフェイズ移行に、ガードジャケットや巫女装束に身を包んだアビリティスタッフ達が慌てる中、全身をヴェールに包んだ占い師姿の女性の言葉に皆が一斉に頷く。
 彼らの中央に設置されたサークルポッドに、それぞれが精神を集中させ、祝詞や呪文の詠唱を始める。


作戦エリアから180m北

「作戦開始だ!」
「では始めましょう」

 同じくサークルポッドの周囲に集った男女達の中央、初老の男性の声に応じ、ある者は衣服を脱ぎ捨て、ある者は構わず全身に力を込める。
 その場にいた全員が、思い思いの咆哮を上げながら、その姿が獣と混じったような異形の姿、俗に妖怪と呼ばれる彼ら本来の姿に変じていく。
 妖怪達で構成されたガーディアンスタッフ達は、己達の持つ妖気をサークルポッドへと注ぎ込む。
 各所で同様の事が次々と行われ、サークルポッドに力が注がれると、その力はサークルポッドの真下、地脈の流れへと干渉していく。


「各ポイント、順調に作動中!」
『地脈エネルギー、低下中。シュミレート結果に対して、低下効率は17%マイナス』
「急ごしらえの奴だ。あまり力を入れすぎると持たん。各ポイントに調整に気をつけるよう伝達」

 第4フェイズ、本来は封印作業のために地脈を一時遮断、土蜘蛛と分断状態にするはずが、土蜘蛛の予想以上の力に前倒ししなけらばならなかった状況に、陸は脳内で次々と予想される状況をシュミレートしていく。

「現状だと地脈遮断は長時間持たない。15分以内に状況を第5フェイズに」

「15分、か」
「さすがにこれ相手に短か過ぎない!?」
「やるしかありません」
「ああ」

 陸の出したあまりに短い時間に、バトルスタッフ達の顔が険しい物へと変わる。

「地脈を遮断すれば、再生能力は落ちる! 本体に攻撃! 少し時間を稼いでくれ!」

 徳治は、再度小指の血を押してあふれ出させると、長曽禰興里の刀身に無数の梵字を書き連ねていく。
 術の発動までの隙を狙ったのか、土蜘蛛が無数の針を徳治へと向けて吐き出すが、その前にオルセン神父が立ちはだかる。

「ミカエルの盾我が前に!」

《ミカエルの盾》の結界が長大な針を弾く中、徳治は構わず呪文を詠唱する。

「オン アビラウンケン」

 右手で刀を正眼に構え、左手で無数の印を結んでいく。

「祖は鋼、祖は御魂、総じて刃とならん。しばし我が命にてその御魂現さん」
「雷気、爆気によって在を禁ず! 急々如律令!」
(風よ、水よ!)

 詠唱が続く中、空の放った呪符が雷撃と爆発に変じて土蜘蛛の顔面を襲い、マリーが呼んだ風と水の精霊が小型の竜巻と荒れ狂う水流となって上下から土蜘蛛の胴を襲う。

「オン キリキリ オン キリキリ……」
「天空に在りし神の座の右に在なす東の大天使ミカエルよ、その御手に掲げし盾の加護を持ちて、我らを守らん事を……」

 徳治の詠唱が続く中、オルセン神父も聖句を詠唱して結界を更に強くしていく。
 それを見越したのか、土蜘蛛の口から突然大量のくすんだ色の煙が吐き出される。

(毒!)

 地を這うように広がっていく煙が触れた草木が急激的に枯れていくのを見た空が、オルセン神父と徳治の周囲八方に双縄?で呪符を縫いとめる。

「八門遁甲の法を持ちて、閉門にて閉ざす! 急々如律令!」

 空の八門結界で毒煙が阻まれる中、徳治の詠唱は続いている。


「臨!兵!闘!者!皆!陣!列!在!前! 土気から生じ、火気から変じ、水気にて磨かれし刃よ! 我が前にその御魂を現せ!」

 長い詠唱の終わりと同時に、徳治の手にした刀が光を放ち、そこから生み出された無数の光が、輝きで構成された虎を形作っていく。

「御神渡流陰陽術奥義、《剣神招来!》」

 輝く虎が徳治の体に重なり、虎をまとうかのようになった徳治は、その目つきをさらに鋭くさせながら、未だ光を帯びている刀を鞘に収め、居合いの構えを取る。

「抜く、避けていろ」

 徳治の一言に、オルセン神父が結界もそこそこに横に退き、空とマリーが慌てて徳治の直線上から撤退する。
 徳治は軽く呼気を吸って整え、柄を握り締める。
 精神を集中させ、地を踏みしめながら、一気に抜刀した。
 一瞬、閃光のような物が走ったかと思うと、突然毒煙は左右に分断され、それに僅かに遅れて土蜘蛛の口が中央から裂け、鮮血が吹き出す。

「光背一刀流、《閃光斬・裂空》」

 御神渡流陰陽術の奥義、刀に宿る剣神を呼び出し、それと一体化する事によって全ての力を増大させる秘儀を持って、土蜘蛛に一撃を加えた徳治は、再度刀を鞘に収める。

「一気に行く! 援護を」
『了解!』

 たじろいでいる土蜘蛛に向かって徳治は毒煙の合間を駆け出し、他のバトルスタッフもそれに追随していく。

「天の使いを束ねし主天使が長ハシュマルよ! 汝がその御手に掲げし錫をかざし、我が前にありし者に神の威厳を示さん事を!」
「八門遁甲の法を持ちて、景門に汝を招く! 急々如律令! 勅! 勅!」

 オルセン神父の《ハシュマルの錫》が光の束縛となって土蜘蛛の右側の足を捕らえ、空がありったけの双縄?を投じ、それらが土蜘蛛の足を絡み取りながら地面へと呪符を縫いつけ、封じていく。

「土は水を克し、木は土を克し、金は木を克し、火は金を克し、水は火を克す! 五行相克の法を持ちて、汝を克す!!」

 徳治は左手の刀印で五芒星を描き、五行をなぞらえると五芒星の中心を切っ先で貫きつつ、土蜘蛛の顔面に白刃を突き立てる。
 金属をこすり合わせたような奇怪な絶叫を土蜘蛛は上げるが、徳治は構わず、柄を両手で持つと、一気に土蜘蛛の顔面を薙いだ。

「はああっ!」

 土蜘蛛の顔面が斜めに切り裂かれ、濁った血が噴き出す中、その傷口を押し広げんとばかりに猛烈な突風が吹きつける。

「この……!」

 マリーが更に力を込め、周囲から蛍を思わせる光となって精霊達が集い、それらは突風に混じっていくと、炎や水流、砂礫となって土蜘蛛の顔面へと襲いかかっていく。
 数多の精霊は、マリーの周囲を覆うと、その背にカゲロウを思わせる透明な羽根を浮かび上がらせた。

(今ここで、致命傷を与えねば、調伏できん!)
「オン!」

 徳治はここが唯一の勝機と見ると、一度刃を鞘に収め、気を研ぎ澄ます。

「克!」

 次の瞬間、鞘走った刃は、その軌道上を飛ぶかのような軌跡を描き、土蜘蛛の体に傷を穿つ。

「克! 克! 克! 克!」

 斬撃波はそれで止まらず、高速の斬撃が連続して放たれ、その一撃一撃が確実に土蜘蛛の体を斬り裂いていく。

「克っ!!」

 最後の一撃、大上段からの唐竹割りが一際巨大な斬撃波となって、土蜘蛛の体を通り抜ける。

「光背一刀流、《光乱舞・散華》」

 斬撃波に斬り刻まれ、土蜘蛛の体から膨大な血が流れ出し、地面を染め上げていく。

『目標のオーラ量、減少中』
「第5フェイズへ! 一気に極める!」
「第5フェイズ発動! メインポッド射出!」

 相手が弱った隙を逃さず、次のフェイズが発動。
 陸の操作で土蜘蛛の頭上に飛来したデュポンから、オリジナルの封印鉄杭が射出、土蜘蛛の胴体を貫いて地面へと縫い止める。
 吹き上げる血飛沫と絶叫の中、徳治は手にした白刃の切っ先で早九字を切ると、詠唱を始める。

「我、三青木気を持ちて五黄土気を克し、八青木気を持ちて十黄土気を克す! 祖は地に住まいし者、谷を越え、山にその足を下ろし、民を睥睨する者なり! その在、今しばし留めん! オン キリキリ バサラウンハッタ!!」

 全身全霊を込めた徳治の術が、封印鉄杭を通じ、土蜘蛛の体を完全にその場に縫い止める。

「オン キリキリ オン キリキリ オン キリキリ…」
「神と子と聖霊の名において命ず! 汝、邪悪なる者よ! 大いなる光の元に、汝を封ぜん! 聖ジョージの加護を持ちて、永久の戒めとせん事を!」

 徳治が土蜘蛛の動きを封じてる間に、オルセン神父が己の持つ中でも最上級の封印術を発動させるべく、聖書をかざし詠唱を開始する。

「空、マリー、封印の完了まで、そいつを留めろ!」
『了解!』

 空は次々と呪符を投じ、土蜘蛛の足を絡め取る双縄?のワイヤーに貼り付けていくが、あらん限りの力であがらう土蜘蛛の前に呪符は一枚、また一枚と焼け落ちていく。

(水よ……!)

 マリーは周囲のありとあらゆる精霊に呼びかけ、地下水脈から呼び出した水の精霊が上空へと奔流となって吹き出したかと思うと、無数の小さな濁流と化して土蜘蛛の体を上から叩きつけて押さえ込んでいく。

「我が前にラファエル、我が後方にガブリエル、我が右手にミカエル、我が左手にウリエル、我が右肩にラグエル、我が左肩にゼラキエル、我が足元にレミエル、我が中にフォイエルあり! 大天使の御名の元、解く平伏せ! 邪悪なる者よ! アーメン!」

 極東最強クラスのエクソシストであるオルセン神父の《八大天使の陣》が淡い光で形作られた八人の天使となって土蜘蛛の周囲を取り囲み、その体を光の檻として狭めていく。

(あと少し、あと少しで………)

 刀をかざしたまま、徳治は封印の完了までなんとか土蜘蛛を縫い止めたままにすべく、残った力を振り絞る。
 すでに心臓の鼓動は早鐘のように鳴り響き、コメカミの血管が破裂したのか、漏れ出た血が頬を伝って首筋を濡らしていく。

(これだけの力、ここで封じられなければ、最早誰の手にもおえまい………たとえ、我が命に引き換えにしても!)

 光の檻が、完全に土蜘蛛の姿を覆い隠し、段々と収縮していく。
 封印の完了まで目前ながらも、徳治は術を一切緩めようとはしない。

(このまま……ん!?)

 徳治の背を、悪寒が走り抜ける。
 それと同時に、檻の中から凄まじい土蜘蛛の咆哮が響いてきた。

「な、なに?」
「これは……!」
「いけません!」

 バトルスタッフ全員が、同時にある事実に気付く。
 無数の術式で縛られ、封印目前だった土蜘蛛の力が突然急激的に増大していく事に。


「何が起きている!」
「それが、地脈エネルギーが急に活性化を!」
『各ポイントから緊急連絡! 急激的な地脈活性化により、各所のサークルポッドが限界、いえAポイントのポッドがオーバーヒート! 続いてCポイントのポッドが破裂!』
「各ポイントの作業を中断して待避! 急げ!」

 陸が叫びながらも、目まぐるしく変化するデータに目を通していく。

「あいつ、この状態で地脈から強引にエネルギーを吸い上げているのか!」
『マスター、このような状況はシュミレーションされておりません!』
「封印の状況は!」
「土蜘蛛のオーラ量、加速度的に増大! このままでは……!」


 収縮していく一方だったはずの光の檻が、内部から歪な形に膨れていく。

「オン キリキリ オン キリキリ…」
「アテー・マルクト・ヴェ・ゲブラー…」

 なんとかそれを押し留めようと徳治とオルセン神父が力を込めるが、光の檻の膨張は止まらず、そして突然中央から何かが弾き出される。

「く……」
「うそ、封印鉄杭が!」

 弾き出されたそれ、土蜘蛛を縫いとめていたはずの封印鉄杭が、飴細工がごとく原型を留めないまでに歪み、地面に轟音を立てて突き刺さる。

「馬鹿な、地脈に封じられていた者が、地脈を支配しているだと?」

 術を強引に破られた反動で猛烈な疲労感が襲い、全身のあちこちの血管が弾け、吹き出した鮮血が徳治の体を濡らしていく。

(こんな状況は、どの文献にも載っていなかった! やはり、全ての状況が変化、いや悪化している!)

 陰陽師として生きてきた、今までの長い経験すら上回る最悪の状況に、徳治はそれでもひるまずに刀を構える。

「非戦闘スタッフは全員待避、第0フェイズを発動する」
『……第0フェイズ発動。A級戦闘能力保持者以外の総員は待避!』

 第0フェイズ、最後の手段である土蜘蛛の打倒を宣言した徳治に、陸も素早く指示を出していく。
 防護壁が開放された作戦指揮所からスタッフ達が大慌てで逃げ出すが、陸はその場に残って錫杖戟を構える。

「A級以外は待避と自分で言わなかったか?」
「オーラ量はB級ギリギリだが、オレにはオレの戦い方がある。幸い、遣雲和尚がまだ結界を張ってる。周辺の被害は少なくて済むだろう」

 徳治は陸に更に何かを言おうかとしたが、そこでとうとう光の檻が限界に達し、弾けて消え去った。
 そこにいたのは、無数の傷跡も切断された足すらも元に戻り、更に一回り大きくなったように見える土蜘蛛の姿だった。

「すいません、私の力が至らないばかりに……」

 地に片膝を着き、肩で大きく息をしているオルセン神父が弁解しながらも手にしたロッドで強引に立ち上がる。

「いや、土蜘蛛がここまでの力を有しているとは予想すらしていなかった。だが、最悪の事態だけは避けねばならん」

 徳治はちらりと地面に縫いとめたそはや丸を確認、剣神招来もまだ解けていない事を確認しながら土蜘蛛へと向き直る。

「全員、まだ戦えるな」
「ええ」
「まだいける」
「大丈夫です!」

 バトルスタッフの返答を聞くと、徳治は陸に目配せする。

「キサラギからのサポート後、一斉攻撃を」
『了解!』
「キサラギ最終安全装置解除、目標座標微調整終了。3、2、1。発射」

 陸のカウントと同時に、上空衛星《キサラギ》からの高精度狙撃レーザー砲が、こちらに向かって襲い掛かろうとしていた土蜘蛛に照射される。
 眩いばかりの閃光があたりを覆い、絶叫と共にレーザーのイオン臭と肉の焼け焦げる匂いが混ぜ合わさった熱風が吹き荒ぶ。

「く……」

 吹き付けてくる砂礫交じりの熱風を袖で防いでいた徳治だったが、閃光が消えると同時に立ち上がった土煙から飛来した何かを白刃で叩き落す。

「来るぞ!」
「雷気を持ちて汝が在を禁ず!」
(火よ、風よ!)

 叩き落したのが、土蜘蛛が吐き出してきた長大な針だという事を見た徳治が、叫びながら呪符を取り出す。

(攻撃してきたという事は、深刻なダメージを与えていない!)

 ビル一つくらいなら消滅させられる程のレーザー砲撃を食らいながらも、それが土蜘蛛の戦闘力を奪う事に繋がらなかった事を即座に徳治は認識し、空の禁呪とマリーが呼び出した精霊が土蜘蛛に直撃したのを冷静に見据える。
 呪符が変じた雷撃と、炎の混じった旋風が土蜘蛛に炸裂し、立ちこめていた土煙を吹き飛ばす。
 土煙の先には、胴体に大きな風穴が開き、頭部も半分焼け焦げながらもこちらを睨む土蜘蛛の姿があった。

「あれだけのダメージを負って、まだ平気なのですか………」
「いや、すでに再生が始まっている! 攻撃の手を止めるな! 招鬼顕現!」

 驚愕しつつもオルセン神父は聖句の詠唱に入るべくロッドを構え、徳治は手にした呪符を式神へと変じて土蜘蛛へと襲い掛かる。

「次の照射までどれくらいかかる!」
「急いでも30分以上かかる! 他の衛星もこちらに向かわせているが、すぐには不可能だ!」
「なら、自力で!」

 マリーが手を頭上にかざすと、そこに無数の精霊達が集まっていく。

「行って!」

 マリーの呼びかけに応え、集った数多の精霊達が光の奔流となって土蜘蛛に襲い掛かる。
 光の一つ一つが、土蜘蛛に触れると同時に、風、火、水、土へと変化し、四元の嵐となって土蜘蛛の傷をえぐっていく。
 しかし、その精霊達の嵐を持ってしても、傷口は端から再生を始めていく。

(これで相殺がやっと!?)
「半端な攻撃は意味が無い! だが手を休めるな!」
「『LINA』デュポンを回せ! 全武装使用許可、援護攻撃!」
『イエス、マスター!』

 徳治が叫ぶ中、陸の指示で上空のデュポンから無数のミサイルが飛来し、土蜘蛛に命中する。

「百邪斬断、万精駆逐! 急々如律令! 勅! 勅! 勅!!」
「天空に在りし神の座の右に在なす東の大天使ミカエルよ、その御手に掲げし御剣を我に貸し与えよ!」

 デュポンの攻撃が続く隙に、空がありったけの呪符を取り出して虚空に放ち、オルセン神父が手にしたロッドが、聖句と共に剣へと変じる。

「我、八門の法を持ちて遁甲と成し、杜門へと汝を導く!」
「主の御名に置いて、説く消え去れ邪悪なる物よ!」

 無数の呪符から描かれた八門の一つが開き、土蜘蛛の体が突如として無数に切り刻まれ、そこへ投げつけられたミカエルの剣がその傷が癒えるのを阻もうと力を発する。
 激痛と憤怒の咆哮を上げる土蜘蛛が、半ばまで焼けた口を開くと、そこから澱んだ色の息を猛烈な勢いで吐き出す。

「待避!」

 毒を懸念して地上にいた者達が散る中、それに触れた木々が一瞬で砕け散り、そして溶解していく。
 何かがおかしいと思った徳治が目をこらし、その息が当たった地面に、無数の光る物がある事に気付く。

「毒と針を同時に吐き出しているのか!」
「また来るぞ!」

 先程までの長大な針よりも随分と短いが、それでも30cmはあろうかという針が地面に乱立し、周辺の地面はただれている状況に、バトルスタッフ達も思わず息を呑む中、土蜘蛛の顔が動き、再度口を開く。

「させない!」

 マリーの呼びかけに答え、地面が次々と持ち上がって壁となって土蜘蛛の攻撃を阻もうとするが、無数の針が突き刺さり、毒煙によって腐食した土の壁はいともたやすく崩れ去っていく。

「正面が無理なら…」

 その僅かな隙に、横手へと回りこんだ空が呪符をかざすが、上空を飛んでいたダイダロスが甲高い鳴き声を立てた。

「!」

 視線を上へと向けた空の目に、土蜘蛛の腹部を突き破るようにして次々と子蜘蛛が飛び出してくるのが飛び込んでくる。

「火気、氷気を持ちて汝が在を禁ず! 急々如律令!」

 攻撃対象を子蜘蛛へと変更した空が次々と呪符を放つが、子蜘蛛達は途切れる事なく次々と土蜘蛛の腹から湧き出してくる。

(まずい、呪符がもう……)

 大技の連発で、大量に用意していたはずの呪符の残数が心許無くなってきていた空が微かにそれに気を取られた時、空の背後を子蜘蛛の一匹が回りこんだ。
 空がそれに気付いて背後へと双縄?を投じるが、子蜘蛛の吐き出した糸がそれすら絡め取って空へと迫る。

「くっ!」

 双縄?を投じながら横へと跳んでいた空だったが、その足を糸が絡みつき、彼の得意とする速度を奪う。

「!」

 動きが鈍った隙に、周囲を瞬く間に子蜘蛛に取り囲まれた空が思わず腰の刀に手を伸ばすが、包囲していた子蜘蛛の一匹が突然血しぶきを上げて崩れ落ちる。

「間に合ったか!」

 血しぶきの向こう側から、血まみれの鉤爪をかざす人狼の姿が現れ、それを皮切りに続々と人ならざる異形の姿をしたガーディアンスタッフが駆けつけてくる。

「でけぇ!」
「何と巨大で強大な………」
「文字通りの化け物だな!」

 人外の彼らの常識からも桁外れの異形の姿に、ガーディアンスタッフ達も思わずたじろぐ。

「周囲を包囲して一斉攻撃! 反撃の隙を与えるな!」

 徳治の鋭い指示に、たじろいでいたガーディアンスタッフ達も一斉に臨戦態勢へと移行、攻撃を開始する。

「ガアァァ!」
「ケエェェ!」

 人狼の鋭い爪牙が向かってくる子蜘蛛達を次々と切り裂き、六尺棒を手にした烏天狗やランスを手にしたケンタウロスが貫き、雪女の吹雪やハーピィの旋風が動きを封じ、子蜘蛛達が次々と屠られていく。
 それでもなお、土蜘蛛の体から湧き出すように子蜘蛛達が現れていく。

「こいつ、どんだけ眷属がいるんだ!?」
「本体に近づけねえ!」
「いや、地脈から吸い上げた気を練り上げ、体内で順次造っている!」

 空の右目の浄眼が、土蜘蛛の体内で起きている事を見透かす。

「眷属の連続創造か、そんなのは既存のデータに無い」
「こちらも初耳だ。どこまで規格外の奴だ……」

 陸と徳治も己の得物を振るいながら、状況の打開策をそれぞれの知識と経験を持って必死になって模索する。

「最後の手段がまだ残っている、周辺は消し飛ぶが」
「ダメだ。どんなに強力な攻撃でも再生の可能性が残っている以上、無駄になる可能性がある」

 陸が突き出した錫杖戟が子蜘蛛を貫くが、込められた法力が低いのか、まだもがき続ける所に、ホルスターから抜かれたS&W50マグナムの自作退魔用純銀弾頭が止めを刺す。
 そのそばでは、徳治の白刃が閃く回数と同数の子蜘蛛が連続して両断されていた。

(僅かな間でいい、地脈との繋がりを完全に絶てれば……だが、出来るか? 今の状態で)

 徳治は手にした血刃を振るい、満身創痍ながらも己に残された力を呼吸と精神集中で練り上げていく。

(一撃で、全ての足を絶てば恐らくは一時的にだが土蜘蛛の力を封じられる)
「今から土蜘蛛と地脈を瞬間的にだが切り離してみる。全員、それに続いて攻撃を」
『了解』

 全員の返答の中、陸が徳治だけに通じるようにした通信で問うてくる。

「可能なんですかチーフ。今のこの状況で」

 陸の問いに、徳治は強い視線を一瞬だけ陸に向け、そして陸の反応すら伺わずに、その視線を土蜘蛛へと向ける。

「やってみせる」

 一度刀を鞘に収め、徳治は呪符を取り出し、滴る己の血で更に追加の呪文を描きこみ、それを土蜘蛛の足の一本ずつに向けて投じ、貼り付けていく。

「オン! 陰陽の理によりて、五行相克と成す! 土気を持ちて水気を克し、木気を持ちて土気を克し、金気を持ちて木気を克し、火気を持ちて金気を克し、水気を持ちて火気を克す!」

 左手で残った一枚の呪符を持ちながら右手の刀印で五芒星を描き、詠唱を続ける。
 すると手にした呪符が黄、青、白、赤、黒へと色を変じ、それぞれの足に貼り付けられた呪符も同じく色を変じていく。
 御神渡流陰陽術の中でも、有数の威力を持つが、極めて制御の難しい術式を発動させるために徳治は残った力を強引に振り絞っていく。

「因果を断ちて、万の理を掃じて滅せん! 克!!」

 詠唱の終了と同時に、手にした呪符が宙に浮かび、次の瞬間には鞘走った白刃に両断される。
 同時に、土蜘蛛の足に貼り付けられていた呪符も同じように両断され、重ね合わせたかのような切り口で全ての足が同時に切断された。

「総攻げ…」

 御神渡家に伝わる退魔用剣術、光背一刀流の奥義《因果絶ち》を複数同時に放つ御神渡流陰陽術《因果断絶陣》を放った事で、己の力全てを振り絞り、力が抜けていく中で徳治は声を張り上げようとする。
 だが、足を全て失って崩れ落ちる土蜘蛛の口が、大きく開けられながら上へと向けられたのを見ると強引に言葉を中断させる。

「逃げろ!!」
「え……」

 数瞬前に言おうとしていた事と真逆の言葉を徳治は張り上げる。
 誰かが疑問の声を漏らした時、土蜘蛛の口から噴火がごとき勢いで今までの中でも最大量の毒と針が上空へと吐き出された。

「まずい! 総員待避か防ぎょ…」

 陸がそれの意図を悟り、己のなけなしの法力で結界を張りながら叫ぶ。
 その言葉が終わらぬ内に、上空へと吐き出された毒と針が、死の雨となって土蜘蛛の周囲全てへと降り注いだ。

(避けられぬ……!)

 降ってくる毒煙と針を見ながらも、徳治は体を思うように動かせる力が残ってない事に防ぐ事もかわす事も出来ないであろう事を感じた。
 その場にある物全てを侵し、貫き、死の雨は数秒間の間降り注ぎ続ける。
 ただれ落ちる音、貫かれる音、砕ける音、そしてそれらに混じって悲鳴のような物が響き、そして終わる。
 周辺を覆う毒気は、吹き抜けてくる風にかき消され、その場に出来た光る針の森をあらわにしていく。

「皆は!?」
「分からない……、いや生きてる!」

 とっさに上空へと舞い上がって難を逃れたマリーとガーディアンスタッフ達が目を凝らすと、下にいた者達も結界を張ったり地面に潜ったり、それぞれがとっさの方法で死の雨を辛うじて防いでいた。
 だが、全員が無傷とはいかず、身動きが取れない者も多く存在していた。

「チーフは!?」

 マリーの目が一番疲弊していたはずの徳治の方を向いた。
 そしてそこに、ある光景を見て言葉を失った。

(……生きてる?)

 結界を張る事も針を弾く事も出来なかったはずの徳治が、ダメージを受けていない事に気付き、前を見る。
 彼の前には、禁呪で強引に足に絡んだ糸を消し、残った全ての呪符と内気を総動員させて満身創痍になりながらも徳治を守り抜いた空の姿があった。

「空、お前……!」
「く、はあああぁ!」

 徳治も驚愕する中、己の足や肩をえぐっていた針を空は引き抜き、土蜘蛛へと向かって突撃する。
 走りながらも更に数本の針を地面から引き抜き、傷口からあふれ出す鮮血をなすりつけながらも空の足は止まらない。

「戻れ空!」

 徳治がかすれる声で叫ぶ中、己自身の攻撃で全身を針山と化している土蜘蛛の体を、空は駆け上がる。
 頂点まで上り詰めた所で空は手にしていた都合八本の針を宙へと放り上げ、付着していた己の血に指を走らせ、呪符の文を書き連ねていく。

天后てんごう、貴人、青竜、六合りくごう勾陳こうちん、朱雀、騰蛇とうだ大常たいじょう太陰たいいん、天空、玄武!我、十二神の助を得、八門の法を持ちて遁行と成す! 急々如律令!!」

 口訣を唱えながら、空は応急の呪符と化した針を一本ずつ八方の地面に投じ、土蜘蛛を取り囲んでいく。
 最後の一本を投じると同時に空の手が素早く印を結び、最後に手を合わせる。

「我、八門遁甲の法を持ちて、死門へと汝を導く! 勅!」

 口訣の終了と同時に、八本の針が光を放ち、光で構成された扉が現れると、そこから漆黒の闇が吹き出してくる。

「いけません! そんな状態でその術を使えば、あなた自身も!」
「いや、今しかない! 『LINA』、アースバスター投下!」
『イエス、マスター!』

 オルセン神父も制止しようとする中、陸は上空のデュポンに搭載していた切り札、指向性プラズマ弾頭ミサイルを発射。
 飛来したミサイルは土蜘蛛の腹部に突き刺さり、凄まじい閃光と巻き散らかされるプラズマが地面ごと土蜘蛛の体を貫く。
 凄まじい爆風が辺り一体に吹き荒び、地面が大地震でも起きたかのように鳴動する。

「空!!」

 徳治は間近で炸裂するプラズマの嵐に翻弄されながらも、術を解こうとしない空の姿を捕らえ続けていた。
 プラズマの嵐が止み、土煙が納まる中、上空にいた者達の目に、胴体の半分を失い、ほとんど力尽きかけている土蜘蛛の姿が飛び込んでくる。
 そして、その上で重傷を負いながらも死門を開き続けている空の姿も。

「勅! 勅! 勅!!」

 バトルジャケットの防御力と、予めアンダースーツなどに仕込んでおいた防護呪のお陰で辛うじて持ちこたえた空が力を振り絞り、死門から大量の闇が土蜘蛛を覆っていく。

(決まるか!?)

 もう土蜘蛛に死門に抗うだけの力が残っていない事を徳治は願う。
 その徳治の耳に、何かが倒れる小さな音が響いた。
 音の響いてきた方向にあったはずの物を思い出した徳治の視線が、何気なくそちらへと向けられる。
 そしてその音が、今までの戦闘の影響か、地面から抜け落ちたそはや丸が地面に転がる音だという事を知った瞬間、徳治は全身の血が凍りついたような感触に襲われた。

「逃げろ空!!!」

 徳治があらん限りの力で叫ぶのと、空が立っていた土蜘蛛の胴体から、何かが突き出すのはほぼ同時だった。

「な……に……」

 直撃は避けたが、その突き出した物に弾かれた空が宙に投げ出される。
 それは、土蜘蛛の胴体を突き破りながら生えてきた、新たな足だった。

(遁甲が、解ける……!)

 術が中断され、あと一歩の所で死門が消失し、闇が霧散していく。
 残っていた力を振り絞った術だっただけに、最早受身すら取れずに空が地面に叩きつけられる。
 そこを狙って新たな足が空を地面に縫いとめようと突き出される。
 浄眼すら解けた空の目が、襲ってくる足の先をどこかゆっくりとした動きのように映し出す。

(ダメか……)

 それが死線の境を示す予兆だという事を感じていた空だったが、視界を不意に影が遮る。
 その影を貫き、空へと突き刺さる一歩手前で足は止まる。
 貫かれた影から滴り落ちた血が、空の顔へと滴り落ちる。

「そんな………」

 上空で全てを見ていたマリーが、思わず口を手で覆って言葉を飲み込む。

「神よ……」

 オルセン神父はただ静かに胸の前で十字を切る。

『マスター……』
「分かってる……」

 ある事実を報告しようとする『LINA』の言葉を陸は強引に中断させる。
 すでにその情報は、陸に届いていた。

「徳治……さん……」

 空を守った者、徳治が己の胸を貫かれながらも、空の方を僅かに振り返り、相手が無事な事を確認してその顔に笑みが浮かぶ。

(運命は変えられなかったか……)

 己の命の最後の火が燃え尽きていくのを感じながら、徳治は不思議と静かな気持ちでいた。
 自分を貫いた土蜘蛛の足が、引き戻されて行く。
 そして、それが地面へと新たな一歩を着けるよりも早く徳治の視線に力が戻る。

(老兵は消え去るのみ、とはこの事なのだろうな。だが、ただで消えてやるつもりは、無い!!)

 徳治の手が横へと伸び、刀印で招くと地面に落ちていたそはや丸が呼ばれるように飛んでいってその手に収まる。

(これが、御神渡 徳治、最後の剣だ!)
「はああぁぁ!!」

 鮮血を吐き出しながら、裂帛の気合と共にそはや丸が一閃する。
 虚空に大気を斬り裂く澄んだ音が鳴り響き、そして消える。

(お前もこうしたんだな、今そちらに行くぞ……練…………)

 命の火の最後の一片を使った一撃に満足しつつ、徳治の意識が闇へと沈んでいく。
 最後の一撃を振るった姿勢のまま、徳治の体から生命反応が完全消失する。

『御神渡チーフ、死亡確認………』

『LINA』の報告に、その場にいた全員が何も言えずにその結果を受け止めていた。

「そんな………」
「彼が………」

 誰かが呟く中、ふいに土蜘蛛の頭部がズレる。

「え………?」

 上空にいた誰かがそれに気付いた直後、徳治の最後の一撃で斬り落とされた土蜘蛛の頭部が地面へと落ち、それに続けて胴体も完全に力を失う。地面に一歩を記すはずの足は力なく地面を掻いただけに終わった。

「……何と言う事でしょう」
「見事な一撃だ」

 オルセン神父が再度十字を切り、陸がただ静かに感想を述べる。

「勝てた、のか?」
「これが勝ったなんて…」
『目標にオーラ反応。まだ活動しています!!』

 全てが終わったと思った者達の耳に、『LINA』からのとんでもない報告が飛び込んでくる。
 その言葉通り、斬り離されたはずの土蜘蛛の口から無数の糸が伸び、地面や胴体を縫い付けていく。

「総員待避! 周辺全てを焼き払う!」
「待って! チーフを…」
「あ………」

 陸が即座に一番やりたくなかった手段を決行しようとするが、マリーが慌てて徳治の亡骸を回収に向かう。
 しかし、そこで今まで全く動こうとしなかった空の口から言葉が漏れる。

「誰か空の…」
「ああ、あああ、ああああああああ!!!!!」

 空の口から、凄まじい絶叫とも咆哮とも思える声が放たれる。

『イーグル・オブ・ウインドの脳波が完全な異常値を示しています! 生体オーラ量増大、当人のこれまでの最大数値を遥かに超えています!』
「何が起きている! 空!」
「ああああああああ!!」

 咆哮を上げながら跳ね起きた空の手が、腰の妖刀《赤滅》を一気に引き抜く。

『赤滅、抜刀確認。イーグル・オブ・ウインドの生体オーラ属性及び周辺フィールド内属性、今までにない速度でマイナス移行確認』
「止めろ空! そんな状態でそれを使えば…」
「あああああああ!!!!」

 誰の目から見ても完全に暴走している空が、赤い燐光を帯びた妖刀を手に土蜘蛛へと突撃する。
 空へと向けて土蜘蛛の口から針が放たれるが、空が妖刀を一閃すると全ての針がまるで幻のように崩れて霧散していく。

『陸、聞こえておるかの』
「和尚! 空が…」
『総員を撤退させよ。あの力を空が持っていようとは……』

 今まで被害の拡大を結界で防いでいたはずの遣雲和尚が、結界を解いて総員撤退を指示する。

『今のアレは、目の前の敵を滅ぼす以外の事しか分からぬだろう。あれが、《修羅》という存在じゃ………』
「修羅? だがこの力は……」

 続けて土蜘蛛が吐き出した毒煙すら一撃で霧散させた空は、頭部へと向けて妖刀を一閃。
 その一撃で頭部が半ばまで斬り裂かれ、すさまじい絶叫が轟く。
 だが再度地脈から吸い上げた力で、再生が始まる。

「総員撤退! 巻き込まれるぞ!」
「しかし彼をあのままにしては……」
「空! 落ち着いて空!」

 マリーがテレパスを用いて空を落ち着かせようとするが、空の心に潜り込んだ瞬間、弾き出される。

「入り込めない……そんな……あ!」

 土蜘蛛が再度大地に干渉しようとしているの気付いたマリーが声を上げようとするが、空がその土蜘蛛の頭部を駆け上がり、ありったけの気を妖刀へと込め、赤い燐光が立ち上っていく。

「何をする気!?」
「まさか……総員耐震防御!!」

 土蜘蛛が再度地震を引き起こそうとした瞬間、赤い燐光で形勢された巨大な刃が、突き下ろされる。

「地脈ごと滅ぼす気なのか!?」

 陸が予想すらしていない対処法を口にした時、周辺を先程を上回る凄まじい揺れが襲う。

「うわ…」
「やべえ!」
「こっちへ!」
「風よ!」

 翼ある者達が必死になって皆を上空へと持ち上げ、マリーがありったけの風の精霊で吹き上げられるだけの人員を上空へと吹き上げていく。
 上空へと何とか逃れた者達は、凄まじい揺れで周辺の地形その物が完全に崩壊していく中、それに合わせるように崩れ、滅んでいく土蜘蛛の姿をただ呆然と見つめていた…………






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BLADE HEART(終編)
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