BLADE HEART(終編)


BLADE HEART(終編)


『それでは、先日起きた大地震の続報です。Mシティ南部を震源とする今回の地震はM7.5と正式発表されました。当初から地震発生の可能性が示唆されており、震源地周辺住民の避難が完了していたために人的被害は少なかった模様ですが、大規模な崩落が各所で確認され、被害総額の明確な数字はかつての岩手・宮城内陸地震を上回ると予想されており…』



土蜘蛛消滅から三日後 アドル本部内特別病室

「幾つかの検査を行ったが、脳に異常は見受けられない。体の方のダメージは大きいが、致命的な物は無い。毒素の方も中和がほとんど済んでいるから、問題は無いだろう。ただし、傷が癒えるまでは出撃は絶対禁止だ」
「あの状況で致命的ダメージは無しか……」

 メディカルスタッフチーフを勤める、中年女医から手渡されたカルテに目を通しながら、陸はベッドに横たわる弟に僅かに視線を向ける。
 地脈消滅を起因とする大地震の震源地にいながら、かろうじて発見されて以来ずっと眠り続けている空だったが、深刻なダメージは残されてはいなかった。

(あの力、錯乱状態の暴走かとも思ったが、観測された生体オーラ量は空の最大値を遥かに上回っている……和尚は修羅と呼ばれる力だと言っていたが、修羅とは一体………)
「う………」

 陸が考える中、ベッドの中の空が小さく呻きを上げる。
 空が運び込まれてから、ずっとベッドの柵に止まって空を見守っていたダイダロスが、それに応じるように小さく鳴く。
 やがて、ゆっくりと空の目が開いていった。

「ここは……」
「いつもの所だ。具合はどうだ?」
「兄さん……徳治さんは!?」

 意識がはっきりしたのか、空が目を大きく見開いて陸を見る。

「……今日の夕方から葬儀だ」
「そう、ですか………」

 うなだれながらも、体を起こそうとした空だったが、全身に走る激痛に僅かに顔を歪める。

「動くな、絶対安静だ。幾ら人並み外れたタフさと回復力にも限界がある」
「しかし…」
「そんな体で葬式なぞ出たら、お前も仏扱いされるぞ」

 メディカルスタッフチーフが、空を睨みつけながら断言する。

「ボクが………もっと強ければ……」
「覚えていないのか?」
「? 何をですか?」
「お前が土蜘蛛を倒した。暴走状態だったがな」
「え?」

 悲嘆に顔を歪める空だったが、陸の言葉に虚を突かれた顔をする。

(一切覚えていないか。後で精神鑑定を精査する必要があるか?)

 空の表情に偽りがない事を見ながら、陸は弟のあの力に疑念と少しの畏怖を覚えていた。

「連絡事項だけ伝えておく。バトルスタッフチーフ、御神渡 徳治死亡に伴い、オレが新たにバトルスタッフチーフに就任した。以後、戦闘時の指揮権はオレが全権を担う」
「……了解です、兄さん」
「それに死者は一人で済んだが、お前を始め負傷者は数多い。治療を最優先にし、早急かつ万全な体制での戦闘復帰を命じておく。……御神渡チーフが死んだのは、お前のせいじゃない。オレ達、全員が弱かったからだ。責任を感じるなら、オレもその一人だ」
「……………はい」

 かすれるような声で答えた空だったが、その目に光る物が流れる。

(組織的にも、精神的にも、彼の抜けた穴は大きい……オレに、塞げるのか?)

 悲嘆にくれる弟を前に、アドル副総帥として、そして新しいバトルスタッフチーフとして、己は悲嘆にくれている暇すらない事を、陸は如実に感じ取っていた………



 Mシティにある一つの葬儀場で、どこか風変わりな葬儀が行われていた。
 祭壇に故人の遺影が飾られているが、それを前にする参列者は何故かあちこちに包帯を巻いたり、保護パッドをつけた怪我人が多い。
 最前列で一人の老僧が経を唱えてはいるが、そこに故人の訃報を聞いて弔問に訪れた者は、神道風の礼装だったり、袈裟姿だったり、果ては中世ヨーロッパを思わせる風変わりな正装で訪れる者もいた。
 その誰もが、遺影の前でそれぞれの宗派の慰霊の祝詞や経文、聖句を捧げていく。
 まるで無分別にも思える状態だったが、異論を唱える者は誰一人としていない。
 それだけ、故人がありとあらゆる者達から畏敬の念を集めていたからに他ならなかった。

「まさか徳治殿が戦死なさるとは………」
「土蜘蛛と戦ったとは本当か?」
「彼らの組織に問題があったのでは……」
「いや、Mrオミワタリが指揮していてそれは無いのでは…」

 弔問客が、声を潜めて色々な噂を囁きあう。
 だがその声は、新たに現れた弔問客を見て止まった。

「おい、あれ……」
「真兼の、いや小玉に穂影まで!?」
「土御門宗家が参列を禁じたと聞いてたが……」

 現れた中年の三人の男女、陰陽寮五大宗家の内の三家の当主の姿に、少なからずざわめきが漏れる。
 しかし、彼らは本来の陰陽師の正装ではなく、普通の喪服姿で遺影の前へと来ると、無言で焼香を済ませていく。

「すいません、わざわざ……」
「いえ、あくまで友人として来ただけです。彼には、皆世話になりましたから」

 未亡人となった故人の妻に、三人の中で最後に故人と会った大哲が、静かに声をかける。
 そんな中、大哲は視界の端で陸が小さく首で物陰に来るように促している事に気付き、席を立ってそちらへと向かう。

「久しぶり、と言うべきかな。守門博士」
「アドル副総帥として、礼を言っておきたかった。貴方の強力が無ければ、作戦は成功しなかった」
「徳治が死んでも成功、か?」

 目つきを鋭くする大哲だったが、陸はあるレポートを誰にも見られないように手渡す。

「これは?」
「今回の作戦の全内容だ。個人的に意見を聞きたい」

 渡されたレポートに大哲が素早く目を通していくが、途中でその目が大きく見開かれていく。

「……土蜘蛛に関する資料は、今回散々読み直し、陰陽寮内でも討議は行われた。だが、こんな非常識な力はどの文献にも残されていない」
「やはりか……」
「どういう事だ? 一体何が…」

 困惑する大哲だったが、そこで葬儀場の外から聞こえてくる、甲高い爆音に思考を中断される。

「な、これはまさか……」
「VTOL、しかも米軍の最新型か」

 その爆音が、ジェット戦闘機のエンジン音だと陸は気付いたが、度肝を抜かれた参列者は外にホバリングしている機影に更に仰天していた。
 そのジェット戦闘機から、一つの人影が飛び降りる。
 墨色の小袖袴に身を包み、鳶色の髪をした若い男が、そのまま葬儀場へと入ってくると、彼に見覚えのある者達がその名を囁く。

「レン、レン・水沢か」
「あの徳治殿の秘蔵と言われたが、アメリカに渡った……」
「魔術捜査官として、向こうではかなり有名と聞いたが」
「しかし、あれは……」

 誰もが気付いていたが、レンの体もあちこち包帯が巻かれ、中にはうっすら血のにじんでいる物すらある。
 傷だらけの体のまま、レンは祭壇に進み、無言で焼香を済ませる。
 祈りを捧げるためにうつむいたその顔には、確かな苦渋が浮かんでいた。

「レン君、わざわざアメリカから来てくれるなんて……」
「いえ、オレがもっと早く来ていれば……」
「でも、無理して来たのでしょう? そんな傷だらけで…」

 故人の妻の前で深く頭を下げるレンだったが、相手の言葉の途中で葬儀場の扉が荒々しく開かれる。
 全員の視線がそちらへと向き、肩で大きく息をしている若者が大股で祭壇へと向かうのを誰もが言葉を発せず見ていた。
 やがて、祭壇の前で足を止めた若者は、そこに飾られた遺影を睨みつける。

「何の冗談だ……何の冗談だよこれは!!」
「敬一……」

 考えもしなかった、父の遺影を前にして敬一はあらん限りの声を張り上げる。

「親父は強いんだ! 日本最強の陰陽師なんだ! 死ぬわけがねえんだ!! 親父が、親父が!」

 怒声は途中から力が失せ、嗚咽へと変わり始める。

「畜生、う、うう、うああああぁぁあああ!」

 嗚咽が号泣へと変わり、葬儀場に響き渡る。
 それにつられるように、各所ですすり泣きが漏れ始め、悲しみの涙はしばし途切れる事は無かった………



 葬儀が終わり、弔問客も帰った御神渡家の道場に目を赤くした敬一が足を踏み入れる。

(まともに道場なんて入るのは、どれ位だったっけ………)

 そんな事をぼんやり考えていたが、そこで道場に先客がいた事に気付く。

「落ち着いたか」
「レンさん……」

 徳治の死んだ今、御神渡流の陰陽師としては間違いなく最強となった兄弟子を前に、敬一は何を言えばいいのか迷う。

「師匠は、御神渡 徳治は死んだ。お前は、どうする?」
「オレは………」

 レンの問いに、敬一は何も言えない。
 迷う敬一に、レンは傍らに用意しておいた木刀を投げてよこす。
 反射的に敬一はそれを掴み、レンも別の木刀を手にすると、それを構える。

「来い」
「………」

 無言で敬一も木刀を構えると、両者はしばしその体勢のまま、身じろぎ一つしない。
 何秒間、それが続いたか、敬一が思い切って前へと出る。
 振り下ろされた木刀は、レンに当たる前になんなく止められ、弾かれたかと思うと次の瞬間にはレンの木刀が敬一の首筋に当てられる。

「う……」
「もう一度だ」
「く、はあぁ!」

 木刀を引いたレンに、敬一は再度前へと出る。
 振り下ろされた木刀は、再度止められるかと思った瞬間に急角度で横へと流れ、胴を狙って薙がれる。
 その変化された斬撃も、レンが下へと突き出した木刀の柄で止められていた。

「まだだ」
「はあぁ!」

 幾度と無く攻防が繰り返され、敬一は己の持つ剣技を次々とレンにぶつけていく。
 だがそのどれもが、止められ、弾かれ、レンには届かなかった。
 長い攻防の果てに、敬一の息は完全に上がり、やがて膝から崩れ落ちる。

「やっぱ、強ぇ………いや、オレが弱いのか」
「そうだな、お前は弱い。まだな」
「……まだ?」
「最初から強い人間なぞ、どこにもいない。才能、修行、経験、そして覚悟。それらが、己を強くしていく」
「でも、オレには親父やレンさんみたいな才能なんて……」
「才の有無を、他人と比べるな。誰も、誰かの代わりにはなれん。ましてや、故人を追い続けても、絶対に追いつけない。このオレのようにな」
「え………」

 レンの口から漏れた意外な言葉に、敬一が目を丸くする。

「オレはすぐに戻らなければならん。だが、たまには修行をつけに来れるだろう」
「修行………」
「お前の剣は、まだまだ荒い。業物か鈍(なまく)らかは、鍛え、磨き、そして実際に斬ってみねば分からん」
「オレが、もっと強くなれると?」
「決めるのはお前自身だ。だが、自分に限度を見つけるのにはまだ早い」

 それだけ言うと、レンは道場から出て行く。
 そして、一連を外で見ていた人物に声を掛けられる。

「あいつは使えそうか?」
「さあな。だが、あいつは自分で思っている程弱くもない」

 外にいた陸からの問いに、レンは手にした木刀をかざす。
 頑丈な材木で出来たはずの木刀の刀身に、僅かだが切り口のような跡が見受けられた。

「幸い、ここには実戦経験豊富な連中が多い。任せるには問題なさそうだ」
「あいつが、それを望めばだがな」
「聞いてみればいい。今ここでな」

 レンの顔に、何かの確信を得たような笑みが浮かぶ。
 それだけ聞くと、陸は道場の中へと足を踏み入れた。

「……見てたんスか」
「一部始終な」

 道場の真ん中で、呼吸を落ち着かせるためか大の字に広がっていた敬一が起き上がって陸を見る。

「鍛えて、磨いて、斬る、か……」
「基礎は父親に叩き込まれただろう。応用なら、こちらで教えてもいい」
「………」

 敬一はしばらく無言で考え込むが、突然そこで姿勢を正し、陸に向かって両手をついた。

「お願いします、オレをアドルに………!」




「ふむ………」

 薄いモヤのような物が漂い、遠近感も定かではない空間で、徳治は虚空に映し出される息子の姿を見ていた。
 そこへ背後から静かに歩み寄る気配があった。

「心配か?」
「まあな。だが、大丈夫だろう。オレの息子だからな」
「そうだな」

 話しかけてきた懐かしい声に、徳治は応えながらゆっくりと振り返る。
 そこには、20年以上も前に亡くなった相棒の姿があった。

「久しぶりだな、練」
「そうだな、徳治。すっかり老けたな」
「享年何歳だったと思ってる。お前が死んだ後、こっちは随分大変だったんだぞ」
「知っている。見ていたからな」
「そうか。ミリアさんもお前の息子も頑張っている。もっとも、息子の方は父親に似過ぎてるのが問題だが」
「違いない」

 そこで二人は、互いに笑みを浮かべる。

「きっと、お前の息子も大丈夫だろう。挫折を知り、そこから立ち上がれば己の道が開ける。オレのように……」
「ああ………」

 表情を崩し、息子の様子を見ていた徳治だったが、やがてその映像もゆっくりと消える。

「じゃ、迎えも来た事だし、行くとするか」
「残念だが、オレは迎えに来た訳じゃない」
「なに?」

 予想外の言葉に、徳治が眉を潜める。だが、続く言葉に更なる予想外の物だった。

「オレもまだ、向こうには行ってないからな」
「………は? お前が死んでから何年経ってると………」
「死んでから分かった事だが、現世の陰気は、お前の予想よりもずっと早いペースで増加し続けている。それに応じ、世界各地で超自然的事件が増加しているが、そんな物はこれから始まる事の、序章でしかない。オレの死も、お前の死も、その序章の一片だ」
「本当かそれは!?」
「間違いない。そして、数年以内に世界を震撼させる事態が起きる。その時、オレの息子はその中心にいるだろう。そしてそれこそが、世界の命運を揺るがす、第一歩になる」
「………」

 徳治の頬を、すでに感じないはずの冷たい汗が流れる感触があった気がした。
 しばし絶句した後、ようやく徳治が口を開く。

「あと数年、あるんだな?」
「ああ、お前の息子が一人前になるまでの時間は稼げる。死人には死人なりに、出来る事もある」
「お前はずっと、それをやってきた訳か……」

 そこで厳しくなっていた徳治の顔が、不意に緩んだ。

「死んでも全く変わってないな、お前は」
「そうだな。死んでも治らないから、アホの方なんだろうが」

 練の顔も緩み、両者の間に小さな笑いが起こる。

「それじゃあ、こちらもアホになるとするか」
「時間はある。出来れば、向こうの詳細情報を教えてくれ。全てを見ていた訳でもないんでな」
「そうだな、まずは………」

 人生の全てを、己が剣で闇を斬り開く事に捧げた二人は、静かに語り始める。
 死してなお、自分達に出来る事を遂行するために…………







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