SCHOOL Days2(前)


SCHOOL Days2(前)


2030年 アメリカ

〈屈強な肉体こそが人生最高の財産〉と筋金入りの体育会系モットーが掲げられた私立アーノルド高校の門を、一台のタクシーが潜り抜ける。

「へ〜、ここか〜」
「ああそうだ」

 昇降口の前で停止したタクシーから、リンルゥが降りて校舎を見上げる。
 カードで運賃清算を済ませたレンも降りると、タクシーはその場を離れる。

「でも、本当にいいのかな〜?」
「高卒資格だけでも取れってうるさい連中がFBIにもいるからな。STARSだと実力重視だから経歴はうるさくないが。もっともその要求される実力の方が下手な経歴通じないくらい高いが」
「でもさ、捜査官実績をそのまま単位扱いなんて、技術実績にしても随分と太っ腹だけど?」
「絶対何かロクでもない事考えているんだろう。ともあれ、確か校長室はこっちだ」
「うん!」

 レンの案内で、二人は校長室を目指す。
 だが、その時なぜかこの時間ならいるはずの生徒達の姿が見当たらず、妙な殺気が満ちている事にレンは気付いていた。


「おお、久しぶりですね。ミズサワ捜査官」
「アーノルド校長こそお元気で。前にケンド兄妹の卒業式で、模範演舞と称して卒業生代表のあの二人と真剣勝負させられて以来ですか」
「いやあ、あれは非常に好評でしてね。毎年やってもらいたい位ですよ」

 満面に笑顔を称えたスーツ姿の初老の男性、この学校のアーノルド・シュワネンガ校長とレンがどこか微妙な笑顔で握手を交わす。

「では、彼女ですな」
「ええ」
「リンルゥ・インティアン・ケネディです!」

 元気にあいさつしながら、リンルゥが校長を見る。

「噂はかねがね。あのSTARSのレオン長官の娘さんで、先だっての第二次アンブレラ事件でSTARSの一員として頑張ったとか。いやはや、通信と言わずにすぐにでも通学してもらいたい物だ」
「あ、一応STARSからFBIに研修出向中なので、通学はちょっと………」
「まったく残念。いい人員ばかりそろえて、そちらの職場はうらやましい限りだ」
「変わり者ばかりですけどね」

 極めてにこやかに話を進めるアーノルド校長だったが、その目が何かを目ざとく狙っているような気がしたレンは僅かに緊張を高める。

「それでは、一応必要書類と教科書を。まあSTARSでの功績を考えれば、入学試験も何も必要ないでしょう」
「……いいんですか?」

 随分とアバウトなアーノルド校長に、リンルゥも何か不穏な物を感じつつ、渡された書類に目を通し、必要個所にサインをしていく。

「ふむ、確かに。これで君は晴れてこの学校の生徒だ。いつでも自由な時に来るといい。まあミズサワ捜査官と同じ職場では忙しくてしょうがないだろうがね」
「はい! そうさせてもらいます!」
「それとミズサワ捜査官、例の件は……」
「分かってます。戦闘技術の特別講師の件ですね? 双方の機会が会えばという事で」
「分かってもらえてうれしいよ。生徒達もあの二代目ブラックサムライの教えを受けられると聞いて目の色を変え……じゃなくて楽しみにしていてね」
「はあ………それでは、今日はこれ位で」
「こちらはいつでも構わないよ。君にだったらいつでも講義時間を融通すると教師達の承認も得ておるからね」
「それでは」

 リンルゥも一礼して二人で校長室を去ろうとする。

(……例えば、今ここでとかね)

 アーノルド校長の胸中の呟きなぞ知る由も無く、二人が廊下へと出た次の瞬間だった。

「イヤアアァァ!!」
「おおおぉぉ!」
「どおりゃあああ!!」

 気合の声と共に、手に木刀、棒術用の棒、ボクシンググローブを手にした三人の男子生徒が一斉にレンへと襲い掛かってきた。
 まるで予見していたかのように、レンは突き出されてきた中で一番長い棒を無造作に掴み、横へと振って木刀を受け止める。

「え?」
「うわ!」
「お!」
「わああ!」

 いきなりの事にリンルゥが驚く中、バランスを崩した木刀と棒術の二人に巻き込まれ、グローブの男子生徒と三人もつれ合ってその場に転がった。

「く………」
「無念………」
「何、これ?」
「やっぱりそういう事か………」

 事情を聞こうとレンが背後の校長室の扉へと振り返るが、そこでいきなり扉が完全にロックされる。

「……え〜と、どういう事?」
「お前の入学条件の一つとして、オレがここで特別講師を行うって話はしてたよな? 多分これがそうだ」
「特別講師って…………」

 事情が飲み込めないリンルゥが首を傾げる中、校内放送を示すチャイムが鳴り響く。

『それではこれより、FBI捜査官 レン・ミズサワ氏による実技戦闘特別講義を行う。講義内容はかねての連絡通り、無差別実戦戦闘、使用武器・技術は全て不問。ミズサワ捜査官を倒した生徒には全教科評定A、および希望するいかなる組織、機関への特別推薦状を交付する物とする。期限はミズサワ捜査官が当校敷地を出るまで。では、START!!』

 とんでもない内容の校長の声での校内放送の合図に、左右の廊下からどこに隠れていたのかという数の生徒が、手に手に得物を持って一斉に押し寄せてきた。

「でええぇぇ!?」
「やっぱとんでもないタヌキだ、あの校長………」

 どこか目を血走らせてレンへと向かってくる生徒達に、リンルゥがゾンビの大群とはまた違う恐怖を感じて顔を引きつらせる。
 もっとも、レンは想定していたのか懐からサムライソウル3を取り出し、マガジンを実弾から非殺傷用のゲル弾に交換する。
 素早く初弾をチェンバーに送ると、レンはまず右側の相手に向かって銃口を向ける。
 そしてためらいなく速射、狙い済ましたゲル弾は向かってくる生徒達の中で、木刀や棒、模擬槍といった特に長い得物を持った生徒達の頭部に炸裂していく。

「がっ!」
「うっ!」
「ウゲッ!」

 直撃を食らった生徒達が転倒し、手にしていた得物が零れ落ちる。
 密集していた中で長い得物に足や体を引っ掛け、生徒達は瞬く間に連鎖転倒していった。

「おわあ!」
「いてえ!」
「ちょ、踏むな踏むな!」
「どけろそこ!」
「きゃああ!」

 我先に殺到していたのが災いして、団子となっていく生徒達を確認しつつ、レンは素早く空になったマガジンを交換、今度は左側の生徒達に速射。

「おげ!」
「あづっ!」
「ちょ、まずい止まれ!」
「押すな!」
「あげ!?」

 反対側の惨状を見た生徒達が同じ轍を踏むまいと急ブレーキを掛けるが、見えてなかった後陣に押されて結局こちらもまとめて転倒していく。

「数で押すなら陣形を考えろ。数人撃たれただけでこれじゃ実戦じゃ全然通じないぞ」
「こおおぉぉ!」
「フガアアァ!」

 そこで団子から抜け出した空手着姿の男子生徒が右側から、ショートタイツのプロレスラー姿の男子生徒が左側からそれぞれ跳び蹴りとドロップキックを繰り出してくるが、レンはその場から半歩退いてそれをかわし、そのまま両者は激突してそのまま床へともつれ合って落下する。

「ふご!?」
「おげ!?」
「手の内を知らず、合わせてもいない相手と同時に攻撃をするな。このように同士討ちを誘発する」
「けえぇ!」

 そこで総合格闘用のプロテクター姿の女子生徒が地を這うような体勢からレンの足を狙って最下段の回し蹴りを繰り出してくる。
 だがレンは動かず、無造作にその蹴りを脛に食らう。

「い、痛ぁ〜い!!」

 しかし直後、逆に蹴りを放ってきた女子生徒が自分の足を押さえ込む。

「相手が何を仕込んでいるか分からない状況で急所を狙うな。逆にダメージを食らう」
「……そっか、やけに重武装してると思ったらこうなるって分かってたんだ」
「薄々な」

 普段通りの黒装束の下に、インナーアームドスーツとプロテクターまで装備してきたのを知っていたリンルゥは、半ば呆れてレンを見る。

「さて、今この学校の在校生は何人だったか………」
「次来たよ!」

 レンが悩む間も無く、今度は手に手にハンドガンやサブマシンガン、アサルトライフルに果てはどこから持ってきたのか軍隊でしか使わないようなオートマチックグレネードランチャーなどいう銃火器で武装した生徒達が一斉に整列するとレンへと銃口を向ける。

「撃てぇ!」
「伏せてろ」
「あわわわ!」

 リンルゥが慌てて伏せるその頭上を、一斉掃射された無数の非殺傷用ゴム弾やペイント弾、エポキシ噴出グレネード弾が廊下を跳ね回り、天井、壁、床を染めていく。

「さすがにこれは……!」

 リンルゥが伏せたままレンの方を見たが、そこにすでにレンはいない。

「なっ!?」

 生徒の誰かの驚愕する声が響く。
 無数の非殺傷弾が飛び交う中を、レンは先ほど連鎖転倒した人垣の影を、転倒寸前の低い姿勢で銃弾の真下を潜り抜けるように疾走していた。

「下だ!」
「早い!?」

 慌てて銃口を向かってくるレンへと向けようとするが、レンは素早く廊下の左右へと飛ぶように動き、射線をことごとく外していく。

「なんで当たらない!?」
「当たるように撃たないからだ」

 回避不能のはずの一斉斉射をことごとく潜り抜けるレンに生徒達が驚愕した時、すでにレンは人垣の上を抜けて己の間合いへと潜り込んでいた。
 人垣を通り抜ける時、手近に落ちていた誰かの木刀をレンは素早く拾い上げると、低い姿勢から一気に横へと薙ぎ払う。

「うっ!」
「ぎゃっ!」
「あげ!?」

 その一薙ぎで最前列の生徒達の手から銃火器が叩き落とされる。

「この距離なら!」
「いや、近過ぎる」

 他の生徒達が一斉に銃口を向けようとするが、レンはその中心に一気に木刀を突き出したまま突っ込んでいく。

「おぐ!?」

 グレネードランチャーを構えていた一際体躯の大きい男子生徒がマトモに刺突を食らって吹っ飛ぶ中、レンはその場に瞬時にしゃがみ込み、両脇からレンを狙っていた銃口は互いに向けて銃弾を放つ事となった。

「みぎゃ!?」
「いてえ!」
「待て待て待て、痛ぁ!」

 制止も間に合わず、全員の全身にペイントとゲルがぶちまけられる。

「斉射する時は、状況に応じての役割分担も決めておけ。相手が素直に撃たれるわけじゃない」
「はい………」
「それと射線もちゃんと確保しておけ。ああなる前に」

 レンが指差す向こう、先程襲ってきた格闘系の生徒達が流れ弾で完全に染め上がり、恨めしそうにこちらを睨んでいた。

「あ……」
「やば………」
「こら射撃部、ファストドロウ同好会、コンバットシューティング研究会!」
「覚えてろよ!」
「射撃だけで幾つ部活があるんだ………」
「あとはライフル射撃部に狙撃研究会、砲撃愛好会ですね」

 レンの呟きに答える声が聞こえ、そちらへと視線を向けると、白い修道服姿の男子生徒がにこやかな顔のままこちらへと歩いてきていた。

「か、会長!」
「4カードがもう!?」
「負傷判定した人達は下がりなさい。ホントに負傷してる人もいるようですし」
「は、はい………」

 その男子生徒の指示で、皆が手際よくそばの教室へと引っ込んでいく。

「それでは改めて初めまして。私はコンバットシューティング研究会会長、ジョー・グラン。本校在学生最強を示す現4カードの一人です」
「他の連中を下げさせたという事は、タイマンで勝負という事か……」
「ええ、あなたを倒せば私の希望する組織から分隊長として迎えてくれるという契約をしてまして」

 あくまでにこやかな顔のまま、ジョーはこちらへと歩いてくる。
 その手に何も握られてはいないが、はっきりとした拳銃ダコがある事にレンが気付いた時、両者の距離はすでに近接戦闘の距離にまで近付いていた。
 次の瞬間、ジョーが両手をかすかに反らすと同時に両袖からトラッパー仕込みでタクティカルカスタム(近接戦闘仕様)のハンドガンが飛び出してきた。

「では」

 まるでバネのようにジョーの右手が跳ね上がり、レンの頭部を狙うがレンは体を反らしながら右手の木刀でジョーの腹部を狙うが、左手の銃がそれを受け止める。

「!」

 レンは即座に左手のサムライソウル3を向けようとするが、ジョーの右手が手に銃を握ったまま絡むような動きでレンの左手を素早く払い、逆にこちらを狙ってくる。
 引き金が引かれる瞬間、跳ね上がったレンの膝が銃を持った手を斜めに弾き上げ、放たれた弾丸は壁に命中してペイントを撒き散らす。

「お前、ガン=カタ使いか!」
「いかにも」

 ジョーの体が滑るように沈み込み、逆に跳ね上がった銃がレンの胸を狙う。
 トリガーが引かれる瞬間、レンが木刀を逆に突き上げ、柄当てで更に銃口を真上へと跳ね上げて銃弾をかわす。

「これをかわすとは」
「さすがに他とは物が違う」

 映画に出てきた架空の戦闘技術を元に、一部の軍や警察関係者の物好きが総合させて構築された独自の射撃戦闘技術を駆使するジョーに、レンは笑みを漏らす。
 互いに向けられる銃口を反らし、己の銃口を向けようとする攻防を数度繰り返すが、そこでレンが大きく後ろへと下がる。

「どこでそれを覚えた? 習得の難しさから使い手はほとんどいない。STARSでも心得があるのは第六小隊のフィオ副隊長くらいだったはず」
「それは叔父です。なんでも隊長の方が産休でしばらく休むので人手が足りないから来ないかと言われてまして」
「………まさかお前の希望先って」
「ええ、STARSです」
「オレを倒せば、速隊長候補として扱ってくれるぞ」
「そこまで贅沢は言いませんよ」

 そう言うやいなや、ジョーは両手の銃を驚異的な速さで連射。
 両手がまるで機械のように動いて肩、足、頭、胴体と次々とポイントを変化、弾丸をかわすレンの動きに合わせ、ジョーも次々と射撃体勢を格闘技の演舞を舞うように変化させつつ、極めて回避の難しい対角線上の部位を狙い、弾丸を放ち続ける。

「いい腕だ」

 顔面に向かってきたペイント弾を木刀で防いだレンが、いきなり床へと向かって木刀を投げつける。

「?」

 意図する事が分からず、ジョーが構わずトリガーを引こうとした時、突然肩に衝撃が走る。

「くっ!」

 射撃体勢を崩したジョーが、その衝撃が先程レンが床へと投げつけ、計算された回転を加えられて跳ね上がった木刀が更に天井でバウンドして直撃した事に気付いた時に、レンは瞬時に間合いを詰めていた。
 開いた右手で素早くジョーの右手首を掴み、それを捻りながら銃口を反らしつつレンの体が返る。
 さらに、左手にサムライソウル3を持ったままレンの左腕がジョーの左腕に絡みつき、完全に攻撃手段を封じた所でレンの足がジョーの足を跳ね上げる。

「がはっ!」

 変形の背負い投げで受身も取れない状態で床へと叩きつけられ、僅かな間ジョーの視界がぼやける。
 そして視界が元に戻った時、ジョーの目の前にはレンが突きつけるサムライソウル3の銃口が有った。

「……参りました」
「筋はいい。あとは経験と応用だ」
「う〜ん」

 その光景を見ていたリンルゥが、自分がどうやってレンに一発入れたかを思い出そうとしていた時、突然その首を何者かが羽交い絞めにする。

「え?」
「技術は問わないって事はこういう事もいいんだよな………」

 どこか目が血走っている男子生徒が、いつの間にか自分を羽交い絞めにして銃口を突きつけている事にリンルゥが気付いた時、レンも同時にその事に気付く。

「……それで、どうするつもりだ?」
「動くな! 手前に当てればそれで……」
「そうか、なら動かない。いいな?」

 レンがあっさりサムライソウル3を懐に仕舞うが、最後の一言がその男子生徒に向けられた物でない事に気付いたのは当のリンルゥだけだった。
 リンルゥの手が、相手に気付かれないようにそっと動き、素早く自分に向けられている銃のセーフティーを入れる。

「おま…」

 相手が反応するより早く、リンルゥの手は相手の手首の骨を抑え、それを捻って関節を決めつつ銃口を自分から反らす。
 続けて自分の体を逆に相手に押し付け、暴発の可能性から逃れつつ、片足を持ち上げると相手の足の、それももっとも激痛が走るつま先へとカカトを叩き下ろした。

「みぎゃあああああ!!」
「ふんっ!」

 特注のジェットローラーブレード仕込みの靴のカカトがめり込み、相手が情けない絶叫を上げて怯んだ隙に、リンルゥの体が僅かに沈み、そして腰を跳ね上げつつ、関節を決めていた腕を思いっきり引いた。
 見事な一本背負いで相手の体が宙を舞い、床へと叩きつけられる。
 駄目押しに、相手の手から銃を奪い取ったリンルゥはためらいなく相手の両腕へと向かってトリガーを引いた。

「うがっ!?」

 両腕の上腕部、確実に相手の攻撃力を奪えるポイントにペイント弾が炸裂し、男子生徒の口から無様な声が漏れる。

「え〜と、これでいいんだよね?」
「そうだ、相手の攻撃方法を封じ、拘束を脱し、そして攻撃能力を完全に奪う。教えた通りだ」
「これはこれは……」

 リンルゥの予想外の戦闘力に、ジョーのみならず、周囲の教室から見ていた生徒達も目を丸くしていた。

「人質を取る時は相手を選べ。歳こそ同じだが、こいつは一応STARSの正規メンバーでこの前の第二次アンブレラ事件にも参戦してた奴だぞ」
「一応って、ちゃんとボクは入隊試験受かったよ!」
「ああ、かなり運任せだったが」
「なるほど、すでにアマチュアでないという訳ですか」

 リンルゥがむくれた時、再びチャイムが鳴り響く。

『現時刻を持って、講義内容に一部修正を加えよう。リンルゥ・インティアン・ケネディ研修生を倒した生徒に、希望する教科どれでも三つ、A評価を与える物とする』
「…………へ?」

 いきなりの放送内容に、リンルゥのみならず、他の生徒達も一瞬呆気に取られる。
 ただ一人、動じなかったレンがリンルゥのそばに歩み寄ると、その肩に手を置いた。

「じゃあ頑張れ」
「頑張れって…………」

 レンの方へと視線を向けたリンルゥが視線を正面へと戻すと、周囲の生徒達の殺気が自分へと向いている事にようやく気付いた。

「えええええぇぇ!?」
「かかれえ!」

 誰かの号令と同時に、アチコチの教室から沸いてきた生徒達が一斉にリンルゥへと向かってくる。

「ウソ〜〜〜〜!」

 驚愕しつつ、リンルゥは素早くシューズのカカトを叩き合わせ、内部のローラーをセット。
 小型のリニアモーターとイオンブースターを同時起動させ、リンルゥの体が一気に加速。
 そのまま廊下を疾走していく。

「追え〜!」
「逃がすな!」
「待てオレの数学救済!」
「物理と地理さえAなら新型MAC買ってもらえるのよ!」

 生徒達がリンルゥを追っていくのを遠目に見ながら、レンは反対側を向く。

「いいんですか?」
「崑崙島でゾンビの大群相手に一人でゲリラ戦やってた奴だ。あれくらいなら問題ないだろう」
「そうですか」

 ジョーが苦笑しつつ立ち上がろうとするが、投げられたダメージで起き上がれずに壁へと持たれかかる。

「無理をするな。加減できる腕じゃ無かったからそう簡単に立てないように投げた。背筋が痛んでいるかもしれん」
「確かに。それと出来れば、剣道場の方にも行ってもらえませんか? 剣道部の部員達が一番あなたを待っているので」
「そうか」

 そこでこちらへと向かってくる新たな生徒達の姿を確認したレンが、ジョーが拾って手渡してくれた木刀を手に、そちらへと向かっていった。



「待て!」
「一撃でいいから!」
「止まれ〜!」
「絶対イヤだ!!」

 背後から迫ってくる多種多様の格好で、種々の得物を持った生徒達の群れに何かSTARSの時とは別種の恐怖を感じながら、リンルゥは必死になって逃げていた。

「こっちだ!」
「ブラックサムライはダメでも、こっちなら!」
「いっ!?」

 反対側からも生徒達が迫ってくる事にリンルゥは気付くが、むしろ逆に速度を上げて疾走する。

「突っ込んでくるぞ!」
「なんの!」

 アメフトのプロテクター姿や柔道着、レスリングタイツ姿のいかつい生徒達が正面へと出てリンルゥを力尽くで止めようとするが、リンルゥは両足のジェットローラーの出力を更に上げる。

「速い!」「来るぞ!」

 危険速度に達しているリンルゥを押し止めようと屈強な生徒達が力を込めた瞬間、突然リンルゥが横へと跳んだ。

「は?」
「まさか!」

 リンルゥはそのまま壁を疾走しつつ上昇、ついには天井を上下逆転の低い体勢で待ち構えていた生徒達の頭上を通り抜け、壁を伝って再度床へと降り立つとそのまま逃亡していく。

「なんだ今の……」
「すげえ、バレルロールだ………」
「A級テクニックだぜ、おい………」

 まったく予想外のリンルゥの逃走方法に皆が呆気に取られていると、その脇を高速で通り抜けていく者達がいた。

「やば、ERAC(エクストリーム・ローラーアクションクラブ)に先越されたぞ!」
「追いつけねえよ………」


 背後から響いてくるリニアモーターの駆動音とイオンブースターの噴出音に、リンルゥは思わず振り返る。
 そこには、自分と同じジェットローラーブレードやジェットローラーボードを駆る生徒達の姿が迫ってきていた。

「いい腕してるじゃねか!」
「どうだ、ウチの部に入らないか?」
「残念だけど、ボク通信制!」
「じゃあ、オレらの補習撤回の元になってもらうぜ!」

 掛け声と同時に、高速疾走する生徒達が一斉にリンルゥへと襲い掛かってくる。

「うわ!」

 飛び込んできたボードの先端をリンルゥは上体をそらしてかわし、振り回された蹴りを素早いターンで避ける。

「もう怒った! 怪我しても知らないよ!」

 リンルゥは着ていたジャケットを跳ね上げ、その下のホルスターからベレッタ90TWO・サムライエッジカスタムを抜いた。
 マガジンを実弾からゲル弾に変えると、初弾を装填する。

「BREAK!」

 だがそれを見た生徒達は素早く散開、射線を定めないように全員がバラバラに動いてリンルゥをかく乱する。

「そういう時は!」

 リンルゥは疾走しながらも銃口を下へと向け、トリガーを引いた。

「うわ!?」

 放たれたゲル弾がジェットボードに命中し、それに乗っていた生徒がバランスを崩して転倒する。

「次!」

 続けてトリガーが引かれ、二発ほど外れた後に三発目が別の生徒の足のジェットローラーを炸裂、その生徒もバランスを崩して倒れた。

「こいつ、ローラーを狙って!?」
「動きが速ければまず動きを封じる、って教わったしね」
「これなら!」

 その事に気付いた生徒達が体勢を低くしたり壁を走ったりして己の体でローラーやボードをかばいつつ、隙を見てリンルゥへと襲い掛かる。

「なん、の!」

 体をひるがえして襲ってきた生徒をかわしたリンルゥが、何時の間に抜いたのか隠し持っていた特殊警棒を振るって襲ってきた生徒の被っていたメットを痛打する。

「もげ!?」

 予想外の攻撃を食らった生徒がもんどりうって倒れていく中、他の生徒が襲いかかろうとするがリンルゥは銃と警棒を駆使して必死に迎撃する。

「おい前!」
「へ?」

 誰かが叫んだ声に、リンルゥがすぐ手前まで壁が迫ってきている事、そしてそうそう止まれない速度にまで上げていた事にようやく気付いた。

「やべえ!?」
「ぶつかるぞ!」
「間に合わねえ!」

 他の生徒達も必死になって静止しようとするが、距離が足りず全員がとっさに防御体勢を取ろうとするが、リンルゥはむしろ壁へと突っ込んでいく。

「こ、のおお!」

 そしてその場でジャンプすると、壁へと両足から突っ込んでいく。
 ローラーが壁へと触れると同時に全身を使って壁の上をスピン、壁に盛大なローラー痕を残しながら何とか勢いを殺すと、そのまま真横にあった階段の方へと跳んだ。

「のわあああぁぁ!!」
「ひょえええぇぇ!」
「おげえええぇぇ!」

 だが後続の面々はそんな芸当は出来ず、かろうじて速度だけは少し落しつつそのまま壁へと連続して激突、団子となってその場に積み重なっていった。

「ラッキー♪」

 階段の中間点で追っ手の自滅を見たリンルゥが思わず口笛なぞ吹きつつ階段を上階へと上がっていく。

「いててて………」
「みんな無事か〜?」
「いてえ、歯折れた……」
「重てえ、早くのけろ!」

 強制サンドイッチになっていたERACの面々が悪態をつきつつ互いの負傷を確かめている所に、一つの人影が迫ってきた。

「情けねえな、おい」
「キャプテン………」
「でもあいつすげえ腕です………」

 ジェットローラーブレードにプロテクター姿、更にガムまで噛んでいる典型的なシティアメリカンの格好をした白人男子生徒を前に、自滅した面々が頭を下げる。

「とっとと怪我した奴を保健室に連れてけ。それでオレの邪魔をするな」
「! まさかキャプテン自ら!」
「でも、4カードがブラックサムライならともかく!」
「正直、オレはサムライなんてどうでもいいんだよ。だが、オレの前を走る奴だけは許せねえ………」

 噛んでいたガムを膨らませつつ、部長は己のローラーのスイッチを入れる。
 次の瞬間には、他の部員とは比べ物にならない急加速で部長の姿がその場から掻き消える。

「終わったな、あいつ……」
「ああ、エクストリームローラーで、部長を超えるJrはアメリカに存在しねえからな………」



「向こうは静かになったか?」

 耳を澄まし、先程まで響いてきていたローラーの音が聞こえなくなった事にレンは小さく呟く。

「さて、こっちはどうするかな………」

 見渡しのいい渡り廊下の手前で、レンは手持ちの鏡で通路の反対側の屋上を見る。
 そこには数えるのもイヤになるほどのスナイパーがずらりと並んでいた。
 スナイパーライフルやハンティングライフル、アーチェリーや和弓やクロスボウ、更にはマスケット銃やどこから持ってきたのか迫撃砲や機銃のような物まで並んでいた。

「オン!」

 レンは懐から呪符を一枚取り出し、真言を唱えながら印を切る。
 その呪符を渡り廊下へと投じると、呪符は人影と変ずるが次の瞬間には飛来した無数のペイント弾や麻酔弾、種々の矢や模擬砲弾で瞬く間に鉢の巣にされて四散した。

「……これ絶対殺す気だろ」

 一応矢じりは付けてないようだが、壁へと深く突き刺さっている矢もある事にレンの頬をぬるい汗が伝う。

「スナイパー通りにも程があると思うがな。さてあまり式神を使うのもフェアじゃないし」

 レンはしばらく悩むと、懐からスモークグレネードを取り出し、ピンを抜いて投じた。
 数秒後、噴出したスモークが渡り廊下を覆い尽くしていく。

「煙幕?」
「構わん! 撃ちまくれ!」

 相手の姿が見えない事も構わず、スナイパー達が一斉に狙撃を再開、無数の銃弾や矢が撃ち込まれていく。

「簡単にしとめられると思うな!」
「全弾叩き込め!」

 情け容赦ない一斉狙撃が続き、やがてスモークが晴れていく。
 そこには、壮絶にペイントや矢が散らばった無人の渡り廊下が露となっていた。

「いない?」
「だが校門に行くにはここが…」

 首を傾げたスナイパーの頭部に、いきなりゲル弾が炸裂する。

「な!?」
「どこからだ!」

 突然の事にスナイパー達が混乱する中、再度別のスナイパーの頭部にゲル弾が直撃する。

「二階だ!」
「男子トイレの窓!」
「しまった! 進むと思わせて戻ったのか!」

 ようやく相手の現在位置を突き止めたスナイパー達が再装填してレンへと狙いを定めようとするが、そこでレンが何かを思いっきり投じてきた。

「え……」
「グレネード!?」

 インナーアームドスーツの腕力を併用して驚異的なスピードで飛んできたグレネードがスナイパー達の頭上で炸裂。
 特製催涙グレネード(※香辛料成分多目)が内容物を盛大に周囲一体に撒き散らし、直後スナイパー達の目と鼻と喉に衝撃が走り抜ける。

「目が、目が〜!」
「ぶえっくしゅ!」
「ゲホゴホゲホ! こ、これ唐辛子か!?」
「コショウも混じって、だ、誰かティッシュ! ヘクシッ!」
「水! 水くれ!」

 スナイパー達が全員が苦悶する中、どこかから投じられた小柄が小さな音を立てて足元に落ちた。

「?」

 ノンストップの涙と鼻水に悶えつつその小柄を拾った一人のスナイパーが、そこにメモが一枚ついている事に気付く。

『狙撃は決して場所を悟られるな。そして相手の場所を見失ったら即座に防御に徹するべし』
「そ、その通りで……フェックション!」




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