「おっかしいな~?」 通路をローラーで疾走しながら、あれほどまでに執拗だった生徒達の攻撃がぱったり止んだ事にリンルゥは首を傾げる。 「全部レンの方に行っちゃったのかな? でも、どう見ても敵わないような………」 不審に思い始めた所で、突如背後から凄まじい音が響く。 それがフルカスタムされたジェットローラーブレードの走行音だと気付いたリンルゥが背後を振り向こうとした時、何かが迫ってきてとっさに上体を反らしてそれをかわす。 高速で飛来したそれが壁へとめり込み、ようやくその正体が明らかになった。 「よ、ヨーヨー!?」 「よくかわしたな」 背後から迫ってきた人物が、ヨーヨーを手元に戻しながら一瞬でリンルゥの前へと回り込んで反転。 互いに急ブレーキをかけて止まり、互いの顔をよく見た。 「実戦経験ってのは、そういうのも含まれるって訳か」 「あの、あんた………」 一方的に喋りつつ、ガムを膨らませる相手にリンルゥが何かを言おうとした所で、ふとその顔に見覚えがある事に気付く。 「あ、ああああ! あんた、エクストリームローラーアクション・全米Jr杯チャンプ、オズワルド・サンダース!」 「知ってたか。もっともこの国でそいつ履いててオレを知らなかったらモグリだがな」 オズワルドがガムを口に戻しつつ、手の中のヨーヨーを下へと繰り出し、引き上げて手の中に戻す。 「正直、オレはこんな講義なんて興味無かった。お前がウチの部員、全員ぶっ千切るまではな」 「あ~、あれは半分運というか」 「運? そんなのは自分の力で懐に引きずり込む物だろ。オレはそうしてきた」 再度ガムを膨らませつつ、オズワルドは手の中のヨーヨーを再度繰り出す。 「アーノルド高校、ERACキャプテン、オズワルド・サンダース。ついでにこの高校の在校生最強の四人、4カードの一人って事になっている」 「STARS第六小隊、現FBI特異事件捜査課出向捜査官、リンルゥ・インティアン・ケネディ!」 「じゃあ、始めるか」 宣言と同時に、両者のローラーが高速で回転を始める。 同時に二人が疾走を始める。 「いいの使ってるじゃねえか。どこの奴だ?」 「特注のSTARSカスタムメイド、特殊高速機動ツール《ヘルメス2》。そっちだってスポンサーからスーパーカスタムもらってるってローラーマニアックに載ってたじゃん」 「だからな、負ける訳にいかねえんだ!」 高速の状態のまま、オズワルドがいきなりタックルをしかけてくる。 「むっ!」 素早くスピンでタックルをかわしたリンルゥがお返しとばかりに銃口をオズワルドに向けてトリガーを連続で引くが、放たれたゲル弾をオズワルドは驚異的な左右のスラロームでかわしていく。 「この距離で!?」 「遅過ぎる!」 至近距離の銃撃に非常識な事を叫びつつ、オズワルドは両手のヨーヨーを構える。 スナップを効かせて投じられたヨーヨーをリンルゥはなんなくかわそうとするが、突如としてヨーヨーがその軌道を変化させてリンルゥを追跡する。 「うわ!」 リンルゥはとっさにしゃがんでヨーヨーをかわすが、壁に直撃したヨーヨーが盛大に壁の破片を撒き散らすと、オズワルドの手に戻る。 「何で出来てんのそれ!?」 「チタン皮革と重合金の複合製だ。銃なんてヤボな武器は嫌いなんでな」 今度はアンダースローで投じられたヨーヨーが地を這うようにリンルゥを追い、直前で跳ね上がって胴体を狙う。 「このっ!」 とっさに特殊警棒でヨーヨーを弾くが、その予想以上の重さに警棒を伝わって手首、さらに肩にまで衝撃が走る。 「さすがじゃねえか」 「こんな特技持ってるなんてどのローラーアクション誌にも書いてなかったよ!?」 「護身用でな。上手くなるとロクでもないやっかみを食らう」 今度は両手のヨーヨーを垂らし、宙に回転させながら静止させていたが突如としてそれが振り回されてリンルゥを狙う。 「何の!」 特殊警棒と銃で強引に襲ってきたヨーヨーを弾き返したリンルゥにオズワルドの顔に笑みが浮かぶ。 「オレもいつの間にか4カードなんて呼ばれてるが、強いかどうかなんてオレにはどうでもいい。誰よりも速ければな!」 「ボクだって、負けないよ!」 二人は廊下を凄まじい速度で、持てる限りのテクニックを持って疾走していった。 「突撃!」 「アタック!」 前方を騎馬に乗りランスを手にした騎士甲冑の部隊が、後方を全身プロテクターでモトクロスに乗った部隊がレンへと迫る。 「ジュースティング(馬上槍)部やモータースポーツ部なんてのもあったか……」 レンは半ば呆れつつ、迫り来る騎馬騎士へと突撃、一度ジャンプすると更に己へと繰り出された長大なランスを足場に二度目のジャンプを行う。 「な!」 レンの予想外の身軽さにランスを踏まれた騎士姿の生徒が愕然とする中、レンは体を小さく丸めて甲冑同士の隙間を潜り抜け、背後へと降り立つ。 「うわああぁぁ!」 「うげえぇぇ!」 目標を失った甲冑を載せた騎馬と鋼の騎馬が正面衝突し、壮絶なクラッシュ音が廊下に響き渡る。 「無事か?」 「はい……なんとか……」 「ランスの最大の長所と短所はその長さだ。潜り抜けられた時の事を考えておけ。それとこんな互いに避けられない場所で馬とバイクで密集する馬鹿がいるか。双方利点を殺すだけだ」 「分かりました……」 馬だの甲冑だのバイクだのプロテクターだのが複雑怪奇に絡んだ状態で皆が頷く中、レンはようやく校舎の外へと出た。 「さて、確か剣道場によってくれと…」 何度か足を運んだ事がある剣道場の方を見たレンは、そこの窓が開かれ、何かが広げられるのを見た。 「…………」 それは長大なロールペーパーで、そこに流麗な日本語書体で〈一騎打ち所望!〉と墨文字で描かれていた。 「さすがに無視する訳にもいかんか」 あまりに正々堂々とした挑戦に、レンはまっすぐそちらへと向かう。 閉められていた出入り口を己の手で開き、中へと一歩足を踏み入れた瞬間、突然無数の竹刀が襲い掛かってくる。 「め~ん!」 「胴!」 「突き~!」 剣道着姿の生徒達が一斉にレンへと襲い掛かるが、レンは軽く一歩下がり、振り下ろされたり横薙ぎにされた竹刀を完全に見切ってかわし、突き出された竹刀を木刀とサムライソウル3で受け止める。 「え……」 「この一斉攻撃を……」 「相手が避けられる状況で一斉攻撃をするな」 突き出された竹刀を弾いたレンが大きく歩を踏み出す。 同時に振るわれた木刀が、構えられていた竹刀数本を続け様に弾き飛ばした。 「一撃で!?」 「怯むな…」 「遅い」 残った剣道着姿の生徒達が応戦しようとするが、レンの剣閃に反応すら出来ずに次々と竹刀が宙を舞い、床に叩き落されていった。 「つ、強い!」 「強過ぎる……」 「お前達が未熟なだけだ」 一瞥をくれたレンが、剣道場の中央、そこで正座して動かない人物へと向けられる。 「一騎打ちと書いておきながら不意打ちか。まあある意味実戦的だが」 「あの程度であなたに毛ほどの被害も与えられるとは思っていません」 まるで瞑想でもするように目を閉じ、両手を膝の上に置いていた紺色の剣道着姿の短髪の人物が、ゆっくりと目を開く。 「かつて4カードだった兄を、剣のみでいともたやすく倒したあなたには」 「兄?」 ふとそこで、レンは相手の左脇に置いてあるのが竹刀でも木刀でもなく、太いユスの木で拵えた棒である事に気付いた。 「その棒、示現流で用いる物か。という事は兄とは………」 「アーノルド高校4カードが一人、剣道部キャプテン、シリル・トウゴウ。その説は兄がお世話になりました」 「なかなか強かったからな。お兄さんは元気か?」 「はい。フェイムさんと新婚旅行を兼ねて世界武者修行の旅に出ています」 「…………」 「この間、今サハラだがライオンと戦うにはどこがいいかと聞かれました」 「生態保護区だ、他の場所にしろと言っておけ」 「アマゾンでアナコンダ相手は多少てこずったとか。そう言えば、先日の第二次アンブレラ事件の際も増援に駆けつけたかったそうですが、逗留先で偽デイライト・ワクチン絡みでマフィアと地元民とのいさかいの平定に手間取り、行けなかったのを残念がっていました」 「ああ、そう言えばあちこちで似たような事あったらしいからな……」(悪影響を与えてしまっただろうか……?) 何かとんでもない話に、レンが僅かに悔恨しかけた時、いきなり背後に殺気が生まれる。 半ば反応でレンがしゃがみ、先程までレンの胴体があった位置を白刃が通り過ぎていった。 (真剣だな) 「ブルーナ! 何をしている!」 僅かに見た白刃の輝きが本物である事をレンが見て取り、シリルがその白刃の主を怒鳴りつけた。 「お前は停学中のはずだ!」 「こいつを倒せば、停学もクソも関係ないんだろ……」 真剣を手にした、狂気の中にどこか淀みの含んだ目をした、いかにもガラの悪そうな男子生徒が、構えだけは一人前にしてレンに対峙する。 「ふざけるな! そのような狂剣で…」 言葉の途中でレンが片手でシリルの言葉を制する。 「そんなに相手して欲しいなら、相手してやろう」 「へへ、悪いな。じゃあ死ね!」 笑みを含んだまま、白刃が袈裟斬りに振り下ろされるが、レンは完全に太刀筋を見切り僅かに下がっただけでかわす。 「死ね! 死ね!」 型だけは一応セオリーに沿っているが、イタズラに殺傷力のみを求めた斬撃が次々と繰り出されるが、レンはそれをどれも完全にかわしていく。 「なんで当たらねえ! しかも抜く気すらねえのか!」 「なら、抜いてやろう」 レンは手にした木刀を帯に指すと、今まで手すらかけなかった愛刀を帯から引き抜き、左手に持ったまま親指で鍔を弾いて鯉口を切る。 「やっとその気か、これで正当防衛だ!」 嬉々として振り下ろされた狂剣に、金属同士がぶつかる甲高い音が響く。 「な………」 一撃必殺のはずの刃は、レンが鯉口を切って、僅かに露出したほんの数cm程の鍔元の刃で受け止められていた。 「ば、馬鹿な!」 続けざまに狂剣が振り回されるが、レンは左手で鞘を持ち、親指で鯉口を切ったままの状態で鍔元だけでその斬撃をいともたやすく受け止めていた。 「ま、マジか………」 「すげえ………」 脇で見ていた剣道部員達が、レンの想像をはるかに上回る技に我を忘れて見入っている。 ただ一人シリルだけは、全てを漏らさず見定めようと鋭い目つきをしていた。 「こ、こんな事が………」 「気が済んだか」 無駄に真剣を振り回し、完全に息が上がっている相手に、レンは冷徹な視線を向けつつ、鯉口を戻して愛刀を帯に指す。 「ふざけんじゃねえええ!」 完全に切れたのか、完全に殺すつもりで大上段から狂剣が振り下ろされる。 次の瞬間、手を叩く音が一つ、剣道場に響いた。 「な…………」 「う、ウソだろ………」 「み、見えたか………」 「いや……早くて……」 その場にいた者達全員が、目の前で起きた事を認識しきれず、愕然としている。 振り下ろされた白刃は、レンの両手によって完全に白刃取りで止められていた。 「修練も気迫も何もかも足りん。こんな剣ではただの凶器にしかならん!」 両手で白刃取りしたまま、レンが己の腕ごと体を捻り、相手の手から剣を奪い取ると、それを離れた床に転がす。 「大人しく、地道に鍛え直す事だな、心身共に」 「ふざけるなああぁ!」 興奮のためか、口から泡を吹きながらブルーナが懐から拳銃を取り出す。 だが引き金が引かれる寸前に横手から影が振り下ろされた。 「ぎ、ぎゃああぁぁ!」 たった一撃、それでトリガーを引く人差し指の付け根だけを粉砕したユスの棒が絶叫を上げる相手の顔面に突きつけられる。 「いい加減にしろ、それ以上恥を晒すな」 「な、舐めるな!!」 ブルーナが拳銃を左手に持ち替えようとした僅かな隙に、拳銃が木刀に絡め取られ、奪われる。 「あ、返せ!」 「出来ない相談だな」 一瞬で拳銃を奪い取ったレンが、マガジンをイジェクトして装填されているのがホローポイント弾なのを見て目つきを鋭くする。 「確実に殺傷目的だな」 「この野郎が!!」 ブルーナが床に落ちていた真剣を奪おうと駆け寄るが、それよりもレンがその前に立ちはだかるのが早かった。 木刀の切っ先が、ブルーナのみぞおちに当てられる。 次の瞬間、全身の筋肉を爆発させるような勢いで繰り出されたゼロ距離刺突が、相手の体内に衝撃となって突き抜ける。 「光背一刀流、《光破断》。加減はしておいた」 一撃で白目を剥いたブルーナが、口から血混じりの胃の内容物を吐き出しつつ、その場に崩れ落ちていく。 「警察に運べ。ドラッグ使用の疑いがある」 「いえ、それには及びません。ここまでやれば校長の特別指導がありますから」 「退学か?」 「この学校には退学という物はありません。校長の手によって特殊部隊選抜訓練に強制参加させられ、心身共に鍛え上げられるだけです。死ななければ」 「……あの程度だと死ぬな」 部員達に連行されていく相手を見送ると、レンとシリルはようやく対峙した。 「お見苦しい所を見せてしまいました」 「いや、どこにでもああいうあぶれ者はいる。それをどうするかはその組織の長の才覚だ」 「そうですね。それでは、改めて……」 シリルがユスの棒を両手持ちにし、その手を右肩の位置にまで持ち上げる示現流独自の蜻蛉の構えを取る。 「参ります」 「来い」 レンも正眼に構え、しばし両者の呼吸音が響く、かすかにシリルの呼吸音が大きくなり、床をする足音が響くと同時に、裂帛の気合がほとばしる。 「チェストオォォ!!」 (出来るな) 気合と共に振り下ろされた、確実に殺傷力を持つまでに高められた斬撃がレンを狙う。 それをギリギリで見切り、レンが高速のバックステップでそれをかわしたと思った時だった。 突如として棒の切っ先が画像を巻き戻すように戻り、更なる踏み込みと共に振り下ろされる。 「!」 脳天に激突する直前で、レンは瞬時に持ち上げた木刀でなんとかその一撃を受け止める。 「止めた!?」 「キャプテンの《ミラージュ》が破られた!」 「そんな! 今まで誰一人として防いだ奴はいないのに!」 「ミラージュ? 違うな、これは示現流じゃない。新陰流の《月影》だ」 「その通りです」 必殺の一撃を受け止められた事に、微かに顔が動揺しながら、シリルが一度離れる。 「どこで覚えた」 「二年前、祖父の道場を訪れた時にそこにいた大きな犬を連れた隻眼の女性に」 「…………あいつか」 それが誰か即座に分かったレンの頬が微妙に引きつる。 「……他に何を教え込まれた?」 「色々と」 再度蜻蛉の構えを取ったシリルが、再び上段から必殺の斬撃を繰り出す。 (示現流に新陰流を混ぜただと? あいつめとんでもない事を!) 心の中で悪態をつきつつ、半身をひるがえして斬撃をかわしたレンが、ユスの棒を叩き落とそうと木刀を振り落とすが、振り下ろされたユスの棒は突然今度は斜めに跳ね上がる。 (そう来るか!) レンは振り下ろした木刀を強引に逆手のまま引き上げ、鋭角を持ってひるがえり頭部を狙ってきた一撃をかろうじて止めた。 「示現流の剛剣に新陰流の幻剣をミックスか………余程の修行を積んだな」 「部員達にも、ほとんど見せた事はありません」 「それはそうだ。正真正銘、門外不出の技だ。よっぽど見込まれたらしいな」 「だからこそ、勝ちに行かせてもらいます! チェェェェ!」 再度の上段からの斬撃が、レンの衣服の端をかすめる。 更に今度はそのままシリルの手が返り、下段からの斬り上げとなってレンを狙うが、股間に直撃する寸前に、振り下ろされた木刀の柄がそれを止めた。 「容赦が無いな。他に使った事は?」 「先日祖父の道場で。以後祖父に滅多な事でその剣を振るってはならないと言われました」 「この21世紀にこんな剣を振るう人間はそんなに多くなくていい。オレや、あいつのような人間はな!」 柄でユスの棒を抑えたまま、木刀の角度が傾けられ、極至近距離の刺突がシリルの鳩尾を狙うが、シリルは辛うじて棒から片手を離して身をひるがえしてかわす。 「あの状態から……」 「言っただろう、こんな剣を振るう人間は少ない方がいい」 「なら、私はその少数の方に行きたい!!」 目に、そして全身に闘志をみなぎらせ、シリルは次々と攻撃を繰り出す。 剛と幻、入り混じった斬撃に、レンは次々とかわし、防ぎ、弾いてそこから反撃に転じる。 徐々にだがその攻防の数が入れ替わっていき、やがてシリルの方が防戦へと追い込まれていく。 「すげえ……」 「これが本当のサムライの闘い方………」 「チェエエストオォォ!」 壮絶な死闘を部員達が見つめる中、渾身の力を込めたシリルの上段からの斬撃が、レンの木刀によって止められた。 「!」 「どうする?」 鍔迫り合い状態で、シリルがなんとか押し込もうとするがレンの木刀は微妙な力加減で強く押し込まれた時は同じ力で押し返し、弱くなった時はこちらも弱くして完全に相手の動きを封じていた。 「………くっ」 「申し分ない腕だ、その歳でよくここまで極めたな。だが、それ以上極めるつもりならば覚悟がいるぞ」 絶対的な技量差をシリルが感じ取ったの見たレンが素直な忠告を告げる。 だがそこで、相手の目が更に鋭くなったのに気いた時、突如としてシリルはユスの棒を手放した。 そして棒が落ちる間すら待たず、空いた両手が交差してレンの襟首を掴む。 「え……?」 部員の誰かが声を漏らす中、シリルの体が素早く反転しつつレンの懐に潜り込み、交差させた両手で襟首を締め上げつつ、足でレンの体を思いっきり跳ね上げた。 「イヤアアァァ!」 全く予想外のシリルの投げ技に、レンの体が宙を舞う。 そのまま床へとレンの体が叩きつけられたように見えたが、瞬時にレンは跳ね上がって再度構えた。 「キャプテンが投げ技!?」 「ジュードーの心得があるなんて聞いてないぞ!」 「裏柳生、《朧(おぼろ)落し》か……そんな物まで教わっていたとはな」 投げる前にレンが飛んで完全に威力を殺されていた事にシリルが気付き、床に落ちていたユスの棒を手に取ろうとした時、右肩に激痛が走って棒を取り損ねる。 「これは……! 先程の技の変形ですか……」 「光背一刀流、《光破断・朧》だ。あの投げは前に食らった事があるんでな」 投げられながらも、柄で攻撃を放っていた事にシリルが愕然としつつも、なんとか左手でユスの棒を拾い上げて構える。 「止めておけ、もう勝負は見えてる」 「いいえまだです。まだ、闘えます………」 「そうか、なら全力で来い。加減はしない。出来る程お前は弱くないからな」 レンが一度構えを解き、木刀を腰の帯へと指して半身を引き腰を少し落しながら柄に手を添える。 「イアイヌキ!」 「み、見れるのか!? あの伝説の技が!」 居合の構えを取ったレンに、部員達が一瞬でも見逃すまいと目を見張り、シリルはゆっくりと片手で棒を蜻蛉に構える。 両者、そのままの体制でしばし呼吸を整え、同時に息を吸う音が響いた瞬間、互いに床を踏みしめる音が響いた。 「チェストオオォォ!!」 片手とは思えない速度のシリルの斬撃が、レンの頭部の中央に一寸の狂いも無く振り下ろされる。 だが、それはレンの頭部を打ち砕く直前で止まった。 「み、見事………」 渾身の一撃を叩き込む直前、レンの繰り出した神速の居合が己の胸にめり込んでいるのを見ながら、シリルが血反吐を吐いてその場に倒れ込む。 「キャプテン!」 「大変だ!」 「すぐに救急車を呼べ。アバラが3本程折れている。肩も大分痛めているはずだ」 部員達が大慌てで駆け寄る中、レンの指示で数人の部員が剣道場の外へと飛び出していく。 「一つ言っておく。お前は気を張り過ぎている点がある。悪い事ではないが、一度張り詰めた気が途切れればそう簡単に戻す事は出来ず、その結果実力を出し切れずに終わる事になる。特に女性ならばな」 「……!」 そこでシリル、本名シェリル・トウゴウが思わず剣道着の胸、その下の晒しで硬く縛り上げた乳房を抑えた。 「……いつ気付きました?」 「最初から薄々な。確信したのはさっき投げられた瞬間だが。ポーズかどうかは知らんが、無理に自分を誇示するのは逆効果だ。ついでに教えておくが、お前に新陰流を教えた女も、ポーズで己の目をえぐったはいいが、後で残った目を酷使し過ぎて悪くしてな。頑としてそれを隠そうとするから、かなり骨を折って特殊義眼を埋め込ませたんだ。そうそう骨を折ってくれる相手がいるとは思うな」 「……参りました。完全に」 がっくりとうなだれるシェリルに、レンは少し悩んで口を開く。 「ついでに言えば、あいつは他人にロハで技を教えてくれるような気前のいい女じゃない。明らかに目をつけられてるから、今の内に縁を切っておけ」 「考えておきます」 すでに手遅れかもしれないな、とレンは思いつつ、剣道場を後にした。 最後のゲル弾が虚しく虚空に消え去り、90TWOのスライドが後退して止まる。 「う……」 リンルゥは思わず実弾のマガジンに手が伸びるが、思い留まって90TWOをホルスターに戻した。 「オレは実弾でも構わないぜ。当たる気は無いんでな!」 リンルゥの前を疾走していたオズワルドの手から、ヨーヨーが繰り出される。 「こ、の!」 リンルゥは特殊警棒でなんとか弾き落すが、続けざまに放たれた別のヨーヨーが肩口をかすめていく。 「う、痛……」 かわしきれなかったヨーヨーのダメージが体のあちこに刻まれていく中、リンルゥはオズワルドを睨むように見た。 その背後に、壁の段差が見えたがオズワルドは軽く跳ねていともたやすく超えていく。 その様子を足元、正確には窓から無数の生徒達が覗いていた。 「すげえ………」 「金取れるぜこれ……」 二人が疾走しながらの激闘を繰り広げていた場所、校舎の外壁にローラー痕が無数に刻まれていった。 (速い……!) 幾らジェットローラーで疾走可能とは言え、重力に90度逆らいながらとは思えない速度のオズワルドにリンルゥは圧倒されていた。 「これなら……!」 リンルゥが校舎の壁ギリギリでターンしようとした所で、向こうは遥かに早く、鋭角にターンして前に回りこまれる。 (鋭い!) どうにか優位に立とうと、リンルゥは今度は真上に向かって疾走し、速度を付けてそのまま虚空へ飛び出すとエアターンでオズワルドを狙おうとするが、反転した視線の先には壁と地面が見えるだけだった。 「え?」 そこで己の頭上が翳った事にリンルゥが気付き後ろを振り向くと、リンルゥの更に上空にオズワルドの姿が有った。 (高い!) 「ふんっ!」 「うわ!」 ヨーヨーを握り締めた拳が振り回されるのを、特殊警棒を前にしてリンルゥは防ぐが、そこで足が壁に接地してない事に気付いた。 「うわわわわわ!!」 「おい、落ちるぞ!」 「キャアア!」 ギャラリーと一緒に悲鳴を上げながら、リンルゥはとんぼを切って辛うじて片足だけ壁に押し付け、出力を全開。 落下速度をなんとか減衰させつつ、地面へと激突すれすれでもう片足も付けると凄まじいスピンで地表スレスレを回りながら、再度壁面を上昇していく。 「さすが全米Jrチャンプ………ローラーアクションじゃ全然敵わない………」 「そうだな。少し期待してたが、期待外れか」 リンルゥはオズワルドの超絶的なテクニックに、圧倒的な実力差を感じていた。 「どうする? オレも死人は出したくない」 「テクニックなら勝てそうないけど、実戦経験ならこっちが上だよ!」 半ば負け惜しみを言いながら、リンルゥは脳内にあの激しい死闘を思い浮かべる。 「……あっ」 「? 何か思いついたか」 「うん、勝ちに行くよ!」 会心の笑みを浮かべたリンルゥは、何を思ったのか手にしていた特殊警棒を投げ捨てる。 そして脛のプロテクターの裏に隠しておいた鞘から、レンから譲り受けた護刀・玲姫を抜いた。 「ナイフ、いやサムライブレードか。だがオレに届くと思ってるのか!」 玲姫を手に突っ込んでくるリンルゥに、オズワルドは更なる速度で突撃する。 「このアメリカで、オレに勝てるJrローラー使いはいねえ!」 「ローラーなら、ね!」 激突目前で、オズワルドの手からヨーヨーが放たれる。 容赦なく顔面目掛けての攻撃に、リンルゥは僅かに身をかがめ、額をヨーヨーがかすめて血しぶきが噴き出す。 「このぉ!」 「!?」 気合と共に、リンルゥが手にした玲姫を思いっきり壁へと突き刺した。 意図する事が一瞬分からなかったオズワルドだが、直後に突き刺さった玲姫を支点として、加速が付いたリンルゥの体が旋回した。 「ばっ…がっ!」 悪態をつく間も無く、振り回されたリンルゥの足がオズワルドの体を直撃。 予想外の攻撃に、その体がバランスを失い、地面へと落下していく。 「ちいっ!」 オズワルドは思わず落下しつつもバランスを取り戻そうと何度か体を捻るが、ローラーがどうしても空を切る。 止められないと判断した途端にヨーヨーを繰り出し、手近の窓をヨーヨーで突き破るとその窓枠にヨーヨーを絡めさせ、地面への直撃を寸前で止める。 「……くそ」 何とか転落は免れたが、自分の両足、そのローラーが何も踏まずに地面スレスレを空転しているのを見たオズワルドが悪態を尽き、ヨーヨーの糸を外して地面へと降り立つ。 「このオレが、コースから弾き出されるとはな………」 「大丈夫!?」 そこで、リンルゥが心配しながら壁伝いに地面へと降り立つ。 額から血を流しつつも、心底心配そうな顔を見たオズワルドは思わず苦笑した。 「負けだ」 「え?」 「オレの負けだよ。さすがSTARSだな」 「あ、いやあ……ちょっとイカサマだったけど」 「何言ってやがる。正真正銘、お前の勝ちだ」 オズワルドはそう言いながら、ポケットをまさぐるとそこからバンソウコを取り出してリンルゥへと投げ渡す。 「誰にも文句は言わせねぇ。強いぜ、お前……」 「あは、そうかな……」 思わず笑いつつ、リンルゥはそのバンソウコを己の額に貼り付けた。 |
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