Silver Soul
《前編》



西暦2003年 日本 某所


「どうなっている………」

 荒い呼吸音を響かせ、異様な速度で脈打つ己の心音までもが周囲に響いているような気がした男は、片手に銃を握り締めたまま、残った手で口を塞いでなんとか呼吸音だけでも消そうとする。
 計画は順調だった。
 セクトメンバーの入国も、武器の密輸も日和見平和主義のこの国では予想以上に簡単だった。
〈中東圏に置ける米軍協力への報復〉、自分達にしてみればあまりにも正当な理由だったが、綿密に練られたはずのテロ計画が、今いとも簡単に崩壊していた。

「どこだ、あいつはどこに………」

 逃げ込んだ部屋の中から外を伺おうとした時、男は先程まで聞こえてきていた銃声が途絶えている事にようやく気付く。

「馬鹿な……まさか全滅!?」

 最悪の展開を予想しながら、男は再度身を隠す。
 何が起きたのか、実はそれすら判然としない。
 気付いた時には、セクトメンバーが一人、また一人と倒されていた。
 半ば混乱状態となって誰かがトリガーを引き、そのマズルフラッシュに黒い影が照らし出された事は覚えている。
 次の瞬間、そのトリガーを引いたメンバーの首から鮮血が噴き出した事も。

「まさか、あれは………」

 男の脳裏に、計画の準備をしている最中、たまたま見たこの国の歴史ドラマが思い出される。
 影から影へ、決して表に姿を現さない、この国特有の戦士の事を。
 その時、男の耳に足音が飛び込んで来る。

「!?」

 心臓が口から飛び出しそうになる感覚に捕われながら、男がそっとそちらを伺う。
 姿を見せない影達の中央、唯一その姿を隠そうとしなかった人物の事を。

(落ち着け、あいつは銃を持っていない。防護服くらいは着ているだろうが、部屋に入ってくると同時に背後から蜂の巣にすれば……)

 幾分冷静さを取り戻し、男はドアの真横の壁にへばり付き、息を殺して相手が部屋へと入ってくるのを待つ。

(まだだ、もう少し、すぐそこまで来てる……!)

 足音が部屋の手前まで来た所で、止まる。

(バレた!? いや、銃もグレネードも向こうは使っていない。突入してくるしかないはずだ!)

 自分の今までの経験から、必ず来るであろう突入の瞬間を逃さないように男はトリガーに震える指を掛ける。
 だが、その瞬間は来る事は無かった。
 代わりに、聞きなれない音が男の耳に響く。
 何かが空を切る音、何かが切断される鈍い音、そして少し間を置いて何かの液体が床へと垂れる音。

「?」

 最後の音がやけに間近から聞こえる事に男は何気なく己の体を見た。
 そしてようやく気付く。それが己の腹から溢れ出す血の音だという事に。

「こ、これは!?」

 驚いた男が体勢を変えようとした時、突然視界が倒れていく。
 何が起きたか理解出来ない男の目に、その場に残っている己の下半身と、綺麗に切断された胴の断面、そして壁に刻まれた斬撃の跡が続けて飛び込む。

「そんな馬鹿な事がっ!」

 何が起きたかをようやく理解しつつ、それを拒否しながら男が叫ぶ。
 床に己の上半身が叩きつけられ、噴水のように血を噴き出していた下半身も程なくして崩れ落ちる。

「う、あ………」

 全身が痙攣を始め、意識が薄れていく中、男はようやく部屋へと入ってきた相手の姿を見た。
 それはこの国特有の黒い髪と瞳を持った、20そこそこの若い男だった。
 この国の人間にしては白い肌を持ち、目鼻口はどことなく細く中性的な印象すら受ける。
 だがその瞳は、揺ぎ無い刃の鋭さに溢れている。
 全身にまるで鎧を思わせるプロテクターをまとい、そして一番の特徴はその手に握られた細く、そして彼の瞳と同じ輝きを持った一振りの日本刀だった。

「こいつで最後か」
「他はすでに鎮圧しております」

 いつの間にか若い男の背後に、全身を黒い装束でおおい、目以外の顔まで黒い布で覆った男が膝をついて報告をする。

「サムライ……ニンジャ………」

 実在するとは思ってなかった東洋の戦士達の名を呟きながら、両断された男の意識は闇へと落ちていった…………



「〈クレーマー〉への〈対処〉は完了した。〈後片付け〉を頼む」

 作戦の終了を伝えると、若い男は作戦に参加した部下達を集める。

「損害は?」
「蔦葉が流れ弾に当たりましたが、軽傷。他の者は無傷です。現在、清蔵と邦牙がABC兵器及びトラップの確認をしております」

 若い男の背後、黒装束に身を包んだ忍者が報告をする。
 全身を忍び装束で覆い隠しているので分からなかったが、その声は若い女性の物だった。

「清蔵と邦牙はそのまま残って、処理班と共に徹底的にこのアジトを洗わせろ。それと陸幕と協力して犯人の身元確認及び協力者の洗い出しに全力を注がせろ」
「御意」
「オレは戻って詳細を報告する。分かった事があったらすぐに知らせろ」
「心得ました、宗明(むねあき)様」

 若い男の頭上に、一機の消音ヘリがいつの間にかホバリングしている。
 そこから伸びるラダーに手をかけると、男は一気にそれを上ろうとするが、ふと手を止めて女忍者の方へと振り向く。

「それと不知火、最近お前に残業させ過ぎだと朝霧に怒られたぞ」
「は? 朝霧伯母にですか?」

 今まで感情のほとんど無い声で喋っていた女忍者、不知火の声に当惑が混じる。

「当人に言っても聞かないから、オレに言っておくだそうだ。後は任せてお前も一緒に戻れ」
「いえ、せめて処理班に受け渡しを行ってから」
「班長からの命令がいいか、それともオレからのお願いの方がいいのか?」
「う………」

 言葉に詰まった不知火に、男、宗明は苦笑。

「迷うくらいなら帰るぞ。いいな?」
「……分かりました」

 渋々といった感じで、不知火もラダーに掴まる。
 一人の侍と一人の忍者を乗せ、ヘリはその場を飛び立っていった。



「入ります」

 日本の首都、東京の片隅にある雑居ビル、表向きは小さな警備会社の看板が架けられるているが、その看板に記されていない地下階の一室に、宗明はノックの後に入る。

「目標の処理は無事に完了。現在後処置の最中ですが、爆発物が少し見つかりましたが、どれも時限装置のセッティング中で設置されたものは無い模様」
「そうか。処置が完了したら報告書を出してくれ」

 室内にいた、鋭い目つきをした精悍な中年男性が報告を聞くと、少し険しい顔をする。

「班員に負傷者は?」
「蔦葉が軽傷を負いましたが、任務の実行に支障はありません」
「ならば実働班総員に48時間の休暇を与える。恐らくその後に新しい仕事が入る」
「またテロリストですか?」
「いや、違う。詳細は休暇後に話す。お前も休め宗明」
「しかしせめて目標の情報だけでも」
「与えたらお前は休暇返上で情報収集にあたるだろう。後を継いでもらう前に過労死されては困る」
「それはまだまだ先の話でしょう、父上」

 苦笑しつつ、宗明は己の上司である父の言う事に従う事にして部屋を退去する。

「お前なら、出来る。日本の暗部を総括し、十兵衛を名乗る事が………」

 部屋の中にだけ響いた呟きを、宗明は聞く事は無かった。



 何事にも、表裏は有る。
 世界でも有数の治安を誇ると言われる日本に置いても、その常からは外れる事は無い。
 世界中に商社が進出する日本は、その逆の可能性を多く孕む事を知る者は表にはほとんどいない。
 世界的シェアを誇るには、それと同等のリスクも発生する。
 そしてそれは、時にテロ行為として何も知らない者達に牙を向く。
 故に、日本は古来から独自の諜報能力を持つ技術者を発展させてきた。
 決して表に出ない、影の治安維持者達。
 内閣情報調査室 特務部隊。その実働班を率いる者こそ、柳生 宗明。
 日本人なら誰もが知る、日本最強の侍の血を受け継ぐ者………



「め〜ん!」「どう〜!」

 道場内に、子供達の声が響く。
《柳生新陰流剣道場》の門下生である小学生達が、心身の鍛練のために竹刀を振るう中、師範の前垂れを付けた宗明が一人一人に指導を行っていた。

「肩に力が入りすぎだ。あと踏み込みのタイミングが早過ぎる」
「はい!」
「力任せに竹刀を振るいすぎだ。もうちょっと体全体を使うといい」
「おう!」
「二刀流はもうちょっと成長してから」
「え〜、師範昨夜の宮元 武蔵見なかった?」

 親切に子供達にあれこれ指導する中、練習終了のチャイムが鳴る。

「よ〜し、今日はここまで。全員気をつけて帰るように!」
『は〜い!』

 子供達がぞろぞろと引き上げていく中、それと入れ違いに和服姿の若い女性が道場の中へと入ってくる。

「宗明様、頼まれていた物こちらに」
「ああ悪いな不知火」

 その女性、普段は柳生家の使用人兼道場の事務をしている忍者の不知火が手渡したリストには、ネットで調べ上げた現在公開中の映画の一覧が印刷されていた。

「さて、何か面白いのはやってたかな……不知火は何か見たいのは?」
「そうですね……」

 ふとそこで視線に気付いた二人が道場の入り口の方を見ると、更衣室に向かったはずの子供達がじっとこちらの方を見ていた。

「ぜってえデートの予定だぜあれ」
「いっつも映画だよね」
「しかもアクションやSFばっか」
「もうちょっとムードのあるの見にいけばいいのに〜」
「あなた達!」

 不知火が怒鳴ると、子供達はクモの子を散らすようにその場から去っていく。

「まったく………子供のくせに変な事ばかり覚えて……」
「子供なんてそれくらいの方が平和でいいさ。だから、私や君のような〈影〉がいる」
「……そうですね」

 力強く断言する宗明に、不知火は微笑を返した。



翌日 某映画館前

「やれやれ、日本はもう少し危機意識を持った方がいいかもしれないな。レインボーブリッジ封鎖にあんな手間取っていては間に合わない」
「仕方の無い事かと………宗明様ならどうします?」
「そうだな………被害の出ない個所をこちらで爆破してそれを向こうの警告とすればどこも簡単に許可を出すだろう」
「警察では使えない手ですね……」
「それこそ、不知火の得意技だからな」

 笑う宗明の携帯が高らかに鳴る。

「おや?」

 それが滅多に使われないプライベート用の携帯だという事に宗明自身が軽く驚きながらそれを着信する。

「はい宗明、なんだ? 本当か? どこのに……ああ分かった。こちらから行く」
「どうなされました?」
「母上が病院に担ぎ込まれたらしい。大事はないようだが………」
「本当ですか!? 最近具合が悪いとはいってましたが……すぐに行きましょう!」
「中央病院だそうだ。ここからだとすこしかかる…」

 最後まで言い終える前に、一台のタクシーが二人のそばに止まる。

「お乗りください、班長」
「況哉、さすがに私用では…」
「いえ、別に構いませんよ。どうしてもというなら代金を払ってもらえば」
「……そうするか」

 有事用に自分のそばに常時いる隠密護衛兼移動手段の忍者に礼を言いつつ、二人はタクシーへと乗り込んだ。



 病院へと辿り着いた二人が、ナースステーションで聞いた病室へと向かうと、そこから出てくる人影と目が合った。

「父上」
「宗明、それに不知火も一緒か」
「母上の容態は?」
「……まあ直に当人に聞いた方がいいだろう」

 珍しく少し戸惑っている様子の父に、宗明が疑問に思いつつも、病室へと入る。

「あら、デートの邪魔をしたみたいね」

 病室のベッドの上、中年にまだ届いてないような女性が、宗明と不知火の姿をみて苦笑している。

「母上、大丈夫なのですか?」
「紅羽さんがせっかちでね。すこし具合が悪くなっただけなのに救急車呼ばれたのよ」
「しかし……」
「むしろ、健康な証拠よ。だって………」
「え?」


 病室から出てきた宗明が、廊下で待っていた父に微妙な表情を向ける。

「聞いたか」
「はい。正直まだ信じられませんが……」
「実を言うと私もだ」
「まあ、確かに20以上も離れた兄弟ができるというのは珍しいでしょう」

 後ろにいた不知火の言葉に、父子はそろって苦笑。

「母上はまだ若いからな。今まで出来なかった方が不思議かもな」
「あれはあまり体が丈夫ではないからな。出来れば他に子を作る気は無かったが………」
「母上が私を生んだのは16の時だった気がしましたけど? お陰で学生時代はよく姉と間違われましたがね」
「……………」
「まあまあ、弟さんか妹さんかまではまだ分からないみたいですが」
「こればかりは天の采配だからな」
「もうしばらくすれば分かるだろう。最近は生まれるまで教えてくれないらしいが」

不知火がなんとか間を取り持ち、その場を収める。

「……今日の内に十分に休息を取って置け。次の仕事は少しハードになるかもしれん」
「一体どういう仕事で?」
「後で教える」

 やけに厳しい声で呟く父の姿に、宗明は言い知れぬ不安を感じていた。



翌日
「アンブレラ社? あの製薬会社の………」
「世界規模で展開している有数の製薬会社だ。実はこの会社内で、生物兵器の製造疑惑が起きている」

 機密オフィスで渡された資料とそれについての説明に、宗明は視線を鋭い物にする。

「五年前のアメリカ・ラクーンシティの事を覚えているか?」
「確か、街一つがレベル4伝染病に罹患し、軍による消去作戦が行われたという話では?」
「表向きは、だ。実は詳細はラクーンシティ内のアンブレラの研究所でバイオハザードが発生し、その証拠隠滅に米軍が力を貸したというのが真相らしい」
「そこまで危険な物とは………それが、日本国内に?」
「伊豆沖の離島、表向きはアンブレラ社の保養施設となっているが、調査の結果明らかに保養施設とは思えない大規模なエネルギー反応が出ている。この施設の直接調査、場合によっては関係する全てを消去しろ」
「了解しました」
「……海外では、人体実験すら行っているとの情報も未確認だがある。十分に注意しろ」
「はっ!」

 そこで宗明は、父が少し難しい顔でため息をついた事に気付いた。

「実は、ラクーンシティの生き残りが国内にいる」
「! 本当ですか!?」
「しかも、御神渡の人間だ。水沢 練、名前は聞いた事があるだろう」
「徳治氏の相方を務めている、光背一刀流の皆伝でありながら、銃も使う異端の陰陽師として有名ですね」
「数ヶ月前から、彼は失踪している。どうやら国外でこの一件を追っているらしいのだ。国内にいれば、助言くらいは聞けたかもしれんのだがな………」
「徳治氏や仁頼氏は何か聞いているのでは?」
「二人とも急な仕事に奥羽の方で連絡が取れない。武装レベルに制限はしない、十分な装備で向かえ」
「了解しました」


同日深夜 伊豆沖上空大型ヘリ内

「ABC(アトミック・バイオ・ケミカル)防護に甲種武装許可………ここまで必要なのですか?」
「柳生の機動部隊まで出動を打診したとか。重武装テロリストとの殲滅戦でもない限りは許可なぞおりませんよ」
「生物兵器の正体が分からない。毒物やウイルスのような生化学兵器なら防護だけですむが……上がさすがに機動班まで出動の必要は無いと言い張ってな」
「総理か内閣か、票と支持率稼ぐしか考えてない連中に振り回されるのはいつもの事ですがな」
「自衛隊のように危険地帯で銃は持っても弾込めるなと言われるのよりはマシかもしれんぞ」
「甲賀から何人か影の護衛についてたんだよな。帰ってきたら甲賀の橋雲の奴、すげえやせてたな………」
「あのデブがあんなに細くなるなんて、こっちの内勤もきついが、向こうの外勤もきつそうだよな。もうちょっと危機感持った内閣でも出来ればいいんだろが」
「そんなの選挙で受からねえって」
「違いねえ」


 忍び装束の上からマスク、更に普段は用いない銃火器や腰にグレネード等の爆発物まで装備しながらグチる部下達に指示を出しながら、宗明は少し考える。

「どうかしましたか宗明様?」
「少し気になる事があってな」
「気になる事とは?」
「水沢 練という人物の事だ。前に聞いた話だと、御神渡の分家筋ながら剣の才はあったそうだが、現当主の徳治氏の大才に引け目を感じ、一度剣を捨てたというのを前当主の仁頼氏が話していた。だが、アメリカから帰ってきた彼はまるで別人のように激しい修行に挑み、四年で皆伝まで鍛え上げたらしい。一度捨てた剣を再度拾い、皆伝まで鍛え上げる程の理由が、ラクーンシティにあったのではないかと思ってな………」
「一度捨てた剣を拾う理由………」

 不知火も首を傾げる中、仕込み武器の具合を確かめていた忍者の一人が声を上げる。

「そういや班長、兄になるそうですね」
「あ、ああ。まさかこの歳で兄弟が出来るとは………」
「めでたい事じゃないですか。弟と妹、どっちがいいんです?」
「さあ、急に言われてもな………」
「弟だったら次期当主の座にライバル出現か?」
「いやあ案外母親似の妹かもしれないし」
「室長似の妹だったらちょっと問題だな……」
「いや、案外クールな女侍になるかもしれんぞ」
「それはそれで強力なライバルだな」

 にこやかに部下達が勝手な想像をしながら談笑する中、機内に電子音が鳴り響く。

『降下ポイントまであと五分です』
「全員、準備はいいか」

 操縦席からの通信に宗明が部下達を見ると、そこには先程までのなごやかさなど霧散し、冷徹な忍者の顔となった者達が、降下準備を整え、顔を防毒マスクで覆っていた。

『降下ポイント到着しました』
「降下!」

 宗明の号令と同時に、一人の忍者が先鋒を切って機外へと飛び出す。
 飛び出した直後、その忍者は腰のベルトに取り付けておいた筒を手に取り、スイッチを押しこんだ。
 すると筒から煙幕が噴き出し、上へと立ち上ってヘリと後に続く忍者達を完全に覆い尽くす。
《霧隠れの術》と呼ばれる忍術にレーダー拡散粉末を混ぜて現代用にアレンジされた煙幕と夜闇に紛れ、忍者と宗明が目的地へと降下、パラシュートが開くギリギリの高さでパラシュートを開いて音も無く着地していく。
 目的の島へと着地すると、皆が素早くパラシュートを回収、素早く一箇所に集めると一人の忍者が両腕を前へと突き出す。
 その忍者の腕に目立たないように取り付けらたノズルから特殊な溶液が噴出、パラシュートを瞬く間に溶解し、跡形も無くしていく。
 侵入痕跡を消去している間に、他の忍者達は周囲に散開、手に手にナイトスコープや赤外線センサーで辺りを観察する。

「森林部、赤外線センサー多数」
「施設入り口部に守衛、帯銃の可能性あり」
「明らかに保養施設じゃないな」
「班長、これを」

 地面へと向けて音波探知機を向けていた忍者が、ヘッドホンを宗明へと差し出す。
 それを耳にした宗明は、僅かに聞こえる機械音のような物に眉を潜める。

「フィルター(雑音消去)レベルは?」
「これが限度です。だがこれはまるで工場では………」
「どうやら、予想以上の事をやっているようだな………予定通り、二班に分かれて内部を探索。何が行われているかを突き止めろ」
「了解」

 宗明の指示を聞いた忍者の半数が、かき消すようにその場から立ち去る。
 残った者達は宗明と共に、正面入り口へと向かい、武装しているとは思えないまったく足音を立てない走り方で進んでいく。
 やがて入り口とその脇に有る守衛室の前までくると、忍者の一人が長さ30cm程の筒を取り出し、マスクを取ってそれを口に当てる。
 微かな風切り音と共に、筒内の吹き矢が飛ぶと守衛の首筋、正確に頚動脈に刺さる。
 吹き矢に塗られた薬品が守衛の体内に数瞬で回り、その瞳が虚ろになる。
 すかさず別の忍者が影から影へと移動しながら守衛室に近づき、周辺にカメラの類を探すと、その死角から守衛室の中へと潜り込む。
 潜り込んだ忍者は警報装置を見つけ出すと手際よくそれを解除し、入り口の開放スイッチを押した。
 入り口が開いていくと、それが潜れる隙間になると同時に、忍者達は次々中へと侵入し、守衛室の一人を残して再び閉められる。
 中に入った忍者達がそれぞれ物陰に隠れ、通路内のカメラやセンサーの有無を確認していく。
 入り口脇、カウンターらしき物の陰に隠れていた宗明に向かい、皆は用心して声ではなく手信号でそれぞれ情報を送る。

(カメラ数機、赤外線センサー、それに電波遮断か。あからさまに怪しい事をやっていると宣伝してるような物だな)

 宗明はしばし考え、天井にある通気ダクトを見つけると忍者の一人に合図を送る。
 それを受けた忍者は、腰から小型のタンクがついたクナイを二本、ダクトの中へと投じると、全員がガスマスクの状態を確認する。
 そのまま数分間、クナイの小型タンクの催眠ガスがダクト内へと吸い込まれていくのを待つと、全員が一斉に動き出す。

「どれくらい効いたと思う」
「この施設が入手した図面通りなら、この階は大丈夫かと」

 それを聞いた宗明が素早く合図を送ると、忍者達は数人ずつに分かれて散開、探索を開始する。

「宗明様、この階には気配はほとんど感じません」
「だろうな。恐らく本命は地下だ」

 自分の後ろについて来た不知火の言葉に賛同しつつ、宗明は手近の扉の脇にへばりつく。
 不知火がそっと扉の中を伺うと、そこは休憩室のような所で、白衣姿の科学者らしき白人男性がカップ麺を前にガスの効果で眠りこけていた。

「何か聞きだせるか?」
「やってみます」

 不知火は室内へと入ると、その科学者の前に回り、首筋に解毒剤の注射を打ち込む。
 解毒剤が効いてきたのか、薄めを開けた科学者の前に不知火は人差し指を立てると、その先に小さな火が灯った。

『聞こえているか?』
『あ………』

 相手が白人のため、英語で話し掛けた不知火に相手が反応を示す。

『ここで何が行われている?』
『新型BOWの……開発……』
『BOWとはなんだ?』
『Bio Organic Weapon、一体で特殊部隊に匹敵する戦闘力を持った生物兵器………』
『ここで開発されているBOWの詳細は?』
『ハンター型の量産体勢の確立、そしてタインラントタイプ新型《トール》……だがトールはオレの管轄じゃない………』
『人体実験が行われてるというのは?』
『行われている……だがこんな末端じゃあまり素体は回ってこない………』

 炎を使った暗示で聞くだけ聞いた不知火は、科学者の首筋に手刀を当てて再度相手を眠らせる。

「予想以上に恐ろしい事が行われてるらしいな」
「これはもう、調査で済むレベルじゃありませんね………」
「BOWとやらの情報を集められるだけ集めて、ここは処理した方がいいだろう」

 科学者の口から語られた信じがたい情報に当惑する素振りも見せず、宗明は淡々と任務のレベルを繰り上げる。

「班長、二班と合流しました。この階は保養施設としての設備しかありません。邦牙が地下へのエレベーターを発見しております」
「ガスの投入後、地下へ侵入する。ここはそうとう危険な生物兵器を研究しているらしい。総員に必要時には銃火器及び破壊術の使用を許可する」
「はっ!」

 別の部屋を探索していた部下からの報告に指示を出すと、宗明は用心のために寝ている科学者の胸のIDカードを取って地下へのエレベーターへと向かう。
 だがエレベーターの前へと来た時、宗明の背に悪寒が走る。

(何だこれは?)
「……班長、何か嫌な予感がします」

 感の鋭い部下の呟きに、皆が同意を示す。

「……全員、全武装及び全術の使用許可。この先、何かいる…………」

 戦闘時以外、普段はあまり頼らない直感が示す危険を感じた宗明は、指示を出しつつ腰の愛刀、《日向正宗》の鯉口を切っておく。
 階下へのボタンを押し、開いていくエレベーターの中に催眠ガスのボンベが投じられると、誰も乗らないままエレベーターが下へと下がっていく。
 エレベーター内にガスが充満していき、階下につくと同時に外へとガスが溢れ出す。
 その頃合を見計らうと、上階のエレベーターの扉が強引に開かれ、止まっているエレベーターの上へと忍者達が降下、通気口を外すと止まっているエレベーターから地下階へと侵入していく。
 上の偽装保養施設と違い、地下には近未来的な研究施設が広がっていた。

「ガスが回りきってない可能性や研究室ごとに遮へいされている可能性もある、注意して探索しろ」

 小声で指示を出す宗明に、部下達は無言で頷くと散開する。
 宗明も不知火を含めた忍者数名と手近の研究ブースに向かい、先程入手したIDカードでロックを解除。
 扉が開くと中に催眠ガスの小型ボンベが投げられ、しばし待ってから中へと入る。

「な、なんだこれは………」

 そこにあった物に、誰もが絶句する。
 白衣の科学者達が倒れている向こう、幾つもの機械が繋がれた円筒のような物に液体が満たされている。
 だが、その中にいるのは見た事も無い怪物だった。
 体型的にはゴリラに似ているが、体毛の類は無く、光沢のある皮膚に覆われた緑色の体に、鋭利な牙が並んだ大きな口、そして長く伸びた腕には異様に鋭い爪が生えている。

「これがBOWとやらか………」
「生物兵器というには、あまりに凶悪過ぎます……」
「まるでB級ホラーだな」
「班長、これを」

 ショックから立ち直った忍者の一人が、動いていたPCの一台を操作してあるデータを探り出す。
〈Hunter BATTLE No.12〉と振られたそのデータには、目の前の調整槽らしき物に浮かぶ怪物が、銃を持った特殊部隊らしき者達と闘う光景が映し出された。
 必死になって銃を乱射する者達に向けて、怪物はその鈍重そうな体からは想像できないような跳躍と共に、その長い腕から繰り出された爪を振るい、一撃で相手の首を切り落としていた。

「これは……」
「恐ろしい戦闘力だ。こんな物を量産されては大問題だ。生体停止措置は取れないか?」
「英語の上に専門用語が多くてなんとも………」
「データ及び関係者ごと焼き払うしかなさそうだな。政治的取引でどうこうできる代物とはとても思えん」
「爆薬が足りればいいのですが………」
「班長」

 そこで別の部屋の探索にあたっていた忍者の一人が背後へと現れる。

「大至急、見ていただきい物が」
「これの事か?」

 宗明がハンターの入ったカプセルを指差すが、その忍者はハンターを見て少し驚いた表情をするが、首を横に振る。

「それ以上に恐ろしい物が」
「以上、だと?」



 探索にあたっていた全ての忍者達が、その部屋に集合していた。
 いかな状況にも冷静さを失わないように修行を積んだ忍者達だったが、それを見て絶句しない者はいなかった。
 それは、彼らを統べる宗明も同じだった。

「こんな物が実在するとは………」

 彼らの視線の先、厳重に隔離された牢獄の中に、異様な囚人がいた。
 その全身が腐り、ただれ、目は濁ってまともに見えるとも思えない。
 それならまだマシな方で、中に性別の判断すら出来ないほどに全身が崩れている者すらいる。
 どう見ても生きているとは思えない状態の囚人達は、それでもなお蠢き、怨嗟の声を上げている。

「ゾンビ? 本物の?」
「まさか、そんな………」
「分かりました」

 そのあまりの異様さに言葉を失う者達の中、データを調べていた忍者が声を上げる。

「これはBOW製造の際に使われるベクターウイルス《T―ウイルス》の感染者です。これに感染、発症すると生体能力が異様に強化され、結果それに耐えられない個体は細胞が壊死を始め、個体維持のために異様なまでの食欲を示す、とあります」
「つまり、これでも彼らは生きている訳か………」
「それと、ラクーンシティ壊滅の原因はこのT―ウイルスの漏洩が原因です。新型ウイルスの製造に関するトラブルが原因でバイオハザードが発生。その結果ラクーンシティ全域でこのゾンビ症状とT―ウイルス変異体が大量発生。外部への漏洩を防ぐために街ごと焼却措置が取られたというのが真相です」
「……そんな所を生き延びた者がいたとはな」
「はい?」
「いやこちらの話だ。調査は中止、すぐにここを完全に焼却させる。ラクーンシティの二の舞を日本で起こす訳にいかん! ありったけの爆薬を使え!」
「待って下さい。アンブレラはこの手の研究施設にバイオハザード発生時の対処として自爆装置を設置しているようです」
「場所は?」
「この更に下、地下五階です」
「起爆方法は分かるか?」
「パスコードが必要ですが、この中には……」
「再度班を二分、自爆装置の起動方法を探し出せ。手段は問わん」
『はっ!』

 返答と共に、半数の忍者がその場から掻き消える。
 残った宗明は、再度披見体となっているゾンビ達を見る。

「今まで色々な物を見てきたが、ここまで人間を冒涜する所業があるとはな………」
「……確かに」
「前例の実験では、知性を多少保ったまま、不死状態寸前までの治癒力を持った実験体も存在したようです」
「狂気のまま、死すら許されない存在か………」

 身の毛もよだつような実験データに、宗明は静かに目を閉じる。

「アンブレラを徹底的に洗う必要があるな………確か国内に一つ工場があったはず」
「そこでも実験が?」
「分からん。だが、こんな物は日本に、いやこの世界には必要ない」
「はい」

 不知火がそう応えた時、突然室内にアラームが鳴り響く。

「気付かれたか?」
「いえ、違うようです」

 鳴り響く英語の警告に耳を傾けた者達が、その意味を理解すると同時に目を見開く。

「この下でBOW暴走によるバイオハザード発生の危険性だと?」
「我々の侵入があだになったか」
「どうしますか? 宗明様」
「我々も向かう。BOWを確実に処理するぞ」
『はっ!』

 宗明を先頭に、残った忍者達が縦列となって階下に続くエレベーターへと向かう。

「総員、防護に気を使え。もしT―ウイルスに感染すれば、我々もああなる」
『………』

 エレベーターの中、宗明が発した言葉に先程見たゾンビの事を思い出し、忍者達の間に沈黙が訪れる。
 エレベーターは静かに階下に向かい、そして扉が開く。
 開くと同時に見えたのは、閃光だった。

「これは!?」

 それがライトの類の発する光ではなく、電撃のような雷光だと気付いた宗明は目を覆いながら光の発生源を見た。
 そこには、英語で何かを叫びながら警備員らしい男達が銃を乱射している。
 だが吐き出される銃火に対応するように雷光が瞬き、それは徐々に強くなっていく。
 やがて、一番先頭にいた警備員が絶叫と共にこちらへと吹き飛ばされてくる。
 エレベーターのすぐ脇の壁に叩きつけられた男は口から血を溢れさせながら即死。
 それを見ていた宗明と忍者達は、すぐにその死体の違和感に気付いた。

「焦げている……」
「違う、これは感電!?」

 まるで雷にでも打たれたような全身が焦げた撲殺死体に、皆が疑問を浮かべる中、それをもたらした物が通路の向こうから姿を現した。

「あれは!?」

 それは、身長が2m近い巨人だった。
 全身を発達した筋肉が覆い、それに対して肌は白くぬめりを帯びているようにすら見える。
 体型的には男性に見えるが全裸の股間には性器は見当たらず、その目には何の表情も浮かんでいない。
 両手は20cm程はあるスパイクが数本生えた鈍器のような拳となっており、そこからスパークが走っていた。

「FU〜CK!!」

 警備員が絶叫しながら銃弾を至近距離で浴びせるが、それが体表に触れると同時にスパークが走る。
 そして何事もなかったかのようにその巨人は拳を警備員へと叩きつけた。
 拳が叩きつけられた瞬間、警備員の全身を青白いスパークが走り抜け、警備員は殴り飛ばされた時にはすでに即死していた。

「攻撃!」

 宗明の言葉と同時に、我に返った忍者達がクナイや手裏剣を投じ、銃を構えて一斉攻撃を仕掛ける。
 だがクナイや手裏剣が巨人に突き刺さったかと思った瞬間、スパークと共にそれらはすべて弾かれ、銃弾も同じ運命を辿る。

「これは!」
「電磁障壁!? こいつ、恐ろしい高電圧を帯びている! それがすべての攻撃を弾いているのか!」

 昔見たSF映画の知識が、現実の物として襲ってくる事実に宗明は驚愕する。

「ならばっ!」

 物理攻撃が効かないと忍者が一人前へと出ると、両手を胸の前で人差し指と中指だけ立たせる印を組みながら合わせ、それを解くと床へと両手を叩きつける。
 するとその両手を基点として床が砂のように崩れていき、こちらを見つけて向かってくる巨人の足が砂へと埋もれて鈍る。

「オン!」

 今度は別の忍者が同じように印を組むと、両手を前へと突き出す。
 こちらは袖口や襟元から蝶、正確には蝶を模した切り紙が無数に湧き出し、巨人を覆っていく。
 紙の蝶も巨人に触れる前に電光のスパークによって燃え落ちていくが、それに染み込んでいる揮発性の毒薬が宙へと漂っていく。
 人間ならば致死量に達する量の毒だったが、巨人は僅かに怯んだだけで再度力任せにこちらへと向かってくる。

「砂がらみも胡蝶も効かない!?」
「散れっ!」

 接触した鉱物を超音波破砕する能力と風を起こす能力、どちらもそれだけでは殺傷力が低い物にアレンジを加えて作り上げた《忍術》が通じない相手に、宗明は素早く一時撤退を宣言。

「奴との交戦は不許可! 打開策が見つからない限り、逃げてここごと爆破する!」
『はっ!』

 ただならぬ相手と悟った忍者達が一斉に姿を消す。
 宗明も不知火が起こした煙幕に紛れ巨人の視界から逃走した。
 さすがに忍者の速さにまでついてこれないのか、巨人をその場に取り残したまま、全員がその場からの逃走に成功した。

「信じられん、生物があれほどの高電圧を発し続けるとは………」
「昔、甲賀に雷撃を使える者はいたそうですが、あそこまで絶対な防御力を持ってはいなかったと聞いてます」
「陰陽寮や神宮寮にもあんな非常識な術者がいるという話は無い。これがあまたの生体実験の成果という訳か………」

 二人きりとなった宗明と不知火の耳に、突如として奇怪な咆哮が響き渡る。
 そちらを向いた先にいたのは、カプセルの中に浮かんでいた《ハンター》と呼ばれるBOWが、こちらへと向かってくる所だった。
 即座に不知火の手からクナイが飛び、ハンターの喉元へと突き刺さる。
 人間はおろか、大抵の動物ならば致命傷になるポイントに狙いたがわずクナイは突き刺さるが、ハンターはわずかに怯み、口から血を垂れ流しながらも向かってくる。

「なるほどな」

 こちらへと向かって、データの映像通りに高々と跳躍し、鋭い爪を振り下ろそうとするハンターに、宗明は冷静に白刃を袈裟懸けに振り下ろす。
 攻撃が空振りし、なおかつ胴体斜めに深く斬り裂かれたハンターが、断末魔の絶叫と共に倒れ、その場でしばしもがいてようやく絶命する。

「確実に殺傷というよりは破壊しなければ死なぬか………」
「お手を煩わし、申し訳ありません、宗明様」
「次からは脳を狙え。気管や頚動脈を切った程度では死にそうに無い」
「はっ」

 実際に戦ってみて、改めてBOWという存在を理解した宗明が、その恐ろしさに不快感を感じていた。

「さっきの化け物が暴れたせいか、セキュリティが役に立たなくなってるようだな」
「確かに。この様子だとどうやら他にも暴れている物がいるかと」
「皆が不覚を取らねばいいが……」
「我ら伊賀忍びにその心配は不要です」
「忍びと言えど人間だ。油断もあればミスもある。それをさせないようにするのが班長の仕事だ」
「はっ」

 刀に付いたハンターの血を懐から取り出した半紙で拭った宗明は、しばし刀身を見つめた後、鞘へと収める。

「処理班は防疫準備までしていたか?」
「生物兵器との話でしたので、一斑が防疫体勢を」
「それまでに余計な物は全て処置しておく必要があるな」

 どこか別の場所から響いてくるハンターの咆哮と、それに続く銃声に宗明は決意をこめて呟く。

「問題はあいつか………恐らくあれが《トール》、北欧神話の雷神の名を関したBOWだろう」
「蔦葉の胡蝶の術を食らいました。倒せずとも、ダメージは残っているかと」
「……だといいが。果たして、あの怪物に我々の常識が通じるのか?」



 緊急事態を知らせる非常灯が付いた通路に、何か動き回る奇怪な音が響き渡る。
 だが間近にまでその音が近づいてなお、通路には何の姿も見えない。
 そして人の物とも獣の物とも違う奇怪な咆哮が響き渡った。
 常人ならば、そこでようやく天井に張り付き、うごめく異形を発見しただろう。
 それは人のような四肢を持っていたが、頭部はまるでダニのような虫のそれを持ち、全身を短く黒い毛が覆っている。
 その異形は、細く長く伸びた片腕の先に、鎌のような鋭い爪を持ち、それを目前の獲物へと向けて振るっていた。
 しかし、直後に響いたのは鈍い金属音だった。
 狙われていたはずの獲物、その異形と同じように天井に張り付いていた忍者は、忍び装束の下に仕込まれていたチタン製手甲で異形の爪を受け止め、次の瞬間逆手に構えた忍び刀を振るい、異形の首を斬り飛ばす。
 斬り飛ばされた巨大な虫の首が床に落ち、続けて胴体も床へと落ちる。
 しかし首を失ってもなお、胴体はしばらく蠢いていた。

「正真正銘の化け物か………」
「そのようだな」

 思わず呟いた忍者の声に、咆哮を聞いてこちらに来た宗明が応える。

「班長、ご無事でしたか」
「清蔵もな。他の者は?」

 名を呼ばれた忍者が、天井から剥がれるととんぼを切りながら靴の踵を叩き合わせ、靴底にセットされていたカギ爪と特殊粘着剤を靴底に仕舞うと宗明の前に片膝をついた。

「階下に向かいました。あれはまだこの階にいるようなので、私は警戒に当たっておりました」
「引き続き警戒に当たれ。もし階下に来るようならすぐに知らせろ。交戦は不許可だ」
「しかし…」
「お前も見たはずだ。あれの前には下手な攻撃は通用しない。打開策が見つかるまで…」

 言葉の途中で、すさまじい轟音が響いてくる。

「何事だ!?」
「爆発音ではありません!」
「恐らくは崩落かと」
「崩落、まさか!」

 嫌な予感がして音のした方向へと三人は向かう。
 辿り着いた先には、床から階下へと貫く巨大な穴が空いていた。

「これは………」
「……爆薬の類の匂いはいたしません」
「信じられん、すさまじいまでの力で五層の構造材が破壊されている……象でも暴れたかのようだ」

 周囲を検分した不知火と清蔵が唖然とする中、ふと宗明は穴のそばに何かが転がっている事に気付く。

「これは……」

 それは、あちこちが焦げたハンターの死体だった。その死に様よりも、宗明はそれに刻まれた歯型に目がいった。

「齧られてますね……」
「獣の物ではありません。人の物に似てますが……」

 その言葉に、宗明の脳内にここで目にした幾つもデータと推測が結びつく。

「確か、T―ウイルス感染者は異様な食欲を見せるとあったな。始終高圧電流を発電させるとしたら、どれだけのエネルギーが必要になると思う?」
「! まさか」
「あれがこの怪物を襲って食ったと………」
「しかも、口に合わなかったようだ。皆が危ない!」

 床に空いた大穴に、三人は次々飛び込むと、下の階に降り立ちトールの後を追う。

(だが、どう戦う? 銃弾も刃も効かない相手と………)




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