前編 タイガの特徴を如実に示す針葉樹の森の中、文明の介入を拒む極寒の地の中に、まるでそれに抗うかのように、その建物は有った。 雪の白と壁の白地が溶け込むかのように建つその建物は、その偽りの静寂を脱ぎ捨てていた。 建物から幾つもの警報が鳴り響き、敷地内をアサルトライフルを持った剣呑極まりない者達が右往左往している。 警報の元を探す怒号や命令が飛び交う様子を、研究所から離れた丘から見る一人の人影がいた。 「……今更気付いたのか」 双眼鏡の向こうが騒がしくなってきたのを見届けた人影は、一息吐いて双眼鏡を降ろす。 二十代半ば、若さゆえの果断さと経験を示す熟練さ、それを併せ持つ鍛え上げられた刃の鋭さの瞳を持つそのくすんだ色の金髪の男は、喧騒を他所に手にした腕時計型ビーコンの反応を確かめる。 ほどなくして、一機のヘリがこちらへと向かってきたのを見た男は、ビーコンの通信スイッチを入れた。 「こちら“イーグル”、任務完了。回収を」 『了解、送り狼が来ない内にな』 ヘリからの応答と同時に、乗降用のラダー(はしご)が降りる。 男が足元に置いてあった小型だが頑丈そうなアタッシュケースを手に取り、それに手を伸ばした時だった。 突然、背後の雪に埋もれた地面が盛り上がる。その盛り上がった地面が割れたかと思うと、そこから奇怪な怪物が出現した。 『!』 それに気付いたヘリのパイロットが絶句する。 それは、ゴリラのような頑強そうな体躯を滑るような表皮が多い、鋭い牙と爪を持った異形の猛獣だった。 男は、そちらに振り向くと同時に、懐から自分の分身とも言える武器を素早く抜いた。 装弾時全重量2kg、オートマチックピストル最大の12.7mm口径、その威力をいや増す10インチバレル、〈拳銃〉の枠に当てはめるのも難しいその怪物銃、デザートイーグル50AEが、吼えた。 放たれた50AE弾が、男へと襲い掛かろうとしていた怪物に炸裂する。 怪物の頭部に命中した弾頭は、自らの威力でひしゃげ、怪物の頭部内をかき回し、かき回した内容物を伴って反対側へと突き抜ける。 たった一発で、怪物の頭部はほとんと原型を残さず、吹っ飛んだ。 その効果を横目で確かめつつ、男はラダーに手を伸ばす。 乗客を一人増やしたヘリは、そのままその場を飛び去る。 あとには、遠くから響く警報と、ただの肉塊と化した怪物の躯が、極寒の冷気の中に取り残されていた。 12時間後 ワシントン ペンタゴン内部一室 「任務ご苦労だった、レオン君」 「仕事だからな」 CIAの上官のねぎらいに、男―レオン・S・ケネディはぶっきらぼうに応える。 「アンブレラ関連の仕事は嫌がる人間ばかりでね、進んで受け持ってくれる君には感謝している」 「……交換条件の方、忘れてはいないだろうな?」 「無論だ。君のような優秀なエージェントの頼みを断る訳にもいかないからな」 「ならいい」 それだけ言うと、レオンは踵を返して上官の静止も聞かず、部屋から出て行った。 後に残った上官は、彼の態度にため息をついた。 「少女の保護と引き換えの従属か………そんな物であれ程の男をどこまでここに繋ぎとめていられるか…………」 翌日 同ペンタゴン内部 トレーニングルーム 「よお、また生きて帰ってきやがったか」 CIAエージェント用のトレーニングルームで、備え付けのチェアに座って運動後の休憩をしていたレオンに、同僚のエージェントが声をかけてくる。 「よくもまあ無事なモンだな。アンブレラ関係の仕事なんて、任務中死亡率トップなんだぜ」 「ラクーンシティに比べれば、あれくらいなんともない」 「街一つの住人が全員ゾンビになったって噂のアレか…………」 そばにいた別の同僚が、二人の話に加わってきた。 「確認されているだけで生き残りは十人に満たなかったって話だろ。どうやって生き残ったんだか」 「逃げ回ってたんじゃねえのか?」 「逃げるだけでは生き残る事は出来なかった…………」 侮蔑交じりの言葉を気にもせず、レオンはふと過去を思い出す。 〈警官〉として赴任するはずだった街の変わり果てた姿、守るべきはずだった〈市民〉のなれの果て、突きつけられた〈真実〉………… そのどれもが、自分のそれまでの人生観を一変させるに足る物ばかりだった。 そして事実、自分の人生は一変した。 〈警官〉から〈エージェント〉へ。 市民の安全を守る〈表〉の舞台から国家の安全を守る〈裏〉の舞台へ。 選択の余地は、無かった。 だが、それも全ては……… 「…い、聞い………おい」 「あ、ああ何か言ったか?」 そこで声をかけられていた事に気付いたレオンが我に帰る。 「前から聞きたかったんだがな、BOWってのはどう対処すれば勝てる?」 「ああ、それオレも知りたいな。講義幾ら聴いてもピンと来ないし」 「一度闘ってみればいい。そうすればどういう奴らか分かる」 「だから、そのために勝つ方法を…」 「勝つ方法は、これだ」 そう言うと、レオンは汗拭き用のタオルに包まっていた物を抜いた。 いきなり眼前に突きつけられたH&K VP70に同僚の顔から一気に血の気が失せる。 「お!?お前、何でこんなとこに銃持ってきてやがるんだ!?」 「これがBOWを相手に勝つ方法だ。たとえトイレの中だろうが、女とベッドにいる時だろうが、一切の油断をするな。オレはそうやって生き残った」 「ここでも、か?」 「ああ」 銃口を下げてその場を去るレオンの姿を、周囲の人間は呆然として見送った。 数日後 アンブレラ某支社 「間違いないのか?」 「はい、外部への感染は今の所防げていますが、処理をしない限り時間の問題かと」 「至急本部に手配を」 「分かりました」 半日後 ワシントン ペンタゴン内部一室 「前任務から帰還してすぐで申し訳ないが、君にはミッドウェーに行ってもらいたい」 「ミッドウェー?確か、アンブレラの研究所があったはず」 レオンの問いに、上官は頷く。 「数日前からその研究所が音信不通になったとの情報がもたらされ、現在確認中だが研究所内でT―ウイルスによるバイオハザードが発生した可能性が高い。その研究所の実態及び研究内容の調査に行ってもらう」 (火事場泥棒か………) 「無論君一人ではない。今軍の特殊部隊が出動態勢を整えている。それに随伴という形になるだろう」 無言で考えるレオンに取り繕うように、上官は付け加える。 「三年前、ラクーンシティの封鎖作戦にも参加した部隊だ、多少なりとてBOWへの対応は出来るが、場数においては君に適うべくもない。よろしく指導してやってほしい」 「生き残れれば、な………」 短く言いながら、レオンはその場を後にした。 同時刻 アンブレラ ミッドウェー研究所 体を黒地のタクティカルスーツに防弾チョッキ、顔をガスマスクで覆い、手にサブマシンガン、ベルトに手榴弾で重武装した兵士数名が、ヘリから人気の無い研究所へと降り立つ。 「目標は地下二階の主研究室の研究データ及びそのサンプル。A班はセキュリティの確保、B班はルート確保に向かう。交戦は各自判断に任せる。作戦開始」 隊長の言葉に無言で頷いた兵士達が、即座に行動を開始する。 「さて、何人生き残るか。それとも、またオレ一人か……」 幾多の地獄を生き抜き〈死神〉と呼ばれる男―ハンクは、そう呟きながら部下達の後を追った。 三時間後 北太平洋上 輸送機内 手渡された新品の装備をいじりながら、レオンは機内を見回す。 壮絶な訓練で鍛えぬかれ、ただそこにいるだけにも関わらずどこか威圧感が漂う重装備の特殊部隊の隊員達が、ある者は談笑し、ある者はレオンと同じように装備をいじっている。 「よおCIA、そいつの使い方は分かるのかい?」 隊員達の中でも一際大柄な、2m近い身長と100kgを上回っているだろう体重(無論、筋肉で)を誇る隊員が、レオンへと話し掛けてくる。 「H&K(ヘッケラー&コック)社製、次世代用突撃銃OICW XM29か………実物を触ったのは初めてだ」 「オイオイ…………」 通常のアサルトライフルを上下に伸ばしたような無骨なデザインをし、マイクロコンピューターを使用したFCS(火器管制システム)を内臓した、まだ実戦配備もされていないアサルトライフル・グレネードランチャー一体型の最新鋭銃を、レオンはしげしげと見つめる。 「大丈夫なのか?こいつのFCSは慣れが必要だぞ?」 「撃って当てれば問題ないだろう」 「さすがラクーンシティの生き残りは言う事が違うな」 レオンの隣、口笛なぞ吹きつつコンバットナイフで木像のような物を彫っていた兵士が茶化す。 「全員ラクーンシティへの封鎖作戦に参加していたという話じゃなかったか?」 「封鎖はしてたさ。化け物との交戦経験も多少はある。だが、豊富と言える奴はここじゃあんただけだろうな」 「……そういう事か」 「そういう事。あんたはオブザーバーって訳だ。資料幾ら見ても、よく分かんねえしな」 「あまり資料はあてにしない方がいい。状況によっては生態が変化してる事もざらじゃないからな」 「進化論バンザイ、ってか?っと」 何か彫っていた兵士が、彫り終えた物をレオンへと手渡した。 「何だこれ?」 「お守りだ、胸に入れときゃ一命取り留めるかもしれんぞ」 「逆に呪われそうな気がするがな」 手渡された奇妙な像のような物を取り合えずサイドパックの中に放り込んだ時、機内通信が入る。 『あと15分で到着だ。臨戦体勢を』 その一言で、全員の雰囲気が鋭い物へと変わった。 皆が無言で薬室に弾丸を装弾し、セーフティを確認。通信機の機能チェック、FCSのモニター機能を兼ねているバイザーメットを被ってその動作確認といった一連の作業を黙々と済ませていく。 「じゃ、アドバイス頼むぜ」 「できたらな」 ロケットランチャーを背中に何発も背負って固定している巨漢の兵士に返答しつつ、レオンもXM29に装弾し、腰のホルスターに収まっているデザートイーグルの感触を確かめた。 「降下準備!」 海兵隊あがりの猛者である隊長の命令と同時にパラシュートが手渡され、それを背中に背負う。 全員の緊張が肌で感じ取れる中、レオンは降下の為にドアへと並ぶ列の最後尾についた。 (何人、帰って来れるかな………) 「降下!」 ドアが開かれ、そこから隊員達が次々とダイブしていく。 「なあ」 「なんだ?」 「あいつら、生きて帰れると思うか?」 降下の体勢に入ろうとしていたレオンに、最後に降下するべく残っていた隊長が口を開いた。 その口調には、先程の軍人を象徴するかのような力強さは無い。 「さあな、オレも生きて帰れるかどうか」 「そうか」 無意味とも取れる会話の後、レオンが虚空へと飛び出していく。 それをしばし見ていた隊長は、すぐに顔を元の軍人の物へと変えると、自分も虚空へと飛び出した。 耳元を過ぎていく風切り音を聞きながら、レオンの体は地表へと向かっていく。 落とさないように体に固定されたXM29を、用心のためにいつでも取れるように握り締めつつ、高度を調整。 ほどなく、目標の研究所が視界に飛び込んでくるのを確認すると、降下体勢を取りパラシュートを開いた。 風圧を受け、パラシュートが一気に膨れると、衝撃と共に速度が急激的に落ちる。 その時点でレオンはXM29を抜き、セーフティーに指をかけつつ、降下地点の安全を確認した。 ふと、研究所の研究棟の側を不自然な動きで動く人影を見つけると、そちらに銃口を向ける。 「狙うには遠いか。だが、間違いなく………」 地面が寸前まで近付いてきた所で、レオンは向けていた銃口を下ろすと、ヘリポートらしき舗装路面へと着陸した。 周囲に特殊部隊の隊員達が続々と着陸し、集合、整列する。 「全員いるな!」 「はっ!」 人員に欠員がいない事を確認した隊長が、緊張している隊員達を一瞥すると、命令を下した。 「ブリーフィング通り、二班に分かれAチームはセキュリティの確保、Bチームは地下研究室への侵入。データに無い怪物との交戦はなるべく控えろ。例え相手が小型だろうと油断はするな!」 「イエス、サー!」 「それでは作戦…」 隊長の作戦開始、の言葉を遠くからの銃声が遮る。 「先客か」 「のようだな」 フルオートの銃声が響いてくる方向を、皆が思わず見る。 だが、その後微かに聞こえてきた絶叫に、隊員の何人かが思わず唾を飲み込む。 「注意しろ、次はお前らかもしれないぜ」 レオンの一言が、全員の背中に冷たい汗を流させる。 「死にたくなかったら任務なんか忘れて逃げな。ここはもう、〈人間〉の住む世界じゃないからな」 「……そうもいかないのが軍人のツライ所だ」 レオンの言葉に今すぐにでも頷きたい心情を押さえ込み、隊長が低く応える。 「Aチームの指揮はオレがするが、Bチームの指揮はお前に頼みたい」 「階級なんてないぞ」 「あんたはこの世界をよく知っている、それが指揮権委託の理由だ」 「イエス、サー」 半分冗談めかしてレオンは応えながら、二つに分かれた部隊の片方を指揮して進み始める。 「よろしく頼むぜ、班長」 「分かっている。周辺警戒を怠るな。あいつらは横から来るとは限らない。上空も地中も危険地帯だと思え」 「ダウジングでも用意してくるべきだったか?」 レオンのすぐ後ろ、お守りの木像をくれた隊員が笑えないジョークをとばしつつ、左右を警戒しながらついて来る。 「おい!」 目的の研究棟の目前に立っている人影に気付いた隊員が、その人影に声を掛ける。 それに反応したのか、人影がゆっくりと振り返る。 「!?」 その顔が醜く崩れ、腐敗を始めているのを見た隊員達が思わず息を飲むが、唯一レオンだけがそれに動じず、セーフティーを解除してトリガーを引いた。 3バーストにセットされたXM29が5.56mmライフル弾を三連続で吐き出し、その人影、T―ウイルスに感染した人間のなれのはて、〈ゾンビ〉の頭部を砕け散らせる。 「ラクーンシティでゾンビなんて見飽きたんじゃないのか?」 「いや、間近で見たのは初めてだ………ラクーンシティじゃ、周囲を包囲していただけだし、遠くから狙撃した事しか………」 「……頼りになる話だな」 そこへ、周囲からうめき声と共に何体もゾンビが現れ始める。 「いいか、首から上を狙うか、胴体を吹き飛ばせ。行くぞ!」 「い、イエス、サー!」 レオンが率先して銃火を放ち、反射的に返礼しながら隊員達もトリガーを引いた。 無数の銃弾が近寄ってきていたゾンビ達を貫き、腐肉と腐汁を撒き散らかす。 「うわっ!?」 目前まで近寄ってきたゾンビに隊員の一人が思わずグレネード弾を発射し、距離が近すぎたために信管は発動せず、爆発しないままグレネード弾はゾンビの胴体を貫通し、離れた場所で爆発する。 「ひぃいっ!」 腐臭のする顎(あざと)で隊員に噛み付こうとしたゾンビの頭部が、その目前で撃ち抜かれて力を失い、体は隊員へともたれ込む。 「おわあぁ!?」 「もう死んでる」 もたれ込んできた死体を慌てて跳ね除けてあとずさる隊員を、横からの銃撃で救ったレオンが呆れた顔で見た。 「ゾンビ相手には弾数をばら撒く事は考えるな、複数で来ても一体ずつ確実に仕留めろ。でなければ食い物にされるぞ」 「あ、ああ………」 カクンカクンと音がしそうな程首を縦に振りながら、襲われた隊員は隊列に戻る。 「さすが、頼りになるぜ班長」 「この程度でそんな事言ってると、命が幾つ有っても足りなくなるぜ」 多少キツメに言い放つと、レオンは研究所の裏口に当たるドアへと取り付く。 その左右に素早く隊員が展開し、銃口を扉へと向けて警戒する。 警戒態勢が整った所で、レオンはドアノブを回す。 鍵がかかってなかったのか、ドアはあっさりと開き、素早く隊員が二人飛び込んで内部の安全を確認する。 危険が無いと判断すると、後続の隊員達に合図して、他の隊員達も内部へと侵入する。 「研究所内部に進入成功。これより第一研究室に向かう」 『了解、開発中のBOWの暴走も考えられる。注意しろ』 「イエス、サー」 「一つ言っておくが」 通信役の隊員の報告に、レオンは思い出したかのように付け加える。 『何だ?』 「インドア・アタックの癖は全て忘れるように言っておけ。あいつら相手には臆病であればあるほどいい」 『……そうか、分かった』 「全員に言っておく。突入する前に必ず内部を確かめろ。出会い頭に数発撃ち込んだだけじゃあいつらには効かないからな」 「イエス、サー!」 隊員達の復唱を聞きつつ、レオンは予め見せられていた研究所の内部図を脳内に思い出しつつ、捜索ルートを思案する。 「このまま第一研究室まで前進、ただし図面と違う点が一箇所でもあったら前進を停止してそちらの探索に移る。交戦は絶対単独ではやるな、未確認タイプがいたら必ず退け。以上」 「イエス、サー!」 最早完全にレオンを信頼してるのか、隊員達は一斉に敬礼をすると、訓練された足並みで先へと進んでいく。 やがて、通路の先に血溜まりの中に倒れている白衣姿を見つけると歩速を落とし、二人同時にそちらへと近付いていく。 「!?」 「な、なんだこれは!?」 「どうした?」 先頭の二人の様子を不審に感じたレオンがその白衣姿の死体へと近寄り、その異変に気付いた。 「……足りないな」 「あ、頭が無い!」 その白衣姿の首無し死体を見たレオンは、その断面を見て首を傾げる。 「……引き千切られている………」 「く、首を!?」 「緊急連絡!タイラントタイプ、もしくは同型のパワー型BOWによる物と思われる死体を発見。厳重に注意されたし」 予想以上のむごたらしい死に様をしているBOWの犠牲者と思われる死体を、隊員達は青ざめた顔で凝視する中、レオンは冷静に通信で別チームに注意を促す。 「タイラントタイプなら、覚醒前は動きは速くない。見つけると同時に全火力を集中させろ。だが、覚醒後に出会ったら逃げろ、絶対に」 返礼するのも忘れ、全員の喉が動いて唾を飲み込む。 その様子を見ながら、レオンはふと疑問に捕らわれる。 (タイラントタイプなら、相手を粉砕する事はあっても、こんなエグい殺し方はしない。新型か?) 「は、班長!」 隊員の一人が、曲がり角の向こうに転がっている頭部を見つけてレオンを呼ぶ。 その首、壮絶なまでの断末魔の形相をしたまま投げ捨てられているそれを、レオンはつぶさに観察する。 「引き千切って、ここまで持ってきて投げ捨てたみたいだな…………」 「じゃあ、これ…………」 壁にある血痕―恐らくは首をそこに叩きつけた物と思われる―を指差した隊員が恐る恐る首を覗き込む。 「血痕が上に向かっている、という事はアンダースローで投げたのか?だとしたらタイラントタイプにしては随分と小柄だな?」 「顔に手形がめり込んでますけど………」 「それもBOWの物にしては小さ目だ。まったくの新型か?」 「首を引き千切るのが得意な?」 ある隊員のその一言に、レオンを除く全員の体から血の気が引いた。 〈戦闘〉で死ぬ覚悟はある特殊部隊の隊員達だが、これは彼らが考える〈死〉の中には含まれていない一方的な〈虐殺〉に他ならなかった。 知らず知らずの内に顔を見合わせる隊員達の背後で、物音が響く。 「ひっ!?」 思わず漏れた悲鳴と共に、物音をした方向に銃口が向けられるが、その先には何もいない。 「!?上!」 バイザーメットのFCSモニターが示すサーモデータが、上にいる何かを表示しているのに気付いた隊員が慌ててそちらに銃口を向けようとするが、それよりも早く頭上にいたそれは隊員へと襲い掛かる。 「ぐあっ!」 「キメラか!」 体の各所を黒く短い体毛が覆い、人に極めて近いシルエットをした異形の昆虫が、その湾曲した爪を隊員へと振るう。 鮮血と共に倒れる隊員が射線上からずれると同時に、レオンはトリガーを引いた。 倒れこむ隊員の上に無数の空薬莢が降り注ぎ、再度襲い掛かろうとしたキメラは瞬く間に蜂の巣にされて隊員とは反対側に倒れた。 「ミック!」 「だ、大丈夫だ………」 全身を覆う防弾アーマーの隙間、首の付け根近くをえぐられた隊員が、弱弱しく呟く。 「大丈夫か!?」 「傷は浅い………なんとか………」 傷口から流れる血の量がそれ程多くないのを確認したレオンが、小さく安堵の息を漏らす。 「その様子じゃ戦闘は無理だな。誰か二名彼を連れて合流ポイントにて待機。残るは作戦を続行」 「イエス、サー」 首の傷に応急処置を施しながら、隊員二名がその場に残る。 他の隊員三名が、レオンと共に先へと急いだ。 「キメラくらいなら、落ち着いていれば対処は難しくない。BOWを相手にするのに一番大事なのはどれだけ冷静にいられるかだ。分かったな?」 「…………イエス、サー」 すでに負傷者を出した事に重苦しい雰囲気をかもし出している隊員達が、言葉少なに先へと急ぐ。 「こちらBチーム、ミック軍曹が負傷。トム軍曹とアロン曹長が救護の為に離脱。セキュリティーはまだか?」 『こちらAチーム、現在管制室前通路にてハンターと交戦中。すぐに片をつける』 「早くしてくれ、ここはヤバイぞ!」 「今更何を言ってやがる………」 引きつり気味の声で通信を入れる隊員の言葉を呆れ顔で聞きつつ、レオンは隊員達の姿を見る。 (さっきの死体と負傷者で大分萎縮してやがる………大勢に来られたら逃げるしかないな………) 下手に訓練を積み、実戦馴れし、選び抜かれている事が、むしろ逆効果だった。 〈殺す方法〉と〈殺される状態〉の二つを誰よりもよく知っている隊員達は、その外にある異質な状況に明らかに怯えている。 (オレもそうだったな) ラクーンシティに〈赴任〉した時の事を思い浮かべつつ、レオンは目的地へと急いだ。 『こちらAチーム、セキュリティの確保に成功。目的地までのロックを解除する』 「了解、敵影は?」 『あちこちにいる。研究室にたどりつくまでにもう二、三戦闘が必要なようだ』 「タイラント、もしくはそれの類似タイプは?」 『今の所確認できない。だが、研究室のカメラはやられていて研究所内の様子は確認不可能だ、注意されたし』 「了解」 完全にチームの主導権を握っているレオンに、皆が一切異論を唱えず、黙って彼の後に続く。 途中、数度ゾンビとの交戦に会いながらも、負傷者も無く地下への怪談を降り、目的の研究室へと辿り着いた。 全ての銃口を扉へと向けさせながら、レオンは電子ロック式の自動ドアのスイッチを入れる。 ドアが開くと同時に、その中からむせるような血臭が溢れ出してきた。 「な………」 そこに広がっていた光景に、隊員のみならずレオンまでもが絶句する。 それは、虐殺の現場だった。 研究所の中央には内側から破壊された大型BOWの育成用ポッドがあり、その周囲に研究員と思われる無数の、人数よりも多い肉隗が転がっていた。 「なんだよ、これ…………」 ある者は、壁に頭を叩きつけられ頭部が粉砕して死んでいた。 ある者は、首を掴んであちこちに叩きつけられたのか、頚骨が粉砕骨折し、体はただの血袋と化していた。 ある者は、途中で見つけた死体のように首を引き千切られて死んでいた。 人間の〈殺害〉とも獣の〈狩猟〉ともまるで違う、それは正真正銘〈虐殺〉の現場に他ならなかった。 「どんな怪物だったら、こんな事が出来るんだ……」 どれもこれもが、異常なまでの怪力と狂気で生産された屍の山を、隊員達が呆然と見ていく。 「新型の暴走か。どうやらそれがここのバイオハザードの原因のようだな」 「パソコンの類も一緒に破壊されてるようです。ここでの情報引出しは困難ですね………」 虐殺の巻き添えで壊れているパソコン類を見た隊員が、起動すらしないそれを見てため息を漏らす。 「HDだけ抜いて、あとで解析するしかないようです」 「じゃあそうしてくれ。他に資料は?」 「これじゃあ………」 床に血と肉片と共に散らばっている資料を拾い集めていた別の隊員が、千切れ汚れている資料を苦労して読んでいく。 培養状態中間報告 6月22日 組織変異がようやく…定。以後…………にて培養。 6月…6… 細胞増徴率、極めて…… これ以上…………… …月30… 披見体を《ヘラ》と命名。 成長は予想……………回る。 これ以上の………… 「あとは読めませんね」 「そうか………」 結局、ここで培養されていたのが《ヘラ》と呼ばれるBOWである事意外、何も分からない事に舌打ちしつつ、その資料を確保したBチームは、資料を求めて再度研究所内の探索に入った。 同時刻 地下三階動力室 「撤退しろ!あいつとは交戦するな!逃げろ!」 「ぎゃあああああぁぁ!」 「ウガアアァァァ!!」 部下に撤退を呼びかけるハンクの声に、絶叫と人の物とは思えない咆哮が重なる。 直後、骨が砕ける音が響き、更に肉を壁に叩きつける音が連続して響く。 「ラ、ラフード!」 「あいつはもうダメだ!今の内だ!」 仲間が今どんな目に会っているかを想像し、命令を無視して震えながら向こう側を見ようとした部下の一人が、いきなり首を血まみれの手に掴まれ、そのまま通路の向こうへと消える。 そして、また断末魔の絶叫。 「ちっ………」 一人、また一人と部下を失う中、ハンクは何かを引きずる音が響いてくる方向へと向かって銃を構えた。 「食らえ!」 「ガアアアァァァ!!」 銃声と咆哮、その二つが互いに重なり、そして、絶叫が周囲に木霊した………… 感想、その他あればお願いします |
Copyright(c) 2004 all rights reserved.