第三章 別れ


人と怪物の狭間で



第三章 別れ


「ピンポーン。」

呼び鈴特有の音が鳴るが反応はない、
少々の時間を置いてもう一度鳴らしてみてみるが反応はなかった、
あきらめきれずにもう一度鳴らそうとしたところで玄関が開いた。

「おばさん?」
「もしかして、明彦くんかい?」
「そうだよ」

なんと出てきたのは明菜の母親だった、
自分にとってもう一人の母親とも言える人物と数年ぶりの再会である、
しかしよく見ると腕を負傷しているようだった。

「おばさん、それ・・・・」
「ああ、町がこんなだからね、私も噛まれちゃったよ」

ゾンビに噛まれたら傷口からウイルスに感染してやがてゾンビの仲間入りをする、
そのことは知っているのだろうか?知らないのなら言わざるべきか・・・・、
どちらにすべきか明彦は激しく悩む。

「何があったか知らないけど明彦君は銃を持っているようだね」
「はい」
「ちょっとそれを貸してくれないかな?」
「どうしてですか?」
「ゾンビに噛まれたら仲間入りするってわかってるの、私はそんなのになりたくない、
だからお願いよ、明彦くん・・・・・」

明彦は悩んだ、自分にとってもう一人の母親がゾンビになってしまうこと、
それだけは避けたかったのだが、かといって死んでほしくはない、
死んでほしくはないのだが助けたくてもTウイルスのワクチンを持っていない、
ワクチンを注射されてはいるのだが二次利用はできないこともあってどうにもできない、
選択肢は母に銃を渡すことしかないだろう、
もし母親が死んだことを娘の明菜が知ればどれだけ悲しむのか想像もつかない、
下手をすれば心が壊れてしまうかもしれない、
それは自分がこの体になって半狂乱状態に陥ったことからも想像できた、
どこへ行くにも母親べったりのお母さん子であった明菜、
そんな彼女の大好きな母親が化け物の仲間入りをしてしまう、
それはとてつもない悲しみが襲ってくると想像できた、
意を決した明彦は黙ってSP2009を手渡した。

「ありがとう、こんなことを言うのは最初で最後になっちゃうけど聞いてくれるかな?」
「はい、なんでも聞きましょう」
「君は私にとってもお父さんにとっても自慢の息子だよ、私達の所に来てくれて本当にありがとう、
最後にお願いがあるんだけど聞いてくれるかな?」
「何でもいいよ」
「明菜は君がいなくなってから毎日すごく悲しそうな顔をしていてね、見ていてすごく辛かった、
あの子は子供のことが大好きなのはあなたも知ってるよね?」
「ええ」
「高校生になったあの子は近所の子供たちと遊ぶようになったんだけど前みたいに笑顔が戻ったのよ、
それで大学生になった今は保育園でバイトするようになったの、あの子はみどり保育園にいるはずよ、
あの子をお願い・・・。」
「わかりました、お母さん」
「ふふっ、ずっとおばさんだったけど初めてお母さんって呼んでくれたわね、ありがとう明彦くん、
庭に停めてあるお父さんのバイクがなんだけどあなたに使ってほしいのよ、鍵はこれね、
お父さんは自分を犠牲にしてまで私を逃がしてくれたから生きてる可能性は低いと思う、
男の子がほしかったからなのかもしれないけど明彦くんのことが大好きだったお父さんだし、
明彦くんが使うことに文句はないと思うよ、それじゃ明菜のこと頼んだわよ」

明彦にバイクの鍵を渡してからこめかみに銃口を押し当て引き金を引く、
少々籠もった音がすると母親は倒れ、その魂は天国へと旅立っていった、
今は亡骸となった母の体を抱きかかえた明彦はいつも彼女が寝ていた寝室へと運ぶのだった、
布団を敷いて自分の記憶にある母が寝ている時の安らかな姿と同様に整え、
倒れてから開いたままだった目をそっと閉じた。

「お母さん、明菜は必ず助けてみせます、だからそっちで見ていてください」

決意の言葉を母親に送って気合を入れなおした明彦、
庭に停めてあったCRM250へまたがると鍵を挿してイグニッションを回し、
各種ランプが点灯したことを確認してキックスターターでエンジンをかける、
勢いよくかかった2ストロークエンジン特有の乾いた音が辺りに響いた、
何度かの空吹かしの後にバーンナウト気味に回転させた後輪で車体の向きを変え、
ウイリーをしながら道路へ出ると明菜がいる可能性の高いみどり保育園にバイクを走らせた。


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