第四章 愛する人との再会


人と怪物の狭間で



第四章 愛する人との再会


「これで全部ね、早く私たちも避難しましょ、麗ちゃん」
「そうね、早いところ逃げようよ」

保育園でバイトしている中島明菜と雨宮麗、二人は最後まで残って園児の避難誘導をしていた、
小さな保育園で園児の数は少ないのだが他の職員はゾンビの餌食となったり、
ゾンビの進攻を食い止めるために奮闘したりで全員が犠牲となっていた、
生き残った二人とバスの運転手が協力して無事だった園児全員をバスに乗せ、
バスが安全に発進したことを見届けた麗と明菜の二人、
あとは逃げるために麗が通勤のために乗ってきた車へ移動を始めたところである、
そこへ園舎のガラスを突き破りゾンビが出てきた。
出てきたものは複数で駐車場への道を塞ぐように動いている、
一体の口の端からは血にまみれた臓物を覗かせ、
それを麺類でも啜るかのように音を立てて口の中へ入れる様子が見えた。

「うそ・・・、田中先生?それに浜野先生も・・・」

明菜と麗の二人は驚愕していた、ガラスを突き破って出てきたゾンビのうち、
二体が自分たちの上司であったことを理解するのだが、
そのことでパニックになってしまい、足は震え体は動かない、
最初に襲われた二人がゾンビになっているとは信じ難いことであった。
自分たちや園児を逃がすために戦っていた佐山先生に赤木先生、
その二人もこんな姿になってしまうかもしれない、そう思うと涙が溢れてくる、
明菜と麗はゆっくりと自分たちに向かって歩いてくるゾンビを見ながら祈った。

「誰か助けて」

そう思った時である。

「ウォン・・・・・・ズシャーッ」

バイクの後輪を滑らせつつ、武装した人物が自分たちの目前に立ちふさがり、
ゾンビの頭へ続けざまに銃撃を加えて一つ二つ三つ四つと次々に射殺する、
間近に迫っていたゾンビ全てが一発で頭部を撃ち抜かれ、
その場に動く者は三人以外いなくなった。

「よっ」

明彦はバイクから降りると明菜へ声をかける、
初めは警戒を込めた視線で怪しそうに明彦を観察していた明菜だったが、
雰囲気こそ昔とは大きく変わって精悍さを増しているものの、
どこか抜けてる感じのちょっと変な人、
だけどいざという時には決して臆さないかっこいい男の子、
そんな人が自分を助けた人物の正体だと気づいた明菜は思わず抱きついていた。

「今までどこ行ってたのよ!」
「ごめん、おれも色々あったんだ」
「何も言わないでいなくなってほんとに心配したんだから・・・・」

明彦の胸で明菜は泣いていた、10年近く前に失踪同然でこの町を離れ、
町を離れる前日まで彼を兄や弟のように思いながら育ち、
そして交際もしていた男が自分を助けてくれた、
その彼がなぜ父のバイクに乗っているのだろうか?
それはわからないが真っ白に塗られた父のバイクに跨る彼の姿、
それはまるで白馬に乗った王子様のようでもあった。

「ねぇ、お取り込み中悪いんだけど二人って?」

自分たちを助けた人物が明菜と親しげに話しているのを見て疑問に思った麗が問いかける、
二人の話し振りから旧知の仲であることはわかる、
だが二人が親しげに話しているその様子となると
古くからの付き合いだけでは説明しきれない何かがあると考えてしまう、
それを疑問に思ったところで何ら不思議ではない、
女の勘がこれは怪しいと告げてい麗には確認せずにいられなかった。

「麗ちゃんごめんね、彼は前に言った幼馴染だったって人で斉藤明彦だよ」
「へぇ、そうなんだ、でも近くで見ると結構いい男じゃない」
「それはどうも、マドモアゼル」
「いつからそんなこと言うようになったの?」
「気にしない、気にしない」

今の街の状況は戦時もしくは災害発生時と言っていい状態、
このような状況下では下手を打った一般の人間は恐慌状態へと陥り、
最悪のパターンでは暴徒へと変貌して不必要な犠牲を生む可能性がある、
今のところは麗と明菜の二人にその徴候は見られない、
とりあえずは冗談でも言って落ち着かせた方がいいだろうとの判断から二人の精神状態を考慮し、
できるだけ落ち着かせようとさっきの「マドモアゼル」の言葉を話していた。

「ところでなんでお父さんのバイクに乗ってるの?」
「先に明菜の家でお母さんと話してたら使ってって言われてここまで乗ってきたってところだけど」
「お母さんは?」
「化け物になりたくないから銃を貸してって・・・俺もそんな姿は見たくないから貸した・・・・」
「そう・・・・・」
「お母さんの話だとお父さんは自分を犠牲にしてお母さんを逃がしたって言ってた、
おれがバイクを使うことには喜んでくれるだろうってことも言ってたよ、
引き金を引く直前に明菜を守ってとも言ってた、だからおれはここまで来た、
これはお母さんが自ら命を絶った銃だけど明菜に持っていてほしいんだ」

SP2009を明菜に手渡す明彦、
無言のまま明菜はそれを受け取ったが一通り眺めるとすぐに返した、
何も言わずに明彦は受け取った銃をホルスターにしまう、
母親が自ら命を絶った物とはいえ人を殺めたものは使いたくないのだろう、
目の届かない時もあるのだからその場合は自分で自分を守ってほしかったが、
明菜はとても優しい女の子だということを知っている、
そんな彼女の優しさを最大限尊重しようと思い無理に持たせることはしなかった。

「ひとまずこの町から脱出しようか」

本来であればBOWや変異体との戦闘データを取るためにこの町へ来た、
だが任務よりも二人の安全の確保を考え、街からの脱出を最優先した明彦はそれを二人に告げる、
空から一度眺めた時には街から脱出するための道路は一本だけ存在し、
そこを自衛隊や警察が厳重に警備していた。

「ひとまずそこに二人を預ければ安全だ、それから町に戻って本来の任務をこなせばいい」

そのようなことを考えた明彦だが明菜や麗には全てを伝えることはできない、
一応は二人の安全確保を最優先に決めたこともあるため、
明彦は頭の中で脱出する際のルートをシミュレートしていた。

「そうね、それでアテはあるの?」

さきほどまで黙っていた麗が言葉を発した、
アテと言えるものは自分を回収にくるヘリがある、
しかし同乗させるとなると何かと面倒なことになってしまう、
一般人を乗せるのは厳禁でもし乗せたとなると研究の実験材料にされかねない、
女の子をそんな目に遭わせるのは不憫なため一人で帰還するつもりだった、
一応は民間人の救助を任されているUBCSに預けるという方法も考えられる、
しかし下手なやつに預けたらそれこそ実験材料になってしまう可能性があった。
そうさせないためにも警察や自衛隊に任せるのが一番と判断した明彦は麗の問いに返答を始める。

「移動してくる間に警察や自衛隊が封鎖してる道路を見つけた、そこなら保護してくれると思う」
「わかった、早く行こうよ、駐車場に車が停めてあるから取ってくる」

言うが早いか明菜は麗を連れて駐車場へ走っていった、
昔から妙に行動力のあった女の子でもある明菜だが目から一筋の雫がこぼれ落ちているのを見た、
母親だけでなく父親も失っている、いっぺんに両親を失い、
職場の同僚やたくさんの友達も失っているかもしれない、
そんな明菜の悲しみを想像することは難しかった、
数々の戦場を渡り歩き、たくさんの死を見てきた明彦だが、
戦友が一人死ぬたびに悲しんでいてはこちらがもたないため、
いつからか悲しむことをやめていて人の死に何の感情も抱かなくなっていた、
機械のように人を殺し続けるだけでなくどれだけ困難な任務でも確実に達成し、
凶暴なBOW相手にも決して引けをとらないことから「鬼神サイトウ」と言う二つ名を得ていた、
そんな明彦だが母も父も死んでしまった明菜の悲しみを想像して涙が出てきた。


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