第五章 大乱戦


人と怪物の狭間で



第五章 大乱戦


「!?」

自分の目から流れ出てくる涙に驚く明彦、
人間らしい感情はとうの昔にどこか遠くへ置いてきたはず、
それが悲しそうにしている明菜のおかげで込みあがってきて、
「まだ人のために泣けるんだな」と懐かしい気分になった。
XMRT−00となったことで完全に人であることを捨てたと思っていた、
だが精神面のケアを担当していた玲子は明彦と何度も話し合い
その中で意図的に人ではなくなろうとしていた言動や行動を見抜いて、
人とはどういうものかを根気強く彼に教えていき、
「いつか人の心を取り戻す日がくる。」ということを思っていたのかもしれない、
彼女は自分のことを実験材料としてではなく人間として見ていた、
生物学上はすでに人ではない人外の怪物と化していてもし一般的な人が自分と同じことになり、
記憶がそのままなのは廃人となってもおかしい物ではなかった。
自身も父親に体を改造されて父親がプロジェクトの主任であったことから恐慌状態となり、
ひどい鬱状態へと陥ったが玲子の優しさのおかげで心までは怪物化せずにいられることができた。
そんな自分にできることはこの町で救助を求めている人を助けること、
そのためにも明菜や麗の二人だけはなんとしてでも助けたい、
そんなことを考えていると二人が慌てて戻ってきた、
それに気づいた明彦は思考を止めて「どうしたの?」と質問する。

「ものすごく大きな蜘蛛とゾンビがいる」
「退治してくるから二人はここで待ってて、
それともしもの場合はこの銃で身を守って、えーと・・・・。」
「私は雨宮麗、麗でよろしくてよ」
「了解、それじゃ、すぐに戻るよ」

麗にSP2009を手渡すとすぐさま園舎裏手の駐車場に走る、
二人からの情報では蜘蛛とゾンビがいるとのことだがゾンビが何体で蜘蛛が何体かまでは不明、
おそらく蜘蛛は一体だけでゾンビは二体か三体と言ったところだろう、
ある程度の予測を立てて駐車場まで来る、
そこには大蜘蛛が車の上でゾンビに口吻を突き刺し食事をしている姿があった。

「食事中で悪いがこんなとこにいると邪魔なんだよ!」

大蜘蛛の頭部へ照準を合わせるとM203グレネードランチャーの引き金を引く、
ランチャーから吐き出された炸裂弾は的確に頭部へ着弾すると炸薬を爆発させ、
破片効果もプラスされることにより頭部もろとも足を数本吹き飛ばした。
頭部を破壊された大蜘蛛が動かなくなったことを確認し、
先ほど発射したグレネードを取り出して次弾を装填する、
改めて大蜘蛛を見ると大きな腹部からは子蜘蛛が吐き出されていた。

「くっ・・・」

それに気づいた明彦は一個だけ持ってきた焼夷手榴弾を投げつける、
発火した焼夷手榴弾から発生した炎は瞬く間に大蜘蛛の体を包み込み、
子蜘蛛もろとも大蜘蛛の体を焼却し始めていた、
炎は蜘蛛を焼却するだけではなく、車の内装にも火を付けた、
激しい勢いを持って燃え上がる車はガソリンに引火したのか大爆発を起こす。
大蜘蛛のせいで屋根は潰れて車体はボコボコになっていたのだが、
大爆発させてしまった車を見て「やっちまった・・・・・」とのうめきが出た。
そこへ爆発の音を聞いてやってきた明菜と麗、
炎上する車を「これ一台しかないのに何やってんの。」と呆れ顔で見ていた。

「ごめん、吹き飛ばしちゃった」
「でも、蜘蛛も退治できたし大丈夫だよ、封鎖場所まで歩いていけばいいことだし」
「ありがとう」

なんとかフォローしてくれた明菜に感謝の言葉を送る、
麗は少々むすっとした顔であるが追求はないので気にしてはいけない、
むしろこれ以上怒らせてはいけない、なぜかと言えば女性の大切なものを壊してしまっている、
それが命の安全に関わるものであるため怒りのレベルは想像つかない、
なんて謝るべきか考えながらとぼとぼと歩きつつバイクを止めていた表に戻る、
するとそこには爆発を聞きつけて集まってきたのかゾンビにリッカー、
それにハンターの姿までが確認できた。

「どうしてこんなに・・・・くそっ」
「何?どうしたの?」

明彦のうなり声にも近い声が聞こえた麗はそれを不気味に思い問いかける、
その質問を意に介さず明彦はさっきの爆発の音を呼び水に、
近くにいた化け物が続々と集まってきている場所を見た、
ハンターは8体で全てがαタイプ、リッカーは10数体、
ゾンビは30近く、総計50体弱とかなりの数になる。

「どうしよう・・・・」
「ゾンビは動きが遅いから麗さんに渡した拳銃でもしっかり頭を狙えばなんとかなる、
他の二種類は可能な限り俺が倒すけど近くまで来たらその時は任せたよ、弾はこれが全部だから」

持ってきた全ての9mmパラベラム弾と装填済みの予備弾倉を麗に手渡す、
改めて大群に目を向けると急に鉢合わせしたせいか怪物同士で乱戦を起こしている状態であった、
怪物同士での乱戦とはあまり見かけることのない珍しい光景だ、
ハンターは出会うもの全てを殺せと言った程度の命令を理解する知能はある、
ゾンビやリッカーにはその程度の知能もない、ハンターの爪がゾンビの首を取り、
リッカーの舌が身体を貫く、そのような光景が密集した状態で展開されている
その中心にグレネードを撃ち込めばかなりの数を倒せると予想できた、
変身して戦えばあの程度の数はどうということはないのだが、
その姿をできるだけ二人に見られたくない明彦である、
少し考えた後に持っている銃のみで戦うと決めたらM4A1を構え、
大群の中心辺りに狙いをつけるとグレネードランチャーの引き金を引く、
着弾したグレネードがまとまっていた化け物を吹き飛ばし、
それを合図に飛び出してきた明彦へ生き残りが目を向ける。

「思ったよりも吹き飛んだな、ハンターは二体、リッカーは三割ほど、ゾンビは四割弱か」

走りながら持っていた全ての手榴弾をゾンビ群の中へ投擲し、
セミオートに設定したM4A1で二、三体はリッカーの頭部を射抜く、
そして爆発する瞬間には咄嗟に壁の裏へ隠れた。
手榴弾の爆発により残ったゾンビの半数が吹き飛ばされる、
ハンターやリッカーは爆発を察知していたのか持ち前の瞬発力で逃げ出すが数体は被害を受けていた、
だがそれは比較的軽微の被害であり、行動には支障がないようだ。
そしてこのような攻撃をしてきた敵へ殺意の視線を送ってきた、
だが明彦にとってはこのような集中攻撃を受けている状態が好都合だった、
自分が被害担当艦になれば明菜や麗への被害を食い止められるからであり、
このまま最後の一体を倒すまで引き付けるつもりだった、
ハンターやリッカーの飛び掛りや伸縮する舌を組み合わせた波状攻撃をかわして、
一体、また一体と確実に頭部を狙撃して行動を停止させていく、横っ飛びで回避しつつの狙撃、
飛び掛りをサマーソルトで上方へ蹴り上げて落下してくるところを銃撃、
リッカーの舌を掴み、ハンマー投げの要領で背後から飛んでくるやつへぶつけ、
地面にまとめて落ちたところを銃撃などと言った具合で反射神経や動体視力をフルに発揮し、
数々のハンターやリッカーを片付け終わったら後方から悲鳴が聞こえてきた、
何事かと思い悲鳴が聞こえてきた方向を振り向く、
そこには二体のリッカーとハンター一体が明菜と麗の間近まで迫り、
麗が明菜をかばうように銃を構えているところだった。

「まずい!」

ゾンビはまだ数体残っていた、ゾンビの脅威はさほどではない、
だが打ちもらしていた脅威のハンターとリッカーがまさか二人を狙っているとは・・・・、
そのような事は想像もしていなかった明彦はハンターへ銃口を向け弾丸を発射する、
頭部を撃たれたハンターが倒れるが、M4A1は弾切れだと告げていた。

「この距離で間に合うか?」

自分と明菜たちとはおよそ10mほどの距離が開き、
二体のリッカーは明菜たちと2m〜3mほどの距離がある、
全速力で走ってリッカーに追いつくのとリッカーが飛び掛るのとどちらが早い?
どうすべきか必死で考えていた明彦だがその思考は連続して響いた銃声により中断させられる。


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