BIO HAZRD
街消えゆく時………




第五章「合流」


 駐車場オフィス ダン、シェイル、トオル、グレン

あのゾンビの大群との戦闘の後、近くにあったここへ避難し互いに自己紹介をした。トオルのフルネームは冴島透(さえじまとおる)といい、元自衛官の日本人。グレンのフルネームはグレン・シュネイで元SWAT隊員で、2人は今この街にいる一般市民を救助する為にアンブレラに投入された特殊部隊の隊員だと言った。
この時になって2人が装備は若干違うものの、同じ服を着ていることに気が付いた。緑のタクティカルスーツに黒い多機能ベストを着ていて、ベストの背中側にはアンブレラのマークの上に剣と盾が刻印されていた。
しかし、ここで疑問が1つ出てきた。何故アンブレラがこの様な特殊部隊を所有しているのかということだ。
アンブレラとはアンブレラ製薬会社のことで、1986年に設立され今では世界各地に支社があるという巨大企業だ。またアンブレラ関連の施設がある街はどういう訳か何かしらの援助を受けており、この街も例外ではない。6年程前に市庁舎の改修と総合病院の建設の為の補助金がアンブレラにより出資をされているのだ。ここまで巨大な企業なら自警団の類を所有していてもおかしくなないが、実際に所有しているのは特殊部隊。しかもこのような事態に対処する為にあるみたいだ。
何かがおかしい。この事態は何か裏があるのではないか?もしかしたら、ハワード家で立てた仮説は間違っていなかったのでは?そう2人は思い始めていた。

「お〜い2人とも、ちゃんと聞いてっかい?」
「あっ、え?な、なんですか?」

トオルの呼びかけで、2人は思考を中断した。考え事をしていたので、何を言ったのか全く聞いていなかった。

「こんな事態だから混乱するのはわからんでもないが、話はしっかりと聞いて欲しいものだな」
「すいません……」
「まぁ、そう言うなってグレン。ちっとは気遣ってやれよ」
「ふん。なら、お前が説明しろよ」

そういってグレンは背を向けて窓から外の様子を伺い始めた。
そんな様子を見て、トオルは苦笑しながら言った。

「悪く思わないでくれ。根はいいやつなんだが、作戦中だとあんな感じになっちまうんだ。あいつ真面目だからさ。で、こっから本題な。これからキミ達を最寄の避難所、もしくは俺達の脱出手段がある時計塔に連れて行く。もし、生き残っている人達がいる場所を知っていたら教えてくれないか?その人達も助けてやらんといけないからな」
「それなら新聞社に4人いるわよ。ただ、1人は瀕死の重傷を負っていて明け方までに治療しないと危険な状態にあるわ」
「何?なら急いで助けに行かないとな。しかし、今から治療に必要な道具を探してる余裕がないぞ?」
「大丈夫。それなら私達が危険を冒して手に入れてきたから」

そう言ってシェイルは道具が入っているバッグをポンと叩いた。ダンも自分の持っているバッグを指し示す。
ここに入っている道具を手にいれる為に支払った代償は大きかった。ライアンという人間1人の命と引き換えに手に入れたのだ。これでもしエディを、怪我人を助けられなかったとなれば彼の犠牲は無駄になってしまう。何としても間に合わせなければならない。

「ここからなら急いで行けばそんなに時間は掛からない。途中で何もなければの話だがな」

グレンがいつの間にかオフィスに貼ってあった周辺地区の地図で場所を確認しながら言った。

「だな。多少の回り道しても余裕だな。時間は、あと30分だ。とっとと行くとすっかい」

トオルは先頭に立って真っ先に出て行こうとしてドアノブに手を掛けたとき、ダンが持っていたトランシーバーから受信音と共に声が流れてきた。



 中央大通り ウェン、ロイ

「うわぁ……」
「ほぉ、随分と派手にやったな。爆破したのか」

すでに夜は明けて街灯の光なしでも視界が確保出来る様になっていた。そして今2人の目の前に、壮絶な光景が広がっていた。
視界にあるのはゾンビの死体だ。しかし、数がとんでもなく多いのだ。道の端から端に渡って死体があり、それが延々と続いているのだ。地獄絵図といっても差し支えない光景だった。
その中をロイは平然と躊躇いもせずに進んで行こうとする。

「ちょ、ちょっとロイさん。まさか、この道を進んで行くっすか?」
「そうだ。新聞社はこの方向にあるのだろう?」
「それはそうっすけど、また死体の中を進むのは……」

つい先程も似たような道を通ったばかりだった。先程通った道はゾンビの死体もあったが、警官や機動服を着た警察関係の人達の死体が数多くあった。恐らくはゾンビ達の進行を食い止めようとして勇敢に戦ったが、結果として食い止められずに犠牲になってしまったのだろう。ほとんどの死体には噛み付かれた痕が残されていたが、中には銃によって撃たれて死んだと思われる警官の死体も多数あった。最早、敵味方の区別が出来ない程の乱戦だったのだろう。
普通なら避けて通るものだが、ロイはその中を躊躇うことなく平然と歩いていった。ウェンは躊躇ったものの、ロイは止まる気配も見せないので仕方なく付いていった。幸いだったのは、まだ下に道が見えていたので死体を踏まずに済んだことくらいだ。
しかし今度の道は完全に死体で埋まってしまっている。なので必然的に死体を踏んで歩かなければならないのだ。

「安心しろ、ここに転がっているのは死体だけだ。間違っても動きはしない」
「そうかもしれないっすけど、さすがに死体を踏むのには抵抗が……」
「ほら行くぞ。お仲間が待ってるんだろ?」

そう言ってロイは死体の中を躊躇いもせずに進んでいってしまう。
ウェンも置いていかれては困るので、渋々と死体を踏みながら進んでいった。1歩踏み出す毎に、軟らかいような硬いような何とも言えない感触が靴を通して伝わってくる。
またこれだけの数のゾンビの死体があると腐敗臭も酷い。さらには爆発で焼けた人体の臭いも漂っていたので、吐き気を我慢しながら進まなければならなかった。
しばらく進んだところで突然ロイが止まって、ある一点を見つめたまま動かなくなった。ウェンも何事かと思って視線を向けるが、爆発で横転した車や死体の山で確認することは出来なかった。代わりに何か咀嚼(そしゃく)する音が聞こえてきた。

(ゾンビ!?)

ウェンは慌てて銃を構えようとするが、ロイがそれを手で制し小声で話し掛けてきた。

「いいか、すぐそこの角までゆっくり後ろに下がるんだ。間違っても大きな音は出すなよ?」
「わ、わかったっす」

2人は慎重に且つ素早く後ろへと下がっていき、もう少しで角に入れるというところでウェンが死体を踏み外してバランスを崩してしまった。慌ててバランスを取ろうとするが、足場が死体なので足元がおぼつかない。そのまま転倒しそうになるが近くの壁を伝っていたパイプを掴み、何とか転倒は免れた。
さすがにロイも見ていて焦ったのか、2人同時に安堵のため息をした。が、ここで安心したのが甘かった。

”バキン!”

「へ?」

甲高い音を残してパイプは折れ、ウェンはそのまま前に倒れてしまったのだ。もともと横からの圧力に強くはないパイプが爆風を受け、さらに人1人分の体重が負荷として掛かったのだ。耐えられずに折れるのは当然だった。
下に死体があったのでクッション代わりになって大した事はなかったが、パイプが折れた音はかなり響いた。
2人は先程の租借音がした方向を向いてみると、犬が死体の山の陰から出てきた。パッと見た感じは普通のシベリアンハスキーだったが、よく見ると体に異常が認められた。
体の各部が腐って骨や内臓が見えていた。口は血で赤黒く染まり、人間の肘から先の部分を加えていた。先程から聞こえていた租借音はどうやら人間、あるいはゾンビの死体を食べていた音のようだ。この状況では、犬も例外なくゾンビと化してしまっているようだ。

「まずいな……」
「い、1匹なら何とかならないっすか?」
「1匹だけだったらな」

その声に呼応するかのように、2匹、3匹と死体や車の陰から出てきた。その数は15匹。犬の種類は多種多様で大きさもバラバラだ。中にはチワワさえも混じっている。どうやら、どの犬も例外なくゾンビ化しているようだ。
最初に出てきたハスキーがこちらを完全に捕捉したようで、咥(くわ)えていた腕を放してゆっくりと歩み寄ってきた。それに続いて他の犬もこちらを捕捉したようで、歯をむき出し威嚇しながらゆっくりと近づいてくる。

「………」
「どうだ?流石に1度に相手にするには数が多いと思わないか?」

その口調はどこかおどけていたが、顔は真剣ですぐにでも撃てるようグレネードランチャーを構えている。
ゾンビ犬は少しずつ扇状に広がりながら距離を詰めてきた。そしてお互いの距離が10メートル程になった時、同時に動きがあった。
ゾンビ犬が一斉に走り出し、ロイがグレネードランチャーを撃ったのだ。
40mm炸裂弾が右側にいたゾンビ犬を4匹程吹き飛ばした。ロイの銃は中折れ式の単発グレネードランチャーなので、中央を開いて空薬莢を排出し次弾を込めて閉じる。その動きに一切の無駄がなく早かった。
そして今度は中央から迫ってきたソンビ犬に撃ち込み、3匹仕留めた。そしてすぐに次弾を装填しようとした時、中央の爆煙から最初に姿を見せたシベリアンハスキーが跳び掛かってきた。慌ててそれを左へサイドステップして避け、同時に横腹に蹴りを繰り出した。

「ふん!」

気合と共に繰り出された蹴りをまともに受け、ハスキーはその勢いで首から壁に突っ込み、骨の砕ける音を残して動かなくなった。
そこまでは良かった。だが左側に移動してしまったので、左側から迫ってきていたゾンビ犬との距離が近くなっていた。気づいた時には2匹のドーベルマンに跳びつかれる寸前だった。咄嗟に左手で腰にあった鉈(なた)のような軍用ナイフ、マチェットを逆手(さかて)で引き抜いて目の前にかざした。

「ぐっ!」

間一髪間に合い、マチェットの刃は2匹のドーベルマンの口の中に食い込んだ。だが跳び込んで来た勢いは防ぎきれず、体勢を崩して後ろに転倒してしまった。
慌てて起き上がろうとするが、上から2匹のドーベルマンが押さえ込むように体に乗っているので起き上がれない。さらには、残ったゾンビ犬達が動けないロイを目指して走ってくる。
それを見てロイは体を右横になるように傾け、それと同時に足を上に乗っているゾンビ犬との間に無理矢理丸めるように入れた。突然体勢が入れ替わったので上に乗っていた2匹はバランスを崩し、ロイに喰らいつこうとしていた5匹のゾンビ犬は目標を誤ってその2匹に喰らいついた。それと同時に今だにマチェットの刃が食い込んでいる2匹のゾンビ犬の腹部を思いっきり蹴り飛ばした。その勢いでマチェットの刃は外れて、他の5匹を巻き込んで吹っ飛ばされた。
すかさずロイは立ち上がって体勢を立て直してグレネードランチャーに次弾を装填、まだ起き上がれていない7匹に向かって撃った。次の瞬間には轟音を残し、肉片を辺りに撒き散らした。

「すごい……」

ウェンはただ呆然と見ているしかなかった。
15匹はいたゾンビ犬をたった1人で倒してしまったのだ。自分1人だったら1匹も倒せずにやられていただろう。

(あれ、15匹?2、3、4………14。1匹足りない!確か、小さいのが1匹いたはず!何処にいったんだ!?)

ウェンはロイが倒したゾンビ犬の数を改めて数え直して1匹足りないのに気が付いた。
すぐさまロイに1匹足りないことを伝えようと声を掛けようとした瞬間、マチェットを逆手から持ち替えたロイが振り向きざまウェンに向かってマチェットを投げてきたのだ。
何故自分に向かって投げてきたのかわからず、驚きとこれからくる痛みの恐怖から目を閉じてしまった。
しかしマチェットはウェンのすぐ左横を風切り音を残して通り過ぎ、少し後ろの何かに突き刺さった音がした。
恐る恐る目を開けて振り返ると、1メートルあるかないかの距離でゾンビ化したチワワの頭部にマチェットが突き刺さっていた。

「一応周囲の警戒だけは怠らないでくれ。場合によっては自分で対処してもらう。その銃は飾りじゃないだろ?」
「は、はい、すいませんっす」
「構わん、これから気をつけてくれればな。で、目的地はあとどのくらいだ?」
「えっと、あと10分くらいっすね」

ロイは痙攣(けいれん)しているチワワの頭部からマチェットを引き抜き、付いていた血や腐肉を大きく振るって落とし鞘に収めた。
ウェンはその間に辺りを見回して最近地図を見て覚えた地形を、今いる場所の地形に照らし合わせて言った。今いる場所から東へ向かえば、最初の襲撃が遭った近くに行くことが出来る。そこからなら、すぐに新聞社に着けるはずだ。
医療道具を持ったダン達や、はぐれてしまったリックが無事に新聞社に着いているのを願って先へと進んだ。


 10分後
あの後は幸いにもゾンビやゾンビ犬に遭遇することもなく、順調に進んで新聞社まで来ることが出来た。ダン達が遭遇したという赤い化け物や、自分が見た黒服の大男とも遭遇することはなく、ただ辺りを警戒して進むだけだった。
ハワードの家に向かう時に使った通路も特に大きな変化は見られなかった。唯一あったのが、ゾンビの死体が多少増えていたことだ。頭を撃ち抜かれていたり首の骨を折られた後があることからして、他の生存者がここを通ったようだ。
もしかしたらと期待してたのだが、新聞社には誰もいなかった。正確には3階にはいるはずなのだが、他のメンバーが来ていないのだ。行く前に降ろしたシャッターは操作しても、何故か降りたまま動かなくなってしまっている。これでは他のメンバーも3階には上がれないから、必然的に入り口付近しかいる場所がないはずだ。

「そんな、ダン達は間に合わなかったっんすか……」

ウェンはシャッターに背を預けるように座り込んでしまった。なんとなく、シャッターが熱を持っているように感じた。
ロイはそんなウェンの様子を見ながら、扉の窓から外の様子を窺っていた。

「入る前に一瞬だが、建物の横に非常階段があるのを見た。そこから出入り出来るんじゃないか?」

その言葉を聞いた瞬間、ウェンはハッっとなった。
ロイの言う通り、新聞社には非常階段がある。出発する前、自分でリッキーに場所を教えたのだ。現状でシャッターが開かないのなら、他のメンバーはそこから入っていったのかもしれない。ウェンは慌てて立ち上がり、ロイが声を掛ける間もなく外に飛び出していく。仕方なく、ロイもそれを追って外に出る。
非常階段の1階部分は消防車が事故で塞いでしまっていたが、ウェンは半ば強引に消防車をよじ登って非常階段の2階部分から上ろうと必死に手を伸ばしていた。だがウェンの手が手すりに届く瞬間、何かが消防車に飛び乗ってきた。その時の揺れで、ウェンは消防車の上からバランスを崩して道路へ投げ出されてしまった。

「おい、大丈夫か?」
「な、何とか大丈夫ッす」

ロイが駆け寄り、ウェンを助け起こす。2人は何があったのかわからず、消防車を見上げるとソレがいた。
全身が赤く、手だと思われる先には長く鋭い爪。露出した脳に、異常に長い舌。ゾンビとはまったく違う化け物。
ウェンは息を呑んだ。ダン達が遭遇し、ライアンを殺したのは間違いなくコイツだとわかったのだ。無意識の内に足が動いて後ろに下がっていく。

「ちっ、突然変異種か」

ロイはソレを見て舌打ちをすると同時にグレネードランチャーを構え、ソレに向けて素早く狙いを定めて撃った。だがソレは一瞬早く動き、撃ち出された炸裂弾はソレに当たらずにその背後にあった消防車の梯子部分に命中した。
ロイはソレを見失ったが、すぐに視線を上に向けた。ソレが奇声を発しながら、鋭い爪を振りかぶって飛び掛ってきていたのだ。
バックスッテップをして辛うじて避けるも、僅かながら掠っていたようで多機能ベストの表面が削られた。そして、ロイが態勢を整える間なく連続して爪による攻撃が繰り出される。まるで這うような姿勢、いや実際に這いながら攻撃をしてくるのでこちらからは攻撃しづらい。グレネードランチャーを撃つにしても距離が近すぎるのでこちらも巻き込まれてしまう。もとよりさっき撃ってしまって今は弾が入っていないので撃ちようがない。予備としてグロックを携帯してはいるが、それも撃てない。次弾を込めることも、予備の銃やマチェットを抜くことも出来ないくらい防戦一方になってしまっている。

ウェンはただ見ていることしかなかった。ソレを見た瞬間から体が後ろへと動いてしまったのだ。そして今は新聞社の入り口付近で見ているだけだった。
ウェンの精神はかなり限界に近かった。ゾンビだけでも信じられないのに、目の前で得体の知れない赤い化け物がロイを襲っているのだ。黒服の大男だってそうだ。あの後ロイに問いただしてみても何も言わなかったが、アイツは危険だと本能が告げていた。ロイが助けてくれなければ確実に死んでいただろう。
だが、今は自分を助けてくれたロイが死に誘われようとしていた。ほとんど防戦一方で、壁際に追い詰められていく。
このままだとロイは殺られてしまうだろう。ウェンは彼を助けたかったが、体がまったく動いてくれない。
だがそこで、ふとダンの言葉を思い出した。

『爪は見た目通りに使ってくるんだけど、問題はその長い舌なんだ。まるで槍のように物凄い速さで突き出してくるんだ』

思わず目を見開らいた。ちょうどソレの口が今にも開かれる瞬間だった。

「ロイさん!!ソイツの舌に気をつけて!!」
「!!」

ロイは今までソレの爪ばかりに注意を払っていたが、ウェンの一言で口へと視線がいった。今にもソレの口が開かれて何かする前兆が見て取れた。危険を感じ取って素早く右へ飛ぶように転がるのと同時に、ソレの口が開いて舌が飛び出してきた。ほんの一瞬前までロイの顔があった場所を通り過ぎ、壁に穴を開けて突き刺さった。

「ふぅ、よかったっす」

ウェンは安堵の息をついたが、事態が一変した。何故かソレが近くにいるロイではなく、離れている自分に向かって来たのである。ロイも突然のことですぐに動けなかった。
ウェンは震える手でベレッタを構えて撃つ。だが、今まで撃った経験があるわけでもなく震えているため大きく後ろへ外した。一瞬化け物の動きが止まったが、すぐに動き出す。撃った時の反動で痺れる手を無理矢理抑えて2発、3発を続けて撃っていく。だが、一切当たらず地面に穴を穿っていくだけであった。少し遅れてロイもこちらに向かってグロックを撃ちながら走って近づいてくるが、這いながら動いているのでなかなか狙いを定めることが出来ないようだ。

”カチッ!”

ソレが目前に迫ってウェンのベレッタの弾が尽きてスライドが後退したままになった。同時にソレがウェンに向かって爪を振り上げながら跳躍した。
ウェンは動かなかった、いや動けなかった。ただソレの爪が振り下ろされるのを目で追うことしか出来なかった。
しかしソレの爪はウェンを引き裂くことはなかった。突然甲高い音が聞こえて、音に呼応するかのようにソレは体から血を噴出しながら地面に落ちたのだ。ソレが地面に落ちても音は続き、数秒程ですぐに聞こえなくなったが同時にソレも一切動かなくなった。
ウェンは驚きのあまり固まっていた。ロイも突然の事に最初は固まっていたが、すぐに我に返って新聞社の上を見上げた。今のは間違いなく上からのライフル系の射撃だ。見上げると、屋上でちょうどライフルのマガジンを交換し終えた人物がこちらを向き視線が合った。

「ハワード!?」
「……ロイ中尉?」

ロイが彼の顔を見た瞬間、驚愕した。今自分が見ている人物が何故ここにいるのか不思議でしょうがないといった顔だ。ハワードも似たような表情を浮かべていたが、彼はどちらかというと困惑しているといった表情だ。
そんな中、ウェンだけが遅れて反応した。彼も屋上を見上げ、数時間前まで一緒に行動していた仲間を見つけて歓喜の声を上げた。

「ハワードさん!!よかった、無事だったんっすね〜〜!!」
「……ウェン、そっちも無事で何よりだ。待ってろ、今そっちに行く」

ハワードは屋上の縁から半ば乗り出していた上半身を引っ込め、わずかな間を置いて非常階段から降りてきた。ウェンが別れ際に見たときとは違ってショットガンではなく、M16A1というアサルトライフルを手に持っていた。
とりあえず中へとハワードの指示に従って新聞社の入り口へ入っていった。
ウェンは入ってすぐ矢継ぎ早にハワードに質問を浴びせた。

「ハワードさん!あの後は大丈夫だったんっすか!?エディさんはどうなんっすか!?ちゃんと時間までに間に合ったんすか!?他の皆は無事なんっすか!?」
「落ち着けウェン、順を追って話す。それよりリックはどうしたんだ?」
「先輩とは途中ではぐれてしまったっす。もしかしたらこっちに戻ってるかもと思ったんすけど……」
「そうか。残念ながら連絡もない。だが、奴なら大丈夫だろう。機転は利くし、通信機も持っている。そう簡単には死なないだろう」

こっちにも合流してないと知り肩を落とすウェンだが、ハワードがそれを慰める。
そこに消費した弾薬をマガジンに装填していたロイが会話に入ってくる。

「変わったなハワード。そういう不確定要素に対してそんな判断を下すとはな。昔のお前ならそんな事はしなかった」
「ロイ中尉……」
「今は大尉だよ」
「そう言えば2人は知り合いなんっすか?初対面じゃないみたいっすけど?」

その言葉にハワードは押し黙ってしまい、ロイも少し困ったような顔をしていた。少しの間、場を沈黙が支配する。
最初に破ったのはハワードだった。

「……ロイ中、ロイ大尉は軍にいた時に上官だった人だ。それよりも今の状況説明するぞ」

まるでその話題に触れて欲しくないかのように言い放つとウェンに真剣な眼差しを向けた。
ハワードのただらなぬ雰囲気を感じ取ったウェンはそれ以上2人の関係に触れず、ハワードの次の言葉を待った。

「まずエディのことだが、残念ながら間に合わなかった」

その言葉を聞いてウェンは再び肩を落とした。ライアンの命を失ってまで手に入れたものが無駄になってしまったのだ。
だが、その後に続いた言葉は更に驚くことだった。

「それと待機していた他のメンバーは全員殺られたみたいだ」
「えっ?」
「エディとリッキーはゾンビになって、ダグラスはその2人に喰い殺されたらしい。シーバの姿は見当たらなかったが、火事になっている2階部分の窓際にそれらしい死体があった。恐らくはガス爆発に巻き込まれたんだろう」

ウェンはショックのあまり膝を付いてしまった。どうしてゾンビなるものが出現したかわからないが、噛まれなければゾンビにはならないはずだ。確かにエディは怪我をしていたが、それは銃弾による怪我で噛まれてはいなかったはずだ。待機していたメンバーも誰1人噛まれてはいなかった。
ハワードも自分で言っていて信じられないようで、釈然としない顔をしていた。
唯一ロイだけが平然としていて、ハワードに続きを促した。

「ハワード、これからどうするんだ?ここに生存者がいない以上、俺はお前達だけでも避難させたいんだが?」
「……これから俺ははぐれてしまった仲間と合流しようと思っています。幸い連絡は取れたんで、安全な場所で待機してもらっています」
「ダン達はここにいないんっすか!?」

その言葉に素早くウェンが反応した。彼らはハワードと行動していたからこの近くにいるものだと思っていたのだ。

「ああ。逃げる途中ではぐれてしまったが、2人とも無事だ。何でも救助部隊の隊員に助けられたらしい」
「そうっすか。それは良かったっす」
「で、今は何処にいるのだ?」
「とりあえず救助部隊の隊員と話し、ここから南に800メートル程離れた図書館へ向かってもらいました」

ハワードは地図を受付カウンターの上に広げ、そこへ3つの円を書いた。
1つ目は自分達が今居る新聞社。2つ目は恐らく先程までダン達が居た場所なのだろう大型駐車場。3つ目は避難してもらったという図書館。

「わかった。避難はそいつらと合流してからにする。先頭は俺、次にウェン、最後尾はハワードだ」
「了解です」
「はいっす!」

ロイは戦力的な面から隊列を組んだ。

「ああ、それとハワード」
「はい?」
「もう上官と部下という間柄ではないのだから、敬語は使わないでくれ」
「……わかりました」

3人は辺りを警戒しながら図書館に向けて出発した。



 大通り ダン シェイル トオル グレン
軽快且つ甲高い音が通りに3つ木霊していた。音が鳴り響く度に、かつて人間であったものが頭を撃ち抜かれて1体、また1体と倒れていく。
ダン達は先程ハワードからの連絡を受けて図書館に向かっていた。ハワードの連絡では詳しく教えてはくれなかったものの、待機していたメンバー全員が殺られていたそうだ。ウェンとリックもまだ戻っていないそうだ。その後話をしたいというトオルと代わり、彼は時折グレンと話しながらハワードとやりとりしていた。
その間ダンとシェイルは今までの努力が無駄になったことを知ってショックを受けており、トオルとグレンはしばらくは立ち直れないだろうと思っていた。
だが、2人は立ち直るのが早かった。トオルがハワードと通信を終えた時には、しっかりとした意思を目に宿していた。

”何が何でも生き抜いてやる”

目がそう語っていた。
その後はトオルがハワードと話し合った結果、図書館に逃げることに決ったことを告げて移動を開始した。
だが、それからかなりの時間が経つが未だに辿り着けないでいた。行く先々でゾンビの大群と出くわしてしまうのだ。たった今も10体程のゾンビと遭遇し、倒したところだ。
戦闘時は基本的にトオルが先陣を切ってゾンビ集団に突っ込み撹乱しつつ射撃、援護としてグレンが少し離れた位置から射撃を繰り返す。ダンとシェイルは彼らから離れた位置から辺りを警戒していた。

「はぁ、はぁ、コイツで最後か?」
「あぁ、ソイツで終わりだ。だが、またすぐに次がやってくるぞ」
「わかってらぁ。とっとと移動しようぜ」

今の所はこの方法で何とか持っているが、弾薬がかなり減ってきた。トオルのMP5A5はダンとシェイルが使っている銃と同じパラベラム弾を使用しているので、2人が弾薬を分ければまだ十分に持つ。しかし、グレンの持っているM4A1は5.56mm×45mmを使ったNATO弾と呼ばれるものを使っている。
NATO弾とはアサルトライフルの中で最も主流となって使われている弾薬で、高速で撃ち出すことと貫通性が大きな特徴であり4人の持っている銃の中では威力は高い。
だが、使用する銃や弾薬の関係で予備弾薬はグレンしか持っていないのである。もし予備弾薬がなくなれば戦力は一気にダウンすることだろう。
また、トオルの体力の消耗が激しくなってきていた。戦う時の性質上、ゾンビ集団のド真ん中に突っ込むため常に周りに警戒していなければならず、僅かな隙をぬって動き回らなけらばならない。この方法では1度の戦闘でかなり体力・精神を使ってしまうのだが、たった今の戦闘を含めてトオルは6回も連続で休みなしでこれを行ったのである。いくら訓練を積んだ軍人だったとしても、そろそろ限界が近いだろう。今も肩で大きく息をしていた。

「グレンさん、少し何処かで休んだほうがいいわ。このままだとトオルさんが倒れるわよ」
「確かに。今の消耗状態はかなり危険だね。僕もシェイルの意見に賛成なんだけど」

医学・医療の知識がある2人が進言をしてきた。今のトオルは若干ではあるが過呼吸になっていた。
しかしトオルは頑としてそれを受け入れなかった。

「いや、平気だ。それよりさっさと目的地に行っちまったほうが早い」
「確かにな。だが、さっきの戦闘でお前は1度バランスを崩して組み付かれそうになっただろ?」
「うっ、た、確かにそうだが……」
「俺達の目的に敵の掃討も入っているが、今は一般市民の救助が先だ。無理して倒れられて戦力が減っても困る」
「あ〜はいはい、わかったわかった。休みゃいいんだろ!休みゃ!」

トオルもグレンにも言われて分が悪いと感じ、渋々ながらも休憩することになった。グレンが付近の建物を先行して調べて安全を確認、残りのメンバーは彼が戻ってくるまで路地に隠れることした。その間にトオルはゆっくりと息を整えていく。
5分後、隠れていた路地の反対側からグレンが手を上げて合図しているのが見て取れた。どうやら安全な場所を見つけたらしい。大通りを見渡して何もいないのを確認し反対側に移動した。

「すぐそこに小さな市民ホールを見つけた。中には誰もいなかったが、ゾンビ共もいなかった。そこなら平気だろう」
「……そういえばそんなのもあったわねぇ」

ふと思い出したかのようにシェイルが呟いた。その市民ホールはほとんど使われることなく放置されていたのだ。
さっそくそこへ移動を開始した。幸いゾンビとは一切遭遇しなかったが、それが逆に不気味だった。先程までは遠目にも見えていたゾンビが1体も見えないのだ。
不安に掻き立てられながら移動すると、途中でトオルが足を止めた。

「どうした?」
「いやな、随分と特徴のある死に方してるカラスを見つけたからよ」
「カラス?」
「あぁ。見てみろよ、手前のは縦に真っ二つだぜ?そっちのやつは体のほとんどが吹っ飛んじまってるし」

トオルの視線を追うと、通りの中央からほんの少し離れた位置に大量のカラスと女性の死体が1つあった。
トオルは興味を引かれたらしく、近づいてカラスの死体を摘まみ上げてマジマジと観察し始めた。

「……綺麗な切り口だ。ウチの隊長じゃないな」
「こんなことするのは隊長くらいしかいないと思っていたが」

辺りを警戒しながらグレンも覗き込む。確かに切り口はとても綺麗で、骨まで綺麗に切れていた。

「あぁ。隊長のは”切る”ってぇよりも”叩き割る”って表現が合うし、使ってる物が違う。この切り口は日本刀のもんだ」
「ニホントウ?サムライソードのことか?」
「まぁ、こっち風に言うならそれだ。しっかし一体誰が……」

だがトオルはそれ以上言葉を続けることが出来なかった。突然上から何かが近くに飛び降りてきたのだ。2人は素早く銃を構える。
ソレの特徴を見てダン達が言っていた診療所で会ったヤツだと瞬時にわかった。しかも3体。いずれも威嚇するように口を開け舌を伸ばしていた。
念の為逃げるように残りの2人に目で合図すると、その意図を汲み取って頷き離れるように走り出した。
しかし、そこでソレらは信じられない行動を取った。目の前の2人を無視して走り出した2人を追いかけるように動いたのだ。
トオルとグレンはソレらの変わった行動に呆気に取られ、ダンとシェイルは走るスピードを上げた。そしてソレらも追いかけるスピードを上げた。
だが、トオルとグレンの動きも早かった。呆気に取られていた2人だが、すぐに我に返るとすぐに追いかけ始めた。
ソレらのスピードは思っていたよりも遅かったのですぐに横に並走することが出来、そのまま横から射撃を与えていく。這うように走るソレらに当てるのには難しいが、牽制にはなるだろう。

「おらおらおらぁ!!どうした!こっちにかかって来いってんだ!」

するとソレらはまるでトオルの言葉に反応するかのように方向を変え、爪を振りかぶって襲い掛かってきたのだ。
2人は難なく避けると、素早く二手に別れて別々に攻撃することにした。
トオルの後ろには2体、グレンには1体のソレが襲い掛かってきた。
トオルは付かず離れずの距離を取ってソレらを引きつけ、近くでクラッシュしていた車の屋根に走り登った。瞬間、トオルは屋根を蹴って大きく弧を描いてバク宙をした。
ソレらは目標が急に消えたので動きを止め辺りを警戒するような仕草を始めたが、真上から2丁のMP5A5の銃弾が襲い掛かる。
容赦なく降り注ぐ銃弾のシャワーを浴びて跳ねる体は、まるでダンスを踊っているかのように見えた。
綺麗に着地するころには全弾撃ち尽くし、ソレらの死のダンスも終わっていた。

「はっはぁ!一丁上がりだぜぃ!」

大きくガッツポーズをするトオル。それからグレンの方はと見てみると、そちらもちょうど終わったようで呼吸を整えていた。近くには頭部だけを数箇所撃ち抜かれたソレの死体が転がっていた。

「さっすがグレン!やる事がスマートだねぇ」
「いくら化け物でも頭が破壊されれば動けなくなるさ」
「はっは、違いねぇ。お〜〜いお前達、出てきていいぜ」

トオルとグレンがソレらを引き付けている間、ずっと車の陰に隠れていた2人が出てきた。お互いの無事を確認して一安心する。
だがトオルが倒したはずの1体が奇声を発して起き上がり、爪を振り上げてトオルに向かって飛び掛ってきた。

「っのぉ!しぶといヤツだ!」
「死に底ないが」

すぐさま銃を構えて応戦しようとする2人。だが、発射されるべき銃弾は出なかった。2人とも先程全弾を撃ち尽くしてしまってマガジンを交換していなかったのだ。
もうマガジンを交換している暇も回避する暇もなく、咄嗟に銃を交差させて爪を防ぐトオル。銃の表面が削られて5本の筋が出来るが運良く体への直撃は避けた。
トオルは何とかバックステップで距離を開けようとするが、ソレは口を開けて舌先をトオルに向けていた。

「!!」

次にソレが何をするかわかり、慌てて後ろにではなく横にステップを切り替えようとするトオル。しかし体は既に後ろに動いており、不可能だ。
グレンはマガジンをまだ交換し終えておらず、撃つことができない。
そしてソレの舌がトオルの顔を目掛けて一直線に突き出される。誰もがトオルの死を覚悟し、トオル自身も死を覚悟した。
だが舌が突き刺さる瞬間、横から飛来した何かがソレの頭部を直撃。同時にソレの首の位置がズレたおかげで舌はトオルの頬をわずかに掠るだけで済んだ。
そして数瞬遅れて駄目押しとばかりに銃弾がソレの体に正確に吸い込まれていった。ソレは突然の横からの攻撃をモロに喰らって吹っ飛び、仰向けに引っくり返って2度と動くことはなかった

「い、一体何が……」

あまりにも予想外の事に頭が理解出来ずに固まる一同。唯一グレンだけが動かなくなったソレを見て気が付いた。

「マチェット?まさか!?」

ソレの頭部に刺さっていたのはどこか見覚えのある物だった。慌ててマチェットが飛来してきた方に視線を向けると、20メートル程離れた位置に3人の人間が立っていた。
1人は間違いなく自分の知っている人物だった。兵装は違うが同じ服装をして、同じ部隊にいたのだから間違いない。残りの2人は恐らくその人が助けたのだろう。

「え?あれ、もしかして隊長か!?」
「そのようだ」

グレンより遅れて硬直から戻ったトオルも気が付いたようだ。酷く驚いたようで、何故か無駄に動揺していた。
ダンとシェイルも遅れて視線を向け、そこにいた人物を見て驚いた。向こうも気づいているようで、何故か手を振っている。

「お〜い、ダ〜ン!シェイルさ〜ん!無事っすか〜!」
「……大きな声を出すな。ゾンビ共が寄ってくる」
「す、すいませんっす!」
「……だから大きい声を出すな」

そこには生死不明だったウェンと、途中ではぐれてしまったハワードがいたのだ。まるで緊張感のないウェンと無愛想なハワードのやりとりをみて思わず苦笑する。
集合場所こそ違うが、無事に全員合流することが出来た。
だが、そこにいるはずのもう1人の姿が見えなかった。それに気づいたダンがウェンにその疑問を投げかける。

「あれ?ウェン、リックさんは?」
「……先輩とは途中ではぐれてしまって連絡が取れないっす」

先程とはうって変わって沈痛な表情を浮かべるウェン。その言葉を聞いたダンはショックを受けて再び固まってしまう。その場を重い空気が支配する。
それを見ていたハワードがその空気を払うべく発言した。

「……ダン、そっちの状況は?」
「あ、はい。今からすぐそこの市民ホールへ向かうところです」
「ロイ大尉」
「あぁ、こっちでも聞いた。積もる話しはそこに移動してからだ。隊列は……」

その後はロイの指示に従って行動し、無事に市民ホールに辿り着いた。
リックを除いたメンバーが揃い、運命の歯車がまた動き出した。破滅へと向かって………。




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