BIO HAZRD
街消えゆく時………




第六章「赤き狩人」


 
 市民ホール
中はかなり長い期間使われていなかったようで、床と長机の上にはうっすらと埃が積もっていた。
無事に辿り着いた一同はとりあえず使えそうな椅子を探し出して思い思いの場所に腰を下ろし、束の間の休息を取っていた。ダンとシェイルは先程までの疲れが一気に出たのか、背もたれに寄りかかるように座っている。トオルに至っては埃など気にせずに机の上に突っ伏していた。やはり、相当な疲労が溜まっていたのだろう。
ウェンも他の3人にならって楽な姿勢で椅子に座った。ハワード家を出て以来、休憩を取っていなかったので体が鉛の様に重かった。
しばらくの間は呼吸音と、時折動いて鳴る衣擦れの音以外は一切聞こえなかった。

「さて、そろそろお互いの状況を確認したいのだが」

ロイは入り口から少し離れた場所に座っており、全員の様子が落ち着いたのを見計らって声を掛けた。
現在はロイが1つしかない入り口、ハワードが右側でグレンは左側の窓付近に陣取って見張りをし、残りの4人はちょうど中央付近に集まるように座っていた。
本来ならトオルも見張りをするべきなのだが、トオルの疲労具合を見たロイが”あの3人の傍にいて守ってやれ”と命じたのだ。もっとも実際のところは疲労で机に突っ伏しており、それどころではないようだが。

「では、こちらの状況は簡単ではありますが自分が報告します」
「ん、頼む。こっちに来た理由は知ってるからそこは省いてくれ」

そう言ってグレンがその場で背筋を伸ばして敬礼をする。
ロイが軽く頷き、ハワードもそちらに意識を向けた。無論、両者とも持ち場の警戒は怠ったりはしなかった。ウェンも先程合流した新たなメンバーからの情報を一字一句聞き逃さないように耳を傾ける。

「残念ながら、自分達の分隊担当地区の敵掃討は失敗。撤退しつつ他分隊や小隊との合流を目指しましたが、連絡が取れずこちらも失敗。また敵との戦闘でほとんどの隊員が死亡して分隊は壊滅、生き残りは自分とトオルの2名。その後、撤退途中でそこの市民2名が襲われていたのでこれを救出、彼らを安全な場所に誘導後そちらにいるハワードさんから連絡が入りこっちの地区まで来ました」

グレンは低いながらよく響く声で簡単な報告を行った。グレンの口調は淡々としているので、ただ聞いている限りでは日常の業務報告となんら変わりはかったが、ウェンは前半の内容に耳を疑った。
ロイ達は自分ら一般市民を救助する為に送り込まれた特殊部隊だと言っていた。特殊部隊といえば装備が良いのはもちろん、そこに所属する人はかなり腕のいい人が沢山いるはずだ。そんな人達が簡単に全滅してしまったのだから驚くしかない。
だがロイはその報告を聞いても眉1つ動かすことなく聞いていた。ある程度はその事を予想していたのだろう、ハワードもただ聞いているだけだった。

「そうか、わかった。残念ながらこっちの分隊も全滅だ。生き残りは私だけだ」
「隊長の分隊もですか」
「そうだ。恐らくは他の分隊・小隊も我々と同じ状況だろう。最後に本部と連絡を取ったとき、C小隊とD小隊は完全に全滅したと報告が入った。E小隊も我々3人を残して全滅したと考えていいだろう」
「………」

その言葉を聞いてウェンは最早どう反応していいかわからなくなってしまった。
特殊部隊の隊員ですらやられてしまう状況で、果たして自分達は生きてこの街を出る事が出来るのだろうか?そんな疑問が頭に浮かんでくる。
すると今まで黙っていたトオルが机から顔を上げてロイに質問を投げかけた。

「で、これからどうするんですかい隊長?一応、E小隊は敵掃討が主任務になっとりますが?」
「現状戦力での掃討任務は無理だ。よってこれより救出任務を優先する。まずは最寄の避難所まで彼らを連れて行く」
「了解っと。んじゃまぁ、装備点検でもしますか」

そう言いながらトオルはテキパキと装備の点検作業を行い始めた。グレンやロイ、ハワードも黙々と点検作業を行い始め、少し遅れてダンとシェイルも持っている医療道具の点検を始めた。
唯一荷物らしい荷物を持っておらず、新聞社で撃って以来1発も弾を撃っていないウェンはベレッタのセーフティが掛かっているのを確認しただけで、ただ椅子に座って皆の点検作業を見ているだけだった。



 同時刻 ???

”カタカタカタカタ。カタ、カタ、カタカタカタ”

薄暗い照明の部屋の中、一箇所だけ明るい場所があり、そこからキーボードを叩く音が聞こえてくる。
音が聞こえてくる場所には男が3人おり、1人は椅子に座ってPCを操作していた。残りの2人は座っている男の後ろに立って、その男の作業をただ見ているだけだった。
2人は緑のタクティカルスーツと黒い多機能ベストという同じ服を着ており、多機能ベストの背中側にはアンブレラのマークの上に剣と盾が刻印されていた。そしてその2人の視線はPCを操作している男の作業に釘付けになっていた。
PCを操作している男は見た目や服装は何処にでもいそうな男で、彼を見つけたときは優男に見えた。だがPCを扱い始めたとたんに別人になってしまったのかと思うくらい変わった。キーボードを叩く手は物凄く早く、画面ではファイルが次々と開かれていき、重要な情報と思われるものは片っ端からコピーして何処かに転送していった。
その作業を見ていた1人が口を開いた。

「アンタ、ただの一般人じゃないな?一般人にこんな事が出来るとは思えん」
「……何故そう思う?」

男は声に感情を込めず問いに答えた。その間にも手を休むことなくキーボードを叩き、視線も画面に向けたままだ。

「ただの一般人はハッキングなんかしない。それにアンタがハッキングしているのは国家レベル並みのセキュリティを持つアンブレラのPCにだ。そしてそのセキュリティを易々と破っちまったんだ、一般人じゃないと考えるのが普通だ」
「………」
「なぁ、アンタは何者なんだ?」
「………」

男は黙ってPCを終了させた。そして立ち上がる際に小さな声で答えた。

「……ただ真実が知りたいだけの新聞記者さ」

男は傍らにあったルガー・Bホークを手に取ると、部屋の出入り口に向かって歩き出した。

「ほら、俺を避難所まで案内してくれるんじゃなかったのか?さっさと行こうぜ」
「あ、ああ。わかった」

先程とはうって変わって、男はいかにも優男ですという感じに戻った。
PCを扱っていた時の態度と今の態度との差に戸惑いを感じながらも、2人は行動を開始した。



 市民ホール
「全員準備はいいか?」
「いつでもオッケーですぜ!」
「こちらもオーケーです」
「…オーケーだ」

ロイの問いかけにトオルとグレン、ハワードが即座に反応する。

「残りの3人はどうだ?」
「大丈夫っす!」
「問題ないわ」
「はい、準備は完了してます」

ウェン、シェイル、ダンも3者3様の反応で返してきた。

「よし、先頭は私とトオル。最後尾はハワードとグレンだ。残りはその間に入れ」

すぐさま言われた通りの隊列を組み、それを確認してからロイとトオルがゆっくりと扉を開けた。
外の様子は閑散としており先程とあまり変わなかったが、先程と違って遠吠えのような声が聞こえてきていた。

「何、これは?」
「犬、じゃないね。これはゾンビの声かな?」
「そうだとしたらかなりの数が固まっているみたいっすね……」

聞こえてくるのは10や20どころではなく、それこそ50や60は軽くいるであろう声だった。それが幾重にも重なって聞こえてくるので、まるで出来損ないの合唱団のようだ。しかも僅かずつではあるが、こちらに近づいてきているようだ。

「隊長、とっとと此処を移動した方がよさそうだぜ?」
「ああ、わかってる。急いで図書館まで移動するぞ」

一行は避難所であり再集合地点としていた図書館に向かって急ぎ移動を開始した。
一行は最初は念の為という事で大通りは避けて路地を使って移動していたが、誰が作ったのか所々にバリケードが設けられていて段々と大通りに近づいてきてしまった。

「ちっ!ここもかよ!」

再びバリケードが道を塞いでいる場所に来てしまい、トオルが忌々しげにバリケードを蹴り飛ばした。

「どうします隊長?」
「……仕方ない、一度大通りへ出るぞ」

グレンの問いに僅かながら思案してロイは答える。

「それって危険じゃないっすか?」
「こうもバリケードが多くては進むに進めん。なら危険だが大通りを通ったほうが効率はいいだろう」

確かにバリケードが在る度に進路を変更していたのでは時間が無駄になってしまう。しかしバリケードを越えるにしても高さがあるので越えるに一苦労しそうだ。
それに先程から聞こえているゾンビ達の遠吠えらしきものも、まるで自分達を追いかけるように段々と近づいてきている。余計な時間を使えば追いつかれてしまう可能性も十分にある。

「あとは大通りにゾンビがいないことに賭けるしかないな」
「そいつぁ、分の悪い大博打になりそうだぜ」
「勝てる事を祈るしかあるまい」

だがしかし、彼らは賭けに負けてしまった。大通りで彼らを待ち受けていたのはゾンビの集団だった。恐らくは100体近くいるだろう。
しかも、元来た道を引き返そうにも既に後ろからもゾンビの集団が迫ってきていた。

「前門のゾンビに後門のゾンビってか?隊長、ちっとばかし不味い状況ですぜ?」

トオルがMP5A5を構えながらロイに視線を向ける。他のメンバーもそれぞれの武器を構え、いつでも撃てるようにする。

「ロ、ロイさん、どうするんっすか?」

既にウェンはこの大量のゾンビを見て震え上がっているようで、ベレッタを構える手が小刻みに震えている。

「全部の相手をするのは無理だ。よって図書館方面への一点突破を狙う。ハワード、手伝ってくれ」
「…アレをやるのか?」
「そうだ、幸い図書館方面のゾンビの数は少ないからな。トオル、グレンは反対側の牽制を頼む。それとそこの3人の護衛も忘れるな」

ロイは背に背負っていたM4A1をハワードに投げ渡して変わりにグレネードランチャーを背負い、、マチェットを抜いて2本とも逆手に持った。
ハワードは持っていたM16A1を右手、ロイから受け取ったM4A1を左手で構える。

「ハワード、準備はいいか?」
「…いつでも」

ハワードの準備を確認した後、目を閉じて軽く深呼吸をした。ゾンビ集団はすぐ近くまで来ていた。
そして目を見開き、先頭にいたゾンビに向かって一気に肉薄した。

「How abaout Death dance?(さぁ、死の踊りはいかが?)」

そう言うとロイは体を右へ捻り、その遠心力で左手で持っていたマチェットでゾンビの首を跳ね飛ばした。そして右足を軸にして勢いを殺さずに更にもう1体のゾンビの首を跳ね飛ばし、右手のマチェットで反対側のゾンビの頭を串刺しにした。まさに一瞬の出来事で、その3体のゾンビが崩れ倒れる時にはロイは再度動き始めていた。
バックステップで後ろから近づいていたゾンビに背中で体当たりを喰らわせ、仰け反ってバランスを崩したところへ足払いを掛けて頭から落として首の骨を折った。更には後ろ回し蹴りを繰り出して数体のゾンビを吹っ飛ばし、繰り出した足が地面に付くと同時に跳躍して正面のゾンビの顔面に飛び膝蹴りを喰らわせた。

「す、すごいっす」

思わずウェンはその動きを目で追っていた。ロイの動きはまるで踊っているかのように澱(よど)みのない動きで、ただひたすら前に向かって進んでいった。
そして、そのロイをサポートする形でハワードが続いていく。ハワードはロイの死角・攻撃範囲外にいるゾンビの頭を正確に撃ち抜き、その動きを助けていた。当然、自分に近づいてくるゾンビの迎撃も怠ってはいない。銃身の長いライフルを片手で1丁ずつ扱っているとは思えないくらい正確で素早い射撃だった。

「おい、ウェン!ボーッとしてねぇでちったぁ手伝えよコラァ!」

トオルの怒鳴り声で我に返ったウェンは反対側に視線を向けた。こちら側はゾンビの数が多く、トオルとグレンが前面に出て近寄ってくるゾンビだけを迎撃してなんとか持ち堪えているといった感じだった。だが数があまりにも多く、ジリジリと後退し始めていた。
ダンとシェイルは2人より少し下がった位置にいて、ダンがシェイルを守りつつ2人のどちらかが弾切れでマガジンを交換している間、代わりに2丁のイングラムで弾幕を張っていた。
とりあえずウェンはシェイルの近くまで行き、震える手でベレッタを構えた。だが、すぐにシェイルに止められた。

「やめときなさい、その震える手で撃ったって意味はないわ。それに前にいる3人当たったらどうするのよ?」
「す、すいませんっす」
「まっ、私も似たようなものだからね。アンタはアンタにしか出来ない事を探しなさい」
「自分にしか出来ない事…」

シェイルの言葉にウェンは自分に何が出来るのかを考え出した。そしてある事を思いついた。恐らくは今の自分に出来る精一杯の事だろう。

(でも、それをするにはアレがないと。とは言ってもそう簡単に見つかるわけでも……)

辺りを見渡していたウェンの視線の先に目的の物がある店が入ってきた。

「偶然って怖いっすね」
「何か言った?」
「ええ、まぁ。すいませんが、ちょっと行ってくるっす!」
「ウェン!?」

シェイルにそう言い残し、ウェンは目的の店に向かって走り出した。
幸いな事に目的の店は両ゾンビ集団の中間にあり、付近には何もいなかった。そして慎重に店に入り、中にゾンビがいない事を確認して早速目的の物を物色し始めた。

「あったっす。あとは……」
「ちょっとウェン!アンタ何やってるのよ?火事場泥棒なんてやってる場合じゃないでしょう?」
「そ、その言い方はちょっとどうかと思うっす…」
「まぁ、この際何でもいいわ。で、何でカメラを持っていこうとしている訳?」

後を追ってきたシェイルの一言にウェンは少々ショックを受けながらも目的の物を探し続けた。彼らが今いる場所はカメラを専門に取り扱っている店だった。

「自分は新聞記者で、記者は真実を知らせるのが仕事っす。だから写真に撮ってこの事を世界中に公表するっす」
「公表して何になるっているのよ?」
「わからないっす。でも、この事を世界中の人に知って貰わなければならないような気がするっす」

ウェンは見つけた一眼レフックス式カメラを1つ首から紐でぶら下げ、それに使うフィルムを5本程ポケットにねじ込んだ。

「じゃ、そろそろ行く…! シェイルさん、後ろっす!」
「えっ?」

振り向いた先にはゾンビが3体、目前まで迫ってきていた。咄嗟にシェイルはベレッタを構えようとするが、焦ってしまって取り落としてしまった。慌てて拾おうとしゃがむが、最早拾って撃っても間に合わない距離まで近づいていた。そしてゾンビがシェイルを襲うとした瞬間、ゾンビ達の後ろから連続した銃声が響いてあっという間に蜂の巣にしてしまった。
力なく倒れるゾンビを横目に銃声のした方へ視線を向けると、イングラムを構えたダンが入り口に立っていた。

「2人とも、大丈夫かい?」
「あら、ダン。随分と銃の撃ち方がうまくなったわね」
「こういう状況だから仕方ないさ、身を守る為だし。それよりも早くこっちへ!」

2人が店から出ると図書館方面にいた最後のゾンビをロイが首の骨を折って仕留めたところだった。だが反対側の数多くのゾンビがすぐそこまで来ており、トオルとグレンが壁となって必死に進行を防いでいた。

「何してやがった!こっちはもう一杯一杯なんだ!さっさと移動すっぞ!」

ウェン達の姿を確認したトオルがマガジンを交換しながら叫んだ。彼の足元には大量の空薬莢とゾンビの死体が転がっており、ほんの僅かの間に大分進行してきたようだ。グレンは既にM4A1の弾薬が全て尽きたのか、M4A1を背に背負ってSIGで応戦していた。
ウェンはその光景を先程手に入れたカメラで撮り始め、ゾンビの姿や戦っているトオル達の姿をしっかりとカメラに収めた。

「いいか!グレンが手榴弾を投げたら、それを合図として一気に隊長達の所まで走るぞ!」

トオルはフルオートで弾幕を張り、グレンは手榴弾投擲の準備に入った。そしてトオルのMP5A5の弾が切れると同時に2個の手榴弾を中心部付近に投げ込み、それを合図に全員が一斉に走り出した。
僅かな間を置いて轟音と共に爆風が背中から襲ってきて、全員が爆風に煽られながらも転ぶことなく走り続けた。
前方ではハワードが自分達の後方に向かって狙撃を繰り返していた。爆発から逃れたゾンビが追いかけて来ているようで、最後尾にいるトオルも時折振り返って射撃を加えていた。

「そのまま走り抜けろ!」

ロイが叫びながらグレネードランチャーを撃ち、先頭に立って図書館に向かって先導し始めた。ハワードは全員が通り過ぎたのを確認し、更に追ってきていた数体のゾンビの頭を打ち抜いてから最後尾に付く形で追いかけてきた。
そしてゾンビ達は逃げる獲物よりも動かない獲物を狙ったのか、それとも空腹感に勝てなかったのか途中で倒れたゾンビに喰い付いて動こうせず、ウェン達は姿が見えなくなるまで距離を離すことに成功した。
またこの付近の全てのゾンビが先程の場所に集まっていたのかほとんどゾンビと遭遇することはなく、遭遇したとしても数が少なく道幅が十分あるので距離を取る事で避ける事が出来た。

「あっ、見えてきたっす!あれが図書館っす!」

ウェンが指差す方向に遠目ながらも、他の建物より一際大きい緑色の屋根の建物が見えてきた。
目的地が見えてきたのに安堵感が湧き上がったのか、全員の移動速度が若干上がり始めた。
もう図書館まで500メートル位の距離まで近づいた時、ハワードとダンが持っていたトランシーバーが突然受信音と共に声を流し始めた。

『…ちら……隊E分…………だ!誰でも………応答……』

周波数が合っていないのか雑音交じりで聞こえにくいが、確かに生存者からの通信だった。
ハワードが周波数を調整していくと次第にハッキリとした声が聞こえてきた。

『こちらB小隊E分隊のバズだ!誰でもいい!応答してくれ!』
「こちらE小隊隊長のロイだ。バズ、聞こえているか?」

ハワードからトランシーバーを受け取ったロイが返答をした。

『ああ、聞こえている!頼む!助けてくれ!』
「どうした?何があった!?現在地は!?」
『図書館だ!市民の護衛中にいきなり赤い化け物が襲ってきたんだ!生き残りの警官達と応戦したがまるで歯が立たない!』
「赤い化け物?どんなヤツだ!?」
『ゴリラみたいなヤツだ!そいつの所為で警官達や市民が殆ど殺された!今は奥の部屋に避難してるがもう持たない!そちらは何処に!?』
「図書館から約500メートル程の位置だ。すぐに行く!」
『頼む、急いでくれ!バリケードがもう持ちそうにない!』

通信を切るとトランシーバーをハワードに返して、皆に振り返る。

「聞いての通り、これより彼らを助けに向かう。異存はあるか?」
「へっ、愚問ですぜ隊長!そんなのないに決まってるじゃないですか!」

残りの全員もトオルの言葉に頷く。

「よし、急ぐぞ!」

一行は再び図書館に向かって走り出し、そして5分もしないうちに図書館の入り口にたどり着いた。

「こちらロイ。たった今、図書館の入り口に到着した。バズ、聞こえるか?」

ハワードから再びトランシーバーを受け取って通信を試みるが、返事は返ってこなかった。

「いいか、私が先頭になって突っ込む。ハワードとグレンは私に続け。トオルはその3人を安全な場所に誘導してから合流してくれ」

ロイの説明を聞きながら、各自が銃をいつでも撃てるようにセーフティを外した。

「いくぞ!」

ロイの掛け声と共に木製の大きな扉を開けて中に入った一行は凄惨な光景を目の当たりにした。
図書館は2階建てになっており、右と左に分かれている緩やかにカーブした階段で繋がっていた。その間になる中央部は天窓がある吹き抜けになっていて、天気のいい日はそこから太陽の光を通していた。そして何千冊にも及ぶ膨大で多種多様な本が揃っているこの場所は、娯楽の少ないラクーンシティでは大変貴重な場所となっていた。
だが今、市民に愛されていた場所が地獄と化していたのである。まず視界に入ったのは大量の血で真っ赤に染まった壁や本棚、続いて所狭しと転がっている死体の山だった。
机の上、貸し出しカウンター、本棚、通路、階段。今見える範囲全ての場所に死体が転がっていた。

「………」

あまりにも凄惨過ぎる光景に誰もが言葉を失っていた。死体のほとんどは首から上がない状態で、まだ切り口である首元から血を流していた。また首が繋がっている死体もいくつかあったが、それらの死体は鋭利な刃物を思わせる切り口が体に刻まれていた。
そして何かに気が付いたのか、最初に沈黙を破ったのはロイだった。

「……皆、急いで何処かに隠れて出来るだけ体を隠すんだ」
「どうかしたんっすかロイさん?」
「いいから早く!時間がない!」

ロイの只ならぬ声にウェン、ダン、シェイル、トオルが近くの本棚の陰に隠れ、ロイ、ハワード、グレンがカウンターに身を隠した。そして全員が隠れた直後、2階の吹き抜けから何かが飛び降りてきた。ウェンはその姿を確認するために、本棚の隙間から覗き見た。
全身は赤くて皮を剥がされたゴリラを連想させ、背中は今にも破裂しそうな浮腫のようなもので覆われていた。歯は不規則に並んでいて口から舌が出ており、動く度に揺れ動いてし舌舐めずりをしているように見えた。そして右腕よりも若干大きめの左腕には、長く鋭い爪が血を滴らせていた。

「くそ、まさかとは思っていたがハンターと遭遇してしまうとは……」

反対側のカウンターに隠れて様子を窺っていたロイの呟きが聞こえてきた。

(ハンター?ロイさんはあいつの事を知っているみたいっすね。でも何で?)

ウェンの疑問を他所に、ロイがハンターと呼んでいた生き物はゆっくりとこちらに歩を進めてきた。

「おい、ウェン。どんな様子なんだ?」
「何だか赤いゴリラみたいな奴がこっちに近づいてきてるっす」
「赤いゴリラみたいな奴だと?」

ウェンの言葉に血相を変えたトオルが本棚の隙間から姿を確認する。

「アイツは!?」
「トオルさん?どうかしたっすか?」

トオルのただならぬ雰囲気を感じたウェンが顔を覗き見るとトオルの顔は怒りで酷く歪み、MP5A5を持つ手は力の入れすぎで白くなっていた。

「アイツは、アイツは、アイツは、アイツはぁぁぁぁぁ!!!!!」
「トオルさん!」

そして叫びながら本棚の陰から飛び出すと、MP5A5を乱射しながらハンターに向かって走り出した。

「あのバカ!」
「おい、グレン!」

更には少し遅れて反対側のカウンターからグレンも飛び出してトオルの後を追いかけていった。
ハンターは突然出てきたトオルに不意を突かれた形となり、成す術もなく銃弾の雨に晒されてあっけなく絶命した。だがトオルは絶命したはずのハンターに近づき、動かなくなったその体に向かって弾が切れるまで銃弾を浴びせかけた。
弾が切れたときにはハンターの上半身はほとんど原型を留めていなかった。

「はぁ、はぁ、はぁ。ざまぁみろってんだ!」
「トオル!!」

突然グレンに突き飛ばされたトオルは受身を取ることが出来ず、正面から床に倒れこんでしまった。
もっとも床には大量の首なし死体があったので、大した衝撃は来なかった。

「くそ!何しやがるグレ、ン……」

振り返ったトオルが目にしたのは、首元から噴水のように血飛沫を上げている体と宙を舞うグレンの首だった。
グレンの首が床に落ちると同時に、体がスローモーションのようにトオルに倒れ掛かってきて血のシャワーを浴びせ掛けた。

「グレーーーーーーン!!!!」

図書館内にトオルの絶叫が響き渡った。
グレンが立っていた少し横にもう1体のハンターが、その左手の爪から血を滴らせてトオルの事を見ていた。

「てめぇがグレンを!!」

MP5A5をハンターに向けて引き金を引くが、先程の弾切れの時にマガジンを交換していなかった為に弾は出なかった。
ハンターはそれをわかっているのか、ゆっくりとした足取りでトオルに近づいていく。更にトオルの頭上、つまりは図書館の奥からもう1体が現れた。そして2体が爪の届く範囲に着くと左腕を大きく振りかぶった。
だが何を思ったのか突然1体は本棚の上に飛び上り、新たに現れたもう1体は横っ飛びに転がった。すると一瞬遅れてM16A1の射撃がそこを通過していった。

「…外したか」
「すまんがそっちを頼む。私はもう1体を引き付ける」

本棚の陰からロイとハワードが飛び出してきて二手に分かれた。ハワードは先程本棚の上に逃げたハンターに向かって射撃を繰り返し、ロイは奥から現れたもう1体のハンターに向かっていった。
2人がハンターを引き付けてる間にウェンがトオルの元までやってきて、無理矢理立たせて元の位置まで連れて来た。

「トオルさん!一体どうしたんっすか!?」
「………」

ウェンの問いにトオルは何も答えずにマガジンを入れ替え、再び飛び出そうとするのをウェンとダンが無理矢理引き止めた。

「ちょっと待ってくださいっす!ロイさんがトオルさんはここにいるようにって指示を残していったっす!」
「うるせぇ!いいからその手を離しやがれ!じゃなきゃぶっ飛ばしてでも行くぞ!!」
「落ち着いてくださいトオルさん!一体どうしたっていうんですか!?」
「アイツらは仲間の仇なんだ!!それにグレンも殺された!だからアイツらをぶっ殺さねぇといけねぇんだ!!」

そう言ってトオルはウェンとダンの手を無理矢理振り払って行ってしまった。

「トオルさん!!」
「放っておきなさい。今は自分達の身を守るのが先よ」
「でもシェイルさん!」
「ウェン、さっきのロイさんの言葉を覚えてる?アイツらは複数で行動するって言ってたでしょ?もしかしたらもう1体くらいいるかもしれないわ」
「そうだね。トオルさんがここにいないのは戦力的に辛いけど、今は迂闊に動かないほうがいいかもね」

シェイルとダンに言われてウェンはトオルを追うのをやめた。



「…速いな!」

ハワードはフルオートで撃ちまくるが、ハンターの俊敏さと本棚という障害物のせいで思うように命中させる事が出来ないでいた。
すると突然ハンターが方向を変え、爪を振り上げながら飛び掛ってきた。
ハワードは後ろへ引く事はせずに、ヘッドスライディングの要領でハンターの下を通り抜けた。
目標を見失ったハンターの爪は空を切り、床に突き刺さる。

(チャンス!)

この機を逃さずに狙いを定めようとするが、ライフル特有の長い銃身が災いして本棚の端に銃身が引っ掛かってしまった。
慌てて引っ掛かりを外して引き金を引くが、一瞬の差で逃げられて床を削るだけに終わってしまった。

「くそ!」

ハワードはM16A1から手を離し、代わりに2丁のグロック20をホルスターから取り出した。
ハンターが再び本棚の陰から姿を現し、正面から一直線にハワードに向かって突っ込んできた。ハワードもそれに反応して迎え撃つ。
先程とは違ってグロックは小回りが利くので直に反応できるのだが、威力が弱いのか命中しても致命傷を与える事ができずに接近を許してしまった。
下からアッパーカットのように繰り出された爪を体を目一杯捻る事でギリギリで避け、至近距離から射撃を加えた。
さすがに至近距離からの射撃には堪えたのか、ハンターは再び距離を取った。

(マズイな。今ので殺せなかったのは誤算だったな。どうする?)

ハワードは内心焦っていた。倒すにはトオルのように連射力のある武器で避けることも反撃もさせずに倒すか、威力のある武器で一撃必殺を狙うしかない。
しかし、頼みの綱のライフルは狭くて扱いにくい。かといって威力も連射力も格段に劣るグロックでは奴には有効な手段に成りえない。唯一対抗できるのは左腰にあるデザートイーグルだけだろう。だが相手の俊敏さは侮れない。多少は反動を抑えて連射することは出来るが、初弾を避けられてしまったら次弾を撃つ前に自分の首が宙を舞っていることだろう。

(どうする?せめて奴が避けられない状況を作らなければ、確実にこちらが殺される)

有効な手段を考える暇もなく、再度ハンターが突撃してきた。
ハワードはグロックを撃ちながら距離を取ろうとするが、大量にあった死体につまずいてバランスを崩した。

「ぐっ!」

何とか踏ん張って転倒は免れたが体勢は崩れてしまい、ハンターはチャンスとばかりに速度を上げて一気に接近してくる。
ハワードは苦し紛れにハンターの動きを少しでも止めるべく、足を狙って撃ちまくった。
すると先程とは違って突っ込んでくるようなことはせず、横に飛んで本棚の陰に隠れてしまった。

(なるほど、足を狙われるのが嫌いのようだな)

敵の特徴からして、足をやられて俊敏さを奪われたくないのだろう。

(なら、やることは1つだな)

マガジンを入れ替え、周囲を警戒しながら再び襲ってくるのを待った。
そして本棚の陰から再び姿を現した瞬間を狙い、足元を重点的に狙い撃った。
ハワードの予想は的中し、ハンターは堪らず上に向かって跳躍した。

「空中では避けられまい!」

右手からグロックを離し、デザートイーグルに持ち替えると狙いを定めて引き金を引いた。
50AE弾は狙い違わずに腹部に命中し、大きな風穴を開けてハンターを吹っ飛ばし、ハンターは断末魔の叫び声を上げて床に叩きつけられた。
ハワードは倒れているハンターに近づくと、念の為に頭に50AE弾を2発叩き込んだ。
ハンターが完全に絶命したのを確認し、グロックとライフルを回収した。

「ハワード!」

ハワードがマガジン内の消費した分を補充していたところ、トオルが奥からやってきた。

「トオル?」
「やっぱりアンタだったか。デザートイーグルを持ってるのはアンタしかいねぇからな」
「何故ここにいる?3人の護衛はどうした!?」

今まで冷静だったハワードが鋭い視線を向けて怒鳴りながらトオルに詰め寄った。

「そんなこと知ったことか!俺は死んだ仲間の為にもアイツらをぶっ殺さなきゃならねぇんだ!」
「馬鹿なことを!コイツらは複数で行動する!もしもう1体いて、あの3人が襲われたら成す術もなく殺されるぞ!」
「だが!!」
「復讐もおおいに結構だ!だが、あの3人を死んだ仲間やグレンの二の舞にするのか!?お前は彼らを助けに来たんだろう!!」
「!!」

ハワードの言葉にトオルはハッとなった。
ハワードの言う通り、自分は彼らを救助しに来たのだ。それなのに仲間の仇を見つけ、グレンを殺されたことで頭に血が昇りすぎて危うく任務を放棄するところだった。

「すまねぇ、俺がどうかしてたぜ」
「いや、わかってくれれば……」
『うあああああぁぁぁぁぁぁぁ!!』

突然イングラムの銃声とダンの叫び声が聞こえてきた。

「しまった、やはりもう1体いたか!急いで戻るぞ!」
「あ、ああ!」



「うあああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ダン!!」

あまりにも突然だった。本棚の両端からウェンとダンが周囲を見張っていたところ、いきなりダンの目の前にハンターが飛び降りてきたのだ。
素早くダンが反応してイングラムの引き金を引くが、至近距離にもかかわらず命中させるどころか簡単に避けられてしまった。そして左腕を振るい上げ、ダンの右腕を半ばから切り落としたのだ。
ダンは右腕の喪失感と共に、一瞬の間を置いて激痛と多量の血液が傷口を通して伝わるのを感じて悲鳴を上げた。
それでもダンは激痛を堪えて残った左腕でイングラムを撃ち、ハンターはそれを軽々と避けると今度はシェイルに向かって突っ込んできた。

「ひっ!」
「シェイル!!」

シェイルはすぐに襲ってくるだろう痛みに目を閉じた。だがいつめで経っても痛みは襲ってこないのでゆっくりを目を開け、入ってきた光景に目を疑った。
目の前には自分に背を向けたダンが立っており、その腹部からハンターの爪が貫通していた。

「ああああぁぁぁぁ!!」

ダンはイングラムから手を離してハンターの腕を掴み、腹部に爪を貫通させたまま壁に向かって走り出した。
ハンターは相手がとった行動に対処できず、押される形で背中から壁にぶつかった。
ダンは衝撃で爪が更に喰い込むのを無視し、腰のベルトに入れておいたワルサーP38を取り出し、ほとんど零距離射撃でハンターの頭に全弾を叩き込んだ。
パラベラム弾とはいえほぼ零距離から頭に叩き込まれたハンターは、脳を破壊されて絶命した。それと同時にダンもゆっくりと崩れ落ちた。

「ダン!!」

シェイルが慌てて近寄って傷の具合を確認し、腕の止血作業を行い始めた。
ウェンは他に敵がいないか2人を守るように周囲を警戒し始めた。

「シェイル、そんな事はしなくていいよ。この傷じゃもう助からないよ」
「何言ってるの!簡単にあきらめるんじゃないわよ!」

だがダンの言っている事は正しかったし、シェイル自身もその事はわかっていた。それでも身を挺して守ってくれたダンに何かをしてあげたかったのだ。

「ウェン、腹部の止血をするから爪を抜くの手伝って!」
「わかったっす!」

腕の止血作業を終え、今度は腹部の止血作業を行うべく邪魔な爪をウェンと共に一気に引き抜いた。
爪を引き抜くと同時に大量の血が溢れ出てすぐに止血を行うが、傷口が大きすぎてまともに止血が出来ないでいた。

「もう、いいんだよシェイル。それよりも聞いてほしい事があるんだ」
「あとにしなさい!今はそれどころじゃないわ!」
「頼む、聞いてくれ」

シェイルの手を強引に掴んで作業を中断させ、壁に背を預けるように上半身を起こした。

「本当ならこんな時に言うべき事じゃないんだけど」
「何なのよ、一体何が言いたいの?」

シェイルの声は涙ぐんでおり、目にも涙が滲み出ていた。

「僕はね、キミに憧れていたんだ。大学では常に自身タップリで、何でも出来てしまうキミに憧れていたんだ。僕もあんな風になれたらってね」

ダンは苦痛に顔を歪めながらもはっきりと言葉を紡いでいき、ウェンとシェイルは黙って聞いていた。
奥からはトオルとハワードが慌しく戻ってきてダンの状態を見て絶句した。

「だから僕は一生懸命勉強したんだ、少しでもキミに近づけるようにってね。そして、キミに声を掛けてもらったときはすごく嬉しかったよ」
「アンタが、あまりにも一生懸命、だったから、何となく気になった、だけよ」

嗚咽交じりで途切れながらシェイルも返事を返す。
遅れて奥からロイが姿を現し声を掛けようとするが思いとどまり、ハワードに視線で合図を送ると2階へ上がっていった。
ハワードも合図を見て少しだけその場に留まり、ロイの後を追って2階へと上がっていった。

「でもね、何時からかキミへの憧れが恋心に変わっていたんだ。一緒に講義を受けたり、雑談したり、遊びに行ったりするたびにその思いは強くなっていったんだ」
「知ってた、わよ。あんたが、私の事、好きだって。態度が、あからさま、だった、からね」
「そっか、知ってたんだ。ははは、自分では隠してるつもりだったんだけどなぁ」

ダンは苦痛で歪む顔で無理矢理笑顔を作るが、大量の血を失ったことによって顔色は蒼白で逆に痛々しかった。その上、体温も急速に下がり始めていて死の瞬間が間近に迫ってきていた。
ダンの左手がシェイルの頬に触れ、流れる涙を拭い取った。

「でも、やっっぱり最後は僕の口から言わないとね。シェイル、僕はあなたの事が好きです」
「最後だなんて、言わないで。まだ、これからが、あるでしょ……」
「これからって事は、返事はイエスってことでいいのかな?」
「そうよ、私だって、あなたの事が……」
「そう、よかった…」

そう呟きシェイルの頬に触れていた手が力なく床に落ちた。

「ダン、嘘、でしょ?」

ダンの顔は微笑みを浮かべたまま目が閉じられていた。
シェイルはダンの肩を持って揺さぶるが、彼からの返事はなく目も閉じられたままだった。

「ねぇ!目を開けてよ!まだこれからでしょ!折角私と結ばれたっていうのに、何で目を開けてくれないの!?」

ダンを激しく揺さぶるシェイルの肩をウェンが手を置いてやめさせた。

「シェイルさん、ダンはもう……」
「いや、いや、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

図書館にシェイルの叫び声が虚しく響き渡った………






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