BIO HAZRD
街消えゆく時………




第七章「真実」 前編



 図書館2F 館長室

「どうだ、少しは落ち着いたか?」
「えぇ、まぁ。自分は何とか平気っす」
「………」

ロイの問いにウェンは返事を返したが、シェイルは無言のままソファに座って床を見ているだけだった。彼女が出す失意の気配が、否応にも部屋全体を重い雰囲気で包んでいた。
現在部屋にいるのはウェン、ロイ、シェイルの3人だけで、ハワードとトオルの2人は近くの店や家から食料調達に行っていた。今の状態のトオルとシェイルを同じ場所にいさせたら間違いなくシェイルの感情が爆発するので、ロイが食料調達と付近の偵察という名目でトオルをシェイルから離したのだ。

「ところでロイさん。通信で助けを求めてきた人達はどうしたっすか?」
「一足違いで間に合わなかったな。全員殺されていた」
「そ、そうっすか。すいませんっす、そんなこと聞いてしまって……」
「いや、気にするな。間に合わなかったのは悔やまれるが、彼らの死は任務遂行の結果に過ぎないんだ。お前が謝る必要はない」

ウェンが沈黙に耐えかねて何かを話そうと話題を持ち出したが、内容が悪かった。ロイは平静を装っているように見えるが、今の話題になった途端に彼の出す気配が一気に暗くなって部屋の雰囲気が更に重くなったように感じた。
この部屋はロイとハワードが見つけた部屋で、中は書類などが散乱していたが唯一まともな状態で残っていた部屋だった。この部屋以外の他の場所は全て死体で埋まっており、とてもじゃないが入れる状態ではなかった。ウェンもいくつかの部屋を覗いたが、部屋中が血で真っ赤に染まっていたのだ。お世辞でも、いい状態とは言えないだろう。そしてこの状態で救助を求めた人物達が現れないということは、先程の化け物に殺されたと考えるのが普通だ。
やはり自身もダンが死んだショックが大きいようで、少し考えればわかることが出来ていないようだ。
再び部屋を沈黙が支配するが、意外にもその沈黙を破ったのはシェイルだった。相変わらず視線は床に向けたままだが、声はハッキリとしていた。

「ねぇ、ロイさん。聞きたいことがあるのだけれど、いいかしら?」
「なんだ?」
「あなたは一体何処までこの事態の真相を知っているの?」
「どういう意味だ?」

シェイルの発言にロイは目を僅かに細めながら言葉を返す。

「そのままの意味よ。トオルさんやグレンさんよりは正しく、そして詳しく知っているように感じたけど?」
「言っている意味がわからないな」
「隠す必要はないんじゃないかしら?少なくともさっきの化け物については知っているみたいだったわね。確か”ハンター”って、呼んでいましたよね?」
「………」
「何故あなたはさっきの化け物を知っていたかしら?答えてもらえると嬉しいんだけど?」

シェイルは顔を上げて若干怒声交じりの声を上げてロイを睨み付けた。その目は泣き腫らして赤く腫れていたが、その瞳には決意のようなものが見て取れた。ロイはその睨みを正面から受け取って無表情でシェイルを見ていた。
ウェンは最初は止めようかと思ったが、シェイルが疑問に思っていた事は自分も疑問に思っていたのでやめた。ロイと初めて会ったとき見た黒服の大男をネメシスと呼び、先程の赤いゴリラのような化け物のことはハンターと呼んでいた。たったこれだけではあるが、ロイが何か知っているというのがわかる。

「さぁ、ロイさん。答えてもらえませんか?」
「それは……」

ロイにしては珍しく言葉が詰まる。更には無表情だった顔も僅かにしかめられている。この反応は明らかに何かを知っていると物語っていたが、今のロイはそれを教えていいのかどうか悩んでいるように見えた。
だがそれも少しの時間でしかなく、すぐに何かを決断したようだ。そして何かを話そうと口を開けようとした瞬間だった。

『こちらハワード。ロイ聞こえているか?』

トランシーバーからハワードの声が聞こえてきた。ロイは今言おうとした言葉を飲み込み、代わりにトランシーバーを取って返事を返した。

「こちらロイ。何かあったか?」
『目的の物資を調達した、これよりそちらに戻る。それと今現在は周辺地区にゾンビ以外の敵影なし』
「了解した」
『それと仲間を発見した。今から代わる』

その言葉を聞いて3人は頭の中に疑問符を思い浮かべた。ハワードは”生存者”とではなく、”仲間”と言った。これの意味する事が一瞬わからなかったが、次に聞こえてきた言葉を聞いてウェンとシェイルは驚きで目を見開いた。

『こちらリックだ。そっちは大丈夫か、ウェン、シェイル?』
「リック先輩!!」
「リックさん!!」

その声は間違いなく、はぐれてしまい生死がわからなかったリックの声だった。
ウェンは電光石火の如き速さでロイからトランシーバーを掠め取ると一気に捲くし立てるように返事を返した。

「リック先輩、ウェンっす!先輩はご無事っすか!?ケガとかはないっすか?それと今まで一体何処にいたんっすか!?」
『お、落ち着けよウェン。とりあえず俺はケガもなく五体満足で無事だ。何処にいたかって質問は答えずらいな。結構色んな所を走って逃げ回ってたからな』
「そうっすか。とにかく無事で何よりっす!」
『そっちも声からしてケガとかはないようだな。これからそっちに合流するから詳しい話はその時に』
「はいっす!」

通信が切れるとウェンはトランシーバーをロイに返し、リックが生きていた事への安堵感で体をソファに深く沈めた。

「よかったっす、先輩が生きてて」
「そうね。これで全員が揃ったことになるわね」
「あっ……」

その時になってウェンは自分の失態に気が付いた。ほんの少し前に2人の仲間を失っているのだ。ロイとトオルは戦友のグレン、そしてシェイルは学友にして短い時間ではあったが恋人のダンを亡くしているのだ。そんな中、リックが生きていたことに手放しで喜んでしまった自分が情けなく、そしてとんでもない愚か者だと感じた。

「すいませんっす。2人の気持ちを考えずに喜んでしまって……」
「気にする事はない。こんな状況下で逸れた人物が生きて見つかったのだ。十分喜ぶに値するだろう」
「そうよ。それに終わってしまった事をいつまでも引きずってるわけにはいかないわ。今はリックさんが生きていたことを喜びましょう」

ロイは平然とした顔で、シェイルは笑顔を浮かべて言った。ウェンはそう言ってくれた2人に頭を下げた。
ロイは仕事柄、死というものには慣れているだろう。彼は死を見ても冷静に、そして平然としていた。自分の指揮していた部隊が壊滅し、つい先程には更に部下を1人失った時でもだ。見方によっては冷徹に見えるかもしれないが、隊長として感情的になってはいけないとわかっているからだろう。
だがシェイルは違う。彼女は医学生ではあるが、一般市民で死とは程遠い上に極々親しい人物の死だ。そう簡単に割り切れるものではないはずだ。だが彼女は割り切り、前に進む事を選んだのだ。

「ところでロイさん。まだ私の質問に答えて貰っていないんだけど?」

と、シェイルはウェンに向けていた笑顔を崩してロイに睨みつけるような視線を送った。

「わかってる。だが内容が内容なだけに、全員揃ってから話そう」
「わかったわ、絶対よ」

そう言うとシェイルもソファに深く体を沈めて目を閉じた。

「悪いけど、少し寝かせてもらうわ」
「あっ、そしたら退くんで横になってくださいっす」
「あら、ありがと。それじゃ、お言葉に甘えさせてもらうわ」

ウェンがソファから退くと、シェイルは空いたスペースを全て使って体を横たえた。

「じゃ、何かあったりハワードさん達が戻ってきたら起こして頂戴」
「はい、わかったっす」
「ウェン、間違っても寝てる事をいいことに私を襲ったら駄目だからね」

と言ってシェイルは、両腕で胸を隠すように組んだ。

「襲いませんよ!」

シェイルの発言にウェンは顔を瞬時に真っ赤にして怒鳴り返し、シェイルは「冗談よ」と言って笑いながら片手を振って目を閉じた。そしてそれから数分もしないうちに静かな寝息が聞こえてきた。それを確認したウェンは、近くの壁に寄りかかって扉を見張っているロイに声を掛けた。

「それじゃ、ロイさんも今のうちに休んじゃってくださいっす」
「いや、ありがたい申し出だが見張りをやらないといけないから遠慮しておこう」
「でもロイさん、ほとんど休んでいないじゃないっすか。見張りなら自分がやりますから、休んでくださいっす。いざっていう時にロイさんが疲労で倒れてしまったんじゃ大変っすからね」

ロイは少しだけ考え、ウェンの言っていることにも一理あるという結論に至り休む事を選んだ。

「……わかった、その言葉に甘えさせて貰おう。何かあったら起こしてくれ」

そう言ってロイはこの図書館の館長が使っていたであろう豪華な机に近づくと、その机の上に2振りのマチェットとグレネードランチャーを置き、これまた豪華なリクライング式の革張りの椅子に座ると背もたれを半分ほど倒して目を閉じた。
ウェンは万一に備えてベレッタに弾が入っているかを確認し、セーフティを外して扉の見張りについた。



”チッ、チッ、チッ、チッ、チッ”

見張りに付いてから1時間程が経った。辺りは静かで聞こえてくるのは3人の呼吸音と壁に架かっている時計の秒針の音だけだった。今のところは何も異常はないが、だんだんと不安が膨れ上がっていく。無論このような状況下で何もないというのはいい事ではあるのだが、ウェンにはそれが逆に何かが起こるような前兆にしか思えなかったのだ。また、それとは別の不安要素としてハワード達からの連絡が一切ないのだ。

(……連絡を取ったほうがいいのだろうか?)

もし助けが必要な状況に陥っているのであれば、連絡を取ってすぐにでも助けに行く必要がある。だが逆に連絡がないのは特に何もなく、移動に手間取っているだけなのかもしれないという可能性も否定できない。ウェンとしては後者の可能性を信じたいが、今の街の状況では前者の可能性も捨てきれない。不安は更に不安を膨らませ、考えは最悪な方向ばかりにいってしまう。ウェンはしばらくの間見張りをしていることも忘れ、連絡を取るべきか取らざるべきかという考えに没頭していた。
だが、その考えも扉をノックする音で中断させられた。そして、ウェンの心配が杞憂であったことがその後に聞こえてきた声で判明した。

「隊長、トオルです。ただいま戻りました」
「トオルさん!」
「ウェンか?隊長はどうした?」
「ロイさんは今休んでもらってるっす」
「そうか。今から扉を開けるから、間違っても撃つなよ」

その声と連動してゆっくりと扉が開いて最初にリック、次にトオルの順に入ってきて、ワンテンポ遅れてハワードが辺りを警戒しながら入ってきて扉を閉めた。彼らは装備以外に大きめのリュックやボストンバックを持っており、その中に調達しにいった食料や飲料水が入っているのだろう。
そしてウェンは戻ってきたメンバーに挨拶もそこそこにリックに抱きついた。

「先輩、よかったっす!無事でよかったっす!」
「おいおいウェン離れてくれ。野郎に抱き付かれても嬉しくないぞ」
「あっ、すいませんっす」

言われてすぐに離れるウェンと、それを見て苦笑するリック。そこにトオルも会話に入ってくる。

「まっ、それだけ心配してたってことだろ?大目にみてやれよ」
「あぁ、もとよりそのつもりさ。で、早速で悪いんだが、この後はどうするんだ?」
「ここが安全な内に休息を取ってもらい、その間に今後の方針を決める」

後ろから聞こえてきた声に振り向くと、いつの間にかロイが起きて机の上に置いてあった装備を身につけているところだった。ハワードが近くにいることから、恐らくは彼が今後の事を聞くために起こしたのだろう。

「ウェン、シェイルを起こしてくれ。話の続きをする。調達班、それとリックだったな?お前達も休みながらでいいから聞いてくれ」
「隊長、話の続きってぇのは?」
「……私の知っている限りの全ての情報だ。無論この街の惨状についてと、我々の雇い主の事だ」

ロイの言葉にトオルは首を傾げ、ハワードは目を少し見開いて反応した。ウェンは寝ているシェイルを起こし、起こされたシェイルはウェンに今の状況を聞いている。
そんな中ロイの言葉に一瞬ではあるが、表情を消し目を細めてまるで別人のようになって反応したリックに気づくものは誰もいなかった。



ロイの話を聞くのに各々が楽な姿勢で休息を取りつつ座っていた。
ウェン、シェイルが1つのソファに並んで座り、机を挟んでその反対側にリック、ハワードが並んで座っていた。トオルは館長の執務用の豪華な机の上に胡坐(あぐら)で座り、調達してきたミネラルウォーターを飲んでいた。ロイは扉の近くに立って見張りを続けつつ、何から話すべきか考えていた。

「さて、まずは何から話すか……」
「そうね、まずはこの街がこうなった原因から話して貰えないかしら?」

シェイルのもっともな質問にロイは頷く。この状況に置かれた者の全てが知りたがっていることだ。

「こうなったのはある新種のウィルスが流出し、街全体に広がったせいだ」
「そのウィルスは当然、人工的に創られたものよね?」
「……そうだ」
「「!!」」

ロイの言葉にウェンとハワードが息を呑む。だがリック、トオルは顔色を変えずに平然とし、質問をしたシェイルも半ば予想していたと言わんばかりの表情をしていた。

「そのウィルスってなんて言う名前で、何処で創られたかは知ってるの?」
「ああ。ウィルスの名前は”T−ウィルス”、俺達救出部隊の雇い主”アンブレラ”が創り出した悪魔のウィルスだ」
「なっ!!」

ウェンやハワードも先程と同じく驚いたが、先程のロイの言葉には驚かなかったトオルが、今度は声を上げて誰よりも驚いていた。

「ちょっと待ってくれ隊長!俺はそんな話聞いてないぞ!それにこの街がこうなったウィルスを創ったのはテロリストなんだろ!?」
「そうか、お前はそういった説明を受けたんだったな。残念ながら、それは全て偽情報だ」
「それはどういうことだ!!」
「落ち着けトオル、その辺りの事情も含めて話をする」

座っていた机から降りて今にも飛び掛らんばかりの勢いのトオルを宥めて話を続けるロイ。

「まずはウィルスについてだ。街に蔓延しているT−ウィルス、これはアンブレラ製薬会社の設立者の1人オズウェル・E・スペンサー卿らが発見した始祖ウィルスを元に創られたものだ」
「その始祖ウィルスって言うのは何かしら?」
「残念ながら始祖ウィルスについての詳しい事は一切わからん。確かなのは始祖ウィルスに現存している様々なウィルスの遺伝子をを組み合わせ、実験を繰り返した結果T−ウィルスが創られたということだ」
「じゃあ、T−ウィルスについて知っている事は?」
「いくつかの特性がある。1つ目、このウィルスの感染力は凄まじい。生きているもの全て、人間や動物は当然ながら植物にさえも感染する。そしてただ感染する訳ではない。植物に感染した場合、巨大化すると共にある程度の知能を有することが確認されている」

その言葉に息を呑む一同。
一般的に植物には知能がない。思考・知能を有する核となる脳が構造上存在しないからだ。もし知能があると仮定した場合に挙げられるのは、太古から引き継がれている繁殖することのみでそれ以外は無いと言っても過言ではない。だが、その植物に知能を持たせる事の出来るT−ウィルスは異常のほかにならなかった。

「ちなみに知能を持った植物はどうなるの?」
「報告にあった数が少ないから一概には言えないが、凶暴化するのは確かのようだ。その内の1種類は元は何なのか区別がつかないくらい成長し、ツルを使って獲物を捕獲して血液を吸収していたそうだ。また自身が獲物を捕獲したり、無防備な状態にあるときはツルを扉に巻きつけて外敵の侵入を防いでいたという報告も上がっている」
「そこまで凄いことになっちゃうんっすね……」

ウェンが驚きとも感嘆とも取れる呟きを洩らす。植物に感染しただけでこうなってしまうのだ。人間や動物に感染したらどの様になってしまうのだろうか?
いや、少なくとも人間だけはわかっている。今、街に溢れているゾンビが恐らく感染した人間の末路なのだろうということが用意に想像出来た。

「次に人間や動物に感染した場合だ。簡単に分けて脊椎動物と無脊椎動物の2種類がある。無脊椎動物が感染した場合は基本的に巨大化が多い。脊椎動物の場合は凶暴化と-----」
「ゾンビ化ってことね?」

ロイの言葉をシェイルが繋ぐ。頷くロイが説明を続けようと口を開くが、シェイルが発した言葉で続ける事が出来なかった。

「そしてそのゾンビ化した人の事なんだけど、あれは生きたままなったのね?」
「どういうことだ?」

シェイルの言葉にトオルが疑問を口にした。当然ウェンやハワードもその疑問が真っ先に浮かんだ。

「そのままの意味よ。仮説だけど、人間がそのT−ウィルスに感染すると何らかの原因によって見た目や行動がゾンビのようになるってことよ。だからゾンビとなって街を徘徊している人達は”死んでゾンビになった”んじゃなくて、”生きたままゾンビのように”なったってことよ。そもそも生物学的に考えて死んだ人間が生き返るはずがないわ」
「じゃあ、その仮説が正しかったら俺達が倒してきたのはゾンビって化け物じゃなく生きた人間だったってことかになるのか?」

シェイルはトオルの言葉に頷き、更に言葉を続けていく。

「そうなるわ。もっとも、ああなった時点で人間としては死んでるのと同じでしょうけど……。それともう1つ。これもまだ仮説でしかないんだけど、T−ウィルスに感染した人間は知能が著しく低下する。更に皮膚は新陳代謝機能の停止、もしくは異常活発による極度のエネルギー消費によって腐敗していく。もし腐敗の原因が前者だった場合は知能低下に伴っての食欲増大の極度の空腹感による、後者だった場合はエネルギーの補給をする為の捕食行動が人食い行動になっているんじゃないかしら?それと死体を調べてわかったことなんだけど、Tーウィルスの作用で外見は腐敗している上に肉体破損もしているけど体の筋力・耐久力は下がるどころか逆に上がってるわね。これもウィルスの作用によるものって考えているのだけれど?」

言い終わると同時にロイに視線を持っていく。他のメンバーも必然的にロイに視線が集まった。ロイは全員の視線を受け、少し間を置いてから口を開いた。

「感染者によって多少の個人差はあるが、概ねシェイルの立てた仮説は当たっている」

ロイからの肯定の言葉に場が暗い雰囲気に包まれる。トオルは拳を机に叩きつけ、ウェンは暗かったその表情を更に暗くし、ハワードは一見平静を装っているように見えるが手が真っ白になるくらいに力を入れて握っていた。仮説を立てたシェイル本人も多少はショックを受けたようで表情が暗かった。唯一、リックだけは平然としていた。
場を重苦しい空気が支配するが、ロイが再び口を開き話を進めていく。

「話を続ける。先程シェイルが話したのは人間にだけ当てはまるものではなく、脊椎動物なら大半が該当するものだ。1番いい例が犬だな。ウェンなら見たからわかるだろう」
「あっ、はいっす」

ウェンは大通りで遭遇した犬のゾンビを思い出す。あの時襲ってきた多種多様の犬達は確かにシェイルが言っていたことに該当した。

「それと感染者には悪いが区別を付けるという意味で今後、感染者の事はゾンビと呼ぶようにする。さて、次に2つ目の特性だ。T−ウィルスは遺伝子レベルで宿主を選ぶ。基本的に3つの分類に分けられ、不適合、適合、非感染だ。不適合はその名の通りで、ウィルスに感染しても宿主の遺伝子が拒否反応を起こす。その成れの果てがゾンンビだ。適合は遺伝子レベルでTーウィルスとの相性がよく、その遺伝子を持った者が見つかった場合はB.O.Wの素体にされる」
「B.O.W?」
「Bio・Organic・Weapon(バイオ・オーガニック・ウェポン)、略してB.O.W。アンブレラが創り出した生物兵器の総称のことだ。そのことについては後で触れるとして非感染について先に話しておく。非感染は二次感染ではウィルスに感染しない。例えば感染者から引っ掻かれたり噛み付かれたりすると感染してしまうが、非感染の場合はそれがない。もっとも、直接注射等でウィルスを体内に入れられれば別だがな」

そこでロイは一旦言葉を区切り、足元にあったミネラルウォーターのペットボトルを取ると蓋を開けて喉を潤す。そのタイミングを見計らって話が始まって以来口を開いてなかったリックが口を開いた。

「ロイさん、何かそういった内容をコピーしたディスクなりフロッピーなりの情報媒体を持ってないですか?もしそういったものがあるなら、見せてもらったほうが手っ取り早いんですけどねぇ」
「確かに内容をコピーしたディスクがあるが、肝心のPCがない。生憎とここにあったPCは全て死んでいるぞ?」
「それなら心配無用ですよ」

そういってリックが持ってきていた荷物の中からノート型PCとそれに繋ぐ外部バッテリーを取り出した。それを見てロイは溜め息を吐いた。

「そういうものを持っているなら早く言ってくれ……」
「先輩、それどうしたんっすか?確かそんなのは持ってきてなかったと思うんっすけど?」
「あぁ、ハワードと再会した家にあったのを拝借させてもらったんだ。何かに使えないかと思ってね」
「それ、火事場泥棒じゃないのよ」
「緊急事態だ。それよりもロイさん、ディスクを」

シェイルの批難の声を他所に、リックは手早くノート型PCを起動させる。
ロイは多機能ベストの内側から手の平大の銀色に光る薄めのケースを取り出し、リックにそれを渡す。受け取ったリックが開けると中には普通のディスクより一回り小さいディスクが入っていた。ディスクを取り出すと、PC横に付いているスロットを開けてディスクをセットして閉じる。すぐに読み込むための起動音を響かせてディスクを読み込んでいき、ものの1分もしないうちに読み込みが終了した。

「パスワードは『counterattack』だ」

開かれたウィンドにパスワードを打ち込むと、各種分類別に分けられたフォルダが表示された。リックはそのうちの1つの『virus(ウィルス)』と書かれたフォルダを開いた。開いてものを見たリックは少しだけ目を細め、他のメンバーにも画面が見れるようにPCを机の上に置く。
画面右上には何かの螺旋図、残りのスペースには説明と思われる文が書かれていた。

「? 何っすか、その螺旋図は?」
「これは……T−ウィルスの遺伝子図ね。横のは…これについての説明みたなものね」

画面を食い入るように見つめるシェイル。ウェンも何とか画面を見ようと試みるが、シェイルの頭が邪魔をして遺伝子図辺りしか見れない。いつのまにかウェンの後ろに移動していたトオルも同じようで、ウェンの後ろから見ようと試みているが同じように見えない。

「ちょっとトオルさん。押さないでくださいっす」
「仕方ねぇだろ、見えねぇんだからよぉ」
「なら反対側に回るか正面から見てくださいっす」
「あっ、そっか」

ウェンに言われて初めて気が付いたといった感じに場所を移動しようとするトオル。
と、そのタイミングでシェイルが視線を画面からロイに移す。

「……ロイさん、ここに書いてあることは全て本当のことなのよね?」
「間違いなく本当のことだ」
「そう。まさかとは思ってたけど、現実にこうやって知ってしまうと辛いものね」
「何かあったんっすか?」
「ここ、見てみなさい」

いつのまにかページが移動しており、シェイルが指差さした文のところには先程ロイが口頭で説明していたウィルスの特性が載っていた。1つ目は感染力、2つ目は感染した場合の効果、そしてその下には更に3つ目の特性が載っていた。

”T−ウィルスの発病者及び感染者を現段階では治療することは不可能”

「治療することは不可能……」
「感染したらそれまでってぇことか」

その一文を見てウェンとトオルが思ったことを口にする。反対側から見ていたハワードさえも何とも言い難い表情をしていた。

「ワクチンはないのね?」
「ああ、現状ではない。一応は救出部隊全員にウィルス抗体を投与させられてるが、ここまで酷いとどこまで効果があるかわからん」

そこでシェイルは何かを考えるように立ち上がり、まとめて置いてある自分の荷物の所までいくとバッグから医療道具を取り出した。

「ロイさん、悪いんだけどあなたの血を少し貰えないかしら?」
「構わないが、何に使うんだ?」
「ワクチンがないなら自分で作るわ。って言っても、今ここで作るわけでもないけどね。とりあえず、抗体を持った人のサンプル回収ってところよ」
「わかった」

ロイは頷くと執務用の机まで移動して袖をまくって腕を出す。シェイルは医療道具の中から注射器とゴムチューブ、それと消毒液と脱脂綿を取り出して血を取る準備に取り掛かる。

「シェイル、キミはワクチンを作れるのか?」
「作れないわよ、今はね。でも、いつかは作れるようになってみせるわ。さっきも言ったけど、とりあえずはサンプルの回収よ」

話しながらもシェイルはテキパキと作業をこなしていく。そしていざ注射器を刺した時、

「こいつは!?」

いきなりトオルが大声を上げ、その声に驚いたシェイルは危うく注射器の針を根元まで刺しそうになった。

「ちょっと急に大きな声を出さないでよ!」

大声を上げたトオルに抗議するがトオルはまったく聞いておらず、その視線はノート型PCに釘付けになっていた。またトオルだけでなく、ウェンとハワードも視線はそちらに釘付けになっていた。

「どうしたの?」
「わからん。さっきと違うフォルダを開いてコレを見た瞬間にこうなったんだ」

今一事態の飲み込めないシェイルがリックに聞くと、リックがノート型PCの画面を見えるように向けてくれた。
画面右上に映っていたのは、この図書館に避難していた人達を皆殺しにし、更にはグレンとダンの命を奪った赤いゴリラのような生き物が映っていた。
それを見たシェイルの顔も驚愕に染まり、その画像の上には

”ハンターβ”

と書かれていた。






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