十一章 護るべきもの 十一章 護るべきもの


十一章 護るべきもの




国道八号線・市街地側―――――

「陸自の連中、全然動きませんね」
「意地でも俺達を県庁へ入れさせないつもりなんだろ」
「でも、息子さんの情報は確かなんですか?まだ、高校生なんですよね?」

 指揮車の上から、県庁側の陸自の動きを監視している
 一人の警官が横に立っている男、石川県金沢市中央警察署所長「宮鍋芳和」に尋ねる。
 所長と言っても今は県内のほとんどの警官隊を指揮する県内で唯一ゾンビ達に対抗できる集団の司令官であった。
 芳和は分厚い防弾チョッキを着込み、肩から対テロ特殊部隊《S.A.T.》が正式採用しているMP5A5をぶら下げながら答える。

「当たり前だろ!俺の息子だぞ!!」

 双眼鏡を覗き込んでいた警官の頭に、大きな拳が物凄い速度で振り下ろされる。

「っつぅ……すいません、失言でした」
「わかればいい」

 芳和はその警官を一瞬見下ろし、またすぐに反対側に陣取っている
 陸上自衛隊の方へ顔を向けた。その指揮車の後ろには、石川県中からかき集められた警察署職員や、《S.A.T.》の隊員達の姿があった……

国道八号線・県庁側―――――

「隊長、我々はいつまでこうやってじっとしていればいいのでしょうか?」

 一人の若い兵士が、両腕を組み仁王立ちしじっと警官隊を見つめる男に話しかける。

「上から別命あるまで待機、だ。しかし、いくら国を護る為とは言え同じ人間を相手にしなければならんとはな」
「ですよね、俺達の本来の敵はあのゾンビ達なんですから」
「まぁ、いい。余計な詮索はそれまでだ。任務に集中しろ」
「了解」

 男は部下に厳しい口調で言うと、腕を解き道路から少し離れた位置に設営してある仮設テントの中へと消えて行った。

「どうだ、上から連絡は?」

 男がテントの中の机の上に置いてあるパソコンのモニターを見つめている兵士に尋ねる。

「はい、連絡はなし。警官隊を県庁へ入れるな。とだけですね……」
「そうか、ありがとう」
「いえ、任務ですから!」

 男が兵士の肩を叩きながら言うと、兵士が敬礼をしながらに向かって言った。

「そうか、では何かあればすぐに報告してくれ」

 男はそう兵士に言うと、ゆっくりと歩き出しテントから出ようとする。

「了解しま――――待ってください!隊長、八号線をこちらに直進してくる車を発見しました」
「詳細は?」
「映像を見る限りでは民間のワゴン車だとは思うのですが……」
「今頃、ただの民間人がここを通るわけないだろう?」
「じゃあ、こいつらが要注意リストの?」
「そう考えるのが妥当だろうな」

 パソコンのモニターにはあの五人が乗ったワゴン車が映し出されていた……

国道八号線上・ワゴン車内―――――

「なぁ、フセ聞いてもいいか?」

 ディックが静まり返った車内で一人、口を開く。

「なんだ?」

 ベネリを大事そうに抱えている布施が答える。

「お前の両親の事だよ。ずっと養護施設だったんだろ?」
「あぁ、まぁな。小学校に上がる時にはもう施設暮らしだった。」

 布施が窓の外を眺めながら呟く。

「それ、俺も聞きたい!」
「貴史は運転に集中しろよっ」

 細井が振り向き布施に言うと松永が細井の頭を掴み、無理矢理捻った。

「良くある話さ、俺が小さい頃、親父が俺とお袋を置いて出て行った。それでお袋は俺を食わせる為にひたすら働いた。でも、所詮女だ。一人でそれだけ稼ぐには限度がある。最後は過労で死んださ……」
「そうか、聞いて悪いな。一応、その辺も把握しておかなくちゃいけないんでな。でも、なんで施設に?親戚もいるだろ?」

 ディックが布施に謝りながらも更に尋ねる。

「俺は望まれた子供じゃなかった」
「はぁ?それ、どういうことだよ」

 二人の間で黙って話を聞いていた宮鍋が言った。

「親父にはちゃんとした相手が居たんだよ。もちろんその相手との間にも子供がいたし……」
「愛人、か?」

 助手席で黙って話を聞いていた松永が口を開く。

「そういうことだ。親戚はみんな反対したが、お袋は反対を押し切って俺を産んでくれた」
「そうか、もういい。ありがとな」

 ディックはそう言うと窓の外に眼をやった。

「お袋、僅かだが俺の中に残ってるあんたとの思い出、しっかり護り抜いてみせるからな……」

 反対側では布施が首に掛けたネックレスを取り出しネックレスに通してある指輪を強く握り締めていた。

「ん?アレなんだろ?」
 
 その時、松永に怒られて黙って前を見て運転していた細井の声が車内に響く。
 五人の乗ったワゴン車の前方には三台のパトカーが並び道を塞いでいた。

「やばい、警察だ!俺、無免許運転だよ!?それに銃も隠さないとっ」
「今更何言ってんだか。いいから止まりなよ」

 細井が叫ぶと松永が呟いた。

「君達、今頃こんな所を走って何をしているんだね?」

 細井がワゴン車をパトカーの前で止めると、一人の警官が車の中を覗き込みながら近づいてくる。

「な!?こいつら銃を持っているぞ!!」

 車に近づき、中を覗き込んだ警官が叫びパトカーの周りに居た他の警官を呼ぶ。

「なんだって!」
「本部!こちら北側検問所!不審者を発見!銃器を所持している模様!至急、援軍を送られたし!」

 二人の警官がワゴン車に向かって走ってくる中、一人の警官がパトカーの中にある無線を使って援軍を要請していた。

「ちっ、面倒な事になってきたな……」

 ディックは呟くと勢い良くドアを開き外に飛び出る。

「お、おい、ちょっと待てって」
「しゃあねぇ、やるか」

 宮鍋の制止も聞かずに布施がディックに続き反対側のドアを開け外に飛び出た。

「所長!北側の検問所が銃器を所持した不審者を発見した模様です!」

 一人の警官が芳和に向かって叫びながら走ってくる。
 次の瞬間その警官の頭に芳和の右拳が素早く振り下ろされる。

「司令と呼べ司令と!北側か。よし、私が行こう」

 芳和は振り下ろした拳を解き、MP5を握り締めると指揮車から飛び降り、北側検問所へ向かって歩き出した―――――

「いってぇ……」

 叫びながら走って来た警官が頭を抱え込んで地面に座り込んだ。


「君達、止まりなさい!止まらないと―――――」

 一人の警官が「ニューナンブ」の愛称で呼ばれるミネベアM60を構えながら、ゆっくりと歩いてくる布施とディックに向かって唇を震わせながら言う。

「そんな小っちゃい拳銃で何が出来る?」

 ディックはそう呟くと、右足を上げ左足を軸に回転しながら右足の踵で警官が構えていたニューナンブを蹴飛ばし、警官を睨みつけ、G36Cの銃口をしっかりと警官の眉間に向ける。

「お前達、調子に乗るなよっ!」

 もう一人の警官が布施に向かってニューナンブを構えながら怒鳴る。

「それは―――」

 布施がベネリのグリップで警官の顔を殴り、警官がふらつくと右足で警官の足を払い、倒れこんだ警官に向かってベネリの銃口を突きつける。

「こっちの台詞だ!」
「このやろぉ!」

 残った二人の警官がディックと布施に向かって走ってくる。

「おい、だからあんた達も待っててば―――」
 
 宮鍋がワゴン車から降りながら言う。
 が、二人の警官が止まる事はない。
 すると、松永が助手席からゆっくりと降り、ワゴン車の上に軽く飛び乗る。

「翔平?何するつもり?」

 細井が運転席から降りながら、ワゴン車の上へ顔を向けながら松永に言うと、松永がワゴン車の上から走ってくる警官達に向かって飛び降りた。

「うぉ!?」
「なんだ!!」
 
 二人の警官が驚きその足を止める。
 と、次の瞬間松永が素早く立ち上がり、右手で刀を引き抜き、右側に居た警官の喉元に切っ先を突き付ける。

「お前、何し―――」

 もう一人の警官が松永に掴みかかろうとした時、その額に冷たい金属の感触が伝わり動きを止めた。
 松永が右手に刀を、左手にサムライエッジを握り締めながら呟く。

「今はあんたらをいちいち相手にしてる暇は無いんだよ……」

 三人が四人の警官の動きを止めていると、パトカーの方から近づいてくる人影が三人の視界に入る。

「まだ、いやがるのか」
「そりゃ警官はたくさん居るでしょ」

 布施と松永が呟く。

「おい、お前達そこの連中は不審者じゃないぞ!!」

 人影の中心に居るMP5を構えている大柄な男が叫ぶ。

「所長!?」

 ディックにG36Cをつきつけられていた警官が、言いながら人影へ向かって走る。

「司令だ!バカ野郎っ!!」
 
 MP5を構えていた男がMP5から右手を離し拳を警官の頭に振り下ろす。

「すいません。司令、それでどういうことです?あいつらが不審者じゃないって、どう見たって怪しいんですけど?」
 
 頭を押さえながら警官がワゴン車の方を見ながら言う。

「親父!!」

 その時、宮鍋が人影の中心にいる人物に向かって走り出す。

「おぉ、有輝!!無事だったか!!」

 その男はMP5から手を離し両手を広げ、自分に向かって走ってくる息子を抱きしめようとした。
 が、その息子は男の手前で立ち止まる。

「親父?」

 布施がベネリを警官の顔からどかし、首を捻りながら呟く。

「じゃあ、あの人が有輝の……」
 
 松永は刀をゆっくりと反転させ鞘に納め、サムライエッジのセーフティをかけながら呟く。

「お父さん!?」

 細井が叫んだ。

「どうやらそうらしいな……」

 ディックがG36Cのセーフティをかけ手を離しながら呟く。

「親父!奴らの尻尾を掴んでやったぜ!」

 宮鍋が嬉しそうにポケットからDVD−Rを二枚取り出しながら叫ぶ。

「お、おう。ご苦労だったな」

 芳和が少し戸惑いながらDVD−Rを受け取る。

「司令、それがアンブレラと政府の?」

 布施にベネリを突きつけられていた警官が、芳和の方へ歩きながら尋ねた。

「そうだ、これが証拠だ。言っただろ?俺の息子は必ずやるって」
「別に指令を疑っていたわけではありませんけど……」

 松永に押さえ込まれていた警官の一人が歩きながら呟く。

「まぁ、そういう訳で彼らは敵じゃないってことだ」

 芳和が四人の方を見ながら言う。
 と、ゆっくりとディックが芳和に向かって歩いていく。
 芳和の後ろに居た二人の隊員がMP5を握る手に力を入れる……

「ディック=ブランです。以後お見知りおきを」

 ディックが右手を差し出し言う。

「ほぅ、日本語が喋れる外人さんは初めてだな。宮鍋芳和だ、息子が世話になったみたいだな。礼を言うよ」

 芳和がディックの右手を握り返しながら言った。

「いえ、彼は一人でもここまで来れたと思います」
「そうだぜ親父」

 ディックが笑いながら言うと宮鍋が続いて言った。

「おやおや、冗談も上手いらしい」

 芳和が宮鍋の方を見ながら笑った。

「親父!!」

 宮鍋が自分の親父の腹に向かって右ストレートを放つ。

「ははは、で、そっちの子ども達は?」

 芳和が笑いながら自分の息子の頭に拳を振り下ろすと、細井の方を見ながら言った。

「いってぇ……」
「あ、はい。細井貴史!有輝さんの友達です!」

 宮鍋が頭を押さえながら地面に座り込み、細井が大きな声で言った。

「布施大将、以下同文」
「松永翔平、同じく有輝の同級生です」

 それに続いて布施と松永が軽く自己紹介した。

「まったく高校生と言うのに面白い格好だな」

 芳和が三人の服と持っている銃器を見ながら言う。

「ここまで生き抜くにはこうするしかなかったんですよ。逮捕しますか?」

 ディックが笑いながら言う。

「いや、今の私はいち警察署の所長では無いからな。そのような権限はないよ」
「警官隊の総司令ってか?あんま調子のっ―――」
「うるさいぞ」

 宮鍋が立ち上がりながら言うと、また頭に衝撃が走る。

「まぁ、こんな所で立ち話もなんだし、あっちでゆっくりと話そうではないか?」

 芳和がディックに尋ねる。

「はい、その方が有難いです」

 ディックがそう返事をすると、芳和は反転し、パトカーが群がる方へ向かって歩き出す。
 それに続き隊員と警官達が歩き出す。

「有輝、大丈夫か?」

 松永が宮鍋に言いながら近づく。
 それを横目で見ながらディックが警官たちの後を追い、布施と細井がそれに続く。

「別に大丈夫だ!」

 宮鍋はそう叫ぶと、三人の後を追い出した。
 それを見た松永は少し笑いながら最後にその場を立ち去る―――――

「警官隊と接触しましたね」

 パソコンのモニターを見ていた兵士が呟く。

「確定だな」

 男が呟くと、兵士が叫ぶ。

「上からの命令です!『接触した四人を射殺せよ。警官隊が邪魔をする場合はそちらも射殺しても構わない』だそうです」
「民間人をか。三人はまだ子どもだぞ?嫌な仕事をくれる」

 兵士の言葉を聞いた男はそう呟きながらテントを出て行った。

「動くぞ」

 男はテントを出るとテントの外で待機していた指揮官らしい兵士に呟く。

「はっ!」

 それを聞いた兵士は敬礼をすると、指揮車の方へ向かって走り出した。

「全員戦闘態勢だ!マニュアルは全て眼を通したな?」
「イエス、サー!」

 一人の兵士が待機していた百五十人ほどの兵士達に向かって叫ぶ。
 勢い良く返事をした兵士達の手には米軍が採用しているM4A1が握り締められていた。

「政府は何処からこんな物を?」
「アンブレラの連中からだろう。余計な詮索は不要だ」
「失礼しました」

 兵士は男に尋ねると男が呟き、兵士は敬礼してそう言うと指揮車の上へ登っていった。

「あの化け物共にはこれでも足りないくらいだろう……」

 男がそっと呟いた―――――

「それで、今回の事件の黒幕は?」

 芳和が指揮車の後ろで座って缶コーヒーを飲みながらディックに尋ねた。
 指揮車の上には代わりに息子が立っている。

「アンブレラか、日本政府か。見極めは難しいですね、どちらも黒幕といっても間違いではないでしょう。陸自はただ手先として動かされているだけでしょうから……」
「ってかよ、呑気にお喋りしてる暇じゃねぇだろ!?早く県庁へ行ってウィルスを爆破しねぇと!」
 
 ディックが呟くと、布施が立ち上がりながら怒鳴る。

「「どうやって?」」

 細井と松永が同時に言う。

「陸自だろうがなんだろうがぶっ飛ばして行きゃ良いじゃねぇか!」
「威勢の良い子どもだな」

 芳和が布施を見ながら笑う。

「んだとぉ!」

 布施が芳和に殴りかかろうとする。

『警官隊の諸君に告ぐ!そちらに合流した四人の民間人をすぐに我々に引き渡したまえ!そうすれば諸君には危害は加えない!しかし、抵抗するのであればこちらにも考えはある』

 県庁の方から拡声器を通しての声が聞こえて来た。

「なんだと!?」

 布施がそう言いながら指揮車に登りだした。

「あ、おい!布施!!」

 松永が立ちあがり、それにつられて細井も立ち上がる。

『ふざけんじゃねぇ!!誰がてめぇらなんかの所へ行ってやるもんか!!』

 布施が指揮車の拡声器を使って怒鳴る。

『君達には射殺命令も出ている、警官隊にも発砲許可は出ているんだがな。二十分だけ猶予をやろう』
『なんだと―――――』

 陸自の兵士の言葉に布施が戸惑う。

「そこまで政府は必死なのか?」

 ディックが呟く。

「もう!布施!!早く降りて!」

 細井が指揮車に登り、布施を引きずり降ろす。

「ディックさんどうするんですか?」

 松永が指揮車から落ちてきた布施を横目で見ながらディックに尋ねる。

「あっちへ行く。ここに居ても余計な被害が出るだけだ」
「俺もそれがいいと思います」

 ディックがそう言うと松永がディックに賛成し、サムライエッジを握り締める。

「いや、それでは民間の子ども達を危険に晒す。市民を護る私達としてはそれは避けたいんだが」

 芳和が立ち上がりながらディックに向かって言う。

「それはそうですが、状況が状況です。それに今の彼らはただの民間人じゃない。《S.T.A.R.S.》の一員ですからご心配なく」

 ディックが松永の肩を叩きながら言う。

「いや、しかしだな……」
「あなたの息子さんは置いていきますから」

 なおもディックの意見に反対する芳和に向かってディックが言う。

「そうそう、俺達は大丈夫ですよ!」
「お前がそんなこと言っても説得力ねぇよ!」

 細井が弾んだ声で言うと、布施が立ち上がりながら細井の頭を殴り呟く。

「そうか、君達なら大丈夫か。じゃあ、任せるよ」
「はい。わかりました。警官隊はここで待っていて下さい」

 ディックはそう言いながらG36Cをしっかり構えた。

「わかった。じゃあ、好きな物を持って行ってくれ。と言っても何もないがね」

 芳和が苦笑いしながら四人に向かって言う。

「じゃあ、俺はこれとこれー」

 細井がそう言いながら方に担いでいたクルツを投げ捨て、指揮車に立てかけられていたMP5A5を二丁、肩に担ぐと、予備のマガジンをパウチに詰めだした。

「本当に大丈夫かよ・・・」

 布施がそう言いながらベネリをしっかりと構え直す。

「ショウヘイも装備を整えておけよ。俺は少しルナと話してくる」
「了解」

 ディックはそう言うと指揮車から離れていった。
 それを見届けながら松永は傍らに置いてあった缶コーヒーを飲み出す。
 ふと指揮車の方に目をやると上から宮鍋が飛び降りてきた。

「有輝!いきなりなんだよ!」

 松永が驚きコーヒーを噴き出しながら怒鳴る。

「あぁ、悪い。これ良かったら使えよそっちの九ミリよりは強いぜ。その分扱うのが相当大変だけど」

 宮鍋が松永に謝りながら腰に収めていたデザートイーグルを取り出す。

「いいのか?それ有輝がずっと使ってたじゃないか」
「構わないさ、どうやら親父があっちには行かせてくれそうにも無いし、こっちにはまだまだ武器はあるからさ」

 宮鍋が少しうつむきながら言う。

「ありがと、大事に使わせてもらうよ」

 松永が笑いながら宮鍋からデザートイーグルをホルスターごと受け取る。

「弾はこっちにあるからさ、あんま多くないから使い所は見極めろよ?」
「それはご心配なく。それよりも、もしゾンビがこっちに来たらその時は頼むぞ」

 松永が宮鍋の忠告を軽く流すとデザートイーグルを右の太腿に装備し、予備のマガジンを空いているパウチに詰めだす。

「それは任せな。俺と親父がいれば問題ない」

 宮鍋が自信に満ちた顔で言った。


「ルナ、さっきのデータ解析の方はどうなってる?」
『とっくの前に終ってたけど、会話の邪魔しちゃいけないと思って』
「わざわざ気を使わせてすまないな。それで内容は?」
『いいわよ、気にしないで。データの方だけど、やっぱり政府に流してるわね入院患者、つまりT-ウィルス感染者の情報を―――』
「やっぱり繋がってるか」
 
 ディックがルナの言葉を聞きG36Cのグリップを握り締める―――――

『これからどうするの?もう、県庁の目の前なんでしょ?』

 ルナがディックに心配そうに尋ねる。

「あぁ、陸自の連中の所へ行って軽くご挨拶をしてくる」
『え!?陸自は政府の飼い犬よ!?そんな所に乗り込んだら』

 ルナがろりめきながら声を荒げる。

「蜂の巣、だろうな」

 ディックが相変わらずの口調で笑いながら言う。

『冗談言ってる暇じゃないでしょ!?』
「わかってる。こっちだって冗談で蜂の巣になる気はないからな」
『何か考えがあるならいいけど、任務の事忘れないでよ?』
「わかってるさ、『未来を護る』だろ?でも、その前に俺は『今』あいつらを護ってやらなきゃならない」
『そうね、彼らはまだまだ若いから』
「未来がある。だが今死んでしまえば未来は無いからな」

 ディックがセーフティを解除しながら呟く。

『気をつけて』
「了解」

 ディックはルナに返事をすると指揮車の方へ向かって歩き出した―――――

「しょ、じゃねぇや、司令!繋がりましたっ!」
 
 一人の警官が、指揮車の近くに腕を組んで立っている芳和に向かって叫びながら通信機を抱えて走って来た。

「おぉ、そうか!よくやった!」

 芳和がそう言いながら通信機を受け取った。

「繋がったって?」

 パウチにマガジンを入れ終えた松永が宮鍋に尋ねる。
 それに気づいた細井と布施が松永の後ろに立ちながら興味深そうに通信機に眼をやる。

「松永君と細井君のご両親とだよ」

 芳和が呟く。

「え!?」
「マジですかっ!?」

 松永が驚き、細井が喜びながら大声を上げる。

「あぁ、《S.T.A.R.S.》の連中からこいつを渡されて君達が来たら連絡を取ってくれと頼まれたのでな。ほれ細井君、君のお母さんだ」

 芳和はそう言うと通信機を細井に手渡す。

「マジで!?ありがとうございます!」

 細井はそれを大喜びで受け取りながら通信機を耳に当てる。

「貴史?貴史なの?」

 通信機から女性の声が漏れる。

「母さん!?俺です、貴史ディス!」

 細井が大声で返事をする。

「ったく細井の野郎、無駄に声がでかいんだよ!」
「まぁまぁ、俺らはあっち行ってよう」

 布施が怒鳴りながら細井の頭を殴ろうとすると、松永がそれを制止し、細井から少し離れた。

「元気なの?怪我とかしてないの?それに―――」

 細井の母親であり元アンブレラの研究員、「細井浩子」が次々と細井に質問していく。

「ちょっと母さん、そんなにたくさん言われても答えられないよ!とにかく俺は無事、怪我も何もしてないし、今は翔平と一緒だから」

 細井が少し戸惑いながら返事をする。

「そう、それならよかった。翔平君に迷惑かけちゃダメよ?」
「わかってるよっ!父さんは?」
「恥ずかしがり屋なのよ。気をつけなさいって言ってたわ。これから行くんでしょ?」
「ウェイ!みんなの笑顔を護る為に戦ってくる!」
「そう、みんなの笑顔を、大変ね。気をつけてらっしゃい」
「ウェイ!」

 浩子が笑いながら細井に言うと、細井はまた大きな声で返事をすると耳から通信機を離し、松永の方へ歩いてきた。

「はぁ?あいつ何寝ぼけた事言ってんだよ」

 歩いてくる細井を見ながら布施が呟く。

「あれ、貴史の好きな特撮の主人公の台詞だよ。もういいのか?」

 松永が布施に向かって笑いながら言うと、目の前にいた細井に尋ねる。

「うん、次は翔平の番だよ」
「ありがと」

 松永は細井から通信機を受け取るとそっと耳に当てる。

「お袋?」

 松永が小さな声で呟く。

「翔平!?無事なの?」

 すると通信機の向こうからあの英雄「松永千賀子」の声が聞こえてくる。

「あぁ、俺は大丈夫だよ。元気にしてるさ。そっちこそ大丈夫だった?」

 松永はゆっくりと返事をすると逆に尋ねる。

「まったくビックリしたわよ!いきなりゾンビ共が入ってくるんだから!」
「それで?どうしたのさ」
「ほうきでブン殴ってやったわ!」
「そりゃすげぇ、まだまだ現役だね」

 松永が笑いながら言う。

「冗談じゃない!二度とあんな目になんか会いたくないわよ!!窓からいきなり《S.T.A.R.S.》の連中は乗り込んでくるし……」
「それは助けに来てくれたんでしょ?」
「窓を破って入ってきたのよ!?蓮が怪我したらどうすんのよっ!!」
 
 通信機から怒声が漏れる。

「俺に怒らなくても。そうだ、吉広とか蓮とか拓は?無事なの?」

 松永が弟達の安否を確認しようと千賀子に尋ねる。

「あったりまえでしょ!私を誰だと思ってんの!?」

 千賀子が声を荒げて言う。

「はぃはぃ、わかりましたよ」
「それよりもあんた、今から県庁に乗り込むのかい?」

 松永が呆れながら返事をすると千賀子が松永に尋ねる。

「あぁ、行くよ。ディックさんと一緒にアレを爆破しに―――」
「そう、気をつけなさいよ。《S.T.A.R.S.》の人に迷惑かけないように」
「あぁ、わかってる。貴史みたいに『みんなの笑顔を護る』なんて言えない。けど」
「けど?」
「自分の仲間ぐらいは護ってみせるよ」

 松永が通信機を握り締めながら呟く。

「そうね、翔平にはそれぐらいが丁度いいわ、行ってらっしゃい」

 千賀子が優しい声で松永に言う。

「行ってきます」

 松永はそう言うと、通信機の電源を切った。

「もう、いいのかね?」

 芳和が松永の方へ歩み寄りながら尋ねる。

「はい、ありがとうございました」

 松永はそういうと通信機を芳和に手渡す。

「よし、三人共準備はいいか?」

 指揮車の方へ歩いてきたディックが三人に向かって言う。

「おっせぇよ。とっくの前に準備は出来てる!!」

 布施がディックに向かって怒鳴る。

「なんで布施の奴怒ってんの?」
「まぁ、大体は察しがつくけどさ……」

 細井が首を捻り松永が呟く―――――

『猶予の二十分は過ぎた!今すぐに四人は投降したまえ!!』

 県庁の方から拡声器を通しての警告が聞こえた。

「じゃあ、行くぞ!」

 ディックがそう言いながらG36Cを構え、県庁の方へ向かって歩き出す。

「よっしゃぁ!陸自だろうがなんだろうがぶっ飛ばしてやる!」
「よぉし!俺も!」

 布施と細井が叫びながらディックの後を追いかけていく。

「お世話になりました。また会いましょう。有輝もしっかりな」
「君達も気をつけたまえ、健闘を祈る」
「おぅ、任せな」

 松永が芳和に深々とお辞儀をし、宮鍋の肩を叩きながらお礼を言い、反転すると県庁の方へ向かって歩いて行く。
 西の空に沈んでいく太陽が四人を真っ赤に照らしていた―――――



NEXT
小説トップへ
INDEX


Copyright(c) 2004 all rights reserved.