十二章 再会 十二章 再会


十二章 再会




 眩しい夕焼けの日差しの中、男はじっと腕を組み立っていた―――――
 男の視線は真っ直ぐと国道の向こうへと向けられている。

「あいつら、来ますかね?」

 一人の兵士がM4をしっかりと握り締めながら男に尋ねる。

「あぁ、《S.T.A.R.S.》なら来るだろう。警察が素直に行かせるかはわからんが」

 男が呟く。

「そうですよね、ったく警察の連中何考えてやがるんだ!我々の邪魔ばかり」
「そう、嘆くな。あいつらは市民を護らなければならないのだから仕方あるまい。それよりも、いつでも出来るように準備しておけよ」
「本当にやるんですか?」

 男の言葉に兵士が一瞬戸惑いながら聞き返す。

「それが上からの命令だ」

 男が少しうつむきながら呟く。
 その時、真っ赤に沈む夕日に照らされた四人の人影が男の視界に入った。

「来たな。全員、発砲準備だ」
「了解、全員セレクターレバーはセミに!目標は国道にいるあの四人だ!」
「イエス、サー!!」

 男の命令で一人の指揮官が動き、指揮官「竹中 信一」の命令で百五十人の兵士が動く、
 それはもはや自衛隊ではなく明らかに軍隊の動きだ。
 M4のセレクターレバーをセミに合わせた兵士達が一斉に国道へと銃口を向ける。

「ディック、ホントに殺り合う気なのか?」

 県庁の方へとゆっくりと歩きながら布施がディックに不安そうに尋ねた。

「バカ言え、勝てるわけ無いだろう。話し合い、さ」

 ディックが笑いながら言う。が、その眼差しは真剣そのものである。

「でも、自衛隊は国を護るのが義務でしょ、それなら当然国民も―――」
「それはどうかな?国を護る為なら少しの犠牲は問わないかもよ?」

 後ろではMP5を構えた細井が、左手をそっと鞘に添えたまま歩いている松永と話していた。

「さぁて、そろそろだな。お前達はそこに隠れてな、俺がパパッと片付けてくるからよ」

 ディックが立ち止まり降り返ると三人に向かって言った。

「え?何言ってるんですか?」

 松永が動揺しながらディックに尋ねる。

「いくらなんでも危ないからな、俺一人じゃお前ら三人の面倒は見きれん」
 
 そう呟くとディックは三人に背を向け県庁へ向かって一気に駆け出した。

「あ、ディック!」

 細井がディックの後を追いかけようとする。

「貴史、ディックさんにもきっと考えがあるんだよ―――」

 松永がそれを制止すると、国道の上を通っている高速道路の柱の陰まで細井を引っ張っていく。

「ったく、ホントに一人で大丈夫なのかよ?」

 布施が足元の石を蹴飛ばしながら柱にもたれ呟く。
 その時、三人の耳に無数の銃声が聞こえてきた。

「くそっ!ホントに撃ってきやがった!!」

 ディックがそう愚痴り道路を転がりながら県庁の方へ向かって銃口を向け、トリガーを引き柱の陰に隠れた。

『何か、作戦があったんじゃないの?』
「んなもんねぇよ!」
『無いって。まさか、本当に陸自相手に銃撃戦やるつもりだったの!!』
「あそこまで訓練されてるとは思わなかった……」
『ちょっ、あなた、どこまでバカなの!?よくそれで今までの任務がこなせてきたわね、オペレーターの私でも信じられないわ』
「ほっとけ……」

 指揮官の横でM4を構えていた兵士の右肩が弾け血が飛び散る。

「う、うあぁぁ……」
 
 兵士が右肩を抑えながら地面にうずくまる。
 それを見つけた衛生兵らしき兵士がすかさず駆け寄り応急処置を開始する。

「あの距離から当ててくるのか、さすが《S.T.A.R.S.》だな。次こそ仕留めろよ」

 指揮車の上で男が竹中に目配せする。
 それを見た竹中が手で合図をすると兵士達が動き出し、ディックの隠れた柱に向かって周囲百八十度から銃口を向けた。

「おい、ディック大丈夫かよ??」

 布施が身を隠しながらそっとディックに近づきながら尋ねる。

「バカ、何しに来た!?俺一人で十分だって言っただろ!」
「全然大丈夫そうに見えないんですけど」

 布施の後ろから細井が呟きながら姿を現した。

「俺は止めたんですけどね」

 さらにその後ろから身を縮めた松永が現れた。

『結局、みんな来ちゃったじゃない』

 ルナが笑いながら四人に言った。

「しょうがないか、とりあえず囮は俺がやる。お前達はあそこに見える指揮車を奪え」

 ディックが大きく息を吐くと、三人に向かって言う。

「いや、囮なら俺に任せな!そうと決まったらすぐに決行だ!!」

 布施がそう叫びながら立ち上がる。

「バカ!素人なんて蜂の巣だぞ!!」

 ディックが立ち上がり、布施の肩を掴もうと手を伸ばした時には、布施の体は柱から大きく乗り出し、その体が夕日で真っ赤に染まっていた。

「撃てぇ!」

 竹中が叫ぶと百五十の銃口から一気に弾丸が放たれていく。

「ん?待て……」

 指揮車の上に立っている男が呟く。
 が、銃弾の雨はやむ事はない。
 次の瞬間、布施の足元に一発の弾丸が届く。

「うぉ!?」

 布施が驚き右足を高く上げる。

「くそったれぇ!!」

 次の瞬間、布施は無意識のうちに県庁へ向かって走り出していた―――――

「くそっ!こうなりゃどうにでもなりやがれっ!!」

 ディックが布施に続き柱の陰から飛び出すと、G36Cを構えながら走り出す。

「嘘でしょ!?」
「やるしかないっ!」

 細井が二人の行動に驚いていると後ろから松永が叫びながら飛び出していった。
 それにさらに驚いた細井は三人に遅れて柱から飛び出すと一気に駆け出す。

『ちょっと!みんな!もう少し落ち着いて!!』

 ルナの声が虚しく四人のインカムから漏れ、銃弾の雨の中を四人が駆けていく―――――
 ディックの左肩を銃弾がかすめ左肩のタクティカルスーツの一部が砕ける。
 ディックはそれさえ気に留めずにG36Cを県庁の方へ向けトリガーを振り絞り、布施がそれに続いてベネリのトリガーを引く。
 前の方に片膝をついてM4を構えていた兵士の肩を五.五六ミリ弾がかすめ、兵士たちの前方に散弾が着弾し、コンクリート片を撒き散らす。

「うわぁ!」
「衛生兵!!」

 数人の兵士達が動揺し、一人の兵士が負傷した兵士を抱え衛生兵を呼ぶ。

「何をやっている!さっさと仕留めないか!えぇい!私がやる!!」

 その様子を見ていた竹中がM4をしっかりと構え、一番前に居た布施の眉間を狙う―――

「待て!!」

 指揮車の上から男が叫ぶが、既に竹中はトリガーを引いていた。
 竹中のM4から放たれた弾丸は、周囲の狙いの定まっていない弾丸の雨を横目にしっかりと布施の頭部目掛けて飛んでいく。

「布施!」

 ディックが叫ぶ。
 が、それよりも先に松永が布施の前方に回りこみ、刀をベルトから鞘ごと抜くと刀を顔の前まで上げ、鞘から少しだけ刃を覗かせる。
 次の瞬間、少しだけ露出した刃にM4から放たれた弾丸が接触し、甲高い音をあげながら跳弾した―――

「気をつけろよ、布施」

 松永呟きながら腰からサムライエッジを引き抜き片手で県庁の方へ向かって乱射する。
 サムライエッジから放たれた九ミリパラベラム弾は吸い込まれるように兵士達の肩や手足に命中していく。
 ディックはその光景を見ながら呟く。

「嘘だろ?」
「なんで人間同士で戦うんだよ!!」

 三人から遅れて駆けてきた細井がMP5を両手で構え自衛隊に向けて弾丸をばら撒く。
 細井がばら撒いた弾丸は偶然か兵士達の肩や手足に次々と命中していく。

「ほぉ、タカフミもなかなか……」

 ディックが呟きながら空になったマガジンを捨て新しいマガジンを装填する。

「くそっ!なんだ、あいつは化け物か?もう一発!」
「竹中!!止めろと言ってるだろう!!」

 初弾を外した竹中が更にトリガーを引こうとした時、指揮車の上にいた男が今までにない程の大声で怒鳴った。
 その怒声で竹中がトリガーから手を離し、呆然としているとそれにつられ他の兵士達もトリガーから指を離していく。
 次第に四人を襲っていた銃弾の雨が止む。

「なんだ、様子が変だぞ?」

 ディックがマガジンを交換し終えトリガーに指をかけ、まさに撃たんとしながら三人に向かって言った。

「どうしたんだろ?」

 細井が両手で構えていたMP5の一つから手を離し、もう一つをしっかり握り締めながら言う。
 その横では松永がサムライエッジのマガジンを交換しながら県庁の前に陣取っている陸自に向けて鋭い視線を向ける。

「おい、今の声。いや、嘘だろ!?あいつが、あんな奴がここにいるわけがない」

 そんな中、布施は1人で苦しんでいた。
 先程の男の怒声によって呼び起こされた過去の記憶がフラッシュバックし頭の中を駆け巡る―――――

「大丈夫か?布施、怪我でもしたか?」

 布施の異変に気づいた松永が布施に近寄る。

「なんでもねぇ!それよりも今がチャンスだろぉが!」

 布施はフラッシュバックを振り払うかのように叫ぶとまた駆け出した。

「布施の言うとおりだ!さっさと決めるぞ!」

 ディックが現状を把握しないまま布施の気迫に押され、陸自に向かって駆け出す。

「めちゃくちゃだな……」
「だよね」
 
 松永と細井は同時に呟きながらも二人のあとを追っていく。

「隊長、どうしたんですか!?先程から様子が変ですよ!!」

 竹中が男に近寄りながら尋ねる。
 が、男はそれを気にすることなく指揮車から飛び降りると、自分達に向かって走ってくる四人に向かって武器も持たずに歩き出す。

「隊長!」

 竹中がM4を構えながら男の後を追おうとする。

「いや、大丈夫だ。心配するな」

 しかし、男はそれを制止し、一人で歩いていく……

「なんだ?あいつ馬鹿じゃねぇの」

 真っ先に走り出していた布施が、武器も持たずに敵に向かって歩いてくる男を見ながらそう言うと構えていたベネリを下ろし、走るのを止め、ゆっくりと歩き出す。

「布施!勝手に突っ走るなよ」

 ディックが布施の肩を叩きながら言った。

「ディックさんも」

 その後を追ってきた松永呆れながら呟く。
 と、いつの間にかその男は四人の目の前に迫ってきていた。

「翔平!」

 細井が叫んだときには松永が先程と同じように布施の目の前に飛び出し、右手を柄に添えていた。

「下がれ!一体なんのつもりだ?」

 松永が男に向かって凄まじい勢いで男に叫ぶ。
 すると、男はゆっくりと両手を空高く上げた。

「動くなと……」

 松永がそう呟き、柄を右手で握り締めると、男が喋り出した。

「まぁ、そう言いなさんな、少年。我々としても君達とは殺り合いたくないんだよ。それは君達も同じだろ?」

 男は軽く笑いながら言ってのけた。

「ふざけんな!さっきまで殺す気満々だったじゃないか!」

 後ろで黙っていた細井が急に怒鳴る。

「君の腕も中々だったよ、それならここまで生き残ってこれたのもうなずける。まったくいい友達を持ったな大将」
「「!?」」

 男のその言葉に松永と細井が驚き布施の方へ振り向く。

「なんであいつが布施の名前を?」

 細井が布施に尋ねる。

「あいつは……」

 布施がベネリのグリップをぎしぎしと強く握り締めながら呟く。

「あいつは?」

 松永が更に布施に尋ねる。

「あいつは、俺の親父!布施充実だ!!」
「やはり、そういうことか―――」

 布施はそう叫ぶと一気にベネリを上に上げ、まだ生暖かい銃口を「布施充実」と言う男の額に突きつけ、その横でディックが静かに呟く。

「なんであんたがここにいる!?俺とお袋を捨てて逃げたあんたが!」

 布施の人差し指がベネリのトリガーにかかる。

「おい、フセ止めろ!興奮するのもわかるが、敵討ちは情報を引き出してからでも遅くは無いだろ?」

 ディックがベネリの銃身に手をかけゆっくりと地面に向けて銃口を下ろさせる。

「けっ!わかったよ!好きにしな」

 布施はそう言うとベネリにかけられたディックの手を振り解くと、また柱の方へ向かって歩き出した。

「あ、ちょっと布施!」

 その布施の後を細井が慌てて追っていく……

「ショウヘイ、布施の様子を見てきてやってくれ」
「わかりました」

 ディックが松永にそう言うと、松永は素直に返事をし、布施の後を追って行く。


「さて、陸自のお偉いさんが一体何のつもりか話してもらおうか?」
『ディック、そういう言い方はないんじゃない?』
「わかってる、ちょっと煽るだけさ」

 ディックが大きく胸を張りその長身を活かしながら、男を見下ろしながら言う。

「ふぅ、わかった話そう。まずは自己紹介からだ。私の名前は『布施 充実』この陸上自衛隊生物災害対策部隊の最高責任者だ。極秘任務の為階級は存在しない。だが、生物災害に関わる全ての情報にアクセスする権限は与えられている」
「ほぉ、なるほど生物災害ってのはバイオハザードの事だよな?」

 ディックが充実の凛とした態度に感心しながら尋ねる。

「あぁ、そう言う事だ。それで君の自己紹介は?」

 充実はゆっくりと今まであげていた手を下ろしながら軽く笑うと、ディックに向けて言った。

「ふぅ、名乗られたら名乗らないとな。俺はディック=ブラン。《S.T.A.R.S.》の隊員だ。日本へは任務遂行の為に来た。任務の内容は極秘事項なので喋れないがな」

 ディックが深く大きなため息をついてから充実に向かって軽く自己紹介をした。

「県庁にある《T−ウィルス》の入ったポッドの爆破か?しかし、爆破してもウィルスは散布されてしまうのでは?」
「なんで知ってる!?まぁ、いいか、今更そんな事で驚きはしないさ。それは《S.T.A.R.S.》もわかってるそこまでバカじゃない」

 充実が任務の内容を知っていたことに驚きながらもディックは答える。

「そんで、あんたらはどうするつもりだ?」
「君達に協力したいと思っている」

 ディックが尋ねると充実がさらり、と言ってのけた。

「何バカな事言ってやがんだ?あんたらは政府の飼い犬で、俺たちの攻撃で負傷者も出たんだぞ?部下が反対するだろう?」
「あぁ、確かにそうだが、彼らも内心人間同士で殺し合ってる状況じゃない事ぐらいわかってはいるんだ。それに飼い主に噛み付く犬だっているだろ?」

 充実がディックに笑いながら言った。

「まぁ、アメリカじゃそんな事はしょっちゅうだな。ニュースにもならない」

 ディックがそれに笑いながら答える。

「それと、あんたとフセは親子なのか?」
『ちょ、いきなりそう言う事聞くもんじゃないわよ!』
「いや、今更隠す事でもないだろ?」

 ディックの唐突な質問に黙って話を聞いていたルナが思わず突っ込みを入れる。

「オペレーターとでも話してるのか?構わないよ。大将の反応でバレてるだろうしな。確かに私と大将は親子だ。血の繋がったね、しかし……」
「あんたはフセの母親とフセを捨てて逃げた?」
『ちょっと!ディック!?』

 ルナがまたディックに向かって怒鳴る。その声はインカムから漏れ、充実の耳にも自然に入ってきたようだった。

「まぁ、その通りだよ。二人には本当に悪い事をしたと思う。もちろん、今更謝ってもどうにもならないことぐらいはわかっている。しかし、私は正直嬉しかったんだよ。元気に育った大将の姿が見れて」

 充実が少し涙ぐみながら呟いた。

「ま、フセはそう思ってないようだけどな。親子関係ってのには俺は無知なんで口出し出来ないが、女子供を置いて逃げるってのは男として最低だと思うぜ?」

 ディックがそんな充実の様子を見ながら更にトドメの一言を浴びせる。

「あぁ、そうだな。私は父親として、男として、何よりも人として最低な人間だ。政府の言う事を黙って聞き、罪の無い警官達を殺し、県警本部を落とし、県庁周辺を制圧」

 充実がディックの言葉を聞き更に喋り出す。

「それで、警官隊は反対側にいるのか、県庁の隣に県警本部があるのにおかしいと思ったんだ。それにしても良く制圧なんて出来たもんだな」

 ディックが関心しながら呟く。

「ほとんどの警官が市内への対応に出動している隙を狙ったからな。とんだ卑怯者だしかし、そんな我らでもまだやれる事は残っている。君達に力を貸そう。付いてきてくれ部下達に状況を説明する」
「オーケー、あんたらを信じてみようか……」

 ディックは充実の言葉を聞くと兵士達の元へ向かう充実の後を追う為にゆっくりと右足を前に出す。

『ちょっと、一体どういうつもりなの?』
「あの男の目はまだ生きてる。信じてみる価値はあるさ」

 ルナがまたディックに怒鳴るがディックは静かにそう言うとしっかりと充実の後を歩いて行った。

「布施、どうしたのさ?いきなりあんな事して」
 
 細井が、柱に腰掛けて地面に座り込んでいる布施に向かって言った。

「あいつはお袋を殺した。気安く俺の名前を呼びやがって、ぜってぇに許さねぇ……」

 布施はまたあの指輪を握り締めながら呟く。

「まぁ、そう言うなよ。親父さんがこの状況で生きてたって事を素直に喜ぼうじゃないか、それに敵討ちだなんて仮にもあの人はお前のお袋さんが愛した人だろ?」

 松永が右手を腰に当てながら布施をなだめるように言った。

「そりゃそうだがな!お袋がどんなに苦しい思いをしたかわかるか!?」

 布施が松永に掴みかかりながら叫ぶ。

「ちょっと、布施……」

 細井が布施の肩に手をかけようとするが、松永が右手を腰から離し右手で細井に合図し、それを制止する。

「それも、布施のお袋さんがお前の親父を愛するが故に選択した道だろ?きっと幸せだったと思うぞ。愛する人との子どもと二人で暮らして、愛する人とは一緒に居られないけど、それが愛する人の幸せに繋がるのなら、少なくとも不幸ではなかったはずだ。あくまで俺の考え方だけどな」
 
 松永が微動だにせずそう言うと最後に少し笑った。
 それを聞いた布施の手から力が抜ける。

「そうだな、確かにお袋は毎日楽しそうに生きてた。一緒に飯作って食べて、狭い風呂に入って、小さな布団を二人で寄り添いながら羽織って寝た……」

 布施がうつむきながら呟く。

「え!?布施、母親と一緒に風呂入ったり寝てたりしてたんディスか!?」

 細井がそれを聞き大声を上げる。

「あ、馬鹿―――」

 松永がそう呟いた時には既に布施の右拳が細井の頭頂部に直撃していた……

「何するんディスか!あんたと俺は仲間じゃなかった―――ウェ!?」

 細井が頭を抑えながら、いつものふざけた口調で布施に言っている途中で布施の止めの一撃を喰らい地面に座り込んだ。

「俺が小学校に上がる前の話だ馬鹿野郎!」

 布施が座り込んだ細井を見下ろし睨みつけ言った。

「冗談なのに……」
「時と場合を考えようよ」

 細井が呟くと、松永がそれに続いて言った。

「ウェイ」

 細井は松永からも責められ誰にも相手にされなくなったのを悟ると、そのまま沈黙した。

「とにかく、もう一度会ってちゃんと話しした方がいいよ」

 松永が細井の事を少し気にしながら布施に向かって言い出す。

「あぁ、わかってる。俺もこのままじゃ腹の中がスッキリしねぇからな」
「じゃあ、行こうか?」

 布施が答えベネリを構えながら県庁の方へ再度歩き出しながら言うと、松永が細井に声をかけながら布施の後を追う。

「ウェイ!」

 細井は先程の事が無かったかのように大きく返事をすると二人の後を追い出した―――――

 芳和は事の一部始終を観察していた。
 指揮車の上から双眼鏡を覗き込み、国道の反対側で起こった全ての事を……
 ディックが単身突撃し、突破に失敗したのも。
 布施が突撃したのをきっかけに全員が突撃し激しい「人間同士」の銃撃戦が始まったのも。
 松永が布施の前に立ち刀で銃弾を弾き返したのも……
 そして、陸自のトップと思われる人物が武器も持たずに四人に近づいてきたのも全て観察していた―――――

「どうなんだ?親父、みんな無事なのか?」

 細井の投げ捨てて行ったクルツを握り締めながら宮鍋が芳和に尋ねる。

「あぁ、なんとか無事のようだ。それよりも周りに変化は無いのか?」

 芳和が息子に答えると間髪要れずに部下に現在の状況を確認させる。

「は、はい。今のところ」

 緊急無線の音でその警察官の声はかき消される。

「何事だ!?」

 芳和が無線を手に取り、叫ぶ。

「こちら東側検問所!ゾンビの大群が押し寄せてきてます!!至急、応援を……」

 それは、県庁とは反対側のつまり市街地側に設けておいた検問所からの通信だった。

「くそっ!ゾンビは全部県外へ向かってるって情報があったから安心してたらこの始末か!」

 芳和が愚痴を漏らしながら指揮車から飛び降り、MP5をしっかりと構え、右手で合図する。
 すると、散り散りになっていた警官たちが武器を構え一斉に整列した。

「よし、今からゾンビ共の駆逐に向かう!気合入れてけよっ!『殺られる前に殺れ!』だ。わかったか?」

 芳和が整列した警官達に向けて大きな声で叫ぶ。

「了解!!」

 警官たちが足を揃え左手を挙げ敬礼しながら返事をする。

「よし、警官たちは俺に続け!《S.A.T.》の連中は本陣を死守しろ!指揮は息子に任せる!」

 芳和はそう叫ぶと構えていたMP5を背中に回し、横に置いてあった白バイに跨ると、後輪だけを回転させ向きを変え市街地に向かって走っていく。
 そして、それに続いて警官たちが各々パトカーに乗り白バイに跨り芳和の後を追っていった。

「まさか、俺が《S.A.T.》の指揮を取るなんてな。よし、俺達はなんとしてでもここを死守するぞ!親父たちが戻ってくる場所を護る!」

 宮鍋が少し戸惑いながらもそう叫ぶ。

「了解!!」

 それに続き隊員達も大きな声で返事をした。

 兵士達の前に二人の男が立っていた―――――
 一人はいつも見慣れた顔だったが、その隣に居た男は知らない顔だった。
 百九十センチメートル近くある背丈に金色の髪、白色人種特有の淡白な白い肌と、透き通った青い瞳―――――
 明らかにアメリカ人だった。
 
「―――――と、言うわけだ。我々、いや、私はこれから彼らに協力する」

 アメリカ人の横に立っていた充実が兵士達に淡々と今の状況とこれからについて語っていた。

「ちょっと待ってください!」
「それじゃ政府に……」
「あの横に居るのは《S.T.A.R.S.》の男じゃないのか?」

 兵士達が一気に喋り出し、パニック状態に陥る。
 その時、一発の乾いた銃声が辺りに響く……

「あくまでも私は彼らに協力する。これは明らかに反逆行為だ。強制はしない皆それぞれの意思でこれからは動いて欲しい」

 陸上自衛隊で正式採用されている自動拳銃「ザウエルR220」を天高く掲げながら充実が言った。
 そして、そのザウエルを一番前に居た竹中に投げ渡す。竹中は慌ててそれを受け取る。

「私は反逆者だ、構わんよ?撃ちたまえ」

 充実は竹中に向かって真剣な表情を浮かべて言う。
 ザウエルを受け取った竹中がゆっくりと充実に近づき、銃口を充実の眉間に向ける……
 ディックは横でその光景を腕を組んで見ている。充実が、唾を飲み込んだ瞬間ザウエルの銃口が反転した。

「私には撃てませんよ。お返しします」

 竹中はそう言うと充実にザウエルを手渡し、元の位置に戻っていった。

「いいのか?私と共に破滅の道を歩むのだぞ?」

 充実がザウエルを腰のホルスターに仕舞いながら竹中に尋ねる。

「破滅なんかしませんよ、隊長が居る限り」
「そうです、政府の連中にでっかいカウンターパンチを食らわしてやりましょう!」
「俺達は国を護るのが義務です!でも国民あってこその国ですから!!」

 兵士達がまた一斉に喋り出す、しかし、それはパニックなどではなく一人一人の決意に満ち溢れた言葉だった。

「部下に恵まれたな」

 ディックが呟き

「あぁ、仏に感謝するよ」

 充実が答える。
 その時、兵士達の言葉を遮るように大きな爆発音のような物が 兵士達や二人の耳に入った。

「なんだ!?」

 ディックが振り向くと、そこには想像を絶する光景が広がっていた。

「うわぁぁ!!」

 そして、全員が音のした方へ気を取られているうちに兵士の一人が叫び声をあげた。
 その兵士の首にはゾンビの頭が喰らいついていた。

「ちっ!こっちが先だ!!」

 ディックはそう言うとその兵士に向かって走っていく。

「ここまでゾンビが来たのか!!全員戦闘態勢!半分は市街地側の化け物の群れへ!残りはゾンビ共の駆逐だぁ!死ぬ気でかかれぇ!!」
 
 充実はそう叫ぶと竹中と兵士達の半分を率い市街地側へ向かって走り出した。

ディック達に爆発音が聞こえる数分前―――――

「布施、ちゃんと話せるのか?さっきみたいにいきなり銃口を突きつけたりしたらダメだからな?」

 松永が歩きながら布施に向かって笑いながら尋ねた。

「わかってる!」

 布施は怒鳴ると少し早足になり松永がから距離をとった。

「二人共待ってよ〜」

 その後を弾んだ声を出しながら細井が追いかけてくる。

「ったくいっつも貴史はおそ――」

 松永が振り向きながら細井に向かって言うと、同時に足が止まる。

「ウェイ?」

 細井が疑問符を浮かべ、

「どうした?」

 布施が松永の異変に気づき振り返る。

「「!?」」

 振り向くと同時に二人の動きも止まる。
 三人の目線の彼方、国道の上を通る高速道路の上に、あの化け物が今度は大量にいるのが見えた。

「くそぉ!!今度は群れかぁ!」
「親父とはちょっと後になりそうだな……」
「元々集団で狩りをするんだよハンターは」

 松永が叫びながら右手を柄に添え反転し高速道路へ向かって駆け出す。、
 呟きながら布施はベネリを構えると、松永の援護に回るべく後ろからついて行きすれ違いざまにハンターの習性を松永に伝えた細井が、反転しMP5を一丁だけ構え後に続く。
 そして、高速道路から連続してハンターの群れが飛び降りてくる。
 ハンターが地面に着地すると同時に、コンクリートは砕かれ辺りに欠片を撒き散らしながら、爆発音にも似た大きな音を立てながら降り立っていく……

 さながら、戦国時代の合戦の合図の鼓舞太鼓のような音色が辺りに響いていった―――――



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