十四章 仇


十四章 仇




「よし、装弾完了!暴れまわって来るかぁ……」

 ディックが空になったマガジンに五.五六ミリ弾を装弾し終え、パウチに入れ終わり、立ち上がりながら呟くと、ディックのすぐ後ろで兵士の叫び声が聞こえた。
 ディックが振り向くと、同時にテントが切り裂かれ、その先にはディックに襲い掛かろうとしている一体のハンターがいた。

「畜生っ」

 ディックが吐き捨てG36Cをハンターに向かって構えた瞬間、ハンターの頭部に無数の弾痕が刻まれ、ハンターは頭部から鮮やかな血液を噴き出しながらその場に倒れこんだ。
 ディックはそれに唖然としながらもテントから素早く飛び出し、銃弾が飛んできた先を見ると、そこには大きく手を振りながら駆けてくる細井の姿があった。

「ディックー、俺も中々やるもんだろー?」
「あぁ、助かったよ」

 細井が弾んだ声でディックに言うと、ディックがそれに呆れながら答える。

「ディック君、あちらの化け物は一掃したよ、あとはこっちの屍達だけだ」
「そうですか、すいません俺のせいでかなりの数の兵士が」
「いや、君のせいではない、悪いのは全て政府とアンブレラの連中だよ。さぁ、敵討ちの為にも落ち込んでる場合じゃないだろぅ?」
「えぇ、わかってますとも、タカフミ、ゾンビ達の駆逐だ、お前なら兵士達にも気ぃ使いながら戦えるよな?」

 ディックが充実に向かって力なく言うと、充実はディックを励ますかのように言い、ディックがそれに応え細井に向かって言う。

「ウェイ!任せてください!」

 そして、細井の大きな返事が響く

「よし、それじゃあさっさと片付けちまおう!!」

 ディックは細井の返事を聞くとすぐさま反転し、陸自の兵士達とゾンビ達の群がる県庁前の大きな道路へ向かって駆け出し、充実とその部下、細井もそれに続いた。

「くそぉ!いつになったら終るんだ!」

 一人の兵士が愚痴りながらM4をゾンビに向かって乱射する。
 と、すぐ後ろで別の兵士の悲鳴が聞こえた。

「く、来るなぁ!」

 兵士は振り向き、仲間を喰い荒らしているゾンビ達に向かってM4を向け、トリガーを連続して引く。
 M4から放たれた五.五六ミリ弾を喰らったゾンビ達は餌を食べるのを止め、狙いを変えると、兵士に向かってゆっくりと歩き出した。

「う、うわぁぁ!」

 兵士が耐え切れずに構えていたM4を投げ飛ばし、振り向き逃げ出そうとすると兵士の目の前に一人の外国人が立っていた。

「逃げるな、戦え!」

 ディックはそう言いながらG36Cを構え、兵士の後ろにいた三体のゾンビ達の眉間に向かって、3発ずつ5.56mm弾を撃ち込む、ゾンビ達は辺りに脳髄を撒き散らしながらその場に倒れていき、細井が逃げようとした兵士に近づく

「大丈夫ですか?怪我とかありません?」
「お前はもう下がれ」

 細井が兵士に尋ねると、それに続いて後ろに立っていた竹中が冷たく言い放つ

「ちょっとそんな言い方は……」
「いや、いいんだよ坊主、俺にはもうあいつらと戦うだけの気力は残ってない。竹中さん、あとは頼みます……」

 兵士は細井に向かって軽く笑いながら言うと、竹中に一礼し、その後ろに立っていた充実に敬礼をすると小さな路地の方へ向かって歩き出す。

「あの人どこに行くつもりなんですか?」

 細井がディックに尋ねる。

「あいつの脇腹見ただろ?ゾンビに噛まれてた」
「そ、そんな―――」

 ディックが呟き、細井が喋ろうとした瞬間、乾いた銃声が聞こえ、路地の方へ歩いていった兵士が地面に倒れた。
 振り向きそれを見た細井が雄叫びをあげながら残り僅かとなったゾンビの群れに向かって駆けていく。

「くそぉ!なんでこんなことになるんだ!」

 細井は乱暴にMP5のトリガーを引いていく、MP5から放たれた弾丸は確実にゾンビ達の眉間に撃ち込まれていき陸自の兵士達の周りに倒れていく
 
「大丈夫ですか?」

 細井が声をかけながら兵士達の円陣に加わる。それに続いてディックや充実、さらに多くの陸自の兵士達が円陣に加わっていき、ゾンビ達に向かって一斉に発砲していく。
 県庁前の大きな道路にゾンビ達の屍の山が築かれていく―――――

「布施!」

 松永がベネリを方に担ぎながらふらふらと歩いている丸刈りの男を見つけ声をかける。
 
「松永、無事だったのか」
「当たり前だろ!貴史知らないか?」

 布施は松永を見るとからかいながら言い、松永が少しムキになりながら布施に怒鳴り、細井の居場所を聞く

「さぁな、あっちでドンパチやってるから多分あっちだろうよ」

 布施はベネリで県庁の方を指すと、県庁の方へ向かって歩き出す。
 松永はうなずきながら布施のあとを歩き出す。
 松永が布施の後ろにつきゆっくりと路地を抜けようとしていた時、松永の肩に粘着質な液体が滴り落ちてくる。

「ちっ!リッカーだ!」

 松永は舌打ちをすると布施に向かって叫びながら横に飛び、反転すると空に向かってサムライエッジを構える。
 しかし、その時には既にリッカーは道路に降り立った後だった。

「リッカーか!俺に任せろっ!」

 布施が叫びながら松永の前に立ち、松永がその場を布施に任せ、県庁の方へと駆け出そうと反転すると、数体のゾンビの群れを発見する。
 
「わかった、そっちは任せる。俺はゾンビを片付けてから県庁へ向かう!」

 松永は叫び、サムライエッジを両手でしっかりと構えながらゾンビの群れに向かって駆け出す。

「任せろ!」

 布施は返事をしながら、リッカーが素早く伸ばしてきた舌に向かってベネリを向けトリガーを引き、フォアエンドをスライドさせる。
 リッカーは砕け散った舌を口の中に慌てながら戻すと、一瞬姿勢を低くし天高く舞う。
 その一瞬の出来事を布施は逃さず、ベネリから手を離し腰のホルスターからサムライエッジを引き抜くと、宙に舞うリッカーの脳髄に向かって銃口を向ける。
 布施がゆっくりと正確にトリガーを引いていき、リッカーの脳髄に向かって一直線に飛んでいく。
 サムライエッジから放たれた弾丸が着弾する寸前、リッカーは先端が砕け散った舌を素早く路地の脇にあった電柱に巻きつけ、舌を口の中に収めながら電柱に飛びつき九ミリパラベラム弾をかわす。
 リッカーは素早く体の向きを変え、布施に向かって再度突進する。

「何!?避けやがった!」

 布施はリッカーの素早い行動に対処できず、愚痴を漏らしながらリッカーの突進を防ぎきれずに路地の奥へと吹き飛ばされ、手からサムライエッジが投げ出された。
 布施は道路に仰向けに倒れ、その上にリッカーが覆いかぶさるように立つ。
 リッカーは布施に止めを刺すべく、その巨大な爪を振り下ろす。
 次の瞬間、真っ赤な鮮血が辺りを染め上げる。
 その血はリッカーの右肩からだった……
 布施がリッカーの爪を喰らう前に素早くベネリを構え、片手でリッカーの右肩へと銃口を突きつけトリガーを引いていた。
 
「いつまで乗っかってんだ!」

 布施がフォアエンドをスライドさせながら叫びリッカーの腹部に膝蹴りを浴びせ、リッカーがひるんだ瞬間に地面を蹴り、リッカーの巨体の下から滑るように抜け出し、飛び上がる。
 右腕が吹き飛び、辺りを真っ赤に染めながらリッカーが悶絶している。
 その光景を冷めた眼で見つめながら布施は黙々とベネリのトリガーを引き、フォアエンドをスライドさせていく。
 散弾は正確にリッカーの巨体へと突き刺さり確実にリッカーの体力を奪っていく。
 ベネリから最後の空のショットセルが排出されると同時にリッカーの雄叫びは途切れた。
 リッカーが動かなくなったのを確認すると地面に落としてしまったサムライエッジを拾う。

「今の俺だとゾンビなんかじゃ相手にならないな。お袋の血のおかげか?」

 布施がリッカーと戦闘を繰り広げている間、松永は一人考えながらゾンビ達を切り刻んでいた。
 松永の周りには頭部や腹部を切り裂かれたゾンビ達の動かなくなった体がいくつも横たわっている。

「…………なんだ?何か……来る!?」

 松永がゾンビの体を両断しながら今まで感じたことのない寒気と呼ぶべきなのか、殺気と呼ぶべきなのかわからない感覚に襲われ、この場に何かが近づいてくることを認識する。
 松永が素早く反転し刀を振り纏わりついた血を飛ばし、しっかりと構え直すと、脇道から一体の化け物が現れた。
 その化け物は目の前にいた同種のはずのゾンビに向け素早く右腕を振るう、するとそのゾンビの頭部は胴体から切り離され、首から血を垂れ流しながら倒れた。

「何!?刃物を持ってるのか!」

 松永がその光景を見ながら叫ぶ。
 その化け物は松永の声を聞くと松永の方へ向きを直し、一気に距離を詰めてきた。

「早い!?」

 松永は呟きながら化け物の右腕から伸びた刃の一撃をバックステップでかわしつつ、化け物にミドルキックを浴びせ空中で回転しながら着地し、化け物との距離をとる。

『ショウヘイ君!?何があったの?』
「ルナさん!?変な化け物です。見た目はゾンビに見えるけど筋肉は腐敗してないってか明らかに常人よりも発達してます。実際、物凄い速度で俺との距離を縮めてきました。それに右肩から大きな腕が生えてて爪が伸びて刀みたいになってます」
『《G》かしら?でも、右腕に刀みたいな爪なんて聞いたことないわ。他に変わったところはない?それは普通のゾンビとは違うから気をつけて!』
「あとは、胸に心臓が露出してる。多分、そこが弱点でしょう、問題ありません……」
『え!?ちょっと詳細はわからないけど、Gなら戦闘力はハンターやリッカーとは比較にならないわよ!』

 松永はルナの忠告を聞かずに化け物に向かって駆け出す。
 時を同じくして化け物も松永に向かって駆け出し、互いの間合いに獲物が入ってくると同時に刀を振るう。
 刀が互いの体の間で重なり、火花が散る。
 松永が顔を上げ、化け物の顔を睨みつける。
 しかし、その化け物の眼にはもはや生気などなく、白く濁り今にも零れ落ちそうな眼球があるだけだった。
 その化け物の肩に、松永達の通っている高校の校章の刺繍されたブレザーの切れ端が引っかかっているのが確認できた。
 
「まさか……貴様かぁ!」

 松永は化け物に向かって叫びながら刀を強く握り締め、そのまま壁に向かって化け物を押していく。
 化け物は何の抵抗もせず、いや、出来ずに壁に叩きつけられる。 
 松永が右手で刀を押さえ左手でサムライエッジをホルスターから抜き、化け物に向かって連続してトリガーを引く。
 化け物の体に小さな風穴が空くと同時に化け物が悲鳴を上げながら必死に抵抗する。
 松永が片手で刀を抑えていたためか、化け物は松永の体を弾き飛ばし、横に飛び松永との距離をあけると体中から血を流しながらもその右肩から生えた巨大な腕を振り下ろす。
 
「なめるなぁ!」

 松永は叫びながらサムライエッジをホルスターに収め、刀の柄を両手で握り締め刃を微振動させると素早く構え直し化け物の腕に向かって刀を下から振り上げ、素早く刀を鞘に戻す。
 化け物の刃は松永に届くことなく二つに両断され甲高い音を立てながら地面に落ちる。
 すると、化け物は不要になった腕を肩から切り離し、血を噴き出しながら先程とは比べ物にならない速度で松永に迫ってくる。

「リミッター解除か?」

 松永は軽く笑いながら左手でサムライエッジを右手でデザートイーグルを取り出し、サムライエッジのグリップの底で化け物の口を塞ぎ化け物の動きを止めると、デザートイーグルの銃口を激しく躍動している心臓に突きつけ、トリガーを引く。
 大きな銃声と共に空の薬莢が排出され、地面に落ちると化け物は心臓から鮮血を噴き出しながら道路に倒れていった。

「松永!そいつは一体なんなんだ?」

 リッカーを仕留めた布施が松永に歩み寄りながら尋ねる。

「多分、俺達の学校を襲った奴だと思うけど」
『詳しいことはこっちでも調べてみるから、二人はすぐにディック達と合流して』
「了解」

 松永は布施とルナに力なく答えると、サムライエッジのマガジンを交換しながら県庁に向かって歩き出した。
 布施は松永に遅れながらルナに返答すると、松永のあとを追いながらベネリにショットセルを装填していく……

「近藤さん!こっちは片付きました、防衛ラインも作ったし、しばらくはゾンビ達の侵入は無いですよ!」
「お、隊長、それはご苦労様です。今こちらも防衛ラインの設置中でありますっ」

 部下に指揮し、道路に隙間無くクレイモア(指向性地雷)を設置させ、歩道には大きな火炎放射器を設置させている近藤に向かって宮鍋が言う。
 近藤は宮鍋に向かって敬礼をしながら現状を報告する。

「近藤さん、からかうのはよしてくださいよ」
「いえ、隊長、自分はからかってなどありません!」

 宮鍋が笑いながら近藤に言うと、近藤はなおも宮鍋をからかいながら改まった態度で言う。

「はいはい、わかりましたよ、それじゃあ設置が完了したら五人だけ残して指揮車の方へ集合してください」
「了解しました!」

 宮鍋があきらめながら近藤に呟くと、近藤は敬礼をしながら宮鍋に向かって言い、それを見届けると宮鍋は指揮車の方へ向かって歩き出した―――――
   
「司令、だいぶ連中も減ってきましたね」
「これも真田が頑張ってくれたおかげだ!」

 真田が芳和に言うと芳和は呟きながらスパスの銃口をゾンビ達に向けトリガーを引いていく。
 頭を砕かれたゾンビの間を縫って歩いてくるゾンビの眉間には次々と小さな風穴が空き、その場に倒れこみ壁を築く。

「よし、司令ここはもう大丈夫です。殿は俺に任せて本陣に戻って下さい。息子さんが心配してますよ?」
「確かに数は減ったがまだ全部じゃないぞ?大丈夫か?」
「俺を誰だと思ってるんです?大丈夫ですよ。そうですね、あそこの装甲車の中の武器と警官達を十人程お願いできますか?命を捨てる覚悟のある男だけで」
「わかった、任せろ。おい!みんな聞け、ゾンビ達の数は残り僅かだ!私はこれから本陣へ戻り、全体の指揮を執らねばならん!よってここに殿として残ってくれる男が必要だ!我こそはという男はいないか?」

 芳和が振り向き叫ぶと、それを聞いた警官たちが一斉に手を挙げる。芳和はそれを見ながら少し笑うと、その中から十人を選び出し、素早く指示し装甲車の中にあったM4を一人ずつ手渡していく。
 M4を受け取った警官たちは次々と真田の横に並んでいき綺麗に道路を塞ぐように一直線に並んだ。芳和はそれを見ながら装甲車の中からグレネードランチャーやロケットランチャーを下ろす。
 残った他の警官たちは一斉に装甲車の後部へ乗り込み芳和は運転席に乗り込む。
 芳和は運転席の窓から右腕を出し真田に向かって手を振り、右足に力を入れアクセルを一気に踏み込む。
 激しくタイヤが地面と擦れる音がし、装甲車は加速し県庁の方へ向かって走り出した。
 真田はそれを黙って見届けると、素早く振り向きMP5をゾンビの群れに向かって向けトリガーを振り絞っていく。

「全員死ぬ気でかかれよ!俺たちの後ろには一匹も通すな!」
「「了解!」」

 真田が叫ぶと警官たちが一斉に返事をし、迫りくるゾンビに対してM4を乱射していく……
 それから数分もしないうちにゾンビ達の歩みが途切れ途切れになり、ゾンビの数が増えずに減り続けていることに真田が気づく。

「これで最後だ!気合入れろ!」

 真田はまた叫ぶと、一人立ち上がりゾンビの眉間へ向けて正確に九ミリパラベラム弾を撃ち込んでいく。
 その時、真田の視界に信じがたい光景が広がる。
 ゾンビが何かの大きな左手に掴まれ、そのまま握り潰され黒く濁った血潮を噴き出しながら地面に流れていく。
 真田がその左手の根元の方へと視線を向けると、そこには普通のゾンビとはまた違う姿をした化け物が立っていた。
 ゾンビも既に普通ではないのだが、その化け物は一見ゾンビの様にも見えその目からは生気などはまったく感じられず、理性など欠片もありはしない。
 その体は松永達を襲った化け物の様に活発に活動し、激しく躍動している心臓が胸部に露出している。
 唯一違う点を挙げれば右肩は何も生えておらず、逆にその反対の左肩から大きく太い腕が伸び、その先にはとてつもなく巨大な掌があることである。
 その掌で次々とゾンビ達を握りつぶし、辺りを血の海へと変えていく。

「なんだ、あの化け物は。報告書には無かったぞ」

 真田が呟きながらMP5をゆっくりと下ろし、その様子を見た警官が真田に向かって尋ねる。

「真田さん、どうしたんですか?」
「いや、何でもない、あの化け物に向かって撃て!奴を先に倒すぞ」

 真田は警官に声をかけられ開けていた口を閉じ、一呼吸置いて返事をすると、その化け物に向かってMP5の銃口を向け、それに続き警官達もM4の銃口を化け物に向ける。
 真田がトリガーを引き弾丸を放つと、警官達もトリガーを引く。
 十一もの銃口から放たれた弾丸は正確にその化け物に向かって空を切り裂き直進する。

「よし、殺ったか!?」

 化け物に着弾する寸前に真田が一人呟く。
 しかし、その淡い期待は最悪な形で裏切られることになる。
 化け物はその大きな掌を体の前に広げ自分に向かって飛んできた弾丸を全て弾き返したのである。
 弾丸を全て弾き返したのを確認すると化け物はマガジンを交換している自分に一番近い位置に立っている警官に向かって走り出す。
 その速度はハンター等は相手にならないほどの速度である。
 マガジンを交換していた警官はそれに気づくと、まだ交換できないマガジンを投げ捨てると、化け物に背を向け逃げ出す。

「畜生!」

 真田が叫びながら物凄い速度で警官に向かって駆けていく化け物向かっては発砲するが、MP5から放たれる九ミリパラベラム弾は化け物の体に着弾することなく路上に弾痕を刻んでいく。
 
「助けて―――」

 化け物の大きな左腕に捕らえられた警官は、最後の言葉さえかき消されながら化け物に握りつぶされ鮮やかな血潮を噴き出しながら絶命した。

「よくも!!」

 一人の警官が叫びながらM4を構え、化け物に向かって駆けていく。
 それに続いて三人の警官が後ろからM4を構えながら続く。

「やめろっ!」

 真田の制止も聞かずに四人の警官達は化け物に向かって駆けていく。
 四人が化け物に近づき、一斉にM4の銃口を向けトリガーを振り絞ると、化け物は掌で弾丸を弾き返す。
 弾き返された弾丸は前に立っていた警官の腹部や足に次々を命中していく。

「うぁ――――」

 警官が足や腹を押さえながら地面にうずくまると、間髪入れず化け物は掌を真っ直ぐ振り下ろし、二人の警官の頭部を粉々に粉砕した。

「ふざけやがっ―――」

 それを見た警官が化け物に殴りかかろうとした瞬間、下ろした掌をそのまま横に振るい化け物は警官を軽く十メートル以上離れたビルの壁に叩きつけた。
 目の前で仲間が瞬殺されていく様子を見て腰を抜かした警官は横に落ちていたMP5を拾い、M4と共に化け物に向かって乱射する。
 が、その弾丸は掌に弾き返され虚しく、その警官の寿命を縮めるだけだった。

「二人は司令にこの事を伝えに行け、三人は俺と一緒に奴を道連れにするぞ……」
「了解」

 真田が呟くと、二人の警官が停めてあった白バイに二人乗りし、県庁の方へ向かって走りだし、残った三人はしっかりとM4を握り締める。
 真田は無言でその化け物を睨みつけるとそのまま一気に化け物との距離を詰める。
 化け物は真田の殺気に気づき、大きな腕を横に振るい真田を叩きのめそうとするが、真田はそれをバックステップでかわしながら化け物の巨大な腕に九ミリパラベラム弾を放つ。
 化け物の腕は掌の部分のみが強固なのか、腕の部分には次々と弾丸が突き刺さり、真っ赤な鮮血が噴き出す。
 それを見た警官たちが散り散りに化け物との距離を詰め、掌以外の部分に向けてM4の銃口を向ける。
 化け物が一人の警官の頭を握りつぶすと、その隙を突いて化け物の後ろに回りこんだ警官が背中に銃弾の雨を降らせる。
 しかし、致命傷にはならず右足を軸に回転した化け物の裏拳を喰らい警官は頭部を吹き飛ばされる。

「バケモンがぁ!」

 最後の一人となった警官がM4に装着されているグレネードを化け物の頭部へ向けて放つ。
 すると、不思議と何の抵抗もせずに化け物は頭部に榴弾を喰らい、頭部を吹き飛ばされた。

「よっしゃ!ざまぁ―――」

 警官がガッツポーズを取り、M4から手を離した瞬間、腹部は丸く貫かれ、内臓や血液を撒き散らしながら道路に倒れこんだ。

「あの心臓だけしかないか……」

 本陣に集合した隊員達や宮鍋が武器の整備をしながら司令の帰りを待ちわびていた時、遠くから装甲車のエンジンの駆動音が聞こえてきた。

「親父、戻ってきたか」

 宮鍋が呟くと、その後ろの方から近藤の声が聞こえてきた。

「防衛ラインは設置完了、隊員達も配置してきたから連絡があるまでは何もないはずだ」
「あ、近藤さんご苦労様です。親父達も戻ってきたみたいですよ」

 宮鍋が振り向き近藤に向かってねぎらいの言葉をかけ、弾んだ声で芳和達の帰還を伝える。
 そして、指揮車の目の前で装甲車が停車し運転席からは芳和が、後部からはわずかな数の警官達が降りてくる。

「予想以上に殺られたな……」

 近藤が呟くと、芳和が黙って指揮車の上へと登ってきた。

「見ての通り結果は惨敗だ。かなりの数が殺られたし、今も殿が残ってゾンビの進行を喰い止めてくれている。我々は一刻も早く県庁を制圧しなくてはならない。すぐに陸自の援護に回る!」

 芳和が綺麗に並んだ隊員や警官達に向かって言うと、全員敬礼をし、装備を整え出した。

「司令、殿が残っているとは?」

 近藤が芳和に尋ねる。

「ああ、真田と数名の警官が残ってゾンビを食い止めてくれて入るが時間の問題だ……」
「一蹴が!?あいつが殿を?俺も行かせて下さい!」
「親友が殿をしているからなのはわかるが、君には《S.A.T.》があるだろう?」
「それなら司令の息子さんが指揮を執ればいい、先程の戦闘も問題なく指揮を執っていました」
「ふぅ、君は止めても聞かない男だろう、行きたまえ」
「ありがとうございますっ!」

 近藤は芳和に敬礼をし、一礼すると指揮車から飛び降り、検問所へ向かって走り出そうとする。
 すると、近藤の耳にバイクのエンジン音が聞こえてくる。

「助けてください!化け物が……」
「みんな殺されて、真田さんに伝えて来いって言われて―――」
「どうした?一蹴は大丈夫なのか!?」

 白バイから飛び降りた二人の警官が一斉に喋り出し、それを近藤がなだめながら二人に質問する。

「まだ大丈夫でしたけど、時間の問題です。早く応援に」
「わかった!バイク借りるぞ!」

 近藤は警官の話を聞くと警官達の乗ってきた白バイに跨りアクセルを振り絞り、一気に加速し検問所へと走っていった。

「よし、残りは陸自の援護だ!県庁へ向かうぞ!」

 芳和は黙って近藤を見送ると、指揮車から降り、先頭に立ち県庁の方へと駆け出した。
 真田は必死に化け物の攻撃を避けながら芳和が置いていったRGB6を取るために装甲車が止めてあった位置まで駆けていた。
 化け物は所構わず左手を振るい、辺りに破片を撒き散らしながら車や地面をえぐっていく。
 真田はそれをギリギリの所でかわしている。

「畜生、アレさえ取れれば……」

 真田は一人呟きながら地面を転がり化け物の攻撃を避けると、地面に落ちていたM4を拾い上げ、構えると反転する。
 銃口を地面へと向けグレネードランチャーのトリガーを引く。
 榴弾はすぐに道路に着弾し、辺りにコンクリート片と噴煙を撒き散らしながらその場に弾幕を張る。
 真田は思惑通りに弾幕が張れたのを確認すると、M4を投げ捨て反転しRGB6を拾い上げようと駆け寄る。
 そして、RGB6に手を伸ばした瞬間、真田の足に激痛が走る。
 真田が顔を足元へと向けるとそこにはなくてはならない自分の足の膝から下が無く、真っ赤な鮮血が流れ出していた。
 状況を把握できないまま真田は地面に倒れこむが、その腕にはしっかりとRGB6が握り締められていた。

「くそったれがぁ!」

 真田が腕だけで体を起こし目の前にいた化け物に向かってRGB6を構える。
 化け物の大きな掌には真田の千切れた足が握り締められていた。
 化け物はその足を投げ捨て腕を空高く掲げ一気に真田に向かって振り下ろす。
 と、同時に真田はRGB6のトリガーを引いた。
 爆炎と噴煙が辺りを包む―――――
 その時、一台の白バイが物凄い速度で瓦礫の中を潜り抜けてきた。
 白バイが停車すると同時に乗っていた近藤は飛び降り、化け物と真田が戦っていた場所へと駆けていく。
 爆炎と噴煙が晴れていき、戦闘の結果が見えてくる……

「一蹴!大丈夫か!?」
「武か、化け物は殺ったぜ」
「お前……こんなになっちまって」

 そこには真っ黒に焼かれた化け物と膝下と右腕を失った真田の姿があった。
 
「悪いが俺はここまでみたいだ、殿はお前に任せるよ、そこの正面以外はゾンビは来れないはずだ」
「わかったから、もう喋るな……」

 近藤は真田の残った左手を握り締めながら呟く。

「武……お前とはホントにいつも一緒だったよなガキの頃から、できれば一緒に戦いたかったよ」
「何言ってやがる、これから県庁へ乗り込むんだろ?一緒に戦えるじゃねぇか……」
「はは、そうだな、一緒に戦えるよな。なぁ、頼みがある」
「なんだ?言ってみろ」
「墓もお前と一緒にしてくれないか?」
「縁起でもねぇ事、言ってんじゃ……」

 真田が微笑みながら近藤に言い、近藤も微笑みながら真田に向かって言おうとした時、近藤の手を握り締めていた真田の手から力が抜けた。
 それを感じとった近藤はゆっくりと真田の左手を真田の胸の上へ置き、黙祷を捧げた。
 しかし、その神聖な時間さえも近藤には許されなかった。
 真田の隣に倒れていた真っ黒な化け物の体が動きだし、ゆっくりと立ち上がった。

「貴様、よくも一蹴をっ!」

 近藤が叫びながらMP5を化け物に向けて構える。と、化け物は素早く左腕を振るう。
 が、近藤はその左腕をしっかりと受け止める。
 化け物が一瞬動揺した瞬間、近藤は未だに躍動を続ける化け物の心臓にMP5の銃口を突き刺し、トリガーを引いた。
 フルオートで発射された弾丸は化け物の心臓を貫き今度こそ確実に化け物の息の根を止めた。
 近藤の左腕は通常ではありえない方向へと折れ曲がっていた。

「左腕を持ってかれたか?一蹴、仇は取ったぜ……」

 近藤が呟き、辺りを見渡しながら真田の持っていたRGB6を拾い上げる。
 RGB6をしっかりと構え歩き出そうとした近藤が呟く。

「へっ、どうやら死ぬ時、場所まで一緒らしいな……」

 笑いながら呟く近藤の周りには数十体のゾンビの群れがあった。
 近藤は知らぬ間にゾンビ達に囲まれていた。
 すると、近藤は片手でRGB6を連続して放ち、弾が切れるとゾンビの群れに向かって投げつけすぐにMP5に持ち替えた。

「かかってきやがれ!この命、簡単にはくれてやらねぇ!!」

 近藤が叫びゾンビの眉間に向かって次々と弾丸を突き刺していく……
 しかし、近藤のその叫びはヘリの大きなローターの回転音でかき消されていく。
 近藤の頭上で一機の輸送ヘリがその場でホバリングし、さながら近藤とゾンビの戦闘を観察しているように見えた。
 その大きな胴体にはあの「傘」のマークが光り輝いていた―――――



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