十七章 疑惑


十七章 疑惑




県庁内輸送ヘリ墜落現場―――――

 輸送ヘリ内に残された三つのポッドの一つに青白い光が灯り、暴君のシルエットが浮かび上がる。
 それに続き、残りの二つにも光が灯っていき、三つ目に光が灯ると同時に一つ目のポッドのコントロールパネルのディスプレイに「IMPERFECT」の文字が表示され、ポッドが開く。
 他の二つにも同じように文字が表示され、ポッドが開いていく。
 ポッドの中から青い液体が流れ出し、暴君が一歩足を踏み出すと、床が少し軋む。
 ポッドから出てきたタイラント三体は標的を捜し求めゆっくりと歩き出す。
 辺りを見渡してもそこにいるのは餌を求め彷徨うゾンビだけでタイラントには見慣れた光景が広がっているだけだった。
 だが、そこにはただ一つタイラントには見慣れぬものがあった。
 ゾンビとも違う、ハンターやリッカーとも、ましてや自分達タイラントも明らかに違う生物がそこには存在していた。
 自分達より一.五倍はある巨大な体に四本の足、右腕には刃物、左腕には獲物を捕らえるために巨大化した左手、そしてどんな獲物でも飲み込めるほどの大きな口―――――
 まさしく「怪物」がそこにはいた。
 怪物は辺りにいたゾンビを左手で手当たり次第に掴み、口に押し込み喰らう。
 幸い自分達の存在に気がついてないのを感じるとタイラント達は一歩後ずさりする。
 ただの兵器だったタイラントに「恐怖」という感情が生まれたのかもしれないが、タイラント達がそれを理解できるはずもなかった―――――

アンブレラ本社―――――

 膨大な数のモニターが並んでいる、するとあの四人の姿が一斉に全てのモニターに映し出される。

「こいつらがタイラントを二体も……」
「その内の一体はリミッター解除されたにもかかわらずです」

 オズウェルが少し落胆したような喜んでいるのか判らない口調で呟くと、研究員が深いため息をつきながら言う。

「やはり、あの計画の力が覚醒し出しているのか?」

 オズウェル一人考え事をしていると研究員が心配しながらオズウェルに声をかける。
 
「大丈夫ですか?少し休まれた方が―――」
「構わん!残りのタイラントはどうなった?」

 自分の肩にかけられた研究員の手を振り払いオズウェルが怒鳴る。

「すいません、三体は甦生率九十八パーセントでポッドより外部へ、《S.T.A.R.S.》殲滅のため活動を開始しましたが、例の怪物と接触、動けなくなったようですね」

 研究員は一言オズウェルに謝ると、別の研究員から渡されたデータを淡々と読み上げていく。
 オズウェルは研究員を一瞬睨みつけ、席を立つと自分の部屋へと歩き出した。

「あのタイラントが恐怖でも覚えたとでもいうのか!?合田め……やりおる。これからが楽しみだ」

 オズウェルが不適な笑みを浮かべながら言うと、自分の部屋にある大きな椅子に腰掛けおもむろにパソコンのキーを叩き出した。

首相官邸―――――

 アンブレラから《T−ウィルス》のデータを受け取ってから、ここの状況は変わった。
 合田は部屋に閉じこもりこれまで一度も欠かすことのなかったオズウェルとの定時連絡でさえも無視していたのだ。
 だが、不思議なことにオズウェルは日本側の研究員にそれを聞いても特には合田を責めなかった。
 研究員達はそれを不思議に思いながらも、汚染地域の様子をただひたすらにモニターし続けていた。

「総理に伝えなくてもいいのか?アレがタイラントと接触していること」
「構わないだろ?主任があそこには入るなって言ってんだから」
「そうだよな……」

 研究員達は小声で会話をすると、すぐに作業に戻った。
 主任と呼ばれている男は合田に無線越しに話しかける。

「どうですか?」

 それから少しの間を空けて合田の声が聞こえてくる。

「ああ、順調だよ。素晴らしい、これこそ完璧な―――」

 合田の声は途切れた。
 主任と呼ばれた男に特に心配する様子はない。
 それどころか逆に安心した様子で合田が座っていた椅子に腰を下ろし、研究員達に向かって指示を飛ばす。
 それを聞いた研究員達は素早く動き出し、それまでとは明らかに違う速度でデータを収集、解析し始める。

「四人の現在位置はわかるか?」
「県庁内へ進入後は向こうからジャミングをかけられているらしく、追尾不能です」
「そうか、アレの動きは?」
「はい、栄養補給中にタイラントと接触しましたが、戦闘には至っていません」
「ほお、タイラントは眼中にない。というわけか?面白い……」

 主任と呼ばれる男と研究員達との連携は合田と研究員達との連携とは比べ物にならないほど早く、正確、なによりも信頼しあえた物であった。
 そして、男は黙ると日本政府が「アレ」と呼び、アンブレラが「怪物」と呼ぶ物が映るモニターをじっと見つめ、不敵な笑みを浮かべた。
 怪物は辺りのゾンビをあらかたたいらげると、ふと顔を上げ辺りを見渡し今まで見たこともない獲物を見つける。
 タイラント達は自分達《T−ウィルス》から生まれた物とは違う怪物に睨まれ、足がすくんでいた。
 怪物はそんなタイラントに構うことなく、タイラントに飛び掛る。
 その速度はすさまじく、怪物は先頭に立っていたタイラントの左腕を喰い千切り、三体の背後に着地する。
 タイラントは、仲間が負傷させられたのを見ると、怪物との戦闘は避けられないと判断し、思考モードを「SEARCH」から「ANNIHILATION」へと切り替え怪物と距離を取り、三体で怪物を囲む。
 怪物はさっと辺りを見渡すと右腕を素早く振るう。
 しかし、タイラントはそれを空高く舞い避ける。
 タイラント達はそのまま右腕を振りかざし、怪物に向かって降りて来る。
 タイラントの右腕からはするどい爪が伸び、その矛先はしっかりと怪物に向けられていた。
 タイラント達は勝利を確信したが、怪物は、大きな口をニヤリとさせ、大きな左手で自分の体を覆った。
 タイラントの爪は弾かれ、三体は驚きながらも、体勢を整えるために怪物から距離を取ろうとする。
 が、一体のタイラントが怪物の左手に捕らわれ身動きができなくなり、次の瞬間地面に叩きつけられる。
 二体のタイラントが仲間を救出しようとした瞬間、地面に叩きつけられたタイラントの頭部に怪物の右腕の刃が突き刺さり、二体のタイラントは足を止める。
 怪物は、串刺しにしたタイラントを左手でおもむろに口へと運び、巨大なタイラントを一口で呑み込んでしまった。
 タイラント達は愕然として動けない……
 怪物はタイラントを食べ終えると残りのタイラントをも食べようと足を踏み出し、タイラントが身構える。
 しかし、それはほとんど意味を成さなかった。
 タイラントは盾として構えたはずの両腕もろとも頭部を切断され、地面に倒れこむ。
 それは刹那の出来事だった。
 怪物は動かなくなったタイラントに近づき、左手をかざし掴む。
 そのまま口へと運ぼうとした時、怪物の食欲は消えてしまう。
 食欲よりもさらに強く彼を満たす感情「懐かしみ」それは理性だった。
 凶暴な本能をわずかに蘇った理性で必死に押さえ込み、その懐かしさの元へと怪物はゆっくりと歩き出す……
 その後ろでは、両腕と頭部を切断された二体のタイラントの心臓が大きく躍動し始めていた―――――

アンブレラ本社・オズウェル私室―――――

「タイラント三体を短時間で殲滅、捕食か……なかなかやりおるな、やはり日本人の技術は素晴らしい」

首相官邸地下・合田私室―――――

「《T》を捕食したか……しかし、完全に形成された後では長くは続かんだろう……」

県庁一階ロビー―――――

 四人はその光景に唖然としていた。
 生きている人間を喰らったゾンビ、そのゾンビを喰らった何物かの痕跡……
 県庁の前で繰り広げられた戦闘とは比べ物にならない程の惨状が広がっていた。
 その重苦しい空気の中で松永がゆっくりと口を開く。

「ひどい……」
「くそ、面倒な構造してやがる。最上階に行くには途中で反対側に行かなきゃならねぇ」
『対テロ対策かしら?でも、今の世の中じゃ非難しやすい構造の方が便利なのに』

 ディックの愚痴にルナが答える。
 この県庁の一階から十五階までは南側に十五階から十九階までは北側に、そして最上階への階段は東側にあり、エレベーター等もそれにそって設置されている。
 
「初めから非難なんてさせないためなのかもしれない、ドアに鍵穴とか無いし、どこからか制御して開け閉めするみたいだし……」

 細井が落ち着いた口調で言うと、布施が細井に怒鳴る。

「なんでだ!理由は?」
「県庁にポッドが落ちるのが判ってて県庁の職員を実験対象にする為、とか?」
「じゃあ、実験を前提にここを建設したってか?」
「去年だっけ?この新県庁を使い始めたのって……まぁ、全部俺の想像だけどね」

 布施の問いに松永が少し笑って答えると、ゆっくりと血や臓物で濡れている廊下を踏みしめながら南側の階段の方へと歩き出す。
 布施もそれに続き、細井が慌てながら二人の後に続いた。
 
「どう思う?」
『多分、ショウヘイ君の想像通りだと思うわ、という事は政府はかなり前からアンブレラと繋がってたってことね』
「そっちはルナに任せる。俺達はポッドを一刻も早く爆破する」
『えぇ、わかったわ気をつけてね』

 ディックはルナとゆっくりと言葉を交わすと三人の後を追う為に足を一歩踏み出した……
 松永は一番最初にエレベーターの前に立ち寄り、一応エレベーターのスイッチを押してみる。
 もちろん、反応など無く、松永は軽くため息をつきながらサムライエッジを構えながら階段をゆっくりと上り始める。

「翔平、ちょっと待ってよ!」

 遅れていた布施と細井が階段の手前で松永を呼び止める。
 もちろん松永は振り向くが、二人の友人の顔は引きつっていた。
 松永はそれを見ると、すぐに振り向き、左手にサムライエッジを持ち替え、右手で刀を抜き、素早く振るう。
 松永のすぐ後ろにまで迫っていたゾンビの頭部と胴体が切り離されバラバラに地面に落ち、頭部は階段を転がって行く。

「大丈夫か?」

 更に遅れてきたディックが自分の足にぶつかったゾンビの頭を見ながら二人に声をかけた。

「大丈夫ですよ。なぁ?二人とも、早く行きましょう、あまり時間は無いんでしょう?」
「そうか?ならいいんだが、後ろは俺が護るから前を頼む」

 尋ねられた二人ではなく、松永が答えると刀を鞘に収めまた階段を上り始めた。
 ディックに肩を叩かれた細井がそれに続き、布施がM4を握り締めながら続くと、ディックが後ろを確認した後、布施に続いた。
 階段の出入り口に十階と表示されているパネルが見えてきた頃にそれまで黙々と階段を上っていた四人の中で布施がディックに話しかける。

「今まで不思議に思ってたんだが、どうやってポッドを爆破するんだ?爆発したら広範囲に広がるだけなんじゃねぇの?」

 ディックが笑いながら答える。

「俺達もそこまでバカじゃない。その為にワクチンを持ってきてんだよ?」
「ワクチンなら松川も!?」

 ディックの自信満々の笑みを見た細井が目を輝かせながらはしゃぐ。
 が、ディックの次の言葉でその輝きは失われる。

「無理だ……」

 ディックがうつむき、細井はそのディックに掴みかかり必死にディックを問い詰める。

「なんでだよ!何で無理なんだよ!!」
「貴史、落ち着けって」

 松永が細井を制止し、ディックが息を整えながらゆっくりと口を開く。

「悪い、このワクチンの効果は人体や他の細胞に感染する前のウィルスにしか効果が無いんだ……情報不足でな、感染者にはまだ効果は期待できないし、事前に摂取しても予防になることすらないんだよ」

 説明し終えるとディックはうつむく、更に細井が問い詰めようとすると、松永が制止する。

「やめろって、ディックを責めたってどうしようもないだろ?それなら貴史が両親と協力して新しいワクチンでもなんでも作ればいいだろ?貴史は頭いいんだからさ」

 松永の言葉に黙ってうなずくと、細井はゆっくりとディックの襟元から手を離す。

「そうだよね、ここから生きて帰って母さん達とワクチンでもなんでも作ればいいんだ。俺にはそれだけの力が……」

 細いが新しい決意を胸に秘め呟くと、一番最初に階段を上り出した。
 布施は黙って細井の肩を二度叩きながら励まし、後に続く。
 松永もそれに続こうとするが、ディックに呼び止められて足を止める。

「ショウヘイには先に伝えておく」
「はい。どうぞ」
「落ち着いてるんだな。まぁいい、俺にもしもの事があったら後は頼むぞ。ポッドからウィルスが強制撒布されるまで時間が無い。最上階に辿り着いたらすぐにワクチンを投与、効果が現れたらすぐに爆破しなきゃいけねぇ」
「えぇ、それぐらい簡単でしょ?」
「いや、ワクチンの効果が出るまでにどれだけの時間がかかるかわからん、最悪の場合は強制撒布に間に合わないかもしれん、その場合に備え俺はその場に残り、タイマーを使わず直接爆破しなきゃいけないかもしれないんだ」
「なるほど、そういう事ですか。」
「だから、お前達は十九階でお別れだ。そこまでは一緒に行こう、戦力はあるだけましだからな。俺一人ならもしかすれば脱出出来るかもしれないが、お前達を連れてとなると無理だからな……」
「はい、わかりました」
「もっと反対してくれてもいいんだが?」

 ディックが真剣な表情で語るが、松永はそれに反し、いつもと変わらず淡々と返事をしていく。
 ディックが自分を置いて先に脱出しろと言っても松永のその態度は変わらなかった。
 ディックはそれに安心感と同時に寂しさを覚え、最後に一言付け加えた。
 しかし、松永はそれにすら笑って答える。

「貴史だけは反対でしょうけどね、俺はお袋から《S.T.A.R.S.》の男はそういう覚悟がある人間だと聞いてますし、ディックさんだとお別れだなんて思いませんから」

 それを聞いたディックの中から寂しさが消え、安心感がより一層膨らんだ。
 二人は顔を見合わせ苦笑いすると、先の二人にかなり遅れながら階段を再び上り始めた。
 もうすぐ目的の十五階だという安心感に包まれている二人に十五階の方から大量のゾンビ達が襲い掛かってきた。
 布施が舌打ちをしながらベネリのトリガーを引き、ゾンビ達を次々と吹き飛ばす。
 横では細いが遅れている二人にインカムを通して怒鳴りつけている。

「二人共何やってんの?ゾンビの群れと戦闘中なんだよっ!」

 細井の通信を受けた二人は一気に階段を駆け上っていく。

「ゾンビは?」
「大丈夫か?」

 ディックと松永の問いに細井と布施は冷たい視線を向けるだけで言葉を発しようとせず、それをみた二人は一歩後ずさりする。

「遅せぇんだよ……」
「さぁ、ここで手早く反対側に行こう?」

 布施はあからさまに腹を立て細井はそれをなだめながらディックに言う。

「すまなかった。さぁ、先を急ごう」

 ディックは二人に謝ると十五階に繋がるドアに手をかけゆっくりとあけると辺りを確認し、素早く十五階へと消えていく。
 細井もそれを慌てて追い、布施は松永に手招きをしてディックの後に続いた。
 松永が一歩足を踏み出すと、その右足首を一体のゾンビが握り締めた。
 松永はそのゾンビに冷たい視線を浴びせると左足でゾンビの頭を踏み潰し、呟く。

「俺も本当はお前と同じなんだよな……お袋、帰ったら聞きたいことが山ほどある。生きて帰ったら全てを話してもらうからな。俺が納得するまで――――」

 松永は頭を軽く振り、深呼吸するとゆっくりとドアノブに手をかけあけると、待っている三人の下へと歩き出した―――――



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