二十一章 疾走


二十一章 疾走




 漆黒の闇の中にヘッドライトの光で道を照らしながら疾走する一台の装甲車。
 運転しているのはその大きな車とは不釣合いな高校生の少年―――――
 隣に座っている少年は刀を抱きながら窓の外を眺め、その後ろでは体格のいい少年が銃器を整備している……
 あの三人が県庁の前を出発してから数十分、高速を全速力で飛ばしていると県境に煌々と光照らされているインターチェンジが見えてきた。
 そこにはあの《アンブレラ》の傘のマークが浮かび上がっている。
 細井が松永に尋ねると松永は布施に目配せし、布施はそれに応えながら座席の後ろからRPG7を取り出し、後部座席のドアをスライドさせ身を乗り出す。
 検問所に居た《U.B.C.S.》の兵士達が装甲車を確認すると、制止しようと駆け寄ろうとするが、RPG7を担いでいる人間を確認すると同時に陣を組み警告もせずにアサルトライフルのトリガーを引く。
 飛んでくる五.五六ミリ弾にもひるまず布施はトリガーを引き砲弾を放つ。
 兵士達は散開し、砲弾を避けるがその代わりに検問所は爆炎に包まれ機能を停止せざるを得なくなる―――――
 その炎と煙に包まれながら崩れ落ちていく検問所へと装甲車は突入していき、兵士達がそれを止めようと必死に銃口を向けトリガーを引くが、分厚い装甲に弾かれ突破を許してしまった。

「こちら検問所!例の三人組に突破されました!」

 一人の兵士が何処かへと通信を入れると、すぐさま返答が来る。

『構わん、お前達はとにかくそこから《T》の汚染が広がらないようにしていればいい……三人の後始末は合田がするだろう』

 その声はあのオズウェルだった。
 妙に落ち着いた返答に疑問を抱きながらも兵士は他の兵士達に指示し、爆破された検問所の後始末をしながら配置に戻り、県境の警備へと戻る。
 どうやら《アンブレラ》はウィルスによる感染を石川県内に止めておきたいようだ……

「翔平、なんであいつら追ってこないのかな?」
「あいつらの任務は事後処理だろ?ウィルスの感染拡大阻止……だから俺達には構ってられないだけだろ」
「RPG7使ったのは勿体なかったか?」

 細井がハンドルを軽々と切りながら松永に尋ね松永が返すと、布施が後ろから微笑しつつ松永に尋ねる。

「構わないさ、そんな大きい得物持って室内戦は難しいだろうし」
「だよな」

 松永が布施に笑いながら返すと布施は一人納得しながら自分達の銃器の整備に戻る。
松永が溜息を吐きながら前へと向きなおすと、細井がハンドルを切り何処の高速道路にでもあるサービスエリアへと車を走らせる。
 布施がドアに頭をぶつけ、手をやりながら何故急に方向を変えたのかを細井に尋ねると、細井は軽く謝りながら燃料切れだと布施に答える。
 装甲車がサービスエリア内にあるガソリンスタンドへと停車すると、松永が助手席から素早く降り、ガソリンの給油ホースへと手を掛ける……
 給油口を装甲車へと差込み、給油を開始させ、ふと辺りを見渡すと綺麗に真っ赤に塗装されている一台のスポーツバイクが乗り捨ててあるのを見つけ駆け寄る。
 細井が運転席から顔を出し、松永に尋ねる。

「いや、格好いいバイク見つけたんだよ!俺、これに乗っていこうかな?」

 松永は笑いながら答え、ガソリンが入ってないのを見るとすぐに給油を開始し、布施に自分の銃器、ディックから譲り受けたG36Cの調子を聞く。
 布施はあきれた表情を浮かべながらG36Cを松永に投げ渡し、ついでにマガジンも全て投げ渡す。

「俺の整備は完璧、これで外すならお前の腕の問題だからな」

 布施はそういうと後部座席から助手席へと移り、他の銃器の整備を始める。

「翔平、運転できるの?」
「頭の中に入ってる。なんで入ってたかは知らないけどな」

 細井が心配しながら尋ねると松永は相変わらずの調子で答え、装甲車から給油ホースを取り外し、バイクからもホースを外す。
 細井に目配せしながらバイクに跨り、G36Cを背負うと、キーを捻りエンジンを唸らす。
 布施にジェスチャーでヘルメットはいいのかと尋ねられるが、今更法律に従わなくてもいいだろと軽くあしらい、細井に先導を促し、装甲車の後ろへと回り込む。
 細井があきれながらゆっくりとアクセルを踏み込み、サービスエリアから車を発進させ、松永がバイクのアクセルを握りこみ、一気に加速、それに続いた―――――

首相官邸・地下施設―――――

 主任とよばれるあのホログラムの男が合田に状況を報告するが合田からの返事はない。
 溜息を吐きながらゆっくりと椅子に腰を下ろし、モニターに映し出されている装甲車とバイクを見ながら研究員達に指示を飛ばしていく。
 指示に従いデータの解析などを始める研究員達もいい加減なんの音沙汰もない合田の事を不審に思い、作業に力が入らない様子だ……
 その時、合田の私室へと続く扉がゆっくりと開きだした。
 主任と呼ばれる男も研究員達も作業を止め、開いていく扉の方へ体を向け、現れるであろう合田を待つ。
 しかし、合田が現れる気配は全く無く、研究員の一人が作業に戻ろうとした瞬間、その研究員の頭部が胴体から離れ綺麗に清掃された白い床に転がり落ち、鮮血で真っ赤に染めていく―――――
 回りに居た研究員達が一斉に慌てふためく、主任と呼ばれた男はゆっくりと椅子から立ち上がり、現れた合田をその席へと誘導、慌てている研究員達をなだめる。
 薄暗い通路の中から現れた合田は既に人としての形を成しては居なかった。
 素肌を剥き出しにした上半身、右肩からはあのデストロイの右腕と酷似した物が生えており、左肩からも同様の物が生えていた。
 右補助腕の先には刃が生えており、あの研究員の物と思われる血痕が付着している。
 しかし、下半身はまだ普通の人間の状態で男が空けた椅子へとゆっくりと腰かける……
 研究員達はその光景を口を開け、ただ黙って眺めているだけである。
 
「これからプロジェクトを実行に移すぞ、試作段階の《B.O.W.》を全て放てそれと同時に《D》も都内に撒布しろ」
 
 もはや常人とは思えない姿をした合田がその重い口をゆっくりと開き、研究員達に指示をする。

「え!?あいつらと《D》をですか?そんなことすれば石川県とは比べ物にならないバイオハザードが発生しま――――」

 指示の内容をいまいち把握できない研究員が合田に尋ねようとするがその言葉は途中で途切れる。
 合田の右肩から生えた補助腕の先の刃に研究員の頭部が突き刺さっている……

「反論は許さん、あの三人を迎撃するためだ、それにこれも《アンブレラ》の責任にすれば問題はない」
「ですが、ここはこの国の首都ですよ?」

 合田が更に付け加えると今度はあの男が反論する。

「そうだな、次は大阪にでも首都を移すか……」
「大変ですよ?」
「資金は山ほどある気にするな、それよりも問題はあの三人組と《S.T.A.R.S.》だ」

 合田は男に応えると、モニターに映し出されている装甲車とバイクを眺める。
 目の前にあるキーボードのキーを叩き、眠らない街東京をモニターに映し出すと、一瞬モニターを眺め、またキーを押す。
 次の瞬間、東京から光という存在が消え、代わりに闇が支配する。
 薄暗い月明かりも作られた光に慣れてしまった都会の人間には意味をなさず、あちこちで人々のざわめきが聞こえてくる。
 研究員達も動揺する中合田は一人笑いながら更にキーを叩き続ける。
 次の瞬間、モニターに備え付けられたスピーカーから女性の悲鳴が聞こえ、それに続き老若男女様々な人間の声が施設内に響き渡る。
 東京という現代社会の中に《B.O.W.》という獣が放たれたのだ。
 研究員達が響き渡る悲鳴に耐え切れず施設から抜け出そうと唯一の出入り口に殺到、死に物狂いで他の人間を蹴飛ばし、殴り飛ばし、施設から抜け出そうとする。
 しかし、出入り口は硬く閉ざされ誰一人として抜け出せる者はいない。
 合田が高らかな笑い声を上げながらキーを叩く。
 施設の四隅にある小さな穴から大量のガスが一気に噴き出し、施設を満たしていく―――――
 施設内の酸素は次々と奪われ研究員達は呼吸出来なくなり、床へと伏せていく。
 合田とその横にたっている男は平然としたままその光景を眺めている。
 合田が指示すると男はゆっくりと研究員達に近付いていき、もがき苦しむ研究員に右手を差し出す。
 
「主任……」

 研究員が差し出された救いの手にすがろうと右手を差し出す。
 が、その手は握られること無く砕け散る。
 男の右前腕は形を変え、見慣れぬ銃器となり、銃口からは煙が立ち昇っている。
 状況を理解できない研究員達の頭部へ次々と弾丸を撃ち込み、絶命させていく。
 合田はそれをまたあの不気味な笑みを浮かべながら眺め、キーボードから手を離すと皮膚が腐食し中から無機質な金属を覗かせている男に近付く。
 男は鈍い金属音を鳴らしながら振り向くと、うなずき、施設の外へと歩いていった……

「これで、都内はまともな人間が歩ける状態ではなくなったな、検問所の設置はどうなっている?」
 
 合田はまた椅子へと腰を下ろすと、東京と他の県との境目に配置してある各検問所へと通信を入れ状況を確認する。

『停電のせいでまだ住民には動きはありません、日の出からでしょうこっちへ殺到するのは……』

 通信を確認すると、またキーを叩き、東京都の全景地図を出す。
 東京都はいつの間にか分厚い壁に囲まれ他の県、いや日本から完全に隔離された状態になっていた―――――

アンブレラ本社―――――

 東京で合田によるテロが起こってから数十分、ここにもその動きは伝わっている。
 オズウェルは各国へと機密文書を送り、事の次第を伝え、既に事後処理の準備を進めていた。
 数十国の中でも特に連絡を取り合っているのはあのアメリカである。
 アメリカは《アンブレラ》との癒着が一番強い、なにしろ自国であれだけの事件を起こされ多大な被害を受けたわけだから二度とあんな目には遭いたくないからであろう。
 現アメリカ合衆国大統領《ウィリアム=ジョンソン》は極秘裏に日本の官僚達へ合田の企みを明かし、すぐに避難するように伝えている。
 もちろん《アンブレラ》の指示通りにウィリアムは動いているだけであるが、日本の官僚達はアメリカの言うことには従うしかなく、東京の次に大きな都市、大阪へと移り、新内閣の発足への準備を始めている。
 合田はその動きに気づいていながらも今は自分の手に入れた力に酔い、新しい政府などは自分のこの力で押さえ込めばいいなどという、独裁主義の再臨のような考えであった。
 
「あんな古い考えの男がここまでやるとは思わなかったが奴では《S.T.A.R.S.》には勝てんだろう……」

 オズウェルはアメリカとの定時連絡を終えると一人呟きながら隔離された東京の映像を眺める。
 
アメリカ合衆国・ホワイトハウス―――――

 ウィリアムは慌てている、奴らからの急な要請への対応で大忙しだ。
 日本官僚達への機密連絡、東京都への軍事力行使の準備、他国への圧力などすぐに対応できるようなものではなかった。
 まず、官僚達への機密連絡を終え、一息ついていると、秘書から尋ねられ、ウィリアムはゆっくりと答える。

「日本への攻撃……仕方があるまい、我が国では一つの都市であれだけの被害があったんだぞ?ニホンのトウキョウが汚染されているのならば被害は何十倍にも膨れ上がるだろう、その前にゴウダの野望は阻止せねば」

 ウィリアムは答えた後に深い溜息を吐き、ペンタゴンへと連絡を取る。
 二つ目の奴らからの要求に答える為に―――――

東京都・検問所付近―――――

 一台の装甲車が重々しい駆動を鳴らしながらゆっくりと日が昇り淡く照らし出されている高速道路を疾走している。
 もちろんその後ろにはあの真っ赤なバイクが続いている。
 
『翔平、また検問所だよ、その回りは分厚い壁で囲まれてる』
「構わん、突破しよう、俺が先行するよ」

 細井が松永に通信を入れると、松永はゆっくりと答え、バイクのアクセルを振り絞りスピードを限界まで上げる。
 バイクを装甲車の横へとつけ、運転席に座っている細井に左の親指を立て自信満々な表情を見せ、前へと向きなおす。
 検問所へと続く道路の右端は工事の途中で少し、上り坂になっている常態で途切れ放置されている。
 真っ赤なバイクは方向を変え、一気に加速立ち入り禁止の看板を跳ね飛ばし五メートル以上はある分厚い壁へと接近。
 装甲車はそれを横目に分厚い壁から唯一もろい肌を覗かせている検問所へと直進していく。
 検問所の人間がなにやら叫んでいるが、松永も細井も気にしない、布施にいたってはまたRPG7を持ち出し、検問所を狙っている。
 布施がトリガーを引く瞬間、真っ赤なバイクが途切れた道路から勢い良く飛び出し空高く舞う。
 検問所へ砲弾が飛び込むと同時にバイクは分厚い壁を飛び越え反対側へと着地する。
 装甲車も燃え盛る検問所をくぐり抜け、壁の向こう側、東京へと入り、数百メートル直進した後ドリフトしながら停止する。
 その横に真っ赤なバイクも急停止し、細井と布施が装甲車から飛び降り、バイクの下へと駆け寄ってくる。
 二人の顔は状況を理解できていない様子だった。
 それはバイクに跨っている松永も同じ―――――
 そこには石川で彼らが見てきたものとは規模が格段に違う感染が広がっていた……
 その後ろでは分厚い壁が動き出し、燃え盛る検問所ごと壁にあいた穴を塞いでいた―――――
 三人は後戻りは出来ないと、いや、初めからするつもりなど無かったかのようにお互いの意志をアイコンタクトで確認し松永はバイクのエンジンを唸らせる。
 細井と布施は装甲車へと乗り込み、先行し瓦礫や人の死体で狭くなっている道路を直進する。
 目的地はただ一つ、《合田 元》がいるであろう、デストロイの秘密が隠されているであろう首相官邸―――――



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