二十二章 首都


二十二章 首都




 人の死体を踏み装甲車が大きく揺れる。
 運転席に座っている少年の眼からは雫が一滴、また一滴と座席に落ち、染み込んで消えていく……
 助手席に座る丸刈りの少年は誰よりも注意深く辺りを見回し、整備の終わった銃器を構えている。
 ゾンビの攻撃とは明らかに違う爪痕や、噛み付いた痕を発見したからだ。
 それはこの都会に、この高層ビルの森の中に獣が存在しているということを彼らに認識させる。
 弾痕がいくつかあることからまだ残っていた地元警察や、《S.A.T.》がいくらか抵抗したようだが、あまり意味はなかった様子―――――
 警官や隊員の死体も一般市民に紛れいくつも地面に横たわっている……
 赤いバイクに跨っている少年は歯を軋む程に噛み締めながらアクセルを振り絞っている―――――
 不毛の土地に人間の声が聞こえる。
 あの三人組の声ではない……
 地元で一番大きなショッピングモールから聞こえてくるその声は不安や絶望に満ちている……
 出入り口や窓は全て閉ざされ、バリケードで塞がれている。
 外界と隔離された空間には数十人の男女が居座っている。
 どうやら感染から逃れた市民も居るようだ。
 会社員、高校生、主婦に、小学生達、それを取りまとめているのは近くの交番に勤務している駐在らしき制服を着ている男。
 店内にあるありったけの食料を全員に均等に分配している、ように見せかけ自分だけ少し量を多くしている。
 他の人間は気づいてはいるが、そんな事で言い争っても体力の無駄だとわかっている。
 皆、《ラクーンシティ》の事件の事はニュースで良く知っていた……
 住民も巻き込まれ、ゾンビと化し肉親や友人を喰らう、わずかに感染を免れた人間も隔離された《ラクーンシティ》から逃げ出すことは許されなかった……
 最後には住み慣れた土地もろとも《アンブレラ》による証拠隠滅によってこの世から存在を消された。
 今、自分達が置かれている状況が同じだということぐらいはこの場にいる全員が理解していたのだ……
 正面のバリケードの一部が崩れる。 
 その隙間からはゾンビ達がその愛らしい顔を覗かせている。
 住民達は一斉に取り乱し、反対側の出入り口へと走る、走る……
 最初に出入り口に辿り着いた会社員がバリケードを崩し始めるが、出入り口のガラスが破れ外からゾンビの腕にネクタイを掴まれ腰を抜かす。
 追いついた駐在がゾンビの腕を近くにあった椅子で殴りネクタイから手を離させ、会社員を抱きかかえる。
 駐在に怒鳴られた会社員はゆっくりと店の中央へと戻っていく。
 バリケードを組みなおした駐在が成人男性に対し、もしゾンビが進入してきた場合は女性と子供を最優先に守るようにと指示するが、駐在以外に頼れるような男はこの場にはいないようだ。
 駐在が指示をしたのも束の間、また別のバリケードが一気に崩れ大量のゾンビが店内へと侵入、ゆっくりと住民達の下へと歩み寄っていく。
 すると、先程まで頼りなさそうだった男達が手当たり次第に武器になりそうなものを手に持ち、壁を作りだす。
 駐在はそれを微笑ましく、心強く思い、壁の先頭に立つ。
 一番手前にいたゾンビに一斉に男達が殴りかかる。
 頚骨を折られ行動できなくなったゾンビは棒のようにその場に倒れ、男達に自信を与える。
 が、男達が歓喜の雄叫びをあげているとその後ろで女性の悲鳴が轟く。
 一人の男がすぐに駆け寄るが女性は頚動脈を噛み切られ、助かる状態ではなかった……
 男はゾンビに殴りかかり、頚骨を折る。
 仇は討ったと女性を見ながら呟いたその瞬間、横からの衝撃に襲われ、男は地面に伏す。
 喉下にはゾンビが喰らい付いていた。
 最初は固まっていた男達もバラバラになり各々でゾンビへと対抗する。
 しかし、一対一ではゾンビには敵わず次々と捕食されていく。
 女性達も武器を取り、全員で連携を取りながらゾンビを蹴散らしていく―――――
 やはり女性は強い、人類をここまで育んできただけの底力とでも言うべきものか、男性達よりも肝が座っている。
 しかし、それでも敵わない強敵が現れる―――――
 政府が放った獣《B.O.W.》だ。
 それが店内へと侵入すると同時に雄叫びをあげ、手当たり次第にゾンビだろうが人間だろうが右腕を振るい壁や地面へと叩きつける。
 それを見た女性が悲鳴をあげ、ついに逃げ出す。
 だが、もはや逃げられる場所など無かった、全てのバリケードは崩れ去りゾンビ達に囲まれていた―――――
 一人の女子高生が女性達の先頭に立つ。
 腰の上辺りまで伸びた艶やかな髪、すらりと伸びる長く細くなおかつ筋肉質な足と腕、歳とは不釣合いなほどしっかりとした顔立ちをしている綺麗な女性。
 何を思い立ったか勇猛果敢にゾンビの群れへと駆け出す。
 彼女の友人らしき女子高生達もそれに続き、ゾンビへと手当たり次第に物を投げつけ、活路を切り開こうとする。
 ゾンビの群れの侵攻が止まり、出入り口への道がわずかだが、開かれる。
 先頭に立っていた彼女はそれを見逃さず、一気に駆け出し、出口を目指す。
 女子高生達もそれに続き、駆け出していく彼女に気づいた二十台前半の若者がそれを止めようと駆け寄っていく。
 彼女がショッピングモールから抜け出せそうになった瞬間、目の前に見慣れぬ怪物が立っているのが眼に入る。
 それは後ろからついてくる人間にも確認できた。
 怪物―――――リッカーに酷似している怪物が彼女に向かって飛び掛る……

「成実!」

 若い男が彼女の名前を叫んだ。
 成実と呼ばれた女性があきらめ、その場に伏せる……
 怪物の牙が女性の頭部へと喰らい付く―――――
 はずだった、誰もがそう思っていたがそれは裏切られた。
 怪物は赤いバイクに跳ね飛ばされ立ち上がった瞬間に頭部へと五.五六ミリ弾を叩き込まれ絶命―――――
 松永がバイクから飛び降り女性へと手を伸ばす。
 女性が顔を上げた瞬間、松永は表情を変える……
 立ち上がった女性に若い男が駆け寄り怪我などをしてないかと慌しく尋ねる。
 松永はその男が女性と知り合いだという事をやりとりを見ながら察し、その場を男に任せると店内へと駆け出す。
 それに続いて装甲車が停車、中から細井と布施が駆け下り店内へと消えていく……

「なんで玉置成実がこんな場所に避難してんだ?まぁ無事ならいいか……」

 松永は呟き、ゾンビ達へと五.五六ミリ弾を叩き込み、奮戦していた男性達を助け出していく。
 細井と布施は未確認の突然変異タイプを共闘して殲滅していく。
 松永と細井は軽々と、布施はそれに必死に合わせながら化け物たちを叩く、叩く―――――
 細井からの通信で店内と周辺に居たゾンビや突然変異タイプを殲滅した事を松永は知り、G36Cを背中にまわし左手を狼牙の柄へ添え唖然としている先程助けた女性達の下へと歩み寄る。
 若い男と女性達は自然と身構える。
 当然だろう、見ず知らずの少年がバイクに跨り怪物に銃を向け、刀を振り回しながらゾンビを蹴散らしていたのだから……
 松永は似合わない笑みを浮かべながらとりあえず自分は敵ではないことを告げる。
 それを聞いた人間は心の構えを解き、その場に座り込む。
 後ろから男性達を連れてきた細井に状況の説明を頼むと、松永は布施と一緒に周辺の警戒へと移る。

「翔平はまったく……皆さん始めまして私達は《S.T.A.R.S.》の人間です。すぐに別働隊が到着します。それまでは私達が護衛しますのでご心配なく。遅くなって申し訳ありませんでした……」

 細井が深く頭を下げる。
 男は君達の様な少年が何故と尋ね、細井は笑いながらそれが自分達の運命だと答える。
 それを聞いた住民は皆首を捻る。
 その時、大きなローターの回転音が響いてくる。
 三人があらかじめ《S.T.A.R.S.》に救援を要請していた。
 もうこれも手馴れたもの、都内を進んでいくうちにこのような救援活動を何回も彼らはこなしていたのである。
 布施は最初は反対した。
 何故すぐに官邸へと向かわないのかと、松永は焦らして隙を突くと布施を納得させルナに救援を要請していた。
 細井は集めたデータを逐一ルナへと転送しており、《S.T.A.R.S.》の別働隊も都内に潜む《D》の感染者に対して適切な対応がとれた。
 別働隊のリーダーらしき人物が警戒していた松永へと歩み寄る。

「ご苦労、あとは我々に」
「はい、お疲れさんです。よろしく頼みます」

 松永は敬礼の真似事をしながら答え、布施の肩を叩き細井の下へと向かう。
 松永が細井に目配せし、その場を立ち去ろうとすると成実と呼ばれた女性が松永の名を呼ぶ。
 二人が疑問符を浮かべていると松永は先に行くように伝え、女性の下へと近付く。
 女性は松永の顔を覚えていたらしく、松永はそれに驚く。
 女性にこれからどうするのかと尋ねられ、松永は静かに、力強く、成すべき事を成すと伝える。

「気をつけて下さい。それと助けてくれてありがとう」

 彼女の言葉はとても温かく、松永の体を包む。

「ありがとう」

 松永は一言呟くと、バイクに跨り、アクセルを捻りエンジンを唸らす。
 細井に通信を入れ先行する事を伝えると瓦礫だらけの道を一気に加速していく……
 それを見届けた避難していた人間達は《S.T.A.R.S.》の隊員達に導かれ救護ヘリへと搭乗、死者の都と化した東京から脱出していった―――――
 松永は官邸が近いことを気配で感じ取っていた。
 細井からもうすぐ目的地だと通信が入ると分かっていると呟き、バイクを急停止、飛び降りG36Cを構える。
 後に続いていた装甲車も停車し、中から二人が飛び出し、松永に尋ねる。

「どうやら、本番前にウォーミングアップらしい……」
「布施、あまり無駄弾は使わないでよ」
「言われなくてもわかってらぁ」

 松永が微笑し呟き、細井がバーレットを構えながら布施に言う。
 布施はベネリのフォアエンドをスライドさせながら自分達を取り囲んでいる見慣れぬ化け物達へと駆け出す。
 それを合図に戦闘が始まった―――――

 ハンターに酷似している怪物に布施が散弾を放つ。
 怪物はそれを横に跳躍して回避―――――が、着地地点にグレネードを撃ち込まれ直撃し地面に伏す。
 布施も確実に成長していた、ただの高校生である彼がウィルスにより超人の域に達する力を得ている二人と共に行動していたのだから当然なのかもしれないがその速度は凄まじい。
 地面に伏したままの怪物の心臓部と頭部へベネリの銃口を突きつけ続けざまに撃ち貫き、絶命させる……
 M4に持ち替えると駆け出し《音》にぞろぞろと集まってくるゾンビ達を駆逐していく―――――
 細井は怪物達と一定の間合いを保ちつつバーレットのトリガーを引き、怪物の頭部を次々と爆砕していく。
 バーレットのマグチェンジの間には左手に構えたクルツで弾幕を張り、一歩も怪物やゾンビ達を近づけさせない。
 その動きは計算され尽くした迎撃システムのようだった。
 それとは反対に怪物達との距離を積極的に詰め、自分の間合いに持ち込んだ瞬間、切り払っていく松永は弾薬の節約のために狼牙だけで怪物達を相手にしていた。
 狼牙の切れ味は凄まじく、鉄柱なども軽々と切断していた。
 松永の間合いの中は絶対領域と化し、侵入してきた対象物は問答無用に切り捨てられていった……
 狼牙を鞘へと収め、居合いの構えを取る。
 動きを止めた餌に多数の怪物が襲い掛かる。

「瞬牙烈天衝!」

 松永叫ぶと同時に狼牙を抜く―――――
 襲い掛かった怪物達は真空の刃で次々と切り裂かれ、地面に落ちてくる。
 ゆっくりと狼牙の刃を鞘に収める頃には怪物達は皆体をバラバラにされ地面に伏していた……
 ゾンビを駆逐し終えた布施は一足先に装甲車へと乗り込んでいた。
 細井はそれを見ながらあきれ呟き、運転席へと座る。
 松永に次は自分達が先行すると伝えると一気に加速目的地へと向かう。
 動かなくなった怪物達を見ながら松永は深い溜息を吐き、バイクに跨ると装甲車の後を追っていく―――――
 官邸の前では一体のゾンビらしき人影が彼らをずっと待っていた。
 合田にまだかまだかと何故か責められながらもずっと黙って彼らを待っていた。
 その鈍く光る眼、いやカメラに一台の装甲車が見えてくる……
 そのカメラの映像は合田の下へと届いている。
 官邸の地下施設に合田の狂気に満ちた笑い声が高らかと響き渡った―――――



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