五章 群れ


五章 群れ



「これで、ラスト」

 細井が小さく呟きながら強く引いていた右腕を弦から放す。
 同時に弓から一本の矢が放たれ、細井の正面に立っていたゾンビの眉間に突き刺さる。
 ゾンビの頭は後ろに大きく揺れ反動で元の位置に戻ってくる勢いでそのまま前に倒れた……

「俺一人でこれだけの数をやったのか?」

 細井は目の前のゾンビが倒れるのを確認して弓を構えていた左手をゆっくりと下ろしながら呟く。
 細井の目の前に続く通路には十体近くの動かなくなったゾンビ達が倒れている。
 細井は未だに自分がこれだけすごい事をやってのけたことを信じられない様子だった。

「細井!」

 その時、細井の後ろから細井の名前を叫ぶ重低音の渋い声が聞こえてきた。

「布施!?」

 細井が振り向くとそこには肩で息をしながら右手には血みどろの金属バットを、左手では大きく手を振りながら細井に向かって走ってくる布施の姿があった。
 その少し後ろにはゆっくりと息を整えながら右手で薙刀を持ち、それを杖の様にしてゆっくり歩いてくる松永の姿もあった。

「翔平も!二人とも無事だったんだ!」
 
 細井が心の底から嬉しそうな表情を浮かべながら、自分のもとへ向かってくる二人に向けて言った。

「当たり前だろうが、俺様を誰だと思ってるんだよ」

 布施が左手の親指を立てながら自信に満ちた顔で細井に返す。

「調子に乗ってると後ろから喰われるぞ」

 その後ろからすぐに息を切らしながら松永が布施に突っ込む。

「これぐらいで息切らしてるお前に言われたくないな」

 布施は少し笑いながら松永に言う。

「貴史も無事みたいで良かった。それ一人で殺ったのか?すげぇじゃん」

 松永は聞こえないかの様に細井に話しかけて布施の突っ込みを誤魔化した。
 その様子を見た布施は少しひねくれながら、足元にある力尽きたゾンビの頭をつま先でつつきながら二人に話しかける。

「とりあえず、これからどうすんだ?」
「そうだなぁ、とりあえず家に帰るか?俺の家も近い事だしお袋と家族が心配だ」

 松永が薙刀の刃についた血をポケットティッシュでふき取りながら呟く。
 
「そうだな」
「そうだね」

 布施と細井はお互いの顔を見合わせ黙って頷き、同時に返事をする。

「よし、それじゃあ行きますか!そっちのエレベーターの横の階段から行こうか」

 松永がそう言うと二人の前に立ち、通路の奥を指差して薙刀を右手で持ち、右肩に乗せながら歩いていく。

「よし、行きますか」

 細井が残りの矢の数を確認し終えて左手に弓を持ち松永の後についていく。
 布施は黙って血のまとわりついたバットを二、三回振るいまだ使えることを確認すると、両手でしっかりと構えながら細井の後に続いた。
 三人がゆっくりと薄暗い通路を歩いていく……

「もう、出てこないかな?」

 細井が不安そうな声で呟く。

「んなわけねぇだろ。まだまだ出てくるはずだ」

 布施が答える。
 松永は黙って前を見たまま歩き続けていた。
 そして松永の視界にエレベーターが見えてくる。

「見えたぞ」

 松永が疲れきった声で言った。
 いつもなら五分もかからない距離を辺りを警戒しながら十五分以上もかけて進んできたため三人の疲労は限界まで達していた……

「確か、二階のエレベーターの前には椅子があったはずだしそこで一旦休憩しよう」

 松永が立ち止まり振り返って二人に話しかけると二人は黙って頷く。
 それを確認した松永はまた振り返りそして階段に向けて歩き出した。
 階段の前に来た松永が一瞬立ち止まり、小声で呟く。

「ん?火薬の匂い、さっきの爆弾のやつかな?」

 それを見た布施が松永に話しかける。

「松永、どうした?さっさと降りようぜ」
「あ、あぁ」

 布施の声を聞いた松永が慌てて返事をして階段に右足をかけた。
 一歩、また一歩と階段を降りて行き横から下の階の様子が見れるところまで来ると、松永が空いている左手を挙げ後ろについてきている二人を制止する。
 そして、ゆっくりと横から顔を覗き込ませ下の階の様子を見ようとした時

「!?」

 また、松永の動きが止まる。
 今度は松永のすぐ後ろにいた細井が松永に尋ねる。

「翔平?どうしたのさ?」

 すると、松永は大きく息を吐き出しながら言った。

「ゾンビが倒れてる。俺ら以外にもゾンビと戦ってる奴がいるのかもしれない」

 それを聞いた細井は少し驚いた表情を浮かべ

「でも、それはいい事じゃん」

嬉しそうに言った。

「一体何処のどいつがそんな真似を!?」

布施が大きな声でそう言うと前にいた二人を追い越し階段をすごい勢いで駆け降りて行った。

「お、おい!布施!」

 それを見た松永が布施の名前を呼びながら同じく駆け降りていった。

「え!?なんでそんなに急ぐの?」

 細井が二人の行動に呆気に取られながら、足を滑らせないようにとゆっくり階段を降りて二人の後についていった。

「一体誰なんだ……」
 
 布施がその光景に圧倒されながら呟く。
 やっと布施に追いついた松永は一瞬足を止めすぐに倒れているゾンビ達の数を数え出した。

「一、二、三―――――十五、十六。全部で十六匹か」

 そう松永は言うと一番手前に倒れているゾンビに近づいた。
 そしてそのゾンビの額にある小さな穴を指差す。

「どうやら銃を持ってるらしいな。貴史、普通マガジンには十五発入るんだろ?」

 二人に遅れて階段を降りてきた細井に向かって言った。

「うん。リボルバーは六発とかだけどオートはマガジンに十五発とチェンバーに一発装填できるけど?」
 
 細井が淡々と説明する。

「空のマガジンが一つしか落ちてないって事はマグチェンジなしで十六匹まとめて倒したって言うのか……」

 布施があたりを見回し空のマガジンが落ちてるのを見つけ呟く。

「でもさ、それだけ強い人がいるってのはいい事じゃない?」

 細井が重い空気を和ますように明るい口調で2人に言った。

「「仲間ならな」」

 松永と布施が口を揃えて言った。

「どういうこと?」

 細井には二人の言葉の意味がよく理解できなかった―――――


同時刻 大型デパート中央階段―――――


「やけに静かだな。そっちでは何も反応は無しか?」

 ディックが一人、静かに階段を上がりながら自分のインカムに話しかける。

『……』

 が、インカムから返事は無い。

「ルナのやつまだ機嫌悪いのかよ……」

 その時ディックの視界に動かなくなったゾンビ達が入った。
 その周辺には二十体近くのゾンビ達とそのゾンビ達から流れ出した血や臓器で、言葉では表現しがたい光景が広がっていた……

「こりゃすげぇ、あいつらが殺ったのか?」

 ディックが腰のホルスターからサムライエッジを取り出しながら呟く。

『……ディック?どうかしたの!?』

 その時、インカムから慌てた口調でルナが話しかけてきた。

「俺から話しかけても返事しないくせにいきなりこれかよ。動かなくなったゾンビが二十体近く倒れてる。刃物で切られてる奴に、鈍器で殴られてる奴、それに矢が頭に刺さってる奴。色々いる」

 ディックが呆れながらもルナの問いに答える。
 ルナは先程返事をしなかったことを誤魔化す様にすぐに返事をした。

『あなたが悪いんでしょ!それで?周りに生存者はいないの?まさかそれも彼らが?』
「多分そうだろ。血のおかげで三人分の足跡がはっきり見える、どうやら俺と行き違いになって二階に向かったみたいだ。後をつけてみる」

 ディックはそういうとサムライエッジのセーフティを解除し両手で構え、ゆっくりとその真っ赤な足跡を辿り出す―――――
 
 三人は動かなくなったゾンビ達に囲まれた椅子に座り体を休めながら自分達の身に起こった出来事を整理していた。

「まず、これは確実にバイオハザードだよな?」
 
 松永が二人に話しかける。

「それしか思い浮かばないよ。死んだ人間が動いたり生きてる人間襲ったり……」

 細井が力の無い声を漏らす。

「そうだろうけど、なんで今頃、しかも日本でバイオハザードが起きる?あの戦争でどっちも懲りたはずだろ!」

 布施は右の拳を握り締め叫んだ。

「政府が何の会見もしてないってのが気になる。自分の国でこれだけの大事が起きてるってのにまるで他人事じゃないか……」

 松永は二人の様子を見て三人でも話し合っても何もわからないと察し二人に聞こえないような小声で呟きながら状況を考え出した。

「まず、あのアンブレラはまだ存在するってことだよな。そして未だに《T−ウィルス》の研究をやってる。で、なんで今さら日本なのか?って事だけど政府が何も発表しないって事は、確実に奴らと手を組んでる。でも、何が目的で奴らなんかと?T-ウィルス戦争の時には多国籍軍に参加して俺のお袋も参加していた部隊が伝説になるぐらいの戦果を上げてたんだぞ?」

 その時、細井が一人で下を向いている松永を見て心配して声をかける。

「翔平?どうしたの大丈夫?」
「あ?あぁ、大丈夫さなんともない。ちょっと考え事をね。あと五分ぐらいしたら出発するから準備しといて」

 松永は慌てて返事をするとまた考え始めた。

「目的があるとすれば《T−ウィルス》とその研究成果だな。それと引き換えに自国の領土を実験場所に?でも、そこまでするほどの価値が《T−ウィルス》にあるのか……なるほど、《B.O.W.》だな。あれさえあれば最強の軍隊が作れるからな。ってことは黒幕は首相か。でも、軍備増強の為にそこまでするものなのか?それともまだ他にも《T-ウィルス》には秘密があるのかもしれないな)

 松永は自分の中で一通り整理を終え二人に話しかける。

「よし、二人とも準備はいいか?そろそろ出発だ!」
「俺はいつでも行けるぞ」

 布施は左手で金属バットを持ち右手の親指を立て松永に返事をする。

「俺も大丈夫」

 細井はアーチェリーを構えながら答える。


 三人は辺りを警戒しながら、デパートの中央に通っている大きな通路を歩きながら中央階段に向かった。
 その時松永の耳にいつか聞いたことのある獣の唸り声が聞こえた。

「待て!?何かいるぞ」

 松永が呟き、足を止めると後ろの二人も足を止め武器を構える。

「何?何がいやがる?」
「遠くにいる奴は俺が撃つ……」

 布施はバットを構えながら辺りを見渡し、細井は先程松永に言われた事をもう一度思い出し、弓に矢を装填しアーチェリーを構えた。
 そして松永がまた口を開く。

「獣の唸り声がした。さっき花火を取りに行った時も倉庫の中で聞いたんだ」
「なんでそれを先に言わなかったんだ!」

 布施が松永に向かって怒鳴る。

「あの時は空耳だと思ったんだ。二人に無駄に心配させたくなかったし」

 松永は少しうつむきながら布施に言った。

「いた!あそこだっ!!」

 その時細井が中央階段の方を指差して叫んだ。
 同時にその獣に向かって狙いを定めた。
 そして、右手を離し矢を獣に向かって放つ。
 しかし、獣は矢が自分に刺さる直前に横に飛び矢をかわし、細井に狙いを定めて一直線に走って来た。

「やばい!」
「貴史下がれ!俺が盾になる間にもう一度矢を装填しろ!!」

 細井が叫ぶと同時に松永がそう言い、細井の前に立ち細井に向かって走って来た獣に向かって薙刀を振り下ろす。

「これでも喰らえ!」

 獣は松永の二メートル手前で大きくジャンプし松永の振り下ろした薙刀をかわすと、細井の後ろに立っていた布施の目の前に反転しながら着地した。

「うぉ!?」

 布施がそれに驚いている隙に獣は布施に狙いを変え布施の喉元に喰らいつこうとする。

「こんな奴に喰われてたまるかよ!」

 布施はそう言うと獣の大きく開いた口に肩にかけていたバッグを挟み込み、喉元に喰いつかれるのを防ぎそのままバッグを振り獣を十メートル程正面に吹き飛ばす。
 バッグは破れ、辺りにペットボトルが散乱する……

「畜生!あいつは一体なんなんだ!ドーベルマンのゾンビ犬か!?」
「こんな所でドーベルマン飼ってる奴なんているのかよ」

 布施と松永が言い合っていると横から細井が会話に入ってくる

「いや、違うよ。あれはただのゾンビ犬じゃない、初期型の《B.O.W.》のケルベロスだよ」
「「ケルベロス!?」」

 布施と松永がその聞きなれぬ言葉と、その様な事を淡々と話す細井に驚きながら言う。

「説明は後にしよう!また、来るよ!」
「あぁ、そうだな」
「しかし、どうやってあんな素早い奴を仕留める?」

 細井が叫ぶと布施と松永もハッとしたように十メートル程離れている所に飛ばされ、少しふらつきながら起き上がった《ケルベロス》に向かって武器を構えながら言う。

「あいつは目標に向かって一直線に走ってくる習性があるからそこを狙う」
 
 細井はそう言うと弓に矢を装填し布施に向かって構えた。

「なにしやがる?俺を撃つ気かっ」

 布施が慌てて細井に向かって怒鳴る。

「そうだよ、お前に向かって撃つんだ」

 松永が横から少し笑いながら布施に言った。
 
「は!?松永まで変な冗談はよせ!一体どういうつもりだ」
「ったくお前も鈍いな。ケルベロスだっけ?そいつがお前に向かって一直線に襲ってくるから、お前に喰らいつく寸前にお前はしゃがんでそれをかわす。そして、無防備に突っ込んできたケルベロスに貴史が、一発お見舞いするんだよ」

 興奮する布施に松永が淡々と説明する。

「そゆこと。それよりも来るよっ!」

 細井が弦を引き終わりいつでも撃てる状態になってから布施に向かって言った。

「何で俺がそんな事しなきゃならねぇんだよっ」

 布施はそう言いながらも自分に向かってくるケルベロスに向かってバットを構える。
 布施とケルベロスとの距離が徐々に縮まる―――――
 そして、ケルベロスが布施に喰らいつく為に布施の五メートル程手前で大きくジャンプした。

「今だ!伏せて!!」
「おう!しっかり頼むぜ細井!」

 細井が叫ぶと同時に布施がその場にしゃがみ込み、ケルベロスの一撃をかわす。

「今度は逃がさない!」

 細井が布施に喰らいつこうとしたが、布施にかわされ無防備に宙を舞うケルベロスの小さな顔の眉間に向かって矢を放つ。
 小さな音を立て細井の放った矢はケルベロスの眉間に突き刺さり、そのままケルベロスは細井の足元に落ち動かなくなった……

「なんとか殺ったな」

 松永がその様子を見て口を開いた。

「ったくこんな化け物までいやがるのか」
 
 布施が立ち上がりながらバットで動かなくなったケルベロスをつつき呟く。

「そだね。でも他の《B.O.W.》はまだまだこんな物じゃないよ。それと、言い忘れてた事があるんだけど―――――」

 細井の言葉は沢山の獣の唸り声で止まった。

「まさか!?」

 布施が動かなくなったケルベロスをつつくのを止めバットを構え直す。

「貴史、言い忘れてたことって?」

 松永が薙刀を何処に居るかも分からない獣達に向かって構えながら、細井に先程の言葉の続きを尋ねる。

「ケルベロスたちのもう一つの習性なんだけど」

 細井が呟く

「けど?」

 松永が間髪入れずに尋ねる。

「群れで襲ってくる……」

 細井はそう答えるとまた弓に矢を装填しアーチェリーを構える。

「どうやらそうみたいだな」

 松永は自分の目の前に続く大きな通路に三匹のケルベロスが居るのを確認し、薙刀をその三匹に向けて構えながら呟いた。

「こっちにも二匹いやがる」

 布施の向いていた方向には二匹のケルベロスが立っている。

「俺の方には一匹しかいないから、すぐに翔平の援護に行くよ……」

 細井は目の前に構えているケルベロスに狙いを定めながら呟いた。

「期待せずに待ってるよ!」

 松永はそう言うと先手を打つ為にケルベロス達に向かって走り出した。

「任せて!」

 細井は返事をしながら矢を放ち、布施も松永に対抗してかケルベロスに向かって走り出す。

「はぁぁぁ」

 松永が大きく息を吐き出しながらケルベロスに向かって走っていく。
 そんな松永の予想外の行動に呆気にとられていたケルベロス達は、松永に少し遅れて松永に向かって走り出す。
 その時、細井の放った矢は狙いを定めていたケルベロスの横を通り抜けて行った。

「外れた!?やばい、あと五本しかない!!」

 細井は自分が外した事に驚きながら、その場で反転したまま矢を装填し、ケルベロスに背を向け走り出した。
 細井の放った矢をかわしたケルベロスはゆっくりと細井に向かって走り出す。

「細井の奴外しやがったのか!何が『援護に回る』だよ!」

 布施はそう言いながら目の前にいたケルベロスに向かってバットを振り下ろした。
 しかし、ケルベロスはその布施の攻撃を当たり前かの様にバックステップでかわす。
 布施は振り下ろしたバットをそのまま前に向かって突く。
 布施の初撃をかわしたケルベロスの顔面にバットの先端がめり込む。

「素直に当たってくれるとは思ってねぇよ!」

 布施がそう吐き捨てると、横からもう一匹のケルベロスが大きく口を開き布施に向かって飛び掛ってきた。

「喰らってたまるかっ」

 布施はそう言いながら右手だけでバットを振り、ケルベロスの顔の左側を殴りケルベロスを殴り飛ばす。
 松永に向かって先頭に立っていたケルベロスが飛び掛る。
 すると、松永は布施と同じく肩にかけていたバッグを、飛び掛ってきたケルベロスに向って投げつけ、宙でバッグと接触したケルベロスに向って薙刀を真っ直ぐ振り下ろした。
 次の瞬間、綺麗にケルベロスはバッグと共に鼻先から真っ二つに切り裂かれた。
 ケルベロスは辺りに臓物を撒き散らしながら、バッグは中のスナック菓子を撒き散らしながら松永の後ろの方へと落ちてくる。

「よし!」

 松永はそう言いながらすぐに反転しながら残りの二匹に向かって薙刀を構える。
 二匹は仲間が呆気なく殺られてしまった事に驚いたのか、松永を警戒し距離を置き攻撃のチャンスを見計らっていた。

「こいつらビビってやがるのか?」

 松永がそう言いながらケルベロスの方に向けていた薙刀の刃先を少し降ろした瞬間、1匹が松永に向かって飛び掛ってきた。

「しまった!」

 松永はそう言いながら薙刀の柄をケルベロスの口に挟み、かろうじてケルベロスの攻撃を防いぎその場に倒れ込む。
 が、もう一匹のケルベロスが無防備になった松永の胴体目掛けて飛び掛ってきた。

「くそ、時間差攻撃とはやるじゃないか!」

 松永は薙刀の柄から左手を離し、右手だけで薙刀を横に振るい、最初に攻撃してきたケルベロスを横に飛ばすと同時に左手でベルトに差していた果物ナイフを抜く。
 そして、上半身を起こし飛び掛ってきた二匹目のケルベロスの大きく開いた口に向かって突き刺した。
 松永の突き刺した果物ナイフはケルベロスの脳天までしっかりと届いていた。
 松永はそのままケルベロスの血だらけになった左手を果物ナイフから離すと、すぐに立ち上がり先程横に弾き飛ばしたケルベロスに向かってまた薙刀を構え直した。

「よし、今度こそ!!」

 ケルベロスから逃げながら弓に矢を装填し終えた細井が弦を引きながら振り向き叫んだ。
 が、ケルベロスはすでに目の前まで追いついておりゆっくり狙いを定めている余裕は無かった。

「ウェ!?」

 細井がその予想外のケルベロスのスピードに驚き、声にならない声をあげ右手を弦から離し矢を飛ばした。
 が、そんな矢がケルベロスに刺さるわけもなく、ケルベロスは細井に向かって飛び掛かろうとする。 
 細井は後ずさりをしようとしたが、つまずき転んでしまった。
 ケルベロスは一瞬動きを止め、改めて無防備になった細井に向かって飛び掛ってくる。

「くそぉ!!」

 細井は叫ぶと残り少なくなった矢を右手で取り出し、逆手にしっかりと握るとケルベロスに向かって思い切り投げた―――――

「さぁ?どう来るよ」

 布施がバットをしっかり握り締め、よろめきながら立ち上がったケルベロスに向かって呟く。
 立ち上がったケルベロスはまた布施に向かって一直線に飛び掛ってきた。

「はぁ?お前は俺より馬鹿だな」

 布施は懲りずに同じ攻撃を繰り返してくるケルベロスに向かってそう呟くと、飛び掛ってきたケルベロスの顔面に向かって左ストレートを放った。
 左ストレートはケルベロスの鼻に直撃しケルベロスはその場に倒れ込む。
 そして布施が間髪入れずに倒れ込んだケルベロスの頭目掛けてバットを振り下ろした。
 ケルベロスの頭は砕け脳髄と血液が流れ出す。

「さて、細井の加勢に行ってやるか」
 
 布施はそう言うと細井が走っていった方へと走っていった。

「さぁ、後はお前だけだぜ?」

 松永がケルベロスを挑発する。
 するとケルベロスは松永に向かって一直線に向かって走り出した。

「すぐに挑発に乗るんだな。こいつが《B.O.W.》の中じゃランクが低い理由が分かる気がなんとなくする」

 松永は同じ行動ばかりするケルベロスを見て少し笑いながら呟く。
 そして松永に向かってケルベロスが飛び掛ってくるのをその場にしゃがみこんでかわし、立ち上がり反転しながら薙刀をケルベロスに向かって振り下ろした。
 その刃はケルベロスの頭を半分程切り裂き止まった。

「そろそろ切れ味が鈍ってきたかな?」

 松永はそう呟きながら右足で動かなくなったケルベロスの頭を抑え、ケルベロスに刺さっている薙刀を抜いて刃についた血液や脳髄を振るい落とし、布施や細井の居た方へ歩き出した。

「細井!?」

 布施が細井の元にたどり着き、そこに通路に倒れ込んだ細井とその細井の上に一匹のケルベロスがいる光景を見て、唖然としながら叫ぶ。
 次の瞬間、ケルベロスの体がゆっくりと動いた。

「畜生!よくも細井を!!」

 布施がバットを握り締めながら叫び、そのケルベロスに向かって走り出そうとした時ケルベロスの体の横から細井の右腕が伸びその右手が親指だけを立てた。

「細井の奴、生きてたのか?」

 布施が走るのを止めゆっくりと細井に向かって歩き出した。
 すると、倒れ込んでいた細井が上に乗っているケルベロスを横に動かしながら、ゆっくりと立ち上がり布施に向かって手を振り出した。

「馬鹿やろう!心配かけさせやがって!!死んだかと思ったじゃねぇか」

 布施がそんな細井の態度を見て腹を立て怒鳴った。

「ごめんごめん、でもギリギリだったよ」

 細井は布施に謝りながら呟き自分の足元にいるケルベロスに目をやる。
 そこには右の目にしっかりと矢が突き刺さっているケルベロスの姿があった……

「まぁ、お前が無事ならそれでいい。さっさと松永の所に行くぞ」

 布施はそう言うと素早く反転し3人で一緒に居た場所まで走り出した。

「わかりましたよぉ〜」

 細井がふざけながら返事をし布施の後を追って行った―――――



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