七章 動き出す歯車


七章 動き出す歯車



「大丈夫か?」

 ディックがリボルバーを右脇のホルスターにしまいながら、自分の顔の横にある、眉間に大きな風穴の空いたゾンビを見つめている松永に、声をかけながら右手を差し伸べた。

「あぁ、大丈夫。ありがとう」

 松永はディックの声にハッとし振り向くとゆっくり左手を挙げ、ディックの差し伸べた右手をしっかりと握り返した。

「翔平!!」

 細井がその光景を見てディックの肩を借りながら、ふらつきながら立ち上がる松永に駆け寄る。

「大丈夫?怪我はない?」
「あぁ、大丈夫さ、この人のおかげでな」

 細井の心配そうな声に松永が答え、ディックの肩から右手を離しディックと少し距離を置く。

「松永!そいつは誰なんだ?」

 後ろからよろよろと歩きながら布施が近づいてきた。

「俺にもわからないよ。説明してもらえますか?あなたが誰で何故俺らを助けたのかを」

 松永が振り向き布施の方を一瞬見た後、すぐに顔を正面に向けディックを睨みつけながら尋ねた。

「なんとなく」
「「えっ!?」」

 三人がディックのありえない返答に戸惑う。

『ディック!からかわないでちゃんと事情を説明してあげて!』

 ディックのインカムからルナの怒声が響く。

「へぃへぃ、わかりましたよ。じゃあ、説明するがお前達はバイオハザードの事は知ってるよな?ラクーンシティから始まった」
 
 ディックが渋々ルナに返事をし、三人に向かって語り出す。

「はい、知ってます。ニュースでも大きく報道されてますから」

 松永がディックの問いに答える。

「そうか、ならその辺は飛ばすぞ。俺は《S.T.A.R.S.》の隊員でな。《T−ウィルス》が日本に輸送されるって情報を入手したもんだから少数精鋭で輸送機に積む前に、《T−ウィルス》を爆破するって作戦に参加してたのさ。ま、結果は失敗、色々あってな。そして最後の手段としてスニーキングが専門の俺が輸送機に潜入して《T−ウィルス》を爆破しに来たってわけ。お前達を助けたのは俺が偶然この場に居合わせたからさ」

 ディックが淡々と説明していく。

「なんで輸送機に積んである段階で爆破しなかったんだ?」

 布施がディックに問いかけた。

「ん?それは俺にもわからんがクリスがそう言ったからな。『海上では爆破するな』って海上で《T−ウィルス》をばら撒くのは危ないって事だろうよ」

 ディックが自信なさげに答える。

「クリス!?それってあの『クリス=レッドフィールド』ですか?」

 細井がディックの言った「クリス」という言葉に過敏に反応し、声を荒立ててディックに問いかけた。

「ん?あぁ、そうだ『クリス=レッドフィ−ルド』今の《S.T.A.R.S.》を束ねてる。洋館事件の生き残りでもある最初期の《S.T.A.R.S.》のアルファチームのエースだった男だ。それがどうかしたのか?」
「いえ、別に、ただニュースでも大きく報道されてたから気になっただけです」

 細井が先程とはうってかわって小さな声で返答すると松永の背中に隠れるように後ずさりしていった。

「それで?あなたは、ディックさんでしたっけ?これからどうするんですか??」

 松永が自分の背中に隠れている細井を横目で見ながらディックに尋ねる。

「呼び捨てで構わんよ。俺は今から県庁に向かおうと思ってる。どうやら《T−ウィルス》の入ったポッドがそこに落ちたらしいからな」
「そうですか、じゃあ俺達は別に行くところがあるのでこれで……本当にありがとうございました」

 松永がディックにそう言いお辞儀をして二人に目配せし、その場を去ろうとした時ディックがおもむろに口を開く。

「お袋さんが、『マツナガチカコ』が心配か?」
「!?」

 松永が立ち止まりそれにつられ二人も足を止める。

「なんで俺のお袋の名前を?」

 松永が少し動揺しながらディックに尋ねる。

「それはお前自身が良く知っているはずだろ?彼女はすげぇ人だからなラクーンシティから生き残り、T−ウィルス戦争にも参戦し生き残った。彼女なら心配要らないだろ?違うか?」
「でも、今はただの母親です。弟達もいますから心配ですよ」

 松永がディックの問いに答えまた歩き出そうとした。

「いや、心配はいらねぇよ。お前達がそこのデパートで色々やってるうちに《S.T.A.R.S.》の別働隊がこの近辺に住んでる最重要人物は保護して安全な所に非難してあるからな。最重要人物の家族も、もちろん一緒だ」
「俺のお袋が最重要人物?でも、貴史の家族とかも心配だから……」
「ルナ、ホソイ博士の方も非難は完了してるんだろ?」
『えぇ、問題なく保護・避難共に完了してるわ』

 ディックが松永の言葉をかき消すようにルナと言葉を交わす。

「なんだ、細井博士って?」

 布施が細井に向かって尋ねる。

「え?それは……」

 細井が言葉に詰まっているとディックがまた喋り出した。

「いいよ、俺が代わりに説明してやる。そこに居るホソイタカフミの両親は元アンブレラの研究員だ。それもかなり上の方の連中だ。そのおかげでアンブレラの裏事情が色々わかっちまって目が覚めてラクーンシティから逃げようとしたってわけさ。でも、案の定バイオハザードに巻き込まれてな。そこでそこのマツナガショウヘイの母親のマツナガチカコに助けられて一緒にラクーンシティから脱出してきたってわけ。その後は日本でご隠居生活さ」

 ディックが先程と変わらず淡々と説明していく。

「なんで黙ってたんだよ!」

 その時布施が細井に向かって怒鳴った。

「そうだよ、貴史なんでそんな大事なこと話してくれなかった?」

 松永も布施に続いて細井に尋ねる。

「だって……」
「それで俺達が貴史を責めるとでも思った?」

 また言葉に詰まってる細井の様子を見て松永が苦笑いしながら細井に言った。
 細井が黙って首を縦に振った。

「はぁ?お前バッカじゃねぇのかっ?俺達はそんなに薄情じゃねぇぞ!!」

 布施がまた怒鳴る。

「まぁまぁ、布施も落ち着けって、な?貴史俺達はそんな事気にしないからなんでも気軽に話してくれよ」

 松永が布施を制止しながら細井に語りかける。

「うん、ありがとう」
 
 細井が笑いながら二人に向かって言った。

「良い友達持ってるじゃねぇか。じゃあ、お前たちは俺に協力してもらうぞ」
「え?何言ってるんですか?」

 松永がディックに尋ねる。

「だから、お前達にも俺の任務に協力してもらうって事だよ」

 ディックがそう言うと布施が今度はディックに向かって怒鳴り出す。

「はぁ?寝言は寝て言え。俺達は民間人だぞ!!」
「じゃあ、これからどうするんだ?安全な場所なんてないぞ?それに博士の息子に英雄の息子がいる時点で十分民間人じゃない気もするんだがそれにただの民間人ならここまで生きてこれてないと思うぞ?」
「そ、それは……」

 布施が言葉に詰まる。

「それに、この状況なら俺と一緒にいる方が安全だ。三人だけでいるよりはな。それにタダで協力しろとは言ってない。着いてきな」

 ディックはそう言うとデパートの駐車場の隅へ向かって歩き出した。

「着いて行ってみよう。確かにディックさんの言うとおり三人だけでいるよりは一緒にいた方が安全だろうからさ」

 松永はそう言うとディックの後を追って歩き出した。

「うん」
「へぃへい、わかりましたよ」

 細井と布施も松永に続いて歩き出した。
 ディックの歩いていく先には小さなコンテナが三つあった。

「しかし、良くこれだけの補給物資送ってくるだけの余裕があったな」
『余裕なんてないわよ。この作戦をなんとしてでも成功させなきゃいけないからそれ相応の補給物資を無理やり調達したんだからね?む・り・や・り!』

 感心していたディックにルナが嫌味を言う。

「そう怒るなよ。シワが増えるぜ?作戦が失敗したのは別に俺一人の責任じゃないだろ」
『シワ!?もう、いい!!知らないから!』

 ルナはそう言うと一方的に通信を切った……

「あちゃぁ、また怒らせちまったよ」

 ディックはそう言いながら一番右に落ちているコンテナの前に立つと、コンテナの蓋の横にあるテンキーのついた電子ロックに、パスコードを入力し始めた。

「大丈夫なんですか?あの人と連絡取れないと本部とも連絡が取れなかったりするんじゃないんですか?」

 松永が黙々とパスコードを入力しているディックに尋ねた。

「ん?あぁ、大丈夫さ、いつものことだから……よっ」

 ディックはそう言うとテンキーのエンターキーを軽く叩く。
 すると、コンテナの蓋がゆっくりと開き出した。
 一つ目のコンテナの蓋が開くと、他の二つのコンテナの蓋もそれに連動して開いていく。

「おぉ、すげぇ」

 布施が呟く……

「ほぉ、中々良い物入ってるじゃねぇか、早く来な。お前達の分のタクティカルスーツもあるぞ」

 ディックがコンテナの中を覗き込み三人に向かって言った。
 すると布施と細井の二人が喜びながらコンテナに向かって駆けていった。

「マジで!俺達の分もあるの?」
「ほぉ、なんか燃えてきたぜっ!」

 そんな二人を後ろから見ながら、いつものしかめっ面を浮かべ松永はゆっくりとコンテナに近づいていく……

「辻褄が合わないよな。さっきは偶然居合わせたから助けたって言ってたけど俺達のこと知ってたし、補給物資に俺達の分のスーツがあるし。まぁ、俺のお袋と貴史の両親の事があるから助けに来てくれたんだろうな……」

「ん?どうかしたか?坊主」

 ディックがしかめっ面を浮かべている松永に向かって話しかける。

「大丈夫です。気にしないで下さい。それと、ディックさん俺は坊主なんかじゃありません松永翔平って名前がちゃんとありますから」

 松永が冷めた返事をしながら三人の元にたどり着きその場に腰を下ろした。

「OK、ショウヘイってちゃんと呼ぶよ。んで、ショウヘイも早くスーツを着な。他の二人はやる気満々だぞ?」

 ディックが苦笑いしながら松永に早く着替えるように勧める。
 するとコンテナの奥からスーツを取り出し、駐車場なのにも関わらず人目を気にせず着替えをし終えた布施と細井が立っていた。

「なんかちょっち動きにくい……」
「お前の鍛え方が足らねぇからだろ?」

 そこにはタクティカルスーツに身を包んだ不恰好な高校生が二人並んでいた。

「ははは、二人共良く似合ってるよ。俺はこのままで大丈夫です。篭手と具足だけ借りますね」

 松永はそう言うと先程二人が着替えていた場所に行き、タクティカルスーツから腕と脛につける硬化樹脂製のアーマーを取り外し、自分の腕と脛に装着して血だらけになったNIKEの靴を脱ぎ捨て、スーツの横に置いてある頑丈なコンバットブーツを履きしっかりと靴紐を結んだ。

「ほぉ、そんだけでいいのか?大した自信だな」
「いえ、俺はひ弱なんで二人みたいに体力も無いし無駄に重くならないようにしてるだけですよ」

 ディックの言葉に松永が苦笑いしながら答えた。

「そうか?まぁ、いい。他にもお前達にプレゼントがあるみたいだぜ、受け取りな!」

 松永と入れ違いに二つ目のコンテナの中を覗き込み、補給物資を物色しながらディックが呟き、三人に向かって一つずつ小さな箱を投げた。
 三人は慌ててディックから投げ渡された箱を受け取る。

「なんですかこれ?」

 松永がディックに尋ねる。
 が、他の二人はなんの疑問も抱かずに受け取った箱を開けようとしている。

「おい、二人共―――」
「おぉ、すげぇ!」
「これって!?」

 松永の言葉は布施と細井の大きな声でかき消された。

「ったく、二人共落ち着きがないんだから」

 松永はそんな二人の様子を見て、あきれながらも自分が受け取った箱の蓋をゆっくりと開けえう。

「これって、サムライエッジ!?」

 松永が声をあげる。

「そうだ、俺達《S.T.A.R.S.》の反抗の証だ。お前達にも俺の任務に協力してもらうからな。その為にお前達にも持っててもらう必要がある」

 ディックが三人に向かって落ち着いた表情で語る。

「へぇ、かっこいいなぁ」
「本物の拳銃だぜ!燃えてきたぁ!」

 細井と布施はディックの言葉を聞かずに目の前にあるサムライエッジに夢中になっていた……

「これ、俺達でも扱えるんですか?」

 そんな二人を横目に松永はディックに拳銃の使い方を聞いていた。

「あぁ、問題ないだろう。日本のモデルガンの精度はすごいからな、扱い方は変わらないさ。モデルガンの一丁ぐらい持ってるだろ?」
「まぁ、持ってますけど。これは本物ですよ?」

 松永とディックがそんな会話をしていると後ろで、布施が箱の中に入っていたマガジンに弾を込め、さらにサムライエッジにマガジンを収めスライドを引き、初弾をチェンバーに送りセーフティを外したところで、松永とディックの会話に入ってきた。

「これで、もう撃てるんだろ?」
「あぁ、それで狙いを定めてトリガーを引くだけだ。ほら見てみろ、お前の友達は簡単に扱えてるじゃないか」

 布施の問いに答えたディックが松永に向かって話す。

「あいつはサバイバルゲームばっかやってる拳銃ヲタクですから。なぁ、貴史?」

 松永は苦笑いしながら横に座っていた細井の方を向きながら言った。
 そこにはマガジンを収めスライドを引こうとしていた細井の姿があった。

「え?なに?」
 
 スライドを引き終えセーフティーを掛けながら細井が松永に尋ねる。

「はぁ、なんでもない」

 そんな細井の姿を見た松永は大きく息を吐き出だしながらそう呟くとマガジンに弾を込め出した。

「お前ら面白いな、見てて飽きないよ。よし、そこの二人スーツに着いてるパウチに予備のマガジン入れとけ」
「はい!」
「了解」

 細井と布施は大きく返事をすると二つ目のコンテナの中に入っている空のマガジンに弾を込め出した……

「ん?こっちの弾頭の色が違うやつは?」

 弾を込めていた布施が弾頭の色が他と違う青色に塗装されている弾丸を手に取りディックに尋ねた。

「ん?あぁ、そいつは新型でな対ゾンビ用の弾丸だ。基本的にはダムダム弾みたいに弾頭が分裂するもんなんだが、弾頭自体が分裂するんじゃなくてな、弾頭の中からさらに細かい弾丸が出てくるのさ。それをゾンビの頭蓋骨の中に打ち込むと、最初は硬い弾頭がゾンビの頭蓋骨を貫き、内部で弾頭の中から細かい弾丸が出てくる。んで細かい弾丸は硬質のゴム弾でな、頭蓋骨を貫通するだけの威力は無いわけ、後はわかるか?」

 ディックが途中まで布施に説明すると、最後まで説明するのが面倒になったのか布施に問いかけた。

「跳弾か?」

 布施がディックの問いにしばらく考えた後自信なさげに答えた。

「おぉ、正解。優秀だな、その跳弾で頭の中をシェイクするのさ。もちろん生きた人間にでも使えるけど、お前達には危ないから普通の弾丸込めとけ」

 ディックが苦笑いしながら答えた。

「それって条約とかにひっかからないんですか?」

 二人の会話を横で聞きながら弾丸を込めていた細井がディックに尋ねた。

「ん?まぁ、今の世の中条約なんてあって無いようなもんだからな、戦術核だって使っちまう世の中だからな」

 ディックが少しうつむきながら細井に答える。
 と、同時に予備のマガジンをパウチに入れ終わった布施が立ち上がる。
 それに少し遅れて細井がゆっくりと立ち上がった。

「二人共もう終ったの?さすがに早いな」

 松永が二人の様子を見ながら呟き、やっと2人の座っていた場所に腰を下ろし、自分の分の予備のマガジンに弾を込め出した。

「翔平が遅いだけだよ。ディックさん、最後のコンテナには何が入ってるんです?」

 細井が松永に苦笑いしながらそう言い、次いでディックに尋ねた。

「ちょっと、待ってな。今、中身を確認するから。お、そこの丸刈り!お前に丁度いい物が入ってるぞ」
「丸刈りって俺の事か?」

 ディックの呼びかけに反応した布施が二人に向かって尋ねる。

「お前しかいないだろ」
「布施の事だと思うけど?」

 松永と細井が同時に答える。

「俺しかいないよな。何が俺に丁度いいんだ?」

 布施はそう言いながらディックに向かって歩き出す。

「コレだよ、受け取れ」

 ディックはそう言いながらまた何かを布施に向かって投げつけた

「あんたはもうちょっとマシな物の渡し方はできないのか?」

 布施がディックから投げ渡された物を受け取りながら呟く。

「これは、ベネリか、コイツよりスパスの方が良かったな俺は」
「ほお、名前まで知ってるのか丸刈りは、相当のガンマニアだな。スパスなんて重くて扱いにくいだけだそっちのベネリの方が軽くて良いと思うぞ。世界中の《S.W.A.T.》が使ってるぐらいだ」
 
<ディックが布施に投げつけた物は、「ベネリM3」と呼ばれる公的機関向けに開発された散弾銃、つまりショットガンである。その高い集弾性と、ストッピングパワーに定評があり、世界中のS.W.A.T.チームに採用されている物である>
 
「まぁ、撃てれば何でもいいけどよ。弾はどこだ?」
「撃てても当たらなきゃ意味ないんだぞ?ほら、これだ!」

 布施の問いに答えながら、ディックはまた布施に向かって小さな箱を投げつけた。

「っとぉ、だから投げつけるのはよせよディック」

 布施はそれを受け取ると箱の蓋を開け、ベネリに装弾し残りを余ったパウチに詰め込む。
 最後にベネリのフォアエンドをスライドさせ初弾を装填しスリングを使い肩にかけ両手でしっかりと構えた。

「よし、丸刈りは格好だけはサマになったから次はそっちのホソイ博士の息子だな」
「俺には布施大将って名前があるんだよっ!」

 ディックの言葉に布施は声を荒立て反論しディックに背を向けその場に座り込んだ。

「Ok、フセだな。次からはそう呼ぶよ。で、タカフミ君にはこいつでいいかな?」

 ディックが布施に渋々返事をし細井に向かって手渡しで小さな銃を渡した。

「呼び捨てでいいよ、俺もディックって呼ぶしってかこれクルツじゃん!」
「Ok、タカフミだな。お前も銃には詳しいのか?」

<ディックが細井に渡した銃は、短機関銃いわゆるサブマシンガン(SMG)と呼ばれるものでそのSMGの中でも高性能で有名な「H&KMP5」の小型版である「H&KMP5K」だった。「K」は「Kurz」の「K」で、ドイツ語で「短い」の意。「クルツ」と読む>

「布施ほどではないけど、これは知ってる。前からモデルガン欲しいと思ってた」

 細井がディックの問いに苦笑いしながら答えた。

「ほぉ、モデルガンの前に実銃手に入ってよかったな。予備のマガジンはこれだ。SMGは弾がすぐなくなるから気をつけろよ」
「はい、わかりました。気をつけます」

 細井はディックから予備のマガジンを受け取りパウチに入れると、布施と同じようにスリングを肩に掛け両手でクルツをしっかりと握り締めた。

「そして最後にショウヘイだけども」
「俺のも何かあるんですか?」

 予備のマガジンに弾を込め、マガジンをパウチに入れ終えた松永がディックに近づきながら尋ねる。

「こいつだ」

 ディックがコンテナの中から取り出したのは細長い棒の様な物だった。

「刀?」

 松永が首を捻りながらそう呟き、ゆっくりとディックの右手に握られている物を受け取った。

「そうだ、お前のお袋さんが使ってたサムライソードだよ、普通のサムライソードと違って《HV(高周波振動)ブレード》を使ってるから子供でも振り下ろすことさえ出来ればなんでも切れる」
「これをお袋が使ってたのか。有難く使わせてもらいますよ」

 ディックの説明を聞き松永は受け取った刀を腰のベルトに納める。

「ふぅ、これでガキ共の装備は整ったから後は俺のだな。ってこんなのしかねぇのかよ。ったく俺にももっと奮発しろよな」

 ディックは独り言を呟きながらコンテナの中から「H&KG36C」を取り出し、スリングを肩にかけ予備のマガジンをパウチに入れだす。

<「H&KG36C」とはドイツ陸軍が正式採用している突撃銃ことアサルトライフルである「H&KG36」を短縮、軽量化したモデルである>

「あ、俺もそっちの方が良かった!」

 機嫌を直した布施がディックの持っているライフルを見ると大きな声をあげて言った。

「ん?バカか、お前にはこんなデカイ物扱えねぇよそいつで十分だろうが」
「へぃへぃ、わかりやしたよ」

 ディックの言葉に納得したのか布施はそう返事をすると、またディックに背を向け地面に座り込んだ。

「こちらディック、補給物資を確保・装備完了。今から目的地に向かう。まぁ、言っても無駄だろうけど……」

 ディックがインカムに向かって現状報告をしながら呟いた。

「まだ、さっきの女の人怒ってるんですか?」

 クルツを満足そうにイジっていた細井が、ディックに向かって心配そうな声で尋ねる。

「ん?あぁ、タカフミは心配しなくていいよ。コッチの状況だけ報告してれば問題な―――」
『了解』

 その時ディックの言葉をかき消すようにルナの声がディックのインカムから聞こえてきた。

「お?機嫌直したか?」
『別に怒ってなんかないわよ。それより三人にはちゃんとインカム渡してあげた?』
「お、そんな物入ってたのか、今から渡すよ」
『もう!しっかりしてよっ』
「へぃへぃ、わかりましたよ。おい、三人共これつけな。首に巻くようにして付けるんだ」

 ディックはそう言うと三人に向かって首輪のようなものを投げた。
 ディックとルナのやりとりを口を開け聞いていた3人が慌てて投げつけられた物を受け取る。

「こんな物で通信できるのかよ?」
「いいから早くつけようよっ」

 布施と細井が文句を言いながらもその首輪のようなインカムを首に装着する。

「骨伝導か―――」

 松永も呟きながらインカムを装着した。

「ご名答」

 ディックの声が三人の頭の中に響く。

「うぉ!?」
「頭の中で声がする!」
「これが骨伝導ねぇ」

 三人がそれぞれ声をあげる。

「ショウヘイは素っ気ないな……」

 ディックがそんな三人のリアクションを見て笑いながら言った。


『三人とも聞こえるかしら?』

 次いで3人の頭の中にルナの声が響く。

「聞こえてる」
「聞こえますよ」
「はい、問題なく聞こえてます」

 三人がまたそろって返事をする。

『じゃあ、一応自己紹介しておくわね。私の名前は『ルナ=エステル』この作戦のオペレーターをやらせてもらってるの。あなた達のことは《T−ウィルス》が日本に運ばれるって情報が入った時からずっとモニターさせてもらってたのごめんなさいね』
「いえ、ディックさんの言葉で大体辻褄合わないことぐらいわかってましたから気にしてませんよ」

 しばらく話を聞いていた松永がルナに返した。

『そう、ディックは口ベタだから仕方ないか。それで、ディックから聞いたみたいだけど今からあなた達三人にはディックと一緒に《T−ウィルス》の入ったポッドの爆破任務に参加してもらいます。家族には了解を得ていますから。フセ君は養護施設の院長さんに了解をもらいました。参加と言っても戦ってくださいと言ってるわけじゃなくてディックと一緒の方が安全だからというわけで、その辺はわかってくれるよね?』
「あぁ、俺は別に問題ないさ……」
「俺も両親がそう言ってるならディックについてく」
「別に問題はないです」

 三人が変わらずそろって返事をする。

「それに、俺もアンブレラの連中は気に食わないから喜んで協力させてもらいます」

 松永が返事に付け加えた。

『そう、お母さんにそっくりね、県庁まではそこの国道を真っ直ぐ進んで行ってちょうだい。後はディックに任せるわ』
「了解っと。じゃあ、三人共準備はいいか?」

 ルナに言われ地面に座り込んで、四人の会話を聞いていたディックが立ち上がり、三人に向かって話す。

「準備はいいけどよ」
「歩いて行くの?」

 布施と細井がディックに尋ねる。

「車ならここにたくさんあるじゃん?」

 松永が二人に向かって淡々と話すと駐車場に止めてある車を物色し始めた。

「まぁ、ショウヘイの言うとおりだ。この車に乗って行こう」

 ディックは、そう言うと近くにあったワゴン車の運転席の窓ガラスをナイフの柄で割り、ドアの鍵を空けワゴン車に乗り込んだ。
 そして、ハンドルの下のカバーをナイフを使って器用にこじ開け、中にある回線をショートさせ慣れた手つきでエンジンを掛けた。

「すげぇ」

 布施が呟きながらワゴン車の後部座席へ乗り込む。

「映画みたいだ!」

 細井も布施の後を追い後部座席へ乗り込んだ。

「今更何が起こってもそうそう驚かないよ」

 松永はそう言うと車を物色するのを止めワゴン車の助手席に乗り込んだ。

「よし、全員乗ったな?シートベルトしめろよ。飛ばしていくからな!」
「了解」
「ウェイ」

 布施と細井が返事をしシートベルトをしっかりと締めた。

「俺は遠慮しとくよ」

 松永はそう呟きシートベルトを締めずに窓の外を眺めていた。

「ん?まぁ、いいか。ルナ、今から県庁に向かう」

 ディックは松永の様子に少し違和感を感じながらも、ルナに報告すると、ゆっくりと右足に力を込めアクセルを踏みこむ。
 四人の運命の歯車が噛み合った瞬間だった―――――



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