八章 陰謀


八章 陰謀



「首相、定時連絡の時間です」

 一人の研究員が、パソコンのモニターに映し出されている時計を気にしながら合田に向かって言った。

「その様だな、モニターを切り替えてくれ」

 研究員と同じように、左腕につけている腕時計を気にしていた合田が研究員に指示する。

「了解、モニターを切り替えます」

 部屋の中央に位置する大きなモニターに《オズウェル=E=スペンサー》の姿が映し出される。

「うむ、時間通りだな。さすが日本は礼儀に厳しい国だけある」

 モニターに映し出されたオズウェルがいつも時間通りに連絡を取ってくる合田、すなわち日本政府の対応に感心しながら呟いた。
 
「当たり前です。こちらから無理矢理お願いしている立場ですから」

 合田が深々と頭を下げながらオズウェルに返した。

「よいよい、そこまで堅苦しくするな。数少ない取引相手なのはこちらとて変わらん。しかし、また気になる事が出てきた。発信機を取り付けておいたハンターからの信号が途絶えた、つまり何者かに殺されたわけだ。心当たりとしては奴しかおらんわけだが……」

 オズウェルが少し不安そうな顔をしながら呟いた。

「あのハンターがですか!?奴というと例の《S.T.A.R.S.》の男ですか?」

 合田がオズウェルの言葉に驚き、椅子から勢い良く立ち上がりオズウェルに向かって叫んだ。

「あぁ、輸送機を落とした奴だ。《U.B.C.S.》の偵察部隊の情報によると、《ディック=ブラン》を送り込んだらしい、それに《S.T.A.R.S.》の別働隊も潜入し、密かに周辺地域に住んでいる重要人物達を非難させているようだ……」

 オズウェルが驚く合田にさらに続けて言った。

「そこまでわかっていて何故、野放しにしておくんですか?」

 合田が少し落ち着いたのか、椅子に座りながらオズウェルに尋ねた。

「ん?面白いからだよ。奴らが必死にあがいているのが見ていて面白いのだ。それ以外は強いて言えば実験データが増えるから、か」

 オズウェルが合田の問いに笑いながら答えた。

「『面白い』ですか」
 
 合田がすこしうつむきながら呟く……

「まぁ、これ以上奴らの好きにはさせないつもりだ。タイラントを送った」
「タイラント!?」

 合田がまた椅子から立ち上がり大きな声をあげた。

「そうだ、貴重な戦力だから多くは送れんが、五体送った。そちらの警官隊はどうなっているのだ?」

 オズウェルが驚愕の表情を浮かべている合田を気にも留めずに問いかける。

「え?あ、はい。こちらの陸自と対峙しております。国道を境に県庁側に陸自を配備しております。」
「まぁ、いい。すぐに片付くであろう……」
「!?」

 オズウェルは意味深な言葉を残すと一方的に通信を切った。

「通信途絶えました」
「見れば分かる!」

 研究員の言葉に合田が不満そうな態度で答える……

「何故、タイラントまで送る必要があるんだ?ハンターだけで十分だろう。あまり暴れられると事後処理が面倒になるというのに。まぁ、いいこれもあれが完成するまでの辛抱だ、あれさえ完成すればタイラントなど。四人組の動向はどうなっている?」

 合田が椅子に再び座り、一人でしばらく考え事をしてから研究員に尋ねた。

「はい、こちらで確認できるのは国道をまっすぐ県庁に向かっている事ぐらいです。警官隊はいまだに動きを見せませんね」

 モニターを見ていた研究員がすこし疲れた様子で合田に答えた。

「例のあれはどうなっている?」
「どうやら一つだけ着床に成功したようでコアを形成完了し、次いで身体組織を形成中です」
「そうか、あれだけ蒔いて芽が出たのは一つだけか、やはり、《T》のデータが必要だな。位置はわかるか?」
「はい。県庁内に入ってから外には出ていません」
「県庁だと!?なるほど奴は自身の体に《T》が必要なことがわかっているようだな……」

 合田が一人で呟きながら不気味に笑う。

「モニターを続けますか?」
「いや、これでしばらくは何も起きないだろう。君も少し休みたまえ」
「はっ!それでは失礼します」

 研究員が合田に尋ねると合田が珍しく研究員に優しく言う。
 研究員は合田に敬礼して部屋を出て行った……
「さて、これからが見ものだな……」


「そうか、友達が殺されたのか」
「いえ、正確には感染させられたんです。ゾンビにひっかかれて……」

 運転席に座っているディックと、助手席に座っている松永がワゴン車の中で言葉を交わしていた。
 後部座席の二人はいつの間にか大きないびきをかいて眠っていた……

「ふぅ、気楽なもんだな。こんな時に寝てられるなんて」

 松永が後部座席を覗き込み二人を見ると呟いた。

「いや、寝るのは重要な事だ。一番体力が回復するからな。ショウヘイも良かったら寝てな」
 
 ディックが少し笑みを浮かべながら松永に向って言った。

「いえ、俺は大丈夫です。それよりも一つ気になる事があるんです」
「気になる事?」

 松永が相変わらずのしかめっ面を浮かべ呟きディックがそれに反応する。

「感染したにしては早すぎるんです。発症までが」
「と、言うと?」
「松川がゾンビにひっかかれたと思う時から、長くて三十分も経ってないんです。普通健康な状態なら発症までは五時間ぐらいはかかるでしょう?」
「まぁ、それぐらいはかかるな。そいつはなんかの病気にかかっていたりしてなかったか?」
「いえ、元気でしたよ。いつも通り居眠りしてましたから……」

 松永がディックの問いにうつむきながら答えた。
 その眼にはうっすらと涙が浮かんでいる。

「そうか、なら別種のウィルスに感染した可能性も考えられるな。ルナ、今まで発見されたアンブレラのウィルスの中から、一番侵食速度が速いウィルスを調べてくれ」
『やってるわ。《G》かしら?でも、それでも一時間以上はかかるわ……』

 ディックがルナに連絡を取り、本部のデータベースにアクセスして情報を探し出すように指示し、すぐさまルナがデータを検索しディックに情報を送った。
 それはいくつもの修羅場を共にくぐりぬけてきたおかげか、とても手馴れた様子だった。

「《G》って?」

 松永が聞きなれぬ言葉を聞きディックに尋ねた。

「まぁ、《T》と基本は変わらないが、《T》よりも強力で不安定なウィルスさ。ウィリアム=バーキン博士が作ったウィルスでな博士はそれをネタにアンブレラの中でもかなり上の地位に就こうとしたらしい。それで上層と色々あったらしいんだが、アンブレラの特殊部隊が《G》を奪おうとして追い詰められたバーキンは自らに《G》を投与。そのおかげで特殊部隊は壊滅状態で、その時に地下水道に《T》が流れ出したってわけだ」
 
 ディックが松永の問いに珍しく丁寧に答えた。

「じゃあ、私利私欲の為にこんな事になってるんですか。で、結局松川が感染したウィルスってのはわかりました?」
「いや、こっちのデータには無いな、新種かもしれん」
「そうですか。そういえば、今更なんですがさっきのコンテナ―――誰がどうやって?」

 松永が窓の外を眺めながら答えディックに尋ねた……

「あぁ、あれか?ヘリで別働隊がな」
「じゃあ、なんでそのヘリに乗っていかないんです?」

 ディックの返事にさらに松永が尋ねる。

「ショウヘイは鋭いな。ま、単純にあっちにはあっちの任務、こっちにはこっちの任務があるわけだ」
「重要人物の救出・保護ですか?」
「ご名答」
「お袋大丈夫かな」
「だから彼女なら心配いらないだろ?」

 ディックの返事を境に二人もしばらく沈黙した―――――

同時刻 県庁内―――――

 それは必死に思い出そうとしていた、己の記憶を……
 しかし、それの思考は強烈な頭痛によって停止せざるを得なくなる……
 そして、それはその頭痛を止める為に餌を探し出す。
 ゆっくりと確実にその大きく巨大化した四本の足で歩みながらその巨体にはとても狭い建物の中を徘徊する。
 それの体の中心部には大きく真っ赤な心臓が脈打っていた。
 その心臓が一瞬大きく収縮すると、それの巨大の右腕に生えた爪で目の前にいた獲物を捕らえた。
 そしてそれは天井につきそうなぐらい高い位置にある頭部の大きな口を開き獲物を貪る……
 しかし、強烈な頭痛は治まるどころか更に激しさを増していく。

「ウォォォオオオ!!」

 それが痛みに耐え切れずに獣の唸り声ともとれる叫び声をあげる。
 すると、それの肥大化した大きな巨体の左肩に位置する場所から大きな腕が生えてきた。
 そして、目の前にまた獲物が現れると、新しく生えてきた左腕を試すかのように獲物に向かって振るう。
 獲物の動きは遅くそれが獲物を捕らえる事には苦労しなかった。
 左腕の先の巨大化した掌で獲物を握りつぶし、口の中に流し込む。
 そして、次々に奥から溢れてくる獲物をそれは必死に貪っていく。
 もはや、己が何かを思い出そうとしていた事さえ忘れ……


「止まって!」
 
 あれから五分もしないうちに急に松永が大きな声を上げた。

「ん?どうした?」

 ディックがゆっくりとワゴン車を停止させる。

「聞こえませんか?銃声が……」

 ディックが耳を澄ますとかすかに銃声が聞こえてきた。

「あっちだな!ルナ、銃声が聞こえた。生存者がいるかもしれん、ちょっと様子を見てくるぞ!!」
『了解、気をつけて』

 ディックはそう叫びながら再びアクセルを踏むと、ハンドルを左に切り、大きな国道から狭い路地へと車を進める。
 急な方向転換で車が左右に大きく揺れた。

「痛っ!」

 細井が大きな声を上げながら目を覚ました。

「なんだ!一体どうしたんだ?」

 布施が細井と同じように頭を手で押さえながら叫んだ。

「いつまでも寝てるからだ!あっちの方で銃声が聞こえたんだ。だから、今から様子を見に行くんだよっ!着くまでにしっかり眼ぇ覚ましとけよな!」

 松永が二人に怒鳴った。

「銃声!?」
「一体誰が?」

 二人が松永の言葉に驚きながら叫ぶ。

「それを今から調べに行くんだよっ!」
「おい、もう着くぞ喋ってないで少しは集中しろ……」

 ディックが珍しく真剣な顔をして三人を叱責する。
 そして、車は国道から少し離れた場所に位置する、市内で一番大きな病院の駐車場に停車した。

「いかにも出そうだよな」

 布施が呟く。
 そこには荒れ果てた駐車場、炎上する車、何かが這いずり回った跡。
 そして、まったく人気のしない病院があった―――――

「銃声なんて聞こえないけど?もしかしてもう殺られちゃった?」

 細井が後部座席から車の前の方に体を乗り出し、前に座っている二人に尋ねる。

「あちこちに弾痕がある。ここで戦闘が起きたのは確かだ中に入って調べるぞ……」

 ディックがそう言いながら運転席のドアを開け、荒れ果てた駐車場に足を下ろした。

「そゆこと、貴史も気合入れてかないと」

 松永は細井に向かって少し微笑みながらそう言うと、ディックに続いて車から降りた。

「よぉし!やってやろうじゃねぇかっ!ゾンビでもハンターでも出てきやがれ!」

 布施が怒鳴りながら後部座席のドアを勢い良く開け、飛び降りた。

「威勢がいいのは良い事だがもう少し静かにな。奴らは《音》に寄ってくるぞ」

 ディックがまた布施を叱責した。
 それを聞いたからか細井が、無駄に警戒しながらゆっくりと音を立てないように車から降りてきた。

「だからと言ってそこまで気負うのもどうかと思うぞ?ま、そういうバラバラな性格の奴らが一緒に行動してたからこそ、今まで生き残れたのかもしれんな」

 ディックが細井に微笑みながら呟いた。

「ま、俺達三人が集まれば誰にも負けませんよ」

 松永が自信満々の表情を浮かべながらディックに言った。

「じゃあ、そのチームワークを見せてもらいますか?ルナ、今から病院内に潜入する」

 苦笑いしながら三人に向ってディックは言うと、ルナに状況報告をしG36Cを構えながら病院の正面玄関に向って歩き出した。
 その後にベネリを両手でしっかりと握り締めた布施。
 クルツを肩からぶら下げたままの細井が続き。
 一番後ろにはサムライエッジを握り締めている松永が続く。

「ホントに俺達でも銃撃てるんですか?反動とかすごいんでしょ?」

 細井の後ろについている松永が小声でディックに尋ねる。

「リコイルショックは、ハンドガンならお前達でも両手で構えれば大丈夫だ。そっちのショットガンはデカイがフセなら大丈夫だろ?」

 ディックが松永の問いに答えながら布施に向って話しかけた。

「おう、これぐらい大丈夫だ。俺に任せとけ」
「ホントに大丈夫??」

 布施の自信に満ちた返事に細井が呟く。


「なんなんだ!あの化け物はっ!?親父が言ってたのとは全然違うじゃないか……」

 妙に静まり返った薄暗い病院の中で少年は呟く。
 その腕の中にはしっかりとデザートイーグルが握り締められていた。

<「デザートイーグル」とは「ハンドキャノン」の通称で呼ばれるアメリカのマグナムリサーチ社が開発し、イスラエルのIMI(イスラエル・ミリタリ・インダストリー)社が生産している世界有数の大口径自動拳銃である>

「早く親父の所にこの情報を持って行かなきゃいけないってのに」

 少年はポケットから一枚のDVD−RWを取り出し呟く、その時物陰で何かが動く音がした。

「また、あいつか!?」

 少年は音のした方向へ向けてデザートイーグルの銃口を向けた。
 その一連の動作はとても素人の動きではなく、さながら訓練を受けた特殊部隊の人間の様であった。

「!?」

 少年がトリガーに指を掛けた瞬間、廊下に置いてあったゴミ箱の陰から小さなネズミが出てきた。

「ネズミかよっ、ったく驚かせるな。無駄に体力使っちまうだろ」

 少年がそう言いながら銃を降ろそうとした瞬間、その小さなネズミが小さな口を目一杯に広げ、白い牙を向けながら少年に向って飛び掛ってきた。
 しかし、そのネズミの白い牙が少年に届くより先に、その小さな頭が吹き飛びそれと同時に少年の腕に大きな衝撃が走り、デザートイーグルが空の薬莢を排出、それが落ちると同時に頭の無くなった小さなネズミの体がそのまま廊下に落ちた……

「こいつもゾンビに!?ったく犬ってのは聞いてたけど」

 少年は動かなくなったネズミを右足で踏み潰しながらそう呟き、廊下の窓に向って歩き出し、窓から外の状況を確認する。

「ん?なんだ、あのワゴン車は、さっきはなかったぞ?誰かこの病院に―――ってか生きてる奴が他にもいるのか!?」

 そう言うと少年はデザートイーグルにセーフティを掛け、病院の正面玄関目指して歩き出した。

「これから先もそうだが、部屋の中なんかに入るときは一人が前衛、一人が後衛だ。わかるな?」
「はい」

 ディックが病院の正面玄関の隅で三人に向って問いかけ、三人が同時に返事をする。

「今から俺が前衛で、先に病院の中に入って中の様子を確認する。俺が合図したら後衛のお前達が一人ずつ入って来い。いいな?」
「はい」

 また三人がそろって同じ返事をする。
 ディックは黙ってその様子を見届けると、G36Cのセーフティを解除し両手でしっかりと構え、出入り口の横の壁に背中を張り付ける。
 そして、そのまま腰を下ろし、下の方から中の様子を顔だけ出して覗き込む。
 すぐに顔を戻し大きく息を吐くと、素早く立ち上がりながら病院の中に駆け込み銃口を上下左右に向けながら、ロビーの中央に向ってゆっくりと歩いていく……
 その時、ロビーの一番奥、いつもなら来院者の対応で大忙しのはずの受付のカウンターの中から一体のゾンビが頭を出した。

「!?」

 後ろで待機していた三人が驚くのと同時に、ゾンビの眉間に三つの風穴が開いた。
 ゾンビはゆっくりと後ろに音を立てながら倒れこんだ。

「よし、入ってきても大丈夫だぞ」

 そんな三人の様子を気にもせずにディックが淡々と喋る。

「ディックはすごいねぇ、さすが《S.T.A.R.S.》だよ!」

 細井が興奮しながらディックに向って駆けていった。

「俺だってあれぐらい余裕だぜ?」
「さぁ、どうだか?」

 その後に布施と松永がゆっくりと歩きながら病院の中に入ってきた。

「あれぐらいで『すごい』とか言うなら、クリスやレオンは神様だなゾンビ達は数が多いから本当は相手にしないのが一番だ。弾の無駄だしな、だからクルツはセミオートにしておけよ。」

 ディックが細井の言葉に少し照れながらその照れを隠す様に細井に向かって言った。

「他の二人もそうだ。今からはいつでも対応できる様にセーフティは解除しておけ。ただし、暴発はさせるなよ?」

 ディックが続いてあとの二人に向けて言う。

「俺が暴発なんてさせるかよっ」
「……」

 細井がクルツのセーフティレバーをセミオートに合わせ、布施が愚痴を言いながら、腰のホルスターに収めてあるサムライエッジのセーフティを解除する。
 松永は無言で少し不安そうな顔をしながらサムライエッジのセーフティを解除した……

「この病院の見取り図は―――っと」

 松永がセーフティを解除し、受付のカウンターの横にある病院の見取り図に目をやる。
 その松永の後ろからディックが見取り図を覗き込む。

「全部で五階か?意外と小さいな。じゃあ上から調べて行くか、エレベーターは使わずに横の非常階段から上がるぞ。ついてこい。」

 ディックはG36Cの銃口で中央玄関の横にある2つ並んだエレベーターの方を指すと、エレベーターの方に向かって歩き出した。
 そのすぐ後に細井が駆けて行く。

「エレベーターの方が早いじゃねぇかよ」

 布施が愚痴りながらも細井の後に続いた。

「じゃあ、お前だけエレベーター使えば?」

 少し笑いながら松永が布施に言いながら布施の後に続く。
 ディックがエレベーターの横を横切ろうと、一つ目のエレベーターのドアの前に差し掛かったときエレベーターの開く音がする。
 ディックと布施が素早くエレベーターの方へ向けて銃口を向ける。
 それに続いて細井がエレベーターの方へ銃口を向けると、最後に松永が慣れない手つきでサムライエッジの銃口をエレベーターの方へ向けた。
 ゆっくりとエレベーターの扉が開いていく―――――
 しかし、エレベーターの中には何もなく、ただ赤い血だらけの手形が残されているだけだった。

「動くな!」

 四人が呆気に取られたままエレベーターの方を眺めていると、非常階段の方から男の声が聞こえた。

「ほぉ、フェイクか?」

 と、同時にディックが呟き声のした方へG36Cの銃口を向けた。

「動くなって言ってるだろ?銃を置け!!」

 ディックが銃口を向けた先には、その体にはとても不釣合いな程の大きさのハンドガンを構えた一人の少年が立っていた。

「こっちは四人だぞ?勝てるとでも思ってるのか?」

 ディックが少年を挑発するように言った。

「ん?お前、有輝か?」

 松永がサムライエッジを腰のホルスターにしまいながら、少年に近づいて行く。

「まさか、松永か!?なんでこんな所に?」

 少年が驚きながら構えていたデザートイーグルをゆっくりと地面に向けて降ろす。

「宮鍋こそなんでこんな所にいるんだよ」

 松永と同じく構えていたベネリから手を離しながら布施が言った。

「おぉ、有輝さんも無事だったんですか!?」
「ほぉ、お前ら三人が生き残ってるとはなぁ。あ、お前ら三人だから生き残れたのか?」

 宮鍋にゆっくりと近づいて行く二人を押しのけて、細井が嬉しそうに駆けていき、宮鍋がいつもと変わらない三人の友人の姿を見て笑いながら言う。

「ん?あいつら知り合いなのか?」
『どうやら、同級生みたいね』

 ディックが首を捻りながら構えていたG36Cを降ろしながら呟き、それにルナが答える。

「それより、あっちの変なのは誰だ?」

 宮鍋が急に真剣な顔になり三人に尋ねた。

「あぁ、彼は《S.T.A.R.S.》のディック=ブランって人で―――」
「《S.T.A.R.S.》だって!?じゃあ、あんたなら知ってるだろ?」

 松永が問いに答えている途中で、宮鍋が《S.T.A.R.S.》という言葉に反応し、松永の説明に耳を傾けもせずにディックに問いかけた。

「何をだ?」
「アンブレラと日本政府の癒着だよ」
「あぁ、アンブレラは各国の政府の一部とはくっつきまくりだからな、別に珍しいことじゃないが?」

 宮鍋とディックの会話が続く中、三人は非常階段に腰をかけ座っていた。

「それの証拠を見つけたんだよ!それで、どうやらこの病院の院長も政府を通してアンブレラの連中とつるんでるらしくて、ついでにそれの証拠も押さえようと思って来たのはいいんだけど―――」
「化け物に襲われたか?」

 宮鍋が言葉に詰まるとディックが呟く。

「そう、ゾンビの話は聞いてたけど、まさかあんなのがいるとは思わなかったから……」
「あんなのって言うのは?」

 ディックが尋ねる。

「舌の長い化け物さ、四足歩行ですごい速度で動き回る」
「突然変異種か、それで?証拠は見つかったか?」
「いや、多分院長室のパソコンからデータベースに侵入できるとは思うんだけど」
「院長室は最上階だけど、どうする?」
「もちろん行くさ。でも、その前にそこで飲み物買おう。喉が渇いた」

 二人の会話に非常階段で休憩していた松永が立ち上がりながら言うと、それに宮鍋が答えながら非常階段の方へ向って歩いてきた。

「ルナ、彼のデータを調べてくれるか?どうやらパソコンを扱うのに長けてるようだが?」

 ディックが専用回線でルナと通信を行っている間に、他の四人は非常階段の横にある自動販売機の前に立っていた。

『待って。今、彼らの高校のデータベースにアクセスしてみるから……』
「了解」
「よし、ジュースでも飲みますか?」

 細井がそう言いながら財布を取り出そうとした時

「あ、かばんに入れたまんまだった」
「そのかばんは?」

 松永が尋ねる。

「学校の購買の――」
「はぁ?バカじゃねぇの?俺が出してやるよそれぐらい……?」

 布施が細井に怒鳴りながら、自分の財布を取り出そうとした時その腕が止まった。

「今度はなんだ?」

 松永が呆れ気味に布施に尋ねた。

「駐車場に置いてきた」
「はぁ?お前らはホント馬鹿ばっかりだな、仕方が無いこの有輝様がおごってあげよう」
 
 そう、言いながら宮鍋がズボンのポケットから財布を取り出そうとした時自動販売機の鍵の部分が弾け飛ぶ。

「俺のおごりだ。好きなだけ飲みな」

 驚いた四人が振り向くとそこには、微笑みながらG36Cを構えているディックの姿があった。

「そっか、わざわざ律儀に金払わなくてもいっか」

 松永が笑いながらそう言うと自動販売機を開け中からお茶のペットボトルを取り出した。
 それに続いて三人も炭酸飲料のペットボトルを取り出した。

「いただきまーす」

 四人は声をそろえて言うと一気に飲み出した。

『Ok、見つけたわ。どうやら情報系の授業の成績はトップクラスみたい』
「やっぱりな」
『それと、もう二つ面白い事を見つけたわ』
「面白い事?」
『そう、面白い事よ。一つは彼の父親は市警察の所長みたい。それで警官隊を指揮して今は政府の陸自とにらめっこ』
「だからあんなに動くわけか・・・・・・」
『二つめはそこの病院の事なんだけど。バイオハザードが発生してから真っ先に感染者を搬入させたのはその病院なの。それも管轄外の感染者よ?』
「大体、予想はつくさ。感染者のデータを送ってたんだろ?」
『正確な事はわからないけど、多分そうよ。癒着の件を調べる時にでも調べてみて』
「了解、と」

 ディックが先程四人が座っていた非常階段に腰を下ろし、ルナと通信していた時宮鍋が思い出したように喋り出す。

「そういえば、あのディック?だっけ、あの人はなんで日本語喋れるんだ?」

 それを聞いた三人の顔が一瞬固まる。

「そういえばなんで日本語喋れるんだ?」

 布施がそう呟いてる時には既に細井がディックに尋ねていた。

「なんで、ディックは日本語喋れるの?」
「今更、そういう事聞くかな?」

 ディックが笑いながら話し出した。

「俺の主任務は潜入がほとんどだ。それ故、各国の研究施設なんかに潜入する事も山ほどある。変装したり方法は様々だが、その国での言葉を喋れないと色々都合が悪いわけさ。だから俺は、英語・日本語・ドイツ語・フランス語・ロシア語、その他色々マスターしてるわけ」
『もちろん、オペレーターの私もね』

 ディックに続いてルナが声を弾ませて三人に向かって言った。

「そうですよね、普通に考えればそういう事になりますよね」
 
 松永が笑いながら呟く。

「ん?なんだお前らそんな事も聞いてなかったのか?ってかそのインカム俺にもくれよ!」

 宮鍋が三人に呆れながら松永の首に装着されているインカムを羨ましそうに見ながら言う。

「え、これは俺達の分しかないわけで――」
「じゃあ、松永のくれよっ!」
「え!?あ、ちょっ――やめっ―――」
「よし!四人共良く聞け。これから最上階にある院長室へ行き、そこにあるパソコンから病院のデータベースにアクセス。必要な情報を引き出して、県庁へ向けて再出発だ。それでいいな?」

 宮鍋と松永がインカムの奪い合いをしていると、それを止めるかのようにディックが言った。

「それでいいよな?そこの……」
「有輝、宮鍋有輝だ」
「Ok、ユウキだな。それでユウキもそれで問題ないな?」
「あぁ、仲間は多いほうが楽だから、こんな奴らでも」

 宮鍋が三人の方を見ながら呟いた。

「んだ、宮鍋!こんな奴らってなんだこんな奴らって!!」
「まぁまぁ、落ち着こうよ布施、せっかく仲間が増えたんだからさ」

 宮鍋の言葉に過敏に反応する布施を細井がなだめる。

「ま、そういうわけだ。大人になろうな、布施」

 松永が布施にさらりと言うと空になったペットボトルを捨て、非常階段の方へ歩き出した。

「松永!?、てめぇ!!」

 布施は細井の制止を振り切り、ペットボトルを地面に叩きつけると一人で非常階段を登り出した。

「ったく布施はすぐに怒るんだから……」

 細井が布施の叩きつけたペットボトルを拾い、自分のペットボトルと一緒にゴミ箱へ捨てると布施の後を追い階段を登っていった。

「よし。有輝、俺らも行きますか?」

 松永が宮鍋に言うと、宮鍋は手にしていたペットボトルをゴミ箱へ投げ捨て、デザートイーグルを構えセーフティを解除しながら階段を登り出し、それに松永も続いた。

「おい、お前ら俺の指示を聞いてから行動しろよ!ったくリッカーに襲われても知らねぇぞ!」

 ディックはしばらく四人の行動を黙ってみていたが、自分を無視して四人で勝手に行動する様を見て腹を立てながら怒鳴った。

『そんな事言いながら、助けちゃうのよね?』

 そんなディックをルナがからかうように言った。

「うるせぇっ!」

 ディックはまた怒鳴ると四人の後を追い、階段を駆け登っていった―――――



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