九章 突然変異 前編


九章 突然変異 前編




 いつもは入院患者やお見舞いに来た家族、医者や看護士で溢れ帰っているはずの廊下には今は誰も居ない。
 血生臭い匂いが辺りを漂い、血の這った跡がいくつも見える……
 しかし、そんな人気の無い病院の廊下に病院には不釣合いな格好をしたショットガンを構えた男が立っていた。

「布施、先に行くなよ。襲われたらどうするんだよ」

 布施の後を追い、階段を登ってきた細井が布施に声をかける。

「ゾンビくらい俺一人で十分だ!」

 布施は構えていたベネリを肩に乗せると、また一人で先へ進もうと足を前に踏み出す。

「勝手に行動するのはそこまでだ」

 その時、布施のインカムにディックから通信が入った。
 布施が振り向くとそこには、細井の後に続いた三人が腕を組んで仁王立ちしている姿があった。

「これから先は俺の前を歩くな、いいな?」
「へぃへぃ、わかりましたよ」

 ディックが真剣な顔で布施に言うと布施は渋々返事をし、ディック達の方へ向って歩いてきた。

「今から、三人に話す事がある」
「話す事?」

 ディックが松永達に向って喋り出すと松永が疑問符を浮かべ返事をする。

「あぁ、そうだ。ここにいる化け物の話だ」
「はぁ?ゾンビの話はもううんざりだぜ」

 布施がそう言い放ち廊下に腰を下ろそうとした。

「いやゾンビなんかじゃねぇ。リッカーだ」
「リッカー?」

 腰を下ろそうとした布施が初めて聞く言葉に不安感を抱き、立ち上がりながら言った。

「ここにリッカーが居るんですか?」

 細井が誰よりも驚きディックに尋ねる。

「あぁ、ユウキの話によると居るらしい、ぞ」
「貴史、リッカーって?学校でも言ってた気がするけど……」

 松永が慌てている細井に尋ねた。

「リッカーは、ラクーンシティで確認された感染者の突然変異タイプの化け物で……」
「もっと、わかりやすく説明してくれ!」

 布施が細井の喋り方にイライラして怒鳴る。

『しかたないわね。私が代わりに説明してあげるけど……長いわよ?』

 ルナが少し笑いながら三人のインカムに通信を入れてきた。

「あいつらはしばらく話を聞いてるだろうから、俺達は休憩するか?」

 ディックが黙って三人のやりとりを聞いていた宮鍋に向かって言った。

「そだな、ちょっと座ってる」

 宮鍋はそう言うとその場に腰を下ろし、デザートイーグルのセーフティをかけた。

『元々、《T−ウィルス》という物は細胞を蘇らせて新陳代謝を活性化する物なの。ただ、その新陳代謝の速度に栄養の摂取が追いつかずに細胞が死滅し出して、ゾンビの様に見える生きた人間になってしまうわけ。生きた人間って言っても、脳細胞まで死滅しだしてるから飢餓感だけで動く化け物って感じかしら』
「余計にわかんねぇ……」

 布施がルナの説明を遮るように呟いた。

『まぁ、フセ君もそう言わないで、一応最後まで説明させてよ、ね?』

 ルナが布施に専用回線で一言、返事をする。

「あぁ、一応聞いとくさ、続けてくれ」
「ルナさん?どうかしたんですか?」

 ルナの説明が急に途切れたのを不思議に思った松永がルナに尋ねる。

『ううん、なんでもないわごめんね。じゃあ、さっきの続きから始めるわよ。栄養の摂取が追いつかないって所まで話したっけ?』
「はいそうですよ、続きお願いします」

 ルナが松永に尋ねると松永はすぐに返事をし、続きの説明を頼んだ。

『オーケー、でもここで活性化した新陳代謝で新しい細胞が形成されるまで栄養の摂取に成功した固体もいるの。これが突然変異種と呼ばれる所以ね。リッカーと呼ばれるわけだけど、リッカーの特徴は長い舌と、肥大化して外部に露出した脳髄と退化した眼球って所ね。視覚の代わりに異常に発達した聴覚で、獲物をその長い舌で捕らえて捕食するの』

 ルナが淡々と三人に説明していく……

「それに俺が襲われたわけ」

 宮鍋が立ち上がりながら三人に向かって言う。
 
「マジでか!?感想は?」

 布施が尋ねる。

「感想ってお前。速かったな。とにかく速かった……」
「音も立てずに忍び寄り、その驚異的なスピードで一気に喰らいつく。どうだフセ、これでも一人で行くなんて?」
「分かってるよ!一緒に行きゃぁいいんだろうがよ!」

 布施がディックに向かって怒鳴ると細井がさらに布施をからかうように言う。

「そんな事言ってホントは怖いんでしょ?」
「うるせぇ!」

 次の瞬間、布施の右拳が細井の頭頂部に向けて振り下ろされた。

「痛ってぇ……」
「布施の神経を逆撫でするようなこと言うからだよ」

 頭を抱え込んで座り込む細井に松永が笑いながら言う。

「ま、とにかくだ。お前達じゃ勝ち目は無い。ってことでもし、リッカーに遭遇したら音を立てずにその場でじっとしろ。俺が仕留めるまでな……」
「了解」

 松永がしっかりと返事をする。
 が、布施は聞いてないふり、細井は頭を抱え込んだまま黙っていた。

「本当に大丈夫なのか松永?」
「こりゃ、ダメかもしんない」

 そんな様子に呆れた宮鍋が松永に尋ね、松永がそれに苦笑いしながら答えた。

「よし、院長室はそこを曲がって、真っ直ぐ進んで突き当りを右に行った所だ。出発するぞ。ついてこい!」

 ディックが四人に言うとG36Cを構え曲がり角の壁に背中を張り付ける。

「了解、と。気合入れて行きますか」

 その後にサムライエッジをしっかりと両手で構えた松永が続く。

「ま、ディックだけでも居てくれればなんとかなるかな?」

 宮鍋がその後に続く。
 ディックがゆっくり腰を下ろし低い位置から曲がり角の向こうの様子を窺う。
 素早く顔を戻すと立ち上がり、上下左右に銃口を向けながら曲がり角を曲がり、ゆっくりと長い廊下を進んで行く―――――

「あ、ちょっと待ってよ!」

 しばらく座り込んでいた細井が立ち上がると、急いで三人の後を追い廊下の方へ駆けていく。

「ふぅ、どんな化け物でも俺が仕留めてやる」

 布施はそう呟くと細井の後を追い一番最後にその場をあとにした。

「お、布施も機嫌直したか?」

 松永が後ろからついてくる布施に向って言った。

「ほっとけ……」

 布施が松永にそう言い病室の前を通り過ぎようとした時、病室のドアが布施に向かって倒れこんできた。

「うぉ!?」

 布施が急な出来事に対応できずにそのままドアの下敷きになってしまった。

「布施!今、助ける」

 布施の前を歩いてた細井が布施に手を伸ばそうとした瞬間

「細井!前を見ろ!!」

 宮鍋の怒声が細井の腕を止めた。
 細井が顔を上げると、そこには一体のゾンビが立っていた。

「う、うわぁ!!」

 細井が叫びながらクルツを手にしがむしゃらにトリガーを引く。
 いつの間にかセレクターレバーはフルオートを指していた・・・・・・
 次の瞬間、大きく乾いた銃声と共に周辺に九ミリパラベラム弾を撒き散らし廊下に弾痕を刻みながら、クルツは細井の手から離れた。
 本来当たるべきであるゾンビには、体の数箇所に数発かすった程度でまるで効いていないようだった。
 が、次の瞬間ゾンビの眉間に三つの風穴が空いた……

「セミにしておけと言っただろ。それにしっかり狙って、しっかり撃つ。基本だぞ?」

 ディックがそう言いながら廊下に座り込んでいる細井に向かって手を伸ばす―――――

「ディックさん!!」

 松永がディックに向かって叫ぶ。
 ディックが一瞬松永の方へ顔を向け、ドアの向こうの病室の中を覗き込むとそこに三体のゾンビがディックと細井に襲いかかろうとしていた。

「ちっ」

 ディックが細井に伸ばそうとした手を戻し、G36Cを構えトリガーに指をかけた瞬間。
 ディックの目の前のゾンビ達の頭が、辺りに脳髄と肉片を撒き散らしながら木っ端微塵に吹き飛んだ。

「どうだ?俺もなかなかやるもんだろ?」

 布施が言いながら、廊下に倒れこんだままベネリのフォアエンドをスライドさせ、空のショットシェルを排出すると共に次弾を装填する。
 ディックは布施に向かって軽く笑うと、倒れていた病室のドアを両手で抱えながらどかした。

「あぁ、助かったよありがとう」
「気にすんなって」

 布施がゆっくりと立ち上がりながらディックに返す。

「しっかし、細井はホントに頼りにならないなぁ」
「今のは、ちょっと急だったんだよ!!」

 細井が布施に怒鳴りながら立ち上がり、クルツのセレクターレバーをセミオートに合わせ構え直した。

「お前、銃も撃った事ないのか?ったくダメだな」

 宮鍋が細井に向かって言い放つ。

「じゃあ、有輝さんは撃った事あるんですか?」
「あぁ、親父に頼んでちょこっとだけ、な」

 宮鍋が細井の問いに笑いながら答えた。
 その時、宮鍋の後ろの病室のドアが開き中から数体のゾンビが溢れ出してきた。

「どうやら、お喋りしてる暇は無いみたいだ!」

 宮鍋はそう言いながら反転すると、素早くデザートイーグルを構え一番前に居たゾンビに向かってポインティングし、トリガーにかけた指に力を込める。
 デザートイーグルの銃口からオートマチックハンドガン最強と言われる50AE弾が放たれる。
 50AE弾は一体目のゾンビの眉間を貫き、ゾンビの脳髄をかき乱し、貫通。
 脳髄と血液を纏いながら後ろに立っていたゾンビの頭部をも貫く―――――

「うわ、やべぇ!」

 しかし次の瞬間、宮鍋は倒れこんできた二体のゾンビの下敷きになり廊下に倒れこんでしまった。

「ユウキ!!」

 ディックが更に宮鍋に襲いかかろうとしているゾンビに向けてG36Cの銃口を向けた瞬間、今度はディック達の後ろの病室のドアが破られ、中から大量のゾンビが溢れ出してきた。

「くそっ!」
「化け物共がぁ!!」

 ディックはそう吐き捨てると反転し、ゾンビの群れに向かってトリガーを引いた。
 それに続き布施がベネリのトリガーを引く。

「俺がやるしかないのか!?」

 松永は叫びながら、手にしていたサムライエッジの銃口を宮鍋に襲いかかろうとしていたゾンビに向ける。
 そして、トリガーに指をかけゆっくりとトリガーを引く。
 サムライエッジの銃口からクルツと同じ九ミリパラベラム弾が放たれ、ゾンビの肩の辺りに命中した。

「松永、頭だ!」
「分かってる!!」

 宮鍋が叫ぶと、間髪要れずに松永が怒鳴る。
 サムライエッジのスライドが後退前進したのを確認すると、松永は再度ゾンビの眉間に狙いを定め、しっかりと両手でサムライエッジを構えるとゆっくりトリガーを引いた。
 今度はゾンビの右目の上の辺りに着弾し、ゾンビの脳髄をかき乱しながら九ミリパラベラム弾は貫通し、廊下の壁に弾痕を刻んだ。

「助かったぜ!松永!」

 宮鍋がそう言いながら立ち上がり、さらに病室から湧き出てくるゾンビ達に向かってデザートイーグルのトリガーを引く。

「困ったは時はお互い様!」

 松永はそう宮鍋に返すとまた、サムライエッジのトリガーを引く。

「くそ!キリが無い!院長室まで走るぞ!ついてこい!!」

 布施と共に襲い掛かってくるゾンビ達に応戦していたディックが叫ぶ。
 ディック達の目の前には十数体のゾンビ達の死体と、その死体から溢れた血液・臓物、空の薬莢達で埋め尽くされていた。

「ちっ!切れやがった」

 その時、横でベネリのフォアエンドをスライドさせていた布施が叫ぶ。
 すぐにベネリから手を離し、腰のホルスターからサムライエッジを抜きまだ溢れ出してくるゾンビに向かってポインティングした。

「俺が代わるから早く弾込めて!」

 細井が布施の肩を掴みながら叫ぶ。

「はぁ?お前で大丈夫なのかよ!?」

 布施がそう叫びながらもサムライエッジをホルスターに収めようとした時

「弾込めは後だ!院長室まで行くって言ってるだろ!」

 ディックが布施を制止し、最後の一発をゾンビに叩き込むと空のマガジンをパウチに入れ、新しいマガジンを取り出しながら反転し、院長室に向かって走り出した。

「細井!置いていくぞ!!」

 布施が必死にゾンビ達に弾丸をばら撒く細井に向かって叫んだ。

「ウェ!?」

 それを聞いた細井は声にならない声を上げ、トリガーから指を離すと反転し布施達の方へ向かって駆け出した。

「道は俺が開く!ユウキとショウヘイは後方を頼む!!フセはベネリに弾込めろ!」
「了解!」
「ウェイ!?俺は?」

 三人が同時に返事をする中、細井だけ違う返事をする。

「タカフミはさっきので弾使いすぎだからそのまま走れ!」
「ウェイ!」

 ディックが急いで細井に言うと、細井はまた独特な返事をして宮鍋と松永の間に入った。

「どけどけぇ!!」

 ディックは叫びながら、次々と別の病室から溢れ出してくるゾンビ達の頭に向けてG36Cの銃口を向け、トリガーを引いていく。

「くそっ!いくらなんでも多すぎる。ま、病院なんだから始めから考えとくべきだったな……」
『今更、後悔しても遅いでしょ?』

 ディックの呟きにルナがからかいながら言った。

「うるせぇ!今はお前の相手してる暇ねぇんだよっ!」
『いいわよ、別に相手してもらおうなんて思ってないから』
「じゃあ、最初から話しかけるな!」

 ディックがルナに向かって怒鳴っていると廊下の突き当りが見えてくる。

「よし、もうすぐ―――――」

 ディックが突き当たりを右に曲がると、そこには院長室の前に群がる数十体のゾンビの群れがあった。

「どけぇ!!」

 ディックの後ろからベネリに弾を装填し終えた布施が、フォアエンドをスライドさせながら叫んだ。
 布施は曲がり角を曲がるとゾンビの群れに向かってベネリを腰の位置で構えると、トリガーを引く。
 前の方に居た数体が、腹部から吹き飛ばされ周辺に腐った臓物を撒き散らしながら倒れた。

「まだまだぁ!!」

 布施はそう叫ぶと素早くフォアエンドをスライドさせる。
 ベネリから空のショットセルが飛び出し、廊下に落ちると同時に次弾を装填する。
 そしてまたトリガーを引く。
 それから五秒もしない内に全ての弾を撃ち終え、フォアエンドをスライドさせ最後の空のショットシェルを排出させた。
 布施の目の前には粉々に砕けた、ただの肉片と化したゾンビ達の姿があった―――――

「道は開けたぜ?」

 布施がディックに向かってそう言うと院長室に向かって走り出した。

「弾切れだ!」
「こっちも!!」

 後ろから迫ってくるゾンビ達に向けて発砲していた宮鍋と松永がほぼ同時に叫ぶ。

「え?じゃあ俺がっ!」
「「いいからお前は走れっ!」」

 二人の会話を聞いた細井がクルツを握り締め反転しようとした瞬間、二人に同時に怒鳴られ、細井はクルツから手を離した。

「三人共こっちだ!」

 三人がディックと布施から遅れて血で濡れた廊下を滑るように曲がり角を曲がると、院長室の扉の陰からディックの声が聞こえた。

「わかった!」

 三人が同時に返事をし、院長室に向かって全速力で走り出そうとした時、ゾンビの死体の山の中から頭部が真っ赤に染まった一体のゾンビが立ち上がった。

「クリムゾンヘッドだと!?」

 ディックが叫びながらG36Cを構えた。
 が、その時には既に松永が、ディックが「クリムゾンヘッド」と呼ぶゾンビに向かって走り出していた。

「松永!?」
「翔平!!」

 宮鍋と細井が叫ぶ。
 が、松永は気にも留めずに駆けていく。

「はぁぁぁぁ」

 大きく吸って肺に溜め込んだ酸素を二酸化炭素へと変え、ゆっくりと吐き出しながら左手で左腰に収めてある鞘をしっかりと握り締め、右手を柄にかける……
 そして、クリムゾンヘッドの目の前でしっかりと右足を踏み込み、素早く刀を抜き斜めに振り上げた。
 次の瞬間クリムゾンヘッドの体は、右腰から左肩にかけて大きく切り裂かれ、血を噴き出しながらその場に倒れこんだ。
 クリムゾンヘッドは胸から下を失ってなお右腕だけで這い、松永の右足を掴んだ。
 松永は、振り上げた刀を掌の上で回転させ逆手に持つと、そのクリムゾンヘッドの真っ赤な頭部に刀を突き立てる。
 ゆっくりと松永が突き立てた刀をクリムゾンヘッドの頭部から抜く。
 と、松永の右足を掴んでいた手から力が抜けた。
 刀をまた掌で回転させ真っ直ぐ持ち直すと、少し刀を振り刃についた血を払って刀をゆっくりと鞘に収めながら呟いた。

「体が勝手に……」
「翔平!大丈夫?」
「あぁ、なんとかね……」

 細井が心配そうに松永に駆け寄ってきた。

「おい、二人とも早く中に入るぞ」
 
 宮鍋がそう言いながら二人の横を横切り、一足先に院長室の中へ入って行った。
 その後を二人も急いで追い、宮鍋から少し遅れて院長室の中へ入っていく。
 そして、中で待機していた二人が三人が部屋に入ったのを確認するとドアを閉め、鍵をかけ応接用の大きな椅子をドアに立てかけた。

「ふぅ、なんとかなったな」
「疲れたぁ」

 松永と細井が呟きながら院長室の床に座り込む。

「今回はさすがにやばかったな」

 ドアの前にバリケードを組み終えた布施が、部屋の真ん中に陣取りベネリに弾を込めながら呟いた。

「結構、弾も使っちまったし。そだ、パソコンはっと……」
 
 宮鍋はデザートイーグルからマガジンを取り出し、新しいマガジンを装填しスライドを引き初弾をチェンバーに送り込み、セーフティをかけ院長室の真ん中にある大きな机の方へ向かって歩き出す。

「ルナ、どうやら《V−ACT》も出回ってるらしい。クリムゾンヘッドを確認した」
『そう、事態は結構深刻みたいね。気をつけてよ』
「あぁ、わかってる心配するな」

 ディックがG36Cに新しいマガジンを装填しながらルナと通信をする。

「なんで、体が勝手に動いたんだろう?やっぱりお袋の血が流れてるから?」
 
 その横では松永が一人で、先程の自分の行動について考えていた。

「ところで、ディックさん、さっきの赤い奴はなんなの?」
 
 しかし、すぐに考えるのを止め、松永がディックに尋ねた。

「ん?クリムゾンヘッドの事か?」
「クリムゾンヘッド?」

 布施と松永が同時に反応した。
 宮鍋は四人の会話も気にせず、机の上のパソコンのキーを叩いている。

「あれは、《T−ウィルス》の変異体《V−ACT》に感染した奴が一度活動を停止すると、何らかの要因によってさらに細胞が活性化して活動を再開した物だ」
「つまり、どう言う事だ?」

 布施がベネリに弾を込め終えフォアエンドをスライドさせながら呟く。

「一度、倒してもパワーアップして蘇るって事だよ」

 松永がサムライエッジに新しいマガジンを込め、初弾をチェンバーに送り込みながら布施に言った。

「活動再開を防ぐには頭部の破壊か、その体を燃やすしかない」

 松永の横でクルツを握り締めていた細井が呟く―――――

「……あった!」

 その時、黙って机の上のパソコンのキーを叩いていた宮鍋が、大きな声をあげてガッツポーズを取った。

「え?何が?」
「癒着の証拠でしょ?」

 細井が疑問符を浮かべながら立ち上がると、それに続いて松永が立ち上がり呟いた。

「そうだよ、この病院から政府の方へ用途不明金が毎月同じ額振り込まれてる。どうやらこれでアンブレラと接触してたみたい」

 宮鍋は呟くとポケットからDVD−Rを取り出すとドライブに挿入し、データをDVD−Rにコピーし出した。

「速いな」

 ディックがその光景を見て呟く。
 パソコンの画面に《コピー完了》の文字が浮かび上がる。

「よし、終了っと!」

 宮鍋が、ドライブから出てきたDVD−Rを取り出し、ケースに入れてポケットにしまいこむ。

「じゃあ、次は俺の番だ。変わってくれるか?」
「え?いいけど?」

 ディックが机に近づき宮鍋に尋ね、宮鍋が椅子から立つとG36Cにセーフティをかけ椅子に座り込む。

「さぁて、いっちょやりますか?」

 そう言うとディックが素早くパソコンのキーを叩き出した。

「ディックさん何やってんだろ?」

 四人で部屋の真ん中に座り休憩している中で松永が口を開いた。

「さぁ?なんか調べ物でもあるんじゃね?」

 宮鍋が答える。
 パソコンのディスプレイに幾重にも重なりながら物凄い速度でウィンドウが表示されていく―――――

「よし、見つけた。意外に軽いセキュリティだったな。日本のレベルじゃこんなもん、か」
『ホント、早いわね。じゃあ、転送してちょうだい。こっちで詳しく調べるから』
「オ−ケー」

 ディックは呟くと、パウチの一つから携帯電話サイズの小さなパソコンを取り出し、パソコンから伸びたUSBケーブルを机の上にあるパソコンに繋いだ。

『準備はいい?転送コードは―――』
「わかってる『a・m・o・u・r』だろ。コード入力完了、しっかしなんで『amour』なんだ?同じ意味なら『Love』でもいいだろ」
『LOVEなんてありきたりで味気無いじゃない』
「パスコードに味気もくそも無いと思うんだが?」
『コード確認。データの転送を開始します』
「なんだ?無視かよ」
『何か言った?』
「別に、なんでもねぇよっ!おい、そこの四人!転送終ったらすぐに病院出るから、残弾確認してマガジンにも弾込めとけ!」

 ルナと専用回線で通信していたディックが少し大きな声で四人に向かって言った。

「もう、全部終ってま〜す!」
「お、さすがに早いな」

 細井の弾んだ口調の返答を聞きディックが呟く。

『受信完了。後はこっちで調べるから県庁へ急いでちょうだい』
「言われなくても……」

 ディックは、転送が終ったのを確認するとパソコンからコードを抜き、小さなパソコンをパウチにしまうとG36Cのセーフティを解除し両手でしっかりと構える。

「四人共、出発だ」

 椅子から立ち上がり、バリケードの組んであるドアの方へ歩きながら四人に向かって言う。

「了解」

 宮鍋と布施が同時に立ち上がり、

「そろそろ、出発か」
「ウェイ」

 松永と細井がそれぞれ呟きながら少し遅れて立ち上がった。

「外は静かだな。よし、こっちから行くぞ。さっきので銃の扱いには慣れただろ?」

 ディックがドアに耳を寄せ外の物音に気を配りながら言う。

「俺は最初から心配いらねぇってんだ」

 布施がベネリを握り締めながら言い放つ。

「俺は全然撃ってないディス……」
「貴史はちゃんとばら撒いてたじゃないか」

 細井の力のない返事に松永が少しからかいながら言った。

「俺は親父から特訓受けてるから」
「動きを見りゃわかる」

 宮鍋が呟くとディックがそれを聞き漏らすことなく宮鍋に返した。

「じゃあ、俺が先に出るから、後はわかってるな?」

 ディックが自分の後ろにじっとしている四人に向かって言う。
 それに黙ってうなずく四人を確認してからドアのバリケードを足で蹴飛ばし、ドアノブに左手をかける。

「よし、大丈夫みたいだ」
 
 ゆっくりとドアを開けながらわずかに出来た隙間から外の様子を窺いながらディックが呟く。

「また、クリムゾンヘッドが出てくるってのはゴメンだよ?」

 それに続いて松永が呟く。
 ディックがドアを開けきり、素早く院長室から廊下に出るとG36Cの銃口を上下左右に向け、周辺の安全を確認する。

「よし、大丈夫だ。早く出てこい」

 ディックがそう四人に向かって言いながら左手で手招きをする。
 それを見た松永がまず最初に廊下に出てディックの後ろにつく。
 その後を追って布施、細井と続き、最後に宮鍋が廊下に出て、開け放たれた院長室のドアを足で蹴飛ばしドアを乱暴に閉める。

「よし、じゃあ行くぞ」

 ディックが全員が院長室から出てきたのを確認し呟くと、G36Cをしっかりと構えながら動かなくなったゾンビ達の上を歩いていく。

「うへぇ、気持ち悪い」

 細井が足に伝わる腐った肉の感触に思わず口を開く。

「さっきもたくさん踏んでたじゃん?」
「さっきは逃げるのに夢中だったから……」

 松永が細井に笑いながら言うと細井は言い訳を始める。

「急に静かになったな?なんでだ」
「俺達にビビって逃げたんだろうよ」

 宮鍋が首を捻りながら呟くと布施が宮鍋に返した。

「そうだといいんだがな。よし、階段まで来た。後は降りるだけだ」
 布施の言葉を聞いたディックが言った。

「了解」

 宮鍋と布施が先行し階段の下の様子を窺う。

「ほぉ、あいつら二人はよく動くな。それに比べこっちの二人は……」
「え?」
「ウェイ?」

 ディックが何も指示しないのに、手馴れた動作で安全を確認する宮鍋と布施に、関心しつつも
 その横でぼーっと二人を眺めている細井と松永に呆れながら呟いた。

「俺だってさっきみたいにやる時はやりますよ?」
「お、俺だって!」

 松永と細井が慌ててディックに返事をする。

「はぃはぃ、わかってるよ。フセ、ユウキそっちは大丈夫か?」

 ディックが松永と細井に軽く返事をしながら、先行し様子を窺っていた二人に問いかける。

「クリア」
「大丈夫だぜ!」

 宮鍋が呟き布施が右手を挙げ大きな声でディックに返事をした。

「オーケー、じゃぁさっさと降りてしまおう」

 ディックは少し早足で非常階段に向かい、松永と細井がその後に続く。

「二人も後からついてきてくれ」
「了解」

 ディックは二人とすれ違いざまに言うと、駆け足で非常階段を降り出した。
 ディックから言われた二人は松永達の後ろにつき階段を降りて行く。
 階段を軽やかに降りて行く五人の足音が、静まり返った病院の中に響く。
 そして、ディックが四階と三階の間の踊り場についた頃だった。

「うわぁぁぁぁ!!」

 一人の男性の悲鳴が五人の耳にしっかりと聞こえた。

「!?」
「生存者だ!救出に向かう!!」
『了解、気をつけて!』

 四人が後ろで驚いているのを気にも留めずにディックは叫ぶと、踊り場から三階まで一気に飛び降り、左手を付きながら着地すると悲鳴のした方へ向かって走り出した。

「ちょっと!ディックさん!!」

 松永がディックを呼び止めながら後を追う。
 それに続いて他の三人も全速力でディックの後を追っていく。

「あそこからかっ!?」

 ディックの目の前には一度に十数人の患者が入院できる大部屋があった。

「おらぁ!!」

 ディックは大部屋のドアを蹴破り一気に部屋の中へ突入する。

「なっ――」

 ディックがその光景に圧倒され立ち止まった。

「どうしたんですか?」

 遅れて部屋の中に入った松永がディックの異変を察知し尋ね、ディックの目線の先に自分の目線をやった。

「こいつ……」

 松永もディックと同様その光景に圧倒され身動きできなくなってしまっていた。

「翔平!どうした―――」

 さらに遅れてやってきた細井が松永に声をかけようとした瞬間、細井の足元に重たい泥を投げつけられた様な感触が襲った。
 細井が足元に目を向けると、そこには喰い千切られた人間の右足が転がっていた。

「うわぁ!!」

 細井が驚き、地面に座り込んでしまった。

「おい!なにやってんだよっ!って、まさかあいつが!?」

 布施が座り込んだ細井の方を掴み、無理矢理立たせようとしながら部屋の中を覗き込みながらその光景に驚愕する。

「そうだよ、あいつが……」

 宮鍋がゆっくりとデザートイーグルの銃口をそれに向けながら呟く。
 三人の目の前、部屋の中央の天井には四本の足でしっかりと張り付き、巨大化した右前足の爪でしっかりと獲物を捕らえている化け物の姿があった。
 その化け物は、視覚器官が退化し眼球が存在しないというのに肥大化し脳髄が外部に露出した頭部を、五人にしっかりと向けその大きな口の中から長い舌を伸ばしていた……

「リッカーと遭遇!掃討戦に移る!お前たちは早く逃げろ!!」
 
 ディックがそう叫ぶと、リッカーは右足に捕らえていた獲物をディックに向かって投げつけ、次の瞬間ディックに向けて驚異的な速度でその長い舌を伸ばして来た。

「でも!」
「いいから、早く行けぇ!」

 松永が叫ぶとディックはリッカーの投げつけてきた人間の死体を横にかわしつつ、伸ばしてきた舌に向かってG36Cを構えトリガーを引いた。
 G36Cから放たれた五.五六ミリ弾がリッカーの舌を貫く。

「キシャァァアア!!」

 リッカーは奇妙な悲鳴を上げると天井から離れ体を反転させながら地面に着地した。

「松永!行こう!!」
「おら、さっさと立て!逃げるぞ!」

 宮鍋が松永の肩を掴み、布施が細井を無理矢理立たせた。

「くそ、駐車場で待ってますからね!」
「ウェイ!」

 松永と細井が返事をしながらディックに背を向ける。

「おう!また後でな!」

 松永達はまた非常階段の方へ駆けていき、ディックはリッカーに向かってひたすらG36Cのトリガーを引いた―――――



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