オーガゲート・キーパーズ

CASE3 LIVING



κ ORDERLY CHAOS


「The person who has toughness and reflexes. And calm at any times. Others do not ask. It is urgent!」

 副総帥室に集ったバトルスタッフ達の前で、早口の英語で電話している陸に、半数がじっと待ち、残る半数が微妙な顔でそれを聞き流していた。

「どこもかしこも忙しい事この上なしだ」
「ギガスのパイロットの件ですか?」
「何をさせる気なんだか」

 ようやく電話を切った陸にかろうじて英語が分かる空と、母がイギリス出身で英語が半母国語のマリーが問うが、まったく英語が理解できない瑠璃香と敬一は頭を抱え込んでいた。

「日本人なら日本語しゃべれよ………」
「そういや、親父が海外がらみだとレンさんやレンさんのお父さんに丸投げしてたって言ってたけど、よく意味が分かった………」
「そっちはどうにかアテがついたらしい。問題はこっちか」

 陸がコンソールを操作すると、備え付けのディスプレイにMシティの地図が表示され、そこには最近のM‘S事件の発生が日時と共に順番に表記されていく。
先週の発生分11件が次々と並んだ後、今週分の表記に入った途端に表示は完全に止まる。

「どうなってるのこれ?」
 マリーの言葉はその場にいる全員の意見だった。
 先週まで異様なまでの忙しさだったはずが、ここ数日打って変わって静かな状況に、アドルのメンバー誰もが疑いを持ち始めていた。

「崑崙島は完全閉鎖状態、まだ陰気が立ち込めてやがるから、そっから龍脈伝って陰気は垂れ流し状態が続いている」
「道協会と竜巣(ロンツァオ)が中心となって、地脈封印を試みてるそうです。いっそ爆撃で強制浄化しようという案も出ているとか………」
「陰陽寮、神宮寮、三霊山も蜂の巣突付いたみたいな状態みたいっすよ。ここもだけど」
「おっさんのとこにもどこぞの連中結構来てたぜ。バチカンから来たってのもいたっけ」
「つまり、ここだけ空く訳がないって事か……」

 それぞれのツテで入手した情報を出し合い、全員が首を傾げる。

「そういや、アレどうなった?」
「こいつか」

 陸がデスクのコンソールを操作して、暴走したロボット(破壊後)の画像を映し出す。

「どうやら、正規ルート以外に流通ルートが存在するらしい。今それを洗ってる」
「横流しって事ですか?」
「逆だな、どこかから横入りしてやがる」
「パチモンって事かよ」
「いや、正規品と差異は殆ど無い。一部を除いてな」
「その一部が何か分かればね〜」

 発見された謎のパーツの画像を拡大しつつ、皆が首を傾げる。

「ボクの浄眼でも瑠璃香さんの霊視でも詳しい事は分かりませんでしたしね」
「由花の奴なんか、観てる最中にぶっ倒れちまったじゃねえか」
「風邪気味の所に、過去からのフラッシュバックを食らったんですよ………ただでさえ由花さんは能力の強さに体が反比例しているから、オーバーワークは避けた方がいいって……」
「空、お前が言えた義理か? とにかく、今ありとあらゆる流通経路を探ってるが、芳しい結果は出ていない」
「昨日ニュースでリコール騒ぎまで起きてるって言ってたわね……」
「オレのダチんとこでも、買ったばっかで騒ぎ起きてどうしたらいいって言ってたっすね〜」
「禍払いした上に封魔の符でも張っておいてやれ」

 ふとそこで、陸の脳裏にある可能性が思い浮かぶ。

「正規販売以外のルート………それで混入させる方法………まさか」



「成果は?」
「データは集まった」
「実験の最終段階に移ろう」
「コアへの収束率は?」
「現場で70%を超えた。起動安定化までもう少しだ」

 とある小さな工房の中、男女の入り混じった声が響いていた。
 その周囲には無数の機械部品と共に、木の枝、何かの鉱物の結晶、動物の骨のような物といった、まるで機械とは関係無い物が無数に用意されていた。

「懸念要素が一つ」
「あの組織がこちらに目星を付けてきているらしい」
「《彼ら》か」
「古老クラスが数体、彼らの側に付いているとの噂もある」
「にわかには信じられん。かつての迷信の時代ならともかく、今の時代に人間の側に付くなぞ………」
「ならばこそ、我らは我らの時代を作らねばならん。新たなる種族と共に………」

 男のうめくような声と共に、工房の奥で何かが鈍い光を放っていた。



 夜闇の帳を拒否するかのごとく無数のネオンが煌く市街の中央、一際大きい電波塔の頂上、足場とすら言えない尖った先端に一人の人影が立っていた。
 その高さゆえに街を歩く人々には見えない場所だったが、もし気付いた者がいたとしてもまず自分の目を疑うような場所に立つその人影は、その場に驚異的なバランスで立ったまま、ゆっくりと市街を見回していく。
 その人影の右目は、発光素子とも違う蒼く澄んだ光を放ち、そこに映る街の闇を全て見通していた。
 浄眼で街を見回していた人物、空は冷徹な顔のまま全てを見ると、おもむろに懐に仕舞っておいた眼鏡を取り出し掛けなおす。

「妙ですね………」

 普段の温和な顔に戻った空が、電波塔の上に立ったままアゴに手を当てて悩む。
 そこで、羽ばたき音を立てて愛鳥のダイダロスがその肩に留まった。

「そっちは? そうか……」

 空の問いに、ダイダロスが一声鳴き、それが異常無しの返答だと分かると空は首を傾げる。

「あれだけの陰気が、一体どこへ? どこかに集まっていたとしても、その痕跡すら見えないなんて………」

 そこで空の腕に嵌めていた腕時計がコール音を鳴らす。
 それが通常コールだという事に気付き、あわてて空は着信スイッチを押した。

「はい空で・・」
『あまり妙な所にいるな。それとも何か分かったか?』
「ああ兄さん。特にこれと言った事は………」

 相手が陸だと分かった空が、ため息混じりに浄眼での観察結果を知らせる。

『アビリティとガーディアンからも探知系の連中を回してるが、陰気消失の原因は不明か……』
「他のシティは?」
『同様の件の報告は無い。だとしたら、ここに流れ込むべき陰気がどこかに集束してるはずだ』
「そうなんですけどね………」
『こっちからロボの修理その他のルートを洗っている。そちらから何か分かるかもしれん』
「早く終わらせてレンさんの応援に行かないといけませんしね」
『重傷でエンブリオシステムの被験体になってるらしいからな。送ってすぐ入る羽目になるとわな………お前といい勝負だ。もっとも、三度目があるらしいって話だ。その前にこっちでも何か起きるだろうがな』
「ええ………」

 兄の言葉に生返事を返しながら、空は眼下に広がる街を見る。

「早く、一刻も早くなんとかしないと」
『そう思うなら休養を取って備えておけ。それとおふくろが帰りに買い物頼むだとよ』
「分かりました。じゃあスーパーよって帰ります」

 苦笑しつつ、空は電波塔の上から降りていった。



「………」

 空への連絡を終えた後、陸はアドル本部副総帥室の己のデスクで無言で押し黙る。
 同時に脳波感知ゴーグルがサポートAI『LINA』にダイレクトコネクト。
 収集されたデータとその無数のシュミレーションを陸の脳内に展開させていく。

『概算上では、Mシティに流れこんだ瘴気の総計は数百万オーラに匹敵。消失の原因は全くもって不明』
『これだけあれば、魔界のゲートだろうが虚神召喚だろうが可能だな。だがそれらを集めれば、必ず痕跡が出るはずだ』
『イエス・マスター。しかしその痕跡は今だ………』

『LINA』とのダイレクトコネクトによる脳内会話をしつつ、両者の間で無数の過程とシュミレーションが展開されていく。
 ふとそこで、そのシュミレーションに最近頻発している謎の家庭用ロボット暴走事件のポイントが付加された。

『これらの事件と、今回の瘴気消失の件と関連性も不明です』
『同一と考えるべきか、否か……』

 ここしばらくのシティ全体の瘴気その他の計測結果と付き合せていった所で、陸の脳裏にある一つの可能性が閃いた。

『『LINA』、一連の暴走事件の発生地点データに、シティの地下水、地層、及び想定される全地脈データを重ねろ』
『イエス・マスター』

 陸の脳内に、シティの地下に関するありとあらゆる膨大なデータが流れ込み、それらが無数に重なり合っていく。
 それらから、任意の物を選別し、事件の発生ポイントと順番に重ねていく。
 やがてそれは、一つの整合性を持って発生地点と重なっていった。

『マスター、これは………』
『そうか、そういう事だったのか………だが、一体どこへ?』

 選別と照合が終わったデータには、一連の家庭用ロボット暴走事件の発生地点と、必ず重なる地下河川、地層、地脈の存在があった。
 導き出された答えに、陸は別の疑問を生じさせる。

『これだけの瘴気、一体どこへ運んでいる?』



翌日 アドル本部会議室

「地下?」
「間違いない」

 アドルの主なメンバーが集められた会議室で、陸が昨夜の照合データを表示する。

「一連の事件は、必ず地下のなんらかの流れの上で起きている。恐らくは、崑崙島で発生した瘴気をそれらに乗せて流し、人為的に暴走事件を発生させていた」
「それって、魔術テロ!?」
「でも兄さん、封印開放とか召喚ならともかく、ロボットですよ?」

 マリーを声を皮切りに、会議室内の者達が一斉にざわめくが、空の一言で一時的にざわめきは収まる。

「回収されたロボットに、瘴気を帯びた謎の部品が有ったのを覚えているか?」
「あったな、んなモン。でもどう調べても何も分からなかったじゃねえか」
「恐らくあれは心臓だ」
「は?」

 会議となればいつも眠そうにしている瑠璃香が、陸の言葉に首を傾げる。

「! そうかあれは瘴気の集積中枢!」
「それだけじゃない。ある程度瘴気を集めれば、ある種の変化体となるようにされた、恐らくは擬似魂魄の類が封入されていたと推測できる」
「つまり、それは……」
「あのロボットは、生きていた!?」
「間違いないだろう」

 とんでもない爆弾発言に、会議室は一気に騒然となった。

「でも、一体誰が?」
「擬似生命の類なら、ある種の魔術や錬金術にあるが、このレベルの物はあまり例が無い。そして、全ての暴走ロボットには、メーカー修理の前歴が有った」
「じゃあそのメーカーを当たれば!」
「とうの昔に当たったが、結果は白だ。だが、その修理データに一部不自然な点が見つかった。どうにも下請けに回したようなんだが、それがどこか判然としない」
「んなの、関係者締め上げればゲロすんじゃねえのか?」
「それが、どうにもデータ上のやりとりで自動的に発注してたらしくてな。それが改ざんされてたらもうどうしようもない」
「やっぱり、人手で確認って必要ですね……」
「大企業に言うな。終始へばりついてやる所の方が少ない時代だ。杉本財団ならともかく。現在搬出時の車を追ってる所だ。今までのが実験だとしたら、下手したらとんでもない怪物が出てくるかもしれんぞ」
「マ○ンガー級っすかね………」

 余計な一言を言った敬一が、メカニック・サイエンスの両スタッフに睨まれて慌てて口を塞ぐ。

「今の技術じゃ胸から熱戦出すようなロボットは少し早い」
「……少し?」
「だが相手が魔術的擬似生命体ともなれば、何を使ってくるかは分からん。次が起きれば、今までとは比べ物にならない怪物を相手にする事になるだろう」
「その前にぶっ壊せばいいだけの話じゃねえのか?」
「見つけられれば、だがな………」



「う〜ん……」

 ARK NOAHの事務所内、自分のデスクに突っ伏した状態で、マリーは唸り声を上げていた。

「マリー、どこかいたいの?」
「あ、エリス。ううん、そうじゃなくって考え事」

 向かいの席のワーキャットのエリスが心配そうに覗き込んできたのに、マリーはにこやかに答える。

「ふ〜ん。かんがえるのはあたまのいい人たちに任せとけって瑠璃香いってたよ」
「ま、確かにね。でも、何か引っかかる物があるのよね〜」
「お昼のフライのほね?」
「そうじゃなくって…あ、そうだ!」

 能天気なエリスに苦笑した所で、マリーはふとある事を思いついて席を立つ。

「どしたの?」
「ちょっとエント老の所行ってくる」
「迷子にならないようにね〜」

 事務所を飛び出したマリーは、併設されている作業用車庫の有機電池仕様エコビーグルの一台に乗るとエンジンをかけて保護エリアのある場所へと向かう。

(私の予想が、正しいんなら………)

 生態エリア別に分けられている通路の一つにビーグルを向けながら、マリーは一つの予感が心を占めていく事を感じていた。

《European FOREST AREA(欧州森林エリア)・狼に注意!》と描かれた看板を潜り、途端に広がる森林の中をマリーは進み、ある程度奥まで来た所でビーグルを止める。
 ビーグルから降り、下草の生える森の中へとマリーはためらい無く進む。
 少しばかり歩いた所で、森の中からいきなり巨大な影がゆっくりとマリーの前へと姿を現した。
 それは、全長が1mを軽く超える一頭の狼だった。

「お久しぶりアルグンダルト。エント老に会いたいんだけど、いいかしら?」

 行く手を遮るように現れた狼に、マリーは全く恐れず話し掛ける。
 それを理解したのか、その狼は軽くうなずくような仕草をすると、マリーに背を向けて歩き始める。
 狼の後を追うようにマリーは森の中を進んでいく。
 しばらく進むと周囲を深い霧が覆い始めるが、狼が歩を進めると、その場を譲るかがごとく霧に隙間が開き、狼とマリーがその場を過ぎると、また霧が先程までいた場所を埋める。
 そんな状況がしばし続いた後に、急に霧が晴れていく。
 そして、そこからは先程までは比較にならない濃密な深緑が現れていた。
 方向感覚をいともたやすく喪失しそうな、深い深い森の中、狼の先導で進むマリーだったが、やがてある場所にたどり着くと狼の足が止まる。

「やれやれ、いつもここに来るのは手間ね……」

 小さく呟いたマリーは、そこにある物を見上げる。
 そこには、樹齢が数百年は下らないと思われる、とてつもない巨木が聳(そび)え立っていた。
 その場まで案内してきた狼は、巨木の脇に控えるような形で座る。

「エント老、お話があります」

 間近では見上げてもなお、頂点が見えない巨木に向かってマリーは話し掛ける。
 人工気候調節のための風が吹き抜け、巨木の梢を揺らし、葉が無数にざわめく。
 そのざわめきに、木が擦れあうような音が混じり始める。
 それはその大きさ相応に寂れた大木の幹から響いており、その無骨な木肌がゆっくりと動いて形を形成していく。
 そしてそれは、巨木の幹に巨大な年老いた顔を作り上げた。

『おお、あなたか………』

 その巨木、樹齢を重ねた木の精霊、エントが見た目同様、老人のような不思議と響く声でマリーへと話し掛ける。

「少しお知恵を借りたいのです」
『こんな老いぼれの戯言でよければ………』

 エントは木肌に浮かんだ顔に笑みを浮かべ、マリーを見る。

「最近この街で起きている事件なのですが…」

 マリーの口から一連の事件の概要が説明され、エントは目を閉じ、それを静かに聞き続ける。
 やがて説明が終わっても、エントは眼を閉じ黙ったままだった。
 そのまま数分、更にしばしの時間が流れる。
 普通の人間の会話ならとうの昔に痺れを切らせるだけの時間が過ぎてから、ようやくエントは口を開いた。

『流れのある所には、力が生ずる。流れが溜まる所には力も溜まる。それはまれに形を成す。精霊としてな………』
「つまり、あの暴走ロボット達は、人工精霊の可能性があると?」
『………いつかは思い出せぬ。過去にそれを生み出そうとした者達がいた』
「それは本当!?」
『………人の世界が、我らの世界を脅かし始めた頃だったのは覚えている………それに対抗するため………だが、不完全な者しか生み出せず、失敗に終わった』
「もし、今の技術と組み合わせて、人工精霊を作り出すとしたら?」
『……今の人の技がどれ程かは私は知らない。だが、あの時関係していた者が今回も関与していれば、あるいは……』
「犯人は人間じゃなく、こちら側の者…………ありがとう、エント老」
『いやいや。老いぼれがあなたの役に立てるのなら………』

 そう言った所で、エントはマリーをじっと見る。

『母上に似てきましたな……先程、間違えそうになりました』
「ママほど、立派じゃないけどね」
『そうでしょうか………いえ、何も言いませぬ………アルグンダルト、お送りしなさい』

 エントはそう言いながら、顔をまた元の木肌へと戻していく。
 そして命令を受けた狼が立ち上がると、来た時と同じ道のりを逆に辿り始める。

「容疑者はこの街にいる高齢で欧州出身の人外、これで絞り込めるかしら………」

 俯いて悩むマリーに、狼は肯定か否定か、小さく鳴いた。



「陸、ちょっと話が…」

 悩みながら向かったアドル本部・副総帥室にノックもせずに入ったマリーは、そこで室内に陸以外に見慣れない人影がいるのに気付いた。

「マリーか。ちょっとそこで待っててくれ」

 陸は少しだけマリーの方へ視線を向けると、その室内にいるもう一人の人物と何がしかの書類を手に英語で話し込んでいた。
 それが終わるのを待ちながら、マリーはその人影の方を見る。
 茶色の髪と碧眼を持った若い白人男性だったが、陸と比べても遜色のないような筋肉質の体に鋭い瞳を持った、どこから見てもそちら畑としか見えない偉丈夫の男が、マリーの視線に気付いてこちらを向いた。

「その人、新人?」
「いや、ギガスの操縦研修に来た正規パイロット候補だ。元は情報部の腕利きだそうがな」
「フレクスター・レッドフィールド。フレックでいい」
「マテリア・イデリュースよ。マリーって読んで」

 フレックの差し出してきた手をマリーは握り返した所で、彼の手に無数のタコがある事に気付く。

(確かこれ、拳銃ダコ? いえ他にもたくさん………情報部って事はスパイ?)

 見た目以上に鍛えているらしいフレックに微かな疑念を覚えてマリーは、密かに彼の心を覗いてみる。
 テレパシーで相手の心に直接触れ、その思考がマリーの中に流れ出す。

(……多少は鍛えているが、それほど強いようには見えないな……だが妙な威圧感を感じる? 能力者という奴か? ここが能力者の巣窟ならば、見た目で判断するのは危険だろうな………)
(……向こうも似たような事考えてたわね。しかもずっと冷静に)
「腹の探り合いはそれくらいにしとけ」

 陸の一言に、お互いが苦笑しつつ、握手していた手を離す。

「とりあえず、シュミレートが済んだらフレックには少しの間だがデュポンの操縦を任せる事になる」
「え? あれって陸にしか動かせないんじゃなかったっけ?」
「一応マニュアル操縦システムも付いてる。点検以外で使った事ないが」
「……あれ一応戦闘用と聞いたが。どういう運用を?」
「陸が脳波で動かすか、『LINA』に任すかだしね〜。ビルに突っ込ませたり直立させて噴射で焼いたり、特攻させようとした事もあったんだっけ?」
「昔の話だ」
(……ウチ以上にやばい所かもしれん)

 フレックは二人の会話に、そこはかとない不安をひしひしと感じていた。

「それとここで扱ってるケースの事は、他言無用に。まあバーキン博士やレンあたりは知ってるから別に構わないが」
「モンスター退治専門の組織、か。もっとも対処法が違うだけでやってる事は左程違うとも思えないがな」
「違いない、前にそっちでも似たような奴を相手にしたケースがあったとレンから聞いた事がある」
「ああ、あの原型留めなくなるまで殴ったり、ミンチどころかペーストになるまで刻んだり、ありったけの全弾あますとこなく叩き込んだって奴か………」
「たしかにアドルと対処法が違うだけね………」

 どういうメンバーで構成された組織から来たんだろうか?という素朴な疑問をマリーは脳内で押し止める。

「あっと、陸ちょっと話が……」

 フレックの方を横目で見るマリーが意図する事に、陸とフレックは同時に気付くが、フレックはただ苦笑する。

「オカルトの事なんてオレにはさっぱりだから、何話されても分からないぜ」
「それもそうか」
「それじゃあ…」

 マリーはエント老からの話と、自分の推測を含めて一連の事件の概要を陸へと説明し始める。
 陸はそれを聞きながら、脳内のデータから検証を始める。

「人工精霊か………中世の魔術師か錬金術師が近い物を作った事はあるらしいが、それ程の物をこの時代で作れるかどうか………」
「逆に、この時代に合わせた物を作っていたとしたら?」
「……ありえない話じゃあない。問題は、その最終目標が何か、だ」
「精霊の更に上、ね………あたしにもわからないわ」
「ともあれ、捜査範囲をある程度絞り込んでみよう。最終目標がなんであるにしろ、ロクでもない事だってのは確かだ」
「………ホントにどこもろくでもない事をしでかす奴が多くて困るな」
「その通りだ」

 部屋の隅で二人の会話を聞いていたフレックの台詞に、陸はただ苦笑するしかなかった。



数日後 アドル本部会議室

「マリーの指摘により、ここ数日は地脈の探索および周辺捜査に重点を置いてきたが」
「ゴホッ……ゴホッ……」
「現時点を持っても一連の事件の関連施設の発見には至っていない」
「コホッ………コホン」
「Mシティ以外のシティにおいて超自然犯罪・災害の類は一応減少傾向にあるが、いまだその数は」
「ゴホッ………」

 説明を続けていた陸の言葉が止まり、先程からずっと咳き込んでいる人物の方へ視線が向けられる。

「由花さん、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です。だいぶよくなりました」

 空の隣に座っているマスクをつけた小柄で気弱そうな少女、アビリティスタッフの一人、時空透視能力者である羽霧 由花(はぎり ゆか)がまだあまりよろしくない顔色で答える。

「由花、お前には風邪が完治するまで療養を命じてたはずだが」
「あの………皆さん頑張ってるのに、私だけ寝てる訳には……ゴホッ」
「うつされでもした方が問題だ。ましてや、貴重なスタッフに無理されて悪化されるわけにはいかん。多少の事じゃ壊れそうにない連中ならともかく」
「あたいはガキの時以来風邪なんてひいた事なんてねえぜ?」
「そりゃあんたを犯せるウイルスがあればこっちが知りたいけど………」

 どう見ても由花とタフさが桁で違う瑠璃香が笑うのを見たマリーが呆れかえり、皆が内心それに同意していた。

「でも……私ならだいたいですが……経路が見えると……ハクシュン!」

 そこで大きなくしゃみをした由花が、赤面しつつポケットからティッシュをもそもそと取り出し始める。

「……能力の発動はその時の能力者のポテンシャルが大きく関与する。そんな状態ではとても頼めん」
「はあ……すいません……ゴホッ……薬は飲んでいるんですが」
「元が貧弱すぎるんだよ、ちっとは鍛えたみたらどうだ?」
「あんたは鍛え過ぎ」
「今はまず、療養した方がいいですよ」
「オレもそう思うっすよ。バトルスタッフみたいにどうやっても風邪引きそうにない面子ならともかく」
「……どういう意味かしら?」
「あ、いやマリーさん以外で」

 口を滑らせた敬一をマリーが睨む中、陸はしばし考える。

「由花、とりあえず帰って療養に専念しろ。命令だ」
「はい……」
「空、お前の気孔治療なら少しは改善させられるだろ。ついでに送ってけ」
「分かりました」
「す、すいません」

 空が由花を伴って会議室から出ようとした所、ふと由花が入り口近くにいたフレックの方を見た。

「あ………!」
「?」

 由花の目が、正確には彼女の能力が、フレックの身に起こる事を彼女の視界に映していく。

「何か見えたんですか?」
「この人が……すごく大きい怪物相手に、デュポンに似た戦闘機を操縦して闘っているのが………あれは、一体? その下に大きな……ロボット? 多分、一月以内に………」

 そこまで言った所で、偶発的とはいえ力を使った反動か由花の体が崩れそうになる。

「由花さん!」
「……どういう事だ?」
「それが彼女の能力だ。物体の過去や未来を《見る》事が出来る。どうやら、あまりゆっくりと出来る状況でもないようだな」

 陸が迫る幾つもの脅威に、最早猶予が無い事をひしひしと感じていた。

(ロボット、か。だとしたら、《アトラス》の準備をしておくべきか………こちらも一刻も早く解決しないと………だが、敵はどこにいる?)

 陸は焦りつつも、打てるべき手を脳内で無数に構築していった。
 最悪の事態を、避けるために………



 地下に秘密裏に作られたある工房の中、周囲を幾つもの人影が歩き回り、何かの作業を行い、機器を操作し、データをチェックしていく。

「コアへのエネルギー集束、予定値に到達」
「周辺レイライン掌握確認」
「予備起動安定、最終シーケンス完了」
「《サイ・イグドラシル》起動」

 人影の一つが制御装置と思われる物のボタンを押し込む。
 すると、工房の奥にあった鈍い光を放っていた物体がざわめきとも鳴動とも聞こえる不思議な音を立て始める。

「成功だ………これで、再び………」

 それは幾つもの装置が繋がれた巨大な機械で創られた大木で、それが放つ光は、徐々に強くなっていく。
 まるで、己が存在を照らし出さんように…………








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