オーガゲート・キーパーズ

CASE3 LIVING



λ Charge A Underground



 それは、静けさを打ち破り急激的に始まった。
 最初に上空に異変が起きた。
 多少曇り加減だった空を、黒雲が渦を巻くように広がっていった。

「なんだ、雨でも降るのか?」
「やあねえ、雷かしら?」

 街の人々は何気ない天候の急変だと思い、歩みをいささか速めたが、直後更なる異変が襲った。
 僅かな振動が、足元から響いてくる。
 やがて揺れは大きくなっていき、皆がそれに気付いた瞬間、一気に揺れは大きくなる。

「地震だ!」
「デカいぞ!」
「きゃあ!」

 突然の事に、人々が慌てる中、大きな揺れはしばし続き、やがて小さくなっていく。
 だが、それでも揺れ自体は収まる事が無く、ずっと小さな揺れが続いている。
 そして、空を覆う黒雲はまるで太陽から大地を遮断するがごとく、更にその厚さと黒さを増していた。

「何だ、ありゃ……」
「天変地異の前触れか?」
「まだ揺れてるぞ! 余震があるかもしれん!」
「バイオテロじゃなくてこっちは自然災害かよ……」

 人々が騒ぐ中、それもある種のテロだという事に、気付く者はいなかった。



同時刻 アドル本部

「何だこれは……!」
『オーラ量、50万、60万……更に上昇! 属性マイナス、発生源は地下500m!』
「遅れを取ったな………何をしてるかは知らんが、大層な事を……総員Aクラス待機態勢、バトルスタッフは即時出動。他戦闘員は状況に応じ、即出撃体勢を」
『イエス・マスター』

 アドル本部内に甲高い警報音が鳴り響く中、陸は『LINA』に指示を出しつつ、Mシティに起きている現状のありったけの情報を集め、解析していく。

「レックス、地下突入ルートの検索は?」
『大体の見当は……ただ、サポートマシンでも途中までしか』
「だろうな。それと、本拠地の絞り込みは?」
『流通ルートから割り出してはいますが……本当にここかな? 小さいジャンク屋なんですが、詳細がどこを探っても出てこないんです』
「この時代にデータ不詳って時点でクロだと思っていいだろう。そこを突入ポイントにする」
『ええ!? でも突入可能かどうかすら分からないのに!』
「時間が無い、無ければ作るまでだ」
『瘴気集束ポイント周辺、なおも属性低下中! このままでは複数の超自然災害発生の可能性あり!』
「全員集合までの時間は?」
『マリーさんはもう来てます! フレックさんはすでにデュポンの出撃準備中、瑠璃香さんと空さんは5分以内、敬一さんは7分後には来ます!』
「急がせろ、何が起きているかは分からないが、何かが起きるのは確かだ」

 刻一刻と状況が悪い方向に転がっていく中、陸は冷静に出撃準備を進め、自分も出撃するべく格納庫への直通エレベーターへと向かう。

「崑崙島から派生した瘴気を元に、何かが創造され、そして活動を開始して瘴気を根こそぎ吸い上げている……だが、何が?」

 陸は脳内のデータから考えられる事を次々と並列で構築していき、幾つかの予想ケースを想定していく。
 エレベーターのドアが開き、格納庫で出撃体勢が急ピッチで進めれられていくデュポンに乗り込もうとするが、その背後から爆音と共に一台のバイクが通り越していく。

「瑠璃香、本部内で乗り回すなと言っておいたはずだが……」
「んな場合か! 街中やべえ状態だぞ!」

 陸の忠告も聞かず、瑠璃香はバイクに乗ったままデュポンへと突っ込んでいく。

「確かにその通りみたいですね」
「だからと言ってアイドリング状態の飛行艦にバイクで突っ込まれるのもな」

 続けて来た空と共に、陸はタラップを駆け上がり、ブリッジへ向かう。

「I get ready to take off and am completed、いつでも行ける」
「実機操縦がいきなり実戦だが、大丈夫か?」

 普段陸が座っている操縦席に、代わりに座っているフレックが操縦桿を握りながら片手でGOサインを出す。

「ふひまへん! 今来まひた!」
「早く座れ」

 最後となった敬一が、着替えながら口に刀を咥えた状態でブリッジに飛び込み、席へと座る。

「何か、何かとてつもなく危険な物が生まれようとしてる………」

 座席に座ったまま、ずっと俯いていたマリーが己の感覚に最大限の危険を知らせる《何か》を感じ取っていた。

「整備員待避完了、リフトアップ!」
「アビリティ、ガーディアン戦闘可能要員A班を市街地危険推定地域に散開。状況の速やかな処置を一任。B班も即時出撃体勢、《盤古(ばんこ)》の発進体勢を整えておけ」
「兄さん、盤古まで出すんですか!?」
「状況が状況だ、研究所には話は通してある」

 レックスの操作でデュポンの巨体がリフト上昇する中も、陸は次々と指示を出していく。
 その中にデュポン級二番艦の名が有った事に空が思わず驚きの声を上げる。

「総力戦って訳か」
「このまま行けばな。最悪、虚神級の相手かもしれん」
「ええ!?」

 さらりととんでもない事を言い放つ陸に、瑠璃香は不敵な笑みを浮かべ、敬一の顔が引きつる。

「上部ハッチ、完全解放確認、リフト地表面まで到達!」
「発進」
「Yes、sir!」

 陸の号令と同時に、フレックが操縦桿を引き、デュポンの巨体が虚空へと飛び立つ。

「大丈夫かそいつ? 陸以外こいつ動かしてるの見た事ねえぞ?」
「シュミレートはさんざんやらせたし、そもそも運転免許と名の付く物は大抵持ってるそうだ。案外バイクでもお前より上かもしれんぞ」
「あに? マジかそれ?」
「オヤジに取らされたんだよ」

 やや英語なまりの日本語でフレックは苦笑しながら、目的のポイントへと向かう。

「作戦を説明する。全員気付いてると思うが、現在Mシティの地下にて、何かが周辺の瘴気をまとめて吸い上げている。それに伴い、シティ全域に急激的な属性低下現象を中心とした異常現象が断続的に発生、その何かの処理が絶対目的だ」
「アテはあるんスか?」
「今までの謎の家庭用ロボット暴走事件、恐らくその延長線上にあるのが現在の状況だ。調査の結果、全ての機体に所在のはっきりしない修理工場が絡んでいる事が判明した。そこが全ての元凶と推測される」
「はっきりしないって、工場って事は従業員とかもいるんじゃ?」
「誰が何人勤めてるかも不明だ。よくもここまで怪しい工場運営してると感心できるくらいに」
「じゃあその工場にいる連中シメて、大元を潰せばいいんだな」
「そう、簡単に行くかしら………」

 今まで無言だったマリーが、ぼそりと呟く。

「そうっスよね……下手したら今までの比じゃないスーパーロボットと闘う羽目に」
「レンはパワードスーツ位なら相手にすらしないが」
「あの人は特別ですからね……総合戦闘経験ならこの場にいる誰よりも上じゃないかな?」
「前に模擬戦で互角に闘った事ある奴が言っても信憑性無いぞ」
「What!? じゃあ彼が……」
「お互い全力じゃありませんでしたって。ボクとレンさんとが本気で戦ったら、確実にどっちか、それとも両方死ぬでしょうし……」
「後にしておけ。もう直だ」

 陸の一言で、全員の顔が引き締まる。
 やがてブリッジの情報表示用の大画面に、市街地の外れにある一件の小さな工場が大きく表示される。

「普通、に見えるすよね………」
「No、明らかにおかしい」
「どこがだよ?」
「駐車場、こんな小さな工場に不似合いな大きさのトラックが数台、それに内部にエネルギー反応がほとんど無いのに、ここに半端じゃない電力が流れ込んできてる」
「なんですかこれ!? 大規模工場よりも上の電力消費量ですよ!?」

 一番最初に違和感に気付いたフレックと陸の言葉を裏付けるように、レックスが電力会社からのデータに目を剥いた。

『マスター、周辺オーラが極めて不安定、属性値変換の中心点の模様です』
「やっぱりか……」

『LINA』からの報告に陸が呟くと同時に、突然デュポンの艦体が揺れる。

「おっと」
「何? 今の……」
『落雷です。損傷は軽微』
「そんな、近辺にそこまでの雷雲は…」

 レックスが慌てて衛星からの気象情報を確認する中、再度の衝撃が襲う。

「またかよ!?」
『落雷にマイナスオーラ反応、自然発生による物ではありません』
「文字通りの天変地異か。デュポンのフィールド出力上昇、及びステルスシェード強化で待機、出来るか?」
「イエス、マスター」
「いい練習だ」

『LINA』がデュポンの各種フィールドを調節し、フレックが微妙な操縦でその場にホバリングさせる。

「サークルポッド、有線射出用意。オレが結界を形成、維持しつつ周辺を封鎖後、空、マリー、瑠璃香、敬一は下に降下、地下への進入ルートを発見、潜入し状況を処理。以上だ」
「あん? こいつで下吹っ飛ばしゃいいじゃねえか」
「そんな事したら、地下へのルートまで埋まりますって………」
「サポートマシンも使えるかどうかね……」
「素で行くしかないって訳すか……」
「地下がどうなっているかは不明だ。だが、どうにかしなけりゃならない事だけは確かだ。多少の被害は構わん、元を潰して来い」
「了解!」「おっしゃあ!」「それしかないわね」「行ってきます!」

 空、瑠璃香、マリー、敬一の四人がそれぞれの反応を見せつつ、ブリッジから出て行く。

「サークルポッド、準備OK!」
「射出、着弾と同時に作動」
「了解」

 レックスの操作で、デュポンのハッチからドラム缶ぐらいの大きさのポッドが射出、空中で四つに分裂したポッドが楔となって工場の東西南北のそれぞれに突き刺さり、同時に表面カバーがスライド、梵字が浮き出た本体を露にする。

「オン」

 数珠を取り出し、合掌して陸が一言真言を唱えるとサークルポッドが起動、梵字の浮き出た本体が回転を始め、陸とリンクした内部のオーラ増幅装置が周辺に結界を形成を開始する。

「オン アボギャ ベイロシャノウ マカ ボダラ マニ ハンドマ ジンバラ ハラバリタヤウン!」

 陸が真言を唱える中、サークルポッドは回転速度を上げながら徐々に光を放ち始め、最後の一句と同時に閃光を放ち、直後ポッドで囲まれた地域の周辺の景色が、水面に映ったかのように揺らぎ始める。

『結界形成確認、周辺警戒レベルをフェーズBに移行します』
「サークルポッドへのエネルギー供給をレベルAに、周辺状況を常時警戒。オレの法力じゃどれほど持つか分からん」
「これがケッカイって奴か……レンがやったのは一度見た事あったが」
「あっちは陰陽道でこっちは宿曜(すくよう)道だがな。系列的には同じだ」
『イーグル・オブ・ウインド、出撃する』
『ダーティ・エンジェル、行くぜ!』
『サイレント・ネィチャー、行きます!』

 フレックが画面に映し出される結界を興味深げに見ていた所で、別の画面に生身、バイク二人乗り、生身でそのまま降下していく面々の様子が映し出される。

「………リベリングもパラシュートも無しか。あとあの左の誰だ?」
「あいつらならいらん。あとあれは空だ、戦闘時だけちと性格が変わる」
「まるで別人に見えるぞ。……マトモな奴がいないな、こっちも似たような物だが」
『マスター、市街各所で小規模ながら超自然災害の発生が複数確認。M‘s発生の可能性も高くなってきてます』
「A班に対応、まだ出るようならB班も出せ」
『イエス、すでに一部処理に向かっております』
「この街がひっくり返るのが先か、大元を潰すのが先か………」

 陸が小さく呟くと、結界強化のために再度数珠を握って真言を唱え始めた。



 工場の前に、メガネを外して右目を蒼く輝く浄眼と化した空が体重などないかのように軽々と着地し、その隣に後ろに敬一を乗っけた瑠璃香のスレイプニルが減速用バーニアを吹かしながらド派手に着陸する。

「目立ち過ぎよ」
「いいじゃねえか、これからぶっ潰すんだし」

 風をまとってゆっくりと降りてきたマリーが苦言を言いながら降り立ち、最後に空の肩にダイダロスが止まる。

「じゃあ、突っ込むぜ!」
「ちょっとま……」

 後ろで何かを言いかけた敬一を無視して、アクセルを吹かして瑠璃香が工場の中へと突っ込む。

「裏に回る」
「お願い」

 普段と丸で違う冷徹な口調で空が言うと、その姿がかき消すように消える。
 マリーも瑠璃香の後を追うように工場の中へと入っていく。
 工場の中には、作業用の台や無数の工作機械が並んでいたが、人影らしき物は全く見えない。

「誰もいねえぞ!」
「こっちも!」

 先に入った瑠璃香がバイクで乗り回すにはちと狭い工場内を走り回り、さすがに降りた敬一も周辺を見回す。
 マリーも探索を始めた所で、ふと工場内に不自然に大きな観葉樹の鉢植えがあるのに気付く。

「これ………」

 マリーは精神をその樹の中に探らせていき、すぐにそれが何かの意味を持っている事を知る。

「結界、しかも妖精魔法の……」
「そこにもか」
「うひゃ!」

 いきなり気配も無しに背後にいた空の声にマリーが思わず奇妙な声を漏らす。

「おい、こっちにもあっぞ!」
「じゃあこれも?」

 他の二人も、工場の各所にある観葉樹に気付く。

「この中ね……」
「今破る」

 空は数枚の呪符を取り出すと、腰のホルスターから抜いたワイヤーの両端に大きさの違う二つの四角錐を組み合わせた形の刃の付いた武器である双縄鏢の刃の一つずつに呪符を突き刺し、それを投じて観葉樹の一つずつに呪符を縫い付けていく。
 ちょうど四つあった観葉樹に呪符を縫い付けると、空は再度同じ作業で今度は観葉樹の間の床に呪符を縫い付ける。

天后てんごう、貴人、青竜、六合りくごう勾陳こうちん、朱雀、騰蛇とうだ大常たいじょう太陰たいいん、天空、玄武!我、十二神の助を得、八門の法を持ちて遁行を解かん!急々如律令! 勅!」

 空の右手が握った状態から人差し指と中指を突き立てる刀印を組むと、それを素早く都合八枚の呪符を指差しながら、口訣と呼ばれる呪文を唱える。
 最後の一句と共に、刀印が観葉樹の中央を指差すと、八枚の呪符が光を放ってその中にある何かを浮かび上がらせていく。

「オン アビラウンケン! 剋!」

 それを見た敬一が、真言と共に抜刀し、そこにあった結界を一刀の元に斬り裂く。
 すると、その斬撃の軌跡から瞬く間に工場内の景色が一変していく。

「な………」
「これ………」

 先程まで普通の工場だったはずが、そこにあるのは《森》だった。

『現在位置確認、間違いなくここはあの工場内だ』

 スレイプニルに搭載されたサポートAI『ARES』がGPS等からその場を動いていない事を確認、だがさすがの状況にその場にいる四人は呆気に取られていた。

「さっきの結界は、これを隠すための物だったみたいね………」
「でも、屋内に見えないんすけど………」
「壺中天に似た術か」
「しかも、しっかりと番兵付きだぜ!」

 瑠璃香が叫びながら、腰のホルスターからアドル専用多機能拳銃G・ホルグを抜いて連射する。

「ギギャア!」

 奇怪な悲鳴と共に、Aブレッド・退魔用純銀弾を食らったそれが木々の間から飛び上がる。

「なんだこりゃ!?」

 それは巨大なワシの前身と馬の後身を持つ奇怪な怪物だった。

「ヒポグリフ!」
『間違いない、現物を見るのは初めてだが……』

 その怪物が人造的に作られた魔獣だという事を知っていたマリーが思わず声を上げ、『ARES』がデータバンクで確認する。
 だがそこでヒポグリフの断末魔に応じるように、森のあちこちから奇怪な咆哮が上がり始める。

「ち、ハメられちまったな………」
「10、いやもっといる」

 浄眼で周囲を素早く確認した空だったが、やがて間近にある大木へと目を向けると、そこに向けて複数の呪符を双縄標で縫い付ける。

「雷気、火気、爆気を持って在を禁ず! 急々如律令!」

 口訣と同時に呪符が雷、炎、爆発に変じて大木を吹き飛ばし、その中にある大型エレベーターが姿を現した。

「こんな所に!」
「よし、突っ込むぜ!」
「だ、大丈夫かな?」

 マリーと瑠璃香がそれに乗り込み、敬一が遅れてそれに続く。

「先に行け、食い止める」
「……分かったわ」
「じゃあ頼むぜ」

 その場に残り、呪符と双縄標を構える空に三人はあえて止めずに任せる。
 エレベーターの扉が閉まり、階下に向かっていくのを見送ると、空は近付いてくる咆哮の方へと向き直る。

「ダイダロス」

 名を呼ばれたダイダロスが空の肩から舞い上がり、上空で旋回を始める。
 直後、木々の間から赤目の巨大な黒犬・ヘルハウンドが二体飛び出してくる。
 空の手がひるがえり、複数の双縄鏢の刃がヘルハウンドを迎撃する。
 一体は前身に刃が突き刺さって転倒したが、もう一体はその口から硫黄の匂いを伴った炎を吐き出し、刃を弾き返す。
 空が体勢を立て直す前にと、ヘルハウンドが巨大な牙を突き立てようとするが、空の手が微かに動く。
 次の瞬間、先程弾き返したはずの刃がヘルハウンドの背後から飛来してその無防備な背中に次々と突き刺さる。
 咆哮を上げて仰け反ったヘルハウンドの腹に空は呪符を指で突き刺す。

「氷気を持って汝が在を禁ず!」

 口訣と同時に、呪符は氷と変じてヘルハウンドを包み込み、完全に包んだかと思うと中身ごと粉々に砕け散る。
 休む間も無く、先に全身に刃を食らったはずのもう一体のヘルハウンドが刃が突き刺さったまま起き上がり、唸り声を上げたかと思うと襲い掛かる。
 ヘルハウンドの攻撃を空は素早くしゃがんでかわすと、息を吸って大気中の外気を吸収し、それを体内で内気に変じて練り上げていく。

「はああぁ!」

 再度襲い掛かろうとしたヘルハウンドに、空は練り上げた気を手に集束させ、掌底打と共に叩きつける。
 申し分ない威力の発勁が、ヘルハウンドの体内で気を爆発させ、ヘルハウンドの口や目といった穴という穴から鮮血を噴き出させながら一撃で絶命させる。
 そこで上空のダイダロスが甲高い泣き声と共に、新たな敵の到来を告げる。
 空は拳法の型を舞いながら呼吸を整え、迎撃体勢を整える。

「来い」

 それに応じるように、新たな敵影が木々の間から飛び出してきた。



「空さん、大丈夫ですかね?」
「ダイジョブだろ、あいつ腕っ節は確かだし」
「問題はこの先よ、何があるのか……」

 降下していくエレベーターの中で、三人は思い思いの事を言いつつ、臨戦体勢を整えていく。

『デュポンとのリンクが不安定だ……このまま下に行けば完全に不通になるだろう』
「昔の携帯かよ」
「こんな結界が何重にも張ってあったらね。下手したら私のテレパスも通じるか……」
「とっとと終わらせてちまいましょ。レンさんの助っ人にも行かなきゃなんねえし」
「そう簡単に…」

 マリーがそう言いつつ俯いた時、足元からエレベーターの物とは違う振動が響いてきた。

「またか! 主よ、我に邪悪なる魂戒めん為の力を与えん事を」
「オン アビラウンケン ソワカ………」

 瑠璃香が聖句を唱えつつ十字を切り、敬一が真言を唱えた精神を集中させる。
 直後、エレベーターの床を突き破り、無数の木の根が這い出してくる。

「金気を持ちて木気を剋す!」

 陰陽五行の相克関係にある金気を敬一は刃に宿し、白い光を帯びた刃がその根に繰り出されるが、刃は半ばまで食い込んだ所で止まる。

「なんだこれ!」

 その時になって、その根のあちこちに金属の輝きがある事に全員が気付く。

「機械? 植物?」
「メカ仕掛けの盆栽だろ! 我が守護天使ハナエルよ! 汝が御手に掲げし聖銃の雷火、我が前に撃ち放たん事を!」

 瑠璃香が聖句を唱え、《ハナエルの雷火》を謎の根へと向けて解き放つ。
 放たれたプラズマの塊が根へと直撃し、何本かを吹き飛ばすが、残った根が一斉に瑠璃香へと襲い掛かってくる。

(風よ、火よ……)

 そこへマリーが呼び出した風と火がその動きを止め、根の植物部分を燃やしていく。

「一黒、二赤、三青、四白、五黄、六黒、七赤、八青、九白、十黄!」

 刀を根から引き抜き、一度鞘へと納めた敬一が、鞘を腰から半ば引き抜き、持っていた左手の指を陰陽道の根幹を司る五行とそれの生成を示す色をなぞらえて指を一つずつ開いていき、そして閉じていく。

「五行相克! オン!」

 五行全ての相克の気を乗せた刃が、居合と共に放たれて根を次々と斬り裂いていく。

「こっちはオレがなんとかします! 元をどうにか!」
「よし、ダメならばっくれて空に押し付けろ!」
「それやったらまた正規スタッフ昇格が遠くなるんすが……」
「死ぬよりマシでしょ!」

 大型とはいえ、閉鎖されたエレベーター内で機械と融合した根が暴れまくる中、その隙間を縫うように避けつつ、瑠璃香はスレイプニルの武装ユニットで床を破壊すると、その中へとマリーと共に突っ込んでいく。

「イヤッホオォォォ………」
「……やっぱあれくらい無茶できんとバトルスタッフに昇格できんのかな?」

 瑠璃香の雄たけびと共に根の上を垂直に滑降していくスレイプニルを見送った敬一が、何か実力以外の差を感じつつも、刀を片手正眼に構え、刀印を組む。

「御神渡 敬一、流派は光背一刀流。行くぜ!」

 襲ってくる無数の根へと向けて、敬一は白刃を振りかざした。



「いってえ何mあんだこれ!」
「まだ来るわよ!」
「『ARES』!」
『分かった!』

 予想よりも広いが暗いエレベーターホールの中、暴れまわる奇妙な根の上をスレイプニルが滑走していく。
 そこに向かった迫ってくる新たな根を、スレイプニルの武装サイドカーのプラズマランチャーと小型ミサイルが迎撃していく。

「なんなんだよ、これ!」

 プラズマの残滓と焦げた匂いが立ち込める煙を突っ切った所で、瑠璃香は宙に残っていたまだ熱い破片を手に取る。

「根っこ? 機械? 植物のサイボーグなんてあったか?」
「多分、そんな生易しい物じゃないわ………」

 隣で焦げた根の間を巧みに掻い潜りながら風を纏う事によって、根の上を滑るように下へと向かうマリーが、ある確信を持って呟いた。

「恐らくこれは、機械への生命付与による精霊化よ。あのロボット達はその実験体……」
「ロボットナマ物にした挙句がこれか!? どんな連中が仕掛けやがった!」
「多分、私の同属よ」
「!」

 マリーの言葉に、瑠璃香も思わずスロットル握る手が緩んだ。

『妖精族が絡んでるってのか!?』
「それ依然に手前以外に生き残ってた奴いたのか?」
「かつて、妖精達が人間の科学に対抗するために人工精霊の創造を試み、失敗した事例があったらしいの。多分、今度のはそれの発展系よ」
「リバイバルって奴かよ……ん?」

 ある程度降りていった所で、ふと前方に妙な空間が広がっている事に二人は気付くと、そこへと降り立つ。

「なんだこりゃ……」
「目的地、って訳じゃないわね……それに」
「ああ、何かいる。明りを」
『分かった』

 スレイプニルから発光弾が打ち上げられ、周囲が照らし出される。
 そこは大規模ホール程はある、土が剥き出しとなった空洞だった。
 その一角にぽっかりと開いた穴へと奇妙な根は引っ込んでいく。

「目的地はあの下か」
「その前にガーディアンを置いてるようね」

 二人で背中合わせになって周囲を警戒する。
 マリーの目が正面の岩壁のような物を見つめた時、突然それが動いた。

「!」
「そこか!」

 瑠璃香もそれに気付いてG・ホルグを連射するが、弾丸はそれに吸い込まれて消える。
 やがて、それは巨大で平面的な顔をこちらへと向ける。
 横に長い口が薄く開くと、その中に燃え立つ業火が輝いていた。
 それに呼応するように、今まで岩肌のように見えた全身が燃え上がっていき、その姿を露にしていった。

「なんだこいつ! 燃えてやがる!」
「サラマンダー!?」

 それは、全長10mはあろうかという巨大なトカゲで、その全身からくまなく炎が覆い、いまや周辺を赤々と照らし出していた。

『これは……!』

『ARES』がスレイプニルのプラズマランチャーをサラマンダーへと向かって撃ち込むが、放たれたプラズマ弾はそのままサラマンダーの体を何事も無く突き抜け、反対側の壁を大きく穿った。

『ダメだ、物理攻撃が効かない!』
「そんなの、当たり前じゃねえか! 我が守護…」

 瑠璃香が聖句を詠唱しかけるが、そちらに向かってサラマンダーが口を開く。
 そしてそこから、真紅に燃える炎の舌が突き出され、そのまま水平になぎ払われていく。

(土よ……!)

 とっさにマリーは周辺の土を隆起させて防壁とし、瑠璃香はスレイプニルから転がり落ちて高熱の陽炎を撒き散らしながら振るわれる舌から逃れる。

「…天使ハナエルよ! 汝が御手に掲げし聖銃の雷火、我が前に撃ち放たん事を!」

 攻撃から逃れながらも、詠唱を止めなかった瑠璃香が《ハナエルの雷火》を放ち、直撃を食らったサラマンダーが奇怪な悲鳴を上げながらその巨体を振るわせる。

「デカいだけが頼りかよ!」
「でもないみたい」

 胴体が一部吹き飛んだかに見えたサラマンダーだったが、傷口周辺から炎が噴き出したかと思うと瞬く間に傷口を覆い、それが消えると元通りの形となっていた。

「治りがはええな」
「純粋な火のエレメントだしね。そもそも傷なんてつかないのよ」

 マリーが地面に手を当て、土の精霊に呼びかける。

(土よ……!)

 それに答えた土の精霊達が、地面から無数の槍と化してサラマンダーを串刺しにしていく。

(散って!)

 次の瞬間、土の槍は炸裂し、サラマンダーの体を吹き飛ばしていく。
 先程よりも大きな悲鳴をサラマンダーは上げるが、その穴も炎を吹き上げて塞がっていく。

「これでも効いてねえのか?」
「さっきよりも遅くなってるわ。かといってあまり強力なの使うとこっちも生き埋めになっちゃうし………」
「なら削ってきゃ……!」

 再度攻撃に移ろうとした所で、サラマンダーが四肢を踏ん張り、伸び上がるようにして大きく息を吸う。

「やべえ! 天空に在なす大天使ミカエルよ、その御手に掲げし盾を持ちて、我らを守らん事を!」

 それが何らかの攻撃と察した瑠璃香が前に出ながら聖句を唱え、淡く光る障壁が二人とスレイプニルを覆った瞬間、サラマンダーが口を閉じて姿勢を低くする。
 次の瞬間、サラマンダーの全身から輝く炎の弾丸が無差別に発射された。

「ちいぃ! マジかよ!」
「くっ!」

 数多の炎の弾丸が明りを眩いばかりに照らし出しつつ、二人を包む結界ごと周辺を次々と穿っていく。
 立て続けの炎の弾丸の前に、地下空間自体があちこち歪み、崩れ始める。

「どうする!? このまま生き埋めだ! あたいはこれを外せねえ!」
「あと少しだけ持たせて!」

 結界でも阻みきれない高熱が、じわじわと二人を焼いていく。

『結界内温度が上昇! このままじゃ五分以内に人体の耐久限界を超えるぞ!』
「分かってる! もう少し、もう少し……」

『ARES』の警告を聞き流しつつ、マリーが地面に跪き、両手を熱くなってきてる地面に押し当て、精神をより深くへと潜り込ませていく。

(陸の話通りなら、近くにあるはず! ………どこ、どこに………)

 焦りを覚えつつ、マリーが地面の中を探っていきそしてそれを探し当てた。

(あった! こちらに!)

 マリーがそれに精神を送り込み、手繰り寄せる。
 その中でも熱波が二人を襲い続け、とうとう二人の長髪が焦げ臭い匂いを立て始める。

「まだかマリー!」
「来た、水よ!」

 マリーの声と同時に、マリーが呼び寄せた地下水脈が一気に吹き上げ、サラマンダーを押していく。

「いっけええぇ!」

 噴き出した水流は、サラマンダーの全身の炎を一気にかき消し、そのまま剥き出しの土壁へと押し込み、周辺の土をも巻き込んでサラマンダーを押し潰していく。

「水よ、土よ! 行って!」

 更に周辺の土も槍となって飛び出し、水流と混ざって小型の土石流となって地下空間を押し広げながらサラマンダーを完全に押し潰した。

「ふう、なんとかなったわね」
「なあ、これ水じゃなくて温泉じゃね?」

 マリーが呼び出した地下水脈を戻していくが、それから変わった匂いと湯気が漂っていく事に瑠璃香は気付く。

『大気中に鉱泉成分感知、正真正銘の温泉だな』
「そこまで確かめてる暇無かったし」
「ま、一っ風呂浴びてる余裕もねえしな………」

 スレイプニルのダメージを確かめつつ、瑠璃香は更に下へと続く穴の方を見た。

「エレベーターは使えそうに無いわね」
「敬一の奴、降りてこねえけど串刺しになってんじゃねえだろな?」
『ノイズが酷いが、一応生存信号は感知した。なんでか地表近くにまで行ってるが』
「弾き出されやがったな」
「ともかく、この下に何かがある、いや居るわね………」

 地下深くへと通じる穴から感じる威圧感に、マリーは言い知れぬ不安を覚えながらも、意を決する。

「それじゃあ、行くわよ!」
「おうよ!」








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