オーガゲート・キーパーズ

CASE4 SHOOTING



τ Unwanted Struggle



「時間ちょうど、一秒の誤差も無しか」
「几帳面な奴だな」

 砂浜に降り立ったイーシャの姿を確認した陸と尚継が、思わず呟きながら周辺を確認する。

「ひどいECMです。電子機器はほとんど役に立ちません」
『デュポンのECCMでどうにか………ただノイズがひどくて』
「これも予想通りか」
「金のかかった脅迫だな、オイ」

 淳とレックスからの報告に陸は顔色を変えなかったが、尚継は思わず顔をしかめる。

「勧告する。発掘宝具の引渡しについて、返答を要求する」

 イーシャの声がなんらかの術を用いてか、不自然に大きく響き渡る。

「いっそ居留守決め込むってのはどうだ?」
「居直り強盗されるだけだろ。一応交渉してくるか」
「しないと後で問題になるしな………」

 尚継が大きくため息をもらしつつ、錫杖戟を手にした陸と共に砂浜の方へと歩み出す。
 双方が数mの距離を持って対峙し、

「初めまして、というべきかな? 私はレティーシャ・小岩。スクエアカンパニー警備部の外務主任を務めている」
「守門 陸、自己紹介の必要は無いだろう」
「三浦 尚継、長期捜査事件の専属警部だ」

 お互いに表向きの身分を名乗った所で、その顔にどこか笑みが浮かぶ。

「それでは守門博士、返答は?」
「なんでそっちに聞くんだよ。所持してるのはこっちだぜ」
「失礼した。だが、法的に所有権はこちらにある。あなた方はそれを不法に奪取、隠匿している事になる」
「……そこまで手回してやがったか」

 イーシャの言葉に、尚継の口から悪態が洩れる。

「だが、アレが研究所一つ吹き飛ばした危険物だという事はそちらも承知してるはずだが」
「危険であればある程、欲しがる人間もいる。私自身が欲しい訳ではないがな」

 表情を変えない陸の問いに、こちらも表情を変えずにイーシャが答える。

「おしいな、個人同士なら話し合いになったかもしれんが」
「私もそう思う。だが、一応仕われてる身なのでな」
「って事は、交渉決裂って事かい?」

 尚継の言葉に、イーシャは片手を上げる。
 するとその背後に、ローターの巻き起こす激しい風と共に、光学迷彩を解いた大型ジェットヘリが姿を現した。

「もっとゆっくり話しあいたい所だが、そうも出来ない事情がある」
「引き伸ばさせてもらえる相手でもないだろ。最初から交戦前提で部隊を展開しているようではな」
「それでは前提条件を実行させてもらう事にしよう」

 その言葉を合図に、陸が錫杖戟を構え、尚継が懐から借りたG・ホルグを抜き放つと、イーシャの背後の大型ヘリへと向かってトリガーを引いた。
 放たれた特殊処理を施された対術式用弾頭が大型ヘリへと命中した瞬間、大型ヘリが無数のポリゴンとなって四散した。
 同時にローターの音も巻き上げる風も消失し、尚継の顔色が僅かに変わる。

「どんな幻覚だ! リアル過ぎるだろ!」
「《SCARECROW》に気付いていたか」
「ま、あんたの戦い方見てたら、こんな正直には攻めて来ないだろうとは思ってたが」
「ふっ……」

 イーシャが思わず笑みを浮かべた時、彼女の視線の先に、光学迷彩を施した大型ヘリが島の反対側から次々とウォリアー達を降下させていく。

「あっちはあっちで任せておく、か!」

 陸もそれに気付いていたが、最後の一言と同時に足元を錫杖戟の刃で突き刺し、そこに空が予め用意しておいた陣の封印を解いた。
 即座にイーシャの周囲に配置されていた呪符が発動、八つの光の門が浮かび上がって結界を構成し彼女を中に閉じ込めていく。

「雑魚ならこれで大丈夫なんだろうが、あの女、顔色一つ変えてなかったな」
「先手を打つつもりが打たれる可能性も計算済みなんだろう。八門遁甲は道術ではメジャーだが、強力な術でもある…」

 説明の途中で、突然光の門の一つにヒビが入り、続けて他の門に次々とヒビが入っていく。

「……オイ」
「これをこの早さで破れる奴はアドルにも一人しかいないな」
「それ術者当人だろ? どうやらオレの手に負えないみてえだ」
「それはこっちも同じだ」

 二人が話している間にも光の門全てに無数のヒビが生じ、とうとう限界が来たのか全ての門が光の欠片となって弾け飛び、後には粉々に砕け散った呪符が描かれていた木片が周辺へと飛び散り、それを吹き飛ばす勢いで無数のマーティーが結界から溢れ出して来る。

「いささか急いでいたので、力技で出させてもらった」
「力技で八門遁甲がこんなあっさり破れるもんじゃない。弟から話は聞いてたが、いい腕をしてるな」
「弟? あの霊幻道士が? ハックしたパーソナルデータにそうあったが、てっきりダミーだとばかり思っていたが」
「聞いてみたらどうだ? 当人に」
「急々如律令! 勅!」

 陸の声に続くように、口訣と共に無数の呪符が降り注ぎ、イーシャの周囲にいたマーティー達に張り付くと同時に雷、火、爆発、氷などに変じてマーティーを打ち倒していく。

「なら、そうするか」

 呟きながらイーシャは右足で砂浜を強く踏みしめ、体を捻りながら一気に左足を突き上げる。
 柔軟性と瞬発力で真上へと突き上げられた蹴り足が上空から強襲しようとした空の蹴りと直撃し、弾かれた空が空中で何度か回転して地面へと降り立つ。

「……あんな蹴り放つ奴、オレ初めて見たんだが」
「オレも知らん。ここは空に任せる事にしよう」

 イーシャの魔術戦、格闘戦双方の予想以上の能力に、二人は予定通り空に任せる事にして伍色邸の方に撤退していく。

「やはりそうなるだろうな、最初からこちらもそのつもりだ」
「……行くぞ」

 イーシャと空、双方の組織でもトップクラスの実力者同士が、再度ぶつかるべく、キーボードをタイプし、呪符を取り出した。



「降下急げ! 所定の布陣に展開!」
「セイント級が何人もいるぞ! 気を抜くな!」

 特殊ワイヤーを使ったリベリングと降下用ジェットベルトの二種類に分けて、ウォリアー達が続々と伍式邸の裏の林へと降下していく。

「まさかこんな方法でここに来る事になろうとはな……」
「陰陽寮にいた頃なら絶対断ったでしょうが………」

 降下班をまとめる元陰陽寮所属の初老のウォリアーの言葉に、同じく元陰陽寮所属だった女性が頷く。
 その時、どこかから獣の遠吠えが重なって響いてくる。

「何だ、犬か?」
「あ、あそこにいる!……って、え?」
「おい、なんか縮尺おかしくないかあの犬二匹!」
「気をつけろ! 伍色家の霊犬だ!」

 小高い岩の上にそれぞれ上って遠吠えを上げる、遠目なのに明らかに通常の犬とはかけ離れた体躯を持つ二匹の姿に、早くもウォリアー達が浮き足立ち始める。

「威嚇斉射!」

 初老のウォリアーの号令に、我に返ったウォリアー達がケラウノスを一斉に構えた時だった。
 背後から雷鳴のような連射の銃声が鳴り響き、銃弾の雨が降り注いで油断していたウォリアー達が次々と被弾していく。

「な、後ろ!?」
「あの犬は囮だ!」
「双方に威嚇斉射! 被害状況は!」

 慌てて前後にケラウノスの猛烈な銃撃が放たれ、背後からの銃撃が止んで霊犬達も姿を消す。

「クレリックは負傷者の救護を…」
「あれ?」

 そこで銃撃を食らった者を手当てしようとした救護担当のウォリアーが、おかしな事に気付く。

「あつつつ………」
「痛たた……」

 銃撃を食らったウォリアー達は呻いている物の、誰一人として死んでおらず、しかも出血すらしていない。

「これは………」

 銃撃を食らった場所に、弾痕の変わりに何かがへばりついてるのに気付いた一人がそれを指先で取ってみる。
 それは異様に重く、粘度の高い奇妙な物体だった。

「LM(液体金属)弾? 非殺傷用の………」
「ち、手加減のつもりか!」
「まあ手加減と言えば手加減だけど………」
「い、痛い………」

 暴徒鎮圧等に使われる、一切の貫通性を持たない弾丸に何人かが激昂しかけるが、幾ら貫通性が無くても運動エネルギーはそのまま、しかもフルオートで多めに食らって明らかに骨折してる何人かの様子にウォリアー達の顔が引きつる。

「あちらも無駄な犠牲は出すつもりは無いらしい。向こうが本気を出す前に作戦を終了させる」
「他のセイントも来てくれれば……」

 ウォリアーの一人が呟いた言葉に、全員が一斉に黙るように指を口に当てて、慌てて当人も口を塞ぐ。

「威嚇斉射をしながら前進する。周辺全ての警戒を怠るな」
『了解!』


「いいな〜、こういうの一遍やってみたかったんだ」

 瑠璃香が嬉々としながら、FN・240B機関銃を両手に一丁ずつ、二丁で構える。

「そんな風に使う銃じゃないんですが………」
「あ? 二丁拳銃なんざ西部劇からあるじゃねえか?」
「二丁機関銃ですけどね」

 ナイトスコープ片手にウォリアーの動きを監視していた敦が呆れる中、千裕がにこやかに持ってきた銃火器満載の危険箱を漁る。

「にしても、向こうも物騒な物ぶっ放してきたぜ? 由花の奴がバズーカみたいなショットガンって言ってたのはアレか………」
「どうやら、あの発掘物の断片的なデータから再生したみたいですね………こっちはようやく原理が解明できたってのに」
「随分と迷惑な銃ですね〜折れた木はどうしたらいいんでしょう?」

 異様な轟音と共に放たれるケラウノスの銃撃の威力に、三者三様の言葉が洩れる。

「もうちょいぶっ放しとくか? 陸が危ねえからってこんな得物持たせてくんねえんだ」
「前者は向こうが第二ライン超えてから。後者は間違ってないでしょう」
「それでは、少し動かしましょう」

 そう言いながら、千裕がRPG―22ロケットランチャーを構える。

「ちょっ…」
「えい」

 気の抜けた掛け声と同時にスイッチが押され、72.5mmロケット弾が噴煙と共に飛んでいく。

「それもいいな」
「生憎と一つしかありませんでした」
「ちゃんと迎撃してくれるといいんだけど……」


「おわあ!」

 誰かの悲鳴と共に、背後に向けてケラウノスが連射される。

「落ち着け、何が…」

 制止の言葉は、こちらに向かって飛んでくるロケット弾の姿に凍りつく。
 気づいた者達が半狂乱になってケラウノスが乱射され、ケラウノスの攻撃に巻き込まれたロケット弾が空中で四散する。

「や、やった……」
「くそ、こんなガンシューみたいな事、ゲホ!?」
「ゲフゲフ!?」
「カハッ!」

 直撃を免れたと思ったウォリアー達が胸を撫で下ろそうとした時、何人かが咳き込み始め、やがてそれは全体に広がっていく。

「ロケット弾の催涙弾頭だと!?」
「どこまでもバカにし、ぶえっくしょん!」

 辛うじて食らわなかったウォリアー達が慌てて鼻と口を塞ぐが、かなり強力な催涙弾だったらしく、まともに戦う事すらないまま戦力は半分近くまで減っていた。

「戦力差以前に、ここまで先手を打たれるとは………」
「情報が洩れてたのでしょうか?」
「というよりはまるで……」

 そこで、自分達の前に小柄な人影が立った事にウォリアー達の動きが止まる。

「あれは………」
「……来たぞ」

 巫女装束に脚絆、手甲にたすきがけと完全武装した由奈が、凛とした声で告げた。

「警告します。今すぐに退きなさい。さもなくば、強制的に退去してもらいます」
「……残念ながら、そういう訳にもいかんのです。由奈殿」

 初老のウォリアーが由奈の前に一歩出ながら、腰の刀に手を掛ける。

(あれが、伍色家の当主?)
(何か、実際見ると予想と全然違うような……)
(ユリさんがこの世で唯一苦手と言ってるお姉さんだから、もっとスンゴイ人だとばかり………)

 他のウォリアー達も臨戦態勢に入りながらも、由奈の姿に全員内心で思った事を口に出さないでおく。

「なら、退去させてもらいます!」

 宣告と共に、由奈が神器のトンファーを袖すそから取り出して構える。

「プランCに移行! アビリティショットの使用を…」

 指示を出そうと振り返った初老のウォリアーの目に、物陰から襲い掛かってくる老人達の姿が飛び込んでくる。

「こん罰当たりが〜!」
「嬢に変わってお仕置きじゃ〜!」

 参式・火鼠の炎をまとって襲ってくる老爺と、木々の間から弐式・影燕の瞬発力で襲ってくる老婆が、その視界にいた手近のウォリアーをさらってそのまま、また木々の間へと消える。
 後には、さらわれたウォリアーの絶叫が聞こえてきた。

「な、何だ今の!?」
「よ、妖怪だ! 妖怪火の玉ジジイとマッハババアが…」

 ものすごく失礼な事を思わず叫んだウォリアーが、五式・仏身で体の各所を透過状態にした老婆がさらっていく。

「ギャアアアア!」
「うわああぁぁ!」
「妖怪が襲ってくる! 今度は妖怪幽霊ババアだ!」

 若いウォリアー達が半狂乱になってケラウノスを連射するが、今度は壱式・蓬莱で数人まとめて担ぎ上げた老爺が木々の間に消えていく。

「落ちつけ! 伍色家の護氏子だ! フォーメーションを組みなおして…」

 言葉の途中で、鈍い音が響く。
 初老のウォリアーが半ばまで引き抜いた刃に、由奈のトンファーが激突していた。
 金属と木がぶつかったとは思えない音が鳴り響く中、由奈の顔が僅かに怪訝な表情を浮かべる。

「……あなた、どこかで面識がありましたか?」
「一度、徳治様に連れられてここに来た事があります。まだ幼かった貴女ともあっております」
「なるほど、分かりました」

 それだけ確認すると、由奈は呼吸を整え、刃との拮抗状態だったトンファーに、もう一つのトンファーを叩きつける。
 その一撃で、初老のウォリアーの体が巨人にでも殴られたかのような勢いで吹き飛ぶ。

「何が起きた!?」
「……呼気で体内の気を導引して筋力を増強する、決意神闘術の基礎だ」

 仲間達に激突する寸前に体勢を立て直した初老のウォリアーだったが、向こうに取っては本気ですらない一撃で、両腕に痺れが走り、複合合金精製に特殊コートを施した刃に刃こぼれが生じているのを見て、実力が桁違いである事を再認識。

(ユリ殿と発動速度はほぼ一緒だが、威力は一段以上違う……先代と互角、いや上かもしれん)「……総員、アビリティショット、直接斉射」
「え? 必要以上に攻撃しないはずじゃ……」
「直接狙いでもしない限り、まともに戦う事すらできん」

 その言葉に、ウォリアー達の目つきが変わる。

「四方、アビリティショット斉射」

 指示の言葉と同時に、予め決めておいた各チームごとに前後左右に銃口が向けられ、それぞれのケラウノスから一斉に各自の能力を帯びた弾丸が放たれる。
 増幅された元素や使役する使い魔、強烈な浄化光や周辺を破砕していく念動力が周辺の木々を吹き飛ばし、大地をえぐり、虚空を穿っていく。

「四式・闘技『鏡(きょう)』!」

 己へと迫ってくる巨大化した犬の姿をした式神へと向かい、由奈は拍手を一つ打ってから前へと両手を突き出し、両手の前に出現した光の円盤が巨大式神の弾丸を受け止める。

「くうっ!」

 予想を遥かに上回る威力に、由奈は思わずうめきを上げながらも、更に力を込めて式神の弾丸を弾き返す。

「なんて威力………」

 斉射が収まり、視界が晴れてきた先に、周囲にあった自分以外の物が全て吹き飛ばされている状況に、由奈の背に冷たい物が走った。

「嬢!」「ご無事で!?」「なんじゃあの鉄砲は!」「この五宝島でなんて所業を!」
「下がっていてください。あの銃、危険すぎます」

 慌てて顔を出した護氏子達に、由奈は退却を指示しながら構える。

「このケラウノスはそちらにある発掘宝具のデータの一部を元に造られました。このままぶつかれば、双方無事では済みません。由奈殿、オリジナルの引渡しを」
「これを見て、渡せると思えますか?」

 状況が一変したのを確信しての勧告に、由奈は毅然として断り、再度構える。

「……前方にアビリティショット斉射」
「この距離で!?」
「……死ぬ事は無いはずだ」

 半ば感情を押し殺した指示に、何人かのウォリアーが戸惑う中、無数の銃口が由奈へと向けられる。

「幾ら貴女でも、これだけのケラウノスの斉射には無傷という訳にはいかないでしょう」
「……そう思いますか?」
「……撃て」

 声と同時に、無数のアビリティショットが発射された瞬間だった。
 由奈の周囲の地面が突如として盛り上がり、上から猛烈な竜巻が降り注ぎ、双方が壁となって由奈を守る。

「これは!」
「ぁぁぁぁあああああ!」

 それにウォリアー達が驚く中、上から響いてくる裂帛の気合に何人かが気付いてそちらへと向けて銃口を向けてアビリティショットを斉射。
 だが、放たれた業火と巨大な鳥の姿をした式神は、気合と共に振るわれた白刃の前に両断され、霧散する。

「な……」
「………光背一刀流、《雷光斬》」

 予想外の事態の連続にウォリアー達が困惑する中、初老のウォリアーだけが事態を理解し、繰り出された技の名を呟く。
 そして、風と土の壁が消えていく中、由奈を守るように白刃を手にした若い男が上空から降り立つ。

「相手が一人だけだと思ってたか?」
「こちらにも仲間はいるわよ?」

 白刃を手にした敬一の上に、宙に浮かんだマリーが上空から高度を下ろし、壁の向こうから現れた由奈も前へと歩を進み出す。

「セイント級が三人………」
「おい、無視すんなよ」

 実力者三人の出現にたじろぐウォリアー達の背後から、瑠璃香も姿を現す。

「よくもやってくれたじゃねえか、髪がちっと焦げちまった………」
「この!」

 自慢の黒髪が一部焦げている事に、あからさまに不機嫌な瑠璃香に向けて焦ったウォリアーの一人が、焦りすぎてノーマルショットのまま瑠璃香へと向けて発砲。

「アーメン!」

 だが、衝撃波を伴って放たれたケラウノスの一撃を、瑠璃香は聖句一言と共に拳で弾き飛ばす。

「ウソ!?」
「なんだあの女!」
「気をつけろ、何者かは分からんが、伍色家当主と互角に戦った奴だぞ」
「そっちが本気出したんだから、こっちも本気出しても文句ねえよな?」

 コメカミをひくつかせながら、瑠璃香が顔に邪悪な笑みを浮かべながら、具合を確かめるように指を動かし、それを握りこむ。

「……あの、巻き込まれない内にオレらも逃げた方が………」
「………そうね」

 この場で一番殺気立っている瑠璃香に、敬一とマリーが用心して離れようとするが、ウォリアー達の動きが突然変わる。

「プランF、各個攻撃に移る。所定チームに再編、無理はしないように」

 指示と同時に、ウォリアー達は四つのチームに別れ、それぞれに向けてケラウノスを構える。

「そのケンカ、買ったぁ!」
「撃て!」

 それを見た瑠璃香が嬉々として襲いかかろうとするが、そこに発動の早い能力関係のウォリアー達で編成されたチームが、一斉に念動力や発火能力などを込めたアビリティショットを放ってくる。

「天空に在なす大天使ミカエルよ、その御手に掲げし盾を持ちて、我らを守らん事を」

 瑠璃香が聖句を唱えてその攻撃を阻むが、相手の攻撃の早さにそれ以上の詠唱を阻まれる。

「ち、そういう事か……」
「瑠璃香!」

 マリーが思わず声を上げた時、彼女に向かって無数の使い魔達が込められたアビリティショットが放たれる。

「くっ!」
「解く、来たれ!」
「エヘイエ、エヘイエ!」

 周辺の精霊達の力で即座に迎撃するマリーだったが、向こうは詠唱しながら力任せの使い魔達を次々と込めてアビリティショットを連射してくる。

「させません!」
「ハアアァ!」

 こちらの能力に応じて組まれたらしいチームに対抗すべく、由奈と敬一が己の得物を手に突撃しようとするが、そこに別のチームのアビリティショットが放たれる。

「ハレルヤ!」
「払いたまえ清めたまえ!」
「《鏡》」

 浄化術を中心とした広範囲攻撃が由奈に向かって次々と放たれ、由奈はとっさに霊符を次々と放って先程と同様に光の円盤を発生させていくが、範囲を中心とした攻撃に防戦に徹せられる。

「させるか!」

 己に向かって放たれたアビリティショットを斬り裂き、敬一が間合いを詰めようとした時、指示を出していた初老のウォリアーが白刃を抜いてくる。
 二つの刃がかち合い、甲高い金属音を立てて鍔迫り合いとなった。

「ちっ……」
「立派になったな、敬一君」

 鍔迫り合いの中、突然自分の名前を呼ばれ、敬一は相手の顔をまじまじと見る。
 そこである事に気付き、愕然とした。

「……古河さん!? なんでここに!」

 その初老のウォリアーが、かつての父親の部下だった事を思い出した敬一が、思わず刃を弾いて距離を取る。

「宗主がいなくなった後、私も陰陽寮を抜け、そして今は君の敵としてここにいる。それだけの事だ」
「敵って……」

 見知った相手が敵になったという事実に、敬一が愕然とする中、彼の周囲を素早く別のウォリアーが取り囲む。
 ある者は槍を構え、ある者は拳を構え、ある者は呪符を取り出す。
 その全てが敬一にとって覚えのある物ばかりだった。

「光背一振流に光背流拳闘術………まさか、全員……」
「そうだ、君の相手は全て元陰陽寮、五大宗家に使えていた者達だ。見せてもらおう、君の修行の成果を!」

 初老のウォリアー、古河を中心として、元・陰陽寮組が一斉に襲い掛かる。

「く、うおおおぉぉ!」

 今だ困惑のまま、敬一は迎撃のために声を張り上げた。



 朝日が差し込み始めた空を、複数の影がよぎる。
 それをよく見れば、先頭の影を複数の影が追い回しているのだった。
 先頭を行くのは、一羽の大鷲だった。
 その体はすでに幾つもの傷を負い、羽ばたく翼に己の鮮血が筋となって流れ、宙に雫となってこぼれていく。
 それを負うのは、異形の影だった。
 空を飛ぶ奇怪な骨だけの魚、始終形を変え続ける複数の輝く立方体の重なり、尻尾の先端がスパークし続ける小悪魔、全く統一感の取れてない追跡者達は、その大鷲を狙うという一点のみで共通していた。
 速度を増した骨の魚が、大鷲の尾羽根に食いつこうとするが、大鷲はたくみに体をスライドさせ、そのついでに翼から外れた一枚の羽根が宙を舞い、骨の魚に触れると同時に仕込まれていた呪符が発動、炎と化して骨の魚に襲い掛かる。
 続けて輝く立方体が近付くと、その体を激しく明滅させ、周囲の空間に小規模な断裂が生じていく。
 だが大鷲はその隙間を巧みにすり抜け、反転しながらカギ爪の一撃を立方体へとお見舞いする。
 更に小悪魔が迫るが、小悪魔は手にしたフォークとスパークする尻尾で、大鷲はクチバシとカギ爪で双方壮絶なドッグファイトを演じながら夜明けの空を縦横に飛び回る。
 その下、地表ではそれらの主達が、それを上回る壮絶な死闘を繰り広げていた。

「急々如律令、勅!」
「CALL!」

 呪符とマーティーがぶつかり、双方が消滅する。

「我、八門の法を持ちて遁甲と成し…」
「フッ!」

 空が口訣の詠唱に入ると同時に、イーシャが一瞬に間合いを詰めて鋭いハイキックを繰り出してくる。
 寸分たがわず、喉を狙ってくる蹴りに空が詠唱を中断してそれを受け止めると、イーシャの体が旋回してそのまま二の足を胴回し蹴りとして叩き込んでくる。

「くっ!」

 連続蹴りに空の体が耐え切れずに弾き飛ばされるが、空の目は蹴った体勢から戻りながらも、イーシャの指がタイプしている事に気付く。

「CALL《LOGIC・NEST》」

 召喚されたマーティーに向かって呪符を構えた空だったが、機械仕掛けの蜘蛛のような姿をしたマーティーはそのまま地面へと潜り込む。
 そしてそのまま地面を凄まじい早さで蠢きながら、不思議な模様のような巣を描いていく。

(陣か! だが見た事も無い術式!)

 空は知るよしもなかったが、記号のような物で構成されたその模様、プログラムを図式で示すフローチャートと呼ばれる図形で構成された陣が瞬く間に完成し、光を帯びたかと思うと空を含めて周辺の地面をフローチャートで埋め尽くす。
 その意味を、空の浄眼は的確に捉えていた。

「地気を封じたか」
「ああ。道術、特に遁甲系は地気を操作して術式に形成する。ならば、こうすれば遁甲は使えない」
「それだけだと思ったか?」

 イーシャの無駄の無い戦い方に内心感心しながら、空は大きく息を吸い、外気を導引して内気として練り上げ、それを双縄鏢に込めて投じる。
 まるで意思あるがごとく不可思議な軌道を描いて迫る双縄?だったが、それをイーシャは無造作に足を振って叩き落す。

「すまないが、先手は取ってある」
「…………」

 なぜ双縄鏢がいとも簡単に叩き落されたのか、空は一瞬で気付いて虚空を浄眼で睨む。
 いつ呼び出したのか、そこに目玉のついたファンのような奇妙なマーティーが浮遊している。
 それの能力も、すでに空には分かっていた。

「気圧を変えたか」
「気孔術には必ず呼吸で外気と呼ばれる大気中のエーテルを取り込む必要が生じる。ならば、気圧と共にエーテルを希薄にすればおのずと威力も精度も下降する」
「……よく知っているな」
「まあな」

 気孔術の弱点を意外な方法で突いてきたイーシャだったが、それはある根拠があっての事だった。

(基本は決意神闘術の発動理論と同一の物、ユリのデータがこんな形で役立つとはな)

 相手の攻撃手段の半数は封じたとイーシャは認識したが、そこで空が奇妙な動きを見せる。
 足で地面をさするような動きをしたかと思うと、そこにある何かを踏み込む。

(反閇(へんばい)? 地気が封じられては…)

 イーシャの疑問の回答は、爆発音で得られた。
 彼女の周囲で次々と小規模な爆発が生じ、地面に描かれたフローチャートがその影響で穿たれ、そしてとうとう掻き消えていく。

(対魔術処置をした地雷!? だが、なぜ?)

 回答を得られると同時に生じた別の問題を認識しつつも、イーシャは後ろに大きく跳び退りながらも両腕のキーボードを素早くタイプ。

「CALL《SAW FISH》」

 無数の羽の生えた骨だけの魚に似たマーティーが、空が彼女を追うように投じてきた呪符を発動前に食い破る。

(なぜ私がここに陣を張る事が分かった? そうでなければ、あんな対抗措置を用意できない!)

 疑問を感じる彼女の足元に、小さなネズミにも似た小動物のような物、探査用のマーティーの一体が駆け寄ると、そのまま彼女の体を駆け上り、腕のディスプレイへと吸い込まれる。

(急襲班も待ち伏せを食らって苦戦中………こちらの手が全て読まれている? スパイか? いや、だがここまで手が読めるはずがない)
「火気、雷気を持って汝が在を禁ず!」
「《BKWALL》PROTECT・PATTERN mf!」

 空が投じた呪符が炎や電撃に変じたのを、イーシャは防護用のマーティーで障壁を張り巡らして防ぐ。
 だが相手の攻撃とこちらの衝撃、その二つが視界を塞いだ僅かな隙に、空の姿がイーシャの前から消えた。

(普通ならば後ろ、だが!)

 ためらいもなく、イーシャは足を曲げながら胸元に跳ね上げ、攻撃の瞬間に素早く地に伏せて正面から忍び寄った空の掌底打がみぞおちに叩き込まれる寸前に防御する。
 足に突き抜ける衝撃に、イーシャは僅かに奥歯を噛み締めて耐えるが、相手の表情は変わらない。

「外気は低いはずなのに、これほどの気が使えるとはな……」
「それを防ぐか」

 再度硬直状態になった両者が、再度後ろに跳んで離れる。

(出来る。先を読んでしかけておいた物に、瞬く間に対抗措置を仕掛けてくる。これ程の使い手とは……)

 空が内心感心しながら、腰のパウチから呪符を取り出しながら、視線を左目だけ上へと向ける。
 そこには、白みかけている空でさらに傷を増やしながら戦うダイダロスと、数を減らしながらも追撃する空中戦用マーティーの姿があった。

(あちらは大丈夫。だが……)

 双方、決め手に欠く状態で闘いは長期化の様相を呈し始めている。

「……そうか、そういう事か」

 そこでいきなりイーシャが何に気付いたのか、声を上げる。

「伍色の当主に全ての精霊を従える精霊使い、御神渡前当主の息子に、稀代のマッドサイエンティスト、これらに気を取られて、他の可能性を失念していた」

 ゆっくりと言葉を選びながら、イーシャはHMDで覆われたままの視線を空へと向ける。

「そちらがここまで準備万端でこちらを待ち受けてる理由、思いつけば簡単な事だ。千里眼か未来視、つまり未来を感知、もしくはそれに近い力を持った能力者をそちらは保有している、違うか?」
「………」

 空は無言のまま、両手でありったけの呪符を取り出して広げる。

「……非戦闘員に危害を加えるつもりは元から無い」
「「天后てんごう、貴人、青竜、六合りくごう勾陳こうちん、朱雀、騰蛇とうだ大常たいじょう太陰たいいん、天空、玄武!我、十二神の助を得、万物を禁ず! 百邪斬断、千鬼必滅、万精駆逐! 急々如律令! 勅! 勅! 勅!」

 口訣と共に、空の手から無数の呪符が一度に投じられる。
 投じられた呪符が炎に、氷に、雷に、爆風にと次々と変じ、一斉にイーシャへと襲い掛かる。

「CALL!」

 薮蛇だっただろうか、と思い悩む間も無く、イーシャは短縮登録しておいたマーティーを召喚。
 召喚された風船くらいの大きさの体に、無数の棘とキバの生えた口を持った奇怪なマーティーがイーシャの前へと飛び出し、こちらに向かってくる呪符の変じた無数の攻撃の嵐に突っ込んでいく。
 奇怪なマーティーの一つに呪符から変じた炎が触れると同時に、マーティーが爆砕。
 それに続くように、他のマーティー達も次々と爆砕していき、呪符の攻撃を飲み込んでいく。
 最後に一際大きな爆発と共に、双方の繰り出した術は完全に消えていた。

(《NO・TONE》まで出す事になるとは!)

 奥の手の一つ、爆砕防御用のマーティーを出してしまった事にイーシャが身をひるがえして爆風から逃れる。

「蛇どころか虎の尾でも踏んでしまったか……」

 半分わざと声に出して呟くが、答える者はいない。
 どころか、空の姿が完全に見当たらなくなっていた。

(逃亡、いや違う。この状況で逃亡する意味は無い、だとしたら!)

 イーシャはある直感と共に、左足で地面を踏みしめ、体ごと大きく旋回させながら水平に薙ぎ払う回し蹴りを放つ。
 周囲の確認と牽制のために放った蹴りに、僅かに何かが引っかかったような気がしたが、他に誰の姿も見えない。

(いない、それとも!)

 引き戻した蹴り足を、そのままイーシャは地面に突き立てるように繰り出し、その勢いで今度は前方に向けて垂直方向に体ごと旋回させながら下から上へと放つ変形のかかと落としを繰り出す。
 そのかかとが、今度こそ確かな感触を伝え、旋回するイーシャのHMD越しの視界に空の姿が断片的に入ってくる。

(隠行系の術と並列して、僅かなこちらの死角に常時移動し続けていたのか!)

 気配を一切感じさせない空の驚異的な隠行術にイーシャは愕然とするが、続けて蹴り足に響いてくる激痛に意識を持っていかれそうになる。

(カウンター、アキレス腱をやられた!)

 上に向かっての変形かかと落としは確実に空のみぞおちを突き抜けたはずだが、空は的確に己のみぞおちに食い込んだイーシャのアキレス腱に手刀を叩き込んでいた。

(断裂はしていないが、これはまずい!)

 再度死角に潜り込まれる前に、イーシャは縦に回転した軸足が地に触れると同時に大きく踏みしめ、体を反転しながら空と距離を取る。
 そこで改めて空と対峙した時、ある事に気付いた。
 先程の一撃は確実に空の急所を捉え、空の口から血が一筋流れている。
 だが、空の顔は無表情で、しかもその額に一枚の呪符が張り付いている。

「な……それは……『SCAN!』」

 イーシャはとっさに自分の全サーチ能力を駆使し、空のデータを解析する。
 だが、そのデータはそこに生きている人間はいない事を示していた。

「自分自身を仮死状態にし、一切の気配も反応も絶てるキョンシーとして文字通り死兵とする。正気か!!」

 空が用いた術式がどういう物か理解したイーシャが、今まで感じた事の無い恐怖を味わっていた。

(相手を確実に殺すため、道術と暗殺術を並列使用する。こいつの正体は、魔術的暗殺者!! こんな危険人物を守門博士は飼っているのか!)

 今まで対峙した事も無い異常な相手に、イーシャは冷たい汗を感じていた。
 しかし、そこで空の手が動くと額の呪符を剥がし、片手を胸に当てると、そこに気を送り込む。
 送り込まれた気で心臓が再鼓動を始めると、空の顔に血の気が戻るが、その目は冷徹にイーシャを見つめていた。

「これ以上やれば、確実にどちらか死ぬ」
「両方かもしれんぞ、さすがにそれは一番避けたい事態だ」

 空の宣告に、イーシャは答える。
 それは実質的な、降伏勧告に他ならなかった。

「それに、時間だ」
「時間?」

 空が呟くと、上空で最後のマーティーを倒したダイダロスが甲高く鳴いた。
 それに会わせる様に、巨大な飛行戦艦が光学迷彩を解いて姿を現す。

「! あれは……」
「デュポン級二番艦《タイタン》、通信途絶が一定時間に達すれば、増援が来る手はずになっていた」
「まだカードを伏せていたとはな……」
「それはそちらも同じはずだ」

 イーシャがウォリアー達が戦闘を繰り広げている場所に向かうタイタンと、そこから降下を始める人影、但しスキャン結果は明らかに人間では無い者達を確認すると、僅かに苦笑する。
 そして、腕のキーボードの短縮キーを押した。
 すると反対側のディスプレイから、独特の発光パターンを持ったマーティーがBEEP音を盛大に響かせつつ上昇していく。

「どうやら、こちらの負けのようだ。今撤退命令を出した。最後に一つ聞いておきたい。先程の術式、どこで学んだ? マトモな師匠の下で学べるとも思えないが………」
「………それは」

 些細、とも言える、だが重要な疑問をイーシャが問い、空がどう答えるのかと思った時だった。
 二人が同時に同じ方向、別働隊同士が戦ってる場所を見た。
 そこで空の浄眼とイーシャのHMDは、そこに渦巻く異常な瘴気を捉えていた。

「これは………」
「何を仕掛けた! ただ事では無いぞ!」
「これだけの瘴気、放てる者はこちらにいない」
「こちらもだ」

 双方予想外の異常事態が起きている。その事を認識した二人は、まったく同じ判断を下した。
 空はそちらに向かって駆け出しながら、指笛を鳴らして上空にいたダイダロスを呼び寄せる。
 イーシャは移動用のマーティーを呼び出し、他のマーティーを帰還させてそちらへと向かう。
 異常事態の確認と、そこにいる仲間の救援。
先程まで死闘を繰り広げていた二人は、同じ目的のために全速力で瘴気の発生した場所へと向かっていた………








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