オーガゲート・キーパーズ

CASE4 SHOOTING



υ Malice to Burn



(力だ、これがオレの………)

 トリガーを引く度に、自分の中を何かが温度を上げていく。
 それが中から己を焦がしていく感覚を、むしろ歓喜として受け取る。

(もっとだ、もっと力を、オレの力を!)

 全てが、自分の全てが焦げていく。
 それでもなお、トリガーを引き続ける。
 こちらに向かってくる相手を、焼き尽くさんために………



「全隔壁閉鎖、全通信システム一時停止、これでオレ達に出来る事は無くなったな」
「いざという時はそのままシェルターに出来るのか、よく出来てるな」
「でもいいんでしょうか、皆さん戦ってるのに………」

 駐機したままのデュポンのブリッジ、非常用電源の鈍い光の下、完全マニュアル操作でデュポンの最低限機能以外を全て封鎖したレックスとその様子を興味深そうに見ていた月城課長だったが、座席についている由花が不安げに呟く。

「PCが使えないんじゃオレの出来る事は無いし、被害を抑えろって陸さんの指示だしね」
「それを言うなら、ワシはもっとやる事ないよ。上は完全に手と金回ってるようだし」
「でも、私ならサポートに………」
「さっきまで外からすごい音聞こえてたろ? 下手に出て行ったら巻き込まれるって」
「けど………」
「オレ達に出来るのはデュポンへの被害を最小限に抑える事、そして足手まといにならない事。これしかないよ。陰陽寮の管轄の場所に直接攻めてくるような連中って事は、更に何をするか分からないしね」
「……そうですね。でも、何か起きそうな気がするんです」
「………まあ、ここは由奈君のホームだし、そちらのスタッフもいれば大丈夫だと思うけど」
「おうい、こっちも閉めといたぞ」
「後は由奈さん達に任せましょう」

 同じように非戦闘員としてデュポンに退避してきた尚継と敦もブリッジに来る中、暗い顔をしている由花に気付く。

「由花ちゃんだったか、あんたはもう十分に役立ってるよ」
「時空透視能力なんて、こっちにも欲しいですね」
「あんまり酷使するなって陸さんから厳命出てますけどね」
「さて、あまり長くはかからないだろうとは言ってたが……」
「もう直、奥の手も来ますし」

 月城課長とレックスが同時に時間を確認する。
 そんな中、由花の顔色は晴れないままだった。



「撃て! 弾幕を張るんだ!」

 ウォリアーの一人が叫びながら、周囲にいるウォリアー達が一斉にケラウノスを連射する。
 弾幕、というよりもただデタラメに撃たれるケラウノスの銃撃は連射のし過ぎか、半分近くが能力を伴わないノーマルショットとなっている。
 だがそれでもなお、下手な重火器よりも強烈な破壊力が、銃撃の正面にある木々や地面を吹き飛ばしていく。
 ただ一つを除いて。

「ウアアァァ!!」

 獣のような咆哮を上げ、その顔に歓喜すら浮かばせて瑠璃香がウォリアー達へと突撃してくる。
 ケラウノスのアビリティショットの発動スピードの前に、術的防御は不可能と判断した瑠璃香が取った手段、それは正面突貫という非常識極まりない物だった。
 強烈なケラウノスの銃撃が、瑠璃香の髪や身にまとったバトルジャケットをかすめただけで千切り飛ばしていく中、瑠璃香はそれをぎりぎりの間合いで見切り、かわしていく。

「ば、化け物だ!」
「来ないで!」

 半ば半狂乱となってトリガーを引き続けるウォリアー達だったが、そこでマガジン内の残弾が尽きた事にようやく気付く。

「交換…」
「遅ぇ!」

 慌ててマガジンをイジェクト、新しいマガジンをセットしようとしたウォリアーが、すでに目前にまで瑠璃香が迫ってきてる事に気付いて硬直する。
 慌てて己の能力を発動させようとするが、それに対して瑠璃香は突撃の威力を一切落とさず、なんとそのウォリアーの顔面に己の頭を叩き込んだ。

「がは………」

 エクソシストが頭突きを叩き込んでくるという、下手な能力者や術者では考えもつかない攻撃に、訳も分からぬままそのウォリアーは鼻血と折れた前歯を地面にこぼしつつ卒倒する。

「ひっ…」
「この」

 両脇にいた男女のウォリアーがとっさに瑠璃香にケラウノスの銃口を向けようとするが、それよりも早く瑠璃香は身を沈め、下から双方のトリガーを握る人差し指の根元を左右それぞれの手で掴み、瞬時に驚異的な握力で握り締める。

「ひあ!」
「何っ!」

 凄まじい激痛と共に、二人のウォリアーの人差し指が根元から脱臼する。
 女性のウォリアーは思わず悲鳴を上げてケラウノスを取り落とし、男性のウォリアーはかろうじてこらえて持ち手を変えようとした所で、ケラウノスを瑠璃香に奪われ、ストックで顎をぶん殴られて地面に倒れこむ。

「このアマ…」
「ちぃ!」

 残ったウォリアー達がなんとか反撃に転じようとするが、片膝を付きながらケラウノスを向けたウォリアーの顔面に膝がめり込み、ケラウノスで殴りかかってきたウォリアーはそのまま腕を絡め取られ、頭から地面へと投げ落とされる。

「貴様ぁああ!」

 膝を顔面に食らったウォリアーが、全身から炎を吹き上げて瑠璃香へと襲い掛かろうとする。

「アーメン!」

 その炎を突き破り、瑠璃香の拳が相手の顔面へと突き刺さる。

「がはっ…………」
「ダイス!」
「マリーに比べりゃ、ヌルい炎だな」

 鼻骨が折れたのか、膨大な鼻血が溢れ出す中、炎使いのウォリアーは取り落としたケラウノスに手を伸ばそうとするが、そこで手ごと瑠璃香に踏みつけられる。

「ぐあっ!」
「まだやるか? あたいは構わないぜ?」

 つい先程まで優位的だと思っていた状況があっさりと覆された事に、瑠璃香を狙っていたウォリアー達は大人しくケラウノスを地面に置いて抗戦意思が無い事を示す。

「なんて非常識すぎる強さ………」
「やはりセイントクラスじゃないと………」
「てめえ……ぐ!」

 唯一、まだ抗戦意思を保ってる炎使いのウォリアーが瑠璃香に手を踏みつけられたまま強引にケラウノスに手をかけるが、瑠璃香は足に力を込め、踏みつけられている手から異音が響く。

「やめときな。陸にあまり手荒な真似すんなとは言われてんだが、手加減は苦手なんだよ」
「殺してやる………」

 一応警告してくる瑠璃香に、炎使いのウォリアーは凄まじい形相で睨みつける。
 骨が砕けてなお、ケラウノスを握り締めるその手が、徐々にケラウノスへと潜りこみ、一体化していくのに気付いている者はいなかった。


「来たれ、闇の眷属よ!」
「エヘイエ!」

 次々と放たれる使い魔の力を込めたアビリティショットを、マリーは土や風、木の精霊で防いでいく。

「これだけの攻撃を防ぐだと!」
「術式も無しにどうやって!」
「……少しだけ、本気を出させてもらうわ」(精霊よ……)

 驚愕しつつも、攻撃の手を緩めないウォリアー達に、マリーは攻撃に転ずるべく、周囲の精霊達に呼びかける。
 その呼びかけに応じ、周辺の大地や植物、大気や燃え盛っている炎から小さな光の粒の形となって精霊達がマリーの周囲へと集まってくる。

「なんだあれは!」「精霊召喚!? あんなに大量に!」

 集ってきた精霊の一つ一つが、ケラウノスの攻撃に触れると、本来の四台元素や植物の形となってマリーを守護する。
 やがて、精霊達の光は、マリーの背後にある半透明の羽根の姿を露にしていった。

「な………」「まさかハイブリッドか!?」
「さて、あまり呼んだ事ないから手間取ったけど、なんとかなったわね」

 マリーの背に現れた妖精の羽根にウォリアー達の攻撃が緩んだ時、マリーが片手を上へと掲げる。
 つられてそちらを見たウォリアー達は、マリーの背後に海から巨大な水柱が生じている事に気付いて凍りつく。

「海よ!」
「ひ…」

 マリーの号令と同時に、水柱はウォリアー達へと襲い掛かり、彼らのケラウノスと抗戦意欲を、根こそぎ押し流していった。


「《剣》!」

 由奈の投じた霊符が光の剣となって、浄化術発動前に激突、双方が爆裂四散する。

「ひるむな!」「攻撃範囲にさえ入っていれば…」「いない!?」

 術が四散した後、先程までいたはずの由奈の姿がない事にウォリアー達が仰天、慌てて左右を見回す。

「どっちだ!?」
「待て、え〜とこういう時ユ…」
「馬鹿、口に出すな!」

 思わずユリの名を出しそうになったウォリアーを他のウォリアーが慌てて止めた所で、ふとある可能性に気付いて数人が上を向いた。
 自分達の頭上の更に上にある小さな人影に、慌てて銃口をそちらへと向ける。

「上だ!」
「高っ!?」

 常人はモチロン、能力者や術者でも驚愕する高さにある由奈の姿に、ウォリアー達が絶句するが、すかさずそちらにケラウノスの銃口が向けられる。

「撃ちまくれ!」
「これだけの弾幕なら!」

 最早術の発動も忘れ、ノーマルショットでケラウノスが文字通り乱射されるが、その直後に起きた事は流石に予想だにできる物ではなかった。

「弐式・闘技《震電しんでん》!」

 何も無い虚空を由奈が蹴ると、まるで何かを踏み込んだかのように由奈の体が真横へと跳ぶ。
 そちらに向かって新たな弾幕が迫るが、再度由奈の足が虚空を蹴り、別方向へと由奈の体が跳ぶ。
 文字通り稲妻のように、左右へと由奈の体が虚空で目まぐるしく跳ねまくり、放たれた弾幕をかわしていく。

「早っ!」
「いかん…」

 驚愕と焦りの声が洩れた時には、すでに由奈の姿はウォリアー達の目前に有った。

「はああっ!」
「うわ!」「ぎゃ!」「あつ!」

 地面に降りたつやいなや、由奈は両手の神器を一閃。
 振り回されたトンファーによって立て続けにウォリアー達の手からケラウノスが叩き落され、慌てて拾おうとしたウォリアーの眼前にトンファーが突きつけられる。

「まだ、やりますか?」

 由奈の問いに、ケラウノスを叩き落されたウォリアー達は全員首を激しく左右に振った。

(さすがユリさんの姉………)(か、勝てるわけねえ! 妹が可愛く見える程の怪物じゃねえか!)(ユリさん家出した理由がなんとなく分かったような………)

 降伏したウォリアー達は、全員内心を必死に口に出さないように飲み込むのが精一杯だった。



「オン アビラウンケン! 招鬼顕現!」

 呪文と共に地面に叩きつけられた呪符が、蜘蛛の姿をした式神へと変じて敬一へと襲い掛かる。

「四白金気を持ちて克す!」

 敬一は詠唱しながらも手にした刀の切っ先で素早く地面に梵字を刻み、それに触れた式神が動きを封じられる。

「六黒、七赤、八青、九白、十黄! 五行相克にて、掛かる災厄これ返さん! オン アビラウンケン!」
「なっ……我、五黄土気を持ちて…」

 呪符を取り出しながら詠唱された術式が何か悟ったウォリアーが、慌てて防御の術式を唱えようとするが、敬一の刀が呪符ごと動きを封じられていた式神を貫く。
 呪符が貫かれた式神を取り込むように魚の姿をした式神へと変じ、《式返し》と呼ばれるカウンター術式となって相手の防御術式が完成する前に襲い掛かる。

「ぎゃふっ!」
「北斗! くそ!」

 式返しをモロに食らって倒れたウォリアーに替わって、手に槍を持った別のウォリアーが敬一へと襲い掛かる。

「はああああぁぁ!」

 突き出される槍の穂先と石突が、激しい回転と共に上段・中段・下段と目まぐるしく変わりつつ、襲い来る。

「ああああぁぁ!」

 それを、下段から上昇しながら迫る白刃の螺旋が迎え撃ち、幾度と無く槍と刀が打ち合わされるが、やがて打ち負けた方が弾き飛ばされる。

「がは!」

 槍を手にしたまま、打ち負けたウォリアーが胴体にまともに食らった峰打ちで僅かに吐血しながら地に倒れる。

「《光嵐旋こうらんせん》に《光螺旋》で打ち勝つか………」
「まあ、なんとか………」

 かつて父親の部下だった古河を含め、敬一と相対した元陰陽寮組のウォリアーは、ある者は肩を砕かれて苦悶を浮かべ、ある者は精神を斬られて昏倒し、残ったのは古河一人だけとなっていた。

「先程の式返しといい、腕を上げたな。しかもかなり」
「はは、周りがすごい人ばっかなんで、まだまだ……」

 素直に感心する古河に、敬一は息を荒くしつつ、苦笑。

「だが、甘さは抜けてない」
「陸さんから、あまりやり過ぎるなって命令出てんで」
「………それは、加減出来る余裕があるとも取れるな」
「ギリギリっすね………」
「私はそうはいかんぞ」
「ええ…………」

 双方、構えを一度解くと刃を鞘に収め、同じように半身を引き、やや姿勢を低くする。

「全力で来なさい。さもなくば、斬る」
「…………」

 同じ居合いの構えを取りつつ、古河の全身から明確な殺気が満ちていく。
 対して敬一は無言のまま、心を沈め、剣気をゆっくりと高めていく。
 徐々に両者の間の空気が張り詰めていき、周囲に倒れていた者達も、痛みを忘れて両者を見守る。
 周辺で繰り広げられる激戦の騒音が響く中、僅かずつ足が地を摺り、間合いが少しずつ詰まる。
 そして互いの間合いが触れ合った瞬間、同時に白刃が鞘走る。
 重なり合った鞘鳴りの音がその場に響き渡り、やがて地面に半ばから切断された片方の白刃が地面へと突き刺さった。

「……見事」

 刀を抜き終えた体勢のまま、古河が呟く。
 手にした刀、半分以下になったその刀身の断面を横目に見、そのまま腹から鮮血を流しつつその場に崩れ落ちる。

「古河さん!」
「古河チーフ!」
「安心しろ………致命傷ではない………」

 敬一や周りのウォリアー達が慌てて駆け寄るが、古河は片手で腹の傷を押さえながら無事を告げる。

「すんません……オレの腕じゃそれが精一杯で………」
「それで刀を斬るか……教えたのは水沢か?」
「しゃべらないでください! 止血パッド!」
「オレのを! マリーさん! ちょっとこっちに重傷者が!」

 最早敵味方関係なしに、敬一やウォリアー達が古河の手当てを始める。

「最早、雌雄は決したか………」
「だから喋ったらまずいですって! マリーさん早く!」

 周囲のウォリアー達はほとんどが鎮圧もしくは降伏し、防戦状態の者達が僅かに残るだけの状況に、古河はすでに勝機が無い事を確信した時だった。
 突然、頭上を巨大な影が覆う。

「なんだ!?」
「向こうの母艦!?」
「……二番艦のタイタンだよ。一定時間音信普通になったら、来る様になってたはず」
「あんな飛行戦艦を二隻も保有してるのか!?」

 ウォリアー達が愕然とする中、タイタンから次々と影が降下してくる。

「撃ち落せ…」
「待て! 人間じゃないぞ!」

 慌ててケラウノスをそちらに向けるウォリアー達だったが、感知能力に優れたウォリアーがその影の正体を感知して叫ぶ。
 その言葉通り、生身の人間では危険な高度を、影達はパラシュートすらつけずに次々地面へと降り立ってきた。
 一番最初に降り立った者、狼頭を持つ半獣半人、文字通りの人狼がこちらに銃口を向けようとする者に大きく雄たけびを上げる。

「狼男!?」
「それだけじゃないぞ!」

 それを皮切りに、次々と獣の相を持つ者や完全な異形を持つ者、俗説的には亜人や妖怪と呼ばれる存在達が周囲へと次々降り立っていく。

「これだけの手駒をまだ隠していたとは………」
「呼ぶ必要なかったっすけどね………」

 到着したアドルのガーディアンスタッフ達の姿に、誰もが完全に決着が付いた事を悟る。
 更にそこへ、BEEP音を響かせながら独特の発光パターンを持ったマーティーが空へと登っていくのが全員の目と耳に飛び込んでくる。

「あれは………」
「撤退命令だ」
「武装放棄して退いてくださるなら、これ以上の闘いは望みません」
「しかし嬢! ここまでこの五宝島を荒らされて!」

 撤退命令と聞いた由奈が、構えを解いて興奮している護氏子達を制する。

「おいおい、せっかく来たのに」
「戦わないで済むなら、その方がいい」
「陸もそうなるだろうって言ってたし」

 到着したばかりのガーディアンスタッフ達も、相手に抗戦意識が無いと知ると、構えを解いていく。

「総員、武装解除。データは取ったからケラウノスは破棄しても問題ない」
「……ふざけるな」

 古河の指示で、ウォリアー達がケラウノスを手放す中、その声は響いた。

「オレはまだやれる………」

 ウォリアーの一人、先程瑠璃香に手を踏み砕かれた火使いが、全身からただならぬ気配を漂わせながら立ち上がる。

「ダイス!」
「撤退命令が………ひっ!?」

 周りのウォリアー達が止めようとする中、ウォリアーの一人が悲鳴を上げた。

「ダイス……なんだそれは………」

 別の一人が、ダイスの砕かれたはずの手、そしてそれと一体化しつつあるケラウノスを震える指で指し示す。
 同時に、火使いの男から、凄まじいまでの瘴気が吹き出してくる。

「やべえ!」
「その人から離れて!」

 ただならぬ事態に、瑠璃香とマリーが同時に叫ぶ。
 だが、離れるよりも早く火使いの男の全身から吹き出した炎が、周囲のウォリアー達を吹き飛ばした。

「うわ…」
「が……」

 とっさに身を守ったウォリアー達だったが、浅からぬ負傷を負って地面や木に叩きつけられていく。

「あれは、転化!?」
「変異するのか!?」
「あは、あはははは、はははははは!!」

 由奈と古河が恐らく同じ現象を意味するであろう言葉を叫ぶ中、火使いの男の全身を炎が覆い、右手と一体化していたケラウノスが更に巨大な銃と化し、男と完全に融合していく。

「ヒューマンベースだと!」
「変化しきる前に!」

 アドルのスタッフ達も驚く中、ガーディアンスタッフの人狼が変貌を続ける男へと向かって、突撃しながら爪を振りかざす。
 人体など容易く切り裂く人狼の爪が最早人の形すら留めなくなった男の肩口らしい辺りに食い込んだ瞬間、吹き出した炎が人狼を吹き飛ばす。

「ガアァ!」
「バロン!」
「そいつに触れないで! 火の精霊が完全に暴走してる!」
「離れろ!」
「あの馬鹿野郎が!」

 状況が理解できていた双方が、慌てて異形と化していく男から離れていく。

「ムク! モコ! 負傷者を運んでください!」

 由奈の声に反応して、後方に控えていた霊犬二頭が素早く飛び出し、逃げ出せそうにない負傷者をその巨躯に乗せたり咥えたりして運んでいく。

「おい、犬に何人か連れてかれたぞ!」「多分食われはしない! それよりこっちだ!」「誰か封印を!」「しかし……」「あれはもうダイスじゃない!」「それ以前にどうやって!」「イーシャさんを呼べ! 早く!」

 指揮を取っていた古河の負傷と、突然の異常事態に浮き足立ったウォリアー達がなんとか事態を収拾しようと異形の火使いを包囲する。

「動きだけでも封じろ!」「変異初期だ! まだなんとか…」

 能力の発動や術式の詠唱に入ろうとするウォリアー達だったが、それを見た異形の火使いの顔が歪むように笑う。

「やべえ! アーメン!」
「伏せてください!《鏡!》」

 危険を感じた瑠璃香と由奈が同時に叫びながら、聖書と霊符を投じる。
 投じられた聖書は空中でページが解けて結界を形成し、無数の霊符が光の円盤へと変じて防護壁と化すが、次の瞬間、凄まじい業火がそれらを弾き飛ばす。

「うわあぁ!」
「きゃああぁぁ!」
「熱い!!」

 結界と光の円盤のお陰で直撃を免れたウォリアー達だったが、余波だけで包囲は吹き飛び、衣服や頭髪に引火した者達はその場で転げまくる。

「消化! 急げ!」
「なんて奴だ! さっきまで仲間だった奴を殺そうとしやがったぞ!」
「ヒューマンベースにそんな理屈通じるか!」
「あああ! こちらにも火がぁ!」
「こんの罰当たりが!」

 突然の凶行に、完全に敵も味方も関係なく負傷者の救護や消火活動に全員が乗り出す中、その場の中でも有数の実力者のみが変貌の終わった火使いの男だった物を囲む。
 それは、全身を鋼のような色をした血管と奇妙に盛り上がった肉の塊で、右手の銃、いやそれはすでに砲と言っていいほどの巨大な銃口と肉と鋼でできた銃身で形成され、その体の半分以上はその異形の銃腕によって占められていた。
 そして全身からは、絶えず小さな炎を吹き出し続け、瑠璃香に砕かれた鼻がそのまま歪んだ面のような顔と化して、愉悦に満ちた笑みを浮かべていた。

「はは、ははははは………いいな、こいつは……」

 己の銃腕を見つめ、静かに笑う異形の三方、瑠璃香、由奈、マリーの三人が囲む。

(瑠璃香、由奈さん)
(分かってるよ)
(この人、いや人だった物は危険過ぎます……)

 マリーのテレパシーによる呼びかけに、二人が答えながら、拳と神器を構える。
 マリーも周囲の精霊を集めつつ、背後の様子を伺う。

「どうなってるんだ!? ヒューマンベースが出るなんて聞いてないぞ!」
「様子はおかしかったが、変異の予兆は確認されてない! 突然だ!」
「あっちは任せるんだ! 負傷者の搬送を!」
「火! 火回ってきてるで!」
「ええい! はよ消さんと! 手伝わんかい!」

 彼女達の背後では、もう完全に先程までの敵も味方も関係無しに負傷者の救護や消火活動の真っ最中で、退避させようにもその余裕すら無い。

「手早く潰すとすっか」
「出来るならな!」

 瑠璃香が拳を構えるが早いか、異形の銃口がそちらへと向けられ、即座にそこから炎の弾丸が連射される。

「天空に在なす大天使ミカエルよ、その御手に掲げし盾を持ちて、我らを守らん事を!」

 その可能性を読んでいたのか、瑠璃香は片手を前へと突き出しながら聖句を詠唱、生じた《ミカエルの盾》で炎の弾丸を阻むが、まるで速射砲の至近砲撃のように連射は続き、その威力に瑠璃香はじりじりと押されていく。

「燃えろ燃えろ燃えろ!」
「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな。神と子と聖霊の御名において、主の加護を与えられたり!」

 瑠璃香は聖句を追加で詠唱して狂ったように続く連射に耐えようとするが、掲げた光盾が徐々に歪み始める。

(なんて威力、防ぎきれねえ!)
「燃えろ、燃えちまえ!」
「壱式・蓬莱!」

 更に威力を増しつつ、炎を連射する異形の背後から由奈が筋力増強された拳を振りかざす。

「てめえ!」

 異形は連射しながら銃口を由奈へと向けようとするが、由奈の拳は肉と鋼で構成された銃身へと叩きつけられる。
 異様に鈍い音が周囲へと響き渡り、銃身に拳が食い込むが、由奈の顔が僅かに歪み、大きく後ろへと跳び下がる。

「この人、いえこの異形は………!」

 由奈は自分の拳、蓬莱の気で強化されていたはずのそれが火傷を負っている事に顔を険しくする。

「気をつけて! もうあれは、歪んだ炎の塊でしかないわ!」
「やかましい!」

 マリーが相手からすでにマトモな精霊の力が感じられない事を叫ぶが、異形は今度はマリーへと銃口を向ける。
 すると、その銃口が漏斗のように大きく開いていく。

(まずい! 精霊達よ!)

 そこから先程よりも強力な炎の気配を感じたマリーが周囲全ての精霊達を繰り出し、風、水、火、土で周囲をガードする。
 だが広げられた銃口からは、無数の炎が散弾のように、そして絶え間ないマシンガンがごとき勢いで発射された。

「元はと言えば、手前が、手前が!!」

 口からよだれ、しかも油のように燃えるそれを垂れ流しながら、異形の銃腕からは絶え間なく無数の炎が放たれ続ける。

(なんて威力、なんて攻撃! 今なりたてのヒューマンベースとは思えない!)

 一発一発がグレネード弾のように炸裂する恐ろしい威力の炎の弾幕をマリーは必死に防ぐが、防戦一方となっていく。

「神と子と聖霊の御名において…」
「参式・闘技…」

 マリーが防いでいる間に、瑠璃香がG・ホルグの銃口を向けつつ聖句を唱え、由奈が呼気を整えつつ拍手を打って同時に襲い掛かろうとするが、異形の銃腕がマリーに向いたまま、反対側が歪むように開き、そこにも銃口が現れる。

『!!』

 僅かに振り返った異形の顔が楽しげに歪み、もう一つの銃口からも炎の弾幕が発射される。

「アーメン!」「《鳳仙火ほうせんか》!」

 聖句と共に連射された銃弾と、炎をまとった拳の連撃をとっさに防御へと二人は使用するが、無数の炎の弾幕の前に、劣勢に追い込まれていく。

「ちっ! 主よ、汝全ての…!」

 弾切れを起こしたG・ホルグを投げ捨て、瑠璃香が聖痕拳を発動させようとするが、聖句を詠唱する暇すらない弾幕に、回避を余儀無くされる。

(いけない、気がもう……)

 一方由奈の方も気を練る隙が出来ず、両拳の炎が徐々に小さくなっていき、炎の弾幕を凌ぎきれなくなっていった。

(一か八か……!)(残った気を……!)

 二人がなんとか反撃に転じようとした時、不意に弾幕が途切れる。

「へ?」「え?」「あ!」

 三人が何事かと視線を異形へと向ける。
 異形は銃口を下げたままうつむいていたが、その体から吹き出ている炎の帯が、徐々に増えていく。

「めんどくせえ、もう全て燃やしてやる………」

 体から吹き出す炎の帯が、銃身へと次々に吸い込まれていく事に気付いた三人は、同時に動いた。

「我が前にラファエル、我が後にはガブリエル、右手にはミカエル、左手にはウリエル!」
「皆さん伏せてください! 四式・闘技《竜鱗鎧りゅうりんがい》!!」
「海よ、木々よ!」

 瑠璃香は四大天使の名を呼びながら巨大な結界で異形を取り囲み、由奈は後ろに叫びながら無数の気で形成された盾を作り出し、マリーは先ほど呼びかけた海の精霊と周囲の木々の精霊を呼び出す。
 三人がとっさに出来るだけの防御術式を形成するが、直後に異形の銃腕から、まるで火山の噴火がごとき、すさまじい業火が発射された。

「燃えろ、全て燃えちまえ!!!」
「ちい………ダメだ!」「これは………」「防ぎきれない……!」

 咆哮と共に放たれる業火に、結界はきしみ、気の盾は歪み、水流と木々は一瞬で蒸発し、燃え尽きる。
 そしてとうとう限界を突破し、三人が吹き飛ばされる。

「くそっ!」「くうぅ!」「きゃああ!」

 結界は崩壊し、気の盾は消し飛ばされ、水流は盛大な水蒸気爆発を起こす。
 業火の威力はギリギリまで削られたが、周辺に熱い爆風が吹きぬけ、退避していた者達にまで吹き付けてくる。

「なんだこのデタラメな威力!?」「由奈さん!」「生きてますか!?」

 灼熱の爆風が吹き抜け、退避していた者達が声をかける。
 そこには、致命傷は防いだ物の、浅からぬダメージを受けた三人の姿が有った。

「おい、生きてっか?」「大丈夫です」「い、今のは危なかった………」

 全身から焦げ臭い匂いを漂わせながら、瑠璃香が刻まれた防御術式すら焼け焦げたバトルジャケットを脱ぎすて、由奈が両手でかざした全ての霊符が灰となっていき、マリーが己を守るために散っていった精霊達に感謝しつつ、なんとか立ち上がる。
 だがそこで、三人は己達を照らす火影に気付く。

「火力が足りなかったみてえだ……」

 異形の銃身に、再度先程と同じように炎が集束していく事に、三人の顔色が変わる。

「二発目だぁ!?」「いけない!」「逃げて!」

 防御が間に合わない事を悟った三人が叫びながらも、攻撃を中断させるべく異形へと攻撃を加えようとする。
 だが繰り出された拳、神器、精霊の一撃は相手に触れる直前、突如として異形の体から吹き出した炎に阻まれ、そして空を切る。

「ちっ!」

 他の二人が一瞬反応が遅れる中、瑠璃香だけが直感で真横へと振り向き、そこに先程目の前で起きた事を逆戻しで再生するように、虚空に炎が吹き出し、その中から異形とこちらに向けられ、膨大な炎を中に溜め込んだ発射寸前の銃口が現れる。
 異形の顔が歪み、その銃口の向く先、先程まで仲間だったはずのチーム・シャーマンの者達がいるのも構わず銃口が紅く染め上がる。

「止めっ…」

 ウォリアーの誰かが叫ぶのも構わず、異形は己の中のトリガーを引いた。

「SHIFT」

 発射された業火がその射線上にある物全てを飲み込もうとした瞬間、その前に一つの人影が現れる。

「BREAK!」

 その人影がコマンドを叫びながら片手をかざし、その業火を受け止める。
 全てを焼き尽くす業火は、その手から発せられた強制停止プログラムによって停止させられ、周辺を紅と灼熱で照らしながら、消滅していく。
 やがてようやく放出が終わると、その人影、イーシャは荒い呼吸をしながら、ボロボロになった片手を下げる。

「はっ、美味しい所持ってくな」「貴女は………」「だ、大丈夫?」

 いきなり現れたイーシャの姿に、それぞれ奥の手を使おうとしていた三人はイーシャに視線を集中させる。
 だがイーシャは元部下だったはずの存在にだけしか意識を向けていなかった。

「ダイス………一体どういう事だ………」
「は、はは、手前も邪魔するのか。そうだよ、手前は前から気に入らなかった………」

 イーシャの呼びかけに答えず、異形は視線をどこか虚ろにしながら、何かをぶつぶつと呟き続ける。
 そして、再度その銃身に炎が集束を開始した。

「またかよ!」
「CAL…」

 イーシャがキーボードをタイプするが、異形は銃口を突然下げる。
 直後に、反対側の銃口から業火が吹き上がり、上空で散開して炎の絨毯爆撃となって周辺に降り注ぐ。

「あちぃ!」「こんな手まで…!」「風よ!」

 降り注ぐ炎の絨毯爆撃に瑠璃香と由奈は頭をかばいながらなんとかかわし、マリーは風の精霊をぶつけて炎をそらせていく。

(変異して間もないはずなのに、能力が高過ぎる………どういう事だ?)

 イーシャも機敏に炎をかわしながら、再度キーボードをタイプしようとした所で視界が揺らぎ、バランスを崩しそうになって慌てて体勢を立て直す。

(先の戦闘、ポート無しのシフト、そしてあの砲撃のキャンセル、そろそろ限界か)

 無理をしすぎた事を自覚しながら、イーシャは短期決戦に持ち込むため、異形へと一気に迫る。

「CALL」

 イーシャは短縮設定されていたマーティーを召喚、具現化したマーティー《SKYCLAW》が自らの崩壊に伴った進路上のエーテル分解を巻き起こしつつ異形へと迫るが、異形の体から吹き出した炎がそれを迎撃する。
 だがそれによって生じた死角を潜るように接近したイーシャは、無事な方の手を異形へと押し当てる。
 コマンドを唱えようとイーシャが口を開くのと、異形が口を開くのは同時だった。
 異形の開かれた口腔から炎が溢れ出すのを、イーシャは零距離で目撃してしまう。

(コマンド発動、回避、間に合わない……!)

 何をする時間も無い事を悟ったイーシャがダメージを覚悟するが、吐き出された炎が直前で何かに阻まれ、周囲に拡散していく。

「急々如律令、勅!」

 更にイーシャを守るように、複数の呪符が彼女の周囲に張り巡らされ、結界を構成する。

「これは……」
「なるほど、こういう状況か」

 イーシャが驚く中、遅れて駆けつけながら彼女を守った空が、素早く次の呪符を取り出しつつ、焦土と化した周囲と目の前の異形を見て大体状況を理解する。

「そちらではヒューマンベースまで実戦投入してるのか」
「事前の検査では異常は無かったはずだ」

 呪符を手に問う空に、イーシャはダメージで持ち上がらなくなりつつある片手をそのままに、タイプするべく指を伸ばしながら応える。

「くそ、次から次へと!」
「それはこっちの台詞だぜ」
「最早逃しません」
「ヒューマンベース化した以上、見過ごすわけにいかないしね」

 異形が悪態をつく中、体勢を立て直した瑠璃香、由奈、マリーが異形を囲むように陣取る。

「ややこしい事になってるな、オイ」
「ある意味、単純にもなってるがな」

 後方で事後処理に当たる予定だったはずの尚継と陸も駆けつけ、更に護氏子の老人達やガーディアンスタッフ、戦闘可能なウォリアー達も周囲を包囲していく。

「目標ヒューマンベースのオーラ量は10万突破、更に増加を続けてる。限定Bクラス戦闘態勢、現状に置ける全武装使用許可。取り合えずデカいのをかますぞ」
『え?』

 陸の指示の最後を聞いたアドルのスタッフ全員が一斉にその場で伏せ、何事かを察したのかウォリアー達もそれに続き、混乱している十課や護氏子達も周囲にいた者達が伏せさせる。

「何を…」

 イーシャが思わず陸の方に振り返り、陸の手に握られている物、真上に向けられたレーザー光学信号発信装置を見て全てを悟る。

「上空衛星《キサラギ》、衛星砲発射」

 通信手段がイーシャの電子攻撃で封じられた中、レーザー発光で上空の人工衛星に発射プログラムを送るというアナクロな手段を取った陸が、笑みと共に発射信号を送信。
 直後、上空から高精度狙撃レーザー砲が発射、眩いばかりのエネルギーの奔流が異形を襲う。

「ぎぃやああああぁぁ!!」

 砲撃の余波に異形の絶叫が混ざって周囲を荒れ狂う。
 それが途切れるよりも早く、二つの人影が動いた。

「我、氷気を持ちて汝が在を禁ず!」
「CALL《SAW FISH》」

 異形に止めを刺すべく、呪符が突き刺さった鏢の刃と空飛ぶ骨魚の群れが襲い掛かるが、それをエネルギーの残滓がまだ消えきらぬ中から噴き出した炎が迎撃する。

「が、ああ、燃やす、手前ら………」

 砲撃の余波が収まり、その中から半身を消し飛ばされつつも銃腕だけは守りぬいた異形が、残った半身の各所から炎を漏らしつつ、怨嗟を漏らす。

「しぶといぜ!」
「一気に行きます! 宝技・《鳳翼ほうよく》!」

 瑠璃香が投げ捨てていたG・ホルグを拾って素早くマガジンを交換、由奈が拍手を打って両手を広げると、両腕の神器から流れ出した気が翼のような形を取る。

「そのまま伏せてて!」
「結界を張れる奴は張れ! まだあいつのオーラ量は高い!」

 マリーは精霊を周辺に展開させて防壁を作り上げ、陸の号令に残った者達は慌てて防御のために詠唱や能力を発動させていく。

「神と子と聖霊の名において!」
「はああぁぁ!」
「五行相克、オン!」

 瑠璃香が聖句と共に銃口を向け、由奈が光の翼を帯びた神器を振りかざし、更に居合いの体勢のまま駆け出してきた敬一も加わる。
 三種の攻撃が異形へと食い込もうとする中、突然その体が炎に包まれ、攻撃は全て空振りに終わった。

「なっ……」
「まだこんな余力が!?」
「どこだ!?」

 完全に止めを刺すはずだった攻撃が外れ、三人のみならず全員が慌てて周囲を探す。
 だが、いつまでたっても異形の姿は見当たらない。

「空、どうだ?」
「………どこにも見えない。島内にはいないようだ。残った力で島の結界を突破していったらしい」
「あの状態でかよ?」
「体を完全に炎に変えたのが見えたわ」
「そこまで変異していたとは………」

 相手が完全に消えた事を確認し合い、各々が戦闘態勢を解いていく。

「全ウォリアー、戦闘体勢解除。以後は…」

 イーシャも指示を出しかけた所で、突然その場に片膝をついた。

「イーシャさん!」「大丈夫ですか!?」
「救護班を…」「その手、浄化しねえと…」

 無理が祟ったのか、急激的に意識を失う中、イーシャは誰かに支えられたのを感じた。

「兄さん! すぐに治療を…」
(…誰だ?)

 支えてくれたのが誰かも確認できぬまま、イーシャは意識を失っていった………








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