DANCE WITH DARKNESS




1 START


 夜の帳が、街を覆い尽くす。
 文明という名の火を手にした人類が夜を恐れる物と考えなくなってから久しいが、今、それが人類のおごりであった事が、証明されようとしていた。

 街の明りが星の輝きすら打ち消し、ただ漆黒だけが支配する空を切り裂くように無数のビルが軒を連ねる街。
 その空を切り裂くオフィスビルの一つ、その屋上に、もはや深夜と言って過言ではない時間にもかかわらず、一人の女性がそこに立っていた。

『チーム シャーマン、所定位置に到達』
『チーム サマナー、所定位置にて待機中』
『チーム ビショップ、結界形成確認。目標は完全に結果内に補足』
『こちらミリオン タレント。いつでもいけるわよ!』

 通信から刻一刻と変化していく状況を聞きながら、彼女は眼下を見下ろした。
 視線の先には国内でも有数の大都市の街並みが広がり、夜の帳を拒絶するかのように輝いている。
 ビルの谷間を吹き抜けてきた風が彼女の衣服をそよがせる中、その時は来た。

『チーム シャーマン、目標と接触、戦闘に入ります!』
『ミリオン タレント、こっちもいくわ!』

 その通信が聞こえるとすぐに、通信機からは戦闘のざわめきが飛び込んてくる。

「BATTLE START」

 そう呟きながら、彼女は一気にビルの屋上から虚空へと身を躍らせた。
 夜の帳を切り裂きながら、彼女の体が地表へと落下していく。
 夜闇を拒絶する街の明りが、彼女の姿を露にした。
 均整の取れた全身をくすんだ銀色のボディスーツに包み、上着の代わりにもならないような丈の短いクリーム色のコートが風を受けてはためいている。
 彼女の両腕には、奇怪なユニットが装着されていた。肘から先、手首に至るまでを裏表それぞれ異なるユニットが彼女の細い腕を包んでいる。
 表側には最新型の柔弾性のディスプレイが、裏側には旧式のボタンタイプキーボードがそれぞれ取り付けられ、そこから伸びたコードが腰に取り付けられたHDユニットと、顔の上半分を完全に覆い隠している分厚いバイザー、そして彼女の首筋にあるコネクト端末に繋がっている。
 吹き抜ける風と街の明りが、彼女の一番の特徴である抜けるように白い髪と、バイザーの奥にある赤い瞳を映し出す。
 完全なアルピノの特性を持つ彼女は、自分の体がどんどんと地表に近づいていくのを恐怖せず、ただ駆け出すような体勢のまま、重力の手にその身を任せていく。
 そして、もはや地上からもその姿が完全に視認出来る高さにまで迫ってきた時、彼女の右腕が動き、繊細ささえ感じる指が右腕に取り付けられたキーボードを驚異的な速さでタイプした。

「CALL 《INTERSEPTER》」

 短いコマンドと共に、指がエンターキーを叩く。
 次の瞬間、バイザーにRUNマークが点滅し、そして突然右腕のディスプレイから光が飛び出した。
 それは、無数の光る極小のポリゴンだった。
 その無数のポリゴンは彼女の体を包むように移動し、瞬く間に何かの形を取っていく。
 そしてそれは、淡く青白い光を放ち、戦闘機を思わせる鋭角で金属質な翼と、肉隗とも生物とも思われる胴体を持つ奇怪な姿へと変貌した。
その奇怪な生命体のような物は、胴体から寄生生物のような無数の触手を伸ばし、彼女の体を絡める取る。
そしてそれは、彼女の背に装着された翼となった。

「GO」

 彼女の言葉と共に、それは自らの能力を発揮した。
 それまで重力に捕らわれていた彼女の体は、ただ落下するだけの物体から、闇を切り裂く飛行体へとその存在を変化させた。
 高速でビルの谷間を飛翔する彼女の瞳が、やがて目標を捕らえる。

「あれだな」

 その視線の先には、彼女の背中にいる物よりも、さらに奇怪な存在がいた。
 あえて言うならば、それは甲羅を持たない巨大な亀を思わせる存在だった。
 肉の塊のような胴体から生える短く太い足が意外な速さで路面を踏みしめ、大型バス程はあるその巨体を高速で移動させようとしていた。

「逃がすか!」
「食らえ!」

 その周囲には、彼女の物に似たこちらはグレーのボディスーツに身を包み、タクティカルベストを羽織った複数の男女が、その存在と交戦していた。

「いけえっ!」

 長髪の女性が、両手を前に突き出す。そこから放たれた無数の風の刃が、存在を切り刻む。

「くたばれっ!」

 短髪の若い男性が、存在を睨み付ける。彼の視線を追うように迸った業火が、存在を焼いた。
 自然現象を操作する“精霊使い”と呼ばれる類の能力者である彼らが、それぞれの操る火や風や水をぶつけるが、存在の巨体の前には致命傷にはほど遠いダメージしか与えられていない。

「おとなしくしてなさい!」

 そこへ、その場にいる中では一番背の高い人物が叫びながら、存在へと接近する。
 以外にも、それは地面まで届くような長い黒髪を持った女性だった。
 身長が2m近くある彼女は、そのスラリと伸びている肢体を、ランニングシャツとGパンだけの極めてラフな格好に身を包み、これも動きやすさだけ重視したスニーカーが路面を蹴って存在へと肉薄する。

「宝具・八束(やつか)!」

 存在の目と鼻の先で、その女性は叫びながら自らのロングヘアへと右手を突っ込んだ。
 そのロングヘアの中に、明らかに頭髪とは違う物体が混じって彼女の頭部から無数に生えている。
 緑色で柔軟性を持ったそれ、まるで植物のツタその物の物体が、女性の言葉に応じるように女性の右手に絡みつき、それ自体が絡みつきあいながら何らかの形を形成していき、そして女性の手の中に緑色の木刀を形成して残った部分は離れた。

「四式・闘技『剣(けん)』!」

 女性が一声叫ぶと、木刀が眩い光に包まれ、それは光の剣と化した。

「はあっ!」

 気合と同時に一閃された光の剣が、存在の巨体を大きく切り裂いた。存在が、重い雷鳴のような絶叫を口しか存在しない頭部から迸らせる。
 一度距離を取って変わった呼吸で力を蓄えようとした女性に向けて、存在が頭部をそちらに向けた。
 その牙も何もないただ巨大なだけの口から、突如として無数の雷が女性へと放たれた。

「わっ!」
「ユリさん!」

 横へと跳んでそれをよけた女性に、思わず風使いの女性が声をかける。

「何すんのよ!」

 体格の割に薄い胸を少し上下しながら、女性―ユリという名らしいーは少し驚いた顔をして体勢を整える。
 存在が、再度ユリに向けて雷を放つ。
 ユリは独自の呼吸法で力を蓄えながら軽快に左右に飛んでそれをかわしつつ、いつの間にか光の失われた木刀を髪へと戻す。
 木刀は髪の中でほつれるように形を失い、髪に混じるツタへと再度取り込まれて消える。

「来なさい!」

 力を蓄えたユリは、地面に片膝をついて身構えると、拍手を一つ打って両手を前へと突き出す。

「四式・闘技『鏡(きょう)』!」

 ユリの両手の前に、突然光の円盤が現れ、雷はそれに当たるが、完全にそれに阻まれて届かない。

「CALL 《SAW FISH》」

 そこへ、上空から飛来した彼女が、無数の羽の生えた骨だけの魚に似た怪物を複数呼び出し、存在へと襲い掛からせた。
 怪物は存在の頭部や首にに次々と食らいつくと、牙の生えた口で肉を食いちぎって飛び去り、そして再度襲い掛かる。

「イーシャ、ナイスタイミング!」
「そうか」

 女性―イーシャという名らしいーがユリの声に薄い唇に微笑を浮かべながら、地面へと降り立つ。

「RETURN」

 その背に生えた翼と空飛ぶ異形の魚が、イーシャの声と共に押されたブレイクキーに応じるように、無数のポリゴンとなって両腕のディスプレイに吸い込まれて消える。

「ルイスは?」
「あんなバカ知らないわよ、いつもの事でしょ」
「そうだな」

 苦笑しつつ、イーシャが両腕を胸の前でそれぞれ隙間を持って持ち上げる、変わった構えを取る。

「シャーマン、動きを止めろ!」
『了解!』

 周囲にいる精霊使い達が、いっせいに存在の足に攻撃を集中させ、その歩みを遅らせる。

「ユリ、一気にいくぞ」
「OK、宝具・手力(たぢから)!」

 ユリは今度は両手を髪の中に突っ込み、抜いた時にはその両手を緑色のガントレットが包んでいた。

「壱式・蓬莱(ほうらい)!」

 一呼吸で力を蓄え、ユリが一声叫ぶと、その両腕が突然一回り膨張した。

「CALL 《METAL KNIGHT、DYREYON》」

 イーシャの指がそれぞれのキーボードを素早くタイプし、左のディスプレイからRPGに出てくるような全身甲冑の騎士が、右のディスプレイから長大な牙とたてがみを持った獣が飛び出し、存在へと襲い掛かる。

「はっ!」

 ユリの放つ強力なアッパーカットが、存在の頭部を大きく跳ね上げ、そこに獣がその牙を突き立てる。
 首の根元には騎士のランスが突き刺さり、その足は無数の攻撃で傷ついていく。

「ヒュウウウゥゥ」

 息を吸いながら、両腕を心臓の前で十字に交差させる構えを取ったユリが、その構えから一気に間合いを詰めながら、猛烈なラッシュをかけた。

「とっとと、逝きなさい!」

 とどめとばかりにユリが強烈なストレートを存在に突き刺した。
 大きく咆哮した存在が、その足をでたらめに動かしてのた打ち回る。

「とど…」

 皆が勝利を確信し始めた瞬間、予想外の事態が突如として起きた。
 でたらめに動いていた足に合わせるように、存在の巨体が細く伸びていき、そしてそれは突然千切れてちょうど前後で二分され、それぞれが別の方向に逃げ出した。

「ぶ、分裂した!?」
「サマナー、そっちに半分行った!ソーサラーはサマナーの応援に向かえ!残る半分はこちらで処理する!」

 矢継ぎ早に命令を出しながら、イーシャは上半身の後を追おうとした。

「ケテル、ビナー、ゲブラー!」

 そこへ、下半身が逃げていった先から呪文が聞こえたかと思うと、突然爆発したかのような勢いで発火した。

「フ、フハハハハハ!」

 下半身が逃げようとしていた先から、突然哄笑が響き渡る。

「運が無かったな!このオレ様が相手だ!」
「あのバカ、どこから湧いて来たの…………」

ユリが呆れた声を出しつつ、哄笑の主を見た。その先、道を照らし出す街灯の上に、彼は立っていた。
全身を黒いコートで包み、先端に球と線で構成された奇妙なオブジェの付いた巨大なロッドを手にした赤髪の若い男性が、獰猛な笑みを浮かべながら、ロッドの先端を下半身へと向けた。

「ぶっつぶしてやる!」
「じゃあ、頼むぞルイス」

 イーシャの投げやりな指示に応えず、男性―ルイスは手にしたロッドを自らの頭上に掲げた。

「ケテル」

 呪文を一言呟くと、次にロッドを頭上の右上にかざす。

「コクマー」

 続けて反対側、頭上の左上にロッドをかざす。

「ビナー!」

 呪文を唱え、ルイスはロッドを下半身へと向けようとする。
 だが、そこへ何時の間にか存在しなかったはずの尾が伸び、巨大なムチと化してルイスへと襲い掛かる。

「待てないってか?せっかちだな!」

 街灯の上から飛び降りながら、ルイスはロッド振るって尾を弾き飛ばす。

「じゃあ超特急だ!」

 ルイスはロッドを自分の眼前に突き立て、上端にあるオブジェーカバラ魔術の奥義であるセフィロトの図形を示した物―の球の一つに指を当てる。

「ケセド、ゲブラー、ティファレド…」

 ルイスの指が、呪文と共にオブジェの球とそれを繋ぐ線をなぞっていき、それに応じるように下半身の体に、オブジェと同じ図形が浮かび上がっていく。

「ネツァク、ホド、イェソド、マルクト!」

 指が一番下の球にたどり着くと同時に、ロッドの上端を下半身へと突きつける。
 その時には、浮かび上がったセフィロトがまばゆいばかりの光を放っていた。

「アッシャー、メス!」

 ルイスの呪文が響くと、突然浮かび上がっていたセフィロトが崩れていき、それに続くように下半身もまるで砂細工のように崩れ、やがてそこにはチリ一つ残さず、すべてが完全に消失した。

「片付いたぜ」
『こちらもすぐだ』


「待てぃ!この半ガメ!」

 ユリが逃げていく上半身を追いかけるが、その予想以上の速さに段々差が開いていく。

「そうくるなら、こっちも………」

 一度止まったユリが、息を短く吸い込み、一度止めるとゆっくりと吐き出す。再度大きく息を吸い込むと、今度はそれを完全に肺に溜めて拍手を一つ打った。

「弐式・影燕(かげつばめ)!」

 一声叫ぶと、その姿が突如として掻き消える。次の瞬間には、その体は上半身の前方へと現れた。

「参式・火鼠(ひねずみ)!」

 もう一度拍手を打つと、今度はその両手が突如として炎に包まれた。

「ヒュウウウゥゥ」

 丸呑みにしようと迫ってくる口に見向きもせず、ユリは息を吸いつつ、炎に包まれた拳を眼前で叩きつけるように合わせ、ゆっくりと下げていく。

「フッ!」

 呼気と共に、踏み込みの音が周囲に響き渡り、同時に炎に包まれた拳が上半身の首の根元に叩き込まれた。

「鬼滅威神闘術(きめいしんとうじゅつ)宝技(ほうぎ)、《炎虎(えんこ)》」

 ユリが呟くと同時に、上半身の体内からユリの拳から叩き込まれた炎が噴き出す。

「CALL 《VARIANT》」

 そこへ追いついてきたイーシャが、エンターキーを叩く。
 ディスプレイから現れた無数のトゲの生えた奇怪なアメーバのような物が、イーシャの足へと絡み付いていく。

「ひゅっ」

 短い呼気と共にイーシャの体が宙へと跳び上がり、強力な右回し蹴りを全身から炎を噴き出しつつのた打ち回る上半身の頭部へと叩き込む。
 続けて左の後ろ回し蹴り、地面に降りてからハイ、ローのニ段蹴りからかかと落とし、続けて強力な蹴りが次々と叩き込まれ、最後にサマーソルトキックがよろめいて落ちてきいた頭部を完全に打ち上げる。
 崩れ落ちようとする上半身の首の根元に、イーシャは右手を当てた。

「BREAK」

 コマンドと共に、上半身の体が爆砕する。
 上空まで火の粉が吹き上げ、やがてそれは風に舞いながら地表へと降りてくる。

「BATTLE END」

 火の粉を全身に浴びながら、イーシャは小さく呟いた。


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