DANCE WITH DARKNESS




3 PREPARATION




 外部から完全に隔離された空間内で、その作業は行われていた。

「活性レベル、Bレベルに到達。以後、自然活性に移行しようわ」
「オーラレベル、依然ゆるやかに上昇、すでに2万5千まで行ってやがる…………」
「シールドは大丈夫なんか?」
「分からん。このままじゃぶち破られるのも時間の問題だな」
「ギアスユニットの組み込みはどないなっとる?」
「今システムが上がってきた。残るは例の奴だが………」

 空間内で、複数の人影が何かの作業を行っていた。その中央には、巨大な培養槽が設置され、周囲にいる人影はその培養槽に直結された装置を操作し、計器を見てはその上下に神経を尖らせる。

「生体レベルは完全に安定したな」
「………くたばらせてた方がよかったかもしれんな」
「おい!」

 作業の指示をしていた関西弁の人物が何気に行った言葉に、側にいた人物が注意を促す。
 その時、外部に唯一繋がる扉が開いた。

「状況は?」

 扉から入ってきた人物の声に、指示をしていた関西弁の人物が応えた。

「順調でおます。ただ、この様子やと当初の予定を大きく上回る数値が予想されます。制御不能になる可能性も………」
「なんとかしたまえ。そのために必要な物は揃えていえるはずだ」
「せやけど……」
「出来ない、と言うのかね?」
「その可能性も」

 断言とまでは行かなくても、確実性を含んだ否定の言葉に、人物が露骨に反応した。

「失敗は許されん。いいか、これの成功がこの街の運命を左右するんだぞ!?」
(この街の、やなくて会社の、だろう………)

 内心思った事を喉まで出しそうになって、人影は慌ててそれを押さえ込んだ。

「制御不能と判明した時点で、検体破棄の許可を。そうでないと、確実に暴走します」
「最善を尽くしたまえ」

 関西弁の人物はそれに応えず、強く己の拳を握り締める。
 その時、培養槽の中から低い咆哮が漏れてきた。

「活動レベルに到達、か………お前、なんでここにいるんや?」

 その問いに応えられる者は誰一人としていなかった。



「また派手にやりよったらしいな」
「まあな」

整備部と銘打たれた開発室の一室を、イーシャは開発状況を確かめるために訪れていた。
室内で研究員達が昨日の戦闘データの解析を行っている中、そこの主であるイーシャと同年代くらいの20代半ばくらいの薄汚れた白衣姿でメガネを掛けた化粧っ気の無い女性が、大量の機械部品やら実験器具で散らかり放題になっている開発用デスクを背に、イスにふんぞり返っていた。

「あんま偉いさん困らせたらいけへんで。給料減らされても知らんぞ」

“整備主任 坂原 勝美”と書かれたネームプレートを付けた関西弁の女性は、呆れながらコーヒーメーカーからそこいら辺にあるビーカーにコーヒーを注ぐ。

「給料が多少減っても、開発ソフトの特許収入があるしな。祖父が老人ホームに入る時、財産を全て私の名義に変更した分もある。すぐ生活に困るような事はない」
「か〜っ、これやからあかん。こっちは日銭稼ぐのに必死やのに、給料なんぞどうでもええってか」

 コーヒーの入ったビーカーを手渡しつつ、勝美が嫌そうな目でイーシャを見る。

「で、給料分の仕事は出来たか?」
「芳しくないわ」

 良質の豆を絶妙なブレンドで仕上げているが、使いすぎで色水一歩手前になっているコーヒーをすすりつつ、勝美はジャンク品かスクラップか分からない部品で埋まっている開発用デスクの一番手前に置いてある完成したばかりの品をイーシャに見せた。

「《インプラント・タリスマン》。前に説明した奴の試作品や。キルリアンレーダーを進化させたマジック・アナライズシステムと自己学習AIが相手の術式を判定、自動的に対抗術式を発動させるスグレモン………のはずなんやが」

 無数の機器に接続された、ソフトボールとサッカーボールの中間くらいの大きさの半球型ディスプレイが中枢を占める装置をしげしげと見つめながら、イーシャが問うた。

「問題点が?」
「一つは肝心かなめのオーラ・ブースターの性能が悪すぎる。今のままじゃせいぜい交通安全のお守りくらいの効果が出せるかどうかや。もう一つはこれをどう装備するかや。外装型じゃ能率が悪すぎる、埋め込み型にしたんはいいが、もっとコンパクトにせんとチャクラ・ラインを阻害して本末転倒な結果になるわ」

 コーヒーをすすりつつ、勝美が頭をかきつつ顔をしかめる。

「オーラ・ブースターの問題は高位の能力者を使って、サイズの問題は埋め込み型と外装型の機能分割でどうにかならないか?」

 イーシャの提案に、勝美は更に顔をしかめた。

「誰にやれ言うんや?あんたの体はそれ以上いじるとチャクラ・ラインに問題が起こるし、ユリは体いじられるの嫌がるし、ルイスに至っては戦闘時以外音信不通やし」
「今なら医務室にいるはずだが?」
「また二人して医務室送りにしよったか。ま、自業自得やさかい、今の内にやってまうか…」
「姉ちゃん」

 意地の悪い笑みを浮かべた勝美に、若い男性の声が掛けられた。

「どした、勝也」
「ルイスの奴見んかった?」

 声を掛けながら室内に入ってきた勝美と同じ顔をした、こちらは清潔その物の白衣姿で同じくメガネを掛けた男性が勝美のそばへと近寄る。

「また消えたんか?」
「ああ、人がちと留守にしとる合間に」

 二人並ぶと、服装の汚れと性別以外区別がつかない二人―ようは唯の双子―がお互い渋い顔で向き合う。

「医務室運び込まれた時の診察じゃ全治2ヶ月やったはずなのに、気付くとおらへんし、次に見る時はピンピンしとる。オレ医者辞めたくなってくるで………」
「だから言うたろ?次、運び込まれた時遠慮なく解剖してまえって」
「私も前から不思議には思っていた所だ。いくら魔法使いとはいえ、あいつは不死身すぎるからな」
「多分心臓ぶち抜いても生きとるんちゃうか?」
「それやったらオレ本当に医者辞めるわ………」

 ため息をつきつつ、自分の手で棚から取り出した紙コップにコーヒーを注いだ勝也が、それを一口すすると盛大に吹き出した。

「姉ちゃん!これ出がらしになっとるやないか!あれ程コマ目に豆変えといて言うたやん!」
「あ〜?そんな事しとる暇あるかい。こっちはこれの製作で忙しかったやんや」
「人がせっかくブレンドしたのを………」

 ぶつぶつ文句を言いながら、勝也が完成したばかりの物を覗き込む。

「これか?前言ってたん?」
「そ。ちなみに失敗作や」

 それのサイズがA3絵画並にあるのを確認した勝也が、露骨に顔をしかめる。

「こんなデカイの、人間に埋め込めんやろ………もうちょい考えて物作ってや」
「稼動状態検査の試作品や。一応動く事は分かったから、もう用済みや。ゴミにでも出しとけ」
「………リサイクルという言葉を知っているか?」

 イーシャの突っ込みに、勝美が憮然とした顔をする。

「回路図から見直しや、リサイクルしようもない」
「後で手伝おう。上手くいけば私に組み込めるかもしれんからな」
「だ〜か〜ら、それ以上体いじるなって」

 女二人でデータの見直しを始めたのを横目に、勝也が改めて完成した《インプラント・タリスマン》を見た。
 その手に握られた紙コップ内のコーヒーが、手の震えによる波紋を立てているのに気付く者はいなかった。
………それが、これから始まる事件の始まりだと分かる者も。



 必要なだけの灯りをつけた薄暗い職場で、イーシャは無言でキーボードを叩き続けていた。
 旧式のボタンタイプのキーボードを流れるような指さばきで叩き、眼前にあるディスプレイ上を凄まじいスピードで流れていくデータを読み取りながら、同時に首筋のコネクタから直接流れてくる機密性の高いデータと脳内で照合し、様々なシュミレートを掛けては出てきた結果を検討、優先順位を付けては次々と保存していく。
 かれこれ五時間以上その作業を休み無く続けていたイーシャが、ふと腕時計型の多機能デバイスにメールが届いた事に気付いた。

『無理しないでそろそろ帰ってきたら?忙しいのは分かるけど、あんたがダウンしたらそっちの方が大問題なんだから。夕飯ムダにしたくなかったら日付が変わる前に帰ってくる事。いいわね?』

 再生させてそれがユリからのメールである事に気付いたイーシャが苦笑する。

(前は平然と徹夜してた物なんだがな………)

 社内で平然と夜を明かす事を繰り返し、その結果の残業時間に顔を青くした経理が即効で就業内容の見直しと、健康測定を勧告してきた事を思い出しつつ、イーシャは時刻を確かめる。

(22:00過ぎたか………日付が変わる寸前に帰るとまた怒られそうだからな)

 時刻という物をスケジュール調整の為の基準数値としか考えていない自分と、数値と割り切れないユリとの差を可笑しく思いながら、シュミレート内容をまとめて保存した時、突然何かを感じた。

(何だ?…………近い………それにこれは…………)

 立ち上がったイーシャが、デスクの通信アイコンを素早く操作して宿直室に繋いだ。

『はい、こちら警備部宿直室…ってイーシャさんですか』
「感じたか?」

 イーシャの質問に、応対に出た年配の男性が小さく頷いた。

『ええ、何かが目覚めた………出撃準備をしますか?』
「総員に非常召集を。現在即時出撃可能なウォリアーは?」
『私を含めてチーム ビショップのメンバーが5名。後は即時出撃は不可能です』
「急げ。とんでもなく凶悪な奴のようだ」

 デスクの棚から、予備用の装備を取り出しながらイーシャが指示を出す。
 それと同時に、多機能デバイスが電話の着信を告げた。

『イーシャ!何が起きたの!?』

 非常用の強制着信コードを使ったらしく、こちらが取るより早く電話口からユリの慌てた声が響いてくる。

「そちらでも気付いたか」
『気付くわよ!なんで街中でそんな凶悪な妖気が一遍に出現するのよ!』
「要因は幾らでも考えられる。古代の封印の破壊、術者による大規模召喚、当事者の結界開放。ただ非友好的な存在らしいのは確かだ」
『そんなの後!すぐにそっち向かうわ!』
「頼む」

 両腕にOIU(出力入力一体型)ユニットをはめ、リモートリンク機構とHMD(ヘッドマウントディスプレイ)機能を兼ね備えた異様にゴツいゴーグルをかぶり、超高速度CPUを内臓したHDユニットを腰にセットしてその全てをコードで繋ぎ、最後に首筋のコネクタに接続する。

「LINK」

 コマンドと同時に、装備の全システムが起動する。

「DIRECT REFERENCE」

 検索コマンドを実行。シティ内に防犯名目で設置された各種センサーと、上空衛星からのありとあらゆる膨大なデータがイーシャの脳内に雪崩れ込む。

「これは!?」

 それらからある事実に気付いたイーシャが、愕然として足元を見た。

「真下………だと?」


「ギアスレベルを上げるんや!」
「シールド発生装置修復不能!もう留めておけない!」
「ダメだ!ギアス・パルスが逆流している!これじゃ逆に……」

 そこでは、混乱が加速していく一方だった。
狭い室内には無数の指示と警報、そして悲鳴が響く。

「システムを全部切るんや!このままじゃ逆にあいつに力を与えるだけやぞ!」
「制御を段々受け付けなくなってきている!まさか機器を乗っ取ってきているのか!?」

 そこへ、地の底から天まで響くような、獣の咆哮が大きく響き渡る。

「ヒィッ!?」

 必死に制御を試みていた一人が、思わず首をすくめる。
「まずい!内圧を限界まで上げるんや!手動でも出来るはず…」

 最後の抵抗を試みていた人物の指示は、培養槽にヒビが入る音で途切れる。

「バカな……深海開発用の耐高圧アクリルだぞ……ロケット弾でもヒビ一つ………」

 誰かが呆然と呟く中、更なるヒビが走る。

「ダメだ…………出る………」
「!退避…」

 培養槽が、一瞬にして木っ端微塵に砕け散る。
 あとはただ、獰猛な咆哮だけが、その場に満ちていた。


「このビル内!?」
「何でだ!?さっきまで何も感じなかったのに!?」
『騒ぐのは後だ。他の連中が来るまで持ち応えろ。すぐにそちらに向かう』

“チーム ビショップ”、主に宗教関係組織から何らかの理由で出奔した術者からなる、浄化、結界術に精通した術者からなるウォリアー達が、大慌てで出撃準備を整えながら、イーシャの指示に従う。

『このビル自体を浄化系結界で封印しろ。魔の類だけ出れなくすればいい。相手の正体が分かるまで交戦は控えろ』
「了か…」

 復唱の途中で、相手の声が突然途絶える。

『?どうした?』
「キャアアァァァ!」

 悲鳴が、質問の返答だった。

「オン!」
「アーメン!」

 複数の呪文が唱えられる。
 だが、それが術を具現化したにも関わらず、別の悲鳴がその場に響き渡る。

「うわああぁぁ!」
「何、バカな…」
『SHIFT!』

 異常を察したイーシャがコマンドを実行。接続されたままの通信用アイコンをそのまま魔方陣とし、瞬間転移用コマンドが具現化し、イーシャの体を順次に電子情報に変換、情報損失防止のプロテクトを施しつつ圧縮、社内データネットのルートを向こう側のアイコンへと移動させて解凍、元の物理存在へと変換させた。

「これは………」

 時間にしてほんの数秒の間に、そこは彼女の知っている部屋とは激変していた。

「……何があった?」

 そこには、無残な屍どころか無数の肉塊と化したチーム ビショップのウォリアー達の姿が有った。

(不意を突かれたにしても、早過ぎる。残留オーラから見ても、何がしかの術を使ったのは間違いない。だが、これは……)

 そこで、死体が四つしかない事に気付いたイーシャが、外側から破壊されているドアに目を向ける。

「BATTLE START」

 戦闘用システムの実行コマンドを唱えながら、イーシャがようやく血臭の立ち込めてきた部屋から、通路へと飛び出す。

「CALL」

 右手が素早く左腕のキーボードの短縮キーを叩き、短縮設定されていたイーシャの脳内HiRAMユニットの指定セクタを開放、そこに圧縮封印されていたマーティーを唱えられたコマンドの支配下に置きながら、物理世界に具現化させる。
 具現化したマーティー《SKYCLAW》が自らの崩壊に伴った進路上のエーテル分解を巻き起こしつつ、宙を切り裂く。
 そしてその先に存在した何かに命中し、その体を切り裂いた。
 負傷したそれが、大きな咆哮を上げる。
 それに臆する事無く、イーシャは戦闘態勢を取った。

「こいつは?」

 そこにいたのは、巨大な獣だった。
 まるで子牛を思わせる体から見ても不釣合いな大きな頭部には大きく裂けた口とそこから飛び出した長い牙が覗き、狼のような直立した耳がこちらを探るように小刻みに動いている。
 胴体を長い剛毛で覆い、そこから床をのたうつような長さの尾が伸びている。
 敢えて例えるなら“奇怪な狼”を思わせるの獣は、低く唸りながらイーシャへと向き直る。

「!」

 その口から血が滴り落ち、牙に髪のような物が巻きついている事に気付いたイーシャが身を強張らせる。
 獣の背後に、人影らしき物が転がっていた。しかし、その腕は明らかに胴体から繋がっているべき位置になかった。

「貴様………食ったのか?」

 獣が応えるはずもなく、それは総毛立たせてイーシャへと襲い掛かる。
 その巨体からは想像もつかないような敏捷さで、獣は猫科の猛獣を思わせるような鉤爪をイーシャの体に突き刺そうとする。

「ふっ!」

 体を沈み込ませるように前進して爪から逃れたイーシャが、全身のバネをいかして跳ね上がりながら、鋭いヒザを獣の顎に叩き込む。
 悲鳴を上げてのけぞった獣の腹にイーシャは右手を押し付けると、コマンドを唱えた。

「BREAK」

 手に触れている物体の構成をクラッシュさせるイーシャの必殺技が、獣に炸裂する。
 絶叫を上げながら、獣が床へと崩れ落ちる。
 全身から小さなスパークと電子臭を放ちながら転がっている獣にトドメを刺そうとしたイーシャの目が、獣の胴体に埋め込まれている物の存在を捕らえた。

「これは!?」

 それが何かイーシャが気付くのと、それが起動するのは同時だった。
 半球型のディスプレイに魔法陣が描き出されていき、そしてそれに獣の力が注ぎ込まれていく。

「CALL 《INTERSEPTER》」

 危険を感じたイーシャが、高速移動用のマーティーを召喚する。
 自らの背に寄生した翼を使って航空力学を無視した背後への高速移動をしつつ、イーシャが獣に起きている変化を冷静に観察した。
 獣に埋め込まれていた物、今日見せられたばかりの《インプラント・タリスマン》が起動し、半球形ディスプレイに描き出された魔方陣に沿った効果が発動する。

(あの魔法陣は確か聖書式白魔術の回復術か?あれは対抗術式を自動起動させる物のはずだが?)

 淡い光と共に獣の傷が塞がっていく光景を脳内HiRAMユニットに記録しつつ、イーシャの指は素早くコマンドをタイプ。

「CALL 《SAW FISH》」

 無数の空飛ぶ骨魚が獣に襲い掛かるが、再び《インプラント・タリスマン》が起動、障壁を作り出してそれを阻んだ。

(結界まで?という事は………)

 イーシャは考えながら、両手が素早くそれぞれのキーボードをタイプ、相手の反撃よりも早く次の手を放った。

「CALL 《MACROPHAGE、BK WALL》」

 右腕のディスプレイから鋭い牙が無数に生えた口を持った巨大な半透明の地虫が、左腕のディスプレイから絶えず体色を変化させつづける無数の発光体の塊が飛び出す。
 こちらに襲い掛かろうとした獣を、巨大な地虫が一口でそれを丸呑みにし、蛇がごとくその場にとぐろを撒いた。

「《BKWALL》PROTECT・PATTERN zh!」

 さらにその地虫の手前で発光体は突如として無数に分裂し、地虫を取り囲むと全く同一のパターンで発行し始め、そしてそれぞれを基点として構成された無数の障壁で結界を作り出してその場に地虫ごと獣を封印した。

「これでしばらくは持つか?」

 先程獣の結界に弾かれたままになっていた《SAW FISH》を用心のために結界の周囲に配置しつつ、イーシャは体内オーラのセーブのために背に生えていた翼を解除して脳内HiRAMユニットに戻す。

「なんなんだ、こいつは…………」

《MACROPHAGE》の体内でもがく獣を注意深く観察しようとした時、獣が突如として大きな咆哮を上げた。それに呼応するかのように、《MACROPHAGE》が暴れだす。

「なに?」

 ゴーグルに映し出される《MACROPHAGE》の状態を示す数値が激しく変動を始める。

「まさか!」

 イーシャの顔に疑惑が浮かんだ刹那、獣が咆哮と共に《MACROPHAGE》の体を突き破る。

「!」

 そのままの勢いで《BK WALL》の結界を一撃で破壊する。

「《SAW FISH》COUNTER!」

とっさにイーシャは待機させていた《SAW FISH》に迎撃命令を出す。
が、獣は襲い掛かってきた《SAW FISH》を全身に食らいつかせたまま、イーシャの喉笛を食い千切ろうと襲い掛かる。

「!!」

 迎撃が間に合わない事を察しながら、イーシャが右足を一閃させようとした時、どこからか飛んできたロッドが両者の間の空間を穿った。

「Ω!」

 一言のギリシアアルファベットの“終わり”を告げる呪文が、ロッドを基点として結界を構成して獣の牙をイーシャの寸前で阻む。

「助かった」
「礼は体で後払いで頼む!」

 ロッドを投げ、結界を作り出した人物―ルイスがイーシャの隣に並ぶと壁に突き刺さっていたロッドを引き抜く。

「なんで、こいつがここにいる?」

 日中イーシャとユリの二人掛かりで付けられた傷が何故かいつも通り跡形もなく消えているルイスの頬を、一筋の汗が流れ落ちる。

「知っているのか?」
「ああ、最悪の奴だ…………」

 いつも自信過剰のルイスが珍しく緊張しているのに気付いたイーシャが、全てのマーティーを戻して相手の再襲撃を警戒する。

「ユリはいつ来る?」
「現在ここから7ブロック先、3分とかからないだろう」
「……そうか」

 ロッドの先端を獣へと向けながら、ルイスが臨戦体勢を取る。

「気をつけろ、セイント三人掛かりでも勝ち目は薄い」
「なんなんだ、あいつは?」
「あいつは…」

 ルイスの返答よりも、獣が再度襲い掛かってくる方が先だった。

「クソッ!」

 ルイスのロッドが素早く虚空にシジルを描き、ロッドに無数の雷をまとわせて獣の顎(あざと)を寸前で受け止める。

「相手になってやるぜ!“魔獣王 ベート”!」
「ベート!?あいつが!?」

 その名に覚えがあったイーシャの驚愕に見開いた目に、《インプラント・タリスマン》の起動が飛び込んでくる。

「離れろルイス!」
「?」

 意図を理解出来ぬまま、ルイスが“ベート”と呼ばれた獣を振り払う。
 振り払われる寸前に、ルイスのロッドから雷が焼失する。

「!?魔術を無効化しただと!?」
「気をつけろ!一度使った術は覚えられる!」
「どういう事だ!」

 繰り出された牙を紙一重でかわしたルイスが、ベートの胴体をロッドで力任せに殴りつける。

「なんだこれは?」
「そいつが手品のタネだ」

 胴体に埋め込まれた《インプラント・タリスマン》に気付いたルイスが直感的にその正体を察する。

「魔術の自動解析、解除装置だと?誰だそんな物作ったバカは!」
「勝美が作ったプロトタイプだ。失敗作と言ってたはずなのだが………」

 その言葉を否定するように、再度《インプラント・タリスマン》が発動、ベートの全身から無数の光弾が放たれる。

「攻撃も出来るだと!?」
「バカな、そこまでの機能は無かったはずだ!」

 光弾をかわし、弾きながら二人が叫ぶ。
 そこに光弾に紛れて接近したベートがルイスを狙う。

「なめるなあぁぁ!!」

 ルイスがロッドの上端のセフィロトを象ったオブジェをベートの顔面に叩きつけつつ、空いた手をオブジェに添える。

「メス!」

 “死”を意味するヘブライ語の簡略化呪文が発動し、ベートの顔面を砂のように砕いた。

「動きを止めろ!完全消失を架ける!」
「CALL 《VARIANT、METAL KNIGHT》」

 イーシャが攻撃補助用のマーティー《VARIANT》を召喚して両足にまとわりつかせる。

「《METAL KNIGHT》ATTACK・PATTERN C」

 イーシャの攻撃命令を受けて、全身甲冑の騎士の姿をした《METAL KNIGHT》が手にしたランスを構え、ベートに突撃する。
顔面を再生させつつあったベートは、勢いをつけて一直線に繰り出されたランスを長い尻尾で振り払い、逆に《METAL KNIGHT》に飛び掛ろうとする。

「JUST!」

 それを狙っていたイーシャは《METAL KNIGHT》の背後(ベートの死角)から背と肩を足場にジャンプし、同じく宙に浮いていたベートの腹に《VARIANT》のサポートを受けた蹴りを叩き込む。

「《METAL KNIGHT》ATTACK!」

 空中で大きく姿勢をくずしたベートに、《METAL KNIGHT》が手にしたランスでベートを壁に縫い付けた。

「ルイス!」
「分かってる。ケテル、コクマー、ビナー…」

 イーシャが着地するより早く、ルイスが手にしたロッドを振りかざしながら、呪文を唱え始める。
 ベートの体にセフィロトの図形を示す球体が呪文に応じて一つ、また一つと現れ始める。

「ケセド、ゲブラー、ティファレド…」

 呪文が完成に近づくのを阻止するかのように、ベートに埋め込まれた《インプラント・タリスマン》が起動し始める。

「ネツァク、ホド…」

 焦りがあるのか、ルイスの呪文がいささか早くなり始める。
 それに抗するかのように、ベートの口から唸り声が漏れ始め、それに応じて半球形ディスプレイに幾つもの魔法陣が矢継ぎ早に映し出されていく。

「アッシャー、メス!」

 ルイスの呪文の完成と、ベートの咆哮が同時に響いた。
 途端、ベートの体から膨大な閃光が溢れ出す。

「メス!メス!メス!」

 閃光を防ぐため、ゴーグルの閃光遮断素子が発動して視界を塞がれたイーシャの耳に、ルイスが連続して唱える呪文と、ベートの咆哮だけが響きまくる。

「汝が真理、すでに潰えん!三界が理を解き、去るべし!」

 ルイスの呪文が一際大きく響く中、閃光がまるで爆発のごとき勢いで周囲を埋め尽くす。

「まだ滅んでいない!来るぞ!」
「CALL 《DYREYON》」

 視界が回復しないまま、ルイスの声に応じてイーシャが獣の姿をしたマーティーを召喚して攻撃に備えた。
 しかし、予想に反して攻撃は来なかった。

「!?」
「いない!?」

 閃光が消えたその場には、呆然と立つ二人と先程食い殺された死体だけが転がり、先程まで激戦を繰り広げていたはずのベートの姿はどこにも無かった。

「どこだ!遠くには行っていない!」
「SERCH LV MAX」

 イーシャが建物内とその周辺に設置されている全センサーを起動、検索を開始するがどのセンサーにも相手らしい反応は完治されない。

「いない?どうなっている!?」
「オレ様が知るか!まさか転移術まで使いやがるとは…………」

 ルイスが腹立ち紛れにロッドを床に叩きつける。
 砕けた樹脂が周囲に飛び散る音に混じって、ようやく駆けつけたユリの足音が、ただ虚しく廊下に響いていた。



「?」

 なんとなく感じた悪寒に、会社の残業帰りの橘 玲子(22才、独身)は周囲を見回す。

「やだなあ……何かいるのかしら?」

 小さい時から妙に感の鋭い所があった彼女は、辺りに何かー場合によっては生物以外の存在も含むーがいるのを予感して思わず立ちすくむ。

「痴漢や強盗じゃなきゃいいんだけど………」

 犯罪者がいる可能性を考えて、それをすぐに否定。
 実質的に“企業”が支配するこの街では、企業のイメージアップの一環として完全民営化され、企業体の指揮下にある警察が治安維持に力を入れている。
“犯罪者のもっとも住み難い街”のコピーが外灯の柱に張ってあるのを見た彼女が、その時悪寒が消える所か、益々酷くなってきている事に気付いた。

「な、なに?」

 悪寒どころか、全身が何かに反応して硬直していく。
 それが、生死に関わる危機を感じた物だという事に、今までの人生で危険に携わった事の無い彼女は気付けなかった。

「なにが……いるの?」

 その時、背後から物音を聞いた彼女は思わず振り返った。
 次の瞬間、彼女の喉笛に鋭い牙が深々と食い込んでいた。



 無数のパトカーの奏でるサイレンの合唱をガラス越しに聞きながら、イーシャは先程から眼前のディスプレイに映し出されているこの街のマップに、また一つ×印が増えた事を確認する。

「6人目、か」
「どうなってんの!?こっちは徹夜で探したのに尻尾すら掴ませないなんて!」

 白々と開けてきた空を見ながら、ユリが拳を壁に叩きつける。
 逃走したベートをセイント、ウォリアー総員で探索したにも関わらず、それをあざ笑うがごとくベートによる物と思われる殺人事件が連続していた。

「やば過ぎる展開になってきやがった………」

 フラリと戻ってきたルイスがそう呟きながら適当なイスに腰掛ける。

「あいつは、おそらくもうこの街にいない」
「じゃあ、どこに行った?」
「おそらく…」

 ルイスの言葉の途中で、全員がドアの方に振り向くのと、そのドアがいきなり突き破られるのは同時だった。

「こいつは!?」

 突き破られたドアから、突如として古代中国の甲冑姿の魔神達が雪崩れ込み、思わず立ち上がった三人に瞬時に手にした得物を突きつける。
 三人が動けなくなってようやく、セキュリティが不法侵入者有りの警報を鳴らし始めた。

「じゅ、十二神将(じゅうにしんしょう)………」
「釈明があるなら聞くぞ」

 警報がやかましく鳴り響く中、十二神将―土御門家に伝わる陰陽道最強の式神を従えた星哉が、ゆっくりとイーシャに歩み寄る。その全身から、怒気が溢れているのが傍目から見てとれた。

「何のつもりだ、てめえ……」
「それはこちらの台詞だ!今朝方、陰陽寮に使える女性三人が何物かに食い殺された!偶然その場に居合わせた者が、その犯人は体に奇妙な装置を埋め込んだ巨大な獣だったと証言している!そんな物が作れるのは貴様らの組織だけだ!」
「あ、あの、落ち着いて話し合いなんてしたいなあ〜、なんて………」

 ユリの一言に、十二神将の得物が彼女の喉元に突きつけられる。

「話し合い?生憎とこちらはそんな気持ちは毛ほども無い」
「……そうか、こちらも一度てめえとはハッキリ白黒付けたかったんだ…………」
「待て、ルイス!」

 十二神将に囲まれながらもロッドを手に戦闘態勢を取ろうとするルイスをイーシャが止めようとするが、その動きを他の十二神将が阻む。

「いいだろう、お前の“魔法”とオレの“陰陽術”、どちらが上かを今ここで決めてやる!」
「来い!」

 二人の指が印とシジルを描こうとした瞬間、突然両者の間を何かが貫き、壁へと突き刺さる。

「お待ちください!坊ちゃま!」

 それは、一本の和槍だった。声のした方を皆が振り向くと、そこには慌てて来たのか息が上がっている桜の姿があった。

「止めるな、桜!」
「お待ちください!話を聞いてからでも遅くありません!もしアレがここで作られたからとしても、彼らが関与しているとは限りません!」
「そうよ!イーシャなんか危うく食べられそうになったんだから!」
「自業自得だ!」
「ごちゃごちゃ言ってる暇があったら、こっちから行くぞ!」
「一度引けルイス!」
「来るなら来い!1対3でもこちらは全然構わん!」
「ちょっと待てええぇぇぇぇ!」
「ハアアァァッ!!」

 呪文の詠唱を始めた星哉とルイスの間に割って入った桜が、壁から槍を引き抜くと、普段の穏やかな様子からは想像もつかない裂帛の気合と共に、槍を一閃させた。

「小玉家第四十三代目当主、小玉 桜。光背一振流(こうはいいっしんりゅう)正当後継の槍に架けて、あなた方を止めます。よろしいですか?」
「…………分かった」
「チッ…………」

 桜の気合に押されるような形で、二人は唱えかけた呪文を中断した。

「話だけは聞いてやる。とっとと話せ」

 指を一つ鳴らして十二神将を戻した星哉が、未だ敵対心を剥き出しにしたままそばにあったイスに腰掛けた。

「話といっても、こちらもまだ詳細は掴んでいないというのが実情だ」

 社内セキュリティに警報停止のコマンドを送りながら、イーシャが説明を始めた。

「………本当か?」
「分かっている事と分からない事の接点が見つからないというのが正しいだがな」

 イーシャの説明に横槍を入れながらも、ルイスがデスクに腰かける。

「分かっているのは、アレが昨夜22時14分頃にこの地下から出現し、こちらのチーム ビショップを皆殺しにした後、私とルイス相手に交戦、逃走した。その後、この街で判明しているだけで6人の女性を食い殺している」
「こちらで更に3人食ったわけか…………」
「だとしたら、恐ろしい食欲だ。普通の肉食獣の食べる平均量を軽く上回っているな…………」
「あいつは獣じゃない。魔獣の王だ」
「魔獣の王?そう言えばルイス昨夜もそんな事言ってたけど、どういう事?」

 ユリの素朴な疑問に、全員の視線がルイスに集まる。ルイスはしばし考えた後、ゆっくりと話し始めた。

「間違いない。あいつは、“魔獣王 ベート”だ」
「ベート、確か18世紀にフランスに現れて多数の犠牲者を出した、謎の猛獣の事だったな」
「そんな奴がなんで21世紀の今にいるというのだ」

 イーシャの説明を聞いた星哉の質問に、ルイスは固い顔で言葉を続ける。

「あいつがどこで生まれて、どこから来たのか知る者は誰もいない。伝承にある通り、夜中にのみ出没して女子供を襲い、それを食らって自分の魔力を恐ろしい勢いで増幅させる。何人もの術者が退治を試みたが、なもなかの術者では、逆にやつの餌になるだけだったそうだ。そのあまりの力を危険視した魔術師達が、総力を決して奴に戦いを挑んだ。そして激戦の末、奴を封じる事に成功したらしい」
「ちょっと待て。確か、ベートと思われる巨大な狼が射殺されたという話が有ったはずだが?」

 イーシャが脳内の生身の方から思い出した事を述べるが、ルイスはそれを否定した。

「それは事実の隠蔽のために作られたホムンクルスだ。本物は封印の後、存在の全てを抹消された。オレも昔唯一残った記録を読んだ事があるだけだ」
「つまり、どこかの誰かが、そのベートを発見して…」
「この街に運び込み」
「そして改造を施した」
「何のために、そんな事を?」
「簡単や、自分達の言う事を聞く飼い犬にするつもりやったんや」

 突然割り込んできた女性の声に、皆の視線がそちらに集中する。そこには、憔悴しきった勝也を連れた勝美の姿が有った。

「飼い犬?どういう事だ」
「イーシャの作り出したマーティ制御用プラグラムを改良したギアス・ユニットとウチの作ったインプラント・タリスマン。それらを休眠状態にある魔物に組み込んだ後に覚醒させ、強力な戦闘力を持ったまま、自分達に忠実な手駒にする。悪知恵ばかり回るエライさんの考えそうな事や」
「……思いっきり失敗してるじゃないの」
「考えが甘すぎたんや………あいつがそないに恐ろしい魔獣だとは聞かされてへんかった」

 勝也が蚊の鳴くような声で呟き始めた。

「恐らく、話したら絶対に開発を断念すると考えてわざと、話さなかったんだろう。連中のよくやる事だ」

その表情に濃い苦渋の表情が浮かぶ。

「だから、あいつの力を過小評価しすぎてたんや………ユニットの埋め込みも神経系の接続も問題は無かった……そやけど、覚醒処置を取ると同時に、ギアスパルスが逆流して、逆にこちらの機器をあいつが乗っ取り始めて…………気付いた時には、壊れた機材に埋もれてたワイだけが生き残ってて、後は皆あいつに食い殺されとった…………」
「つまり、貴様があれを作り出したのか!」

 星哉が瞬時に懐から取り出した独鈷杵(どっこしょ=陰陽や密教で使われる先端の尖った法具)を勝也の喉元に突きつける。

「坊ちゃま!」
「今度こそ止めるな!」
「『鏡!』」

 独鈷杵が振り下ろされた瞬間、とっさにユリが投じた符が勝也の眼前で光の円盤に変じて、それを防いだ。

「落ち着け。責任の追求は後だ。こうなった以上、彼の知識が必要不可欠になってくる」
「悪人をかばうのが貴様らのやり方か?」
「……覚悟は……出来てます」

 断罪を執行しようとする者、それを望む者、そしてそれを阻もうとする者の三者に分かれた者達の間で、緊迫した空気がその場に満ちていく。
 しかし、それは予想外の展開で覆された。

「そこまでや、弟は殺させへんで」

 星哉の背後から、勝美が懐から取り出した拳銃を構えていた。

「姉ちゃん………」
「勝也を殺したければ、まずウチから殺せ。弟を守るのは姉の勤めやからな」
「殊勝な事だな……」
「坊ちゃま、これくらいにしておきましょう。意味も無く死者を出す事なぞ誰も望んでおりません」
「………」

 その場に自分の味方が誰もいない事を知った星哉が、手にした独鈷杵を黙って下ろす。

「姉に感謝する事だな」
「姉ちゃん……ゴメン…………ワイ、みんなの手助けになろうと思って……あんな事………成功すれば、妖魔相手にみんなが危険な戦いせんですむ思うて…………」
「分かっとる、みんな分かっとる…………」

 泣き崩れる勝也の肩を、勝美が優しく抱きしめた。

「ふん、感涙ドラマなら勝手にしていろ。最早この件には陰陽寮は関与しない…」
「そういう訳には行かなくなってるぜ」

 その場を去ろうとした星哉を、ルイスの一言が呼び止めた。

「これ以上、貴様らの尻拭いを手伝えと言うのか?」
「いや、そうじゃねえ。昨夜闘った時に気付いた事を少しばかり調べてみた。あいつに食い殺された死体は、程度の違いが多少あるが、全員心臓、肝臓、そして脳が食われていた。これが何を意味するかくらい、貴様なら分かるだろ?」
「心臓、肝臓に、脳……だと?まさか、補完の行か!?」

 心臓は生命力、肝臓は魔力、そして脳は知力を意味し、それを食す事で力を得る邪法を思い当たった星哉の顔色が一気に青くなる。

「間違いない。昨夜、あいつは食い殺した奴の術を使いやがったぞ。しかも、当人が使いこなせなかった術までな」
「んな馬鹿な!?あの機械にはそこまでの機能あらへんで!」
「相乗効果という奴だな。私の制御プログラムの元は祖父の作ったクラッキングプログラム、その上に魔獣王とまで呼ばれたベートの膨大な魔力だ。それを使ったシステムを乗っ取ったなら、そういう事も有り得るだろう」
「冷静に言ってる場合!?じゃあ、あいつ陰陽術も使えるって事じゃない!」
「いや、食い殺された奴の一人は出雲流の流れを汲む神社の巫女だったし、エジプト式占星術の占い師もいたな、その上に魔力は無尽蔵に増加していきやがる」
「……それって、一体幾つ術が使える事になるのでしょう?」

 桜の素朴な疑問が、全員に重圧となって圧し掛かる。

「知るか!こうなったら即効でつぶすぞ!千早と大哲を至急呼び戻せ!」
「向こうでの仕事がまだ片付いていないと思いますけど………」

 陰陽寮五大総家(御神渡家出奔のため、実質は四)の他の当主が別任務で留守にしている事を思い出した星哉が舌打ちしつつ、イーシャ達を睨みつけた。

「陰陽寮単独でやろうとは思わない方がいい。最低でもA級以上の実力者が束にならないと対処出来ない存在になっている計算になる」
「そんな事は言われなくても分かっている!だが、人手が足りん!たった五人でどこにいるかも分からん正真正銘の怪物にどう対処するつもりだ!」
「相手は、能力者の女性を狙っている。その条件に当てはまるのが、ちょうどここに何人かいる」
「それは………」
「あたし達を囮にする訳?」
「そうだ」

 イーシャの肯定に、ユリと桜が顔を見合わせた。

「極少数の護衛を付けた私達がシティ内を巡回し、ベートが襲ってきた時点で防戦に徹して他の者の到着を待ち、殲滅する。これが一番の手だと思うが」
「悪くは無い。相手が引っかかってくれれば、だがな」
「その通りだ。それに、増援が間に合わなかったらどうする?」

 ルイスと星哉の質問に、イーシャは沈黙しながら、チラリとユリの方を見た。

「……完全別班で、遊撃班を作り、どちらにも即座に増援に駆けつけられるようにするというのは?」
「どこからだ!穂影(ほかげ)、真兼(まがね)の両当主は高野山からの依頼で九州 Sシティに大神静めに向かってこちらには来れないのだぞ!」

 星哉が激昂する背後で、イーシャの狙っている“増援”が誰かに気付いたユリが必死に首を左右に振る。

「……少し時間が掛かりますけど、一人なら心当たりが」
「御神渡の当主でも墓から掘り返すのか?」

 暴言を吐いたルイスの脳天に、無言でユリが肘を叩き落して黙らせる。

「まあ、似たような物ですけど、向こうも忙しい身ですから、都合がつくかどうか……」
「アイツを呼ぶのか!?」
「他に頼れそうな人手はありません」
「腕が立つ奴なら、誰でも構わんだろ。誰を呼ぶ気か知らんがな」

 星哉が何か言おうとするのを、ルイスが先手でそれを封じ込める。

「生憎と、こちらにはツテらしいツテが少ない物でな。そちらのツテを借りたいのだが…………」
「ああ、分かった!その代わり、必要経費と謝礼はそちらに全部回してやる!多めに用意しておけ!!行くぞ桜!」
「はい、坊ちゃま」

 半ばヤケクソ気味に言い放ちながら、星哉と桜がその場を立ち去る。
 扉がしまると同時に、ユリがイーシャに詰め寄った。

「イーシャ〜〜〜〜なんて事言い出すのよ〜〜!もし姉さんが来たらどうするつもり〜!!」
「その時は話を付けるのに協力しよう。伍色家当主が増援に来れればだがな」
「使える奴なら身内だろうがぼったくりだろうがこの際無視だ。記録では、メーソン、クロイツの導師クラスが十人掛かりで封じたと書いてあった」
「そういう事はもっと早く言ってよ!国内の術者と能力者全員合わせてもA級以上が何人いると思ってるの!?」
「陰陽寮の五大当主、神宮の御魂衆(みたましゅう)、高野の明王、フリーも混ぜれば結構いるはずだが」
「コネが全然無いとこ宛てに出きる訳ないでしょ!」
「やはり、伍色の当主に………」
「そ〜れ〜だ〜け〜は〜…………」
「あの、ウチにちょっと宛てがあるんやが」

 突然の勝美の発言に、嫌疑の視線が集中する。

「で、どこのマッドサイエンティストだ?」
「……なんで分かるん?」
「誰でもいいからお願い!姉さんだけは呼ばなくて済むようにして!!」
「向こうがどう言ってくれるか全然分からへんから、確信は……」
「猫の手だろうが、ゴジラの尻尾だろうが構わん。時間が経てば経つほど、奴は食うぞ」
「ほんまにゴジラの尻尾貸してくれるかもしれんような人やからな………」
「とにかく、ユリとルイスは人と情報を集めてくれ。ウォリアー総員は用意が整うまで街の警備を、勝也は勝美と一緒にインプラント・タリスマンの対抗策を検討してくれ」
「は、はい」

 大事になっていく状況を放心しながら聞いていた勝也が、イーシャの命令に我に返る。
「頼りにしてるわよ」
「てめえの不始末だ。ケツの拭き方くらい考えとけ」
「あの、ワイ……」
「何モタモタしてるんや!埋め込んだお前が考えへんと、始まらん」
「……分かりました」

 皆からの励ましを受けた勝也が、立ち上がって勝美と部屋を出る。

「私は上役との交渉に入る。どうせ「金は出す、何とかしろ」の一点張りだろうがな」
「何とか、ね………」
「そう、何とかしなくてはならない、我ら、“ダークバスターズ”がな…………」


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