DANCE WITH DARKNESS




4 OPEN


『L・A発、DB347便はただいま到着しました。乗り換えのお客様は…』

 無数の民族、無数の言語が飛び交う新関西国際空港の国際便ロビーの管理官を長年勤める岩山 勉(48才)は、三つの驚愕を同時に味わっていた。

「……FBI?」
「YES」

 パスポートと一緒に渡された数枚の書類、目の前にいる人物の身分証明書、武器の所持許可及び持ち込み許可証に目を通し、それが本物である事を複数の検査方法で確認した後、それでもなお疑惑の視線を岩山管理官は向けた。

「Well,You carried…」
「問題は無い。純粋に仕事用だ」

 相手が流麗な日本語を話した事で、さらに疑惑が深まった岩山管理官の視線を受けた人物が、かすかに苦笑する。

「産まれはこの国だ。父の従兄弟が剣術師範でね、これでも免許皆伝を貰っている」
「……FBIで使うんですか?」

 岩山管理官が、その人物の持ち物を点検して眉根を潜める。許可証にある通りの、45口径拳銃と一振りの日本刀の存在を確かめ、ますます疑惑を深めていく。

「渡航目的は?」
「仕事だ。今この街で問題になっている事件の捜査協力依頼を受けてきた」
「捜査協力…………ですか…………」

 日本刀を所持しているFBI捜査官、という奇妙すぎる人物を岩山管理官は詳しく観察する。
 20代半ばくらいのその男は、顔立ちは日本人だが、その鳶色の瞳と髪は白人との混血の証に違いない。
 それだけならこの国でも珍しくなくなってきたが、更にその体を墨色の小袖袴という純日本風の装束に身を包んでいる様はある種、異様としかいいようがない。
 その上、彼の鳶色の瞳にはその装束にふさわしい、刃のごとき鋭い光が常に称えられていた。

(……サムライ……)
「もういいかな?」

 なんとなく、彼からそんな言葉を思いついた岩山管理官が、彼からの言葉に我に返ると書類その他を彼へと返して管理ゲートを通す。

「今この街で問題なっている事件、つったら………アレだよな…………」


「久しぶりね、レン君」
「お久しぶりです、桜さん」

 空港のロビーをさほど行かない所で出迎えに来た桜に会った男―レンは挨拶しつつ頭を下げる。

「徳さんのお葬式以来だから、かれこれ2年ぶりね。お仕事はどう?」
「相変わらず忙しいです。たまたま空いていた時でなければ来れなかったでしょう」
「ゴメンね、でもこちらも人手不足で……」
「いえ、世話になった分は働かせてもらいます」
「ありがとうね。そうそう、この件が終わったらお母さんに顔出していくのよ」
「その暇があれば、ですが…………」



同時刻 スクエア・カンパニー本社ビル 《ダークバスターズ 司令室》

「やはり、彼か……」
「知ってる奴?」

 ハッキングした空港内監視システムから送られてくる映像に映る、小玉 桜と一緒に歩いている男の姿を見たイーシャの紅の瞳が鋭く細められる。

「レン・水沢、FBI最強と噂される凄腕捜査官だ」
「えふび〜あい?何でそんなのが………」
「知らないのか?御神渡の血縁者で、現在御神渡家相伝の光背一刀流唯一の免許皆伝者、そしてかつて“日本最強の陰陽師”と言われた御神渡 徳治の空席を唯一埋められると噂される人物。どちらにしろ、切れ者なのは間違いない」
「まあ、確かにただ者じゃないみたいだけど………」
「MITに留学してた時に一度会った事がある。戦闘力は紛れも無くA級だ」
「ふ〜ん」

 そこで、映像の向こうのレンがこちらー正確にはハッキングしているカメラの方を見ているのにイーシャの隣で映像を見ていたユリが気付く。
 レンの瞳が、確かに鋭くこちらを射抜くの見た二人が息を呑んだ。

「気付かれた、な………」
「確かに、A級ね………」



 手の中にある携帯電話を、勝美は強く握り締める。
 イーシャとの共同開発で作ったこの携帯電話は、使用時は内部システムが複数の電話会社の回線をランダムサーフし、さらに極めて高度の暗号化処理を自動で行う。
 これを使えば、内密的に目的の人物と接触できる。そしてこの接触は決して会社に知られる訳にはいかない。
 震える手で、勝美は教えられていた番号をプッシュした。
ランダムサーフを示す電子音と共にコール音が鳴るのを聞きつつ、そっとそれを耳に押し当てる。
 ほどなく、回線が繋がった。

「あ、あの!」
『久しぶりだな、坂原 勝美』
「覚えて……はったんですか?」
『用件毎に番号を変えてあるんでな。この番号を知っているのはお前だけだ』

 電話口の相手がこちらを覚えている事に微かに驚きつつ、勝美は用件を切り出した。

「力を……貸して欲しいンです……」
『Nシティの謎の怪物騒ぎか』
「ハイ、あれは、ウチの弟が作ったモンなんや………弟は、勝也は何とか責任取ろうと頑張っとるんやけど、アイツは際限なく能力者を食って、成長を続けとる。もう、ウチの手にはおえへん怪物になっとるモンで………」
『分かっている限りのデータをどうにかこちらに送れないか?』
「圧縮して飛ばしてます。そちらで拾ってもらえまへんか?」
『……ああ、分かった。対処法はすぐに検討する。それに、こちらからも何人か送ろう。ただし、内密的にだ。お互いそうじゃないとマズイだろうからな』

「感謝しまス。守門博士」


 スクエア・カンパニー本社ビルの一室、一般的な会議に使われる会議室に、今回の事件の解決法を探るべく、複数名の男女が集まっていた。

「で、あの怪物の殺し方は分かったのか?」

 刃の剣呑さを込めた言葉を放ちつつ、会議室前部にある情報表示用大型多機能ディスプレイから見て右側に並ぶ机の一番手前の席に座った人物、陰陽寮総領 土御門家当主、土御門 星哉が反対側に座る面々を睨み付ける。

「生憎と、未だ明確な手段は立案できていない」

 大型多機能ディスプレイから見て左側に並ぶ机の一番手前の席に座った人物、Nシティ企業体設立退魔諜報機関“ダークバスターズ” セイントの一人、レティーシャ 小岩はそれを平然と受け止めつつ、受け流す。

「何が生憎だ!また一人犠牲者が出たんだぞ!ノロノロやっている暇があるか!!」
「落ち着いてください、坊ちゃま」

 星哉の隣に座った人物、陰陽寮幹部 陰陽五大宗家が一つ、小玉家当主 小玉 桜が何とかそれをいさめようとする。
 だが、激昂している星哉は桜を振り払うようにしてなおも言葉を続けた。

「しょせん貴様らも企業の手先か!自分の懐が痛まない限りは何が起きても平気なのか!」
「そういう言い方ないでしょ!こっちだって必死にやってるのよ!」

 イーシャの隣に座った人物、ダークバスターズ セイントの一人、伍色 ユリがわめくように反論する。

「いかに必死だろうが、効果が無ければ同じだ!結果で示さなければ意味が無い!」
「相手はウォリアー一チーム瞬きで壊滅させる怪物なのよ!そうそう簡単に倒せる訳ないでしょ!」
「だからといって結果無しでいいとは限らん!」
「じゃああんたどうにかしてみなさい!」
「………不毛だな」

 全く意味の無い口論を続ける二人を見ていた右側の中央辺りの席に座っている人物、FBI捜査官にして陰陽五大宗家 御神渡家血縁、レン・水沢がぼそりと呟いた一言が二人を止める。

「貴様は何か具体的な案でもあるのか?」

 睨み付ける相手をレンへと替えた星哉に、レンはそれぞれに配られていた資料をめくりつつ、答える。

「今回の事件は、二年前にユタ州でマニトゥを相手にしている時に似ている」
「何だと!?なぜそれを先に言わない!」
「今、資料を読んで思い出した」
「……その時は、どうしたん?」

 左側の末席、疲労の性か頬がこけ、明らかに顔色が悪い勝美が続きを促す。

「まず、最初の事件の発生から遭遇、戦闘までは時間を無視すれば、戦闘で重傷を追った相手が逃亡、これも数は違うが多数の犠牲者を捕食するという所まではほとんど同じだ。だとしたら、次に来るのは」
「次に来るんは?」

 勝美の隣で姉の数段上、というよりは廃人手前に見える程疲労の影を背負って今まで無言だった勝也がレンの言葉を待った。

「簡単だ、“復讐”」
「復讐?ようはやり返しに来るいうわけ…やな……」

 そこで、その“復讐”の相手が誰か気付いた者達の視線が、その人物に一気に集まる。

「“ベート”が狙うのは能力を持った若い女性、それでいて自分に深手を負わせた何が何でも殺したい相手。私なら全てが一致する訳だ」
「イーシャ!あんたまさか!」
「最初から、そのつもりだったんでしょう?」

 桜の一言に、イーシャは小さく首を縦に振った。

「な、何考えてるンや!」
「あいてはA+級はある怪物なのよ!そんなん相手に囮になるつもり!?」
「これが一番合理的だ。それに前例もあるようだしな」
「そヤけど!」
「そう簡単に相手が出てくればいいのだがな」

 イーシャの提案を必死になって辞めさせようとするダークバスターズの面々を、レンの一言が突き刺す。

「魔獣や妖獣と呼ばれる類の奴は、魔物の狡猾さと獣の本能を併せ持った奴だ。獰猛でありながらも、冷静さをそう簡単には失わない。そうそう簡単には罠には飛び込まないだろう」
「じゃあどうする?本当にこの女を囮にするか?」
「あんた!」
「一つアイデアがある。もっとも少々オッズが高くなるかもしれない、乗るか?」
「ギャンブルは嫌いだ」
「珍しく意見が合ったな、私もだ」

 星哉とイーシャが互いをジロリと見た後、レンの提案を聞く。
 その内容に、皆が愕然とするまで時間はさほどかからなかった。



「………どうするの?」

 皆がいなくなり、二人きりになった会議室内で、ユリがすっかりぬるくなっているミネラルウオーターを喉に流し込みつつ、イーシャに問う。

「悪くないアイデアだ。少々難易度が高いがな」
「早くて一分、って言ってたけど、持ち応えられる?シュミレートじゃオーラ量20万超えてる怪物なのよ!?」
「相手が復讐に来るのなら、そう簡単に殺しはしないだろう。悪くて私が虫の息になっているくらいだ」
「よくない!」

 室内に響くほど大きな音を立ててユリが机を叩く。その衝撃で空になったミネラルウオーターのミニペットが机から落ち、更に叩かれた部分がユリの拳の形に僅かにへこんだ。

「なんでそんな危険な事をするの!陰陽寮の連中だって約束どおり来てくれるとは限らないのよ!あんたにもしもの事があったら!」
「初めて会った時の事、覚えているか?」
「え?」

 唐突な質問に、ユリが口篭もる。

「このダークバスターズはNシティの企業体が作り出した組織だ。資金は豊富だが、人材は寄せ集め、おまけにその半数以上が金のために退魔行をやってるような連中だ。陰陽寮の連中と比べると、はるかに志が低いのは当然だ」
 イーシャの視線が過去を追うように遠くなる。
「あの時、まだ設立まもなく、実戦経験もほとんど無くてへっぴり腰で闘っていたウォリアー達に、どこからともなく現れたお前はなんて怒鳴り散らした?私はよく覚えているぞ」
「……実力も覚悟も無い連中が化け物退治なんてするんじゃないわよ、って…………」
「そう言いながら、お前は妖魔をあっという間に蹴散らした。実力と覚悟を持っているとはどういう物か、目の前でまざまざと見せ付けられたよ」
「それとこれとは!」
「私も、セイントの一人だ。それなりの実力を持っているつもりだし、覚悟もあるつもりだ。それに、逃げようが隠れようがベートは私を狙ってどこまでも追いかけてくるだろう。ならば、迎え撃つのが一番合理的だ」
「………分かった。ベートが襲い掛かってきたら、すぐに行くから。一分、持ち応えてね」
「ああ、そうだな」

 イーシャが微笑し、ユリもそれに答えるように微笑み返す。
 窓からさす日差しが、ゆっくりと傾きながら、二人を照らしていた。



「サンダーガンや、端子射出タイプのスタンガンで高電圧をかけてみるんはどうや?」
「ダメや。そういう事はすでに対処済みで無数の安全装置が付いとる。雷の直撃食らったって機能停止はせんで」
「脱走時にすでに生体部品が融合始めとったから、剥離も不可能やろし………」

 設計図や活性時の生体変動データなどの無数の資料から、なんとか対ベートの切り札を考え出そうとしている坂原姉弟が、何一つ有効的な方法が思い浮かばない事に歯噛みしつつ、再度資料を見直そうとした時、いきなり部屋のドアが開いた。

「……苦労しているようだな」
「水沢はんか、我ながらやっかいなモン作ってもうたわ」

 色水どころかぬるま湯に僅かに色が付いただけのコーヒーとはかなり縁遠い物体をすすりつつ、勝美が目じりを揉み解す。

「で、何ぞ用でっか?」
「こちらで起きた時の資料を急遽取り寄せた。何か参考になるかもしれないと思ってな」
「それはすんまへん、わざわざ………」

 レンから受け取った茶封筒の中から取り出した資料を読み始めた勝美の顔色が、瞬時に疲労を吹き飛ばし、驚愕へと変わる。

「これ…!」
「こちらからの資料だ」

 何か言おうとした勝美の言葉を遮るようにレンはそれだけ告げるとその場を立ち去る。
 その背に頭を下げると、勝美はそれを猛烈な勢いで目を通す。
 裏に“M”と書かれた茶封筒の中に入った、自分の考えた物より高度複雑に計算された《インプラント・タリスマン》の対処法の無数のシュミレート結果と、それから導き出された最終結論を。



 ゆっくりと夜の帳が降りようとしている街並みを、レンは歩いていた。
 その背後を、何気ない歩調で近寄ってきたメガネを掛けた二十歳になったかどうかの若い男が僅かな間を空けて着くと、そのまま一緒に歩き始める。

「申し訳ありせんね、つまらない事を頼んで」
「別に構わん。どちらにしろ必要なデータだからな」

 顔に苦笑とも取れる笑みを浮かべ、やたらと丁寧なメガネの男の言葉に、レンは表情を変えずに返答する。

「こちらもあちらも、まだ必要以上に接近するべきじゃない、それが兄さんの結論でしてね。こういう回りくどい事をしなくちゃならないんですよ」
「厄介な物だな。師匠が旧態を嫌ってそちらに行った意味が無い気がしてくる」
「あくまで、“彼らとは”ですよ。お互いこの業界じゃ新参者ですからね」
「新参者はまず実力示威か?確かに全面抗争に突入されても困るだろうしな」

 呆れた顔をしたレンと、優しげな顔のままの男が歩き続ける。

「で、そちらからは何人来ている?」
「ボクとマリーさんが。必要最低限の関与だけ、という命令ですから、あくまで最後にだけと考えてください」
「難儀な事だな。姿を見せず、力だけ貸すという訳か」
「そういう事になります。あとこれは兄さんからのささやかなお礼です」

 レンの手に男がそっと小さなキーを手渡す。

「向こうにある地下鉄梅田駅の3番ロッカーに入っています。杉本財団製最新型試作機だそうで」
「……まさか、実験台じゃないだろうな?」
「さあ………兄さんがそこまでするかどうか………とにかく、お願いします」

 自信なさ気に言ったとすぐに、レンの背後から気配が消える。
 そこには、誰かがいた痕跡は一つも残っていなかった。

「ここ3時間以内に犠牲者は無し。前例から言えば食後の休息と、自己成長に費やしている可能性が高い。……そろそろ、来るな」

 手渡されたキーを弾いて掌で受け止めると、レンは足早に指定された場所へと向かった。



(一定量の栄養の摂取の後、吸収、変異を遂げるのに、推定4時間。しかる後、目的の検索、及び急襲に移る、か)

 先程の最終ミーティングで聞いた事を思い出しながら、イーシャは夜の街を歩いていた。

(確かに、狙われてはいるな。ケダモノには………)

 足元でうずくまってケイレンしている通算12人目のナンパ野郎を見つつ、イーシャは嘆息した。

「もう一人追加だ、少しやり過ぎたらしい。ひょっとしたら潰れているかもしれん」
『……いや、怒ってるのは分かるんやけど、せめて生命維持に問題ない程度にしてくれへんか?』
「考慮しておこう」

 会社帰りのOLといった感じのスーツ姿のイーシャが、髪で隠している首筋の端子にセットされた通信デバイスで医療班として待機している勝也に連絡を入れながら、その場を後にする。

「DIRECT REFERENCE」

 念のため、周囲1km範囲内のセンサーのスキャン映像をチェックするが、ベートらしき反応は感知されない。

「被害者は本当に出ていないんだな?」
『間違いあらへん、ここだけでなく周辺シティの警察にもチェック走らせとるが、あいつにやられたらしい死体はこの4時間以内に一つも発見されておらへん。気配を消してくる可能性も在りよるから、気ぃつけい』

 技術サポートでありとあらゆるデータをチェックしている勝美からの連絡を聞きつつ、イーシャが周囲を見回す。

『ええか、作戦は言った通り。もしベートが襲い掛かってきても、皆が到着するまで待つんや。あれ以外に倒す方法はあらへん』
「最低7〜8万以上の術による波状攻撃か………上手くいくのか?」
『上手くいく保証はナイ。最悪、皆で逃げい。ウチの独断でプラズマ弾頭ミサイルでもぶち込む』
「……最終手段にしておけ」
「ね、ね、そこのお姉さん。今ヒマ?」
「………生憎と待ち合わせしている」
「その人、女?それならさあ、二人でもいいからちょっと時間取れない?」

 通算13人目を黙らせるべく、イーシャは弾丸のごとき膝をナンパ野郎へと繰り出した。



「……まだ?」
「相手に聞いてくれ」

 イーシャの頭上、上空4000mに待機している軍用消音ジェットの貨物室内で、戦闘準備を整えたまま所在無さ気にうろつくユリを、座って静かにその時を待っているレンがたしなめる。

「本当に上手くいくの?こんな作戦」
「さあな。上手く行くかどうかは自分次第だ」
「……アンタ、結構嫌な奴ね」
「よく言われる」

 取りとめの無い会話をしていた二人だったが、唐突にレンが目を見開き立ち上がる。

「……来た!」
「え?」


 気配は、無かった。
 だが、背筋に走る悪寒に基づき、イーシャは足を止める。

「来るのか?」

 臨戦体勢を瞬時に取ったイーシャが、視線を左右へと巡らす。
 街灯りの途絶えた再開発区域。
 撤去のはじまっている建物が不気味な影を落としている無人の旧市街の通り。
 ベートの姿らしき物は見当たらないが、悪寒はさらに大きくなっていく。
 ふと、彼女の目が数m手前にあるマンホールを見た。

「まさか!?」

 イーシャがある可能性を思いつくのと、それが的中するのは数瞬の間しかなかった。
 マンホールの蓋が吹き飛び、さらにマンホールその物を大きくえぐり、吹き飛ばしながら、そこから何かが飛び出してくる。

「くっ!?」

 数瞬前に気付いた事が、彼女の命を救った。
 反射的に横へと跳んで転がりつつ、イーシャが距離を取る。
 先程までイーシャがいた場所が、爆発したかのように吹き飛び、えぐれる。

「これは………」

 そこには、ほんの20時間前とは比べ物にならない程成長したベートの姿が有った。
 その体格はとても肉食獣とは思えない程にまで大きくなり、ワゴン車と比べても劣らないような物へと変化していた。
 子供どころか細身の女性の胴程もある四肢と、つま先から伸びる脇差を一つずつ突き刺したかのような爪には、所々に犠牲者の物と思われる赤黒い血や、髪の毛が付着している。
 獰猛その物の顔にそれを切り裂いたかのような口からは、サーベルタイガーのような牙が無数に覗き、そこから低い咆哮が漏れている。
 そして、胴には埋め込まれた《インプラント・タリスマン》はまるで臓器のように蠢く物へと変貌を遂げ、無数に色合いを変えながら明滅している。

「ここまで成長しているとはな………」

 最早気配を消す必要も無いのか、その存在感をありのままにしているベートからは、前とは比べ物にならないような威圧感が周囲を満たしていた。

「来たぞ、これから交戦に入る」
『待ってて!すぐに行くから!』
『作戦開始や!さいわい周辺に一般市民はおらへん。派手にやったりぃ!』
「SCREEN SAVER OFF。BATTLE START」

 イーシャは自分を覆っていた幻影を解く。
 そこから、OIUユニットと多目的HMDを装着した完全武装のイーシャの姿が現れた。

「CALL」

 イーシャが短縮キーを押してマーティーを召喚するのに向かって、ベートはその長大な牙を食い込ませるべく襲い掛かった。


「行くぞ!」

 レンが腕に嵌めたナビゲートシステムで位置をチェックしながら、貨物室の扉を開く。

「ほ、本気ですか!?」
「さすがFBIね、頭の中がハリウッド映画してるわ」

 サポートに同乗していたスタッフが、これから行われる作戦を聞いて愕然とするが、ユリは呆れながらレンの後へと続く。

「正気じゃありません!せめてパラシュートを!」
「いらん」
「じゃ、行ってくるわ」

 パラシュートを渡そうとするスタッフに短く断りながら、二人はそのまま高空へと踊り出る。

「ウヒャアアアァァーーーー!!」
「………」

 体中を吹き抜けていくような風にあおられながらも、二人の体がぐんぐん加速していく。
 漂っていた雲を突き抜け、眼下にNシティのイルミネーションが小さく見えてくる。

「ビルに気をつけろ」
「何!?こんな馬鹿な事考えたのアンタでしょう!何かあったら責任取りなさい!あたしもイーシャも嫁入り前なんだから、傷ついたら許さないわよ!」

 声など聞こえないはずの状態でこの作戦、気配を感知不可能な距離を取った高空からのパラシュート不使用強襲を思いついたレンにユリは何か悪態をつきまくるが、どんどん近づいてくるビル群にそれを思い留めて体勢制御に全神経を集中させる。

「弐式・影燕!」

 弐式・影燕、敏捷力上昇と体重制御の力を使って、ナビのマーカーへとユリは近づいていく。
 彼女から少し離れた場所で、こちらは微妙なバランス制御で降下していくレンを見たユリが、彼はまったく降下速度を落としていない事に気づく。
 そこへ、ちょうどレンが降下していく途中に運悪く一台のエアカーが通りかかる。

「ぶつかる!?」

 ユリが慌てる中、レンは何を思ったのか、腰に縛り付けていた刀に手を伸ばす。

「斬るつもり!?」

 レンはそのまま、何も無い所で一気に抜刀する。
 抜かれた刀が受けた風と、居合いの反動でレンの体が旋回し、激突予定のエアカーからまるで踊るように位置を変えてやり過ごす。

「うそ!?」

 そのまま、まるで剣舞でも踊るような動きで飛び交うエアカー群をかわしながら、レンがポイントへと近付いていく。

「無茶苦茶過ぎるわ………あいつ………」

 こちらはエアカーをやり過ごすために、微妙にスピードを調整しているユリの目が、僅かに点として見えるイーシャを捕らえた。

「今行くわ!」

 加速のために飛んでいたエアカーの腹部を蹴りつけ、ユリは一気に速度を上げた。


「《BKWALL》PROTECT・PATTERN ch!」

 短縮召喚したマーティーが一瞬にして霧散するのを見たイーシャが、防御用のマーティーを召喚すると、障壁を張り巡らす。
 だが、ベートの咆哮と共に《インプラント・タリスマン》が起動、空間その物を引き裂くような斬撃波がマーティーごと障壁を切り裂いた。

「出雲流の神剣招来波か!」

 ベートが食った術者達の力を完全に使いこなしている事にイーシャが内心舌打ちしつつ、斬撃波の余波で吹き飛ばされながらも体勢を整える。

「CALL 《NINJA、SWORD MASTER》」

 OIUユニットのディスプレイの左右から、黒地の忍び装束を身に包んだニンジャが、プレートアーマーに身を包んで大剣を持った剣士が具現化する。

「《NINJA、SWORD MASTER》 COMBINATION・PATTERN D」

 太剣を突き出すように構えて突撃する《SWORD MASTER》と、その背後から跳んで忍び刀を突き下ろす《NINJA》の二段攻撃に、ベートは一気に間合いを詰めて《NINJA》の攻撃を無造作に受けつつ、突撃してくる《SWORD MASTER》を一撃で食い千切る。

「ダメか……」

 背中に取り付いた《NINJA》を無造作に振るい落として宙に待ったそれを、ベートが一息に噛み千切る。

(もう持たない……)

 予想以上の成長に、一人での対処を不可能と判断した時だった。

「ァァァァァアアアアア!!!」
「宝技・隼爪(しゅんそう)!」

 上空から、裂帛の気合と高度4000メートルの勢いをそのまま伴った大斬撃と、同じ高度4000メートルの勢いをつけた流星のような足刀が、同時にベートへと突き刺さる。
 ベートの絶叫が響く中、大音響と共に両者が着地する。

「間に合ったようだな」
「遅れてゴメン!」
「……大丈夫か?」

 ベートから素早く距離を取った二人、レンとユリの落下地点に小さなクレーターが出来ているのを確認したイーシャが思わず問うが、二人は答えずベートへと向かって構える。

「FBI特異事件捜査課捜査官、レン・水沢。流派は光背一刀流 改。いざ、参る」


感想、その他あればお願いします。



NEXT
小説トップへ
INDEX


Copyright(c) 2004 all rights reserved.