PART13 SITE VISIT


真・女神転生クロス

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「面白い事になってきてるな」
「そうとも言える」

 神取の呟きに、強い口調の女性が応える。

「そないな事言うとる場合やない思うで」
「確かに。幾ら転移に巻き込まれた人間がいると言っても、それが次々と実験を行う世界に来るのはおかしいと言わざるをえません」

 関西弁の少年の声に、どこか達観した少年の声が続く。

「世界が乱れる時、それを正そうとする意志を持つ者と、それを導く者が現れる。《STEVEN》、《フィレモン》、《レッドマン》。我々の対極に位置する者達だ」
「つまりは、《敵》だな」
「その通りだ」
「なら、これ以上集まる前に潰した方エエんちゃうか?」
「すでにここにも多くの敵が集まってきている。体勢が整っていない今がチャンスでは?」
「それはこちらも同じだ。前回の実験で兵を失い過ぎた」
「どうする気かな? こちらのXシリーズを貸そうか?」
「いや、データは得られた。再構築の目処も立った。今度はもっと大規模で実験を行う」
「そんな事をしたら、この世界が滅んでしまうかもしれませんよ?」
「弱き者が滅び、強き者が残る。それが世界のあるべき姿だ」
「さて、弱き者はどちらだろうか………」



同時刻 珠阯レ町 七姉妹学園 中庭

「これはまた厳重に封じた物だ」
「ああ」

 中庭に立つ奇岩、鳴羅門石の周囲に無数に張り巡らされた注連縄(しめなわ)やバリケードに、ゴウトとライドウが呆れたため息を洩らす。

「シバルバーの悪用を防ぐために、通路は完全封鎖して転送装置も破壊したんです」
「まさかまた使う事になるとは思ってなかったんだけどね〜」

 黒須 淳とたまきの説明を聞いたヒートと明彦が、手にグレネードランチャーと召喚器を手に前へと進み出る。

「よく分からねえが、こいつをぶち壊しゃいいんだろ? おらあ!」
「あまり悠長にしていられる状況でもない。一気に行く! カエサル!」『ジオダイン!』

 ランチャーと召喚器のトリガーが同時に引かれ、放たれたグレネード弾と電撃魔法が鳴羅門石に炸裂するが、直後に爆風と電撃、その両方が反射されて周囲へと散らばっていった。

「何だと!?」
「これは……!」
「無駄よ、所長が中心となって作った物理、魔法双反射型複合結界だもの。術式を一つずつ解いていくしかないわね」
「せめて、あのカラクリの使い方さえ分かれば………」
「そっちも望み薄ね。システムに自壊プログラムが仕込んであったらしくて、制御どころかどうやったら動くかすら分からないって状態だし………」
「プログラムというが何かは知らないが、それに近い物は作れないのか?」
「技術レベルが違い過ぎるんですよ………ましてや、今の時代は10年で時代遅れになるのに、20年も先だと………」

 たまきと淳の否定に、ライドウは俯く。

「仕方ない。術者を集めてこちらの封印解除は進めよう。ただし並列してあのカラクリの解析も進める」
「残った人員は更に街の警戒強化ね。市民も大分不安がってるし………」

 ゴウトとたまきの言葉の最後まで聞かず、ライドウは鳴羅門石の前に結跏趺坐して解除のための呪文詠唱に入る。


「ぶち壊せねえなら、オレはアジトに戻ってるぜ」
「喰奴は単独行動禁止って言われてるでしょ、淳君と明彦君、ここはいいから一緒に署に戻って。つまみ食いさせないように」
「あ、はい」
「達哉達はうまくいってるかな………」
(人手はある。が、情報が少なすぎる………次に何が起きるか、それが分からなければ………)

 それぞれが的確に動く中、それを見るゴウトの内心の焦りと同じ物を、皆が少なからず感じていた。



珠阯レ警察署(仮)・車両整備室

「よし、こっちはOKだ」
「じゃあ始めましょう」

 前回見つけたターミナルユニットから複雑怪奇に配線が伸び、達哉のXX―1《Rot》機へと繋げられている。
 そこから更に伸びた回線の先に繋げられたPCの前に陣取ったヒロコが、エンターキーを押した。
 画面に表示されるデータを元に、ヒロコの指がキーボードを叩き、なんとかそれを解析しようとする。
 だが途中まで進んだ所で突然画面に無数の文字が流れ出していく。

「行けない! 回線を抜いて!」
「またかっ!」
「くっ!」

《Rot》機から奇妙な白煙が上がり始めたのを見た二人の達哉が同時に線を抜こうとするが、それより速くアレフの剣がユニットから伸びた配線を切り、強引に断線させた。

「ダメね………私程度の腕じゃこんなクラッシュしててもトラップだらけのシステムの解析は」
「八雲さんか祐一さんがいればな…………」
「克哉さんが、別の世界にいるらしい八雲さんと少しだけ連絡したって言ってましたね」
「祐一はひょっとしたら元の世界に残ってんじゃねえか? どっちにしろヤメだヤメ」

《Rot》機の隣で、同じように白煙を上げた《weis》機と《schwarz》機の整備をしていた搭乗者の俊樹と陽介がボヤきながら作業を続ける。

「《Rot》機ならDEVAシステム用の対策が講じてあるから持つかと思ったが………」
「どちらにしても、システムのバージョン差は大きいわ。その機体のシステムを通じてなら、とは思ったけど………」
「機体自体はどうにかできても、システムがやられたらボク達じゃ修復できませんよ」
「つうか今でも十分ヤバイだろ」

 走らせたチェックシーケンスの各所に注意の黄色や危険の赤が出ているのを見た俊樹と陽介が顔を引きつらせる。

「はかどってる?」
「状況は?」
「解析不能だ」

 様子を身に来た尚也とゲイルに、アレフが短く現状を伝える。

「下手にいじろうとすると、すぐにトラップが発動してこっちまで飛びそうになるわ。これを作った人間は相当な天才で陰険ね」
「動かないなら、斜め45度で………」
「それやった人がさっき医務室に湿布もらいに行きましたけど」
「ペルソナで回復させても痛みは少し残るって言ってたぜ」
「……そうか」

 ここに来る途中で手に包帯を巻いていたリサ(両方)の事を思い出したゲイルが、それ以上考えずにハングアップしているPCを覗き込む。

「少しでも分かった事は?」
「ホントに少しだけど、これが転移用ターミナルなのは間違いないと思うわ。ただそれ以上はまったく」
「う〜ん、データにハッキングできるペルソナとか悪魔とかいればな………」
「いない物をどうこう言っても仕方が無い。ロアルドがいれば違ったかもしれないがな」
「それで、これはどうする?」
「また何かのはずみで動くかもしれない。数少ない手がかりだ、始終監視の出来る場所に置いておいた方がいい」
「それって、つまりここか?」
「またいっぱい出てきたりすんじゃねえだろな?」

 アレフ、ゲイル、俊樹、陽介がじっとユニットを睨み付ける。

「確か、簡易結界用のアンカーがあったはず」
「そういや有ったな、そんなの」
「必ず誰か対処できる人間も配備しておいた方がいいだろう」
「パトロールに出てない人達に交代でいてもらうとか」
「人手が幾らあっても足りないな……」
「みんな頑張ってるんだ。きっとなんとかなるさ」
「なる、のではない。己達の手でなんとかするんだ」
「ああ、そうだね」

 アレフの言葉に、全員の顔に小さく笑みが浮かんだ。

「ゲイル! ちょっと来て!」

 そこにアルジラが慌てた様子で飛び込んで来る。

「どうした」
「捕虜に〈飢え〉が始まったわ!」

 その一言に、全員に緊張が走る。

「XX―1各機戦闘体勢!」
「ちょっと待ってください!」
「《Rot》機はダメだ!」
「動かせる機体だけでも動かすんだ!」
「ライドウがいない時に………」
「最悪、切るぞ」

 アレフが己が剣を手に部屋を飛び出し、他の者達も続く。

「う、ガアアアァァ!」

 無数に結界が張られた取調室の中から、異様な咆哮が廊下の端にまで響き渡る。

「まずいってコレ!」
「私の機体取ってくる!」
「唯一の証人だ! 何としても抑えなくては!」
「どうすんだよ!」
「かまわねえ、オレが食ってやる………」

 残っていたペルソナ使い達が中心となってなんとか防ごうとする中、ヒートだけが笑みを浮かべて取調室へと入ろうとする。

「待って、ヒート!」
「まだ情報が得られていない!」
「じゃあどうすんだ? 誰か食わせてやるのか?」

 ヒートの一言に、皆が押し黙る。

「他に沈静化させる方法は何かないのか!?」
「沈静剤なら投与出来るが……」

 克哉署長の問いに、克哉警部補が意見を出すがゲイルは首を振ってそれを否定。

「喰奴の〈飢え〉はもっと存在自体に作用する物だ。己を保つために食い続けるか、セラの歌だけがそれを押さえ込めるが………」
「ガアアァァーー!!」

 再度咆哮が響き渡り、そのあまりの凄まじさに遠巻きにしていた一般警官が数名腰を抜かしそうになり、それ以外の者達は己の得物やペルソナカードに手をかける。

「悩んでいる暇も待っている暇もないようだな」
「確かにこれはね」
「暴走した喰奴は理性が無い分、その攻撃力は半端ではない。不用意に手加減すれば食われてしまう……」

 そこへ駆けつけたアレフがヒノカグツチを抜き放ち、尚也がペルソナカードをかざしてゲイルも己がアートマを晒す。
 一度暴走したヒートと交戦した克哉警部補が注意をうながしながら、全員が戦闘状態に入ろうとした時だった。

「ちょっと待ちな」

 背後からかけられた声に、全員が振り向く。

「轟所長!」
「貴重な情報源だ。殺すのは吐かせた後にしときな」

 何時の間に来たのか、轟が臨戦体勢の皆の脇を通り抜け、咆哮が響いてくる取調室へと入る。

「危ないぞ、大丈夫なのか?」
「ああ、彼もう死んでるから」
「え?」
「正確には、死体に取り憑いているんだ。だから何かあったら次の体を探すといつも言っている」
「悪魔より厄介ね」

 克哉警部補の説明に、アレフとヒロコが顔を見合わせる中、轟所長は室内の男の方を見た。

「ガアアァ!」

 イスに縛り上げられたままの男の目は明らかに正気を失い、口からはよだれを垂れ流しながら咆哮を上げ続けている。
 その姿もおぼろになったかと思うと悪魔の姿と人間の姿が交互に変わり、それに応じて床に描かれた魔法陣が徐々にかすれていっていた。

「ガアアアアァァ!!!」
「この神封じでもダメか。大した物だ」

 抑揚も無く呟いた轟所長は、こちらを見て咆哮を上げ続ける男に無造作に近づき、片手でその顔を押さえ込む。

「ガアアアアアァ!」
「黙ってな」

 異様な握力で男の顔を強引に上へと向かせた轟所長は、懐から淡く光る不可思議な物が入った小さな筒を取り出すと、そのキャップを外して淡く光る謎の液体を男の口へと流し込む。

「ガアアア……ああ………」

 それが喉を通り過ぎていくと、咆哮が徐々に止み、やがて男の目に正気が戻ってくる。

「な、何をした?」
「これか? これはマグネタイトを凝縮した物だ。専門じゃないから精製に手間取ったがな。喰奴とやらの〈飢え〉は悪魔への変質時に膨大なマグネタイトを消費するのが原因だろう。だからこれを補充すれば収まる」
「そ、それをもっとよこせ!」

 イスに縛り上げられたままの男が、轟所長が取り出した新たなマグネタイトの入った小筒をねだる。

「生憎と大した数が作れなくてな。これは極めて貴重だ。タダではやれん」
「どういう意味だ」
「これと同じくらい、貴重な物を出せば、やらない事もない」
「……貴様ぁ!」
「お前の持っている情報と交換でこれを手に入れるか、それとも秘密を守って理性の無い怪物に成り果てるか。どっちだ?」

 悪魔よりもなお冷たい轟所長の瞳が、男の心を見透かすように男を射抜いていた。


「やるな、あの男。見事な交渉術だ」
「ちがいねえ」
「脅してるようにしか見えないけど………」

 取調室の前で感心しているゲイル、笑っているヒートの後ろで、アルジラの意見に皆が一斉に頷く。

「こっちでもワルだね、あの人………」
「たまきさんもあんなのが上司じゃ大変じゃん」
「いや、こっちだと私達の上司でもあるんだけど」
「係刀iハイメ)!? マジ!?」

 二人のリサが驚愕の事実を話し合う中、背後からなんとか起動した《weis》機と《schwarz》機がやってくる。

「どうなりました!」
「やったのか!?」
「あ、ダイジョブ。収まったから」
「収まったって、誰か食われたか?」

 不思議がる俊樹と陽介を尻目に、轟所長が取調室から出てくる。

「情報は?」
「まだだ。あの様子なら一晩立たない内に吐く気になるだろう。その後始末しておけ」
「そうだな」
「ここは仮にも警察署なのだが」

 ゲイルと轟所長の物騒な会話に克哉署長が鋭い視線を刺す中、轟所長が懐からマグネタイトの入った小筒を三本取り出し、ゲイルへと渡す。

「渡しておく。あまり多くは精製できなかった。大事に使え」
「感謝する」

 そこで、ふと轟所長がそこにいる喰奴やサマナー、ペルソナ使い達をじっと見る。

「次に使えそうだな」
「何がだ」
「いや、じゃああばよ」

 ぼそりと呟いた言葉にゲイルが疑問に思う中、轟所長がその場を去っていく。

「次、とは?」
「……あの体が限界なのだろう。こちら側ではすでに次の体に変えているからな。出来れば若い男性で戦闘力のある物がいいらしい」

 克哉警部補の言葉に、その場にいた全員(特に男性陣)が一斉に顔を青くする。

「悪魔よりも悪魔じみているな、あの男は………」

 アレフの言葉は、おそらく一番的確に轟所長の特徴を表していた………



青葉区 青葉公園跡地

 かつての仮面党のテロ活動で、無残に焼け焦げた野外音楽堂のあった場所に、幾つもの遺影と花が飾られている。
 前回の喰奴達の大規模襲撃で亡くなった者達の、合同葬儀がしめやかに行われ、そちこちから遺族達のすすり泣く声が響いてきていた。
 焼香台の両脇には、パトロールの途中で立ち寄ったミッシェルの《blau》機と淳の《Grun》機が直立不動でそれぞれの得物を斜めに構えて捧げ銃(ささげつつ)の体勢を取り、同伴していたペルソナ使い達が無言で焼香を済ませていく。
 やがて葬儀も終わり、参列者達が静かにその場から去っていく。
 パトロールチームも無言でその場から離れていくが、先頭を歩いていた明彦がいきなり無言で公園の木を殴りつける。

「もっと早く駆けつけていれば………」
「駆けつけていれば、どうにかなっていたのか?」

 苦悶のように呟くその背後で、めがねを掛け生真面目を絵に描いたようなスーツ姿の青年実業家風の男性、元エミルン学園ペルソナ使いで参謀役でもあった南条 圭が問い掛ける。

「今我々がしなければならないのは、今の事態を引き起こした原因を探り当て、解決する事だ」
「……しかし!」
「それ以上、言うんじゃねえよ」

 南条の隣、薄地のカラーサングラスを掛けた、普段は軽薄とも能天気とも取れる雰囲気のカジュアルな男性、同じく元エミルン学園ペルソナ使いのブラウンこと上杉 秀彦が重い声で呟く。

「全員同じ気持ちなんだよ。こんな誰も笑わねえ状況なんて、オレ様の商売上がったりだ。こんな受けねえ企画はさっさと潰してえんだよ………」
「問題は、誰が企画、プロデュースしてるかですね」

 後ろの《Grun》機の中から橿原 淳が呟く。

「明彦君は、何か思い当たる事ない?」

 一番後ろにいる舞耶の問いに、明彦はしばし考える。

「黄昏の羽の利用法を知っているのは桐条の専門研究者ぐらいですが、こんな事に手を貸しそうな奴は………」
「データだけ掠め取ったんじゃねえのか? カンニングみてえに」

《blau》機のミッシェルの言葉に、明彦は更に考え込む。

「オレはそれ程専門知識を持っている訳じゃないが、データだけで取り扱える物とも思えない」
「分かんねえ事だらけって訳かよ」
「一つだけある。この街に危険な事を企んでいる人間がいるという事だ。だが、それが何か分からない………」
「無差別テロって奴じゃねぇ?」
「違うわね。テロリズムって言うのは、どんだけ歪んでいても何らかの理念の元に行われるし、やった人間はそれを堂々と誇る物よ。犯行声明も要求も無しじゃ、テロリズムじゃないわね」
「確かに」

 舞耶の意見に南条が納得する中、他の面々は驚いた顔で舞耶の方を見る。

「舞耶さんがマジメな事言うのって珍しい……」
「淳く〜ん、どういう意味かな?」
「まあまあ、ここはこのミッシェル様の顔に免じて」
「それに乗ってたら見えないわよ」

 騒ぐ三人を横に、残った三人が歩きながら各自考えを巡らせる。

「オレ達の世界だと、起きたのは〈変質〉だった。だが、ここのは明らかに違う」
「この世界で起きているのは、〈召喚〉だ。しかも多数の」
「誕生パーティにダチ呼んだら余計なオマケがいっぱい来たって奴だったりして。ギャハハハハ」

 ブラウンの一言に、騒いでいた三人が一斉に止まる。

『それだ!』
「はあ?」
「前にこちらの世界であったんですよ! 多数の悪魔を召喚して、その瘴気を起因として神格クラスの召喚を行おうとした事が!」
「クソ! ミッシェル様ともあろう者がそれを思いつかねえとは!」
「すぐに戻りましょう!」



「無理だな」

 息を切らせながら署に帰ってきたパトロールチームの意見を、轟所長が一言で切り捨てる。

「え、でも前は……」
「Oh,Mayaコレを」

 轟所長の意見を聞きつつ、状況を解析していたエリーが使っていたPCを操作して一つのマップを映す。

「これは、前回の事件でTERMINAL Unitが見つかった場所ですわ」
「地理、地脈、歴史など色々な条件で繋いでみたが、どうやっても繋がらん」
「どれもrandomで、Ruleが見つかりませんですの………」
「ならば、逆に考えたらどうだ」
「reverse?」
「そうだ。繋がらないのなら、それぞれ別の点で考えればいい。たとえば、一番召喚に適した場所を探しているとしたら?」

 南条がエリーの代わりにPCの前に陣取り、入力されたデータを検索していく。

「確認、撃破されたシャドウ、喰奴を個体数、大きさ、ランクなどでそれぞれ別に分ける。そしてその中からもっとも多い物は………」
「本丸公園!」
「そこで、何かがこれから起きる。そう考えてみては?」
「なるほどな」

 背後から聞こえた声に南条が振り返ると、そこにいつの間にかゲイルが立っている。

「つまり、前回の大量召喚は、なんらかの実験のための場所の調査の可能性が高い」
「召喚その物の実験も兼ねていたのだろう。あの喰奴の男にこの事実を問い詰めてみよう」
「それと偵察に出ているチームを至急この場所に向かわせろ。他に何かある可能性も捨てきれん」
「それはこちらでやっておきますわ」
「頼む桐島」

 有数の頭脳派二人が辿り着いた仮説に、にわかに署内の動きが慌しくなっていく。
 そんな中、ゲイルと南条が取調室へと駆け寄り、荒々しくその扉を開く。

「な、なんだ?」
「お前達は、召喚実験のテストを行っていたのか?」

 いきなり入ってきた二人に驚いた男だったが、ゲイルの問いに横を向いて無言を決め込む。

「そして、次は何かもっと大きな物を呼ぼうとしている。それは何だ?」

 南条の鋭い問いかけにも、男は無言。

「お前達を率いているのは、ジェナ・エンジェルだな?」
「!?」
「やはりか」

 ゲイルの口から出た言葉に、男の顔に驚愕が浮かぶ。

「エンジェルとは?」
「カルマ協会の技術部門総責任者で、オレ達を喰奴にした張本人だ。偶然の産物であった悪魔化ウイルスを実用化させた、正真正銘の天才だ」
「その天才が、今度は何を企む?」
「そ、それは………」

 男の頬を、脂汗が無数に伝う。
 それを見たゲイルが、懐からマグネタイト入りの小筒を取り出した。

「数は少ない。だが有用な情報にはそれなりの報酬がある」
「う、く………」

 男の表情が内心の葛藤を示すようにめまぐるしく変わり、やがて顔を横に向けたままマグネタイト入りの小筒を横目で見ながら激しく苦悶する。

「……………分かった。それをくれるなら、オレの知っている事を…」

 そこまで言った途端、いきなり男の胸が膨れたかと思うと、男の口から膨大な血が溢れ出す。

『!?』

 室内にいた全員が驚愕する中、男がうなだれる。
 ゲイルが慌てて引き起こし、首筋に指をあてて脈を取るがすでに男は絶命していた。

「これは………」
「恐らくは、体内に口封じ用の小型の爆弾がセットされていたのだろう。だがなぜこのタイミングで…………! この建物は電波遮蔽されているか!?」
「いや、雑居ビルだった場所をそのまま使っているから、そこまでは……!」

 その時点で南条も気付いたのか、男の屍をあちこち探り始める。
 やがて首筋にある小さな機械に気付いた。

「しまった、盗聴器だ………」
「では、ここでの会話は」
「筒抜けだ。喰奴の危険性を知っていれば、不用意な身体検査もできん。故に逆にこんな小細工の可能性も考えんが………」
「逆手に取られたな。予想以上に、相手は切れる奴だ」
「そして、そいつにこちらが気付いた事も知られた。すぐに迎撃の用意をさせるべきだ」
「これから、一体何が起きる?」
「分からん…………」



「自分の部下の口を封じるのに、ためらいが無いのですね」
「最小限の事しか知らないとはいえ、漏洩は困るからな」

 何のためらいもなく、手持ちのマルチ携帯端末に口封じ用のパスコードを入力した白衣姿の気丈そうな女性、カルマ協会技術部門総責任者、ジェナ・エンジェルがマルチ携帯端末を懐に仕舞い、〈実験〉の準備を進める。
 エンジェルの目の前には、発見されたターミナルユニットとは比べ物にならない巨大さと複雑さを持った機械が設置され、それを何人かのオペレーターがチェックを行っていた。

「状況は?」
「あと少しです」
「フフフ、何もすぐに分かるのですから、部下を減らす必要はなかったのではないですか?」
「起きてから理解するのと、起きる前に理解するのではその後の動きに大きな差が出る。これ以上、向こうに柔軟に動かれては色々と困るからな」
「なるほど、確かに」

 後ろから聞こえてくる会話に、冷たい汗が背中を流れ落ちるのを感じながら白衣姿のオペレーターが機材を操作していく。

「主任、準備完了しました………」
「すぐに発動させろ」
「は、はい!」

 オペレーターがスイッチを入れると、設置されている巨大なユニットがうなるような音を上げ、徐々に発光を始める。

「バイパス、順次開放確認!」
「ゲート開放!」
「シャドウ発生確認!」
「バックアップデータ、入力開始!」
「エネルギーゲージ、Dレベル突破!」
「マテリアライズ、開始します!」

 その場にいる誰もが実験の興奮に包まれる中、エンジェルは無言で実験の推移を見つめていた。



「!?」
「これはなんだ!」
「ちょっと!?」

 違和感を感じて呪文の詠唱を中断させたライドウと結界の解除を行っていたゴウトとたまきが、あからさまな異変をきたし始めた鳴羅門石を見る。
 鳴羅門石自体が輝くような光を発し、唸るような鳴動を始める。
 それが圧力となっているのか、鳴羅門石を取り囲む無数の封印の注連縄が大きく張り出し、今にも千切れんがばかりに膨れ上がる。

「何が起きている!」
「! あっち見て!」

 たまきが叫びながら指差した方向には、校舎越しにも見える巨大な光の柱のような物があった。

「あの方角は、この間の公園か」
「こちらのはただ共鳴しているだけだ! あちらが本命だ!」
「でも何が起きてるっての!?」
「この感じ……似ているな」
「ああ、超力超神の時と同じだ。何かが、とてつもなく危険な何かが出現しようとしている………」

 ライドウの言葉を聞いたたまきの顔色がわずかに青くなるが、即座にそれを打ち消して目つきを鋭くさせた。

「……! すぐにこの学校の、いえ蓮華台の全住民を非難させないと!」
「そちらは頼む。オレは何が起きるのかを確かめる」
「まったく忙しい事だ」

 携帯電話を取り出して最緊急回線へとかけるたまきを残し、ライドウとゴウトが本丸公園へと向かった。



「早くするんだ! これは前回の比じゃないくらいヤバいよ!」
「避難してない住民の確認を急いで! 引きずってでも避難させるんだ!」

 前回の一件以来、蓮華台のパトロールに乗り出していた仮面党の一団が中心となって、住民の避難誘導をしていた。
 その中央、ロングパーマのいかにも姉御肌の強気そうなGパンルックの女性、エミルン学園OGで元ペルソナ使いの黛 ゆきのと杏奈が指示を次々と出しながら、光の鳴動を繰り広げる本丸公園の方を見る。

「ありゃ魔王でも呼び出す気かい!」
「いや、イデアルエナジーも無しだと大きな者は呼び出せない! でも何かが……」
「レイディ・スコルピオン! 大変です!」

 そこへ背中にお爺さん、腕に犬を抱いて避難してきた仮面党員の一人が駆け寄ってくる。

「ほ、本丸公園におびただしい数のシャドウが出現してきてます! 前回とは比べ物になりません!」
「何っ!? 本当か!」
「ほ、本当じゃ………変な影みたいな物がたくさん………この人に助けてもらわんと、ワシは食われてたかもしれん……」
「くっ……」

 仮面党員の背中で息を切らしているお爺さんの言葉に、杏奈が思わず爪を噛む。

「私がなんとか公園内に留める! 早く避難を!」
「あんた一人じゃ危険だよ! アタシも…」
「それが、なぜか公園から一歩も出てきません!」
「そうなんじゃ………」

 公園へと向かおうとしていた杏奈とゆきのが、その言葉に足を止める。

「出てこない? なぜ?」
「百聞は一見にしかずって言うじゃない! アタシが行くから、杏奈は避難を!」
「ダメだ! ペルソナの使えない今のゆきのじゃ……」
「何をしている。早く逃げろ」

 そこへ、マント姿の影が声をかけつつ、その場を走り去っていく。

「今のは!?」
「確かライドウ! 凄腕のデビルサマナー!」

 ためらいもなく本丸公園へと向かうライドウとゴウトを見た杏奈とゆきのは、お互いに頷くと、党員とお爺さんと犬を引き連れ、その場から離れる事にした。



 ライドウとゴウトが、本丸公園の入り口手前で足を止める。
 そこには、異様な光景が広がっていた。

「これは………」
「分からん」

 公園内は党員の言葉通り、無数のシャドウで溢れ返っている。
 だがなぜか公園の敷地から出ようともせず、公園自体が不可思議な色合いの空間へと変貌しつつあった。

「異界化? だがなぜあれだけのシャドウを野放しに?」
「贄にするには下等過ぎる………ましてやこの乱雑さでは」

 ライドウの肩でゴウトも首を傾げた時、次の異変が起こった。
 異界化しつつあった公園にまばゆい光に包まれたと思った瞬間、凄まじい振動が周囲を襲った。

「地震?」
「いや違う! 揺れているのはここだけだ!」

 空へと飛び上がったゴウトの目に、一切揺れていない街並みが飛び込んで来る。

「離れろライドウ! 危険だ!」

 ライドウが揺れる公園から離れつつ、懐からすばやく管を取り出しつつ詠唱、疾風族 パワーを召喚し、その体に捕まるとゴウトと共にその場から離脱する。

「見ろライドウ!」

 安全だと思われる地点まで来た所で、ゴウトの言葉にライドウが振り向く。
 そこには、想像を絶する事態が起きていた。
 振動と光を放つ異界化した公園の中に、何かが形を成していく。
 それは高い城壁と塔からなり、頑丈な扉が外界を閉ざす。
 それと同時に、無数にいたシャドウが次第に形を変え、ある物は人の姿に、ある物は悪魔の姿へと変貌していく。

「あの格好、エンブリオンのと似ているな」
「だが、色が違う。黄色だ」

 ライドウの指摘通り、人の姿をした者はヒート達のまとっている戦闘服とよく似た物を着ているのが見えるが、シンボルカラーが違っている。
 さらに、いつまでたってもまるでノイズのかかった映像のように、その姿はどこか不安定だった。

「召喚士殿、これは一体……」
「見れば分かるだろう」
「また、今度はとんでもない物を………」

 ライドウを抱きながら飛んでいるパワーですら、そのあまりに異様な光景に絶句する。
 本丸公園に出現した物、それは紛れも無き、要塞だった……………



 幾つもの糸がより合わさり、強くなったと思いし時は僅か。
 現れし頑強な壁の向こう側にありし物は、果たして………





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