PART24 CONNECT LOST


真・女神転生クロス

PART24 CONNECT LOST




「どうぞ、ダージリンですが」
「いただこう」

 業魔殿の一室、来賓用の部屋のテーブルを挟むように二人の男が座り、赤いコック服を着たシェフ・ムラマサが紅茶を出していた。
 一人はこの業魔殿の船長、ヴィクトル。
 それに相対するは、スーツ姿の男だった。
 静けさ、冷徹さ、そしてその下に潜む異常なまでの鋭さ、それらを併せ持つ独特の雰囲気を持つ、剣呑な男にヴィクトルは手にした紅茶を一口含んでから口を開いた。

「残念ながら、私はここではあくまで協力者であって、彼らを指示する立場ではない」
「ほう……これだけの物を作り上げながら?」

 男は軽い驚きを持って、ヴィクトルの言葉を聞いていた。

「私はあくまで研究のために協力しているだけに過ぎない。そして、この世界では完全な異邦人だ。私も、そして彼らもな」
「そう言うには、大分この世界に干渉したのではないか?」
「この世界を作り上げた者なら分かるだろう。自衛のための差し迫った状況が……」

 男は口を端を僅かに上げる。
 笑みか、侮蔑か、判断のつかない僅かな表情の変化に、ヴィクトルは男の考えている事を掴み損ねていた。

「ともあれ、彼らは今帰ってきた所だそうだが、かなり立て込んでいたようだ。身支度を整えるまでしばし待ってほしい」
「そうか、別に構わない。代わりと言ってはなんだが、あなたの研究について興味がある。少しは話してほしい」
「……いいだろう。そもそも私の目指していた物は…」



「……間違いねえ。氷川だ」

 別室で、来賓室に密かに設置されているカメラからの映像を、帰ってきた全員が食い入るように見つめていた。
 その相手がシジマのリーダー、氷川当人である事を修二が確認する。

「何しにきやがった、あのM字ハゲ!」
「確かに、すげえヘアスタイルだぜ」
「防衛線はどこだろう?」
「取りあえずそっちは追いとけ。やばいのはあいつの生え際じゃなく、その中身だな」

 悪態をつく修二に、皆が賛同するのを八雲やロアルド、キョウジなどが別の意味でうなずく。

「言葉の端々からも、どうやらかなりの危険思考の持ち主らしい」
「カメラ越しでも傲慢さが滲み出ているようだ。しかもそれが借りた威ではまったく無い。まるでお爺様のようだ」
「そっちはそっちでやばいが、どうする? 手土産渡して帰ってもらえそうにもねえ」

 美鶴の意見に賛同しつつも、キョウジが首をかしげて唸る。

「会談に応じるしかないだろう。不用意に攻撃してはシジマまでも敵に回してしまう」
「そうするしかねえだろな。オレが行く」
「オレも行こう。他の者達は警戒を」
「……この状態で?」

 会談に立候補したキョウジとロアルドに、ダンテがかなりグロッキー状態になっているその他全員を指差す。

「ウィ、ムッシュー、マドモアゼル。心配には及びません」

 そこに来賓室から来たムラマサが姿を現す。

「当船は皆様がアサクサに行っている間に、修理が完了しております。皆様の帰還と同時に、浮上する予定でした」
「本当か!」
「ならば、こちらが会談の席につくと同時に浮上させてくれ。空中ならば簡単に攻めてもこれないだろう。説明はこちらでどうにかしよう」
「ウィ。それとお手伝いしていただいていたマネカタや悪魔達は特別倉庫に自主退避しております」
「そりゃ、あいつらじゃ氷川の名前聞いただけで派手にビビるだろうけど……」
「こっちはそこまでビビる必要は無いだろ。使い物にならねえ連中は全員部屋に戻ってろ、どうせ舌戦できる状態じゃねえし」
「へ〜い」
「じゃあお言葉に甘えて………」
「オレらの部屋あるかい?」
「適当なとこでいいでしょ。まったく厄介な時に……」

 レイホゥがぼやくように、特に疲労疲弊が激しいペルソナ使い達が半ばゾンビのように引き上げていく中、僅かに残った者達が用心して業魔殿に残っていた武装を再装備していく。

「一つ言っとく。あの野郎はどうせロクな事言わねえと思う……」
「理解できなかったの間違いじゃないのか?」
「う………」
「どちらにしろ、こんな世界を作り上げた人間の言う事なぞ信用できるか」

 修二の呟きに、マガジンに弾丸を装填していた八雲と小次郎がそれぞれの意見を返す。

「言えるな。どうにも話が合いそうにない」
「……あれは危険だ」

 悠然としているダンテに、人の姿に戻ったサーフも珍しく意見を述べて賛同する。

「こっちから手出したらダメよ。口実与えるから」
「へいへい。悪魔よか交渉が難しそうだ。キョウジさんもよくやるよ……」
「だが、氷川は一体なんのために……」

 レイホゥとフトミミも緊張した面持ちで隠しカメラの画面を覗き込み、そこにようやくキョウジとロアルドが室内へと姿を現した。



「悪ぃ、待たせたか? オレは葛葉 キョウジ、古代から続く悪魔使いの一門《葛葉》の筆頭サマナー。一応ここの有象無象衆のまとめっぽい事になってる」
「ロアルドだ。レジスタンス・ローカパーラのリーダー、参謀の真似事のような者だ」
「氷川と言う。知っているだろうが、この世界を新生させるために東京受胎を引き起こした者にして、シジマをまとめる者だ」

 簡単な自己紹介の後、ヴィクトルが氷川の正面席をキョウジに譲り、その右にヴィクトルが、左にロアルドが座った。
 同時に、外から爆発音のような音が響いたかと思うと、船体が小さく振動を始めた。

「ほう……飛べたのか」
「悪いが、こっちにゃ仲間が腐る程って訳にはいかないんでな。保身のために飛び立たせてもらった」
「構わん。それに皆疲れているだろうからな。まさかマネカタ達にアサクサを放棄させ、あまつさえ全員を脱出させるとは。異世界からの寄せ集めとは思えない手際だ」
「………」

 その場に居合わせた、こちら側の人間しか知りえない情報に、キョウジの目つきが鋭くなり、ロアルドがちらりとヴィクトルを見るがヴィクトルが小さく首を左右に振る。

「何の話だ、って言いたい所だが、とぼけても無駄みてえだな」
「ああ、教えてくれた者がいてな。アサクサで怪しい動きを見せている者達がいると」
(ちっ、あの野郎か……)

 氷川の言葉に、キョウジの脳裏にいきなり姿を消した40代目ライドウの事が浮かんだ。

「なら、今度はこちらが聞こう。そちらの目的はなんだ? 今の疲弊した我々なら、そちらの勢力なら潰すのは簡単だろう」
「潰す? まさか」

 ロアルドの強い口調に、氷川が大きく口を歪ませ、笑みを作る。

「そちらの力は、私の想像を遥かに上回っている。だが、その力は危険因子であると同時に、非常に有効的でもある」
「……つまり、同盟を結べと言う事か?」
「事情は聞いている。君達の目的は、元の世界への帰還なのだろう? こちらとしても不必要な因子はコトワリの乱れになりかねない。ならば、互いに目的のために協力できないかと思ったまでの事だ」

 氷川の驚くべき提案に、キョウジはしばし言葉を詰まらせる。

「世界その物を作り変える、か。凡人のヘボ小説家崩れの身では、想像もつかない壮大すぎる計画だ。そしてそれを実行させる頭脳と力を持っている。あながち不可能とは言えない提案だろうな」
「その通りだ」

 こちらも攻め方が分からないのか、ロアルドも言葉を濁す。

「互いに悪い話ではない。なにより、そちらは補給もままならない状態のはずだ。その状況で、最悪の場合この世界の全ての勢力が敵に回りかねない。どうする?」
「一つだけ意見させてもらおう」

 そこで、ヴィクトルが口を開く。

「彼らはあくまでニュートラルだ。極端な変革を求める者達とは意見があわないとも思えるが」
「誰でも、表と裏が有る。例え意にそぐわなくても、実利のために手を結ぶ事なぞ、そう珍しくはないだろう」
「ふ、その通りだ。言ってる事どれも正論過ぎて恐れ入るな……」

 キョウジが苦笑しつつ、テーブルの下に隠された小型キーボードを氷川に気付かれないようにタイプする。
 その内容は、別室に控えている者達へと送られていた。



「あんのM字ハゲが! 何寝言言いやがって! 今日こそM字じゃなくV字ハゲにしてやる!」
「しっ!」
「あんま騒ぐな、それにやるなら逆V字の方がよさそうだな」

 アサクサでの疲れがあるにもかかわらず、憤慨している修二をレイホゥと八雲がたしなめる。

「キョウジからメッセージよ、どう思う?だってさ」
「悪いが、オレはあの手の男は信用できない」
「……オレもだ」
「奇遇だな、オレもだ」

 小次郎の意見に、サーフとダンテも賛同する。

「だが、確かに正論でもあるな。さっきので業魔殿の備蓄してた発破も弾もごっそり減っちまった。似たような状況になったら今度は持たねえだろうな」
「ならば、ヨスガに組みしようというのか」
「それも一つの手ではあるな」

 八雲の意見をフトミミが問いただすが、八雲はあくまで意見だけにしておく。

「他のみんなは、すでに寝込んでるのもいるから聞きようにもないし」
「あんな状態で討論しようってのがそもそも間違いじゃ? キョウジさんもロアルドのおっさんもよくやる………」
「そういうお前も、完全に臨戦態勢に見えるぜ」

 ぶつぶつと言いつつも、ソーコムピストルに初弾を装弾している八雲をダンテが指差す。

「ぶっちゃけ、てめえのやりたい事のために全人類巻き込む奴が信用できるかどうかって事だよな」
「できねえよ」
「そうした奴をオレは何人も見てきた。そして全て倒してきた」
「オレも同じだな、もっとも悪魔ばかりだが」

 八雲、修二が続けて氷川への猜疑心を露にし、小次郎、ダンテにいたっては露骨に敵対心を出し始めていた。

「だが氷川は油断のならない男だ。どんな事にも二重、三重の用心を重ねている」
「つまり、ご破算になっても計画通り?」

 フトミミの注意を聞いたレイホゥが、そこで更に悩む。

『八雲〜まだ〜? 八雲さん、あの、そろそろ』

 そこで室内のディスプレイにカチーヤとネミッサが表示され、サーバーマシンがすでに限界になりつつある事を示してきた。

「もうちょっと待っててくれ。こっちは今厄介な………あ」

 そこで何かを思いついた八雲が、しばし思考する。

「レイホゥさん、レイホゥさん。ちょっと」
「何?」

 八雲がレイホゥを手招きして、何かを耳元で呟く。
 それを聞いたレイホゥも眉根を寄せて考え込んだ。

「それは、まずいわね………」
「多分、これがばれたら絶対破談になるような………」
「何の話だ?」

 二人だけで考え込んでいる状態に、小次郎もさすがに気になって問い質す。

「あ〜、修二にフトミミのおっさん。ストレートに聞くけど、あれ敵に回したらまずいか?」
「オレはどうせハナからあいつ気にいらねえし」
「彼の作ろうとする世界に、マネカタは相容れないだろう。君達が賛同するなら別だが」
「いやその、絶対的にやばい事がちょっぴりあって………」
「それはなんだ」

 短いが強い口調のサーフに、八雲は頭をかきながら全員を手招きする。
 耳を寄せた全員に、その『絶対的にやばい事』を囁いた。

「は? どういう意味?」
「そうか。つまりそういう事か」
「なるほどな、どうする?」
「………」
「ぬう、まさかそのような事が……」

 全員がそれぞれ違う反応を示す中、八雲はレイホゥを見た。

「仕方ないわね。ここで彼女捨てる訳にもいかないし」
「……スイマセン」
「キョウジにはこっちから知らせて準備させるわ」
「じゃあオレはこっちの準備を」

 八雲がそう言いながら、部屋から小走りに出て行く。
 レイホゥは一息つくと、あるメッセージをキョウジへと送った。



「さて、どうする?」
「う〜ん、こちらで討議して後日ってのはダメか?」
「別に構わない。もっともその後日までに他の勢力に襲われなければの話になるだろう」
「………」

 最早一方的な状態になっている会談に、キョウジもロアルドもどうするべきか悩む。
 しかし、キョウジの目は密かにテーブルの影にある、小型ディスプレイに表示されたレイホゥからのメッセージに向けられていた。

「この業魔殿はそう簡単に攻め込めるようには出来ていない。返事を先延ばしにしても問題は無いだろう」
「う〜ん、そうっすかな〜」

 ふざけるようにキョウジが言ったその時だった。
 突然、来賓室のテレビに電源が入り、そこにネミッサとカチーヤの姿が映し出された。

『あれ、何ここ? 業魔殿の来賓室ですよ。何か変なおっさんいるし。失礼ですよ、ネミッサさん。でもなんで…… どうでもいいから、ネミッサもうどうにかしたいんだけど!』

 突然映し出された光景に、不信の目でそれを見ていた氷川だったが、そこで出てきた言葉に突然その目が大きく見開かれた。

「ネミッサ、ネミッサだと!? 貴様達、《滅びの歌》を有しているのか!?」
「やっぱそうなったか……じゃあご破談だな」

 今までの冷徹さが吹き飛ぶような荒い口調で叫ぶ氷川に、キョウジはぼやきながら足元のスイッチを押し込んだ。
 次の瞬間、氷川の足元の床が突如として開き、氷川がそのまま落下していく。

「滅びの歌を持つのならば、お前達は創生の天敵だ!」

 落下しつつも、氷川が叫びながらテレビに映るネミッサを最後まで睨みつける。
 その体が完全に消えると、ロアルドとキョウジが落とし穴を覗き込む。
 いつの間にかかなりの高度にあった業魔殿から落ちた氷川だったが、飛行能力を持つ悪魔を呼び出し、その背に乗るのが小さく見えた。

「しぶとい奴だぜ」
「だが、なぜ彼は……そう言えばネミッサと言うのは」
「そ、ネィテイブアメリカンの伝承にある、死を迎える時に輪廻転生を導く滅びの歌、それがあいつだ」

 来賓室に姿を現した八雲の言葉に、ロアルドもようやく納得した。

「なるほど、一度滅んだ世界に再度の滅びの因子は不必要どころか、危険因子以外の何者でもないという訳か」
『??なんの話? あの、ネミッサさんてそんなに危険なんですか?』
「まあネミッサだけ放逐するって手もあったが」
『ブ〜! 八雲ひどい! あの、八雲さん本気じゃないですよね?』 
「それやったら絶対後で今よりひどい事になるからな。あ、ヴィクトルのおっさん、一応業魔殿は防護モードにしといた」
「了解した。以後、皆の休養が済むまでこちらで守備は受け持とう」
「やれやれ、まぁた変な事になっちまった……」
「スイマセン、キョウジさん……」
「いいさ。どっちにしろ、彼女がいてもいなくても時間の問題だっただろうし」
「そうだな、言ってる事は突き詰めればカルマ協会と左程変わらない」
「……ホントにどこも似たような」

 八雲が呆れた声を上げた時だった。
 いきなり窓から閃光が差し込む。

「なんだ!」
「早速の報復か!?」
「ちっ!」

 攻撃を警戒しつつ窓際へとキョウジ、ロアルド、八雲が駆け寄る。
 だが閃光は、僅かな間を空けてランダムに差し込んでくる。

「まさかこれは……!」
「次元規定数値がデタラメに踊っている。これは、ここに飛ばされた時と同様の現象だ。だが、数値が明らかに桁違いだな」

 ある予感を抱いた八雲に、手近のコンソールから計器類をチェックしたヴィクトルが呟く。

「つまり、まだどこかに飛ばされるってのか!」
「いや、それにしては規模が大き過ぎる! ここに飛ばされた時の比ではない!」
「何だあれは!?」

 眩い閃光に目が眩みながら、その閃光が何か形を描いていくのを皆が見届ける。
 そしてとても直視できぬ閃光が突き抜けた後、光の奔流はとうとつに止んだ。

「さて、今度は何が………!?」
「な、何だあれは!?」
「街、だな…………」

 閃光が晴れた後、業魔殿の窓から見える光景に劇的な変化があった。
 受胎東京の球状世界を横切るがごとく、巨大な物体が姿を現していた。
 それは、円状の大地とそれを囲む幾つかのサークル、そしてその大地に幾つもの町並みが広がる、巨大な空中都市の姿だった。

「キョウジさん、あれ………」
「ああ、間違いねえ……資料とまったく同じだ」
「知っているのか!?」
「かつて、虚神の力により浮上するまでの力を蓄えた街があった。だが、多くの者達の力により、再度着陸し平穏を取り戻したはずの街。珠阯レ市だ」

 話には聞いていたが、実際に見るのは初めての八雲とキョウジが、どこか唖然とした顔で虚空に浮かぶ珠阯レ市を見る。

「まさか、街一つが跳躍してくるとは………もう何が起きても驚くべきじゃないのかもな」
「それが出来たら気楽だけどな……」

 ロアルドも呆然としている中、八雲がヴィクトルに視線を送る。

「おっさん、ここからサーチできるか?」
「今している……人間とおぼしき生命反応が大多数、それに記録にあるパーソナルデータが幾つかあるようだ」
「誰だ!?」
「これは………尚也を始めとしたペルソナ使い多数、こちらはたまきか。それに喰奴らしき反応もある。複数の無線らしき電波も確認した」
「本当か!? つまり、生存者大多数って訳か………」
「……むちゃくちゃ厄介な事になりそうだ」

 キョウジが声を上げる中、八雲がため息をもらす。

「ともあれ、状況確認が必要だ。通信は出来るか?」
「もう少し接近してなら可能だ」
「そうしてほしい。向こうも混乱しているはずだがな」

 ロアルドもため息を漏らし、スケールを図り損ねそうな巨大な浮遊都市を見つめた。



「どういう事だ!?」
「なんで頭上に街が!?」
「いや、真横にも広がっている! ここは巨大な球状世界なんだ!」
「どこのビックリ世界ファンタジーだ!」
「落ち着くんだ! まずは総員点呼及び負傷状況を報告! 無事な者は市街地の被害確認! 急げ!」

 混乱の一途の皆に、克哉が一喝して指示を出した。

「こっちは全員そろってる!」
「こちらもだ」
「あ〜、重なっちゃってるけど大丈夫………」
「周防署長! 市街地にパトロール部隊を回します!」
「仮面党総員、無事な者は市民の安全を確認! 急げ!」

 混乱状態から抜け出した者達が、矢継ぎ早に報告を出し、次の指示を上げていく。

「戦闘可能な者は、小隊編成で市街に展開! 警戒に当たれ!」
「……克哉、なんか変わった〜」
「そ、そうかな?」

 間近に浮かぶピクシーの言葉に、克哉は自分の口から次々と出てくる的確な指示にようやく違和感を覚えた。

「いや、これは珠阯レ警察署長、周防 克哉の仕事だからな。この体が覚えているんだろう」
「克哉、XX―1が全機オーバーヒートで動かない。応急修理もできるかどうか………」
「そうか、もっとも乗員も減ってしまったが」

 尚也からの報告に、克哉はその半数以上がペルソナ使いになった機動班のメンバー達を見る。

「周防署長、こっちは全員ボロボロよ………」
「派手な戦いだったからな」

 たまきとゴウトの報告に、克哉も顔を曇らせる。

「まずは安全確認、そして状況の把握が最優先だ」
「こんな異常な世界で出来ればだが」
「偵察に行くか?」

 ボロボロのはずだが、戦闘意欲をまったく衰えさせてないアレフとライドウが名乗りを上げる。

「それは後だ。救護班は負傷者の搬送急げ!」
「どいたどいた!」
「園村を病院に運ぶ! 疲弊が激しい!」
「だ、大丈夫……」
「この跳躍が人為的な物なら、何か痕跡があるはずだ」
「鑑識を回してくれ。ここを早急に調べたい」

 負傷者の搬送が相次ぎ、ゲイルと轟所長が周囲を調べ始める。

「おい、あれは!」

 そこでいきなり明彦が叫んで空を指差す。
 その指先は、こちらへと向かってくる巨大な飛行船を指していた。

「ああいう物があるという事は、知的生命体がいるようだ」
「そのようだ」
「いや、あれは業魔殿だ! 間違いない!」
「どうやら、そうみたいだね」

 ゲイルと轟所長がうなずく中、近づいてくる飛行船に見覚えがあった克哉と尚也が目を凝らしてそれを確認する。

「業魔殿、ってあれが? 私が知ってるのは遊覧船よ?」
「その後、飛行船に移築したそうだ」
「ならば、ヴィクトルがいるな」
「あ、そうか」

 轟所長の言葉に、たまきが手を叩く。

「どうにか連絡手段を…」
「周防署長! 警察無線に妙な通信が!」

 そこへ、警察官の一人が声を上げながら、無線子機を持ってくる。
 それを受け取った克哉が、耳へと当てた。

『こちら飛行船業魔殿、連絡を請う。繰り返す、こちら飛行船業魔殿、連絡を…』
「間違いない! ヴィクトル氏の声だ! 返信は出来るか!?」
「通信指揮車からなら!」
「彼なら何か状況を知っているはずだ! 僕が話す!」
「じゃあここはオレがなんとかしとくよ」
「頼む!」

 公園内の混乱を尚也に受け持たせ、克哉は通信指揮車へと走り出した。

「一難去ってまた一難、ってこの事ね」
「この調子なら、まだまだあるだろう」

 たまきのぼやきを更に悪化させる轟所長の言葉に、異論を唱えるだけの余裕のある者は誰一人としていなかった………



「こちら珠阯レ警察署署長、周防 克哉だ。ヴィクトル氏、返答されたし」
『おお、君か……そちらの現状は?』
「かなり混乱が続いているが、極度の被害は出ていない」
『そいつはよかったな、周防。つーか、いつの間にそんなに出世した?』
「! 小岩か! 音葉君もいるのか!?」
『オレ及びその他多数、色んな連中がいるぜ』
「音葉君も一緒か……何があった?」
『お互いに、簡単には説明できまい。できればそちらへの着陸許可を』
「分かった。許可しよう」

 ヴィクトルに着陸許可を出した克哉は一度通信を切ると、ようやく大きく息を吐いた。

「署長、あまり無理をなさらないように……」
「うん? ああそうだな…………」

 通信担当の警官が、克哉の行動に思わず声をかける。

「いや、そういう状況でもなさそうだ」
「そうですか……ともあれ、市街に大きな被害は無いようですし、詳細な被害報告をまとめるまでは少しお休みになられた方が……」
「そうだな……ヴィクトル氏が到着するまで少し休むか」

 手近の椅子に座った克哉が、ようやくかなりの疲労が溜まっている事に気付く。
 程なく、当人の意思から関係なくその口から寝息が漏れ始めた。



『そうか、そちらはかなり深刻のようだな』
「そっちもな。だがどうする?」
『双方、戦闘可能要員は疲弊している。しばしの休息が必要だろう』
「そうだな。取り立てて被害も無さそうだし、休むなら今の内か……」

 間近での話し声に、克哉が眠りから目を覚ます。

「起きたか」
「う、すまない。寝ていたようだ」

 通信設備越しに話していた轟所長が、こちらへと視線を向けてくる。
 いつの間に用意したのか、目の前には映像通信も可能な高機能通信機がセットされていた。
 そこに映しだされているヴィクトルの姿に、克哉は頭を振って意識を覚醒させようとする。

『話は聞いた。無理はしない方がいい』
「いや、僕にはまだ仕事が………」
「お前の部下達から、市街はやや混乱気味だけど大丈夫だからお前を寝かせておいてくれと言われてる。それにその状態じゃまともな判断も出せまい。休め」
「……そうか」
『起きたら、やるべき事が大量にある。休養は大事だ。こちらに部屋を用意するか?』
「ああ。そうだな……家に帰ってる暇も無さそうだし、ご好意に甘えさせてもらおうかな」
「後詰はやっておこう。他のメンバーも一度業魔殿に集めておいた」
「ああ、済まない………」

 ゾンビのような足取りで、克哉は公園に滞空している業魔殿へとゆっくり向かった。
 やがて、業魔殿から無数の寝息やいびきの輪唱が奏でられる事になった………



8時間後

「くぁ…」

 漏れそうになったアクビを強引に押し止め、克哉は制服の襟元を正す。
 手には仮眠中に持ち寄られた報告書の分厚い束が重く圧し掛かり、まだ完全に抜け切っていない疲労を更に重くさせていた。

「克哉だいじょうぶ? もうちょっと寝てた方が?」
「そういう状況でもないからね。まずどこから手をつければいいのやら……」

 肩口に座って心配そうに見ているピクシーにそう言いながらも、克哉の顔色はあまりいいと言えなかった。
 一番真上の報告書には、市外の混乱状態は沈静化しつつあり、緊急の事例は無いとは書かれていたが、それでもあまりゆっくりしている訳にもいかないだろう、と思いつつも克哉は眠気を消し去ろうとコーヒーを求めて食堂へと向かった。

「おはようございます克哉さん。起きてきて大丈夫ですか?」
「ああ、なんとかな」

 食堂に入ると、トレーニングウェア姿でテーブルに着き、ミネラルドリンクにプロテイン粉末を注ぎ込んでいる明彦に声をかけられた。

「あなたが、周防 克哉氏か?」
「そうだが、君は?」
「私は桐条 美鶴、月光館学園特別課外活動部部長だ。明彦が世話になったそうだな」
「いや、お互い様だ。彼にも協力してもらったしな」

 明彦の向かいに座って紅茶を飲んでいた美鶴に、同じテーブルを進められて克哉は席に着いた。

「いらっしゃいませムッシュ周防。ご注文は?」
「コーヒーを、なるべく目が覚める奴で頼む」
「それとケーキ!」
「ウィ」

 報告書の束をテーブルの上に置いた所で、オーダーを取りに来たシェフ・ムラマサに注文を出すが、ふと克哉は普段と少し違う事に気付く。
 普段なら客の応対をしている人造メイド姉妹の姿が見当たらず、変わりにメイド姿の悪魔達がテーブルのセッティングなどを行っている。

「あれ、メアリ君とアリサ君は? それに彼女達は……」
「あの二人は、現在修理のための休養中です」
「修理?」
「こちらでも大規模な戦闘があったのだ。その二人に、こちらのメンバーも一人要修理状態だ」
「……一体何が?」
「今それを二人で話していた所です。この世界も相当物騒らしくて………」
「この街も、のようだが」

 真剣な顔をする明彦と美鶴に、克哉は事態がおそらく自分の予想出来る範疇には無さそうな事を悟る。

「いや、詳しい説明は後にしよう。市街は沈静化していると言うが本当だろうか?」
「それは本当です。ロードワークがてら見てきましたが、一時の混乱は抜けました。市街地に敵らしき物も見つかっていないようです」
「この高度では、そうそう敵襲もできなかろう」
「そうか………」
「マネカタ達も市街の修復や監視に積極的に協力してくれている」
「マネカタ?」
「この世界で悪魔の奴隷になるために造られた擬似人間だそうだ。成り行き上、保護したのだがお礼にと積極的に協力してくれている」
「あの微妙な動きする変な人達?」
「ああ、オレも見た。少し変わっていたが、悪い人達じゃないようです」
「ふむ……」

 少し考え込んでから、運ばれてきたエスプレッソを一口すすると克哉は報告書の束に目を通し始める。
 ちなみにピクシーは報告書の束の隣でタルトケーキにかじりついていた。

「ああ、それは私の出したレポートだな。急場に出したので簡易的な物で済まないが」
「いや、まずは状況の把握が大事だ。参考にさせてもらうよ」
「美鶴から聞いた話によれば、あちらにも相当の戦闘力を持った者達が集まっているとか。しかも、同じくあちこちの異世界から来た人達が」
「今現在、僕達全てがそうなっているけどな」

 美鶴のレポートに書かれている衝撃的な報告に、克哉の顔色が曇っていく。

「これは………今後の影響も考慮せねば」
「それは向こうも同じだろう。お互い、今どうすればいいか分からずにいるだけだな」
「確かに………」

 美鶴の適切な判断に、克哉も同意しながら次の報告書に移る。

「まずは関係者全員が状況を把握する事が最優先だろう。他の人達は?」
「起きてき始めているのと、まだ寝てるのが半々と言った所だ。なかにはもう行動を始めているタフな者もいる」
「喰奴の人達だな。探していた人を見つけたとか言っていたが………」
「セラ、という女性だな?」
「その通りだ。私にはよく分からないが、喰奴の暴走を抑えられる、《テクノ・シャーマン》という存在らしい」
「ふむ………」
「克哉はここにいるか」

 そこへ、ゲイルが食堂へと顔を覗かせた。

「ああ、こっちだ」
「どうやら、大丈夫のようだな。市街は一応警戒態勢を敷いている。認識一致のため、皆でミーティングを行うべきだと思う」
「今それを考えていた所だ。これを全て目を通し終えてから行おう」
「手伝おう。状況把握は最優先事項だ」
「なら、オレ達は全員を起こしてくる」
「せめて顔くらいは洗わせておくべきだろう」
「ムッシュ克哉、なら全員分の朝食の用意もしておきましょうか?」
「頼めるかな? 簡単な物でいい」
「ウィ」

 言ってから自分も空腹を覚えつつ、克哉は次の報告書に取り掛かった。


一時間後

 業魔殿の食堂に、許容人数ギリギリの人が詰まっていた。

「すごいなこれは………」
「まったくだ」

 予想以上のメンバーに、克哉とキョウジが半ば呆れる。
 その狭い中を、業魔殿に保護されていた悪魔メイドやマネカタ達が朝食や飲み物を配っている。
 その様は例えようの無いカオスとも言えるような状況だった。

「悪魔使いに術者、ペルソナ使いに喰奴、巫女だのハンターだのからよく分からない連中まで、よくもこんだけ集まったモンだぜ」
「確かにな。顔と能力を把握するのが一苦労だ」
「他に来てない人は〜?」

 キョウジが指差ししながら人数を確認し始め、ピクシーが頭上を飛びながら点呼を呼びかけた所で、ふと克哉は見慣れた顔が足りない事に気付く。

「小岩と音葉君は?」
「遅れました!」
「う〜ん、ネミッサまだ眠い〜」
「ぐ〜………」

 そこへカチーヤとネミッサ、そしてその二人に引きずられながらもまだ寝ている八雲が食堂に入ってくる。

「遅〜い」
「……音葉君、これは?」
「八雲さん、ほとんど寝てないんです。私のNEMISSAシステムが壊れちゃって、その修復に当たってて」
「ねえ〜ネミッサももうちょっと寝たいんだけど〜」
「そちらの女性は? いやこれは……悪魔?」
「八雲さんの昔のパートナーで、ネミッサさんです」
「昔の……亡くなったと聞いていたが」
「地獄から這い出してきたらしんだよ……」

 そこでようやくうっすらと目を開けた八雲が、いまだ虚ろな目をしながら呟いた。

「地獄から? まあ後で聞こう」
「これで動ける奴は全員か」
『そのようです』
『こっちは動けないけど』
『致し方ありません』

 キョウジが確認した所で、会議用に用意された大型ディスプレイの片隅に、回線を通じて意識だけ参加したメアリ、アリサ、アイギスの顔が表示される。
 顔見知りも多く混じっているのか、各々が現状について独自に情報を交換し合っている光景もあったが、ただ静かに椅子に座ったままの者も多い。

「それでは始めよう。まずは能力把握のために、全員簡単な自己紹介をして欲しい。今後のためにも何を使えるかくらいは必要だろうからな」
「その通りだ」

 議長役を買って出た克哉に、賛同の声が上がる。
 その声を上げた人物が立ち上がり、皆の視線が集中する。

「相馬 小次郎、デビルバスターだ。デビルサマナーとこちらでは呼ぶらしいが。1999年に一度壊滅した世界から来た」
「小次郎のパートナー、八神 咲よ。電撃と回復を得意としてます」
「じゃあ僕らも。子烏 俊樹、警視庁特殊機動捜査部機動班、XX―1《weis》機のパイロットです」
「同じく、《schwarz》機に乗ってる三浦 陽介だ。今聞いた話だと、この小次郎と昔オレらは組んでたらしい」
「相馬 小次郎……まさか伝説のザ・ヒーローとはな」
「え?」

 隣から聞こえた声に、腰を下ろしかけた咲が首を傾げる。
 それに続くように、隣の人物が立ち上がった。

「アレフ、同じくデビルバスターだ。どうやら、彼らから更に未来の世界から来たようだ」
「ヒロコ、アレフのパートナーで元メシア教団のテンプルナイト」

 簡潔な説明だけして二人が座る。

「じゃ、こんどはこっちか。オレは葛葉 キョウジ。悪魔使いの一門《葛葉》の筆頭サマナーだ」
「レイ・レイホゥ。術者代表をしてるわ」
「里美 たまき、葛葉所属サマナーね」
「八雲さん起きてください………あ、カチーヤ・音葉、術者で八雲さんのパートナーです」
「ん、ああ。小岩 八雲、葛葉所属の三下サマナーだ」
「ネミッサ、悪魔だよ♪」
「轟だ。相談役のような事をしている」
「なら我らも」
「葛葉所属サマナー、十四代目 葛葉 ライドウ。葛葉所属だが、彼らから見れば70年程前の事になるようだ」
「ゴウト、ライドウのお目付け役をしている」
「カラスがしゃべった……」

 ゴウトが喋った事にポカンとしていた者が、ふと我に帰って立ち上がる。

「えと、英草 修二。元人間だったけど、なんでか悪魔になっちまった。ここじゃ人修羅って呼ばれてる。喰奴って人達とはちょっと違うけど、よろしく!」
「高尾 祐子。元は英草君の担任教師だったわ。この異常な東京を作り出した元凶の巫女よ」
「フトミミだ。マネカタ達のまとめ役をしている」
「……ダンテ。デビルハンターだ。気付いたら巻き込まれちまった」
「……濃いね」

 変わった者ばかりの紹介を見ていて思わず呟いた者が、次に立ち上がる。

「藤堂 尚也。エルミン学園OBでペルソナ使い。警視庁特殊機動捜査部機動班の班長だったけど、班員が二人だけになっちゃったからどうしようか悩んでる」
「また私達のリーダーとか。園村 麻希、同じくエミルン学園出身のペルソナ使い、今はカウンセラー助手してます」
「同じく、ペルソナ使いの南条 圭だ」
「上杉 英彦、今大評判のブラウン様ってのはオレの事だぜ、よろしく!」
「桐島 英理子、エリーで結構ですわ。Occultなら負けません事よ」
「黛 ゆきの、元ペルソナ使いになったけど、やる時ゃやるよ」
「レイジ、城戸 玲司だ」
「アメリカ帰りのマークこと稲葉 正男! よろしく頼むぜ!」
「Oh、AYASEがいれば全員そろうのですが」
「あれ、確か子供生まれたらペルソナ使えなくなったとか言ってたような?」
「ああ聞いた聞いた」
「オレ初耳だぜ?」
「そりゃお前、ずっと向こうにいたろ。メール出したけど届かなかったぜ」
「いや、金無くてプロバイダ切られて……」
「……後にしてくれ」

 雑談に走り始めたエルミンOB達を押しとめ、赤いジャケットを着た男が立ち上がる。

「周防 達哉。警視庁特殊機動捜査部機動班だったが、こちらの体に憑依してペルソナ使いになっている。こんな世界を作り出した張本人だ」
「情人、そんな事は……あ、リサ・シルバーマン。同じくペルソナ使い! 情人のために頑張る!」
「ふふふ、男気と音楽を追求する美しきペルソナ使い、ミッシェル様とはオレの事。よろしく君達」
「あ、彼の本名は三科 栄吉って言うから。僕は橿原…、じゃなくてこっちだと黒須 淳。かつてはジョーカーと呼ばれてた。この世界を作ってしまった人間……」
「それは私もだ。仮面党現リーダー、吉栄 杏奈だ。レイディ・スコルピオンと呼ばれてる」
「仮面党一の勇者、正義の転生戦士イシュキック! パワーアップして参上!」
「はいはいあかりちゃん、分かったから降りて降りて。私は天野 舞耶、雑誌記者兼ペルソナ使い。何でかこの街にお墓があるけど気にしないで」
「それなら僕はもっと複雑だが……警視庁特殊機動捜査部捜査班 班長、周防克哉だ。ペルソナ使いで先程の達哉の兄でもある。今は、諸所の理由でここの警察署長になってしまっている」 
「確かに複雑なこった、パオフゥだ。特技はペルソナ戦闘と情報収集。この状況じゃさぞ忙しくなりそうだ」
「何言ってんのよ。同じくペルソナ使いの芹沢 うらら、なんでか二人いるけど気にしないで」
「あとで憑依だか合体だかしないとマズイってね………」
「あっちも大分複雑だね………」

 頭をかきながらブレザー姿の少年が立ち上がる。

「不破 啓人、月光館学園特別課外活動部の戦闘リーダー、前の人達とは少し違うけどペルソナ使い」
「同じく月光館学園特別課外活動部部長の桐条 美鶴だ。簡易的だが、サーチ能力もある」
「真田 明彦、特技はボクシング、ペルソナ戦も肉弾戦もこなせる」
「岳羽 ゆかり。弓道部在籍で弓が得意」
「伊織 順平、特別課外活動部のエース候補!」
「あの順平君、すぐばれるウソは止めた方が………山岸 風花です。戦闘力はありませんけど、ナビゲーター役をやってます」
「初等科ですけど、部員の天田 乾です。こっちはコロマル」
「ワンワン!」
『こんな状態で失礼であります。対シャドウ人型防衛兵器、アイギスMC。アイギスとお呼びください』
「ガキに犬までいるのかよ」
「ちょっとヒート……」

 ヒートの呟きが大きめに響き、アルジラが咎めた所で、銀髪の男が立ち上がる。

「サーフ、喰奴。トライブ・エンブリオンのリーダー。」
「……ヒートだ。エンブリオンのアタッカーだった。邪魔する奴は全部食ってやるから安心しな」
「ちょっとヒート……アルジラよ。パートはスナイパー、よろしくね」
「ゲイルだ。エンブリオンでは参謀をしていた。状況解析、戦術構築なら任せてほしい」
「オレはシエロ、ラテンのリズムでよろしく頼むぜブラザー!」
「ロアルドだ。対カルマ協会レジスタンス、ローカパーラの二代目リーダーをしていた。もっとも元はヘボ小説家だがな」
「あと一人、セラって子がいるんだけど、今ちょっと治療中よ」

 居並ぶ者達を見回し、ビクトルが小さく頷く。

「これで、大体か。私はヴィクトル、この業魔殿の船長で悪魔研究家だ」
「ボンソワール、ムッシュウ、ボンソワール、モドモアゼル。料理長のムラマサと申します。厨房担当と刀剣加工が役割です」
『画像にて失礼します。メイド長のテトラ・グラマトン式成長型人造魂魄保有型半有機自動人形初期型、メアリと申します。以後お見知りおきを』
『テトラ・グラマトン式成長型人造魂魄保有型半有機自動人形・パーソナル デバイス設定式二期型、アリサだよ! よろしくね♪』
「……よくもまあこれだけ色々な連中がそろった物だ」
「違いねえ、全員ある一つの共通事項以外、てんでバラバラと来てやがる」
「あの、共通事項って?」

 正直な感想を述べた克哉とキョウジに、啓人が聞き返す。

「簡単な事だ。能力に個人差はかなりあるが、全員が悪魔と戦う力を持っている。ただその一点だ」
「オレら戦ってたのは悪魔じゃなくてシャドウなんスが………」
「オレは妙なパワードスーツみたいな機械とも戦ったぞ」

 ゲイルの意見に一部から反論が出るが、つつがなく無視される。

「とにかく、現状の簡易的な説明を始めよう。双方、どのような場所から来たかはこの際不問だろう。だがこの街はそうはいかない。そもそも、この珠阯レ市では光の存在《フィレモン》と闇の存在《ニャルラトホテプ》が《噂》を現実化させ、操作する事で人心を操る実験を行っていた」
「噂の現実化?」
「すごい話だな〜」
「だが、噂という物は悪い物程、伝播も早い。いつの間にか、噂は世界の滅亡のレベルにまで及び、とうとうこの街を残して滅亡した世界、それがこの珠阯レ市だ」
「……それなら、似たような物のようね」

 小さく呟いた祐子が、席を立つと皆の前へと進み出る。

「この世界もそう。新たな世界の創造のため、一度全てを滅亡させ、その力を持って東京受胎を引き起こした新たな世界の雛形。それがこの世界よ」
「待て、ここが東京だと言うのか!?」
「帝都守護役はこのような事態を防げなかったのか!」
「詳細はあとでレポートにして皆に配る。それよりも」

 ざわめく者達を、克哉が静かになだめて言葉を続ける。

「今、我々がやらなければならない事。一つは現状の詳細情報の入手。そしてこの異常事態の原因の解決。この二点だ。詳細は未確認だが、この幾つものパラレルワールドとも呼べる世界が繋がる事態、これは人為的な物の可能性が高い」
「待て! ではこれはテロだと言うのか!?」
「こんな事出来る人間がいるのか!?」
「人間、じゃねえかもしれねえぞ」

 更なるざわめきの中、八雲の一言に全員が押し黙る。

「神格、もしくはそれに類する存在の関与か」
「おう、話が早いな」
「前にもあったからな」
「オレもだ」
「奇遇か、こちらもだ」

 アレフ、小次郎、ライドウの言葉に半数近くの者達に更なる沈黙が降りる。

「だが、主犯が誰かはともかく、協力している人間がいるのも確かだ。僕はライドウ君の世界で神取 鷹久に会った」
「何!? 本当か周防!」
「それだけじゃない。オレはこの街でストレガにあった」
「ええ!? 何でぇ!?」
「本当すか真田先輩!」
「カルマ協会も関与している。エンジェルの姿もあった」
「マジ?」
「本当なのか……ならば何故?」
「ちょっと待った。それなら、オレはここで40代目ライドウを名乗る奴ともあったぞ」
「40代目だとぅ!?」
「そいつは国津神をそそのかして超力超神事件を引き起こした張本人だ!」

 聞き覚えのある敵の名に、それを知る者達が次々と驚きの声を上げていく。
 その様子を見ていた克哉は、しばし考え込んでから口を開いた。

「事態の切迫は予想を遥かに上回るようだな。こちらは何が起きているのかすら把握できてすらいないが、《敵》はこの事態を把握して完全に利用している。実はこの街の転移も、奴らの実験による物だ」
「そして敵には我らと同じ共通事項に、もう一つ共通事項があるようだ」
「危険な連中、って事だろ?」

 ゲイルの指摘を、キョウジが的確に当てて見せる。
 ゲイルが頷くと、全員がざわめき様々な反応を見せる。
 焦りを見せる者、対照的に笑みを浮かべる者、考え込む者、興奮する者、相談する者、そして、ただ覚悟の決まった顔のまま動かない者………

「だが、必ずしもこちらが不利という事でもない。この事態打開のために動いている者もいる。実はここに来る前、ライドウ君の世界から来る時、STEVENに会った」
「STEVEN? 本当か?」
「そうか、あいつが………」

 直接面識のある小次郎とアレフが頷く。

「そういや、オレはレッドマンにこの世界に送られたぞ」
「イゴールもいたね………」
「こちらにも異能の味方はいるのね。世界を救おうとしている…」

 八雲と啓人の言葉に、祐子が安堵の声を漏らしかけた時、突然その言葉が途切れ、彼女の体が奇妙な痙攣を始める。

「何!? てんかんか!」
「誰か医者を…」
「あ、違うから………」

 慌てる声が響く中、修二がボソリと呟く。
 祐子の痙攣は更に激しくなり、顔を奇怪な動きで振り回したかと思えば、突如として止まる。
 その顔は、まるで蛍光塗料でぶちまけたかのような異様な物になっていた。

『集いし異なる世界の迷い子達よ! 更なる変貌を突き進むこの世界に何を見る? 恐れを知らぬ強靭な弱者達よ! 変貌は汝らの予想を遥かに上回れり! 変貌を止めるも、変貌に任せるも自由なり! 力を束ねよ、何をするも全ては汝らの結束にありきなり! 我もまた、行くは女と共に。自らを由とせよ。これ、我の真なり』

 野太い男とも甲高い女とも聞こえるような声が、室内に轟くと再度祐子の体が痙攣し、そして、元に戻る。

「今のは何だ?」
「また神託か、迷惑な神様だな」

 初めて見た者達が唖然とする中、ゲイルの問いに八雲が答えてやる。

「何の神様降ろしてるのその人………」
「今のが私の神、アラディアよ。でも、まだコトワリは授けてくれない………」

 たまきも呆然とする中、祐子が小さく呟いた。

「いや、一つだけ授けてくれた物がある。力を束ねよ、と」

 克哉の言葉に、全員の顔が引き締まっていく。

「ま、ここにいる連中全員、やりたい事は一つ。このふざけた状況をとっととどうにかして、手前の世界に戻る。できればそのまま自分のベッドにでも潜り込んで全て夢にでもできりゃ最高だ」
「いい事言うぜ、その通りだ」

 キョウジの発言に、ダンテが笑って同意する。

「ツケも溜まってるし、借金取りも来るがそれでもあの場所に帰る、それ意外に理由は要らないだろ」
「あ〜、そういや科学のレポートまだだった」
「やべ、そういやすっかり忘れてた………」
「最新パーツ、予約してまだ取りに行ってねえ」
「ニュートラルの世界はまだ始まったばかりだ。早く戻らないと」
「確かに地獄のような世界だが、ここよりはマシかもしれないな」
「そう言えば、記事の締め切り近かったわね」
「ああ! パオ前の仕事の代金まだ半額しかもらってないわよ!」

 皆が口々に望郷ともグチとも取れる発言を飛び交わせ、場が一気に騒がしくなる。

「全員、じゃあ一致協力って事でいいな?」
「意義は無いようだ。なら業魔殿の設備を好きに利用するといいだろう」
「じゃあ一応の今後の方針だが」

 克哉の発言に、全員が前を向いた。
 そこにあるのは、歴戦の瞳の数々だった。

「装備の再確認、負傷者の完全休養の後、チームを幾つかに分けよう。珠阯レ市の警備チームと、下の受胎東京探索チームの二者だ。詳しいチーム分け及び作成詳細は各自リーダー及び参謀クラスの会議で決定する。会議出席者以外、解散して作戦準備。以上!」

 克哉の言葉が終わると、残る者以外は立ち上がってそれぞれ散っていく。

「じゃあレイホゥさん、武器庫みたいのあります?」
「ええ、けど大分使っちゃったけど……」
「オレは寝る………」
「明彦、皆にここの説明を頼む。啓人は私と会議に」
「分かりました」
「あの、オレも?」
「地理に明るい者が案内に必要だ。マネカタからも出そう」
「勝手に街の外に出ないで。下ではマガツヒを求める悪魔が徘徊してるわ」
「オレは一度家に戻る」
「そうしてくれ、奥さんと子供も心配してるだろう」
「南条、あとエリーも会議に頼む」
「心得た」
「Oh、イエスですわ」
「誰か機械に詳しいのと力自慢いたら手貸してくれ!」
「XX―1の修理機材の搬送を!」
「じゃあうららさん、皆さんと同じように憑依を。手伝いますから」
「う〜ん………」「大丈夫?」
「ヒート、セラは無事だ。後はエンブリオンとして活動しろ」
「……分かったよ」
「元ジョーカーとして、僕も会議に出るよ。達哉も出た方いいよ?」
「……そうだな」
「あかり、済まないが仮面党代表で出ててくれ。私は一度現状の視察に戻る」
「ええ!?」

 思い思いに皆が散らばっていく。
 新たなる戦いの準備のために………


 今ここに、絡みし困難を解きほぐすべく糸は集い開いたり。
 されど、彼らの先に広がるは、果たして………





感想、その他あればお願いします。


NEXT
小説トップへ
INDEX


Copyright(c) 2004 all rights reserved.