PART30 RE・QUEST


真・女神転生クロス

PART30 RE・QUEST




「距離1500、目標確認」
「了解、精密探知に入る」
「しっかり居座ってやがるな〜」
「周囲に悪魔というかゾンビみたいなのが結構いるんだが」
「あ、あれマジゾンビ。また湧いてきたか………」

 両国の冥界の門から離れた場所に、一台の装甲車が止まっていた。
 上部ハッチから身を乗り出し、電子望遠鏡と探査機器を操作するシュバルツバース調査隊の観測班の隣で、道案内をしていた修二が借りた双眼鏡を覗き込む。

「現状では冥界の門は安定しているようね」
「安心するべきか否か………」

 同じく案内をしていた裕子と、現状確認に同伴してきた小次郎が安心半分、不安半分の複雑な表情をする。

「あれ、何体か壊したかと思ったが、修理でもしてきたのかな?」
「全壊とは行かなかったが、ダメージを与えた機体は何体もあったはずだが………」
「こちらの精査でも、リーダー機と思われる一体と他の機体とはエネルギー差はあるが、異常は分からないな………」
「この受胎東京に、あんな物を修理できる所なんて………」
「じゃ、ちょっと仕掛けてみるか………」

 皆が疑問に思う中、巨大な対物狙撃ライフルを持ち出した機動班のメンバーが狙撃体勢に入る。

「………変なお面つけてるけど、結構可愛い予感がする」
「まあ、確かに可愛いけど、同じ顔した奴が一斉に襲い掛かってきてすげえおっかなかった………」
「真面目にやれアンソニー!」
「分かってるって」

 観測班に怒鳴られ、機動班のアンソニーはスコープを覗き込み、狙いを定める。

「見た目は同じだが、確かに一体だけエネルギー量が多いな、リーダー機か? ここからだと狙うのは難しいな」
「ならば様子見だ。他のを」
「了解」

 僅かな間を持って、甲高い音と共に超高速の銃弾が解き放たれる。
 そして冥界の門の周囲に展開していた、メティスの一体の頭部が一撃で吹き飛んだ。

「命中確認!」
「ちとグロいが、行ける! ………ってアレ?」

 双眼鏡を覗き込んでいた修二も思わず声を上げた時、頭部が吹き飛んで倒れこんだはずのメティスがその場に起き上がる。
 そしてこちらへと向き直った。

「バレた!?」
「いや、向こうに狙撃手がいない限りは問題ない!」

 アンソニーが即座に次の狙いを定めようとするが、そこで異変に気付いた。

「目標の内三体、こちらに急速接近! 早い!」
「おい、どんどんこっちに向かってくる!」
「く!」

 アンソニーが次弾を迫ってくる三体のメティスの一体に狙い定めて放つ。
 胴体、人間で言えば心臓の部位に向けて放たれた弾丸だったが、命中する直前に何かに弾かれる。

「何だ!?」
「やべ、ペルソナ出してやがる!」
「対悪魔弾頭だぞ!」
「あいつら、三体重なってペルソナ出してやがんだ! ありかそんなの!」
「待て、穴から更に出てきたぞ!」
「増援確認、エネルギータイプから同型、数は3、いや5!」
「何体いるんだよ!」
「追ってくるぞ! どけ!」

 小次郎が車内に用意してあったスティンガー携帯ミサイルを持ち出し、追ってくるメティス達へと向けてトリガーを引いた。
 噴煙を上げて飛ぶ滞空ミサイルがメティス達へと迫るが、直前にペルソナによって叩き落される。

「爆破!」
「了解!」

 だがそれも狙いで、小次郎の号令で仕込まれたいたリモート弾頭が炸裂、無数のチャフをばら撒き、メティス達は舞い上がったチャフに自ら突っ込んでいく。

「新型の対機械・対悪魔兼用チャフだ!」
「効いてる! 動きが鈍った!」
「じゃあ反撃を…」

 観測班が歓声を上げる中、アンソニーが再度狙撃の体勢に入ろうとする。

「おい、向こうのもこっちに向かってきてる!」
「次弾!」
「もう一発しかないぞ!」

 冥界の門の周囲に立っていた他のメティス達が一体ずつこちらに向かってくるのに気付いた修二が叫び、小次郎は次のチャフミサイルを構える。
 一番近くまで迫ってきた一体に向けてミサイルが放たれたが、それは突然空中で停止する。

「ペルソナ発動」『ブフーラ』

 チャフを食らって動きが鈍っていたはずの一体がペルソナで氷結魔法を発動、空中で凍りついたミサイルが勢いを失って地面に転げ落ちた。

「もう動けるのか!」
「馬鹿な、こんなすぐに!」
「ヤベ、また追ってくる!」
「待避するぞ!」

 装甲車のハンドルを握っていた機動班のメンバーが装甲車を急発進させるが、こちらの速度が上がるより前にぐんぐん向こうは近付いてくる。

「ターミネーターかあいつら!」
「似たようなモンだ…おわっ!?」

 アンソニーがさすがに非常識な光景にびびり、少しは予想していた修二がボヤいた時、迫っていた三体の内の一体が投じたトマホークが装甲車の後部にぶち当たる。

「中に入れ!」
「言われなくても!」

 大慌てで皆が車内へと入り、装甲車は追い立てられるようにその場から走り去っていった。



「以上が、偵察に出たメンバーからの報告だ」
「っかしいな、確かアイギスは頭部にCPU積んでるって聞いたが……」
「それはオレも聞いたぜ。同型ってんなら、同じ場所だと思ったんだが……」

 仁也からの報告に、相変わらず牢の中の八雲とパオフゥが首を捻る。

「あんだけの機体、動かすには相当な演算能力がいるぜ。早々メインCPUの場所を移せる訳がねぇ」
「一体かっさらってきて分解でもするか? ヴィクトルのおっさんなら何か分かるだろ」
「調査班もサンプルが欲しいとは言っていたが……1500m離れてる相手に反撃で強襲かけられる相手となるとな」
「現在、アーサーが次のミッションプランを策定中だ。決まれば君達の出番も来るだろう」
「それまでこの中かよ?」
「周防の奴、忘れてんじゃねえだろな………」
「レイホゥさんもいい機会だからしばらくいたら、なんて言ってるし………」
「普段君達は何をしているんだ?」

 話を聞く限りは二人ともかなりの能力を持っているらしいのだが、八雲のパートナーと言っていた小柄な女性以外は誰も二人の出所を要望していない状態に、仁也は密かな疑問を覚えていた。

「ま、冥界の門はあんだけデカイならすでに大事だが、下は悪魔が跋扈してる状態だからこれ以上大事には簡単にならんだろ」
「両国をゾンビが闊歩しているというのはいい気分ではないのだが………」
「問題はそこじゃない。メティスがどういう状態で運用されてるかだ」
「造って、動かして、整備してか。余程の設備と技術がいるぜ」
「メアリとアリサだけでも相当な手間暇金がかかってる。戦闘用のアイギスなんざその倍近い。それを13体、更に増援までとなると何がどうなってるのか想像もできん………」
「アーサーもその点を指摘している。大規模な組織が関与している可能性もだ」
「地獄にロボット工場でもあるのか? あんなん造れる奴が早々いるとは思えんが………」
「どちらにしろ、そのオタク好みのゴスロリロボットをどうにか叩き帰して、その穴を塞いじまわないとダメだろうが」
「その前に、まずこのブタ箱から出る事だけどな」
「こちらからも進言しておこう。君達は腕だけだなく、頭も切れるようだからな」
「頼むぜ、陸曹長さんよ」

 仁也を鉄格子越しに見送りつつ、八雲は牢屋内のベッドに腰を下ろした。

「事態は予想以上に深刻だな」
「ああ、正直、そのメティスとかいう奴、数だけなら力押しでもなんとかなると思ってたんだが、どこかでバックアップがちゃんと機能してやがる………」
「まずそれを潰すしかないか? だとしたら行くしかないかもな」
「地獄にか? 死ぬまで待ってほしいんだがよ」
「死んでも待っててもらってる人もいるけどな」
「違えねえ…………」



「…しかないな」
『え?』

 轟所長の言葉に、珠阯レ警察署の会議室に集まっていた各リーダー達が、思わず聞き帰す。

「あのメティスとかいうロボット、予想以上に能力が未知数だ。その製造元を探し、潰す必要がある」
「あの、製造元って事は、冥界の門とやらの向こうじゃ?」
「つまり、冥界だ」

 尚也の恐る恐るの問いに、ゴウトがずばりと断言した。

「冥界とは、俗に言うあの世の事だと聞いた。生きたまま行ける物なのか?」
「二度程な」
「一歩間違えればそのまま向こうの住人になるが」

 美鶴の問いに、キョウジとアレフが答える。

「ある程度の力を持っていれば、そうすぐに冥界の瘴気に捕らわれる事は無い。だが、時間の問題でもある。長時間向こうには居れぬぞ?」
「それは考えがある。その点なら問題は無い」

 ゴウトの指摘した問題点に、轟所長は何かアイデアがあるらしく、その断言に皆は取り合えず納得する。

「本当に大丈夫なのか? ペルソナ使いも悪魔使いも、人間という点では変わりない。死後の世界に突撃するという危険過ぎる作戦は、僕は賛成できない」
「私も周防署長の意見に同意する。あまりに危険度が高すぎる作戦に、仲間達を参加させる事には反対だ」
「何も皆で行く必要は無いわよ」

 克哉と美鶴の反対意見に、レイホゥがやんわりと訂正を入れる。

「行くのなら、冥界の瘴気に耐えられるだけの人員と経験者を選抜する事だな」
「後は前と同じく、周りを掃討してる間にそいつらを中に叩き込めばいい。まあその中にオレも入るんだろうが」
「いや、それならレッドスプライト号を使ってみるのはどうだろうか?」
「残念だが、それは不可能だろう」

 南条の提案は、仁也が反対する。

「不用意なレッドスプライト号の使用は影響が大き過ぎる」
「マガツヒを求める勢力が一斉に反応するだろう。一斉襲撃も有り得る」
「だよな〜……あんな鬼のように目立つの」

 仁也の意見に、フトミミと修二が地元の人間として賛同。

「それに、市民の不安もある。ただでさえ状況の変化で皆戸惑っていたのを、レッドスプライト号が救援してくれた事で一応の平穏を保っている状況だ」
「それに、足りない物資のインフラを補ってもらってるしね」

 更に克哉とたまきも追加で意見を述べ、皆が一様に考え込む。

「何なら、オレ一人で片付けてこようか?」
「まあ、アンタなら可能かもしれんが……」
「彼、そんなに強いのか?」

 余裕なダンテの言葉にキョウジが思わず頷き、仁也は首を傾げる。

「だが今は戦力以上に情報も必要だ。確実に現状を処理し、かつ正確な情報を持ち帰る必要がある」
「ならばアイギスを同伴させるか?」
「ロボットって冥界行って不都合起きるかな?」
「機械人形が冥界に行ったなどという話は聞いた事が無い」
「デモニカならば大丈夫か?」
「市街の防衛も固めねば」
「情報なら、あのロクデナシ二人を送り込んだ方いいかもね………」

 会議は更に細かい所まで話し合われ、長い時間を要した………



「それで、再度両国への作戦が決まったそうです」
「マジで地獄行きかよ………」

 カチーヤが持ってきてくれた差し入れの重箱を突付きつつ、相変わらず檻の中の八雲は顔を曇らせる。

「私とネミッサさんに八雲さん、パオフゥさんもバックアップに加わるそうですから、もう直出られるそうです」
「すぐに、じゃねえのが周防らしいな」
「準備もあるからすぐに出してほしいんだがな〜」
「あははは、普段のオコナイがワルイって奴?」

 ネミッサが笑いながら、牢の真正面で中の二人に見える様にピザセットを見せびらかすように平らげている。

「悪いなカチーヤ、これの面倒押し付けて」
「ちょっと八雲! これって何、これって!」
「いえ、八雲さんいない間の事はネミッサさんとなんとかしてますから」
「カチーヤちゃんの力が暴走しそうだったら、ネミッサが憑依してコントロールすればいいし」
「案外仲良くやってんだな。てっきり泥沼の三角関係かと思ってたんだが………」

 パオフゥがぼそりと呟くと、八雲がパオフゥの肩を指で小突きつつ、そっと耳打ちした。

「ネミッサの奴、見た目と違って精神的には子供と同じレベルだからな。オレもちと意外だったが、カチーヤを妹分くらいにしか見てない」
「あの様子だとどっちが姉貴分でどっちが妹分なんだか………」

 元パートナーと現パートナー、何か仲良くじゃれているようにも見える二人に、八雲とパオフゥは温い視線を送っていた。

「ああそれと、前より大規模になるので、決行は三日後だそうです。シュバルツバース調査隊の人達も参加してくれます」
「作戦詳細が分かったらすぐに回してくれ。あと周防にオレらも準備あるから早急にこのブタ箱から…」

 八雲の言葉は、外から響いてくる爆発音で途切れる。

「え……」「んぐ!?」
「ちっ!」
「三日持たなかったか!」



「何事だ!」
「ラストバタリオンの襲撃です!」
「まだ残党が活動してたか!」
「レッドスプライト号から連絡! 向こうも襲撃を受けており、現在反撃中との事です!」
「こちらは恐らく陽動だ! 対応出来る者は手近の方に増援に向うように連絡! 市民の避難誘導急げ!」
「業魔殿からも襲撃の報告! 応戦中との報告!」
「そちらもか! 詳細情報の確認及び増援の必要を急ぎ確認!」

 署長室にいた克哉が報告を聞くと同時にあれこれ指示を出し、自らもアルカナカードを取り出して外へと向かおうとする。

「克哉、外!」
「くっ! ヒューペリオン!」

 ピクシーの声に克哉は窓からこちらを狙っている戦闘機械に気付き、とっさにペルソナを発動させながら報告に来ていた警官達を庇う。
 直後、撃ち込まれた機銃弾が窓ガラスを粉砕し、署長室を蜂の巣にしつつもなんとか克哉のペルソナは銃弾を防ぎ続ける。

「大丈夫か!」
「しょ、署長こそ!」
「問題ない」
「やったな〜! メギドラオン!」

 天井にへばりついて銃弾をかわしたピクシーが、お返しとばかりにぼろぼろになっていた窓枠をこちらから吹き飛ばしながらの魔法で相手を木っ端微塵にする。

「まだいるよ!」
「署員に窓から離れるように通達! 安全が確保されるまで一般警官は非難誘導を最優先だ! ヒューペリオン!」『トリプルダウン!』

 大声で署内に伝わるように叫びながら、克哉は己のペルソナから放たれた三連射で署へと向かってきていた戦闘機械を叩き落す。

「あと何機向かってきてる!」
「4、5、まだいる…」

 ピクシーが再度攻撃魔法を放とうとするが、そこで別の部屋から聞こえてきた銃声と共に飛行機械の一体が煙を上げて墜落していく。

「誰かの狙撃か!」

 克哉がそれが何かを悟った時、続けて二発目、三発目が放たれ、戦闘機械は墜落もしくは失速していく。

「ピクシー、落ちた奴を完全停止してきてくれ!」
「OK〜!」

 こちらに向かってきている敵影が無くなった事を確認した克哉はピクシーが確認に行ったのを見届ける間も無く、廊下へと飛び出す。
 階下へと向かう途中、スナイパーライフルを抱えたアルジラとレールガンを抱えた咲と合流する。

「さっきのは君達か」
「次の作戦に狙撃手が必要だって言われたからね」
「警察署の方で装備と人員の確認途中だったので」
「残念だが、この署に君達程の狙撃手はいないようでね」

 正面玄関から外へと出ようとした時、一際大きな爆音と共に熱風が署内にも吹きぬけてくる。

「つっ!」「なんて強力な………」
「これは達哉か!」

 思わず三人が腕で顔を覆い、克哉はそれが達哉のペルソナの攻撃である事を悟る。
 強力な核熱魔法の余波が消え、そこにかつては大型の戦闘機械だった物の、完全に熔解したジャンクが陽炎と共に現れる。

「達哉! 大丈夫か!」
「ああ、兄さんは?」
「問題ない」

 その灼熱のジャンクの前に立っていた弟の姿を確認した克哉に、兄の無事を確認した達哉も胸を撫で下ろす。

「こちらはもう直終わる」
「のようだな」

 警察署に詰めていた者達の手によって、襲撃してきたラストバタリオンはすでにそのほとんどが壊滅していた。
 最後の戦闘兵が首筋にナイフを叩き込まれ、その場に崩れ落ちる。

「まったく、油断も隙もあったモンじゃねえね」
「ちがいねえ」
「それはお前達の事ではないのか?」

 最後の一体を葬った当人、なぜかそこにいる八雲とその背後でペルソナを戻しているパオフゥの姿に、克哉の額に密かに青筋が浮かぶ。

「はて、てっきり非常時だから出したのだと思ったが?」
「やっぱ勝手に出てきたか……」

 刀を鞘に収めながら首をかしげている南条の横で、両拳を突き合わせているうららがため息を漏らす。

「どうやって出てきた? 身体検査はしたはずだが………」
「そりゃ、仕込んでた」
「そうそう」

 パオフゥがスーツの隠しポケットから数枚のアルカナカードを、八雲は靴底の仕込みナイフを見せる。

「なるほど、つまり最初から隠していた訳だな」
「まさか爆弾まで隠してるなんてね〜」
「ね、ネミッサさんそれは言わない方が………」
「署長! 牢が破られてます!」

 次々と入ってくるろくでもない情報に、克哉の顔からドンドン表情が消えていく。

「ま、手早く片付いたから結果オーライって事で」
「そうだな」
「そんな訳があるか! この二名確保!」

 克哉の怒声と同時に、手近にいた警官が寸暇のためらいも無く手錠を八雲とパオフゥに嵌める。

「ちょ、周防!」「ヤバそうだからやってやったのにこれはねえだろ!」
「やっていい事と悪い事がある! 今日中に出してやろうと思っていたが、もう二晩くらい入っててもらおう!」
「おい、こっちにも準備が…」「その石頭どうにかしろ!」
「あ、あの…………」「レイホゥさんには言っとくから〜」「準備はこっちでやっとくね〜」

 そのまま連行されていく二人に、それぞれのパートナーがにこやかに(カチーヤ除く)手を振る。

「業魔殿から連絡! 襲撃してきた部隊鎮圧はまもなくだそうです!」
「レッドスプライト号、ほぼ鎮圧完了!」
「市街地に残存部隊の有無、被害状況を確認! 負傷者の搬送急げ!」

 克哉が支持を飛ばす中、レッドスプライト号の方から雷鳴が轟く。

「あれは………」
「ダンテ氏だな。どうやら向こうも終わったようだ」
「すごい……」

 だいぶ距離があるはずなのに感じるすさまじい力に、その場にいたペルソナ使い達も絶句する。

「業魔殿から連絡! 戦闘終了した模様です!」
「大事には至らずに済んだか………」
「これだけの面子がそろっているのだ。そう簡単にこの街は落とせないだろう」
「簡単には、だがな………」

 南条の言葉に、逆に何か言い知れぬ不安を覚えながらも、その後の指揮を執るべく、克哉は署内へと戻った。



『レッドスプライト号の損傷は軽微、各班全て死者は無し、負傷者は重2名、軽7名。七姉妹学園には敵の侵入及び損害無し。襲撃の規模に対し、被害は予想を80%下回りました』

 アーサーからの報告に、急襲を食らったレッドスプライト号のクルー達は胸を撫で下ろす。

「まさかこんな所でもアンノウンの攻撃を食らうとは………」
「ハーケンクロイツ着いてたが、ラストバタリオンなんてのまで実在するのか」
「なんでもありもここまで来ると………」
「問題はそっちよりも、こっちか………」

 ブリッジ内で皆がざわめく中、通信班のクルーがレッドスプライト号の損傷箇所と、そのそばに立つ赤いコートの男を写し出していた。


「ちとやっちまったか………」
「どうやったら特殊複合装甲が剣で切れるんだ?」

 ダンテが背に大剣リベリオンを背負いながら、戦闘の余波で破損したレッドスプライト号の装甲を見ていた。
 周囲にいた機動班のクルー達も、艦砲クラスでなければ損傷しないはずの装甲がダンテの一撃で破損した事に唖然としていた。

「プラズマ装甲展開してたよな?」
「それごと切ってたぞ………」
「もしあっちの学校に行ってたら真っ二つになってたんじゃ?」
「すげえ………シュバルツバースの悪魔以上だ」
「あちらもだがな」

 クルー達は向こう側、喰奴達が粉砕した戦闘機械の残骸を指差す。

「ちっ、機械ばっかじゃ食う所がねえ」
「市街地では止めろと言われていたはずだ。支給されたマグネタイトがあるだろう」

 残骸を蹴飛ばしながらボヤくヒートを、ゲイルがたしなめる。

「ざっと上から見てきたけど、他に敵は見当たんないぜ」
「こちらの戦力を過小評価していたのだろう」

 上空から偵察を終えたシエロが着地すると同時に人間の姿に戻り、ゲイルはしばし思案する。

「他に狙われたのは警察署と業魔殿か。分散攻撃でこちらの戦力を分散させる気だったのだろうが、個々の戦闘能力を甘く見てたのだろう。それよりも問題は……」

 ロアルドがちらりとレッドスプライト号クルーの方を見る。
 明らかにこちらを見て、何かこそこそと呟いていた。

「我々の力は、悪魔使いから見ても更に異能の物に映るのは既知の事項だ。気にする必要は無い」
「いや、問題はそっちじゃなくて、あっちじゃねえかな〜」

 ゲイルが向こうを無視して残骸を調べ始めるが、シエロはそれよりもクルーがダンテによって切られた箇所を指差しているのに気付く。

「あっち側へこんでんの、ヒートがやった奴じゃ?」
「殴り飛ばしたらぶつかったんだよ」
「ダンテの一撃でシールドが不安定になっている間に、こちらの攻撃の余波が及んだからな」
「謝って来た方いいかな?」

 レッドスプライト号の各所にある損傷(ほとんどはこちら側の攻撃の余波)に、喰奴達も少しばかり責任を感じていたが、一番損害を出したダンテ当人はむしろ平然としていた。

「もうちょっと頑丈なバリアにしといた方がいいな」
「こっちの技術で最高レベルのプラズマ装甲をなんで剣で切れるんだよ! シュバルツバースでも切られた事なんてなかったのに!」
「そこの悪魔はよっぽど貧弱だったんだろうぜ」
「あんたが規格外過ぎるんだよ………」
「データによれば、先程の戦闘でも全然本気出してなかったようだぞ」

 ダンテや喰奴達の戦闘力に調査隊のクルー達が引きつる中、アーサーはある提案を思考していた。



「敵殲滅を確認であります」
「エーテルエンチャント、動作異常ありません」
「長距離狙撃システム、精度誤差を修正の必要があり、まあこんだけの威力あれば大丈夫じゃない?」

 業魔殿の外で三人、いや正確には三体のメイド姿の少女の姿をした者達が、襲撃してきたラスト・バタリオンの殲滅の最終確認をしていた。

「ちょっとこれは強力過ぎるんじゃ?」
「オレもそう思う………」

 ほとんど戦わないで終わった啓人と順平が、その三人のメイドの中央、己の背丈よりも巨大なアンチマテリアルライフルを両手に装着する形で構えていたアイギスに呆然とした視線を送る。

「今回のミッションのため、レッドスプライト号で試作した装備ですが、近接戦闘が一切できず、サポートが必要という問題点もあるであります」
「いや、そういう事じゃなくて」
「ワンワン!」
「コロマルさんからうるさすぎるとの問題点も提示されました」
「むしろ、早めに問題点が出た点ではよかったのでは」
「修正もすぐ出来るし」

 アイギスの両隣でサポートに当たっていたメアリとアリサが、得られたデータを元に次々と修正点を洗い出していく。

「むう、使用は今度のミッションだけにしておくべきだな」
「オレもそう思う………こんなのタルタロスで使ったら翌日学校が穴だらけになりそうだ」

 美鶴と明彦も予想以上の威力に眉を潜めていたが、アイギスは何か真剣な顔で己の両腕の大型アンチマテリアルライフルを見つめていた。

「アイギス、何か問題でも?」
「もう少し速射速度と装弾数を増やした方がいいかと。これでは、皆さんを護りきれません」
「現状ではこれが限度です。エンチャントシステムの効率化には時間がかかります」
「通常弾の掃射も考えたけど、やっぱり物理攻撃だけだと破壊力の問題出るよ?」
「現状で使用可能な最大火力、後は私の運用いかんという事でありますか………」
「……すでに製作当初の仕様から大きくかけ離れてる気がするのは私の気のせいではないと思うのだが」
「朱に交われば赤くなるって、こういう事言うんじゃないすか?」

 武装がどんどん凶悪化していくアイギスに、美鶴が昔見たアイギスの設計概要を思い出そうとするが、順平の一言にそれを中断する。

「威力もあるし、命中率も問題ない。これなら次のミッションに問題ないだろう」
「そうだな、調整の手間がはぶけたろ」

 目の前に広がる残骸の山に、明彦とキョウジが戦果を確認していく。

『もう市内に敵兵力と思われる存在は確認できません』
『こっちの出番も無かったけどね………』

 業魔殿内でサーチに専念していた風花と、業魔殿上部から弓を構えていたが一発も撃たなかったゆかりが通信を入れてくる。

「まだ動きそうなのも片付けといたわ。外の連中だけでも手一杯なのに、まだこんなのが出るとはね〜」
「新しい結界計画、ちと練り直すか?」
「どんなやばくなっても、この街から下に降りるよりはマシでしょ」

 新しい三節棍を担ぎながら戻ってきたレイホゥに、キョウジは少し首を捻って悩む。
 だが、多少物騒になっても受胎東京よりははるかにマシな状況に、レイホゥもため息を漏らした所で、キョウジの懐の携帯電話がコール音を鳴らす。

「こちらキョウジ、ああ周防か。すぐに? 分かったレッドスプライト号だな。あ? 八雲が? 分かった、そっちの好きにしてくれ」

 短い通話で電話が切られると、キョウジは櫛で前髪をなで上げつつ、周囲を見回す。

「ちょっと緊急で会議が入った。レッドスプライト号行ってくるから、念のため周囲を警戒しといてくれ、直に警察の実況見分が来るとさ。あと、八雲の奴はもう二、三日ぶち込まれる事になったそうだ」
「あの馬鹿、今度は何やらかしたの?」
「襲撃を聞いて隠し持ってた爆弾で牢破りして参戦したとさ。周防の奴、カンカンだったぞ」
「まったく………」
「爆弾なんて隠し持ってたんですか、あの人………」
「それで脱獄って、スパイ映画じゃねえんだから」
「用意周到は悪い事では無いだろう。ただそれで警察の牢からというのは褒められた事ではないが」

 啓人と順平が呆れる中、美鶴は変な方向で感心している。

「………面会は可能ですか?」
「ん? それは周防に聞いてくれ」
「作戦の前に、小岩さんに聞いておきたい事があるであります」
「本当は帰ってきてからのつもりだったのですが」
「しばらく無理そうだし」

 アイギスのみならず、メアリとアリサもそろって何かを思案している事に、キョウジは不思議そうに見ながらレッドスプライト号に向かった。



「すまない、忙しい所に」
「人手はあるからな。馬鹿やらかした奴もいるみたいだが」

 レッドスプライト号のミーティングルームに向かう途中の通路で会った克哉とキョウジは、雑談をかわしながら目的の部屋へと向かう。

「そう言えば見たか、外の損傷」
「見たぜ。さすがダンテの旦那、こんなデカ物でもあの有様とはな」
「その件で、どうやら少しもめているらしい。詳しく聞いたわけではないが、この船のクルーはハーフプルートにあまりいい感情を抱いてはいないようだ」
「悪魔化した奴と天使化した奴がそれぞれの派閥に付いてどうこうって話だったな。まあ下でも似たような事やってるが」

 仲間内でもややこしくなってきた状況に、キョウジは今後の不安を密かに抱き始めていた。
 そのままミーティングルームに入った所で、何か不穏な空気が漂っている事に気付いた。
 先に来ていたサーフ、ゲイル、ロアルド、そしてダンテの四人と、レッドスプライト号の各班リーダーの間で何か空気が張り詰めている。

「………何かあったのかね」
「レッドスプライト号から、喰奴を主とした悪魔化の力を持ったメンバーの搭乗禁止の要請が有った」
「そりゃまた………」

 ゲイルの端的な説明に、克哉とキョウジは思わず顔をしかめる。

「こちらの総意、というわけではないぜよ」
「だが、一部のクルーから今回の戦闘で危機感を覚える者達が出てきている」
『あくまで提案の一つとしてです。決定事項ではありません』

 仏頂面の資材班リーダーのアーヴィンに、僅かに顔を曇らせている仁也、そしてアーサーがそれぞれ搭乗禁止について補足していく。

「分からなくは無い。オレも当初、アートマについては否定的だった」
「化け物呼ばわりなら慣れてるぜ。否定もしない」

 ロアルドとダンテの言葉に、場は更に重い空気に包まれる。

「しかし、搭乗禁止では補給の面に障害が出る可能性もある。こちらではすでに弾薬などの面で追いつかなくなってきているし、シバルバーからの補充も限度がある。再考してもらえないだろうか?」
「オレも同意見だ。すでに業魔殿の武器庫はほぼ空なんでな。条件提示とかでなんとかなんねえか?」
『珠阯レ警察、業魔殿双方の残存物資及び戦闘可能要員の現状から、容認可能な条件をシミュレートします。しばしお待ち下さい』

 克哉とキョウジの提案に、アーサーがシミュレーションに入る。

「融通が利くのか利かないのか分からねえAIだな」
「こちらで運用可能なレベルで最高級の管理プログラムです。こちらから見ればそちらのアンドロイドの方がよっぽど非常識だ」

 キョウジの呟きに、通信班のムッチーノが思わず返す。

「あ〜、メアリとアリサはソウルの人造成長実験の試作機だからな。アイギスもペルソナ制御の関係上、融通が利くようになってるらしい。詳しくはヴィクトルにでも聞いてくれ」
『シミュレーション完了、条件を提示します。1にレッドスプライト号内に悪魔化した者達を鎮圧可能な人員を配備する事』
「いきなり難題だな………」
『2に悪魔化可能な者達のレッドスプライト号内の個人行動禁止。3に特に強力な力を持つ者の武装持込禁止。4は船内での悪魔化暴走の鎮圧方法の構築。以上四点です』
「ま、なんとかする。暴走した喰奴押さえられる奴なんて、さすがに限られるが」
「それ以前に、三番目の条件は該当するのは………」

 全員の視線が、ダンテに集中する。

「OK、領収書回されるよりはマシだ」

 ダンテはやや仏頂面になりながら、ホルスターからエボニー&アイボリー、大剣リベリオン、そしてどこに隠していたのか様々な銃火器を次々とテーブルの上に出していく。

「………こんな物騒な奴を船内に入れてたのか」
「そっちも似たような物装備してるだろ」
「さすがにロケットランチャー常備してる奴はいないぜよ」

 大型ハンドガン、サブマシンガン、ショットガンにロケットランチャーと戦争でも始めそうなダンテの武装に、レッドスプライト号クルーの顔色がどんどん青くなっていく。

「安心しな。そんな物、そいつ自身に比べりゃ、よっぽど安全だ」
「まあ、確かに」
「やっぱりこいつだけは立ち入り禁止にした方いいんじゃ………」
「喰奴を含む悪魔化の力を持つ者の中で、一番安定しているのは彼だ」
「人修羅とネミッサとかいう姉ちゃんもいるだろ」
「人修羅はともかく、彼女は絶対立ち入り禁止だ!」
「またアーサーに潜り込まれたんじゃかなわんぜよ」
「………その点はよく忠告しておこう」
「あ〜、八雲の馬鹿早めに出してくれ。あいつ以外に彼女の手綱握れそうにないんでな」
『最後に質問です。悪魔化やそれに近い能力を持つ者の中で、一番不安定な人員は?』
「……それは…」



「それで、オレでも入る時は誰かと一緒じゃなきゃダメだって言われてな」
「ネミッサなんか半径50m立ち入り禁止だって! 悪魔差別だ!」
「ダンテの旦那、暴れ過ぎたな………完全にびびられてるじゃねえか。あそこまで暴れられるの、あと何人いるよ?」

 牢屋の中で召喚厳禁を厳命された上でGUMPのメンテナンスを行っていた八雲が、修二とネミッサの愚痴を聞かされていた。

「それが、私も立ち入り禁止なんです」
「………どういう事だ?」
「キョウジのおっさん、一番能力が安定してない人って言われて、彼女を指摘したんだとさ。周防って人も同意したとか」
「だからさ〜、一緒に文句言いに行こうってカチーヤちゃんと」
「事実ですから、仕方ありません」
「そこ突かれりゃ、痛い所だろうぜ」

 同じ牢内で悪用厳禁で渡されたノートPCでデータ整理を行っていたパオフゥの言葉に、全員が思わず口をつぐむ。

「周防に言っとけ。その規制、オレと一緒の時を除くとしろってな」
「周防の奴が応じるか? まあダメ元で言ってみてもいいかもしれねえが」
「とりあえず、しばらく大人しくしとけ。それと…」

 キーボードを叩きながら八雲が二の句を告げようとした時、扉が開く音が響く。

「お」
「あれ、三人そろってどうしたの?」
「そういえば八雲さんに相談したい事があるって………」

 そこに訪れたのは、メアリ、アリサ、アイギスの三人だった。

「失礼いたします、八雲様にご相談があるのですが、よろしいでしょうか?」
「パパにも話したんだけど、お兄ちゃんの意見も聞いてみたらどうだって言われて」
「ヤブから棒に、何の相談だ?」
「八雲様、メティスについてです」
「あの量産型地獄ゴスロリがどうした」
「彼女は、私を姉と言いました。私はどうすればいいのでしょう」
『は?』

 アイギスの質問に、脇で聞いていた修二とネミッサが思わず間抜けな声を漏らす。

「本来、私には姉妹とも言える同型機が存在しました。しかし、それはかつての闘いで私を除いて破壊され、私はただ一人だけとなりました。けど、彼女は、メティスは私の事を姉と呼ぶのです。メティスが妹と言うのなら、私はどうすればよいのでしょうか?」
「……言葉のアヤって奴だ。気にするな」
「ですが……」
「あの戦闘力、そしてペルソナ能力、どう見てもお前のデータが踏襲されてるのは確かだ。姉と呼んでたなら、あいつはお前の後継機って事になる。地獄産だがな」
「私からも質問です。なぜ、彼女はアイギスの事を姉と呼ぶのでしょう。そしてなぜ姉妹で争わなければならないのでしょうか?」

 メアリからの質問に、八雲は一度キーボードを叩く手を止め、彼女達の方を見て口を開く。

「簡単だ、あいつはそのために作られたからだ。お前達とは根本的に違う」
「しかし、それなら私も対シャドウ用兵器として作られました」
「そこだよ。アイギス、お前は兵器とついてはいるが、実質はシャドウ迎撃及び防衛が主任務だ。しかもペルソナ制御用だとかで、随分と人間臭く造られている、だが、あいつらは違う。先制攻撃及び殲滅を主任務とし、余計な物は全てそぎ落として戦闘用に特化して造られてる。間違っても説得なんてのは不可能だろうな」
「じゃあ、アイギスは妹と戦わなくちゃいけないっての!?」
「八雲様、どうにかできないのでしょうか?」
「アリサ、お前が起動してから、普通に会話できるようになるまで、どれくらい掛かった?」
「それは……」
「会話シーケンスの順応化まで70日、返答シーケンス順応化まで119日、完全会話シーケンスまで235日です」
「説得するなら、まず相手がこちらとまともに話せるまでプログラムを成長させる必要がある。次に説得を認識できるほどソウルを成長させる。これだけでどれくらい掛かるか、検討もつかないな」
『…………』

 八雲の無慈悲とも言える前提条件に、三人の人造少女達の言葉が詰まる。

「………やはり、戦う事しか残されていないのでありますね?」
「嬢ちゃん、これからド派手な出入りしようって時に余計な事考えてると、死ぬぜ?」

 明らかに迷っているアイギスに、パオフゥが更に冷徹に言葉を告げる。

「じゃあさ、ネミッサが入って動き止めてみるとか?」
「対デビルバスター用って言ってたろうが。対抗処置の可能性もあるし、ずっと抑えっぱなしになるぞ? 下手したら自爆装置とか」
「あれに暴れられたら事だぜ? オレでも力負けしたくらいだ」
「でも、それだと………」
「割り切れ。あいつは、お前を姉と呼ぶだけの敵だ」
「……了解しました」

 八雲の冷たいとも思える言葉に、アイギスはうなだれたまま牢獄を立ち去り、メアリとアリサも何か言いたげだったが、一礼だけしてその場を去っていく。

「八雲、冷た過ぎるんじゃない?」
「私もそう思います……」
「けど、事実じゃね?」

 ネミッサとカチーヤが文句を言うが、修二は顔をしかめつつも、唸るように同意する。

「中途半端な希望は絶望よかタチが悪い、って聞いた事ねえか? そういうこった」
「あのメティスは、半端な気持ちのまま戦える相手じゃない。下手な説得試みさせるわけにはいかん」

 牢の中で作業に戻ったパオフゥと八雲は、それだけ言って背中を向ける。

「お前達も早く戻って準備しとけ。前よか派手な作戦になるかもしれん」
「八雲の陰険〜サディスト〜×××〜」
「ネミッサさん、それくらいで………確かに準備しないと」
「もうちょっと話の分かる人だと思ってたんだがな」

 三者三様に愚痴りながら、三人が牢から立ち去り、後にはキーボードを叩く二人だけが残った。
 やがて、パオフゥが口を開いた。

「………で、どうすんだ?」
「あの様子だと、割り切れる程すれてないだろうな」
「オレらの半分もありゃそうでもねえんだろうがな」
「そんな社会不適合者早々いてたまるか」
「違いねえ」

 静かな牢内に、キーボードを叩く音に男二人の苦笑が洩れる。

「手が無いわけじゃない、が」
「ああ、簡単で、檄ムズな手がな」
「そっちの作業が済んだらちと手伝ってくれ。仮想プログラムを組んでみる」
「出来るのか? スペックが足りねえぞ?」
「あくまで仮にだ。本気でやるとしたら、文字通り命がけになる。それと」
「分かってるさ。誰にも言わねえよ」
「ああ、じゃあまず………」



「え〜と、作戦決行が明後日、出撃人員がこれで、残った奴の警戒態勢が………」

 渡されたばかりの資料を手に、ミッシェルがブツブツと呟きながら家路を急いでいた。

「う〜、もう何がなんだか」
「おや栄吉君、今帰りかい?」

 声を掛けられ、ミッシェルが振り向くとそこには家の常連でもあるトロが立っていた。

「あ、ども」
「今日は大変だったね。ボクがもうちょっと早くラストバタリオンが新拠点を狙ってるって噂を掴んでたら」
「でもそれ、中坊の間で流れた噂って話じゃ? そこまで分かる奴なんているモンじゃねえし」
「は〜、ボクのペルソナも君くらい強かったらもっと手助けできるんだけどね」
「噂の情報収集してもらえるだけでもありがたいんで」
「これ以上変な噂が流れないといいね〜。さてエンガワでも食べに行こう」


「ほう、なるほど」
「ま、ぼちぼちやってるんでさ」

 ミッシェルの実家、がってん寿司の店長でミッシェルの父親である三科 寛吉が一見の客の質問に答えながら、あがりを進める。

「お客さんも大変でしょう。いきなりこんな事になっちまって」
「なんとかやっている。状況変化に対応するのは大事だからな」
「ほう、さすが」

 あがりをすする客を前に、寛吉が感心の声を上げた所で店の扉が開く。

「へい、らっしゃい!」
「やあ大将…!」
「!!」

 普段どおりに声をかけて中に入ろうとしたトロと、背後に隠れて入ろうとしたミッシェルのペルソナが同時に凄まじい反応を示す。
 だがそれは一瞬で、すぐに反応は消えた。

「栄吉君………」
「今、なにかいたような………」
「おら栄吉! 早く着替えて手伝わねえか!」

 頬を生ぬるい汗が伝わるのを感じた二人だったが、寛吉の声で我に帰る。

「お、おう」
「まったく、しょうがねえ息子なんで………おや?」

 そう言いながら先程まで話してた客の方を見た寛吉だったが、そこには誰もおらず、きれいに平らげられた寿司の盛り台と半ばまで残ったあがり、そして御代としては多目の一万円札が置かれていた。

「はて、今そこに………」
「どうかしたか親父?」
「誰も出てってねえよな?」
「ボクがここにいたら、誰も出ていけないね」
「あれえ?」

 寛吉が首を大きく捻る中、ミッシェルは先ほどまで誰かがいたらしい席をじっと見る。

「親父、ここにどんな奴がいた?」
「ほらあの………なんつったか、デカい車だか戦艦の乗組員の学者先生とか言ってたぜ。あれこれこの街の事聞かれたが」
「それってどんな人?」
「目が鋭くて、スーツ着て、ちょっと変わった髪形した…」

 トロがいつもの席に座りながら、寛吉の言う人物の特徴をメモしていく。

「少し気になるね………あとでコレ警察署に持って行って」
「あ、はい」



「ふう………」

 優雅、とも言える仕草で食後のコーヒーを飲んでいる女性の姿に、そばの席に座っていたカップルが密かに見ほれていた。

「あんなかっこいい女性、見た事ある?」
「いや……ほら、なんだっけ? あのセブンズに落ちてきた戦艦だかの人じゃ?」
「ああ、道理で……あんな美人、いたら絶対噂になってる物……」

 そばで交わされる会話に、女性は我冠せずでコーヒーを飲み干す。
 カップが空になった所で、地獄のギャルソンの異名を持つ給仕のギャルソン副島がそっとテーブルの隣に立った。

「お客様、こちらおさげしてもよろしいでしょうか?」
「ああ。堪能させてもらった」
「失礼ですが、レッドスプライト号の乗り組み員の方でしょうか?」
「なぜそう思う?」
「ウィ、当店に来られるお客様は大勢いますが、初めてのお顔でしたので。何より…」
「なにより?」
「お客様からは、血の匂いがします。明らかに、何か物騒なお仕事をされておられる方かと…………」
「なら、そういう事にしておけ」

 そう言って彼の方を見た女性の目に、底知れぬ冷たさが宿っているのに副島は思わず口を紡ぐ。
 そこで、店の扉が開いて新たな客が入ってくる。

「ボンジュール、マドモアゼル。これは天野様、芹沢様」

 副島が常連の舞耶とうららの姿に、いつも通りに礼をした所で、なぜか二人が周囲を見回している。

「どうかなさいましたか?」
「あ、いえ………」
「今なんかペルソナがすごい反応を………」
「?」

 副島が首を傾げながらテーブルの方に向き直るが、いつの間にか女性の姿は掻き消え、御代+チップがきちんと分けて置かれていた。

「ねえ副島さん、変な人とかいなかった?」
「ウィ。先程、ウェーブのかかった髪で白いコート姿の女性が……」 

 この二つの情報が、恐ろしい意味を持つ事を皆が知るのは、かなり後になってからだった………



 ぶつかり、すれ違いながらもより合わさっていく糸達。
 その背後に蠢く者は、果たして………





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